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■オープニング本文 「……薪が足りぬ」 豪奢な執務室で目の下にクマをつくった女が独りごちる。 一年の半分が豪雪に覆われるこの地方は、冬期をいかにして生き延びるかに全精力が費やされていた。 「薪だけは何とかせねば。凍死なぞ洒落にもならん」 深々と降り積もる雪と冷たい風は、いとも容易く生命を奪ってしまう。 この地方の領主である彼女が着任して以来、凍死は幸いにして出ていない。 だが、その状況が覆される事態が起こっていた。 始まりは、ひと月前の季節外れの大雨である。 複数の橋が損壊し、領内の流通は壊滅的な打撃を受けた。 さらに追い討ちをかけるかのように薪の貯蓄場が火事で燃えてしまい、残った物はいくばくもない。 このまま冷え込めば間違いなく凍死者が出てしまう。 「輸入が全滅となると偶然では済まされんなぁ」 備蓄が無くなったと知れると個人や商人、もちろん領主も近隣から薪を買い付けたのだが、ことごとく事故や手違いで領内に入ってこなかった。 「普段使わぬ道が悪くなっており荷車ごと谷へ落ちたのが3割、アヤカシらしきモノに驚いて逃げたのが2割、急に都合が悪くなりキャンセルしてきたのが1割、あとの4割は調査中……」 雪が降り始めると一夜にして腰までの深さが雪に埋もれてしまう。そうなってしまっては重い薪を積んだ荷車はどうにも動けなくなる。 雪が降る前に何としても薪を輸入する必要があった。 橋が無事ならば雪が積もっても何とか輸入することはできただろう。 しかし、橋が落ちた現在、各地を結ぶのは獣道のように狭く険しく舗装もされていない旧道ばかりである。 「仮設橋の建設に向けた兵は戻せぬし、治安維持部隊を下手に動かすと暴動になりかねん……」 せわしなく自らの髪を弄りながら呟く声に、控えていた侍女が声をかけた。 「恐れながら開拓者をお使いになられてはいかがかと」 女領主が目線を侍女に向けると壮年の彼女は力強く頷いた。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
明王院 浄炎(ib0347)
45歳・男・泰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰
白葉(ic0065)
15歳・女・サ
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●悪戯のような妨害 吐く息が真っ白になる肌寒い朝。澄み切った空気の中を大隊商が進んでいく。 「ピー チィチィチィチィチィ」 大勢の人の気配に驚いたのか、あちこちで鳥の囀りや羽ばたきが聞こえる。 トナカイ、馬、もふら、果ては人力に至るまで、集めるだけ集められた荷車と引き手が長い列を作り、険しい山道を慎重に進んでいた。 「兄ちゃん、そろそろ他の荷に移ってくれねえか? うちの馬がバテちまうよ」 何度目かの呼びかけのあと、兄ちゃんと呼ばれた男がうず高く積まれた薪の天辺から起き上がった。 陰陽師の喪越(ia1670)である。 あくびをしながら揺れる薪の上で伸びをし、首と肩をコキコキと鳴らすと、そのままひょいと後ろの荷車に跳躍した。 驚異の跳躍も複数回となれば周りも見慣れたもので、新たに御者となった引き手の男は、世間話のついでに飛んできた喪越にも声をかけた。 「ひらひら飛ぶのはさすが開拓者様だけどよ、おめえ昼寝ばっかで大丈夫なのか?」 遠まわしにもっと働けという意味を込める引き手に、口の端を上げて喪越が答えた。 「気にしちゃ負けだぜアミーゴ。俺みたいなムサい男がウロウロするより、可愛い子ちゃんが見回ってくれたほうがお互い幸せだろ?」 そう言うと再び不安定な薪の上に寝転がり空を見上げる喪越。 周りの引き手達はやれやれと首をすくめながら歩を進める。 ここだけ見れば隊商は実に和やかに進行しているように見えたが勿論そんなことはなく、細々とした妨害のような物があちこちで行われていた。 使役動物に引かせた荷物の上で寝ているだけに見える喪越もただ寝ているのではなく、人魂で創った鳥に視覚を共有させて、常に上空から広い範囲を警戒している。 その人魂がスーっと隊商のはるか先へと移動した。 見えてきたのはシノビの松戸 暗(ic0068)が轍を埋めている姿だ。 単純な轍だが、これに車輪を取られると道の勾配と相まって荷物が崖下に落ちてしまう。 谷底に落ちた3割の荷車はこれらの轍を軽視したのだろう。 先頭を行く松戸は斥候をこなしつつ、引き手からは盲点となるこれらの窪みを埋め戻していた。 同じ頃、隊商の前方にいた一人の引き手が商売道具を投げ出し駆けていた。 「ア、アヤカシだ!!!」 男の指差す方を見た他の引き手も悲鳴を上げて逃げ惑う。 「静まりなさい! あれは木に掛かった只の襤褸です!」 パニックになりかけた引き手達を立ち直らせるのに充分な威厳を備えた声が響き渡った。 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)だ。 彼女の自信に満ちた声に恐々アヤカシが居た場所を見上げる引き手達だったが、それは確かに只の襤褸切れに過ぎなかった。 各々、頭を掻いたり、小突きあったりしながら荷車に戻る。少々荷崩れしていたが、荷物も動物達も無事だった。 喪越が瞬時に張った結界呪符「黒」のお陰であったが、開拓者以外に気づく者はいない。 隊商が薪を積み直す間、マルカはフルートを取り出して心落ち着く曲を演奏していた。 勘違いとはいえ一度湧き出した恐怖心は簡単に抑えられるものではない。 荷造りの手が僅かに震えていることに気づいたマルカの優しい気遣いであった。 ●邪魔な妨害 当初は人工の罠とも自然の悪戯ともつかぬ物が多かったが、偽装することをやめたらしく妨害工作が本格化してきた。 具体的には道を塞ぐ柵である。1時間に1つ以上の間隔で設置されたそれは、どう見ても人の手で作られた物だった。 本日何度目かの口笛を吹いた松戸の元に玄間 北斗(ib0342)が現れる。 「参上なのだぁ」 樹上から声をかけつつ地面に飛び降りると、松戸が解体していた車止めを反対側から解除していく。 猟師として隊商に潜り込んだ彼は、道案内兼長丁場の新鮮な食料の確保を任されている。 超越聴覚と忍眼で松戸との二重点検をしつつ呼ばれれば遮蔽物の撤去に馳せ参じ、人影が見えれば、猟師の立場で近寄り話し掛けそれとなく探りを入れ、隊商内にも目を光らせ、ついでに野鳥や野草を入手するという、そのおっとりとした口調からは想像もつかぬ目まぐるしい働きをしていた。 ●面倒な妨害 目的地まで4日を切った昼過ぎ、開拓者の耳に梟の鳴き声が届いた。 玄間が事前に伝えていた「進路上に倒木等異常あり」の合図である。 隊商の中央を守っていた明王院 浄炎(ib0347)が、荷車の片隅に備えた補修資材を背中に担ぎ前方に走っていく。 「え!?」 人足達が驚きの声をあげる中、明王院は人間が5人程入れそうな大袋を担いだまま、身軽に荷車の間をすり抜けていった。 前方を護衛する開拓者に一声かけつつ走る明王院は、程なく玄間と出合った。 「合流ありがとなのだぁ〜」 目の前には、荷車がすっぽり入りそうな大きさの泥濘が広がっていた。 泥濘の中に立つ玄間の足は脛辺りまで泥に埋まっている。 「誰かが水の流れを変え、泥濘を作ったのであろうな」 明王院は眉間に皺を寄せながら大袋からサバイバルナイフと土嚢袋を取り出すと玄間に投げ渡した。 自らは大袋を背負い直し元来た道を戻る。途中見かけた川縁まで砂利を取りに行くのだ。 「不安に際悩まされる無辜の民らにこの様な仕打ちとは…」 巌の様な面持ちの明王院だが、大家族を養う父でもある。 領民の向こうに家族や小さな子を思い浮かべたのだろう。その顔からは怒りの表情が見て取れた。 ●直接的な妨害 1週間の長旅もあと半日というところで橋が見えた。領主軍が架けた仮橋である。 ここまで来ればあと一息と喜ぶ隊商の足運びは自然と軽やかになる。 隊商は野宿続きの長旅とは思えないほど元気であった。 元々野宿に慣れた者達ではあったのだが、開拓者がいるということで夜中ぐっすりと眠れたのが大きいのであろう。 反対に7人の開拓者達の疲労はピークに達していた。 隊商内部に邪魔者が紛れ込んでいる可能性を考慮し、夜中も、荷物の周辺には開拓者が交代で見張りにつく。 山道の補修補強は、昼間だけでは対処しきれず夜も行われている。 また車輪の傷みは深刻であり持ち主に内密で補強を施した台数は半数に上る。 殆ど寝ていない状態で、さらに50人以上の隊商全員の事情をそれとなく探り友好的に接するのは、開拓者といえども骨の折れる仕事である。 一見ふざけているようで本当にふざけているので始末が悪いと有名な喪越でさえも無言の時間が多くなり、瘴気回収を頻繁に使用していた。 そのような状況の中、それに最も早く気づいたのは殿の緋乃宮 白月(ib9855)だった。 それまでくねくねと動いていた尻尾の動きがピタッと止まる。 「喪越さん、皆さんに急ぐように伝えてください」 頭上を飛ぶ鳥にそう言い置き、背拳で避けた火矢をへし折ると瞬脚で後方に駆けて行く。 「隊商の方々やこの薪は、何としても守り抜きます」 突如現れた緋乃宮に対応できず、矢を番えていた数人が地面に倒れ込んだ。 「てめえら何やってんだ! 相手は素手で一人だ! やっちまえ!!」 緋乃宮の出現に怯んだ賊達だったが、その言葉に再び勢いを取り戻す。 その可愛い容姿から緋乃宮が開拓者だと気付かず、れっきとした武器である黒夜布「レイラ」を只の布だと思い込んだ事が、賊達の運のつきである。 「野郎ども! やっちまえ!!」 速度を上げながら橋を渡る隊商の先に複数の人影が現れた。 装束や武器がバラバラのその集団は数だけは多くいた。 素早く散っていく開拓者達。各自が一薙ぎで5人程を蹴散らしていく。 これでも十二分に手加減しているのだ。 「…待ってました」 斧を手にした白葉(ic0065)の戦いは異様であった。 相手が人間と分かり加減する仲間を尻目に初手から練力のある限り示現を使用し、敵が戦意喪失するまで、斧を振るい続ける。 殺してこそいないものの、敵を斬り倒す事を楽しんでいるのは誰の目にも明らかだった。 「簡単なお仕事じゃなかったのかよ!? 開拓者がいるなんて聞いてねえぞ!」 白葉に手傷を負わされた賊が喚く。 開拓者という言葉に逃げようとした賊もいたが今更である。 ●輸送の終了 「さすがの俺様も味方相手に人魂爆弾を連発する羽目になるとはなぁ。ま、お天道様でも分るまい。寝るわ」 英雄を迎えるかのような大歓声の中、隊商は目的地の街に入っていく。 その後ろには手を後ろで縛られた賊の長い列が続いていた。 賊にとっては散々だろうが、彼らの命があるのは白葉の異変に気づいた喪越のお陰である。 無抵抗の賊に対しても嬉々として斧を手離さぬ白葉の顔面に、人魂の鳥をあてて正気を取り戻させたのが喪越だった。 当然、命中せずに斧の露と散った人魂の方が圧倒的に多い。 「ぁ、美女がいたら起こしてネ!」 そう言うとゴロンと地面に寝転び、いびきをかき始めた。 「…斧が必要なら、手伝わせて下さい」 その横では白葉が斧を手に、薪を使いやすい大きさに割っていた。 斧を振るたび揺れる豊満な姿態をチラ見して鼻の下が伸びている街の男達とは対照的に、傍を通る賊達は青ざめながら必死で顔を逸らせていた。 各家への薪配りを手伝う玄間と明王院に、後方の賊を捕まえてから合流した緋乃宮も参加する。 重い薪を配る3人は歓迎されたが、特に緋乃宮はどの家の子にも大人気であった。 それとは逆に、明王院と目が合うと泣き出しそうになる子供達。 明王院の肩をそっと叩く玄間であるが、さり気なく子供の輪の中に入り、積極的にスキンシップを図っている。実はこの二人、遠縁である。 松戸とマルカは依頼主である女領主に事の次第を報告していた。 「では、此度の件は賊共の浅知恵であったのか?」 領主の困惑も当然である。これほど綿密な妨害が賊による物だとは俄かには信じ難い。 「領主様のご懸念は尤もですが、シノビのつてを辿ったところそれ以外は考えにくいかと」 今回の背後関係が見えず悩んだ一行は、松戸に情報収集を任せた。 シノビのつてから薪の輸出を妨害しようと動いている領主はいないこと。初期の輸送失敗は確かに事故であったことが確認された。 試しに輸送時期を時系列に調べてみると谷底に薪が落ちた事件は全て初期に発生していた。 その後、新しい荷車を用意する間にアヤカシの噂が流れ、それでも薪を届けようとした者は原因不明の事故に遭っていた。 この事故に関しては該当領地で、今回捕らえた賊によるものであったとの調べが出ている。 賊については、女領主の治世になってからというもの仕事がやりにくくなり、いつか一泡吹かせてやろうと思っていたところに橋が落ち、薪の輸入も失敗。 試しにアヤカシの噂を流したところ思った以上に効果があり、これはいけると輸送の妨害に全力を尽くしていたらしい。 ついでに雪さえ降れば大儲けができると賊仲間に伝え、その手も借りていたらしい。 「この近隣のほとんどの賊が手を貸していたようです」 領主は目を見開き苦笑した。 「これからも領内を無事治められますよう、祈っておりますわ」 マルカの笑顔に頷き返す女領主の顔にも晴々とした笑顔が浮かんでいた。 |