街道夢幻事件
マスター名:まこと
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/23 01:07



■オープニング本文

「止まれ! それ以上こっちに来るな!!」
 人通りのない街道を行く男は、突如、至近距離から聞こえた声に驚いて足を止めた。
 目の前には、轍の跡が深く残るいつもの道が続いている。
「そのまま戻って開拓者ギルドに伝えてくれ! 俺達は人間だ! ここから出られない! 助けてくれ!!」
 人も動物も何も見えない。
 だが、声は確かに聞こえる。
 それ以上進むとこの場に囚われると口々に窮状を訴える声は、男に戻るように懇願している。
「アヤカシだ! きっとアヤカシの仕業なんだ!!」
 アヤカシという言葉にぎょっと目をむいた男は、我知らずあとずる。
 そのまま踵を返すと脱兎のごとく走り出した。
 自分も捕まるのではないかという恐怖が男の足をもつれさせる。
 何度も転び、ほうほうの体でギルドにたどり着いた彼は一気に捲し立てた。
「人が、人が見えないんだアヤカシがっ、街道に、ひ、人が、いな、いなく、いな」
 極度の緊張から解放され、その場に崩れ落ちる男。

 これが街道夢幻事件の始まりであった。


■参加者一覧
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
炎鷲(ia6468
18歳・男・志
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
フルール・S・フィーユ(ib9586
25歳・女・吟


■リプレイ本文

●準備
 古くから使われてきた草原の街道は、道と呼ぶにはあまりに貧弱でうらびれている。
 近頃は、新しく完成した広い街道に取って代わられ、徒歩で通る者が稀に現れるのみである。
 その道を行く開拓者達の前に、数人の人影が見えてきた。
「依頼を受けた開拓者の方ですか? お疲れ様です」
 年若い一人のギルド職員が走り寄ってくる。
「念のために付近を封鎖しておきました。救助者のために食事を用意しましたのでお使い下さい」
 職員が指差す先には湯気のあがっている大鍋と釜が見える。
「我々は後方に控えますので、後はよろしくお願いします」
 一礼すると職員は仲間と共に離れていった。

●結界
「張り切って行こうなりよっ♪ 賽子で先を占うなりっ!」
 陰陽師の平野 譲治(ia5226)が賽子を取り出し思いきり空へと投げる。
「ゴハン少ないね。干飯持ってきたけど足りるかな」
 琉宇(ib1119)が大鍋と釜の蓋を開けながら言う。
「隠れてるやつ出てこいー!」
 そう叫びながら心眼「集」を発動させる羽喰 琥珀(ib3263)。
 苦笑しながらも散開し、同じく心眼「集」を発動させる炎鷲(ia6468)。手にした杖「月光」の先に嵌め込まれた月長石が乳白色の光を放った。
 続くエルレーン(ib7455)も心眼「集」を発動をし油断無く周囲を厳戒する。
「5だったなりっ! いい感じっなのだっ♪ 白兎、結界の中を見てきて欲しいのだっ!」
 召還された人魂がぴょこぴょこと移動し、結界があると思わしき地点に到達すると消えた。
 直後に何も無い空間からギャー、うわあああという悲鳴があがった。
「あはは、譲治くんてばオチャメさんだなぁ」
 口笛を吹きながら周囲の空気を和ませる琉宇。
「ア、アヤカシかと思ったぜ。あんたら助けに来てくれた開拓者か?」
 何も無い空間から声が聞こえた。どうやら結界に閉じ込められている人のようだ。
「アヤカシの仕業でしたら、悠長に御話できているとは思えないわねえ」
 そう言いながら怪の遠吠えを響かせるフルール・S・フィーユ(ib9586)。
 共鳴するように自分の遠吠えを重ねる琉宇。
「怪しい気配や場所は認知できません‥‥」
 戻ってきたエルレーンに神座早紀(ib6735)が微笑みつつお願いする。
「術視「参」で結界を視ますので、中の方達と会話をしていただけませんか?」
 神座の意図に気づいたエルレーンは中にいる8人全員に声をかける。
 複数の声が確認できなければ、中にいるのはアヤカシでありその罠の可能性が高い。
 また、平野が人魂での内部確認、神座が術視「参」で結界そのものを確認しているこのタイミングであれば、化けの皮が剥がれやすいと考えられる。
 声音や話し方などに注意し、注意深く質問を繰り返すエルレーン。
 中の者達はその意図には気づかぬ様子で、腹が減った、家族や仕事が心配だ、ろくに寝ていないと矢継ぎ早に答えていった。

「ふーにったらへよっ♪ こーっはっへーっ♪ 人間しーか いないのだっ♪」
 結界内の様子を楽しげに伝える平野。
「こちらも反応ありませんでした。中は一体どういう原理で、どんな状況なんでしょうか。面白いですね」
 戻ってきた炎鷲は、目を輝かせながら結界があると思わしき場所を見ている。
 声さえ聞こえてこなければ、何もない道が続いているようにしか見えない。
「中からこっちは見えてるんだよね? 悪いけどこっちとそっちの境界を教えてくれないかな」
 少し落ち着きを取り戻した被害者達の話を聞きながら、琉宇と炎鷲、羽喰が結界の範囲を細かく確定させてゆく。最終的に綺麗な長方形の場が荒縄で囲まれた。

「ご、ご飯ができました」
「お腹減ってたらこれ食べるといいのだっ!」
 足りないであろうギルドが用意した米に、各自が手持ちの干飯や岩清水を提供し、8人前の食事が出来上がった。
「ありがてぇ!」
 結界内から歓声があがる。
 ギルドの用意した盆に食事を載せ手渡ししようとするが、上手くいかなかったのか、中で椀と盆が地面に落ちた音がした。
「すまねぇ、腹が減りすぎてうまく持てねぇ」
 仕方なく盆を地面に置き、結界内に少し入れると凄い速さで中に引き込まれていった。
「勢いよすぎるだろ! またこぼすぞ?」
 忠告が聞こえているのかいないのか、8つの盆は次々と中に引っ張られていった。
 そんなやりとりの最中、結界を視ていた神座が集中を解いた。
「名称は解りませんが、実在する結界です。幻術ではありませんし、異次元にも繋がっていません。陰陽術から成っていますが、アヤカシの気配も混ざっていて‥‥。これ以上は特定できませんでした。解術の法も上手くいきません」
 アヤカシという単語に開拓者達が顔を見合わす。再度周囲を探索するが、不審な点はない。
 街道を封鎖しているギルド職員達にも念のため聞き込みをするが、疑わしいことはなかったという。

●検証
「おいらの白兎が戻せないなり」
 しょんぼりとした平野が荒縄に囲まれた結界を見つめている。
 その横で羽喰が新たな荒縄を持って、結界をまたぐ様に投げ飛ばした。
 上空で結界に触れたと思われた途端に荒縄が全て引き込まれる。
「中の野郎ども、縄を引っ張るなー」
「引っ張ってない! 勝手に縄が飛び込んできたんだ!!」
 奇妙な現象に、開拓者はめいめい首を傾げたり、腕を組んだりして考えにふける。
 勝手に縄が飛び込んだということは、先程の盆も何らかの力が働いた為に受け取りが上手くいかなかったのだろうか?
 地面を見つめていた琉宇は拳ほどの石を拾うと結界に向けて軽く放り投げた。
 コンッという音が響くかと思われたが、ドカッという土を抉るような音と野太い悲鳴が聞こえてきた。
「吸引されているようですね」
 炎鷲が小枝を投げ込んだが結果は同じだった。
「結界に触れた物は一旦中心に向かうみたいなりっ。中心に到達した後は‥‥‥結界内なら移動させられるみたいなりねっ!」
 人魂白兎の視覚を介して内部を確認しながら紙に何かを書きとめていく平野。
 首元のセイレーンネックレスを弄んでいたフルールは、結界に近づくと中に向かって話しかけた。
「結界に触れてみた事はありますか」
「いま、背もたれにしています」
 唖然としたり、慌てたり、呆れたり、返答に対する開拓者達の反応は様々であった。
「向こうから開けられないどんでん返しみてーなもんかな?」
 羽喰が首をかしげながら言う。
「な、なんだかよくわからないけど、出られないと困るねえ。梯子があるから立て掛けてみる?」
 エルレーンの言葉に梯子が用意された。
 準備されていた梯子は結界の範囲より長い物だった。
 立て掛けようとしたが、大方の予想通り、結界範囲に触れるとそのまま倒れ、中心に向かってかなりの速さで移動した。
 開拓者達は苦も無く飛び越えたり避けたりしたが、結界内からは痛そうな叫びが聞こえてくる。
「‥‥シュールですね」
 神座の言葉に頷く面々。
 移動が止まった梯子は、少しの両端を残して途中が消えていた。
 むしろ、梯子の両端だけを切り落とし、地面に置いたように見える。
「ちゃんと梯子は通ってるなりっ! 中の人は梯子を掴むのだっ!」
 平野のかけ声で、即席の綱引きもどきが始まる。

「うう、中からすごい力で引き戻されます」
 綱引きは苦戦した。ある程度は梯子が動かせるのだが、それ以上動かそうとすると中に戻ろうとする力が強まるためだ。
「頑張れ! 負けるな引っ張れ!!」
 普段は力仕事に参加しない立場の開拓者も加わり、全員で梯子を引き出す。
「ちょちょ! 梯子だけ出て行って俺ら壁にぶつかってる!」
「無理ムリむり!」
「手がすべるーーー!」
 直後、何かがすっぽ抜けたような手ごたえと共に無傷の梯子だけが結界の外へと飛び出した。
「いったーい」
 草原なのが幸いし泥だらけになることはなかったが、再度の綱引きは後手にまわされることとなった。

「そうだ、この間、万商店のくじで銀の手鏡が当たったんだけれども、他にも持っている人、いないかな」
 琉宇の言葉に神座が携帯していた手鏡を差し出す。
「持ってますよ。何か試してみるんでしたら提供しますね」
 礼を述べると琉宇は神座の手鏡を結界に向け、自分の物は結界内に放り込んだ。
「結界の内側と外側に合わせ鏡にしてみるよ。その間に中の人に立ってもらって、映るかどうかを見てみたいんだ」
 任せとけという威勢のいい声と中の人が動いた音がする。
「るー! 内側は普通に映ってるなりよっ!」
 平野はそう言いながら先程の紙に何かを書き連ねていく。
「外側の手鏡は‥‥‥風景ですね。どうやっているのやら、困りましたね」
 言葉とは裏腹に炎鷲の目は輝きを増していた。

●破壊
 7人の話し合いの結果、実験から破壊へと手法を移すことになった。
「だめなり。中には干渉しないなりよっ」
 結界呪符「黒」を行使していた平野が目を瞬かせる。
 万が一にも結界破壊の衝撃が、中の被害者に傷を負わせるようなことになってはいけない。
 石や梯子と違い、一般人に武芸が当たればそのまま亡くなりかねない。
 結界呪符で中の人を守れないとなると、外からの破壊という手段は危険極まりない。
「すみません、入ってみてもいいですか?」
 目は輝きながらも真剣な表情で炎鷲が口火を切る。
 平野と羽喰、エルレーンがそれに続く。
「在るがままを 流るるがままを この調べに‥‥」
 フルールが霊鎧の歌を唄う。
「ありー!」
 手を振りながら礼を言う羽喰に続いて4人の姿が消えた。

「せまっ! 狭いっっ!」
 結界内部に入った平野以外の開拓者が人口密度の高さに思わず声をあげる。
 白兎を回収した平野は、結界呪符「黒」で内部の者を守る。
「こんなに狭いと横になって寝るのも一苦労ですね」
 体を横たえた状態だと6人で足の踏み場が全くなくなる空間に12人はきつい。まさにすしづめ状態だ。
 炎鷲が食べ終わった椀を拾い上げ、境界に向けて投げる。
「中からの壁への干渉には、中心に引き寄せられる力は働かないようですね」
 椀は壁に当たったかのような音をたてて地面に落ちた。
 攻撃が乱反射しないのなら、結界を壊すのみ。
 水龍刀と精霊剣で壁を切りつける炎鷲。
「こわっ!れるっ!のだっ!」
 平野はありったけの練力を込め火輪を使用する。
 エルレーンも紅蓮紅葉と円月を使い、刀「蒼天花」で見えない壁に斬りつける。
 雷鳴剣と紅椿を活かし、殲刀「朱天」で壁を刻みつつも、背後の8人からは注意を逸らさない羽喰。
 外に残った者達は、異変がないか見極める。
「あら」
 一瞬、外から中が見えたが、またたく間に元通りになってしまった。
「重力の爆音」
 琉宇が外から奏でたバイオリンの音色が重低音を響かせる。
 結界内に衝撃が乱舞したが、設置してあった結界呪符により事なきを得た。
「同士討ちになりそうだし、外からの攻撃は控えたほうが良さそうね」
 フラベルムを扇ぎ、涼をとりながらフルールが言う。
 結界に損傷は与えているのだが、その穴はすぐに塞がってしまい、決定打にならない。

「男性の方は、出来るだけ私から離れてくださいね」
 そう宣言すると神座は白鳥羽織を翻しながらしずしずと結界内に入っていった。
 助けを求めていた8人の被害者達が、文字通り折り重なることによって作られたスペースで、神座が解術の法を発動させる。
「内部からだと平野さんの結界呪符が使えていたのでやってみたのですが、上手くいきましたね」
 見えない壁に体を預けていた者が、支えを失い草原に突っ伏した。
「出られるぞ!」
「よっしゃー!!」
 荷物を手に喜び勇んで駆け出した被害者の一人が、見えない何かに引き寄せられ後方に転がった。
「結界が復活した?」
 何度解術の法を発動させても、しばらくすると結界が再構成されてしまう。
 結界が解けた隙に8人の救出には成功したが、肝心の破壊が成せない。
「地面の中とかに何か埋められてるって可能性もありかなー」
 羽喰の声に1人の被害者が動きを止めた。
 誰からともなく開拓者の間で目配せが交わされる。
「中心部の地面に箱が埋まってたなりっ!」
 平野の声に猛然と走り去る1人の被害者は、加減された重力の爆音によって捕らえられた。

「あっ!」
 いつの間にか結界内に入ってきていたフルールが、平野の手から箱を掠め取り、蓋を開ける。
 中からは、瘴気と思わしきものがふわふわと空に漂い霧散していった。
 フルールは少し残念な溜息を零すと箱を投げ返した。
 まるで何も無かったかのように問題の結界は消え去った。

●落とし前
「もう、すっごくすっごくたいへんだったんだよ! せきにんとってよね!」
 逃げた男の胸倉を掴みながら刀「蒼天花」を喉元に突きつけるエルレーン。
「ちがっ、違うんだ! 俺はここに落ちてた箱を手に取っただけで、俺じゃない、違うんだっ!」
 向けられた切っ先に目を白黒させながら男が訴える。
 曰く、落ちていた箱を拾った途端にこのような状態になり、驚いて地面に埋めたらしい。
 たしかに、こんな結界の中で怪しげな物を持っていては真っ先に疑われ、場合によっては後から囚われた者達に私刑にされかねない。
 なおも問い詰めようとするエルレーンの横から男の鳩尾を突いて気絶させる羽喰。
「あとはギルドに任せよう」
 荒縄で縛られた男は後方で控えていたギルド職員に引き渡された。
「回復しますね。皆さんおつかれさまでした」
 神風恩寵の優しい風が辺りを包む。
「これもよろしくっ! なのだっ♪」
 平野は問題の箱と懐から取り出した紙を職員に押し付ける。
 紙には今回の結界に対する試みとその結果、および陰陽師の視点からの考察が書き添えられていた。

「人の業、神隠し、誰かの悪戯と、愚かに戸惑う人々‥‥楽しい詩になるかしら」

 こうして街道夢幻事件は終わりを迎えた。
 結界の製作者が捕まるのは、もう少し先の話である。