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■オープニング本文 「おやおや、ついに実力行使ですか」 決済を待つばかりの書類に目を通しながら、ギルド職員が声を出す。 「そのようですね」 含み笑いで答えるのは、少し前に書類を置きに来た受付の女性だ。 冬の訪れと前後して、生活基盤を担っている橋が複数同時に破損したのは記憶に新しい。 各方面の努力により大きな混乱もなく冬を乗り切った領地では、現在、官民あげての橋の修復に忙しい。 そこに目を付けたのがある大店の息子である。 1つの店を任された立派な店主であるが、欲を出して橋の材料を値上げしていた。 周りの者が諌めるのもどこ吹く風。商人として儲かるときに儲けて何が悪いと開き直り手に負えない。 それでも材料は飛ぶように売れる。 ついには、追随する商会が出始め、あれよあれよという間に材料は当初の三倍の値になった。 必要不可欠な橋の為、三倍値でも修復が取りやめになることはなかったが、事業は大幅に滞ってしまった。 もうすぐ夏になるというのに、どの橋も中途半端なまま、使い物にならない。 重い腰をあげた父親が、ギルドに依頼を持ち込んだのが今朝のことである。 「領主様が陣頭指揮ですからねぇ。このままだと彼の立場は非常に不味くなりますね」 「若気の至りってやつですわね。周りがよく見えるように精々痛いお仕置きをして頂きましょう」 こうして新たな依頼は、一番よく見える場所にでかでかと貼り付けられた。 |
■参加者一覧
からす(ia6525)
13歳・女・弓
明王院 浄炎(ib0347)
45歳・男・泰
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
津田とも(ic0154)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●素朴な確認事項 「本当にこのお値段でいいんですね?」 件の若旦那の店先で、1人の華奢な少女が控えめな口調で要綱の確認を行っていた。巫女の神座早紀(ib6735)である。 この店に着く前に、町の人に聞き込みを行った彼女は、少し気になる情報を得ていた。 橋が完成せず、人々は確実に困っているのだが、それと若旦那の評判がリンクしていない。 若旦那の評判は確かに下がっているが致命的というほどではない。 買い占めの事実に一部の者は気づいているが、他の人々はむしろ”条件付き取り引き”をイベント、あるいは一種の祭りのように思っており、それ程悪い感情を抱いていない。楽しんでいると言ってもいい。 さらに、最低限ではあるが、橋の復旧に関わる部材が格安で直接大工に流れている。 若旦那と数店の店が部材を買い占めているにも関わらず、である。 これにより橋の工事は遅々とではあるが、進んでいる。 今までも何度か橋が流されたことがある町の人々は、工事が進んでいるが故に、騒ぎ立てることはしていなかった。 少しでも進捗している状態で下手に騒ぐことは逆効果にしかならないと経験上知っていたからだ。 神座の隣では、同じく週に一度の”条件付き取り引き”に先立ち、泰拳士の明王院 浄炎(ib0347)が内容の確認を行っていた。 「取引時の一人と一頭の制限…まさかとは思うが、契約書のこの記述、通念上当たり前の荷車類を認めず、それぞれの背に載るだけだ…等と言う訳ではあるまいな?」 「はい、もちろんでございます荷車類に制限はございません」 愛想笑いを浮かべながら応対するのはこの店の店主、つまり渦中の人物である。 店主には絶対の自信があるのだろう。その笑顔が崩れることはない。 奥から数人の店員らしき人物が訝しげな顔をして神座と明王院を見つめるが、店主自ら応対している為か、口を挟もうとはしなかった。 ●条件付き取り引き 晴ればれとした青天の中、荷材の引き渡し場所に3人の華奢な少女と数人の男性が並んでいた。 この取引に非力な女性が参加することは珍しく、しかも3人が3人とも見目麗しい少女であることで、かなりの注目を集めていた。 事前に明王院から渡された田下駄でぽてぽてと歩く3人は、一部の女性をも虜にしていた。 依頼を受けた4人の中で最初に順番が回ってきたのは、砲術士の津田とも(ic0154)である。 大きな木材の頂辺に登ると、材木の乗っている台ごと豪快に荷物を括り始めた。 「お嬢ちゃん、欲張りはいけねえぞ〜!」 丈夫な牛でも一頭では引ききれない量に、野次馬が笑いながら声をかける。 「牛は忘れてきたのか〜?」 それには答えずせっせと縄を締めた津田は、仕上げに大きな輪っかを作る。 「すぐ戻るからちょっと待ってな!」 それだけ言うと津田は取引所から出て行ってしまった。 「あれだけの荷だ。さぞや立派な牛を連れてくるに違いない」 「いやいや、馬かもしれねえぞ」 そう議論する野次馬の上に影が差した。 雲が出たかと見上げた者はそのままの姿勢で固まった。 やがて、それに気づいた人々が連なるように空を見上げる。 少女を乗せたグライダーが一機、すぅっと取引所に近づくと、そのまま津田の縛った荷物を引っ提げ飛んでゆく。 その光景に野次馬はぽかんと口を開けたまま小さくなる滑空艇を目で追いかける。 勿論少女は津田であり、グライダーはパートナーの九七式滑空機[は号]であった。 空いた口が塞がらないを体現していたのは野次馬だけではなかった。 件の若旦那とその店員も呆気に取られすぎたのか微動だにしない。 「今後の取引は使役動物のみとします!!!」 その声に皆がハッと我に返る。 声を上げたのは若旦那の傍に控えていた店員だった。 「生きている動物のみです!」 はっきりと明王院と神座を見据えながら告げる顔は、要項の確認の際に、二人を訝しげに見ていた店員の一人だった。 それに対してニッコリとした笑顔で相対しながら、神座が前に進み出た。 次は彼女の番である。 「おとめ、お願いね」 声に応えるように待機していた真っ白い鋼龍が姿を現す。 「うわああああ」 「にげろおおおおお!!」 パニックになった野次馬が散り散りに逃げ出す中、若旦那は蒼白な顔で立ち尽くしている。 あらかじめ一杯に詰めてもらっていた荷車に荒縄を結び、おとめに乗った神座はおとめの首筋を優しく撫でながら強力を使わせる。 軽々と空を飛ぶ鋼龍に足場の悪さは全く意味がなかった。 荷車は引くというよりも浮いていた。 そのまま泥濘地帯を過ぎてしまう。 「だ、ダメです!!」 いち早く立ち直った店員の一人が無効を口にする。 その横で必死に算盤を弾いている店員と在庫確認に走る者が数名。みな顔色が悪い。 「生きている動物だ。問題なかろう」 口を挟んだのは弓術師のからす(ia6525)だ。その言葉は年端もいかぬ子供の容姿とは不釣り合いな雰囲気を醸し出している。 「っ! ・・・・・・荷車を浮かすのはダメです。今後は禁止です!」 キッとからすを睨みながら告げる店員は涙目だ。算盤を弾いていた店員の言葉に周りの者が頭を抱える。 それを横目で見ながら、からすはもう隠す必要もなかろうと、そりを装着した甲龍の獅子鳩を呼び寄せる。 そりを視界に納めた若旦那の顔色は青を通り越して真っ白だった。 黒色赤眼の獅子鳩が引ける十分な積載量を積み終わると、長く厚い引き縄に不備がないか確認する。 そのまま軽やかに騎乗したからすは、焦らず地を進む。 ぬかるみに獅子鳩が足を取られるかと思われたが、からすが冷静に指示を出す。 「ちょっと飛んで」 見事な地面スレスレの超低空飛行により、そりを付けた荷車は泥濘の上を進む。 「ダメです。ダメです。飛んではダメです。無効です」 涙目の店員は、意味不明な駄目出しを口にしたがあえて明王院は反論しなかった。 取引所に保管されている部材はあと少し。本来ならこの”条件付き取り引き”半年分の量が若旦那の目の前で、正当な手順で無くなろうとしていた。 見るからに力のありそうな明王院の登場に、店員の何人かは諦めの表情を浮かべた。 明王院の相棒は甲龍・玄武である。 荷車の下に跳ね板の要領のソリ敷き、その中に残りの部材を全て積み込んでいく。 田下駄をしっかりと履きなおした明王院は、玄武に強力を使わせながら共に荷車を引いて行く。 その足取りは一歩一歩着実に泥濘の中を進んでいく。 「皆が己が利を捨て助け合う際時に、己が利を追求するような性根の腐った漢に、誰が心惹かれようか。商いの道も誠意あっての事…ましては若い身寄り、心思う者とておるのであろう? 改めよ」 茫然自失の体をした若旦那の前を通りながら、明王院は静かに、だが厳しく言い放った。 「大変です! 先ほどの材料が全てこの先で格安で売り払われています!!」 九七式滑空機[は号]と共に近くの広場に降り立った津田は、集まってきた野次馬に適正価格で材料を売り払っていた。 合流した神座とからすも津田に荷物を預けていた。 「橋が完成しないので町の皆さんは困ってます。それに停滞してるとはいえ橋はいつか完成する。物流がまともになればもう誰も貴方から買おうとは思わないですよ。私は商売の事はよく解りませんが、お客さんの信頼や信用を得られなければ結局は長続きしないんじゃないでしょうか?」 泡を食って駆けつけた若旦那以下を正面に、神座は優しい口調で諭す。 近くの水場では、からすが相棒の獅子鳩を優しく洗い、付着した泥を綺麗に流してやっていた。 「あ、あんなのはインチキだ!!」 「そうだそうだ、無効だ! 材料は返して貰う!」 数人の店員が、数を頼りに神座と津田にくってかかる。 埋伏りを使ったわけでもないからすに誰も近づかないのは、真横にいる獅子鳩を恐れてのことか。 さて、そうは言っても正式に契約書を交わした取り引きだ。事前に店まで出向いて要項をわざわざ確認までした。 何なら役所でも何処でも出るところに出ましょうかとやんわり牽制する神座と、応対が面倒になったのか、いっそ全員にフラッシュショットをお見舞いしてやろうかと物騒なことを考え始める津田。 それを少し離れたところから聞くともなく聞いていたからすは、最後に到着した明王院に気づくと、竹筒水筒に淹れた冷茶を彼にも振る舞う。 「この取り引きを他の開拓者や相棒持ちの業者に教えると、どうなるであろうな」 あくまでお茶請けの雑談ではあったが、からすと明王院の会話はごねていた店員にもしっかりと聞こえたようだ。 途端に、虚勢でもって何とか現状を打破しようとしていたらしい彼らの声のトーンが下がる。 「若、我らの負けですよ、完敗です」 そう言ったのは、早々に諦めの表情を浮かべた店員の一人だった。 「もうこんなあこぎな事は止めて、真っ当に生きましょう。ここらが潮時です」 憑き物が落ちたような顔をした店員は、抜け殻のようになった若旦那にそう声をかける。 「正々堂々といきましょうよ。その方が若にはお似合いですよ」 先程まで半泣きで在庫を確認していた店員も言う。1つの材料も残っていない取引所の在庫を確認する必要は、最早無かった。 まだ立ち直れない大多数の店員と項垂れた若旦那は、無言で踵を返す。 何とか状況を把握した少数の店員は、開拓者達に頭を下げ、若旦那達の後を追った。 これ以降”条件付き取り引き”が開かれることはなかった。 ●お礼の宴 「お陰様でウチの商会も安泰です。ささ、どうぞ召し上がって下さい」 お礼を兼ねて顛末をお伝えしたいとの大店の提案で4人の開拓者が招かれた屋敷には、大量のご馳走と豪華な龍の餌が用意されていた。グライダー用の整備品一式もどーんと積まれている。 あれから若旦那は深く反省し、元の誠実な商いを始めたという。 そもそもあのような商売に手を出したのは、好いた娘の親が同業だった為らしい。 娘との交際を申し出た若旦那に「あこぎなことをしてでも、もっともっと稼がねば娘はやれん」とたきつけられたとか。 そんな話を受け入れるなよとか、そもそも娘本人との関係はどうなんだとか色々突っ込みどころはあったが、美味しいお酒の前で話の腰を折るほど無粋ではない。 依頼主の誤算は、諌めてくれるハズの店員もが若旦那の拙い策に乗ってしまったことだ。 全員若旦那と同じく、つまり大店の店員の子供世代だった為、悪いと知りつつ信頼とお金を秤にかける誘惑に勝てなかったらしい。 町での若旦那のちぐはぐな評判は、有能な店員が最悪の事態を回避すべく立ち回った結果であるとの事。 「早々に決着をつけるつもりでしたが”条件付き取り引き”なるものが思いのほか良く出来ておりまして、手前味噌な話ですが、我が息子ながら人を惹きつける才能は少しはあるなと静観しようと致したのが間違いでございました。いやはや面目ございません」 親として、子を諌めきれなかった不備を詫びる依頼主。 首謀者を含め、事態に参加していた者は全員親から大目玉の上、その監視下で一から、それこそ雑巾がけからやり直しの刑を受けている。 「いやはや若気の至りとは恐ろしいですね。私の目も曇ったものです」 いやー危なかったと言う依頼主が、小耳に入れた話だがと教えてくれたのは、橋の材料の高騰が続いた場合、季節が変わる前に領主が反逆罪で息子達を捕らえる手筈を整えていたこと。息子を唆した店主は別件で取調べを受けているという噂だった。 今回は厳重注意の上、数年は領主関係の取り引きに参加できないであろうという、やけに具体的な噂の出処が気になるが、美味しい料理の前ではやはり無粋である。 それに知らなくていい事も世の中には時としてある。 「それで、その娘さんはどうなったんだい?」 津田の尤もな疑問に、依頼主は笑顔で答えた。 「好いた相手に嫁ぐようです。お相手は今回の件もご存知とか。誠に目出度い!」 ぐいっと煽ったグラス越しには、依頼主の満足気な表情が見て取れる。 信用は無くし、いい年して親には叱られ、惚れた女は嫁に行く。 少々不憫に思ったのか、神座が苦笑いを浮かべた。 「ま、痛い目みて反省したならよいだろう」 そう言うとからすはぐいっと己の杯を空にする。 玄武に餌をやる明王院の視線の先には、別人のように生き生きと働く件の若旦那と店員の姿があった。 |