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■オープニング本文 「きょうはかわいいいお花!」 「うん、かわいくてきれいなの」 「さんせ〜」 降り続く雪を見ながらギルド長は悩んでいた。 新たに設立された開拓者ギルドのある町が妙なのだ。 もっとも、奇妙に感じているのはギルド長や町の外から来た人間のみで、地元で採用した職員達はそれが当たり前として生活している。 外では防寒着を着込んだ小さな子達が輪になって歌いながらくるくる回っている。 寒さにほっぺを赤くしながらも楽しくてたまらないようだ。 夏には露店がところ狭しと立ち並ぶこじんまりとした広場だが、今は雪と子供しか見当たらない。 「できた!」 「じょうずにおどれた〜」 「またあしたね〜」 「またね〜」 「ばいば〜い」 子供達は満足気な表情で三々五々帰って行く。 明日にはきっと可愛くて綺麗な花が広場に咲いているのであろう。 この季節に咲く花など、この辺では皆無だというのにだ。 今朝の広場はライ麦が穂を垂らしていた。 昨日はベリー各種が実っていたし、一昨日はキノコが豊作だった。 日の出と共に笑顔で収穫に来る町人は、何の疑いもなく採れた作物を食べている。 その一部がギルドの食事にも使われていると知ったときの自身の醜態は思い出したくもないが、幸いにも体調に変化はない。 雪深い時期は、広場に子供の好きな物が生えて来るのが当たり前だと町の人間は思っている。 ある時、この地を訪れた名も無き精霊に、冬の遊びをねだった子供がいたらしい。 その無邪気な願いが、冬の花壇と町人が呼び、ギルド長の悩みの元となっている。 町の人々にとって当たり前過ぎる現象であるらしく、気味悪がるこちらを可哀想な物知らずを見る目で見てくる。 その時の情景を思い出すと今でも心が折れそうになる。 「長?」 遠い目をするギルド長に職員が控えめに声をかける。 「ああ、すまないが、この依頼を出しておいてくれないか」 人並みに信心深いと自負しているギルド長だが、精霊の奇跡は確認したことがない。 長にとって、アヤカシや開拓者崩れの仕業や誰かの悪戯と言われたほうがよほど納得がいく。 「夢のない大人になったもんだ」 自嘲気味に呟きながら雪の降り続く外を見やる。今夜は吹雪になりそうだ。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
ミーファ(ib0355)
20歳・女・吟
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
月・芙舞(ib6885)
32歳・女・巫
厳島あずさ(ic0244)
19歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●雪の広場 夕闇の中、雪が舞い散る広場に開拓者の5人が到着した。 今朝は広場に葡萄が実ったらしいが既に収穫されており、見渡す限り真っ白い雪しかなく、葡萄の蔓や葉も残ってはいなかった。 「本当に精霊がやってんじゃねーかな! なんかいいよなー、そういうの」 興奮気味に目を輝かすのは赤毛の少年ルオウ(ia2445)だ。 「まずは、花壇の怪異がアヤカシか奇跡かたしかめないといけませんね」 術視を使い広場にかけられた術の有無を確認するのは巫女の厳島あずさ(ic0244)。 「うーん、話聞く限り特に被害らしい被害もないし、子供らは喜んでるみたいやし、ええ事ずくめみたいやけどな」 そう言いながらポニーテールを結わえ直すのは神座真紀(ib6579)。 「とりあえず、アヤカシの仕業ではないとなれば、最低限の不安は取り除けるんじゃないかと思ってるよ」 瘴索結界を用いて花壇の周囲を中心に、この街全体を網羅し調査しているのは月・芙舞(ib6885)。 「精霊さんの奇跡だと言うなら、幾つか曲を奏でて誘い出せないものか試してみたく思っております」 河乙女の竪琴を調弦しながらミーファ(ib0355)が柔らかく微笑んだ。 「アヤカシなんかの影響はないみたいだね。あんたはどうだい?」 集中を解くと月・芙舞が厳島に向かって声をかけた。 「不審な点はありません。そもそも、害意あるアヤカシがはたしてこのような小さな奇跡を起すでしょうか?」 ●宴にて 宿泊にと、開拓者達は広場の見える集会場を兼ねた家屋に案内された。 各々歓談しながら冬の花壇について聞き込みを開始する。 「皆は精霊さんに会うた事あるんかな?」 「なーい」 「夜はおそとに出ちゃダメなんだ」 「精霊さんは夜くるのよ!」 もてなす住人の間を走り回る子供達に、持参したぬいぐるみやお菓子を手渡し、一緒に遊びながら話を聞き出す神座。 「よっ! なあにしてんだ?」 「開拓者ごっごだ! お前もナカマに入るか?」 「俺は本物の開拓者なんだぜ!」 「まじかよすげ〜〜! 技みせてくれよ!!」 「いいぜ! しっかり見てろよ」 打ち解ける為に子供と一緒に遊ぶはずが、武芸の披露に夢中になっているルオウ。 どう見ても本気で遊んでいるようにしか見えない。 「そういえばさ、兄ちゃんはお仕事しなくていいのか?」 「は! ち、違うかんな? 仕事だぜ? 仕事してたんだかんな!」 慌てるルオウに子供特有のシラけた視線が突き刺さる。 「やれやれしょうがねぇな。なんか聞きたいんだろ? なんでも言ってみろよ」 年上の子供が芝居掛かった偉そうな態度でルオウに話しだした。 吟遊詩人としての本領を発揮し、巧みに場を盛り上げるのはミーファである。 竪琴の美しい調べと情緒ある語りに聞き惚れる人々は、次第に警戒心を解いていった。 古老を中心に聞取りをするが、精霊が子供の願いを聞き届けた結果が冬の花壇であり、彼らの子供の頃から今と状況は同じらしい。 「そういえば最年長のじいさんが来ておらんの」 「あの方は私達の親世代ですから明日でも訪ねてみなされば?」 月・芙舞は人の輪から少し離れた窓辺に腰掛け、広場を注視している。 桜の花湯を飲むその身体は、瘴索結界を展開し微かに光を放っていた。 「今までどんな奇跡があったのですか?」 珍しい装束を興味深げに見る婦人達に、厳島は聞き込みをしていた。 「冬の花壇に咲くのは植物だね。何年か前に栗の木が生えたときは驚いたさね」 「あれは大事だった! 子供が願うことだからそういうこともあるさ」 女達の明るい笑い声が、辺りに響き渡った。 ●張込み 宴もたけなわ。すっかり暗くなった帰路につく町人を見送り、開拓者達は仕入れた情報を統合していた。 現在まで、広場に変化はなし。 冬の花壇に咲くのは植物のみで、少なくとも60年前から今と同じ状態である。 子供の歌や踊りやお祈りの内容が上手くいかないと失敗する日もある。 町人によると花が咲くのは深夜だが、精霊を驚かせてはいけないという暗黙の了解の下、見ないようにしているらしい。 歌と踊りは誰でも知っているが、踊りは人によって様々であり、共通しているのは歌であった。 「華彩歌?」 「吟遊詩人の花を咲かせる術!」 歌を聞き、反応したのはミーファとルオウだった。 吟遊詩人のミーファは、辛うじて華彩歌に聞こえなくもない曲という印象を受けた。 まず、詞が随分違い、所々は全く違う単語に置き換わっている。 拍子に至っては全く異なるテンポになっており、かなりアレンジされた旋律は、この地域の民謡だといわれても違和感のない曲に仕上がっていた。 一方、吟遊詩人の師匠を持つルオウは、師が使う”花に頼んで咲いてもらう術”を何度か聞いたことがあった。 歌詞そのものではなく、その意味を覚えていた彼は、内容の相似性に反応していた。 「あ!」 情報交換中、最も早く反応し、声をあげたのは神座だった。 その視線は広場に注がれている。 「術視!」「瘴索結界!」 厳島と月・芙舞が素早く術を展開する。 ポン!という音が聞こえてきそうな勢いで緑が生え、直後に青みの強い紫色の花を咲かせていく。 「広場を埋め尽くすかと思ったら随分まばらだなー」 率直な感想を述べるルオウだが、視線は油断なく広場の隅々を見回している。 ミーファは中空を見つめていた。超越聴覚を使い、一つの音も聞き逃すまいとしている。 「見えました?」 「ええ。薄くですが何体かの精霊が…」 「森の精霊達ってところだね」 雪の重なる静かな広場には、月光に照らされた緑と青紫が咲き誇っている。 窓から飛び降りたルオウに続き、竪琴を爪弾きながら広場に入るミーファ。 そこに神座の三味線の音色が合わせる。 月・芙舞と厳島は、精霊への感謝の気持ちを込めて優雅に奉納の舞を舞う。 「願わくば…この優しい祈りと想いの連鎖が末永く続くように…」 ●夜が明けて 太陽と共に現れた町人によって広場の薬草が全て収穫されたのを見届けると、昨夜会えなかった最長老に話を聞くべく開拓者の一行は住まいを訪れた。 突然現れた彼らに驚きもせず、老人はゆっくりとした口調で、昔を懐かしみながら話し始めた。 「儂の子供の時分に聞いた話では、雪の装備をしておらなんだ旅人を助けたお礼に教えて貰たのがあの歌じゃそうな。ここらは力が濃いで子供ならいけるかもしれんと言うての。雪を初めてみた変わりもんじゃったらしい。儂らの頃は大人を驚かす為の遊びだったさ」 そう言いながら笑う長老の居宅を辞した頃には、太陽の光が中天から降り注いでいた。 ●報告 「人語を話すタイプではなさそうだったね」 「楽しくて何体も集まっているだけみたいでしたね」 「森が眠る冬の時期だけ遊びに来ているような感覚でした」 報告のため、ギルドへの道を歩く5人。 「雪を見たことがないということは、南方出身の吟遊詩人だったのかもしれませんね」 「少なくともこのジルベリア出身では珍しいわな」 「ギルド長には悪いけど、冬の花壇はほっといてもいいんじゃないか?」 精霊と歌を伝えた人物についての考察が終わる頃、ギルドの入口が見えた。 そのまま進めばギルドに入り、右へ曲がれば町の通用門に着く。 「良い物語でした。この地の優しさ、温もりを伝えるお伽噺風の語りを紡いでいこうと思っています」 笑顔でお辞儀をし、右へと進むのはミーファ。竪琴を奏でながら淀みない足取りで門をくぐって行く。 手作りの甘いお菓子を広間の一角に置き、舞う子供達に手を振りながら門への道に向かうのは月・芙舞。 「ご縁があれば、また宜しくお願いしますね」 そう言うと門番と談笑しながら門を通り過ぎていく。 どちらからともなく顔を見合わせた神座と厳島は、素早く右へと道を曲がって行く。 「悩んでるギルド長さんも可哀想やし、あんじょう報告したってな!」 「よろしくお願いいたします!」 手を振りながら笑顔で門をくぐる2人。 まかせとけと胸を叩いて答えるルオウは、満面の笑顔でギルドの門をくぐるのであった。 |