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■オープニング本文 「お父さんなんて大ッ嫌い! 最低ッ!!」 「美也子‥‥」 「来ないで!」 叩きつけるようにそう言い、一瞬ハッとした顔で眉根を寄せたが、娘――美也子はそのまま家を出て行ってしまった。 「あなた。やっぱりあの子に黙ってお見合いの話なんて進めない方が良かったのよ」 「しかし‥‥」 妻の桐子に言われ、夫であり美也子の父である辰夫は緊張で固くなった体をほぐしながら沈んだ表情を見せる。 美也子は十八歳。 この年齢の娘に無断で見合い話を進め、嫌われないはずがないとは思っていたが、実際に花よ蝶よと育ててきた娘に罵声を浴びせかけられるのは、まるで冷や水をそのまま被ったかのような感覚だった。 「ちゃんと初めから話して納得してもらいましょう?」 「それは駄目だ。最後まで黙っておきなさい」 ぴしゃりと言い、辰夫はお茶を呷ろうと湯のみを手に取る。 「これは俺の最期の時まで伏せておくんだ。でないと‥‥」 しかし湯のみはそのまま手をすり抜け、ゴトンッという重量感のある音をさせて机の上に落ちた。 「あなた!」 机に寄り掛かって激しく咳き込む辰夫が、震える指で棚の引き出しを指さす。 桐子は焦って躓きながらそこへ向かい、薬入れを取り出して辰夫に手渡した。 辰夫はそこから薬を取り出し、水も無しにそのまま飲み下して息を整える。 「あなた、大丈夫? いつもはこんなに酷くはないのに‥‥」 「少し‥‥少し興奮しすぎた、ようだ。あと、朝に飲むのが早かった‥‥し、な」 日々悪化しているとは言えなかった。 口内に広がる鉄の味もろともお茶で飲み込むと、辰夫は長い長い息をひとつ吐き出した。 翌日。 美也子は友人の家に泊まり込んでいるということは分かったが、一向に帰ってくる気配はない。 放っておけばその内帰ってくるかもしれないが、桐子は少しでも長く父の傍に居てほしいと思っていた。 理由は辰夫の命がもうあと幾ばくかしか続かないからである。 不治の病とされるもので、気づいた時には既に手遅れだった。しかし父には父の考えがあるのか、辰夫はそれを美也子には秘密にしている。そのため何も知らない反抗期の娘は事あるごとに反発し、父を嫌った。 「美也子‥‥」 残りの時間くらいは穏やかに仲良く暮らしてほしい。 しかし病のことを隠したまま、美也子にどう説明すれば良いのか桐子には言葉が思いつかなかった。 今回の見合い話にしたってそうである。説明が出来ぬためああなってしまったが、つまり辰夫は早く美也子に身を固めてもらい、独り立ちをしてほしかったのである。 家を出ていれば、自分が寝たきり状態になっても無理に世話をしなくて済む。辰夫はそう言っていた。 「‥‥‥」 桐子は少しの間迷った後、夫に気づかれないようこっそりと家を出た。 「では娘さんを連れ帰るための説得や手助けをしてほしい、ということですね?」 「はい、お恥ずかしい依頼ですが‥‥」 ギルドの受付に座った桐子は視線を落ち着きなく走らせている。 「あの‥‥」 「なんでしょうか?」 「やっぱり、こういう依頼は無理でしょうか?」 物々しい雰囲気の依頼人らしき人間もちらほらと見える。自分がひどく場違いな気がしたらしい。 受付の女性は少し表情を和らげる。 「大丈夫ですよ。依頼を受ける意思のある開拓者が居れば成立します」 「そ、そうですか。では宜しくお願いします」 縋るような顔で桐子は頭を下げた。 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
雪ノ下 真沙羅(ia0224)
18歳・女・志
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
エリナ(ia3853)
15歳・女・巫
宗久(ia8011)
32歳・男・弓
ベアトリーチェ(ia8478)
12歳・女・陰
玖堂 紫雨(ia8510)
25歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●親の心 美也子が居るという河原へ向かう前に、口裏を合わせておく必要があったため数人の開拓者が辰夫と桐子の住む家にやって来ていた。 「年頃の娘って、複雑なのよねぇ‥‥よーく判るわ」 口裏合わせとは別に、話を聞きたいと思って残った川那辺 由愛(ia0068)がうんうんと頷きながら言う。 「でもね、気持ちは分かるけれど娘の意思を確認せずに話を進めたのは拙いわよ」 「耳が痛い限りだ‥‥」 聞けば由愛も似たような境遇に身を置いたことがあり、それに嫌気がさして一族から離れたらしい。 故に親の気持ちも分かるが、娘の気持ちもよく分かるのだろう。 「辰夫殿は今はどのようにお考えで?」 玖堂 紫雨(ia8510)の問いに、辰夫が手元の茶を一口飲んでから答える。 「今は娘の‥‥美也子のやりたいようにやらせようと思っている。しかしそれを伝えようにも」 娘が帰ってこない。 なのに自分の残された時間は削られるばかり。 では、と紫雨が提案する。 「美也子殿と接触する際に、私が同じような経験をしている父親役となり、その気持ちを伝えてきましょう」 「いいわね、それなら実際に話を聞く時の心の準備が出来そうだわ」 由愛が同意し、辰夫が考え込む。やはりプライドがあるのだろうか――しかし数十秒経ち、搾り出すような声で「宜しく頼む」と頭を下げた。 っと、そこへ宗久(ia8011)の声が響く。 「ああ、げに恐ろしきは人の情。素直になれない反抗期の娘に迫るタイムリミット。果たして彼女に訪れる結末とは!」 まるで何かの次回予告のように一切の乱れなく言い放った後、宗久は「なんてね」と付け加える。 「冗談だよ冗談。でも‥‥萌えるよね色々と。ん?色々は色々だよ、冗談だけど」 「どこまでが冗談か分からないわよ、宗久‥‥」 「それもまたよし。まぁ気楽にして待っておきなよ、俺は美也子君のところへ行くけれどねぇ」 ぽかんとしていた両親だったが、これで多少は緊張が解れたようだった。 由愛は美也子のことを他の開拓者に任せ、両親たちについておくという。色々と聞きたい話もあるのだろう。 河原へ向かおうと家を出る直前、紫雨がすっと踵を返して言った。 「私の娘も十五の頃に反抗期でした。およそ一年強という時間でしたが、その中でついに大喧嘩に発展し、私も娘も志体を持っていたため最終的には双方大怪我をしての終了となりました」 しかし、と力を込めて言う。 「今は、とても良好な仲です。‥‥お二人も前向きでいてくださいね」 「‥‥わかった」 辰夫には、どう伝わったのだろうか。彼は紫雨の話を聞き、重々しく頷いた。 ●反発する気持ち 予め相談し、初めに美也子に接触すると決まったのは同性であり年齢も近い雪ノ下 真沙羅(ia0224)、ベアトリーチェ(ia8478)、エリナ(ia3853)の三人だった。 「ごきげんよう、ちょっといいかしら?」 ベアトリーチェに声をかけられ、河原でぼんやりと座っていた美也子と思しき少女が顔を上げた。 毛先のウェーブした黒髪のツインテール。聞いていた特長とも合致する。 「なによ、私に用事?」 「あ、え、その、何だか、思いつめたようなお顔をなさってましたので、何かおありでしたのかと‥‥」 美也子の不機嫌そうな声を聞いて、真沙羅が慌ててフォローするように言う。 「顔?」 表情に出ていたのかと美也子がぺたぺたと自分の顔を触る。そこへ追い返されない内に、とベアトリーチェが続けて言った。 「この辺りに甘味処みたいなところはないかしら?ちょっと探していたの」 「甘味処?沢山あるわよ、歩いてたら見つかるはずだけど」 「あの、私たち今日ここへ着いたばかりでして」 そこでエリナが河原で遊んでいた子供――ルオウ(ia2445)を呼び寄せる。 「俺はルオウってんだ、エリナの友達なんだ。よろしくな!」 駆けてきたルオウが元気よくそう言う。演技ではなく本気で遊んでいたのか、服の其処此処に草や土が付いている。 「この子のおやつにと思いまして‥‥どこかありませんか?」 「‥‥仕方ないわね。その代わり団子の一本でも奢ってよ」 渋々といった雰囲気で、美也子は頷いた。 この甘味処が最近の美也子のお気に入りなのだという。 空いた席へと腰を下ろし、それぞれ思い思いのものを注文する。お茶を飲む時点まで差し掛かった時、真沙羅が声をかける。 「あの、名乗りが遅れました。私は雪ノ下真沙羅といいます」 「‥‥美也子よ」 真沙羅は美也子の目を見ながら話す。 「美也子さん、何かお悩みでもあるんでしょうか?初めに言ったように、傍目にも分かるほど悩んでいるご様子だったので気になりまして‥‥」 「‥‥」 「もしよければ、話してくれませんか?」 美也子は大きくハァと息を吐く。 「お節介な人ね。まあいいわ、友達にもカッコ悪くて詳しく話せなかったから溜まってたのよ」 美也子はちゃっかり団子のおかわりを頼んでから話し始めた。 父の態度のこと。なぜか味方してくれることの減った母のこと。イライラしていたところに舞い込んできた見合いの話のこと。 自分はまだそこに居たいのに、まるで出て行けと言われているような感覚だったという。 「許せないわ、私ももう十八だし甘えてられないことは分かるけど見合いはないでしょ?勝手すぎるの」 「それでもご両親、きっと心配してますよ。お家に帰った方が‥‥」 「言ったでしょ、帰ってもまた同じことをされちゃたまったもんじゃないわ」 エリナの言葉に噛み付くように返す美也子。 「でも‥‥」 エリナは辰夫の事情を知り、美也子をなんとしても家へ帰してあげたいと思っていた。 彼女もまた故郷であるジルベリアに家族を残してきた身。親の子に対する気持ちを考え、辰夫の残り時間のことも考え、帰してあげたいと強く強く思っている。 「ふん、きっと早く出てってほしいだけよ」 しかし美也子はその一点張り。 そこに固執するのは、本当はそんな風に思ってほしくない‥‥まだ両親と暮らしていたい、ということなのだろう。 「お父様は昔から、強引に美也子様の人生を決めていくような方だったのでしょうか?」 真沙羅のその言葉に美也子が一瞬固まる。 「‥‥」 「そうでないのなら、理由が‥‥強引だとしても早く結婚して欲しい理由があったのかも知れません」 「そ、そんなの分からないじゃない」 「はい。だからこそ、理由をお父様からお聞きするしか無いかと。一度、話し合ってみては如何でしょうか」 「話し合うなんて‥‥」 これまでそんな機会がなかったのだろう。美也子は明らかに戸惑っていた。 頃合か、とそこへ近づく影がふたつ。 風雅 哲心(ia0135)と紫雨だ。彼らは向かう先にこの甘味処があり、周囲に似た店がないのを確認してから先に席を取って待機していたのだ。 「話しているのが聞こえたんだが、もしかして美也子か?」 哲心から声をかける。 「そうだけれど‥‥」 「ああ、不審がらないでくれ。覚えてないかもしれないが、きみとは遠縁の親戚だ」 口裏を合わせて決定した演技である。そのためにわざわざ親しげに呼んでいるのだ。 「その遠縁の親戚が何の用よ?」 「こっちの紫雨――俺らの知り合いなんだが、似たような悩みを持っててな。相談に乗ってやってほしいんだ」 「娘との仲が芳しくなくて‥‥宜しくお願い出来ませんか?」 むっ、と美也子が眉根を寄せる。 「自分で解決出来ないの?父親でしょ」 しかし本当に悩んでいる顔をした――もちろん演技だが――紫雨を見、何度か息を詰まらせるようにしながら言う。 「‥‥ま、まあ参考になるとは思わないけれど、少しくらいなら良いわよ。でも少しだけだからね」 「有難う御座います」 セリフとは逆に、紫雨の相談にきちんと耳を傾ける美也子。 紫雨たちが意図したからだが、自分とも似た境遇の話から耳を離せなくなっているらしい。突っぱねないということは何か言いたいことがあるか、自分でも解決策の糸口がないか探っているということなのだろうか。 「今は何も強要することはない。帰って来てほしい、と思っているのですが‥‥」 「言えばいいじゃないの、本人に」 「それも複雑な事情がありまして、父親の立場上言えないのです」 言えないことがある。でも帰って来てほしいと願っている。 それに何か感じたのか、美也子は黙り込む。 「まぁ、十八にもなれば言う事聞かなくなってもおかしくはないか。甘く育ててれば尚更だな」 「甘いというのは愛されている証拠よ」 ベアトリーチェが肩にかかる銀髪を払って言う。 「まったく、親を悲しませるなんて親不孝者ね。親が居るだけでもありがたいと思いなさいよ」 「俺も親父が居たらなー。ろくな親父じゃなかったらしいけど、色々教えてくれたし‥‥広い背中も父親って感じだった。もう死じまって居ないけど、死ぬって分かってたらもっと剣を教えてもらってたと思う」 ルオウもベアトリーチェに続いてそう言う。 自分に言われているような感覚に陥ったのだろうか、美也子がびくりと肩を震わせたが咳払いをして誤魔化す。 その様子を見て哲心が言った。 「俺も人からあれこれ細かく指図されるのは好きじゃないさ。自分でやるべき事があるから、という場合は特にな。美也子は、そういうのはあったりするのか?」 唐突な質問と取られただろうか――しかし自分でも色々と考えており、それにマッチしたのだろう。美也子は疑る様子もなくこう返す。 「あるわよ、当たり前じゃない。‥‥ちょっとは子供っぽいと思ってるけれど」 「‥‥美也子さん、やはり一度家に帰ってみませんか?」 エリナにそう言われ、美也子はぎゅっと空になった湯のみを握る。 しかしその力も徐々に弱まり、最後には小さくこくりと頷いた。 その様子を鷲の目を使い、少し離れたところからにやにやと見ていた宗久が歩み始める。 ゆらりと近づき、さあ店から出ようとしていた美也子にわざとぶつかりそうになり、あるものをひらりと落とした。 鮮やかな色の髪紐である。 「わっ!」 「おっと、お嬢ちゃんゴメンゴメン」 「ち、ちゃんと前見て歩いてよね!」 謝りながら笑って誤魔化していた宗久が、美也子のツインテールを見る仕草をする。 「おや、随分と良い髪紐をしているね」 そう言ってジーっと見られ、不審げな顔をする美也子。 「いや、オジさんも髪が長いからね。色々と髪紐探してるんだけど、何処で買ったか教えてくれないかな?」 「お、お母さんに貰ったものだから分からないわよ」 「わからない?」 更にじいっと見られる。美也子はなんだか冷や汗が出てきた。 「‥‥多分、お母さんのお気に入りだった店。この通りの突き当たりにあるとこ」 「ハハハッ!有難う有難う」 宗久は満足げに笑う。 「このご時勢だしね、欲しい物は欲しい。大切なものは大切、正直に生きないと」 「正直に生きる‥‥」 「それに感謝の気持ちは大切だね、言わないと気付かないから。だからお嬢ちゃん、有難うね」 「お、お礼を言われることじゃないわよ。もう行くからね!」 正直に生き、口に出さないと他人に伝わらないことがある。 それに対して美也子はどう思ったのだろうか――彼女はそのまま思案顔で道を小走りに進んでいった。 「ハハハハハッ。かっわいーの」 「見てるこっちがヒヤヒヤしたぞっ」 美也子が去った後、地雷を踏まないかと心配していたルオウがフーっと息を吐く。その隣ではエリナも同じように息を吐いていた。 「ねぇ、アレだけ可愛いと思わず冥越にお持ち帰りしたくなっても仕方ないと思わない?」 「思うのは多分宗久だけ!」 「ッハハ、これも冗談だって冗談」 宗久は最初から最後まで飄々としていた。 ●嘘をつかず正直に 両親と家に残っていた由愛は、両親の気持ちをしっかりと確かめるために話を続けていた。 合間に世間話も挟んだため、時間はそれなりに経っていそうだ‥‥と、日の暮れ始めた庭を見て思う。 「それで、娘のやりたいようにやらせる‥‥って、娘のやりたいことが何なのか分かってる?」 「美也子のやりたいことか。‥‥」 歌うのが小さな頃から好きな子だった。 しかし今もそれは当てはまるのだろうか? 「分かっていないのに口だけで言っても信じてもらえるか分からないわ。帰ってきたらちゃんと話し合ってみたら?」 辰夫は肯定の返事をするが、どこか自信がないように思える。 「じゃないと、あたしみたいになるからねぇ。正直、親から見て如何?」 自分のことは待っている間に少し話した。辰夫は答えにくい質問に咳払いをする。 「下手に意固地になっても、良い事なんてないでしょう?」 「まあ‥‥そう、だな。俺の話を聞いてくれるかは分からないが、きちんと話す場を設けてみよう」 「ふふ、頑張ってね。病気のことは黙ってておくから、それも話すか話さないかは自分で決めるといいわよ」 その時、玄関の方から音がした。美也子である。 ここに何の客なのか説明しづらい自分が居るとややこしくなる、と由愛は裏口から出ると両親に伝える。 裏口へ向かうまでの間に何やら父子の話す声が聞こえ、丁度家を出ようかという時に美也子の大きな声が聞こえた。 それは娘が出て行く際に怒鳴った時とは違う、大きな声。 「私は、まだここに居たい。‥‥それが私の望みなの!」 娘の切実な、しかし今まで両親に対して言えなかった言葉だった。 本人に聞こえはしないだろうか、由愛は赤い瞳を細めて呟く。 「それなら親孝行は、出来る内にしといなさいね」 あたしが言えた義理じゃないけれどさ、と付け加え、由愛は裏口から出て行った。 この家族は、これからの残り少ない日々をどう過ごすのだろうか。 開拓者たちには想像しか出来ないことだが、きっとこのまま娘が帰って来ることなくその日を迎えることになった時よりは、良い日々であるに違いない。 親にとっても、子にとっても。 |