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■オープニング本文 少年、富太郎は浮かれていた。 今年は今までで一番多くのお年玉を貰った年だと思う。 母親の手伝いを率先してやり、父親の機嫌を取り、半年以上前から年上の知り合いを増やし、親戚への挨拶にもきちんと行った甲斐があった、と思わず進める足も軽くなる。 努力の結果はすでに正月前の誕生日に出ていたが、やはり目標であったお年玉の額が満足出来るものだったのは大きい。 「おっ」 ふんふんと鼻歌と共に散歩をしていると、道の端に獣道のような草を掻き分けた跡を見つけた。 大きさからして犬くらいだろうか。この近辺に狼が出るという話は聞いたことがないため、パッと見の印象通り犬の可能性が高い。 富太郎は興味本位でその道ならぬ道を進んでみた。 しばらくして茂みは消え、落ち葉の多い地面が見えてきた。どこからともなく湿気った何かの匂いがする。 (登りやすそうな木だなぁ‥‥) 一本の木を見上げて思う。 ふとその瞬間、富太郎の頭にある考えが浮かんだ。それは後から彼が後悔するものだった。 ――この木を登ってみたら、そこから自分の家は見えるだろうか。 普段の富太郎にそんな気概は無い。 しかしこの日の彼は違っていた。浮かれた気持ちは保障の無い安心感と自信を呼び、富太郎に無謀な行動を起こさせた。 「‥‥っしょ」 ざらついた幹に片手を添え、手近な枝にもう片方の手をかける。予想通り登りやすそうな木だ。 登りきってみると、上からの景色は上々だった。他の木々が邪魔ではあるが、家の屋根も見える。 目的を達成し、富太郎は更に上機嫌になったが――それは、ここまでだった。 「え‥‥?」 降りようと下を見たところ、そこに何か得体の知れないものが居た。 耳の四つある巨大な狐、という表現しか思いつかない体躯をしたそれは、じいっと座ったまま富太郎を凝視している。 そこから漂ってくる禍々しい空気に富太郎は震え上がり、近くの枝に乗ると幹をぎゅっと抱いた。 (なんだあれ、なんであそこから動かないんだ?) もし自分を狙っているのだとしたら、あいつは自力で木を登ってこれないのだろうか。 それならばここに居る限り安全だが、同時にあいつが去らない限り逃げられなくなる。 それでも安全ならばそれを取ろう、と富太郎は選択した。しかし数分後、それは恐怖に塗り潰された。 タンタンッと別の木を駆け上がり、謎の生き物がリスを仕留めたのである。しかもそのリスが居たのは富太郎と同じくらいの高さ。生き物は地面に着地すると、咥えていたリスを一呑みにした。 「‥‥!」 富太郎は理解する。 登ってこようと思えば登ってこれるあいつは、怯える自分を見て楽しんでいるのだ、と。 弟を探しに来た兄の目撃証言により、ギルドに依頼が持ち込まれる一時間ほど前のことである。 |
■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
天野 瑞玻(ia5356)
17歳・女・砲
一心(ia8409)
20歳・男・弓
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲 |
■リプレイ本文 寒い。幹に回した手が震えるが、すでに細かな感触などは感じられない。 下に目をやると、そいつはずっと前と変わらぬ位置に四足を揃えて座っていた。 目が合った途端、外気の寒さより冷えたものに襲われ、思わず顔ごと幹に視線を戻す。 「……」 富太郎は死の覚悟の仕方など知らない。 知らないが、心のどこかで何か冷めたことを思っていた。 ――自分が狐なら、そろそろ腹の空いてくる時間ではないだろうか。 ●狐の待つ場へ 開拓者達は富太郎が歩んだのと同じ道を進み、現場へと続く獣道を見つけた。 「ここで合っているみたいね」 天野 瑞玻(ia5356)が木々の奥を見て言う。 事前に富太郎の兄に聞いた場所で間違いはないようだ。 「アヤカシを目の前にして、きっと怖いなんてものじゃないよね‥‥急いで助け出さないと、ですっ!」 危機に晒されている少年の身を案じ、フェルル=グライフ(ia4572)が優しげな双眸に決意を込めて言った。 このままでは悲劇が起こるのも時間の問題だろう。 それを事前に阻止すべく、開拓者達は二手に分かれてそこへと足を踏み入れた。 ●木の下のケモノ 二手に分かれた片方、フェルル、ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)、瑞玻、一心(ia8409)の4人はまず風上に向かった。 運が悪ければ風の無い時に当たっていたかもしれないが、今日は緩やかながら風が吹いているようだ。 普段は避けるべき風上。それを選んだ理由は――囮。 「あたいの初仕事、じいちゃんが遺してくれたこと全て使って‥‥成功させてみせる!」 鳥銃「遠雷」を担いだルゥミがやる気満々に言う。 そのまま遠雷を下ろし、照準を覗いて様子を窺った。まだ離れてはいるが、四つの耳が特徴的な大きい狐が見える。 確認し終わった後はゆっくりゆっくり、一歩を確実なものにするように進んだ。 ルゥミは自身の‥‥といっても血は繋がっていないが、尊敬している祖父の教えの通り、落ち葉の上を歩いていく。湿気った落ち葉は足音を吸収し、気配を消すのに一役買ってくれた。 それに倣いながら他の3人も狐へと近寄っていく。 「聴いた通りの四つ耳狐型‥‥その形に意味があるのなら、音には敏感‥‥か」 目視出来る距離まで来たところで一心が呟き、弓に矢を番える。 フェルルらの顔を見て確認を取り、一心は狐の体からややズレた位置に狙いを定めて空鏑を放った。 狐は空気を切り裂く甲高い音に反応してその場から飛び退くと、四つ耳を立てて矢の放たれた方向を見た。すぐさま音から人数と位置を判断し、牙を剥く。 ドン! ドン!! 甲高い音の間を縫うようにルゥミの空撃砲と銃弾が音を響かせる。 そこへ混じるのは瑞玻の矢だ。 『ギッ‥‥』 騒音に集中を解かれた狐は四つ耳を同時に振り、嫌そうな顔をしながら仕切りなおした。 その隙を突き、囮班らの居る方向とは逆側から二つの人影が飛び出す。片方は長身、片方は龍の角と羽を持っていた。――別行動を取っていた御調 昴(ib5479)と蓮 蒼馬(ib5707)である。 瞬脚を使用した二人の動きと周りの音。それらに阻まれて狐の反応が一拍遅れる。 「はあッ!!」 蛇のような動きで繰り出される拳による突き。 蒼馬の蛇拳は狐を木の近くから引き剥がした。その狐に向かって昴の銃弾が飛び、更に隙を作る。 「気を緩めずしっかり木につかまっていろ!」 蒼馬はその隙を富太郎への声掛けに使った。 木の上で怯え、疲れきっていた富太郎は幻でも見ているかのようなきょとんとした顔で頷く。 「体力的な問題もあるだろう、急いで助けてやらないとな」 「はい、このままでは‥‥あまりにも可哀想です」 昴は狐が戻ってくる前に素早く木の下へと陣取り、短銃「ピースメーカー」を構えた。攻撃姿勢のまま狐に狙いを定め、そのまま固定する。 「戻ってきたら僕が止めます。皆さんもどうか‥‥」 頑張って、という意思を瞳に込める。 蒼馬は頷き返した。 「もう少しだからしっかり木に掴まってて!今私達が助けるからっ」 富太郎に向かって応援しながら駆け出したのはフェルルだった。 一気に間合いを詰め、至近距離で咆哮を放つ。ビリッと空気が震え、狐の目が完全にフェルルを捉えた。 『ギイィィシャァァァッ!!』 怒号を発し、狐はフェルルに突進してゆく。 フェルルは木から離れるように動き、狐を誘導した。 ちら、と遠距離攻撃組を見ると、どうやらフェルルが狐と近いため攻撃をやめたようだ。 「隙を作りますっ!」 隼襲を用いて狐から一気に離れ、振り返り様に真空刃を放つ。 真空の刃は狐の足元に向かって一直線に飛び、粉塵と落ち葉を巻き上げる。 その衝撃で我に返った狐は深追い無用と判断し、くるりと向きを変えて木の下へと戻り始めた。人を、富太郎を食って力を付けようとしているのだ。 粉塵がおさまるのを待たず、すぐさまフェルルも対応しようとしたが、狐はすでに跳ね上がると手近な木へ登り移動を開始していた。 そこを瑞玻が狙撃する。 『ギャウッ!』 滑り落ちかけた狐は頭上から瑞玻の姿を見つけると、狙いをそちらに変えた。 「そうよ、こっちに来なさい!」 単動作による高速リロードで連射し、迎え撃つ瑞波。 しかし落下の速度を伴って跳んでくる狐は早い。瑞玻は途中から強弾撃に切り替え、轟音を響かせる。 弾は狐の肩に命中したが、スピードは下らず、狐の爪は瑞玻の腕を引っ掛けたまま地面に着地した。 肩の傷に悶える狐から瑞玻が離れる。こちらも腕から出血しているが、攻撃を続けられない状態ではない。 「やはりこちらに来るか‥‥」 焦りか、それとも悔しさか。 狐はすでに富太郎を喰らうという事自体を目的にしていた。 血を散らしながら木に向かう。その先には待ち構えていた昴と、一心。 極北を使用した上で、一心は瞬速の矢で狐を射った。 『‥‥!』 尋常ならぬ痛みは感じただろうが、それすらも振り払うように首を動かし、狐は突き進んでくる。 「このーっ!」 後ろから単動作によるルゥミの強弾撃が追う。 それが尾を断ってもそのまま、そのまま。 「止まってください‥‥」 ずっと狙いを定めていた昴が言う。 しかし狐が止まろうはずもない。 昴は泰練気法・壱と破軍を一気にかけ、呼吸を整えた。そして―― 「止まって、ください!」 ――「ピースメーカー」が、銃声を響かせた。 ●少年の救出 狐はそのまま昴に体当たりするかのように止まった。 しかし立ち上がらない。痛がる素振りもない。 「‥‥やった、か。大丈夫か?」 「ええ、なんとか」 一心の手を借りて昴は起き上がる。 突っ伏した狐の目は見開かれたままだったが、全身から漲る力はどこかへ消えていた。 蒼馬がいち早く富太郎の居る枝まで登り、枝を確かめる。子供ならいいが、大人が乗るとまずそうだ。 「そのまま俺の背に移れるか?」 富太郎は数時間ぶりに両手を幹から離す。 両手は幹を抱いた形のまま固まり、動かすと関節が痛んだ。両手も木の皮で傷付いている。 しかし富太郎は皆の戦いをずっと上から見ていた。 怪我までして、自分を助けに来てくれた人たち。 「‥‥うん」 その一人の目を見て、富太郎は頷いた。 ルゥミは狐の傍らに立つと、静かに両手を合わせた。 このアヤカシは今まで幾多の命を奪い、今回のように弄んできた存在なのだろう。 しかしルゥミは祖父の言葉を思い出していた。 「祈っているの?」 瑞波がそう訊くと、ルゥミはニコッと笑って答える。 「うん、倒した獲物には最大の敬意を‥‥って、じいちゃん言ってたから!」 そこへ木の表面と着物の擦れ合う音が聞こえてきた。 見上げると、そこにはすぐそこまで下りてきた蒼馬と富太郎の姿。富太郎は疲弊しているようだが、なんとか自分の足で地に立った。 フェルルは富太郎の前に立ち、しゃがんで目線を合わせると優しく微笑んだ。 「もう大丈夫‥‥怖いアヤカシはいなくなったから、ね?」 よく頑張ったね、と頭を柔らかく撫でる。 普段の富太郎なら恥ずかしがったかもしれないが、今はただただ押し寄せてくる安堵に笑みを浮かべた。 「一人でこういう所をウロウロするのは程々にね、怖いのはもう沢山でしょ?」 「うん。用事があったら兄ちゃんに一緒に来てもらう‥‥弱虫、って言われそうだけれど」 少し余裕を取り戻してきたらしい物言いに、瑞波は心の中で一息ついた。 一心が来た道を振り返って言う。 「さて、帰ろうか。皆心配している筈だ‥‥早く帰って安心させてあげないとな」 「‥‥皆怒ってた?」 その問いに一心は「大丈夫さ」と答える。 今回は富太郎の油断によるところも大きいが、普通ならば木に登った、ただそれだけのことだ。心配はしても怒ろうはずがない。 ●彼の笑み 帰りはまだ歩くのは辛いだろうということで、蒼馬に再度おぶさる形となった。 その途中、蒼馬がそっと富太郎に訊く。 「今のお年玉の相場は幾らくらいだ?」 彼には娘が居るが、その事実を含めた記憶を失ってからそれほど経っていない。 故に去年どれくらいのお年玉をあげたのか覚えていないのだ。こういう事は本人に訊く訳にもいかないだろう。 「えっと‥‥」 しばし、考えるための沈黙が続いた。 そして富太郎はぼそぼそと蒼馬に耳打ちをする。 「――そんなにか?」 「俺がそれくらい貰ったら、飛び跳ねて喜ぶよ」 実際は合計でそれくらいだけどね、と富太郎は笑った。 |