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■オープニング本文 黒いボブカットに茶色い目の斉藤房江(さいとう ふさえ)という女性は、周辺から「猫屋敷」と呼ばれている家に住んでいた。 とはいえ何十も猫が居る訳ではない。それはただ周囲の家庭と見比べて若干多いというだけであり、猫屋敷という名称も単純に猫が多めな家だよということを表すためでしかない。――と、十五匹の猫と寝食を共にする房江は思っていた。 この考えに先日房江の友人が「でもさすがに玄関と部屋が二つしかない家には多すぎるでしょ」とツッコミを入れたが、房江は「それは家が狭いからよ」とあっけらかんと答えた。 そんな房江がギルドに赴いたのが、今日の昼頃のこと。 彼女は分厚い半纏を着込み、その上からマフラー、そして毛糸の帽子を被っていた。 口元にはお手製と思しきマスクを着け、時折苦しげな音の高い咳をしている。 「あ、あの、大丈夫ですか?」 受付嬢が心配げに訊ねると、房江は「大丈夫」と頷いた‥‥勢いで、眩暈がしたのか眉間を押さえる。 そして仕切りなおして言った。 「見ての通り風邪なのよ。ここ十年は引いたことなかったんだけれどね、油断していたわ」 「突然寒くなりましたからね‥‥」 「ええ、お風呂でお酒を飲んで温泉気分!とかやった上に湯あたりして、そのまま手拭い一枚で体を冷ましてたら寝ちゃったの。これがいけなかったわ」 「‥‥」 なんとも豪快すぎる性格である。 家には猫しか居らず、冷え冷えとした部屋で眠る彼女に布団を掛ける者は誰も居なかったのだという。 その後房江は深夜にやっと目覚めて凍えながら布団へ潜り込んだが、時すでに遅し。起きたらこの状態だった。 「でね、こんなフラフラじゃ猫の世話が満足に出来ないのよ」 房江は言う。 あの子たち賢いからトイレは決まったところでやるんだけれど、数が多くてする時間もバラバラだから何度も確認に行かなきゃならないし。 エサも一日四回に分けてちょっとずつあげてるから、一回でも抜けると催促が凄いのよね。 部屋は二つしかないんだけれど‥‥片方に押し込めとくと凄いことになるから、行き来できるようにしてあるの。まあ、つまり寝ていてもお腹とか踏まれちゃうのよ。かわいいけど。 「な、なるほど」 最後は単なる愚痴じみた惚気ではないか、と思いながら受付嬢は答える。 「で、本題!明日からはお兄ちゃんがこっちに来て手伝ってくれるらしいから、それまでの間猫たちの世話を頼めない?」 房江は熱で潤んだ目でそう頼んだ。 丁度その頃、家では。 「にゃー」 猫が窓から射し込む日だまりに集結し、まん丸になっていた。 |
■参加者一覧
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
猫宮 京香(ib0927)
25歳・女・弓
百々架(ib2570)
17歳・女・志
中窓 利市(ib3166)
28歳・男・巫
ミリート・ティナーファ(ib3308)
15歳・女・砲
王 娘(ib4017)
13歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●猫のいる景色 家の中から猫の鳴く可愛らしい声と、豪快な咳ひとつ。 小さめな家の連なる通りを歩いていた開拓者一行はすぐに顔を見合わせ、それぞれ頷いた。 「ここだね」 入ってすぐに見える部屋の中で房江は横になっていた。ギルドに来た時のように半纏等を着込んでいたが、帽子はない。無造作に束ねられた髪は熱による汗で湿っている。 しかし発熱により心が折れている訳ではないらしく、開拓者達が訪問すると笑顔で彼らを招き入れた。 「よかったぁ、丁度猫達が遊んでほしくてニャーニャー呼んでたところだったのよ」 房江はそう言って安心したような顔をする。 「こ、こんにちは。初めまして、江崎美鈴だ」 江崎・美鈴(ia0838)がそう自己紹介すると、房江は「あら」と目を瞬いた。 「うちの猫にもミスズって子が居るのよ、見つけたら仲良くしてあげてね」 笑い、その後聞かれたエサとおやつのタイミングを教える。 おやつは猫が欲しがればいつでも良いらしい。ただしエサの時間が近いようなら避けておく。エサは朝の8時頃、昼の12時頃、夕方の4時頃、夜の7時から8時の間にあげているといい、今は朝の分がすでに終わったところだ。 それらを王 娘(ib4017)は熱心に頷きながら聞く。 とはいえ一日のみのことなので、そうガチガチにならずともいいだろう。 「それよりリラックスして遊んでもらえると嬉しいわ」 房江はそう布団の中から微笑んだ。 猫達は隣の部屋の陽だまりにてぬくぬくしつつ、数匹が遊んでほしいと襖をカリカリ引っ掻いていた。 行動に違いはあれど、その数十五匹。 事前情報通りの数にフラウ・ノート(ib0009)が声を上げる。 「をぉー。あたしの家も猫多いけど、斉藤さんの家も中々♪」 「可愛い猫さんがたくさんとは羨ましい環境ですね〜」 猫宮 京香(ib0927)も笑顔でそれに続く。 家に着くまでずっとうきうきしていたが、着いてからもなかなか静まらなさそうだ。 「猫だらけだな‥‥」 娘も嬉しそうに呟き、後ろを振り返って房江に言う。 「世話は任せて、治療に専念するといい‥‥」 「うふふ、宜しく頼んだわよ」 猫好きに来てもらえて嬉しいのだろう、房江の表情もどことなく暖かい。 「はやぁ〜‥‥私が所属してる拠点も猫がいっぱいだけど、此処もかなり凄いや‥‥」 風邪を引いていなくても、普段の世話も大変だろうなとミリート・ティナーファ(ib3308)は感心する。 そしてハッと気付いた。 (あれれ‥‥猫さんいっぱいの中に私がいると、何だか不思議な感じかも?) そう思いながら、彼女は犬の耳を動かす。 沢山の猫達の中に、犬の獣人がひとり。‥‥なかなかにレアな光景だった。 にゃぁーん、という鳴き声に百々架(ib2570)は視線を辺りに巡らせた。 「右を向いても猫、左を向いても猫、上下を見上げたり下げたりしても猫‥‥」 すう、と息を吸い込み、目を輝かせて言う。 「あ〜ん!こんな素敵な天国があるだなんて素晴らしいわ!」 しかも参加者の大半が美人で可愛い。 猫も申し分ない可愛さを持っており、百々架にとっては願ったり叶ったりだ。 目の保養と心への癒しを同時に受けつつ、百々架はきゃーっと両頬に手をあてて喜んだ。 「ふふ〜、とりあえずお世話から始めましょうか〜」 京香は一番近くにあった猫用トイレに近づく。 すでにそれなりに汚されており、砂もこぼれていた。トイレの横に居た白猫が興味深げに京香を見上げる。 「可愛いにゃんこがいっぱいです〜。より取り見取りですね〜♪よろしくお願いしますよ〜」 猫に挨拶をし、京香はてきぱきと掃除をしていく。 砂の交換を手伝ったのはフラウだ。 「これでよし、と。ん♪大人しくしてくれて、ありがとーね」 フラウは邪魔をしてこなかった猫をソッと撫でる。まだ若い猫なのか毛が柔らかく、すべすべにさえ思える手触りだった。 「二人でやると早いですね〜」 「うん、猫も賢くて助かる」 笑い合う二人を見つつ微笑むアーニャ・ベルマン(ia5465)の足を何者かが踏んだ。 「‥‥?」 しかし痛くはない。 視線を下ろすと、そこには「あっ」という雰囲気で片足を上げたまま固まるトラ猫が居た。 「トラ猫でメス‥‥さっき房江さんに説明してもらったリッコちゃんかな?」 トラ猫・リッコはスンスンとアーニャの匂いを嗅いでいる。 アーニャは事前に房江の服を借り、なるべく猫達が慣れ親しんだ匂いを纏うよう工夫していたが、やはりこういう時は緊張する。 アーニャはゆっくりとリッコの前にしゃがんだ。 「こんにちは〜、アーニャですよ。語尾がニャだから、ほら、なんだか猫っぽくないですか〜?」 笑いながら取り出したのは、猫じゃらし。 ゆらゆらと揺れるそれにリッコは魅せられたのか、初めはちょんちょん触る程度だったのに段々と本気モードになっていった。 (どれが「ミスズ」だろうか‥‥) 美鈴はきょろきょろと辺りを見つつ、自分からは猫に向かわない。 猫はこちらを何者か知らないだろうし、そもそも自分には別の猫――この家の猫ではない子の匂いがついている。 下手に警戒させてはいけない、ということであちらから近寄ってくるのを待っていた。 その間にメスの黒猫だというミスズを探してみていたのだが、目立つはずの毛色なのになかなか見つからない。 「‥‥」 しばし眺めていると、静かゆえに興味を持った猫達が近づいてきた。 そこで初めて足元に別の猫が居ることに気がつき、美鈴は驚く。‥‥丸まっていたのは例のミスズだった。 「なんだ、灯台下暗しか」 笑い、荷物から猫じゃらしを取り出す。 何やら大物感漂う猫じゃらしだった。 「この猫じゃらしは、なんと驚け、20年ものの匠の作品だぞ」 猫の尾が立って揺れる。 しばし見合った後‥‥美鈴と猫はその猫じゃらしで遊び倒した。 「年末の忙しい時期に風邪をひくとは、房江さんもついてないな」 同情するような響きを込めて中窓 利市(ib3166)が言う。 額の手拭いを替えてもらった房江は少し楽になったという顔で答えた。 「いつもはこんなことないんだけれどねー、運がなかったわ」 (運だけの問題でもない気はするが‥‥) ギルドで聞いた話を反芻しつつ、しかし口にすることなく利市は暖かい甘酒を房江に勧めた。 「飲んでくれ、冷えた茶ばかりでは辛いだろう」 「わっ、飲む飲む!」 お酒好きな房江は甘酒にすら反応した。 利市は密かに肩をすくめ、自分も猫達の様子を見に行くことにする。 「もー、きみは元気だねー!」 ‥‥襖を開けると、一番最初に膝に乗せた猫と戯れるミリートの姿が目に入った。 美鈴と同じく猫の様子を静かに窺っていたのだが、それが一部の猫に大人気らしい。この子達は構われると逃げるが、構われないと寄ってくるタイプのようだ。 「ちょっと失礼するぞ」 「あれっ、なに?」 利市はミリートに懐いていた猫に名札を付けた。名札には「アマスケ」と書いてある。 「名前を15匹分覚えるのは大変だろう。さっき房江さんに聞いて作ったんだ」 紙製の簡単なものだが、今日一日なら大丈夫だろう。 利市は他の猫にもテキパキと名札を付けていく。 「お前さん、爪伸びてるねえ。ちゃんと研いでるのか?」 途中でしっかりと猫の様子を見ながら。 淡々としているが、彼もまた猫好きの一人なのだ。 ●ごはんタイム お昼。 美鈴、利市、ミリートがエサを運びつつ、娘が猫の名前を一匹一匹呼ぶ。 「これは‥‥凄まじい」 大人しい猫もご飯となると話が別らしい。がつがつと食らいつく猫達を見、娘が思わず呟いた。 「今の内にもう一度房江さんの様子を見てくるわね」 百々架がそっと襖を開けて出ていく。 あまりいっぺんに様子を見に行っても気疲れするだろうという考えだ。 その頃アーニャは長毛種の猫・タマに長靴を与えていた。 「これこそまさに『長靴を履いた猫』です!」 「くっ、猫可愛い、猫可愛い‥‥!」 「でも長靴に入った猫って感じだね」 長靴の中からこちらを見るタマの姿に美鈴は悶え、ミリートはくすりと笑う。 タマが大人しくしているのを見、アーニャはスケッチブックを取り出してその光景を描き始めた。 百々架が戻ってきたのを見はからい、決行された一つの作戦。 それは―― 「猫鍋とかまた可愛‥‥ハァハァ、本当に可愛い‥‥うふふ‥‥」 大人しい猫に許されし秘術・猫鍋だ。 興奮を抑えられない百々架は荒い息をしながら目をきらきらとさせる。相手が猫でなければ事件になっていそうなくらいだ。 アーニャと利市の用意した沢山の土鍋に収まった猫達はのんびりとしていた。一部ちょっと暑そうにしている者も居るが。 「師走の喧騒も何処へやら。こいつら見てるとバタバタするのが馬鹿らしくなってくるな」 自分も出来る事なら寒い日は家に閉じこもっていたい。 猫を羨ましく思いつつ、リラックスした様子で利市は言う。 「にゃー」 「‥‥ん?お前は入らなかったのか」 擦り寄ってくる猫を見てふと思い出し、利市はもふらの毛で作った猫じゃらしと茶筒を取り出した。 茶筒の中には鈴が入っており、猫のいいオモチャになる。 「それ、もふらの毛?」 「ああ。丁度いいと思ってな」 「それなら私も作ってきたわ、形は違うけれどね!」 百々架も真っ白なものを取り出す。 こっちは球状に丸められており、ぱっと見た感じはもふらのてるてる坊主という表現がよく合った。 「にゃにゃにゃ!!」 必死になって茶筒やもふらの毛を追う猫達。一目で好評だと分かる光景だ。 「必殺の三刀流‥‥」 そこに聞こえてきたのは、娘のそんな声。 そんな彼女の両手には猫じゃらしが握られており――尻尾には紐に繋がったポンポンがあった。なるほど、娘の特徴を活かした三刀流である。 まさしく入れ食い、娘を楽しそうに猫四匹が追いかける。 「にゃふっ、ほんと猫ちゃんって和むわねぇ〜‥‥♪」 くすくすと笑いつつ、百々架は更に別のものを取り出した。 「こんなのもあるわよー」 百々架特製の猫用おやつ、薄切りにし脂肪を落としたた肉や内蔵を干したものだ。 見た目は少々人間向きではないが、これは猫用。興味と食欲をそそる匂いに鍋の中の猫も反応する。 「あっ、ほらほら、沢山作ってきたからケンカはだめよ〜?」 笑いながら百々架は小皿にそれを移していった。 「‥‥あ、また来てくれたのね」 嬉しげな房江の手拭いをミリートが替える。 看病は交代でおこなっていた。 「はいっ、お湯に生姜、葛粉、蜂蜜を溶いて、ミリートお手製のあったかドリンクだよ♪」 「凄いわね、一気に元気になっちゃいそう」 体を起こしてもらいながらそれを飲む房江にミリートが聞く。 「ずっと気になっていたんだけれど、なんで猫好きになったの?」 「生まれた時から一緒だった、からかしら‥‥両親も猫好きだったから、遺伝かもね」 冗談っぽく笑う房江。 これだけ増えたのは捨て猫を見捨てられなかったからだという。 「あっ、元気になってきましたね〜」 開けた襖をタンと閉め、京香がお盆片手に現れた。 直前まで猫とボール遊びをしていたのか、少々髪が乱れている。 「お昼まだでしたよね、おかゆ作ってきましたよ〜」 「わぁ。ちょっと食欲も出てきたし、もらえるかしら?」 海苔やちょっとした具もあります、と京香は微笑んでお盆を置いた。レンゲを用意し、それを房江に手渡す。 「そういえば、ここって縁側あります〜?」 「あるにはあるけれど、家自体がこんな狭さだから小さいわよ?」 「座れるなら十分です〜♪」 猫を抱いて縁側でお茶を楽しむ。 これ以上の贅沢で幸せなことはないだろう。京香は「どの猫さんとご一緒しましょう〜、猫じゃらし好きだったミータくんでしょうかね〜」とわくわくしながら想像を膨らませる。 それは数十分後に現実となり――やはり、想像通りの幸せさだったという。 「‥‥っは!?」 フラウが思わず声を上げたのは、気付くと自分が部屋の掃除をしていたからだった。 「いやー。何時もの癖って怖いわ。・・・あ!洗濯物って、何処仕舞えば良い?」 箒を片手に房江へ聞くフラウ。そう、掃除だけでなく洗濯物まで取り込み済みなのである。 しかしその動きは美鈴に抱きつかれたことにより止まった。 「ん?な‥‥ちょ、美鈴ねぷぐ!!」 「フラウ可愛い、可愛い」 そう言って撫でられ、照れてしまったフラウは抵抗出来ず、ほんの少しの間掃除を中断することになったのだった。 そしてわたわたと照れているフラウの足元に擦り寄る影がひとつ。ブチ模様の猫だ。 (じゃれてると思われてる‥‥!) 実際そうなのだが自覚はない。 ごろごろと喉を鳴らす猫に、フラウは自分にスリ付いてくる幼馴染を思い出してくすりと笑い、その直後にまた頭を撫でられて真っ赤になるのだった。 ●らすと・ねこだまり 「ふ〜、沢山遊びました〜♪」 背伸びをする京香の足元で、同じく背伸びをするミータ。 ミータは京香が今日一番仲良くなった猫である。どうやら気が合うらしい。 窓から外を見ると、すでに夕日は見えなくなっていた。 「もう夜か‥‥最後のエサやりも終わったし、今の房江さんの様子なら大丈夫そうだな」 そう利市が言う。 房江も朝より大分ましになっており、日が暮れても熱はこれ以上上がらなかった。 多少心配ではあるが、明日には兄が来るということなので帰っても大丈夫だろう。 「また遊びに来ても大丈夫ですかね〜?」 「あっ。あたしもまた来ていいか?」 「私も‥‥またこの子達を触りに来たい。いいだろうか」 京香、美鈴、娘の三人がそわそわとした様子でそう問うと、房江は少し笑いながら快諾した。 本当に猫好きには悪い者は居ないな、と思いながら。 「これ、どうぞ」 アーニャが自分の描いたスケッチを手渡す。 「わっ、すごい!上手いじゃないの‥‥!ありがとうね」 「喜んでもらえて良かった。また私も遊びに来ますね」 最後に猫をもうひと撫でし、開拓者は玄関へと向かう。 その途中、振り返ると‥‥ 「にゃぁん」 猫達は陽光の残滓を求めるように、また朝と同じ場所でねこだまりを作っていた。 この光景にまた会えるのも、そう先のことではないのかもしれない。 |