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■オープニング本文 「結婚式‥‥かぁ」 秋もそろそろ終わりに向かう季節、家で洗濯をし終えた女性がそう呟く。 結婚式。もちろん自分と夫はすでに五年前にそれを体験している。 今頭の中を駆け巡っている結婚式とは、彼女の妹のものだった。 (行って、直接お祝いを言ってあげたいけれど‥‥無理だろうなぁ) 結婚の知らせが届いたのは昨日のこと。しかし女性は悩んでいた。 というのも、妹の住む村――自分の故郷の村が、今住んでいるこの場所から遠く離れているのである。 少なくとも三回は夜を見送ることになるだろう。ここへ嫁いだ時も大変だったのだから自信を持って言える。 そして。 「おかぁさん、ごはんー!」 「あ、はいはい。ちょっと待ってなさい」 五歳、三歳、二歳。 そんな年頃の子供を持つ母である女性は、小さな子供を連れて長距離を移動するなど出来るはずがないと思っていた。 出来たとしても子供達にとっては酷だろう。 しかし小さな頃から仲の良かった妹の晴れ姿は見ておきたい。 だからこそ、悩んでいる。 「なんだ、まだ考えてたのか」 仕事から帰宅した夫が女性の様子を見て言う。 ひと目見て分かるほどの悩みっぷりだったのだ。 「なあ、誰かに子供達の世話を頼んだら良いんじゃないのか?一週間も家を空けている訳じゃないんだし」 「それは考えたんだけれど‥‥」 妹の結婚予定日に間に合うためには、明後日には家を出ねばならない。 昼間、近所に住む夫の親類に子供の世話を頼めるか聞いてみたが、なんとも微妙な答えが返ってきた。 前半二日間ほどは大丈夫だが、恐らくラスト一日‥‥その日は丸々温泉旅行に行っていて無理なのだという。 帰宅は夜になるだろうが、さすがに朝から夜までの間、あの小さな子供達に留守番してもらうのは不安だ。食事の心配もある。 そっと襖を開けて隣室を見ると、子供達は川の字になって眠っていた。 一番目が空雄(そらお)という五歳の男の子。やんちゃだが下の子の面倒は見る。 二番目が貴美音(きみね)という三歳の女の子。少々妄想癖があるが、子供ならではといった感じだ。 最後、三番目が紀代(きよ)という二歳になったばかりの女の子。まだ大雑把な言葉しか話さないが、この中では一番のトラブルメーカーである。 「‥‥そうだ」 夫のそんな声に女性が振り返る。 夫は良いことを考え付いた、という顔で言った。 「その一日の間だけでも、開拓者に世話を頼むってのはどうだ?」 「開拓者‥‥ギルドに?」 「そう。身元がはっきりしている方が良いだろう」 たしかにどこの誰とも分からない者に頼むよりは格段に安全だ。 女性はしばらく無言になる。他にもっと良い案が無いか慎重に探っているのだ。 そして――。 「そう、ね。明日ちょっとギルドに行ってみましょう」 一番良い案は、やはりこれだった。 |
■参加者一覧
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
ライオーネ・ハイアット(ib0245)
21歳・女・魔
紅雅(ib4326)
27歳・男・巫
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●子守に向けて 少しひんやりとした空気が流れる。 時刻は巳の刻を回っていたが、日差しは暖かくても影になった部分に入ると肌寒かった。 そんな中、道を進む人影が六つ。 「幼子のお相手も久し振りですね。はー君もこんな頃がありました」 弟の小さな頃を思い返しつつ、紅雅(ib4326)が目を細めて笑う。 大変なことも多かったが、微笑ましいことも多かった。今日もそんな体験をするのだろうか、と考えながら足を進める。 「きっと可愛い子たちなんでしょうねー‥‥もう凄く楽しみです!」 レティシア(ib4475)が今から会う子供たちのことを考え、瞳を輝かせた。 もちろんその子たちを可愛がりたいだけではない。 他人に実子を任せるのは親にとって様々な決心の要ることだろう。そして両親はこちらを信頼して子供を任せてくれた。その信頼に全力で応えよう、とレティシアは張り切る。 その隣ではリィムナ・ピサレット(ib5201)がご機嫌な様子で歌っていた。 「子守り〜♪子守り〜♪」 その生い立ちゆえにリィムナは子守が標準以上に得意である。 それは子供と遊ぶ他、家事にも大いに発揮されていた。今日も着いたらとことんやるつもりだ。 洗った布団は重たいかもしれないが、これも慣れたもの。気温はやや低いが天気も良い今ならよく乾くだろう。 「お子さんが3人も。良い家庭なのですね」 ライオーネ・ハイアット(ib0245)は事前に聞いた情報を思い出しつつ、感想を漏らす。 和んだ表情をしたのも束の間、少し複雑そうな顔をした。 昔、政略結婚をするよう言われたことがある。 もしあの時、兄の言うがままに従っていたとしたら、今頃は自分も――そこまで考え、ライオーネは頭を振る。子供たちに会う時は笑顔でないといけない。 「マルカはこういうの初めて?」 「はい。子守は始めての経験ですけれど、ご両親がお帰りになるまで見事務めたいと思いますわ」 リィムナにそう答え、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)が頷く。 マルカは一番のトラブルメーカーである紀代を特に注意して見守る予定だ。 起こすトラブルは時に本人すら傷つけるかもしれない。そんな事態にならぬよう、しっかりと気を引き締めていくつもりである。 「今後に役立つ経験になるといいが‥‥」 そう呟いたのは琥龍 蒼羅(ib0214)だ。 知り合いからこういった経験も良いものだと言われたが、どうなるか未だに分からない。 とりあえず料理を頑張ってみるか、と蒼羅は考えてきたレシピを頭の中で反芻する。 様々な思いと共に道を進んでいると、一軒の家が見えてきた。 ●子供たちの家 朝ご飯はすでに終わり、必要最低限の掃除だけはしたと伝え、それまで留守を任されていたおばさんは去っていった。 ‥‥その背中がいささか疲れて見えたのは致し方ないことだろう。 「遊んでくれる人ー?」 部屋に入ってすぐ、そんなことを言いながら男の子が駆け寄ってきた。一番上の空雄だ。 世話をしてくれる人、というより遊んでくれる人、と認識しているらしい。 人見知りしないタイプなのか、それに続いて貴美音と紀代も走ってきた。 「やっぱり可愛い!」 黒髪黒目にふっくらとした頬の子供たちを見てレティシアがにっこりと笑顔を浮かべる。 ほわーっと和みつつ、屈んで目線を合わせると自己紹介した。 蒼羅たち男性陣、ライオーネたち女性陣もそれぞれ名前を告げていく。すると子供たちも自分の名前をそれぞれ言っていった。 「空雄君が一番お兄ちゃんなんですね」 「うん!おれが一番!」 紅雅の言葉にえっへんと威張る空雄。 そして袖を掴んでぐいぐいと引っ張り始めた。もちろん目的は―― 「早くあそぼっ!」 ‥‥これに尽きる。 紀代は確かにトラブルメーカーだった。 まず襖を破ろうとする。両手を突き出し突進してゆくのだ。マイブームなのか、隙を突いてはやろうとする。 「これを止められる一連の流れが楽しいみたいだね?」 紀代の両脇を持って引き止めたリィムナが肩を竦めて言う。 「楽しい‥‥のか」 蒼羅は考え込むような顔をする。子供とはよく分からない生き物だ。 「びりびりー!」 一方、紀代は尚も襖に手を伸ばそうとしている。 そこでマルカが真正面に座って話し始めた。 「見てください、襖には何がいらっしゃいます?」 「‥‥? とんぼ」 「びりびりしてしまったら、とんぼさんが可哀想ですわ」 紀代は襖をじーっと見て、むむぅと考えた後、こくんと頷く。 「紀代様はお利口様ですわね!」 マルカは紀代をぎゅっと抱き締め、理解したことを褒めた。 その様子をにこにこと眺めていたリィムナがすくっと立ち上がり、庭を目指す。 「洗濯してくるね、今日の分はまだだろうし!」 その言葉にビクッとしたのは貴美音だった。 真っ赤になっている彼女から話を聞いてみると、どうやら今朝方おねしょをして、それを隠していたらしい。 少し涙目になっている貴美音をリィムナが撫でた。 「大丈夫、あたしもそうだもん。仲間仲間!」 「ほんと?恥ずかしくない?」 「うん、誰もが通る道だよ!‥‥あ」 部屋には今のところ全員居る。 その前で自分のおねしょ話を披露してしまい、リィムナはしどろもどろになった。しかし恥ずかしくないと貴美音に言った手前、露骨に態度に出す訳にもいかず、すぐに平静を装う。 お姉ちゃんでいるのも大変だ。 リィムナが布団や衣類を洗っている最中、紅雅は貴美音に絵本を見せていた。 しかし。 「これ前に読んだよ?」 どうやら読み飽きたらしい。 それならば、と紅雅は小さい男児が桃から生まれて山姥を退治し、竹から生まれた女の子をお嫁さんにして桜を満開にして結婚式を挙げたという話を聞かせた。 面白おかしく語られるそれに貴美音は笑う。 「貴美音君はお姫様が良いですか?それとも、陰陽師が良いですか?」 「んー‥‥お姫さまなおんみょーじ!」 欲張りさんですね、と紅雅は思わず笑ってしまった。 途中でマルカの作ってきたパンプキン・パイを主役にしたおやつタイムを挟み、穏やかな午前の時間が流れてゆく。 「む?」 蒼羅がタンスの前に佇む貴美音に目を留めた。 タンスは三兄妹の両親が使っているものだ。それを眺める顔はなんだか不安げに見える。 「子供にとって母親は一番大きな存在です。それが居ないとなると不安を覚えるのは当然でしょうね」 隣に並んだライオーネがそう言った。 どうやら理由はなんとなく分かっていても、長時間離れ離れであることに不安を抱いているようだ。 そこでライオーネは安心出来るように、と貴美音をそっと抱き締めた。 「だっこー!」 紀代も自ら走ってきて抱きつく。そうしている内に貴美音の顔に笑顔が戻ってきた。 ライオーネは微笑み、そして少し離れたところからこちらを見る空雄に気がつく。 紀代と貴美音を毛布のある所までつれていき、寝かしつけてから空雄の元へ向かうとライオーネは言った。 「お兄ちゃんは我慢して一番最後ですね。いらっしゃい」 「‥‥いいの?」 少し遠慮しているらしい。 ライオーネが頷くと、空雄もその腕の中に飛び込んでいった。 ●午後の部 昼食で腕を奮ったのは蒼羅だ。 事前に昼寝から目覚めて絶好調な貴美音を連れ、蒼羅、紅雅、マルカの三人で買い出しに出た。貴美音も紅雅の指示通りに動き、良い経験になったようだ。 そこで買った材料を使い、お好み焼きを作る。 キャベツを少し多めにしたが、ソースが美味しかったのか子供たちは全て平らげた。 「いい食べっぷりだ」 「おいしかったー!兄ちゃん、ありがとう!」 空雄が口の周りをソースだらけにして言う。 紀代も貴美音も満面の笑みだ。特に紀代は少し焦げた部分がお気に入りらしい。 「また作ってくれる?」 「‥‥ああ、いい子にしていたらな」 返答の仕方に迷った蒼羅だったが、自然とそんな言葉が出ていた。 「さて、これからお歌を歌いましょうか?」 子供たちの口を拭いてやりつつ、マルカが言う。その手にはブレスレット・ベルが三つ。 マルカ自身は哀桜笛を持ち、三つのベルはそれぞれ空雄、貴美音、紀代に手渡された。 食事前に近所には許可を取ってある。騒音という程でもないし大丈夫だろう。 「私はこれです」 レティシアが取り出したのはオカリナだった。 吹くのが少し難しい楽器だが、レティシアにかかれば綺麗な音色を紡ぎ出す楽器だ。 「‥‥俺も混ざっておこうか」 蒼羅も大きめのリュートを取り出す。藍色が美しく、星の装飾は夜空を思わせた。 「皆様、ご一緒に演奏いたしましょう」 にこりと笑い、笛に口をつけるマルカ。 そして小さな小さな演奏会は始まった。 「よーし、乾いたー!」 ばんばんと叩いてから布団や衣類を取り込み、リィムナがバンザイする。 日当たりや風向きを考えに考え抜いて干したおかげか、すべて完璧に乾いていた。 季節柄日が落ちるのが早く、すでに空はオレンジ色に染まりつつある。 「ん?」 洗濯物を畳み終わったところで、子供たちが紅雅と一緒に庭に出ているのが見えた。 どうやら紀代がぐずったため、紅雅が抱っこして外を見て回っていたところらしい。 空雄と貴美音は蝶を追いかけたり虫を探したりしている。 「‥‥そうだっ」 リィムナは荷物から大きな橙色のもの――南瓜の被り物を取り出した。遊ぼうと思って持ってきたのだ。 それをすっぽりと被り、四人の元へ駆けていく。 「わっはっはー!南瓜仮面参上ー!」 「!?」 「かぼちゃかめーん!」 特に空雄のツボを突いたらしい。 ワーワーキャーキャーと走り回る皆を見、紅雅が呟く。 「これは‥‥お風呂でしっかりと洗うことになりそうですね」 数分で泥んこになれるとは、やはり子供とは凄まじいものである。 「あああーっ!!」 そんな声がこだましたのは、夕食直前のことだった。 「紀代があたしの髪飾りとったぁ!」 「紀代のっ」 どうやら貴美音が持っていた花の髪飾りを紀代が取ってしまったらしい。 気に入ったのか、両手でぎゅうっと握っている。力加減を誤って壊してしまうのではないかとヒヤヒヤするくらいだ。 それは貴美音も同じらしく、焦った表情をしている。 「返してよう、おかーさんに貰ったの!あたしがっ」 「き、よ、のっ」 同じ答えしか返してもらえず、涙ぐむ貴美音。 そこへ澄んだ音色が響いてきた。歌の時間に聞いたものとは違う。 それを聞いていると、なぜか気分がスッと落ち着いた。 「大丈夫?」 落ち着いたのを見計らい、口笛を吹いていたレティシアが話し掛ける。 このおかげで一触即発といった雰囲気が一気に和らいだ。 レティシアは二人の話をしっかりと聞き、髪飾りを貴美音に返させる。その後不満そうな紀代をえらいえらいと撫でた。 ‥‥撫でられたことに関しては素直に嬉しいようだ。紀代はふにゃりと笑い、レティシアもつられて笑う。 こうして午後の時間もゆっくりと流れていった。 ●最後の時間 「あたし達家族みたいだよねー、紅雅がお父さんでライオーネがお母さんで‥‥」 夕食の席でリィムナがそんなことを言い、数名がひっそりとお茶を噴き出しかけた。 「あ、あれ、変なこと言った?」 「‥‥いや、新鮮な意見だと思う」 リィムナはまだきょとんとしていた。 「まあいっか。でも今日はいろいろあったなぁ、楽しかった!」 「皆様は何が一番印象に残りましたか?」 マルカの問いに空雄が手を上げる。 「えっと、歌に‥‥ご飯に‥‥南瓜仮面!」 「そらおー、一つじゃないっ」 「あっ」 笑い合う子供たち。その様子を見、マルカも自分の兄のことを思い出した。 少し恋しくなり、久しぶりに手紙を書いてみようかと思い立つ。書くことは沢山ありそうだ。 夕食を終え、レティシアらが食器を片付けている時だった。 玄関から物音が聞こえたのだ。 「おかーさんだ!」 貴美音がパッと顔を上げ、一番に走っていく。 「さすがですねー」 笑いながら紅雅も後に続く。 玄関では大荷物の母親と父親が腰を下ろしていた。かなり急いで帰ってきたようだ。二人は開拓者を見つけると、立ち上がって深々と頭を下げた。 「今日はありがとうございました、本当に助かりました」 「結婚式は無事に終わったか?」 母親は蒼羅の問いに笑顔で答えた。 その足元で紀代がぬいぐるみを掲げて見せている。 「もらったの! くまさん!」 「あらっ、よかったわね。お留守番中どうだった?」 「きれぇなおねーちゃん、おにーちゃん、遊んでくれた」 「楽しかったっ、泥だらけになったけど!」 「お歌もう一回やりたいー♪」 子供たちは一斉に感想を言いながらきゃっきゃと騒ぐ。 その顔を見てレティシアは少し寂しくなった。自分も家が恋しくなったのだ。 そしてホームシックになった者がもう一人‥‥リィムナだ。 「リィムナちゃんも家族のこと、思い出した?」 「えっ!?」 レティシアに聞かれて初めて涙ぐんでいることに気が付いたらしい。 「ち、違うよ!夕食の時に切ったタマネギのせい!」 かなり無理のある言い訳である。 レティシアはくすくすと笑い、深くは追求しなかった。 「あっ‥‥みんな帰っちゃうの?」 泊まることも出来たが、皆疲れている両親を気遣って今夜中に帰ることを選択した。 それを感じ取った空雄が寂しそうな顔をする。 ライオーネが彼の前にしゃがみ、優しい声で言った。 「私たちはいつでも力になるから、困ったことがあったらギルドに来てくださいね」 待ってますよ、と微笑むと、空雄も寂しそうながら笑顔を返した。 三人の子供たちと過ごした一日が終わる。 空に上った月を見ながら経過していった時間を思い返し、開拓者たちは帰路についた。 子供たちの見送る声を背に受けながら。 |