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■オープニング本文 薄暗くなり始めた道を少年二人が歩いていた。 二人ともたくし上げた着物に少しボロくなった麦藁帽子、手には網と典型的な虫取り少年スタイルだ。 そして肩に掛けているのは、何やら沢山の虫が入った虫カゴ。 「沢山捕れた方がお菓子奢るんだからな、忘れんなよ?」 「わかってるってば」 そう、少年たちはどちらが沢山虫を捕れるか競争していたのだ。 集計は家に帰ってから行う。しかし――。 左側を歩く少年は、気づいていた。 このまま帰ったとしたら、自分の方が負けることに。 「‥‥」 小遣いのことを思い浮かべる。 お菓子を奢るには少々心許なかった。 これはどうにかして相手の目を欺き、帰り道の途中で新たな虫を捕まえなくてはいけない。 それも、出来るなら『大物』をだ。 「‥‥」 少年は考えて考えて。 「あっ!」 「なんだよ?」 「‥‥ちょっと小便行ってきて良い?そこの林ですぐ済ませてくるからさ」 初歩的な行動をとった。 「おお、早くしてくれよー?」 しかし僅差で勝っているとはこれっぽちも思っていない相手の少年は、特に疑うこともなくそう送り出したのだった。 林に入った少年はすぐさま死角になりそうな位置に潜り込むと、何か虫は居ないかと探し始めた。 カブトムシなんて贅沢は言わない。しかし出来るならワラジムシよりは良いものは居ないか。 目を皿のようにして探す。時間はあまり無いのだ。 「ん?」 虫の脚が視界に入った。 しかしおかしい。明らかにおかしい。 「なんだ‥‥これ‥‥」 自分の足よりも長いのだ。 恐る恐る顔を上げると、そこには夕日を遮る巨大なクワガタムシが居た。 『ギ?』 小首を傾げるクワガタ。 少年もつられて首を傾げるが、その額には脂汗が浮かんでいた。 『ガァ、ガッ』 続いて林の奥から出てきたのは、口に死んだ蛇をくわえたカブトムシ。 もちろん巨大な。 「あ‥‥あ‥‥うわあああぁぁぁーッ!!」 競争なんてもうどうでも良い。 少年は喉が張り裂けんばかりの大声で叫ぶと、虫取りアミを放り出して脱兎の如く逃げ出した。 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
八重・桜(ia0656)
21歳・女・巫
和奏(ia8807)
17歳・男・志
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
アッシュ・クライン(ib0456)
26歳・男・騎
ミリート・ティナーファ(ib3308)
15歳・女・砲
浄巌(ib4173)
29歳・男・吟
高瀬 凛(ib4282)
19歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●林へと アヤカシが二体も居るとは思えない、見た目だけならば何の変哲もない林だった。 「サムライのメグレズと申します。よろしくお願いします」 そこへ続く道へと集まった開拓者達はメグレズ・ファウンテン(ia9696)に続いてそれぞれ自己紹介をしてゆく。 もちろん、そんな紹介を交えつつ話しているのは今回のアヤカシに対する対応についてだ。 敵は二体。 ならばこちらも二手に分かれた方が効率が良い。 どちらがどちらに当たるかまでは分からないが、それぞれ四人ずつ班を組んで林の中を歩き回ることになった。 「なるほど、ここが少年の襲われたっていう林だね!」 ミリート・ティナーファ(ib3308)がそう言い、アッシュ・クライン(ib0456)が頷く。 「そうだな。まあ何にせよ、その子供が無事に逃げ遂せたようならまず一安心だ」 しかし心の傷にはなっていないだろうか、とアッシュは発見者である少年のことを案じる。 そして心の中で「また虫捕りができるような場所にしてやらねばな」と決意を新たにした。 川那辺 由愛(ia0068)が林の前に立ち、振り返って言う。 「もう夏も終わりだし。名残も惜しまず、とっとと片付けてあげないとね?」 それを応援するかのように、秋の気配を乗せた少し涼しい風が頬を撫でた。 ●出てこいクワカブ! 一班目は由愛、和奏(ia8807)、アッシュ、ミリート・ティナーファ(ib3308)、二班目は八重・桜(ia0656)、メグレズ・ファウンテン(ia9696)、浄巌(ib4173)、高瀬 凛(ib4282)というメンバーになった。 それぞれ違う方向から林へと足を踏み入れる。 遭遇したという合図には呼子笛を用いる予定だ。この範囲の林ならば吹けば耳に届くだろう。 「カブトとクワガタか‥‥カックイイーですな」 桜が瘴索結界を展開させつつ呟く。 「見目は良くともアヤカシはアヤカシ。油断し持ってゆかれるは己が首‥‥」 浄巌にそう言われ、桜は少しだけしゅんとした。 「そうなのです、アヤカシは倒さないといけないです。それが開拓者の使命、です」 頑張るです、と握り拳を作りつつ、昔やったカブト相撲のことを思い出す。 あの時見た虫達にそっくりなのだろうが、人に仇なす以上放っておく訳にはいかない。 「もし遭遇しても壁役兼前衛として後ろのお二人を守りますので、ご安心くださいね」 前を歩いていたメグレズが振り返って言った。 後衛の助けとなるよう動かねばならない。重要なポジションだ、とメグレズは気合を入れる。 一方、凛も桜と同じく心眼で辺りの気配を探っていた。 しかし他の気配がとても多い。ざわざわと乱れるノイズのようにひしめいている。動物が群で暮らしているのだろうか。 「‥‥!」 それが何かを捉えた。 ノイズの中でもはっきりと分かる存在。 「‥‥大きな影‥‥もしやアヤカシ!?」 武器を構え、気配のする方向を見る。桜も同じものに気が付いたのか、すぐ皆に目配せした。 枝や枯葉を踏んで大きな音を立てないよう、慎重にそちらへと近づく。 (カ、カブトです‥‥!) 桜はついつい目を擦ってしまいながらそう思った。 大きなカブトムシだ。これを相撲に出せたならば一発で勝ちだろう。 メグレズは浄巌の方を向き、頷いてみせる。それに返事をするように浄巌は懐から呼子笛を取り出した。 それを一回だけ強く吹く。 一回なら一体のみ発見、二回なら両方発見、という意味を事前に決めた音だ。 これで仲間に伝わっただろう。だが、まず初めに音に反応したのはアヤカシだった。 「いかせません!」 浄巌の方へ走り始めたアヤカシの前に、咆哮を発動させながらメグレズが躍り出る。 刀による十字組受でアヤカシの角を下から受け止め、押し切られないようその場に踏ん張ってから弾き返す。 その瞬間に出来た隙を凛が突いた。 「某とて武芸者の端くれ‥‥そこッ!」 巻き打ちを使用して踏み込み、角に向かって一閃。 切り落とすところまでは行かなかったが、表層だけとは言い難い傷がついた。 しかし向こうの体力には影響していない。気を緩めず、凛は慎重にすれ違い様に一太刀ずつ浴びせてゆく。 「はぁッ!」 メグレズが焔陰により炎を纏った刀を振り下ろす。 その時、つい先ほどここで聞いたものと同じ笛の音が離れた場所から聞こえた。 「あちらも遭遇したようですね」 「美しき笛の音、然れど聞くのは理知無きアヤカシ‥‥」 勿体無い、と浄巌は付け足し、アヤカシから少し距離を取る。 「早く決着をつけなくてはですっ」 桜がそう言い、片手を上げるとアヤカシの間近に歪みが現れた。 「いくです、力の歪みです!」 アヤカシの体が捻れ、声とも音とも表せれそうな鳴き声を上げる。 凛はそのまま桜に突進しようとするアヤカシを斬り付けて進行方向をずらした。 『ガァッ!』 抗議するような声を出し、アヤカシが背中の羽をバッと開いて凛を引き離す。その羽を高速で動かし、小石等を弾き飛ばしながら宙に浮く。 しかし。 「欲望業に覆われた、深き息吹は刃に変わる」 浄巌の斬撃符が飛び、羽に沢山の傷をつけた。 思うように浮けなくなったアヤカシはフラフラと着地した。そこへ走り、浄巌は体を切ったが――固い。 「――赤き血滾る破壊の標、無知なる者は真理を知らぬ」 気力を練り込む。 放たれた砕魂符は文字通りアヤカシの魂に食い込んだ。 『‥‥!』 ビクンと跳ね、動かなくなるアヤカシ。 そして数分かけながら、体を霧のように変えて消えていった。 ●クワガタ それより数分前、由愛、和奏、アッシュ、ミリートの四人もクワガタタイプのアヤカシに遭遇していた。 林の中の湿気のある空気は夏のなごりだ。それらを掻くようにしながら進んでいると、一心不乱に野犬を食べているそいつに出くわしたのだ。 「ついにお出ましね‥‥それにしてもまあ、隠れもせずに堂々としちゃって」 物陰から呟きつつ由愛は呼子笛の準備をする。 その時、遠くから笛の高い音が聞こえてきた。 「あちらは一足先に遭遇したようだな。ということは、あいつの周りに二匹目が隠れているという可能性は無くなったか」 アッシュがその方向を向いて言う。 二匹目に不意打ちされては困ると思っていたが、杞憂に終わりそうだ。 とはいえ仲間が襲われているかもしれないのだ、早めにこちらも対処しなくてはならない。 「いこうっ、援護と牽制は任せて!」 ミリートがしっかりと弓を構えて言い、皆の士気を高める。 「アヤカシ‥‥覚悟!」 和奏の周りを仄かな梅の香りが包み、続けて彼は虚心を発動させてから地を蹴った。 近づくとアヤカシの大きさを再確認することが出来た。和奏は少々残念そうな顔をする。 「やはりと言うか、残念と言うか、普通の虫とは少し違うのですね」 自分も虫捕りをやってみたかった‥‥。 しかしここまで大きいと虫として認識出来るかどうかも危うい。 「秋になっても普通の虫ならばその辺りに居るはずだ。今は虫捕りではなく虫狩りといこう」 横に並んだアッシュがそう言い、アヤカシの足にダーククレイモアを振り下ろす。 敵に気付いていなかったアヤカシはそれに驚くが、攻撃はしっかりとヒットしていた。 『ギギギィッ』 「あら、お食事を邪魔されて怒り心頭ってところ?」 「むしろ新しいご飯を見つけたって感じもしちゃうけど‥‥気にしない気にしない!」 由愛にそう言い、ミリートは鷲の目を使ってからアヤカシの足元に矢を射る。 元から足元を狙った攻撃だ、避ける必要は無いのだが判断力の鈍いアヤカシはそれを避けようとした。 その隙に由愛が動く。 「もうお前の出番は終わりよ。大人しく瘴気に還りなさい!」 大百足型の式が飛び出し、アヤカシの体に巻きついて呪縛する。 アヤカシは苦しげな声を上げ、ハサミをガシガシと動かした。 「クワガタ対百足という感じですね‥‥!」 感心したような声を出した和奏だが、その攻撃はすぐにやってきた。 もしかするとその動きは混乱したアヤカシにとっても予想外だったのかもしれないが、呪縛に抵抗し、横向きに跳ねたのである。 「――っ!」 しかし和奏は咄嗟に動き、雪折で切り捨てた。 和奏の隣に重い音をさせて落下するアヤカシ。 だが意識はまだある。砂煙を上げながら起き上がり、ミリートの居る方向へ走り出したのだ。 「逃げる気!?」 そのスピードと、ややずれた方向。これは攻撃のためではない。 「うぁ、おっきい!?でもでも、ここでストップだよッ!!」 近づくアヤカシに驚いたミリートだが、まずアヤカシの目線の高さに矢を射った。 アヤカシがスピードを落としたところで二撃目を射ち、逃走する道を塞ぐ。 「ここで狙うべきは‥‥」 黒いオーラを纏い、アッシュと和奏がお互いを見て頷く。 そしてアッシュはポイントアタックを使用し、和奏と共にアヤカシの関節を狙って攻撃を叩き込んだ。 『ギィッッ!?』 バランスを大きく崩し、逃げるどころではなくなったアヤカシはおかしな声を出す。 「さあ、トドメよ」 ザッ、とアヤカシの目の前に立ち、由愛が前髪の間から紅く光る目で見下ろして言う。 「我が血と命を糧に怨念よ形となれ。来たれ蛭蠱――吸い滅ぼせ!!」 血の契約で強化された吸心符、大蛭型の式がアヤカシに取り付く。 大蛭はアヤカシから体力を吸い取り――最後に残ったのは、何もかも吸い尽くされたアヤカシの抜け殻だけだった。 ●それぞれの涼 「痛いの痛いの飛んでいけですっ」 ひんやりとした水の流れる小川にて。 ミリートが閃癒を仲間にかけ、ふうと一息つく。 「ありがと、なんだか体が軽くなったわ」 由愛は伸びをし、川で冷やしておいた酒をヒョイと持ち上げる。良い冷え具合だ。 それを注ぎ、林の中で見つけた名も知れぬ果物を肴にのんびりと飲んでいく。果物はしつこくない甘さで結構美味しい。 「由愛さんは今年の夏はどうでしたか?」 鎧兜と靴を脱ぎ、川に足を浸して涼を取っていたメグレズがそんなことを聞く。 んー‥‥と少し考え、由愛は笑顔で答えた。 「いや〜本当に良い夏だったわ。満足満足!」 来年もまたやってくる夏だが、今年の夏は今年だけのものだ。 その夏を思い返すと良い思い出がいくつも出てくる。 「‥‥こんなところがあったとはな。丁度いい、使わせてもらおう」 美しい小川に目を細め、アッシュはその水を使いながら武器の手入れをし始めた。 アヤカシとの戦闘後だ、早めに手入れをしておいた方が後々良いだろう。 布をスッと滑らせると少しくすんでいた柄が輝きを取り戻した。 トンッ 刀が川底に突き立つ。それを抜き、浄巌は「ふむ」と鍔を撫でた。 魚捕りをしようと思ったのだが、なかなか思うようにはならないらしい。 「いやはや上手くはいかぬもの。斬撃符でも使おうか」 くつくつと笑って冗談を言いつつ、浄巌は冷たい水の中をざぶざぶりと進んでいく。 と、そこへ凛の楽しそうな声が聞こえてきた。 「ここは魚も居るんですね、あっ!こっちにも!」 ワラジと足袋を脱ぎ、小川の中に入って魚を追う。 手で捕まえるのは至難の業かもしれないが、追っているだけで何だか楽しかった。 「トンボも居たよ!」 川沿いでごそごそしていたミリートが片手にトンボを持って走ってきた。 それに反応して、水辺でのんびりしていた和奏も近寄ってくる。 「凄いですね、素早い動きなのに」 「アヤカシ程じゃないよ〜。それにしてもさすがに本物のクワガタやカブトは居なかったや、残念」 笑いながらミリートは冷やしておいた林檎を齧り、石に腰掛けて足を川に沈める。 本物の彼らにまた会えるのは、来年の夏だろうか‥‥そう考えつつ、ミリートは可愛らしい声で歌い始めた。 その歌に耳を傾けていた和奏だったが、足元をスイィッと泳いでいった魚に目を丸くし、凛と共に魚を追っていく。 もしかすると、帰る頃までに一匹くらいは捕まるかもしれない。 「梅が綺麗だなー桜はまだかなー」 ご機嫌な桜がぱしゃぱしゃと水を弾かせながら言う。 「って梅も桜もずっと前に枯れているですー」 が、しっかりと自己ツッコミをした。 兎にも角にもあと半年と少し程の我慢である。自分の名と同じ名前の花を愛でられる日もそう遠くはない。 ふと魚を追っていた凛が顔を上げ、先ほどまで中に居た林の方を見る。 残してきたアヤカシの死体も、今は跡形も無いだろう。つまり平和ないつもの林に戻ったのだ。 発見者の少年がまたここに来るかは分からないが、虫捕りの穴場スポットにもなるかもしれない。 「上手くいってよかった‥‥」 安全な林に戻せた。 そのことに安堵しつつ、凛は小さく息を吐いた。 その息はまだ白くはないが、色が付くのももうあと少し。 開拓者達はまだ少し残った夏を楽しむべく、夕暮れ近くまで小川の流れに身を任せ、せせらぎで耳を楽しませたのだった。 |