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■オープニング本文 「あー、泳いだ泳いだ〜!」 青年はよく焼けた両腕を高く上げて背伸びをする。 時刻は午後の四時を回るか回らないかといったところ。青年は昼から仲間五人と一緒に近くの海へと海水浴に来ていた。 鼻に海水が入ったり耳抜きが上手く出来なかったりと小さなトラブルはいくつかあったが、この一日のことは良い思い出に――なるはず、だった。 「なあ、あれ何だ?」 一緒に歩いていた仲間の一人が言う。 彼が指差した先にあったのは砂浜。そして波打際に横たわる何かだった。 「あ、あれって蟹、か?」 「まさか」 しかしよく見てみると、それは蟹だった。 なぜまず疑ってかかったのかというと、その大きさと容姿のせいである。 長い脚だがハサミのみシオマネキのように大きい。甲良の色は濁った草の汁のような緑色で、表面の突起がまるで刺のようだった。大きさは離れているため正確ではないが、大体成人した男性くらいある。 「死んでるのかな?」 「行ってみよーぜ、もしかしたら新種かも!」 「あ、オイ、ちょっと待てよ!」 夏の雰囲気にあてられてテンションの上がった一人が砂浜へと駆けていく。 皆走るのに夢中で、その得体の知れぬものがピクリと動いたのに気づかなかった。 次の日の朝、ギルドの受付にて。 「蟹ですか‥‥一体のみでしょうか?」 受付嬢が尋ねると、向かいの椅子に座った青年が冷や汗を拭きながら答えた。 「いや、その、一体だけだったんですが」 「ですが?」 「多勢に無勢だったんです」 青年曰く、巨大な化け物蟹はアヤカシで、初めに無警戒なまま近寄った仲間がハサミに捕らえられたのだという。 そしてアヤカシは仲間を呼んだ。 それはタカアシガニや毛ガニといった、海に居る蟹という蟹だった。 「操っている感じだったんですね」 確認すると青年は頷く。 「捕まった奴を助けようとしたんです。でも沢山の蟹に妨害されて、しまいには逃げるしかなくて‥‥」 青年の声が沈んでいく。 「あいつはもう帰ってきません。でも、せめてアヤカシは退治してもらえないでしょうか」 そしてこう付け加えた。 「それと、これは出来たらなんですが‥‥あいつは騒がしいことが好きでした。だから退治し終わったら、皆さんで近くの海を楽しんでほしいんです」 自分のせいであの辺り一帯がお通夜ムードになったら、きっと嫌がるだろうから。 そう言い、青年は机に額を付けた。 |
■参加者一覧
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
守紗 刄久郎(ia9521)
25歳・男・サ
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
シャルロット・S・S(ib2621)
16歳・女・騎
月見里 神楽(ib3178)
12歳・女・泰
古月 知沙(ib4042)
15歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●蟹退治! そこは日当たりの良い砂浜だった。 熱された砂は素足で歩くには熱いが、打ち寄せる波がすぐに冷やしてくれる。 本来ならば観光客が指の間の砂がさらわれていく感覚を楽しんでいるであろうその場に、人間の姿はなかった。 『‥‥』 居るのはおどろおどろしい緑色をした蟹のみ。 蟹――アヤカシは悠々と体を横たえ、獲物が来るのをじっと待っていた。 「居ました、本当に大きな蟹さんですの!」 少し離れた岩陰から様子を窺い、シャルロット・S・S(ib2621)がそう言う。 「長い足ですのねー」 「既に倒されていたのかと思ったけれど、足が長いからあの体勢が一番楽みたいだね」 「周りに人はいないみたいです」 古月 知沙(ib4042)とアーシャ・エルダー(ib0054)も日差しに目を細めつつ確認する。 その隣では斉藤晃(ia3071)がまるでボディビルダーのようなポーズを決めていた。しかも褌一丁で。 この褌はここへ着いた直後にわくわくとした様子で着替えたものだ。つまり晃はとてもはしゃいでいる。 「近づくと他の蟹を操作するようだな‥‥まずは先鋒、頼むよ」 「お任せあれなのです♪」 蟹から視線を戻した雪斗(ia5470)にそう言われ、月見里 神楽(ib3178)がにこにこした顔で返した。 初めに神楽が蟹を撹乱しつつ、アヤカシの気を引いておく。 その間に景倉 恭冶(ia6030)と守紗 刄久郎(ia9521)の二人が地断撃で道を作ろうという寸法だ。 ‥‥ちなみに晃にズイズイと褌を勧められた雪斗だったが、着替えさせられる前に何とか逃れることが出来たというエピソードがあったりする。 「さて、アヤカシ退治といきますか!」 褌姿のまま朱槍を持ち上げた晃は、力強い声で一言そう言った。 蟹が気配を察知するのは思っていたよりも早かった。 海や岩の間からゾワゾワと集まってくる普通の蟹たちを確認し、神楽は瞬脚の準備をする。 多少踏んでしまうのは致し方ない。神楽はなるべく蟹と蟹の間を狙って足を置きつつ、アヤカシの方へと近づいていく。 「うにぃ、しっぽ狙うのは反則なのですー!」 途中でそんな切実な叫びを上げながら。 地昇転身も交えてアヤカシの前まで到着すると、今度は大きなハサミが飛んできた。 神楽はジャンプしてそのハサミの上に飛び乗り、尾を揺らしながらバランスを取る。 「猫の柔軟性を甘く見ちゃダメです!」 多少の高さは何のその、そのまま背中まで移動して背中の突起をがしりと掴む。 アヤカシは何度も体を振ったが、神楽はひょいひょいと背中を移動してなかなか落ちない。 神楽は臆することなく、こんなことを思っていた。 (‥‥にゃはっ、トゲ渡り楽しいかも♪) アヤカシが神楽に気を取られている隙に、他の七人も近くへと移動する。 何匹かの蟹が気が付いて攻撃してきたが、大半は今も神楽を狙っているようだ。 「全く、こんなに集めてどうしたいんだか‥‥まぁ美味しく頂かせて貰うぜっ」 恭冶が刀を高く構えて走り出す。 恭冶も晃と同じく白い褌姿だった。そのまま走る姿もなかなか様になっている。 「アヤカシ発見。アヤカシ発見。ヤシガニ屠る!」 「ん?ヤシガニはヤドカリであって蟹では‥‥、‥‥っ!?」 「うお!?」 恭冶と刄久郎の体がフワッと宙に浮いた。 ヤシガニ発言をした晃が砂のせいでカクカクとした妙な動きで近づき、二人を持ち上げたのだ。 「お、おい、斉藤」 嫌な予感が駆け巡る。それは晃の次なる発言で現実となった。 「人間大砲行って逝ってこい!」 「――!!」 ブゥン! 強力の巻物の効果だろうか、放り投げられた二人はとてもよく飛んだ。 蟹の群の目と鼻の先に着地し、二人は無理な着地でじんじんする両足をさする。 「っくそ。そら、どけぇ!」 「はいはい、邪魔ですよっと!!」 恭冶と刄久郎の二人が同時に地断撃を放つと、直線上に居た蟹たちが砂や小石と共に天高く吹っ飛んだ。 中には砕けたものも居たのか、ばらばらと足や殻が落ちてくる。 その中を知沙が突っ走った。 「届けッ!」 炎魂縛武で真っ赤な炎を纏った刀。それをアヤカシの関節部分に振り下ろす。 ‥‥斬った! しかし予想以上に関節が固い。あの巨体を支えているだけある。軽傷ではあるが他の開拓者に気が付いたアヤカシがこちらに向かってハサミを振った。 「っ!」 横踏を使用して何とか避け、知沙は少し距離を取った。攻撃よりも回避を重視した方が良さそうだ。 「退かした蟹さんがまた戻ってきました!」 シャルロットが周りを見て言う。 吹っ飛ばした蟹の大半は衝撃波で飛ばされたらしく、どうやらそれらが復帰したらしい。 「早く決着をつけた方が良さそうだな」 刄久郎が刀を構えなおし、つい先ほど知沙がつけた傷のある関節へ両断剣を繰り出した。 渇いた木の枝を折ったような音がし、アヤカシの足が飛ぶ。 「かにはバラバラになった」 「一本だけですよ!?」 体勢を崩したアヤカシの上から飛び降り、神楽がツッコむ。 足を一本持って行かれたアヤカシだったが、残りの足を器用に使って何とか立った状態を維持する。 「とりあえず大人しく瘴気に戻ってもらおうかね」 立ってはいるがダメージはしっかりとあるだろう。 早くトドメを刺してやろう、と恭冶が動いたその時だった。 ずずっ! 「!?」 ――刄久郎が恭冶の褌を下ろした。 「かっ、蟹か!?褌に攻撃は卑怯っ‥‥」 振り返り、刄久郎と目がばっちり合う。 刄久郎は夏の太陽に負けぬいい笑顔で言った。 「すまん!わざとだ!許せ!」 「なっ‥‥!」 言って、にこにこと笑ったままスキルでも使っているのかと疑いたくなるスピードで恭冶から離れた。 許せるかとツッコむ間も無い。 追いかけて耳元で言ってやろうかとも思ったが、下を確認して恭冶は躊躇いつつも一旦退いてから立て直すことにした。 まあ、とりあえず、こうして遊べるくらいには順調だということである。 「な、なんだか前方が騒がしい‥‥?」 中距離より弓にて援護していた雪斗が首を傾げる。 すると前から褌を手で押さえた恭冶が走ってきたため、思わず目を丸くした。 「か、蟹恐るべし、か」 下ろしたのは刄久郎だが。 仕切りなおし、雪斗はポイントアタックを駆使してアヤカシの残った足関節を狙う。 先ほどの戦闘を見る限り、固くとも何度か攻撃すれば貫けるらしい。 しかし執拗に関節を狙う雪斗の存在に気付いたアヤカシは、残った足に力を入れて跳躍した。プレス攻撃だ。 一か八かで雪斗はスタッキングを発動させる。 「っ、ギリギリか!」 跳躍途中のアヤカシにわざと近づいたため、アヤカシの着地地点が少しズレたのだ。 砂の上を転がり、雪斗はまた距離を取る。 「なるほど、次は私の方に来ましたか」 一番近い敵‥‥と、アヤカシは九本の足でアーシャに走り寄った。 アーシャはそれを避けようとせず、ガードを使い受け止める。 「私の鎧は、帝国への忠誠心くらいにカタイのです!」 ニードルハンマー(通称はウニハンマーというらしい)をブンブンと回し、一瞬の間。 「それ、弱くない!?‥‥とか言っちゃだめです〜!」 「アーシャ先輩、大丈夫ですの!アヤカシはお喋りしませんよ!」 問題は発言を聞いてしまった他の開拓者たちだが、ここは黙っておくことにする。 「隙だらけだな、焦っているのか?」 いつの間にやら戻ってきていた刄久郎がアヤカシに一太刀浴びせる。 アヤカシは挑発に乗るように反撃したが、不動を使った刄久郎にはあまり効かない。 それを確認し、狙いを定めていた雪斗が息を吐く。 「すぐ決着がつきそうだね。良かっ‥‥」 隣に晃が居たので声をかけたが、晃は、 「全軍抜刀!突撃!」 そう叫びながら蟹たちを蹴散らしているところだった。いつの間に切れたのか、褌をロストした状態で。 褌とは斯くも儚いものである。穿かないだけに。 「いい加減倒れるのですっ!」 神楽の放った空気撃がアヤカシの背に命中する。 思わぬ攻撃にアヤカシは引っ繰り返り、薄緑色の腹を無防備に晒してしまった。 「復活だああぁっ!」 きちんと褌を穿きなおした恭冶が大声と共に全力で走ってきた。そのまま払い抜けの後に弐連撃を突っ込む。 アヤカシは腹の殻を破られ、深緑色の泡を吐いた。 しかし最後のチャンスと言わんばかりに足を動かし、でたらめな動きで立ち上がると体液を流しつつ跳躍した。 「コンビネーションは完璧ですのー」 だが、聞こえたきたのはシャルロットのそんな声。 プレスの着地地点にはシャルロットとアーシャが仁王立ちで待ち構えていた。 「騎士、シャルロット・シャルウィード・シャルフィリア!いざ参りますの!」 「さあ‥‥今です!チクチクうにうにダブルアターック!」 二つのニードルハンマー――否、ウニハンマーが空気を切る。 哀れ、その犠牲になったアヤカシはハサミを東に足を西に、胴を四方に散らした。 まさに、かにはバラバラになった。 ●海でパーティー! 「さーあ、蟹じゃ蟹じゃ!」 晃が意気揚々と言う。しかし隣に居る女性陣の表情は至極微妙である。 それもそのはず、晃は戦闘中の姿のままなのだ。人目につけば捕まりそうな。 指摘され、晃は唸ってこう言った。 「開放感が良かったのに残念や。なあ、もうちょっとこのままじゃダメか?」 「男性の方がポロリしたままで良いはずありませんっ」 アーシャのウニハンマーがブォン!と飛ぶ。 しかし何を思ったか晃は大変な行動に出た。 「わしの天狗はウニ如きには負けぬ!」 「!?」 弾いた。 「‥‥?何で弾いたのです?」 「知らない方が良いこともあるよ‥‥」 げんなりとした様子で神楽にそう返す知沙。 この時のスキル・鬼切はとてもよく頑張った、とだけ明記しておく。 直後、晃はアーシャによる普通のツッコミにより爽やかな青空へ星として消えていったのだった。 パーティーはアヤカシの出た砂浜とは別の砂浜で行うことになっている。 様子を見にきた依頼人たちの姿を発見し、笑みを浮かべた神楽がそちらへと駆け寄った。 「依頼人のお兄さん達も一緒に遊ぼう?」 思わぬ申し出に彼らは目をぱちぱちとさせた。 「でも‥‥」 「きっと、居なくなったお兄さんもその方が喜ぶのです♪」 「――そう、ですね。ありがとう」 何かわだかまりの無くなったような顔をし、彼らは神楽の後に続いた。 「よし!こっからが本番だ!!」 恭冶が桶から蟹を取り出し、手際良く甲羅に蟹身を入れて甲羅焼を作る。 口に入れるとまだ熱かったが、蟹の良い味が詰まっていた。 「んーむ、いい匂いだ♪蟹なんて久しぶりにご馳走になるや♪」 (褌のことはとりあえず忘れたらしいな‥‥) ご機嫌な恭冶の姿を見、弄り倒せたことに満足している刄久郎だった。 彼も甲羅焼を口に運び、思わず「うま!」と声を漏らす。 「今度は妻と一緒に行きたいな‥‥」 夏の海で蟹で舌を楽しませる。妻と一緒ならきっと今と同じくらい楽しい。そんなことを考えながら刄久郎はもしゃもしゃと口を動かした。 「依頼人さんから差し入れをもらいましたのー」 シャルロットがお酒を持って現れ、恭冶とアーシャと晃が歓声を上げた。 刄久郎の持参したものと合わせると結構な量になりそうだ。皆の様子を見ると、すぐに全部飲み尽くされそうな雰囲気だが。 喜びついでにアーシャは周りに居た観光客もパーティーに誘う。人数が多い程楽しいだろう。 蟹を海水で茹でて味付けをし、足から身を取り出してシャルロットに勧める。 「シャルロットさん、たくさん食べないと大きくなれませんよ」 「た、沢山食べたら太っちゃいません?」 「大丈夫、お肉ついても大剣素振り千回すればすぐに消費しちゃいます!」 その一言で不安が吹っ飛んだのか、シャルロットもアーシャの隣でもぐもぐと蟹を食べ始めた。 「いつもなら追悼の句を上げるんだがね‥‥どうも厳かなのも宜しくない様だな?」 「おお、雪斗か」 給仕を担当していた雪斗が恭治に酌をする。 先ほどまで他の観光客に酒を注いでいたのだが、一段落ついたためこちらへと来たのだ。 微笑するその顔には、この雰囲気を楽しんでいるというのが表れていた。 「んー、美味し♪やっぱり新鮮なのは最高だね」 蟹料理をつまみつつ、水着に着替えた知沙は鍋の火加減を見る。良い感じだ。 鍋は観光客にも振舞う予定である。きっと喜ばれるだろう。 「お魚、釣ってきました〜♪」 新鮮な魚の入った桶と釣竿を持ち、神楽がぴょんぴょん跳ねるように帰ってきた。依頼人を誘った後、先ほどまで釣りに出かけていたのだ。 「わあ、いっぱい釣れたね」 「カニさんと煮込んでも良いかな?」 海の幸たっぷりの海鮮鍋というのも良いだろう。快諾し、知沙は神楽と一緒に魚を捌いていった。 ちなみに隠し味はお酒。素敵な鍋が完成しそうだ。 そんな女の子たちを見つつ、晃は「夏」を堪能する。 「暑い時に熱いモノはええの」 「‥‥そう言いつつ別のものを見てへんか?」 恭冶の言葉も何のその、晃は酒をぐびりと呷って目を細める。 そうして感慨深げに言った。 「やっぱ、夏はこうでないといかんで」 何を見て言っているのかはともかく、ここに居る全員が同意出来る言葉だった。 もうしばらくすれば秋が来て、そして冬が来るだろう。その頃には依頼人たちの心の傷も癒えているはずだ。 だから、今は、残り少ない夏を楽しむ。 砂浜は蟹や魚の良い香りに包まれ、そして皆の笑い声にも包まれ、ここにはもう居ない若者の好きだった賑やかな場所になっていた。 |