守宮の鳴くこえ
マスター名:真冬たい
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/12 20:28



■オープニング本文

 少年は夕焼けで赤く染まった畦道を歩きながら、丸めて帯で縛った柔道着を肩にかけた。
 今日の稽古が終わり、道場から出たのが五分ほど前のこと。
 この畦道を進み、広場を抜け、しばし進んだところに少年の自宅がある。
「いっぱい居るなぁ‥‥」
 田んぼはこの前田植えが終わったところで、まだ若い稲がズラリと並んで植えられている。その間に蛙と、一足先に孵ったらしいおたまじゃくしが沢山泳いでいた。
 今は蛙の鳴き声も落ち着いたものだが、日が暮れて夜が来ると大変うるさい。
 昨日の夜もうるさかったなぁ‥‥と思いながら歩いていた少年の耳に、何かの鳴き声が聞こえた。

 ケッケッケッケッケッ。

「蛙?」
 それにしては高いように感じる。
 それとも単体で聞くとこんなものなのだろうか。

 クックックッ、クッ‥‥。

 少年は前方にある家の壁を見て固まった。
 無意識に足元へと視線を向ける。草履だ。これで早く走れるか自信がない。

 カッ、カッカッカッカカカッ。

 声の主は真っ赤に縁取りされた口を開く。
 口内はすとんと落ち込んでしまいそうな黒色をしており、側面に血管が浮かんでいた。
 綺麗に分かれた五本の指で壁に張り付き、透明な膜に覆われた大きな瞳で少年を見ている「それ」の上げる鳴き声は、いつの間にか人間の赤子が出す笑い声のようになっていた。
 その姿はまさしくヤモリ。
 しかし1メートルはある。そのヤモリは太い舌で自分の目を舐め、縦長の瞳孔を少年に向けた。
「あっ‥‥わ‥‥」
 助けを求めたい。
 しかし声を出してヤモリを刺激するのが恐ろしい。
 その二つの気持ちから、少年の口から切羽詰ったような単語にならない声だけが小さく漏れる。
「!!」
 敏感になった肌が気配を捉える。
 その気配に思わず横を見ると、別の家の壁にも同じヤモリが張り付いていた。それも二匹もだ。
 最初の一匹より近くに居たため、半透明の横腹までよく見える。
 尾をゆっくりと動かし、そいつも既に少年の方を向いていた。
 次の行動を少年が判断する前に、ヤモリはしゅるりと壁から降り、少年に向かって飛び掛る。
「うわッ!!」
 少年は思わず持っていた柔道着を投げつけた。
 それが大きく開けた口に当たり、ヤモリは一瞬だけ隙を見せる。
 少年はそれを感じ取った訳ではない。しかし恐怖に任せて裸足になって逃走し、幸運にも逃げ切ることが出来たのだった。
 ギルドに依頼が舞い込んだのは、この日の夜のことである。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
珠々(ia5322
10歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
ジェシュファ・ロッズ(ia9087
11歳・男・魔
ベルトロイド・ロッズ(ia9729
11歳・男・志
ルーディ・ガーランド(ib0966
20歳・男・魔
駒鳥 霰(ib2900
17歳・男・志
リン・ローウェル(ib2964
12歳・男・陰


■リプレイ本文

●守宮の情報
 事前の準備として珠々(ia5322)は囮用の鳥を仕留めに、ジェシュファ・ロッズ(ia9087)とベルトロイド・ロッズ(ia9729)の双子とリン・ローウェル(ib2964)は被害者の少年に話を聞きに来ていた。
「ギルドに届けたヤモリの特徴以外に何か思い出したことはある?他に犠牲者は?別の道に現れたってことはない?それから――‥‥」
「ま、待って待って!」
 矢継ぎ早に質問するジェシュファをベルトロイドが止める。
 質問された側である少年は目を白黒させていた。
「そんなに一気に聞いたって答えられないよ」
 ベルトロイドは弟をそう窘め、少年の方に向き直る。
「改めて‥‥何かあれから思い出したこととかあるかな?」
「えっと‥‥」
「思い出したくない事かも知れないけどさ、話せるんだったら話して欲しい。敵の情報は仕入れ過ぎて困るって事はないからね」
 少年はこくりと頷く。
 いつも通っている畦道だったが、朝に通った時にはまだアヤカシは居なかったこと。
 しかしあれから昼間にも目撃例があることから、夜行性ではないらしいこと。
 アヤカシは大体三匹で一緒に行動していること。
「畦道のどの辺りに出るんだ?」
 リンがそう聞くと、少年は和紙に大雑把な図を描いた。
 まず畦道が真っ直ぐ続き、左右は田んぼになっている。
 帰る時は右側の田んぼを挟んだ先に住宅の壁が見え、そこに二匹。
 そのまま進むと広場への入口が見え、右側の田んぼは途切れて住宅の壁になる。ここに一匹。
 少年が始めにアヤカシの存在に気付いた時、一番近かったのは二匹の方だった。右側の田んぼはそんなに広くないため、あっという間にこちらへと移動してきたのだ。
「安心しろ、明日にはまた安心して道場へ通えるようになる」
 話し終えた少年の背中をぽんと叩き、リンはその紙を貰った。

 珠々はガサガサと草を掻き分け、射落とした鳥の落下した場所を探す。
「‥‥あ」
 舞い散った羽根を見つければ、後はすぐに位置を特定出来た。
 腕一本分くらいの大きさがある鳥だ。珠々はその鳥の足を縛って袋に入れる。
「これで大丈夫そうですね」
 あとは皆の待つ、そしてアヤカシの待つ場所へ戻るだけだ。


●畦道にて
 囮の肉を畦道に撒き、開拓者も囮として配置。そして探索してヤモリを見つけたら、他の開拓者が潜んで待つ広場へと誘き出す。
 広場へ誘い出した後は二匹を足止めし、専用の班の者が残りの一匹を集中的に攻撃。
 これが今回の作戦だった。
 開拓者自身が自分を囮とすることは最終手段にしたかった珠々だったが、ブラッディ・D(ia6200)は初めからやる気満々らしい。
「宜しく頼むぜ。戦いやすい場所に誘き出せれば、その分楽になるからな」
「任せておきな」
 ルーディ・ガーランド(ib0966)がブラッディの肩を叩き、自分も周囲を確かめながら指定の位置についた。

 細切れにされた鳥の肉を避けつつ、ヤモリが隠れていそうな所を覗いてゆく。
「ん?あれは‥‥」
 広場からそう離れていない家と家の隙間。
 その奥の方、微弱な光すらほとんど届かぬ暗い場所に何か光を反射するものがある。
「小さくて分かりにく――はあっ!?」
 目を凝らして見ようとした瞬間、それは一気に大きくなり、瞬きするように何度か反射光をチカチカと消した。
 いや、瞬きではなく舌で覆うように拭いたのだ。
 それはヤモリの大きくつるんとした目で、一気に距離を詰めたため巨大化したように見えたらしい。
「早速お出ましか!」
 ブラッディは広場までの距離を確認し、ヤモリに背を向けて走り出す。
 全力では走らず、ヤモリが自分を獲物と判断するように、たまに足をもつれさせながら。
 ヤモリはどうやって隙間に収まっていたのかと不思議になるくらい大きな体をニュルリ、と出し、その後を追う。
『ケッ、ケッケッケッケッ!』
 ヤモリが鳴くと、別のヤモリ二匹が屋根の上から顔を出した。
 それぞれブラッディを餌として見、目が釘付けになっている。
「この鳴き方は仲間を呼ぶためのもんなのか?」
 真横に着地した別のヤモリを見、ブラッディはヤモリの舌が届く間一髪のところで広場に駆け込んだ。
 広場をアヤカシ退治に使うことは事前に近隣住民に説明してあるため、開拓者の他に人影はない。近くの家々は全て固く戸を閉ざしていた。
「来たな‥‥」
 駒鳥 霰(ib2900)が最初の一匹を確認し、その尾に向かって小石を投げつける。
 これで早い内に尾を切り離しておこうとしたのだが、ヤモリは小石を「攻撃」とは判断しなかったのか、そのまま跳んで突っ込んできた。
 霰は刀でそれを受け止め、なんとか後ろへと距離を取る。
「やっぱり近くでよく見ると結構グロいですねぇ」
 万木・朱璃(ia0029)は残りの二匹の足止めに走る。
 同じく足止め班のリンに加護結界をかけ、後衛の中心に陣取った。
 リンは鋭い目で敵を睨みつけ、素早く呪縛符を手前のヤモリに放って動きを制限する。
『クアッ!カカカカカッ!』
「これだけでかいと‥‥あれだ、アヤカシじゃなくても、怖い人は怖いよな」
 眉根を寄せ、ルーディが杖を構える。
 するとヤモリの周りに冷気が渦巻き、動きをぎしぎしとしたものに変えた。ヤモリは大きな目を見開き、それと同時に尻尾を切り離す。
「そっちに行ったぞ!」
 切り離された尻尾の切断面から溢れる黒い霧。
 それが視界を覆い尽くす前に、尻尾がどちらに跳んだか確認したルーディが言う。
「くっ!?この‥‥気持ち悪いやつめ!」
 二の腕に体当たりされたブラッディが嫌悪感を込め、転反攻で尻尾を叩き落す。
 地面に叩き付けられた尻尾はビチビチと跳ね回り、うねり、回転していたが、数秒経った後霧に溶け込むように姿を消した。
『クックックククッ』
『カ‥‥カカカッカッ』
 まだ視界の晴れない中、ヤモリの声が飛び交う。
 そうしてやっと霧が無くなった頃、残っていたのは別班と戦う一匹と、動きを封じられた一匹のみだった。
「何を相談してたんだろうね?」
 後方に控えていたジェシュファが肩をすくめる。
「逃げたか、隠れたか‥‥けれど今は、こいつを叩く!」
 ベルトロイドが槍「猛」を構え、走りながらそれを前へ突き出す。
 槍はヤモリの口を貫き、ヤモリは短く『ゲエ』と鳴いた後に白目を剥いた。
 もう片方のヤモリは――
「ここか!」
 周囲の気配を探っていたルーディが振り返りざまにフローズを放つ。
 そこには家の壁からジャンプし、今まさにルーディへと噛み付こうとしていたヤモリが居た。
 しかしヤモリはフローズを避け、ルーディの肩の上を通過して反対側の地面に着地する。
『ケァッ!』
 威嚇するような声を上げ、自ら尻尾を切り離すヤモリ。
「けほっ、こほっ‥‥くっ、こっちに来ましたか」
 背中に体当たりされ、体勢を崩した朱璃が唸る。
 しかしやられてばかりもいられない。攻撃を仕掛けられたことで位置は大体把握した。
「いい加減大人しく消えてください!」
 空気を震わせ尻尾にぶち当たる精霊砲。
 尻尾は走る馬のような速さで吹っ飛び、直後にガタアァァンッ!!という音を響かせた。
「あ、あれ?」
「‥‥どこかの家に当たったらしいな」
 固まる朱璃に答えるルーディ。
 少し飛びすぎたらしい。
 その隙に、再び充満した黒い霧に乗じてヤモリは畦道に向かって走り出す。
「させませんよ!」
 事前に超越聴覚を発動させ、早駆で霧の外へといち早く出た珠々はヤモリの進行方向へと走り、その間に割り込んだ。
「逃げようとする足音は焦っていてよく分かりますね」
 打剣により放たれた手裏剣。それは猛スピードで飛び、ヤモリの眉間に突き刺さる。
『ゲグァ‥‥ッ』
 ブンッと首を振ってそれを落とすヤモリだったが、ふらふらと数歩進んだ所でへたり込んでしまう。
 しかしまだ完全に倒しきれてはいない。
「やっ、と、見えたァ!」
 薄くなった霧の中から飛び出したのはブラッディだった。
 彼女は跳躍すると剣「増長天」を振り上げ、ヤモリの背中に突き立てる。
 剣は背中を突き破り、半透明の腹を破り、ぐっさりと地面にめり込んだ。
「――ふう」
 ブラッディは額の汗を拭う。
 ヤモリは今度は声を出すことも出来ずに絶命した。


●残りの守宮
(攻撃の後は様子を見るか距離を取っているな‥‥)
 ヤモリの攻撃をかわしつつ、霰はそう分析する。
 今のところ少しの掠り傷はあるが、致命傷ではない。しかしそれは相手も同じだった。
「足を狙わせてもらうか」
 霰は刀を低く構えると、ヤモリにフェイントをかけて攻撃する。
『クックッククッ!』
 後ろ足に傷はついたが――ダメージになっているか疑わしいほど浅い。
 ヤモリは着地すると同時にブチリと音をさせて尻尾を切り離した。
「ぐっ‥‥!」
 視界が黒い霧に覆われた後の、強い衝撃。
 尻尾ではない。ヤモリ本体の体当たりだ。
 ヤモリは攻撃の後に少し距離を取ったらしいが、まだこの場から離れていないようだ。
(仕方ない‥‥)
 受け流しを使用した霰の皮鎧が仄かな青い光に包まれる。
 直後に飛び出してきたヤモリの攻撃を避け、その背を追うように刀を振るう。
『ガッ、ゲェッ!』
 後ろ足を一本切り落とされたヤモリは堪らず霧の外に逃げ出した。
 しかし出てみれば目と鼻の先に別の開拓者の影。
「運の無いアヤカシだね」
「やはり醜悪な姿をしている‥‥僕が直々に切り刻んでやろう!」
 ジェシュファの力の歪みと、リンの斬撃符がほぼ同時に繰り出される。
 力の歪みはヤモリの黒い口を削ぎ、斬撃符がそれに続いてヤモリの体を切り刻んだ。
 一瞬だけ衝撃により宙に浮いたヤモリは、ドシャッ!と音をさせて地面に落ちる。
 そしてしばし痙攣した後、ぴくりとも動かなくなった。
「霰君、大丈夫ですか?」
 朱璃が声をかけると、薄れつつある黒霧の中から霰が姿を現す。
 その手に握られた刀の先には、ぐったりとした様子のヤモリの尻尾。
「大丈夫だ、問題ない。‥‥さあ、囮の生肉を片付けるか」
 言い、霰は血振りと共に尻尾を地に叩き付けた。


●守られたもの
 軽い手傷を負った者も居たが、それは朱璃の閃癒で治すことが出来た。
 畦道に撒いた肉は綺麗に片付け、今は生臭いにおいすらしない。
 一応他にアヤカシが居ないか周囲を見て回ったが、その気配は無かった。また発生でもしない限りは安心だろう。
 精霊砲により吹っ飛んだ尻尾の当たった家も後ほど確認したが、どうやら空き家だったようだ。壁際に置いてあった水瓶に一度当たってから激突したらしく、家自体へのダメージも思ったほどではなかった。

 夕方と呼べる時間も過ぎつつあったが、一行はギルドに報告する前に少年の家へと再度赴いていた。
「ほ、本当に倒したの!?」
 驚いた顔をする少年にベルトロイドが親指を立ててみせる。
 脅威が、無くなった。
 その事実がどれほどの安心をもたらしたのだろうか、少年はその場にへたり込むと「良かった‥‥」と搾り出すように言った。
「片付けもしておきました。これで何の心配も無く、明日からまた道場へ行けますよ」
 珠々が少年に手を貸しつつ、小さく笑みを浮かべて元気付ける。
「うん、お姉ちゃんやお兄ちゃんみたいに強く‥‥はさすがに無理だけれど、僕も誰かを守れるように強くなるよ」
 畳んだ柔道着に目を向け、少年は開拓者達に笑い返した。

 そうして再び平和な時の戻った村。
 その畦道に、もう禍々しいヤモリの鳴き声はしない。