蝸牛の村
マスター名:真冬たい
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/30 20:59



■オープニング本文

「いや、すまんな。どう夜を明かそうか悩んでたんだ」
 南橋石斑魚はそう言いながら草で編んだ靴を脱いで居間に上がる。
 家主は奥の部屋からもう一枚座布団を持ってきて、それを石斑魚に勧めた。
「ここには宿屋なんてないからねえ。貸本屋も大変でしょ」
 石斑魚は個人で貸本屋を営んでおり、様々な場所へと足を運んでいる。この村へも営業のために来たのだ。楽しみの少ない田舎ではそれなりにウケが良い。
 しかし賑やかな場所と違い、泊まる場所に苦心することは多かった。
 ここには宿泊代を出すと掛け合って泊めてもらえることになったのだ。
「しかし貸本屋さん、あんたここに来るまでに危険な目には遭わなかったかい?」
「危険な目?」
 土砂か、それとも熊か。
 尋ねると家主は声を潜めて言った。
「最近ね、行方不明者が多いんだよ。最初は村の端に住む若夫婦の旦那の方が居なくなってねえ」
「行方不明‥‥」
「その後奥さんの方もドロン!神隠しだ何だって皆騒いでるけれど、あたしゃ森に何か大食らいな化け物が居るんじゃないかって踏んでるよ」
「他にも沢山居るのか、その行方不明者って」
 ひーふーみーよ、っと家主は両手の指を折りながら数えていく。
「‥‥ありゃ」
 しかし両手の指では数が足りなかった。

 翌朝。
 石斑魚の泊まった家の隣家から一人の老婆が帽子を被って出てきた。
 手にはクワを持っており、これから少し離れた畑に向かうらしい。
「‥‥」
 歩き慣れた道。
 一週間前までは、この道を老婆は夫と一緒に歩いていた。
 しかし最近頻発している行方不明事件により夫は姿を消し、それでも畑を放っておく訳にはいかないためこうして一人で世話に行っている。
「ばあさん」
 しばらく歩いた頃、そんな声がした。
「ばあさん」
「じ、爺さん?」
 間違えるはずがない。これは居なくなった夫の声だ。
 老婆が必死になって探すと、道の先にある茂みから夫が顔を出していた。
「ばあさん、ばあさんや」
 ぱくぱくと皺の目立つ口を動かし、老婆を呼ぶ。
 しかしそれは妙な光景だった。聞こえてくる声と口の動きが少しズレているのである。
「‥‥」
 駆け寄りかけた老婆は寸でのところで思い留まった。
「爺さん‥‥なんでそんな下の方に居るんじゃ?」
 夫の顔は地面ギリギリの位置にあった。
 怪我をして這いずってきたのかとも思ったが、それにしては血色も良く傷も無い。
 夫はまた言った。
「ばあさん」
「‥‥!」
 異質なものを感じた老婆は後ずさる。すると逃げられると思ったのか、その夫らしきものがやっと動きを見せた。
 顔が茂みからガサリと浮いて飛び出し、額から隠れていた触角が伸びる。
 首から下は粘着質に光り、人間の胴体があるべき場所には巨大な巻貝。腕は無く、後ろ足も見えない。

 その姿はまさしくカタツムリだった。


●持ち込まれた依頼
 被っていた帽子を机の上に置き、石斑魚が口を開く。
 ここは町のギルド。あの日、早朝になって誰かの悲鳴を聞いた石斑魚はそこへ駆けつけた。
 そして見たのが人面カタツムリ‥‥アヤカシだ。
 カタツムリ型のアヤカシはそのまますぐに姿を消したが、単に出直しただけだろう。いずれまた村に出る。
 そこで石斑魚は――お人好しな性格も手伝って通い慣れた――ギルドへと赴いたのだった。
「恐らくあれは襲った人間の顔を拝借して、人を油断させて食ってるな。そんなに多くの言葉は喋れないだろうが」
 石斑魚は村を出る前に聞いた話を紙に書いていった。
 これまでもあそこまではっきりと姿を見た者は居なかったが、目撃例はあったらしい。
 ある者は道の途中、横切るかのように付いた粘液を見た。
 ある者は黒いカタツムリの背を見た。
 ある者は森に消えていく黄色い貝を見た。
 ある者は夜道で失踪した母に声をかけられたが、恐ろしくてそのまま逃げた。
「そして今回のアヤカシは黄土色。少なくとも三匹、一匹につき一つの人間の顔なら四匹は居るな」
 まだ見つかっていないだけで、もしかしたら他にも潜んでいるかもしれない。
 ただしあまり人里から離れた場所には行かないだろう。最後に付近を見て回れば大丈夫だ。
「‥‥奴らは生前の犠牲者達の顔を完璧に再現しているらしい。声も一緒だ。気分の悪い依頼になるだろうが‥‥受けてもらえるか?」
 石斑魚はそう言うと、話をメモした紙を差し出した。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
天寿院 源三(ia0866
17歳・女・志
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
鬼灯 瑠那(ib3200
17歳・女・シ
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ


■リプレイ本文

●蝸牛の村
 村に到着した一行は、南橋石斑魚(iz0137)の姿を見つけて駆け寄った。
「拙者、志士が天寿院と申します。どうぞ宜しなに」
「南橋石斑魚だ、遠い所までわざわざすまんな」
 頭を下げた天寿院 源三(ia0866)に会釈する。
 その名前に黎乃壬弥(ia3249)が片眉を上げた。
「ちょっと変わった名前だな、兄ちゃん」
「ああ‥‥よく言われるが、まあインパクトがあって覚えやすいだろう?」
 笑い、石斑魚は道の先にある民家を指差す。
「相談するのに部屋を使って良いそうだ。来てくれ」

 部屋に入り、九人は円を描くように座った。
「この辺りの大まかな地図はあるでしょうか?あれば目撃場所を書き込めますし」
 源三がそう訊ねると、お茶を持ってきた家主が答えた。
「そんなに広い土地じゃないからねぇ、資料用ならあるかもしれないけれど普通の家には無いんだよ」
「そうですか‥‥」
「でも正確かは自信ないけれど、ここで描くことは出来るよ」
 その申し出に源三は笑顔を見せ、お願いしますと頭を下げる。
「案内してもらう前に私達は村の人に聞き込みをしますね」
「誘き出せそうな広場があったら地図に書き込もう」
 地図を描きに隣室へ行く家主を見送り、鬼灯 瑠那(ib3200)と千代田清顕(ia9802)がそう言った。
 山の中でやむを得なく戦闘になった場合は仕方ないが、戦いやすい場所に誘き出せるならその方が良いだろう。
「わかった。最後に目撃例のあった場所以外の現場はどうする?」
「案内の途中に寄ってもらえるかい?」
 清顕の問いに石斑魚が頷いた。
 不利になる日没までには時間がある。寄って行っても悪いことにはならないはずだ。
 そこへ家主が出来上がった地図を持って来た。
 グリムバルド(ib0608)がそれを受け取り、立ち上がる。
「‥‥よし、行くとするか」
 いよいよ蝸牛探しの開始である。


●探索
「石斑魚さんは人が好いね、一宿一飯の恩返しってやつかい?それとも顧客に対する奉仕精神?」
 道中、清顕がそんなことを石斑魚に聞いた。
「まあ単純な理由だな、放っておいたら今後の飯が不味くなるだろう?」
 ぶっきらぼうに答える石斑魚に清顕は笑いかける。
「なるほどね。まあ俺達にとっては石班魚さんが顧客だ。満足出来るよう働かせてもらうよ」
「ああ、頼りにしているぞ」
 と、そこで石斑魚が足を止めた。
「ここが最後にアヤカシが出た場所だ」
 瑠那が地図にいくつ目かの丸を付ける。
 これまでの間に付けた丸の他に、広場は二ヶ所あった。ここから近いのは山の中にあるひらけた場所だ。
「ではここからは二手に分かれましょうか」
 菊池 志郎(ia5584)が皆を見回して言う。
 アヤカシ退治も大切だが、まずは見つけなくては話が始まらない。戦力が分散したとしても二手に分かれて探す方が効率的だ。
「よし――これ以上犠牲者を出さないためにも、全て倒してやろうじゃないか」
 風雅 哲心(ia0135)が木々の間を見据えて言う。
「貸本屋はわしが護ってやるから安心せい」
 そう頼れる笑みを浮かべたのは東鬼 護刃(ib3264)。
 案内後の石斑魚には民家に帰ってもらおうと清顕は考えていたが、下手に一人で帰すよりは良いかもしれない、と言葉を飲み込む。
 そうして哲心、源三、清顕、瑠那で一つ目の班、壬弥、志郎、グリムバルド、護刃、石斑魚で二つ目の班結成と相成った。

 山はそれほど鬱蒼とはしていなかったものの、地面には草が多く足に絡むことも少なくはなかった。
 しかしその中でもそれと分かるものがある。
 乾いても光を照り返している粘液だ。
「これだけの量ともなると、他の動物ではなさそうですね」
 源三がしゃがんで確認し、その粘液の筋が続く先を見る。
「まだ姿は見えないが、まずはこいつを辿って行くか」
 哲心は合図用の呼子笛がちゃんとあるのを確認し、念のため心眼を発動させた。
 ‥‥まだ居ない。もう少し進まなくてはならなさそうだ。
 進みながら瑠那は辺りを警戒し、源三と哲心で代わる代わる心眼を使い、清顕も超絶聴覚で耳を澄ませる。
「‥‥」
 他の動物も居るようだ。
 息遣いからして野犬か何かだろうか。
 心眼で察知した存在もあったが、ゆっくりと目で確認してみると普通の蛇だった。

 ぐちゃ、り

 清顕が異質な音に顔を上げる。
「どうしました?」
 瑠那が訊ねると清顕は東の方を指さした。
「まだかなり遠いけれど、あっちの方角に何か居る」
「あっち、か‥‥」
 だが心眼で察知出来るほど近くはない。
 源三と哲心は頷き合い、その方角へと歩き始めた。


 少し遅れて粘液の後を発見した壬弥は、それを棒で突いて確かめる。
「‥‥まだ真新しいな」
 粘液は乾いておらず、棒に引っ付いて糸を引いた。
 超越聴覚を発動させた士郎が辺りを見回す。先ほどから虫の声が邪魔をしていたが、近くに居るのなら話は別だ。
 動きの鈍いアヤカシだとすると、静止しているタイミングだと分からないかもしれない。
 しばし神経を研ぎ澄ませる。
「‥‥」
 何か声がした。

 ――は、ばけもの。ああ‥‥あぁ‥‥。

 弱々しい人間の声だ。
 一瞬また誰かが襲われているのかと焦ったが、恐らくこれがアヤカシの声なのだろう。
 念のため壬弥が心眼を使いつつ、その声がする方へと向かう。
「シッ」
 ある程度進んだ時、壬弥がそう鋭く声を発した。
 そうっと指さした先。そこに居たのは巨大な蝸牛だった。殻は黒く、今はこちらに背を向けている。
 と、それが顔を横に向けた。
 見えた顔は髭の立派な男のものだった。それが虚ろな目で虚空を見ている。
「‥‥何か、今すぐ殻ごと壊したくなってきたな」
 茂みに姿を隠しつつ、それを見たグリムバルドが吐き捨てるように言う。
「その案乗ったぜ。俺が先に行って引き付けるから死角から頼む」
「俺も行きましょう」
 壬弥と志郎が言い、皆が頷いたのを確認してからアヤカシの前へと飛び出した。
 平正眼を発動させ、刀を構える。
 その姿を見たアヤカシは獲物が罠にかかったと思ったのだろうか、ぐうっと体を伸ばし襲い掛かってきた。
 壬弥はそれを受け止め、横へと払う。払いざまに一太刀浴びせたが、それは薄皮を一枚切っただけだった。
「刀が錆びなきゃいいんだがな‥‥嫌な手ごたえだぜ」
 弾力はあるが骨のようなしっかりしたものは無い。
 普通よりも伸縮性のあるコンニャクでも切っているかのようだ。
 そんなアヤカシの前を奔刃術を発動させた志郎が挑発するように横切る。
「こっちにも獲物は居ますよ?」
『あ‥‥ああぁ‥‥』
 中身の無い声を出し、アヤカシは体を捻る。
 そこへ志郎が裏術・鉄血針を浴びせた。血を噴き出す針は殻の隙間に入り込み、鮮血を滴らせる。
『ばけもの、ばけも‥‥の』
「お前の方が化け物だろうがよ!!」
 力を溜めていたグリムバルドの地断撃。
 地面が大きく捲れ上がり、打撲を負いながら宙に放り出されたアヤカシがひっくり返って地に落ちる。
 しかしアヤカシの体は柔らかく、ひっくり返ってもすぐに元に戻ってしまった。
 アヤカシは近くにあった木に登り、志郎の手裏剣を受けつつそこから落下する。
「なぁ!?」
 着地するであろう所には、壬弥。
 覆い被さろうと体を広げるアヤカシ。
「ッチ、見くびるんじゃねぇぞ!」
 アヤカシの体が目の前まで迫ったその瞬間、壬弥は雪折を使った。
 直前まで鞘に収まっていた刀が抜かれ、粘液ごとアヤカシを切り裂く。
 目的を達成出来なかったアヤカシはうわ言のように単語を繰り返し、危険を感じたのか殻の中に逃げ込んでしまった。
 固い殻だ。これを突破するには骨が折れそうだが――近づいたのは、石斑魚を護っていた護刃だった。
「わしの出番じゃな?」
 笑みを浮かべた護刃の顔を炎が明るく照らす。
 いつの間にか周りには炎が現れ、護刃を包み込んでいた。火遁だ。
「冥府魔道は東鬼が道じゃ。わしの炎が案内してやる。そのまま滅すが良い」
 ゴウッ!!
 炎が一瞬でアヤカシを囲い、焦がし、熱を染み込ませる。
 初めは粘液を出して抵抗していたが、それも雀の涙。アヤカシはすぐに動くこともなく大人しくなった。
「さあ、まずは一匹‥‥」
 呟きかけた護刃の耳に届く、鋭い音。
 それは正しく合図用の呼子笛の音だった。


●黄色と赤色
 数分前、前方に蠢く異形のものを発見した清顕は幹の影に隠れて様子を窺っていた。
 見える範囲では二匹居る。
 片方は黄色い貝に、あどけない少年の顔を持ったもの。
 もう片方は赤い貝に、柔和な女性の顔を持ったもの。
 絶えず何かをぶつぶつ言っている。このアヤカシは食った者の最期の言葉を真似るため、まだ超越聴覚を発動させたままの清顕は嫌そうな顔をした。
「死ぬ間際に大事な人を呼んだんだな‥‥気の毒に」
「今際の言葉を真似る、か。食らったやつを愚弄しやがって‥‥!」
 哲心が刀を握って唸る。
「とりあえず二匹を相手するには場所が悪いですね。広場まで誘き寄せますか?」
「ああ、俺が演技をして囮になろう。皆への合図は任せたよ」
 源三にそう頷き、清顕が仮初を発動させる。
 その表情は恐怖。
 怯えた顔を張り付かせた清顕が飛び出したのと同時に、哲心が肺いっぱいに吸い込んだ空気を笛に送り込んだ。
 高い音が鳴り響き、それと同時に現れた人の気配にアヤカシが振り返る。
「うわああッ、アヤカシだ!」
 清顕は表情に負けぬ怯えた声を上げた。
 逃げるように背を向けると、アヤカシは音の正体を確かめるより獲物を狩ることを優先したらしい。のろのろと、しかし人の歩くくらいのスピードで追ってくる。
 たまに転びそうになる素振りを見せながら、清顕は広場へ向かって走り出した。
「騙されてくれたみたいだな」
「はい」
 哲心と源三も気付かれないよう注意を払いながらその後に続く。

 アヤカシの唸るような声と共に到着したのは、切り株をそのままに木こり達の休憩場にと手入れされた広場だった。
 落ち葉はそこかしこに積もっているが、気になる程ではない。
『あ、う‥‥?』
 いつの間にか獲物の顔から恐怖が無くなっているのに気付き、アヤカシが訝しんでいるとも取れる声を出した。
「はるばるお疲れ様」
 清顕は口の端を持ち上げ、素早く辺りに目を走らせる。
 ‥‥まだ別班の仲間は来ていない。
「とりあえず始めるしかなさそうだな!」
 草陰から躍り出た哲心がそう言い、雷鳴剣で雷電を帯びた刀を振り上げる。
 バチバチという雷の衝撃を受けたアヤカシは跳ね上がり、人間の顔の目をでたらめに動かした。
『あ、ぁ‥‥たす。たすけて。たすけて』
 そう言いながらもう片方が動き出そうとするが、その前に源三が飛び出す。
「その顔でその言葉を使う事は‥‥許されません!」
 平正眼で倒し気味に構えた刀を一気に突き出し、アヤカシの顔を狙う。
 人間の顔でもその下は紛うこと無きアヤカシ。情けをかける必要はない。
『うあ、うあ』
「くっ!」
 頬の部分を突かれた黄色のアヤカシは、刀を引き抜こうと首をブンッと振る。
 源三はその場に踏ん張ろうと足に力を入れたが、粘液でそれも叶わず転倒してしまった。
「させませんよ!」
 そこへ被さろうとするアヤカシに瑠那が骨法起承拳で斧を抉り込ませる。
 斧は殻の薄い部分を正確に狙い、殻の一部分を崩し取った。
「大丈夫ですか、天寿院さん」
「はい‥‥やはりあのアヤカシ、力は強いようですね」
 腕や顔に張り付く落ち葉を払い、源三が瑠那の手を借りて立ち上がる。
 殻の一部を持って行かれたアヤカシはそれでも蠢いていたが、その額にが二本突き刺さった。
 散打を掛けた清顕の苦無である。
『あ‥‥』
 黄色のアヤカシは力無くそう声を出した後、人間の顔をどろりと溶かし、その場に崩れ落ちた。
「チッ、そんなもんに籠っても無駄だ!」
 哲心の吠えるような声。
 見れば赤い貝のアヤカシはいつの間にか殻の中に逃げ込んでいた。
 だがそれなりにダメージは負っているようだ。殻の中からくぐもった声で、恨めしそうに声がしていた。
『たろう、たろう』
「‥‥その顔の主の子供ですか?」
 目撃例の中には母親に声をかけられたというものもあった。
 源三はギュッと刀を握り、哲心の隣に並んで言う。
「二人でやってみましょう、頑丈な殻といえども打ち破れるかもしれません」
「よし――」
 哲心は刀を高く高く振り上げる。
「こいつで終わりにしてやる!雷撃纏いし豪竜の牙、その身で味わえ!!」
 流し斬りと雷鳴剣のあわせ技――哲心の奥義。
 けたたましい雷鳴と共に振り下ろされた刀は殻にめり込み、ヒビを広げた。
「‥‥瑠璃」
 源三が人差し指で刀身をなぞると、そこを瑠璃色の精霊力が包み込む。
 そのまま刀でヒビごと殻を薙ぐ。
『たろ‥‥う』
 弱々しい声。
 しかし次第にそれも聞こえなくなり、残ったのはアヤカシの骸だけだった。
「終わり、ましたか」
 瑠那がそう言い、別班が居るはずの方角を見る。
 彼らはまだ来ていない。


「はッ!」
 志郎は相手と距離を取り、手裏剣を投げつける。
 しかし手裏剣は殻――アヤカシの黄土色をした殻に弾かれてしまった。
『ばあさんや‥‥』
 このアヤカシが最後に目撃されたものだろう。
 数分前、広場に向かっていた一行の目の前にこのアヤカシがボトリと落ちてきた。そうしてそのまま戦闘が始まったという訳だ。
「っええい!こちらに来るでないわ!」
 護刃は石斑魚を庇いながら鉄傘でアヤカシを払い除ける。
「こいつは戦う気満々みてぇだな」
「だな」
 広場まで誘き出そうとも考えたが、あちらにも少なくとも二匹は居る。
 ここで倒してしまった方が良い。と壬弥とグリムバルドの二人が動いた。
「これで‥‥どうだぁッ!」
 グリムバルドの直閃がアヤカシの首を真横から貫く。
『かッ‥‥』
「隙ありです!」
 志郎の放った手裏剣は今度こそアヤカシを捉え、その柔らかな肉に突き立った。
 その後ろから刀を低く構えた壬弥が飛び出し、直後にぐちゃりと生々しい音が辺りに響く。
「――やっぱり嫌な手ごたえしてやがるぜ」
 壬弥はそう呟き、刀を引き抜いた。


●終わりに
「どうか安らかに‥‥」
 やっと作られた犠牲者の墓。
 その前にしゃがみ、源三は小さな声でそう言って手を合わせた。
「瑠那さんや護刃さん達も帰ってきましたよ」
「もう付近にアヤカシの気配は無いらしい」
 摘んできた花を供え、志郎と哲心がそう言う。
 あの後二人一組で山に入り、もう一度アヤカシが居ないか探索を行っていた。その最後のグループである瑠那と護刃が先ほど帰ってきたのだ。
 アヤカシは居なかったが被害者の遺品はいくつか見つかり、壬弥達はそれを遺族へ渡しに出払っていた。
 どこかで誰かの名を呼び、泣く声が聞こえたのは気のせいだろうか。
「アヤカシの心配もないようで良かったです‥‥もうこんなことが起こらないと良い、ですね」
 源三の呟きと共に、静かな風が山に向かって吹いてゆく。
 村は、久しぶりに穏やかな夕日に包まれていた。