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■オープニング本文 のどかな田舎の村だった。 畑仕事を手伝っていた少年が手を止めて空を仰ぎ見る。 「こら、今日中に終わらせなきゃいけないんだからサボってんじゃないよ」 「う、うん、でも何か見えたような気がして‥‥」 母親は肩をすくめる。 この作業は今日中に終わらせないと後々に皺寄せが来るのだ。子供の勘違いに付き合っている暇は無い。 「空にゃお天道様と雲しかありゃしないだろ、雨雲が近づいてるっていうんなら話は別だけれどね」 それに鳥も居るだろう、と指摘され、少年はしぶしぶ作業に戻る。 しかしまた数分後に手を止めてしまった。 「ほうら、だから‥‥」 「か、かーちゃん!」 少年は涙目になって空を指さす。 「あれ、鳥?」 雲と雲の隙間。 そこに黒い影が並んでいた。その数三つ。 「あれは鳥――」 目を凝らして見てみると、その三つは明らかに大きかった。しかもヒレが付いており、顔と思しき場所には白いものがビッシリと並んでいる。 「‥‥」 母親はクワを放り出し、少年を抱いて後ずさった。 信じられないことだが、目の無い鮫が空を飛んでいる。 普通の鮫は飛ばない。つまり‥‥。 「ア、アヤカシ」 呟いた声はかさついていた。 空を悠々と飛んでいた鮫型のアヤカシは、食欲を刺激される香りに心を奪われた。 美味しそうなものがこの下にある。 しかも沢山。 目が見えずともそれは分かった。そもそも彼らは視覚よりも嗅覚と聴覚を頼りにしている。 『ギ‥‥ギィ‥‥』 待ちきれないと言わんばかりに口を開閉させ、三匹は一気に急下降していった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
春金(ia8595)
18歳・女・陰
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●鮫に襲われた村 村に人の気配はあらず、静かな空気だけが流れていた。 しかし数日前までここで人々が生活していたという痕跡がいくつも残されている。 「この村がそうなのですね‥‥」 朝比奈 空(ia0086)は地面に刺さったまま放置されたクワを一瞥し、呟く。 開拓者達は現地であるこの村で落ち合うことになっていた。アヤカシの接近している様子はまだない。 しばらく歩くと村の中央付近に人影が見えた。――仲間の開拓者達だ。 「久し振りだな、空」 水鏡 絵梨乃(ia0191)が片手を上げ、親しげに声をかける。 空が挨拶と共に頭を下げると絵梨乃は嬉しそうに笑った。 「しばらく見ない間に、また一段と綺麗になったな」 「ありがとうございます、絵梨乃さんもお元気そうですね」 その隣で大鎌を持ち直した沢村楓(ia5437)が村を内側から見回す。 「ふむ‥‥しかし酷い有様だな」 恐らく鮫型のアヤカシが付けたのだろう、ある家の屋根には穴が開き、外にある荷台は半分ほど齧り取られたかのように消失していた。 しかしこの痕跡を調べれば、多少の攻撃パターンは分かる。楓はそれらに近づくと調べ始めた。 「生き残った村の人、凄く怯えていた‥‥」 村の惨状を見、苦々しげに呟いたのは天河 ふしぎ(ia1037)だ。 「許さない、絶対に彼奴らをやっつけて、平和を取り戻すんだからなっ!」 「ボクも協力して一太刀浴びせてやるか」 「‥‥そう言いながら何故僕のほっぺたを触るんだ?」 「ふしぎが相変わらず可愛いから」 当たり前のことを言うような絵梨乃の表情に、ふしぎは複雑そうな顔をしたとかしないとか。 家の陰に隠れ、天ヶ瀬 焔騎(ia8250)は事前準備として鎖分銅を蛇矛、そしてショートスピアに縛り付けて固定していた。 周囲を見て周り終えた楓も加わり、大鎌に荒縄を付ける。 これらをアンカーとして使い、アヤカシを空に逃げられないようにしようというのだ。 「よし、出来た。これならちょっとやそっとじゃ抜けないな」 焔騎は鎖分銅で繋ぎ終わったショートスピアを持ち、手ごろな木の幹へと立てかける。 それを楓から借りた荒縄で巻いていった。根の立派な木だ。少々土が脆いのが心配だが、強く引いても持ち堪えられるだろう。 「わしらもそろそろ動くかのぅ」 片手に呼子笛を持った春金(ia8595)がそうブローディア・F・H(ib0334)に声をかける。 「そうですね、行きましょう。‥‥あの屋根はどうですか」 ブローディアは村の中で一番立派な家――恐らく村長の家だろうと思われる建物――を指さした。 彼女らはこれから屋根の上で待機し、アンカーで縛り付けられなかったアヤカシを担当する予定だ。ならばなるべく高い屋根の方が良い。 「アヤカシの攻撃で少し脆くなっていそうじゃが‥‥そうじゃな、あそこにしよう」 まだ綺麗に残っている他の屋根に登り、ボロボロにしてしまっては心が痛い。 あの様子だと村長の家は建て直す必要がありそうなので、この中ではまだ戦いの場に向いている。 二人はなるべくアヤカシを近くに引きつける必要があるのだ。 春金とブローディアが村長の家へと向かったすぐ後、ジルベール(ia9952)が近くの森から戻ってきた。手に持った袋には赤いシミが浮かんでいる。 「ああ、おかえり」 焔騎が出迎えるとジルベールは額の汗を拭い、その袋を置いた。 「ただいま。アヤカシに怯えたんか獣や鳥が少なくて苦労したわ」 袋には仕留めた鳥や野うさぎが入っている。囮を立てるつもりだが、血の匂いを流してアヤカシの出現率を高めようと考えたのだ。 「絵梨乃さんは?」 「あっちで古酒を飲んで準備してる」 「よし、じゃあこれを周りに撒いたら俺も筵を被って待機しておくわ」 ジルベールは再度袋を持ち、歩き始める。 囮は絵梨乃。彼女が見晴らしの良い場所へ出れば、戦いが始まるだろう。 ●空を泳ぐもの ぬるい風が山の向こうから吹いてくる。 目や肌を緩やかに乾燥させるその風に背を向けつつ、絵梨乃は目を細めた。 太陽と雲しかなかった空に、黒い粒が見える。 「‥‥きたか」 近づくとすぐにそれが鮫だと分かった。特徴的な尖ったヒレ、二重になった鋭い歯、切れ込みが綺麗に入ったエラ。 しかし話に聞いた通り、目が無い。顔の大部分は歯の並んだ口だった。 「なんとも食欲に忠実な顔だな」 絵梨乃は乱酔拳を使用し、その瞬間に備える。 そして――。 『ガアアアァァッ!!』 空から急降下した鮫は絵梨乃に向けて、その大きな口を開けて襲い掛かってきた。 「はあッ!」 横回転して避けた絵梨乃は転反攻を利用し、踵落としを鮫の頭に叩き込む。 鮫は地に落ちて土を食らったが、すぐさま浮かび上がろうともがいた。 「逃がさん!」 身を潜めていた瓦礫から飛び出し、楓が白梅香で精霊力を纏わせた大鎌を振り上げる。 『ガァッ‥‥!』 大鎌は深々と鮫の背に刺さり、もがけばもがくほど肉を割いてゆく。 荒縄で繋がれているため、空へ一旦退くことも出来ない。 しかし大鎌の切れ味が良く、このままでは予想より早くに肉を割いて脱出されそうだった。致命傷は負うだろうが、敵に有利な空へ逃げられるのは困る。 「その前に黙ってもらいましょう」 後方に居た空が力の歪みを発動させ、鮫の体を捻る。 『‥‥!?』 「もう一度いきますよ」 『ギッ‥‥グァ‥‥ッ!』 鮫は口と鼻から血を流し、浮力を失ってその場に倒れ込む。 「これで一匹‥‥」 「絵梨乃、後ろ!」 ふしぎが絵梨乃の背後に接近する鮫に目掛けて桔梗を繰り出す。 「舞え、烈風!」 『ギィッ‥‥!』 桔梗を食らい、鮫は方向転換して距離を取ろうとする。 楓は予備として用意してきた珠刀「阿見」を抜き、その鮫の前に立ちはだかった。 鮫は噛み付こうと口を開き、どけと言わんばかりのスピードで楓に突進した。楓は避けようと体を捻るが、腕の端が牙に引っ掛かる。 「楓さん!」 「問題ない」 血は滲んでいるが深いものではないようだ。 息を整え、楓は刀を構える。 そして地面を強く蹴り、刀を一閃させた。それと同時に鮫のヒレが宙を舞い、鮮血が噴き出す。 『‥‥ッ』 「大人しくしなさい」 空が精霊砲を鮫に浴びせる。 瀕死になった鮫は土や小石を肌に食い込ませながらもがき苦しんだ。 「どこに行こうっていうんだ?」 それでも空へ戻ろうと上を向いた鮫に焔騎が声をかける。 平突を繰り出した勢いと共に刺された蛇矛は皮と肉を掻き分け、鮫の体を貫通した。 「これで死なないとは大した生命力だな!」 鮫は息も絶え絶えだったが、まだ動きを止めない。 絵梨乃とふしぎは視線を合わせ、二人で小さく頷き合う。 「これで最後だッ!」 二人同時にそう叫び、鮫に一撃を叩き込む。 鮫はビクンと一度だけ跳ね、やっと――音も無く、無言のまま大人しくなった。 屋根の上からその様子を窺っていた春金はホッとした表情を浮かべる。 いざという時は義父である焔騎に自分の武器を貸そうと考えていたのだが、それをするには思っていたより距離があったのだ。 自らの武器をアンカーにした後どうするのかと心配していたが、あちらの片はついたらしい。 「ならば、あとは」 目線を上げると、そこには仲間二匹の様子を窺っていた最後の一匹が居た。 最後の一匹はゆっくりと空中を遊泳し、意識を地上に向けている。こちらには気付いていないようだ。 「あいつだけじゃな!」 ッピィ――――っ!! 春金が呼子笛を思い切り吹くと、空気を切り裂くような甲高い音が響き渡った。 その音に驚いた鮫は一瞬ビクッと体を震わせ、ゆっくりとこちら‥‥音の出所へと向く。 『グ、グウゥゥ‥‥!』 「まるで仇を前にした人間のような声ですね。さあ来なさい!」 ブローディアが片手を上げたと同時に閃光が走り、鮫の体に焼け跡をつける。 焦げ付いた臭いをさせながらも鮫は突進してきた。 「気色の悪い鮫やな‥‥海の鮫の方が食べれるだけマシやで!」 筵から顔を出したジルベールがその鼻先目掛けて瞬速の矢を放つ。 それは見事に鮫の鼻を貫き、嗅覚を頼りにしていたと思われる鮫は声も出せぬままパニックに陥った。 「次ッ!」 ジルベールは尚も手を緩めず、すかさず連環弓を鮫目掛けて射る。 バスッ! バスッ!! 二本の矢はそれぞれ鮫の背ビレに向かって真っ直ぐ飛び、その背ビレを根こそぎ持っていった。 まるで折れた刀の切っ先のように回転しながら飛んだ背ビレは、近くの茂みの中へと突っ込むように落ちる。 「そろそろ落ちたらどうじゃ?」 火炎獣を使った春金の背後に熱が集まる。 刹那、後ろに浮いた式から豪快な火炎放射が放たれた。 『アアアアアァッ!!』 炎に包まれ、鮫は空中でもんどりを打ちながら叫びを上げる。 火に覆われ体を焼く臭いの中、負けを悟った鮫は最後に一撃を‥‥と一番近くに居たブローディアに接近した。 しかし。 「かかりましたね」 ブローディアの落ち着いた声。 この鮫に目があれば見開いていただろう。 離れろ、という感覚が全身を巡る前に、鮫は設置されていたフロストマインの餌食になった。 「灼熱地獄の次は極寒地獄か‥‥地獄に行く予行練習が出来て良かったやん」 ジルベールは新たにつがえようとしていた矢を戻し、皮肉を込めてそう呟く。 その目の前で鮫はスゥっと生気を失い、地響きをさせて地面へと落ちた。 ●鮫の居ない村 「これで村人さんが安心して暮らせるようになると良いのぉ」 春金はブローディアと共に屋根から下り、安堵のため息をついてからそう言った。 「復興は大変かもしれへんが、畑は無事や。村人の皆に生きる気があればきっと大丈夫」 ジルベールは無傷で残った畑を見ながら言う。 残った作物はそのまま放置され弱っていたが、見放すほど悪い状態ではない。 対して、損傷した家は建て直しが必要かもしれない。 しかしそれも残った人々が力を合わせれば、きっと無理なことではないだろう。 「いざって時は鎖分銅を伝って直接叩いてやろうと思ったが‥‥まあなんとかなったな」 「オトン!」 春金が武器から鎖分銅を解きつつ近づいてきた焔騎に駆け寄る。 「心配したんじゃぞ‥‥!」 「はははっ、すまないな。でも見事な刺しっぷりだったろ?」 焔騎と楓のアンカーが無ければ、今回の戦いはもっと大変なものになっていただろう。 最悪、向こうの攻撃時にしか接触出来ない事態になっていたかもしれない。 「そういえば楓は?怪我してただろ?」 「怪我は深くないものだから、先に村人に黙祷を捧げる‥‥と言って、花を摘みに行きましたよ」 疑問には空が答え、森の方を指さす。 「弔いか、わしも花を供えようかのう」 ここにはまた住んでいた村人が戻ってくるかもしれないが、犠牲は決して少なくはなかった。 それに心を痛め、春金も花を探しに駆けてゆく。 犠牲者達の墓に色とりどりの花が供えられた頃には、辺りは真っ赤な夕日に照らされていた。 その暖かな色の空からやって来る来訪者は、もう居ない。 |