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■オープニング本文 ●目撃者 「自分の売り物を使うはめになるとは思いませんでしたよ」 四月のある日、まだ顔にアザや切り傷を残した薬屋の男がため息をついた。 手足には包帯が巻かれ、痛々しいことこの上ない。 男はぽつりぽつりとギルドの受付嬢に話し始める。 「僕は薬を色んな町や村で売り捌いて生計を立ててるんですが、先日渡った川で痛い目を見たんです」 「川‥‥ですか」 「えぇ。その川には大きなヌシが居ると聞いてたんで、橋の上から見えるかなとヒョイと覗いたんですよ」 男は橋の手摺りから身を乗り出す真似をした。 「そうしたら人間くらいの大きさがある、鯉みたいなのが来ましてね。ヤバいと思った瞬間にはそいつは空中に居ました」 「つまり水中からジャンプした、と」 「ええ、しかも僕の目の前にまで一瞬で」 普通そこまでは跳ねないだろう。 男の話を信じるなら、橋はそれなりに高いはずだ。 「ありゃアヤカシですよ。本物のヌシはきっともう食われてます、あいつに」 男は肩を竦めてみせる。 だが、その表情からは隠しきれなかった恐怖が滲み出ていた。 ●魚の腹 翌日、普段渡る者の少ないその橋の周りにはお粗末ながら人垣が出来ていた。 ヌシだヌシだと今まで騒がれていた真っ白な腹の魚が死に、岸に打ち上げられていたのだ。 その立派な巨体にはくっきりと歯型が付いていた。 「なにこれ、おかしくない‥‥?」 野次馬の一人が口元を押さえて言う。 歯型は獣のそれではなく、人間のものだった。 ただしサイズはケタ違いで、もしこれが人間のものなのだとすると、その人は釜の飯を一口で飲み下せることになってしまう。 「やっぱり噂は本当なんじゃないか?」 「噂?」 お前知らないで見に来てたのかのか、と男が呆れる。 「この川に居たヌシを食い殺して、代わりにアヤカシの魚が住み着いたって噂だよ。今のところ被害は無いが――」 ギャンギャンッ!という犬の鳴き声が男の言葉を途切れさせた。 激しい水しぶきが上がり、岸で何やら野良犬が抵抗しているのが見える。 野次馬達はジリ、と後ろに下がったが、犬に何かを仕掛けている正体を見極めようと大半が逃げる選択を取らなかった。 「あっ!」 犬が尻尾を咥えられ、空高くへと放り投げられる。 落下するであろう位置には、水面から顔を出した巨大な鯉‥‥のようなもの。 それは魚にあるまじき筋肉の動きで口を開け、落ちてきた犬を丸呑みにした。 「‥‥」 その口から覗くのは人間の綺麗な歯並び。魚らしく瞼のない目は真ん丸く、しかし白目のある人間の目だった。 人面魚とはまた違う、人間のパーツだけを歪な形で持った魚――どう見てもアヤカシである。 魚型のアヤカシはぎょろりと目だけを野次馬達に向け、顔に似合わぬ無垢な笑顔を向けて泳ぎながら寄ってきた。 「に、逃げろぉ!」 野次馬達は蜘蛛の子を散らすように逃げる。 ぽつんと残されたアヤカシは、それでも野次馬達の去った方から目を離さない。 自身の知能は低い。 けれど「あれ」は確実に美味しいものだと分かる。 足を食えば舌鼓を打つだろう。手を食えば頬が落ちるだろう。腹を食えば存在しない涙腺から涙が零れるかもしれない。 『‥‥』 漂ってきた香り、人間の香りが忘れられない――。 アヤカシが何も知らない旅人を食らったのは、それから一日も経たない頃だった。 |
■参加者一覧
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
汐未(ia5357)
28歳・男・弓
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
マリア・ファウスト(ib0060)
16歳・女・魔
ブロント(ib0525)
25歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●魚の目に映るもの どこからともなく肉の匂いが漂ってきた。 遠くで揺れる水面を見、アヤカシはスゥーっとそちらへ移動する。 『‥‥?』 しかし途中で止まり、ごぼり、と口から泡を吐き出す。 人間の匂いではない。 しばらくその場に留まった後、アヤカシは向かっていた方向とは別の方角へと進路を変えた。 ●捕獲を目指し 「元々居たヌシを食って、自分がヌシにでもなったつもりなのかねぇ‥‥」 朱麓(ia8390)がゆるゆると流れる川を見遣ってそう呟く。 天気はカラッと晴れた晴天。 しかし川の周辺だけ人通りが少なく、どんよりとした空気が漂っていた。 アヤカシが川のどの辺りに居るかは分からないが、三手に分かれて囮を用意したため、見つかるのも時間の問題だろう。 あとはどう退治するか、だ。 「事前に聞き込みはしたけれど、曖昧な情報しか得られなかったなあ‥‥最初に見て以来、ここを通る住民は居ないようだ」 戦いやすくするために乾いた砂を撒きながら言うのは竜哉(ia8037)。 アヤカシのことを知っている者はここを恐れ、誰も通らない――故に、何も知らずに通りかかった旅人が襲われたのだ。 最初にアヤカシが襲ったのは犬だったが、それはたまたま犬だったというだけだろう。 アヤカシは人間を一番好む。味を知ればより確実に人ばかりを襲うだろう。 「次の被害者が出る前に退治してしまいたいところだね。‥‥外見も気持ち悪いようだし」 しかも折角のヌシを殺した。 マリア・ファウスト(ib0060)は微妙そうな顔をして、眼鏡を押し上げる。 「よし出来た。あとは囮だ」 荒縄を取り出し、竜哉はそれで肉を巻いてゆく。 なるべく遠くに投げ、アヤカシにアピールするように動かした。 橋の上ではアーニャ・ベルマン(ia5465)と玲璃(ia1114)の二人が、同じく罠の準備をしていた。 「鶏肉で来てくれるでしょうか‥‥」 「やらないよりは良いと思うよ、あとコレも!」 アーニャは事前に汐未(ia5357)から渡された鶏の血の入った袋を出す。 鶏肉を川に投げ込んだ後、その血も一緒にバラ撒いた。 「‥‥すごい光景ですね」 「う、うん」 赤い色が流れながら水と混ざってゆくのを見、少し非現実的な気持ちになる二人。 気を取り直して玲璃が瘴索結界を展開する。 「居そうですか?」 「まだ、ちょっと‥‥遠いみたいですね」 言われ、アーニャも鏡弦を使用する。 (絶対に仕留めてやりますよ〜!) その気持ちに呼応するように、合図用の呼子笛を握る手に力が入った。 「人通りは少ないけれど、一応避難するように伝えてきたよ」 桔梗(ia0439)が河川敷に戻ってきて言った。 ここは朱麓たちの居る河川敷の向かい側で、桔梗の他に汐未(ia5357)とブロント(ib0525)が組んでいる。 「じゃあ早速瘴索結界を頼めるか?」 汐未のその言葉に頷き、桔梗も橋の上の玲璃に引き続き瘴索結界を展開する。 「さて、俺も準備か‥‥戦ってる最中に水浸しになりそうだしな」 汐未は足に滑り止めの紐を巻き、解けないようにきつく縛った。 「しっかし良い天気だ、釣りとかしたら気持ちいいだろうが終わった後かね」 「今やったら、アヤカシが釣れるかも」 「それはそれで好都合だな」 冗談を交えつつも視線は川から外さない。対岸と橋の上にも仲間の姿がちゃんと見える。 「って、あれ、ブロントは?」 「ここに居るぞ!」 見れば水辺のすぐ近くにブロントが立っていた。 「俺は名実ともに唯一ぬにの盾、ヌードメーカーが不在では持つわけもない」 妙な言い間違えをしつつ、そこから離れようとはしない。 そう、こちら側の囮は人間であるブロントその人なのだ。 「でもちょっと水に近すぎな――」 「!!」 桔梗がバッと顔を上げる。 「きた‥‥!」 近い位置に、アヤカシが居る。 バシャバシャッと水音がし、川の深い位置から魚影が上がってきた。 「大きい!」 情報の通り、子牛ほどの大きさがある。 アヤカシは凄い速さで移動し、川辺のブロント目掛けて跳躍した。 「何いきなり飛び掛って来てるわけ?」 ガードを発動させたブロントはグリュムソウを盾に噛み付きを受け止める。 「出やがったな、デカブツ!」 汐未が強射「朔月」をアヤカシ目掛けて射た。 ストンッ! 小気味良い音とは裏腹に、矢は鱗を砕き胴の深くに食い込んだ。 桔梗もそれに加わり、力の歪みを発生させてアヤカシの鱗を何枚か飛ばす。 『!!』 思わぬ反撃に戸惑いを見せるアヤカシ。 そこへ橋の上に居たアーニャと玲璃が合流した。対岸組もこちらへ走ってくるのが見える。 「アーニャさん、宜しくお願いします!」 玲璃が神楽舞「速」を舞い、アーニャの命中と回避を上昇させる。 「私の弓に射止められないものはない!‥‥当ったれぇぇぇ―――!!」 ぼしゃんと水中へ戻ったアヤカシだが、まだ姿形はよく分かる。 アーニャの放ったバーストアローは一直線に飛び、派手な水しぶきを上げてアヤカシを吹っ飛ばした。 「乗った‥‥!」 アヤカシは地響きをさせながら土の上へと落ちる。 「やっぱりアヤカシにエラ呼吸とかは関係ない、か」 「不気味‥‥」 衝撃に身を振るわせつつも、息苦しそうではないアヤカシを見て汐未と桔梗が言う。 汐未がそのまま鋭い勢いで矢を飛ばし、それはアヤカシの背びれの付け根を貫通した。 「行動が丸分かり、だよ」 怒り狂ったアヤカシは一番近くに居た桔梗に襲い掛かるが、狙いが反れて掠る以外の結果にならない。 「むっ!」 ならばと向かった先はブロントの所だった。 「俺の受け流し能力はさすがといったところか敵に「そこにいたのにいなかった」という表情になる」 しかしそちらもスルリと避けられる。 傷と同様でアヤカシの命中率はガクリと下がっているようだった。 「逃がすかッ!」 川へ戻ろうと跳ねるアヤカシに汐未がバーストアローを放つが、時すでに遅し。 一回分の跳躍でアヤカシは再び水中へと戻ってしまった。 「なんつージャンプだ‥‥くっ!」 それと同時に起こった水しぶき。 そこにはアヤカシが巻き込んだと思われる、土や砂まで混じっていた。 「汚いなさすがアヤカシきたない、水しぶきはあもりにもひきょう過ぎるでしょう?」 そう叫ぶブロントのゴーグルやアーニャの傘、眼鏡のように対策をしている者はよかったが、他はなかなか目が開けられない。 「そっちに行きました!マリアさんたち、気をつけて!」 いち早くアヤカシの進行方向に気付いたアーニャが言う。 アヤカシが向かっているのは橋の方。そこにはこちらへ向かっている最中のマリア、朱麓、竜哉が居る。 手負いとはいえ、あの様子を見ると油断出来ない。 「むしろ好都合さ。ほらほら、こっち来ないと沈めるぞ」 マリアはそう言ってとても楽しそうな顔をすると、ストーンアタックを繰り出した。 水中のアヤカシを狙う無数の石の礫。 「おや、ちゃんと当たったようだね」 川の水に真新しい赤色が混じる。 それを確認したと同時に、アヤカシが大きく跳ねた。 死の危機に瀕してなお、人を食べたい――そういう思いに突き動かされているらしい。 「直閃・牙突(きばつき)‥‥だから他の読み方などない!」 竜哉が黒髪をなびかせ、飛び上がったアヤカシの口に強打を使用した直閃を食らわせる。 『ッ!!』 アヤカシの顔は既に笑顔ではなく、必死の形相に変わっていた。 血走った目がぎょろりとこちらを睨む。 しかし、次にその目に映ったのは炎魂縛武で赤く染まった朱麓の姿だった。 「近くで見るとますます気持ち悪いな。ま、ともかく‥‥こっち見んな!」 『グ、エッ‥‥』 顔面を踏みつけられて奇妙な声を出す。 朱麓は身体を捻って再度跳び、橋に着地するまでの間に雷鳴剣でアヤカシの胴体を薙いだ。 「これでおしまいにしよう」 マリアの放ったサンダーも飛び、目を丸くするアヤカシに当たる。 バチバチバチッ――!! 目の前に雷が落ちたかのような光が閃き、細めた目を元に戻す頃には黒こげになったアヤカシが水面に浮いていた。 ゆっくりと、しかし確実に流されてゆくそれを見、ホッとした顔で竜哉が口を開く。 「退治完了、だな」 ●終わりに 負傷をしている者のダメージもほんの少しだったが、念のため玲璃は閃癒で皆の体力を回復させる。 「ありがとう」 桔梗は掠り傷の治った場所をさすり、ふう、と息を吐く。 川を見ると、あんな戦闘があったとは思えないほど穏やかに水が流れていた。 しかしここで実際にヌシや犬が食われ、犠牲者が出、そしてアヤカシが退治されたのだ。 「犠牲になった人や、ヌシの鎮魂を祈ろうか‥‥」 「そう、ですね」 どうか安らかに。 次に生まれて来る時には、こんな最期を向かえませんように。 桔梗は両手を握って祈り、玲璃は鎮魂の祈りを籠めた舞いを舞った。 「さて、今回は不気味な面した魚を相手にした訳だが‥‥」 弔いを済ませた汐未は釣具を取り出す。 「今度は普通の魚を相手に楽しむかね」 「ヌシが居たくらいだ、他にも大きな魚がうようよと居るかもしれないな」 早速エサを付ける汐未を見て竜哉は笑う。 「また川に新しいヌシが現れると良いですね」 アーニャはそう言った後、こう付け加えた。 「きっとその頃には、おいしそうなお魚、アユの塩焼きとか‥‥」 完全に和の文化に染まったジルベリア人である。 その後しばらくはアヤカシに関する嫌な噂が残ったものの、次第に人通りは戻り、川の周辺はまた活気のある空気に包まれるようになった。 そして新しくたった噂が、 『新しいヌシが来た』 開拓者たちがヌシをきちんと見れるのも、そう遠い話ではないのかもしれない。 |