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■オープニング本文 出稼ぎに行っていると、家族と時間を共有出来る機会がなかなか出来ない。 久々に我が家へ帰ってきた紀一郎(きいちろう)は、前に会った時より成長した娘と息子を撫でながらそれを痛感していた。 「それでねっ、みっちゃんの家に猫さんが来たんだよ!」 「小さいのにニャーって鳴いてた!」 「そりゃあ、まあ、猫だからなあ」 笑いながら紀一郎は子供達の楽しそうな顔を眺める。 出来ることなら、この里帰り中は子供達にもっと楽しい思いをさせてやりたい‥‥。 「‥‥ああそうだ」 紀一郎は良いことを思い出した、と手を叩く。 「二年前に連れていった丘があったろう、あそこにまた行かないか?お母さんも一緒に、弁当でも持って」 輝く子供達の笑顔を期待していた。 しかし、紀一郎の目に映ったのは表情を曇らせる我が子達の姿であった。 「ど、どうした?」 「あそこはね‥‥危なくなっちゃったんだ」 息子の方がしょんぼりとしたまま答える。 まだよく分かっていない紀一郎に、洗濯物の取り込みから戻ってきた妻の幸絵(さちえ)が言った。 「先月からなんだけれど、あそこにアヤカシが出るようになったのよ」 「アヤカシ!?」 紀一郎は目を剥く。 あそこは平和という言葉のよく似合う場所だった。仕事がない時だったなら寝転がって眠りに落ちたい、そんな場所。 そこに、アヤカシ? にわかには信じられない。 「そ、それは本当なのか?」 「嘘ついてどうするの。本当よ‥‥桜の木に擬していて、花見に来た人を襲ったらしいの」 「人を襲った‥‥」 寒気が背中から這い上がってくる。 「退治についてはもう話されてるのか」 「村長さんがギルドに依頼をしてきたらしいわ、早く解決すると良いんだけれど‥‥」 幸絵は困ったような顔をして言った。 同時に紀一郎も同じことを祈る。 この休みが終われば、またしばらく帰ってはこれない。それまでにどこかへ子供達を連れて行ってやりたいのだが、生憎この近辺には他に遊べそうな場所がないのだ。 思い出の場所に家族で行きたい。 それが叶うかどうかは、開拓者達にかかっていた。 |
■参加者一覧
紅鶸(ia0006)
22歳・男・サ
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
支岐(ia7112)
19歳・女・シ
燐瀬 葉(ia7653)
17歳・女・巫
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
ルネス・K・ヴェント(ib0124)
27歳・男・魔
古廟宮 歌凛(ib1202)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●到着 丘の上では桜の木が見事な花を咲かせていた。 それに合わせてこの晴天。今日がアヤカシ退治の日でなければ、着いて早々気分良く宴会に雪崩れ込めただろう。 「家族は大切なもの‥‥。故に負けられぬ」 ルネス・K・ヴェント(ib0124)が桜を前にして言う。 あくまで今日の目的は桜型のアヤカシ退治だ。 しかしそれを無事に終えることが出来れば、開拓者達も家族も楽しい花見を満喫出来る。 「此処にアヤカシが居るので御座いますな」 「気が乱れておる‥‥瘴気か。アヤカシが居るのは間違いないようじゃの」 支岐(ia7112)が視線を巡らせ、古廟宮 歌凛(ib1202)が辺りを警戒する。 距離的にまだ戦闘は始まらないだろうが、近づけば襲ってくる可能性はグッと高まるはずだ。 「ふむ、これは中々‥‥」 自分の顎を撫でて呟くのは紅鶸(ia0006)。 「さっさと片付けて、花見としゃれ込みましょうかねぇ」 一同はその言葉に頷き、各々の武器を片手に桜へと近づいていった。 ●桜との戦い このアヤカシは四体居るらしいが、パッと見では事前の情報の通り全く見分けられなかった。 触ると生暖かいようだが、そこまで近づけば攻撃は免れない。 しかし、だからといって無差別に攻撃すれば普通の桜まで傷つけてしまうだろう。 そこで開拓者達はアヤカシからの攻撃を人為的に誘い、位置を特定する作戦に出た。こちらからの攻撃方法も、なるべく火の気の無いものを選択している。 「さて、本物の綺麗な桜が傷付くんは寂しいからな‥‥極力無事に済むように頑張るで!」 前衛数名に護衛された燐瀬 葉(ia7653)が前に出て、瘴索結界を張る。 葉の身体が仄かに光り、周囲の瘴気の有無――アヤカシの有無――を調べる。 初めの位置には普通の桜しか無かったようだ。 葉、前衛、後衛の順で警戒しながら進む。 報告は無いが、もしかしたら根による攻撃もあるのではないかと紬 柳斎(ia1231)は足元にも気を配った。 「‥‥!東の方角、あの木や!」 一本目を発見した葉がその桜を示す。 その桜目掛けて紅鶸と柳斎が咆哮を繰り出し、アヤカシの攻撃が他の桜に当たらぬよう自分達へと向けさせた。 ヒュン!っと風を切る枝を鎧で受け止め、柳斎はアヤカシに小さな傷を付ける。 「あれが目印だ、見失うな!」 その声に紅鶸が飛び出す。 「お、良い感じですね」 猿叫を発動させて繰り出した紅鶸の両手剣は、アヤカシの体を深く抉った。 「くっ!」 あと一息というところで死角から飛んできた枝の一撃が葉を襲う。 葉は後衛へと下がり、その傷を神風恩寵で癒してから神楽舞・攻にて柳斎の攻撃力を上げた。 「これでどうだ!」 無双を繰り出し、アヤカシの防御を弾いて懐へと入り込んで斬りつけると、アヤカシは声にならない叫びを上げる。 それはアヤカシを沈黙させるのに十分な一撃だった。 「しつこかった‥‥ですね‥‥」 シャンテ・ラインハルト(ib0069)はそのままにしていれば消えるであろう倒されたアヤカシを見下ろして言う。 「確かに。しかもあと三体っすか」 辺りを見回し、銀雨(ia2691)は次なる敵を探す。すると何やらピンク色のものがヒラリと落ちてきた。 「‥‥花弁?」 「あっちだ!」 銀雨の指差した先には妙な動きをする桜が二本。 しかし皆がその姿を視認する前に、視界は花弁で埋め尽くされた。 「これ、は‥‥アヤカシで御座いまするか」 支岐は手でそれを払おうとするが、普通の飛んできた花弁と違うそれはなかなか離れようとしない。 アヤカシの目くらましはこちらの索敵範囲よりも射程距離が長いようだった。 しかしさっきのアヤカシもそうだが、自ら近づいて来ようとしないということはその場から動けない体をしているらしい。 「こうしていても状況は良くならない‥‥行くぞ」 ルネスは勘を頼りに足を進める。 このまま敵の攻撃範囲に入るのは命取りだったが、この目くらましも長くは続かないらしい。さっきからチラチラと隙間が見えている。これが途切れた瞬間に攻撃出来るよう武器をギュッと握る。 数秒経ち、アヤカシの姿が明瞭になってきた。 「先ほども思ったが、見事な桜だ。‥‥アヤカシでなければ、な」 「まったくです‥‥っ」 ルネスがフローズをアヤカシの根元に飛ばし、シャンテが騎士の魂で皆の抵抗と防御を上げる。 「ナイス、シャンテさん!」 泰練気法・壱で赤く染まった銀雨が、フローズで凍り動きの鈍ったアヤカシに紅砲を叩き込む。 アヤカシの片割れは新しい木ではない、まるで乾燥させた木材の折れるような音をさせて真っ二つになった。 「う‥‥!?」 それを喜ぶ間も無く、銀雨が異変に気付く。 何かがうにょうにょしていた。 「き、き、聞いてねー、毛虫は聞いてねーッ!」 「きゃーっ!?」 思わず叫び、シャンテも毛虫に気付いてパニックになった。 支岐などカチコチに固まっている。克服しようと多少頑張っている気配はするが、その場から退くことも出来ないらしい。 「こ、これはアヤカシの攻撃だ。落ち着け!」 「でも動いてるもんは動いてるー!」 「ま、負ける気はありませぬ、が‥‥体が固まって‥‥」 ルネスが鎮めようと試みるが、今までの攻撃の中で一番効いているようだ。もちろん攻撃力はないが、毛虫を払いながら枝を避けるのは辛い。 「ちぃ‥‥ッ!式が上手く組めぬ。小間使いの斥候でも出せれば一助になるにっ‥‥」 毛虫の届かない位置まで退いた歌凛だが、動揺から上手く符を扱えないらしい。 「惑わされてはいけませんよ!」 毛虫に多少嫌そうな顔をしつつ、紅鶸が太刀で斬り込む。 枝を数本持っていかれたアヤカシは一瞬だけ怯んだ。 「くっ、やっと消えたっ」 初めとは違う意味で勢いのついた銀雨は紅砲で幹を狙う。さっきと違い命中率の補助はもう無かったが、それは確実にアヤカシを捉えていた。 「邪魔な枝よ‥‥無粋極まりない!余の前で不逞を晒すな!散れ!――斬――!」 今度は上手く発動した歌凛の斬撃符が体を切り裂き、アヤカシは花弁をブワッと散らせて静かになった。 「はぁ、はぁ、色んな意味で‥‥手ごわかったです‥‥」 シャンテがまだ毛虫が残ってはいないかと確認しながら言う。 少々苦労したが、これでアヤカシはあと一体だ。 ●最後の魔桜 縄張りで争いが起きればそれを察知するもの。 残り一体もこちらから仕掛けるまでもなく、先に攻撃を繰り出してきた。 とはいえ先ほどと同じく、周りの桜が傷付いてはいけない。先に咆哮で誘導し、銀雨が三度目の紅砲を放った。 「コスト高ぇーッ。どうだっ!」 「まだ足ぬようです‥‥!」 支岐が武器の鎌鼬を振るい、二撃目を食らわせる。 「少しは大人しくせい!」 そう叫び、歌凛が符を取り出した。 「風に靡く枝が本来よ!その風情を解せず騒ぐとは‥‥俗物が!動くな!――縛――!」 糸の塊のような式が飛び出し、アヤカシをがんじがらめにする。 「今や!」 「はあああッ!!」 気合と共に柳斎が刀を振り下ろし、幹を深く傷付ける。 ゆらりと動いたアヤカシはもう一撃繰り出そうとする動作を見せたが叶わず、空高く上げた枝をだらんと垂らした。 「これで最後‥‥なんとか終わりましたな」 桜の木の状態を確認してみる。 多少の傷はあるが、他と比べて弱い木といえども問題ない程度のものだ。 攻撃の余波で花は散ってはいない。 「では、一足先に楽しませてもらいましょうか」 汗を吹き、紅鶸が言う。 こうして開拓者達の花見は始まった。 ●お花見! 「‥‥とはいえ、皆凄い神経だな‥‥っとと」 アヤカシ退治のすぐ後に宴を開ける事に感心しつつ、そういう銀雨も酒を楽しんでいる。 頬はこの上ないほどピンク色に染まり、桜に引けを取っていない。 「楽しめる時に楽しまなくてはいけませんからね、特に俺達みたいな開拓者は」 酒「桜火」を引っ掛けつつ、紅鶸が答えるが、もうあまり銀雨の耳には届いていないらしい。 くすりと笑って上を見上げると、丁度飛んできた桜の花弁がお猪口の中に入った。 「いやいや、良いものですねぇ」 酒の上を滑る花弁を見、幸せそうに微笑む。 柳斎も酒を持参し、桜の花で目を楽しませながら喉を潤わせていた。 「しかし見事なものであるなぁ‥‥見ているだけで実に心地よい」 だからこそ昔から花見好きな人間が多いのだろう。 好きなものを飲み、食べ、花を愛でるこの独特な空間は人の心を癒すものだ。 「ふむ、支岐さんも飲むか?」 持ってきたお弁当を広げ、はらはらと舞い散る花弁を眺めていた支岐に問う。 しかし支岐は丁寧に首を横に振った。 「私はお酒は戴けませぬので‥‥これで」 そう言ってお茶を見せる。 「それに、もし酔い潰れた方が居られましたら‥‥介抱役が必要でありましょうや」 柳斎は笑いながら「たしかに」と答える。 「ん〜、しかし綺麗に片付いて良かったな!こうして皆で楽しくお花見出来るしっ♪」 葉が座ったままぐぐーっと背伸びをして言う。その足元には葉の持って来たお弁当が並んでいた。 「ほな後は‥‥好きに舞わせてもらお!」 すくっと立ち上がり、春だからと着けてきた枝垂桜の簪を揺らしながら舞う。 降ってくる花弁の間を縫うように、そして戯れるように。 「では‥‥私も‥‥」 シャンテが笛を取り出す。 「これは悲しい謂れのある笛ですが‥‥今はひとつの家族の笑顔を守った、そのことを讃える優しい曲を――」 ソッと口に当て、ホッと出来る、それでいて自然と耳に入ってくる曲を奏する。 それに合わせて葉も舞い、ふわりと舞い終わると皆から拍手が送られた。 「特技があるというのは良いのう」 「歌凛さんは何かあるか?」 酒のおかわりを注いでいたルネスが聞くと、歌凛は少し考えて荷物からお手玉を五つ取り出した。 「これじゃ」 「ほう、お手玉か」 歌凛はそれを器用に回してゆく。 五つのお手玉は空中を舞う。それは失敗の不安を感じさせない安定したものだった。 「1かけ2かけ3かけて‥‥♪」 口ずさみつつ投げる。 手元を見ることもない見事なお手玉にルネスは目を細めた。 酒で頬を仄かに染める者、特技を披露する者、花を見上げる者。 そよぐ風の中、支岐は幹にもたれてくうくうと寝息をたてている。 平和な光景に、柳斎は再度桜に目をやって呟いた。 「あの親子にも早くこの風景を見せてやりたいものだ。桜の見れる時間は短いゆえ」 きっと明日には、開拓者達と同じように家族はお弁当を広げ、花に癒され、笑い合っていることだろう。 開拓者達は笑って走り回る子供達の姿を想像し、頷いた。 ――思い出の場所に家族で行きたい。 その願いが叶ったのは、その翌日のことだった。 |