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■オープニング本文 理穴にある奏生という都市に、一軒の小さな団子屋があった。 静まり返った店内でうなだれているのは十三、四の少女。名を華子という。 店の奥、先月まで両親が和気藹々としていた部屋を見る。二人ともこの間暴走した馬に蹴られ、相次いで亡くなってしまった。 元々あまりよくなかった客足は店を閉めている間に遠のき、今日も客は片手で数えられるほど。 貯金もあまりなく、このままでは家族の思い出が詰まったこの店が潰れてしまう。 「おとう、おかあ‥‥」 鼻をすすり、見せるのは気弱な表情――かと思いきや、それは気丈な表情だった。 「あたしがこの店を守っていくからね。安心しててね」 すっくと立ち上がり、店の奥に引っ込んだ華子が取り出したのは半紙と筆、そして硯に墨。 そうして華子は丸一日かけ、百枚のチラシを自分の手で作り出した。 しかし問題はどう配るか、である。 許可もない場所へ貼っていくわけにもいかないし、貼っても雨が降ればすぐに剥がれてしまうだろう。 もっと雨に強い紙もあるにはあるが、華子が使えたのは父親のお下がりである半紙だけ。新たな紙を買う金はない。 だが自分で配ろうにも、その間どうしても店番をする者が居なくなる。 客が来ても持て成すことが出来なければ意味はなく、また店を無人にしていくのも無用心である。 丁寧に重ねたチラシを前に、腕を組んで唸ること数十秒。 「‥‥そういえば」 生前、父親が困り事を開拓者に解決してもらったと自慢げに話していたのを思い出した。 聞けば開拓者はアヤカシだけを相手にする訳ではないというし、もしかしたら手伝ってくれる人が居るかもしれない。 手伝ってもらえれば店番もしてもらえるし、チラシ配りもしてもらえる‥‥。 そうなれば善は急げ、華子は草履を履くとギルドに向けて走っていった。 |
■参加者一覧
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
立花 紫(ia0666)
11歳・女・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
こうめ(ia5276)
17歳・女・巫
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
榊 志竜(ia5403)
21歳・男・志
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●団子屋の朝 その小さな団子屋は『さくら屋』といい、両親がふたりとも桜が好きだったのでそう名付けたと華子は聞いたことがある。 今日は長い間寂れていたその団子屋に、華子を含めて九名の人間が集まっていた。 「ありがとう、みんな。今日は宜しくね」 自分の依頼に応えて集まってくれた開拓者たちに礼を述べる。 「折角張り切っているんですから、協力してあげないとね?」 「ご両親の店を守ろうという決意、ご立派ですね」 にっこりと微笑む橘 琉璃(ia0472)と榊 志竜(ia5403)に褒められ、華子は表情を和らげる。 大変な思いをした華子を手伝ってあげたい‥‥そう、白野威 雪(ia0736)とその友人である巳斗(ia0966)もやる気を出していた。 「華子殿のご両親との思い出が詰まった大切なお店‥‥絶対に潰れて欲しくありません」 このご依頼、精一杯務めさせて頂きます。そう続け、こうめ(ia5276)は華子に笑いかける。 「お店屋さんのお手伝い、楽しみです」 わくわくとした様子で言う立花 紫(ia0666)。今日の彼女は長い髪を三つ編みにしており、それがよく似合っていた。 草餅、くるみ餅、紅葉饅頭に芋団子、栗団子、ずんだ餡‥‥。 「団子や餅だけでもこんなに種類があるんですね」 「こんな感じのもあるよ〜」 感心する志竜に楊・夏蝶(ia5341)が先ほど作った海苔巻き醤油団子を見せる。 華子は考案された新メニューを半紙にメモし、作る工程をじっと見ていた。そのメモされたものの中から今後も作れそうなものを選び出し、雪の案で赤く色づいた葉をあしらった御品書を作る。 「今は作れないけれど、もう少ししたら蜜柑団子、春には蓬団子もいいかもねー」 「それって期間限定というやつですか?」 夏蝶の案に紫が首を傾げる。 「そう、限定ものに人は弱いのよ!」 ビシッと指を立てる夏蝶。なんだか溢れんばかりの説得力がある。 期間限定ということは季節感も出るだろう。雪もそれに賛成した。 「そういえば何か試食品を持って行きたいのですが、自信作や作れる数の多いものってありますか?」 草団子と抹茶団子の上に餡を乗せながら菊池 志郎(ia5584)が訊くと、華子はみたらし団子だと答える。配るのが少量ずつなら数も問題ないそうだ。 「ではでは開店ー!」 そんな夏蝶の元気な一声で、さくら屋の一日は始まった。 ●チラシをどうぞ! 団子のお店さくら屋、と書かれたのぼりが風に揺れる。 これは巳斗と志郎の作ったもので、温かみが出るようにと手書きで店名が書かれていた。下には串団子の絵が添えられている。 「お買い物の帰りに、さくら屋の甘いお団子で一休みをー!」 その隣で志郎が道行く女性たちへ声をかけていた。女性の好む店の多い通りを選んだだけあり、甘味への反応も良いように思う。 「お勧めはみたらし団子ですよー。どうですか、お一つ召し上がってみてください」 眼鏡の位置を調整しながらチラシをしげしげと見ている老婦人を見つけ、志郎が試食用のみたらし団子を差し出す。 老婦人はお礼を言ってそれを受け取り、口に運んだ。 「あら‥‥やっぱりそうだわ、昔ここに行ったことがあるのよ。その時食べた味とおんなじ」 華子は両親の技術をきちんと受け継いでいたらしい。 老婦人に笑顔を返し、志郎はそんなことを思っていた。 「もし、お嬢さん。甘味はお好きですか?」 様々な人の行き交う道へチラシ配りに来たのは志竜と夏蝶のふたり。 初対面の人を怖がらせぬよう、柔らかい印象の笑顔を浮かべた志竜は近くを通った女性に声を掛けた。 「甘味?‥‥ええ、とても好きよ」 女性は一瞬驚いたようだが、チラシと志竜の笑顔を見て警戒を解き、頷いてからチラシを受け取る。 甘味なら女性を呼び込んだ方が良いだろうという考えの下、その後も志竜はなるべく女性を中心にチラシを配っていった。 そこへ聞こえてくる、だんごー、だんごー、という活気ある声。 「美味しいお団子、みたらし・三色・餡子に胡麻。一口食べれば美味しさいっぱい♪」 美しく舞いながらそうリズムをつけて宣伝しているのは、髪をお団子にして花の描かれている赤い着物を着た夏蝶だった。自分にはその方法は使えないな、と苦笑する志竜にウィンクしてみせる。 「いやあ、これは凄いねー。何かの宣伝かい?」 「おねーちゃん、すごーい!綺麗にくるくる舞ってるっ!」 舞につられてやって来た人々にチラシを配り、美味しい試食もあるから来てね、と夏蝶は可愛らしく言った。 薄化粧をし髪を纏め、薄緑色の着物を身につけているのは琉璃だ。 着物は女ものだったが、元来女性のような顔立ちをしているためか、近くで見ても女性にしか見えない。しかも、とびきり美人な。 そのせいか、やはり興味を持って近づいて来る客には男性が多かった。 「ご来店、お待ちしてます」 チラシを手渡し、微笑みながら耳元でそう一言。男性はぽーっとした顔で何度も頷く。少々怪しい場面に見えるが、集客効果はバッチリだ。 集まってきた人の中には女性もおり、どんな化粧の仕方をしているか等を根掘り葉掘り尋ねられたのは他の仲間には内緒である。 その後、志郎が事前に華子に聞いておいた彼女行き付けの店へと赴き、チラシを入口付近へ貼らせてもらうことに許可をもらうことが出来た。 ここなら屋根もあるし、雨が降っても早々剥がれる心配はなさそうだ。 店も日用品を扱う店、食品を扱う店、と色んなところへ頼んだので、様々な年齢層に見てもらえそうである。 ●はじめての千客万来 賑やかな店内。こんな光景を見るのは生まれて初めてだよ、と華子が目を輝かせる。 その華子はというと、店内でお会計を担当していた。自分もチラシ配りに行こうか迷っていたが、こうめに誘われ店番側に回ることにしたのだ。それに客の持て成しなら開拓者でも出来るが、帳簿をつけるのは華子の方がよくわかっている。 「ここがチラシに書いてあったところかい?」 店前に出た巳斗の「美味しいお団子は如何ですか?」という声に、チラシを持った客がそう首を傾げて聞いてくる。 笑顔で迎え入れる巳斗は桃色の着物に身を包み、ひらひらとした明るい色のリボンを頭につけていた。巳斗の性別は男性だが、この姿に違和感はない。 「みーくん‥‥やっぱり可愛いです」 可愛らしく着飾った友人の姿に和む雪。 そんな彼女も髪を結い上げ、黄色地に格子柄の町娘らしい着物を着ている。周囲の評判は上々だ。 「綺麗ですね〜‥‥」 二人の姿を視界の端に捉え、顔をそちらに向けてじーっと見ているのは美しい紫色の着物を身に付けた紫だった。 この着物は華子に紫色が良いと言って用意してもらったもので、三つ編みとよく合っている。 どうやらみんなの着ている着物が気になるらしい。やはり女の子は女の子、ということだろうか。 その内御品書を見ていた女性に呼ばれ、 「はーい、ご注文はなんにしましょ〜」 っと紫はぱたぱたと駆けていった。 「お待たせ致しました、ご注文のあんみつ団子です。ごゆっくりしていってくださいね」 紫の考案した団子にあんこと寒天を入れたもの――命名・あんみつ団子を置き、雪は軽く会釈する。 少ししてその客がごちそうさま、と代金を払って帰るのを見送り、ふう、と息をつく。お昼時のためみんな飯屋に行っているのか、さっきの人で店内の客は最後である。もちろん今のところ、ではあるが。 「きっとおやつ時になったらまた混みますよ」 巳斗の言葉に雪が頷く。‥‥と、そこへチラシ配布組へ差し入れを持って行っていたこうめが帰ってきた。 こうめも初めは若干躊躇っていたが、華子におかあも同じように胸が大きめだったから大丈夫だよ、と言われ今は鮮やかな青い着物を着ている。 しばらく客が来ないなら、ちょっと休憩しよう。 華子のその提案で皆はさっきまで売り物として運んでいた団子たちを、今度はおやつの甘味として囲むことになった。 「巳斗殿は抹茶がお好きとの事でしたので、中身は抹茶餡にしてみました。お口に合うと良いのですが‥‥」 「わあ、ありがとうございます」 そう言って抹茶餡入り紅葉饅頭を差し出すこうめ。巳斗はお礼を言ってそれを受け取った。 紫は口に含んだみたらし団子をいたく気に入ったらしく「みたらし団子、お土産でくださいな♪」と満足げだ。 雪も温かいお茶を飲んでほっとし、ほのぼのとした休憩時間は過ぎていった。 巳斗の言った通りまた店が混み、一転して忙しくなったのはお昼が過ぎて少しした頃だった。 ●いつもとは違う夕暮れ 日が暮れて一時間ほど経った頃に、団子屋は閉店の時間を迎えた。 普段この時間には沈んだ顔を見せていた華子だったが、今日は違う。 充実した一日を送ったとよくわかる表情で、入口に『閉店中。開店は朝7時から』という看板を下げていた。 「いただきまーす!」 店内では手伝ってくれた開拓者たちに、団子やお茶が振舞われていた。 最初の一口を嬉しそうに頬張ったのは夏蝶だ。並べられた全種類をひとつずつ食べていく気満々らしい。 その隣では志郎が栗団子を手に取っていた。 「気になっていたので食べれて大満足ですよ」 味に笑みを浮かべながら間にお茶を挟んで一服する。 「可愛い着物も着れたし、美味しいお団子も食べられたし‥‥いい一日でしたね、みーくん」 「はい。ち、ちょっと恥ずかしかったですけれどね」 醤油団子を手に持った雪が一日を思い返すように言い、今は女装を解いた巳斗が恥ずかしそうに呟く。 琉璃の女装もそうだったが、客の中で彼らが男性だと気づく者はかなりの少人数だった。それだけ完璧だったということだろう。 「ああ、華子殿。世話になっている方々への土産が欲しいのですが、いくつか持ち帰ってもいいですか?」 「お土産に?いいよ、あとで個別に包んでおくから数を教えてね」 志竜の問われ、華子はにこやかに頷いた。 「皆さん、気合入ってますねえ‥‥自分はお茶のおかわりでも用意しましょうか」 食べっぷりに目を瞠っていた琉璃だったが、そう言って準備をしだす。甘味には温かいお茶がよく合うのか、すぐに無くなってしまうのだ。 華子も手伝い、今日初めて販売した抹茶も合わせて準備することが出来た。 「ああん、ひとつだけにしておきたいのに次から次へと手が伸びる‥‥後で運動しないとー」 ずんだ餡を頬張っている夏蝶の言葉に一瞬反応する女性陣。 しかし、まあ今日くらいは良いじゃないですか、という志竜の言葉にその緊張はすぐ解かれたのだった。 「‥‥でも良かった。これでおとうとおかあの店、潰さずに済みそうだよ」 やっと落ち着いてきた頃、華子がぽつりとそうこぼした。 「扱ってる品数も少なかったし、今まであたしもあまり上手く立ち回ってこれなかったから、今日はどうなるかなって心配してたんだ。けれど‥‥みんなに手伝ってもらって本当によかった」 両親が手探りで始めた団子屋。 いつか自分がここを継ぐのだろうとぼんやりと考えていたこともあったが、まさかこんな早くにその時がくるとは思っていなかった。 これから店を自分で支えていけるか不安だったが、今日一日でかなり自信をつけることが出来たようだ。 「華子殿はご両親の事が、本当にお好きなのですね‥‥」 こうめが自分の境遇と華子を重ね、悲しんでいるような懐かしんでいるような表情で言う。 こうめの事情を知っている志竜は彼女が気落ちしていないか心配している様子だったが、華子はパッと笑顔を見せると元気よく頷いた。 「うん!‥‥あたしはさ、ふたりが居なくてもこの店を守っていける姿を見せることが、今は一番の親孝行だと思ってるよ」 だから頑張らなきゃね、という華子の言葉に微笑むこうめを見、志竜もほっと胸を撫で下ろす。 「これから、頑張って下さいね?色々とあると思いますが、前向きに進んで下さい」 ぽんぽんと華子の頭を軽く撫でて言う琉璃。 「ご両親との沢山の思い出を、これからもお団子に詰めてお客様へ届けましょう」 巳斗も励ますように応援の言葉をかける。 華子は思わず目頭が熱くなるのを感じ、小さく頷きながら目をごしごしと擦った。 気合を入れるように前向きなことを言っていても、やはり不安はあったのだろう。改めて少女は店主としてやっていく覚悟を決め、任せといて!と頼り甲斐のある笑顔を見せた。 琉璃はこそっと華子に伝える。 「ここに居る人たちは甘味好きですから、たまに様子見にお店に寄るかもしれませんよ?」 「ほんと?依頼が終わっても来てくれるかな‥‥」 目を丸くした華子だったが、 「華子さん、今度はお客さんとしてきますね〜♪」 琉璃の先ほどの言葉を知らない紫による高らかな宣言で、早速当たったと更に目を丸くすることになる。 「うん、喜んで!」 そう答えた彼女の声は、この先きっと大丈夫だろう――そう思える力強さのある、店主の声だった。 |