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■オープニング本文 ●忘れもの 禄太は村で頼りにされている医者だ。 いつも着衣に乱れは無く、忘れ物をしないように指差し確認を徹底し、患者の名前は顔の特徴と共にメモしておく几帳面っぷり。 子供はまだ居ないが妻は居る。禄太は妻のことを大切にする愛妻家だった。 ‥‥のだが、どんな地雷を踏んでしまったのか、ここ数日間妻の機嫌がすこぶる悪い。 「そりゃアンタ、なんか奥さん怒らせることでもしたんじゃないかい?」 「は、はあ」 隣に住むおばさんにそう言われ、曖昧な返事しか出来ない禄太。 浮気を疑われるようなことはしていないし、誕生日には美味しいものをご馳走した。家事だって全て任せきりにはせずに分担している。 ‥‥なのに何故? 混乱した禄太は唸って頭を抱える。 それと同時にあることを思い出した。 「――あ」 「なんだい?」 「しまった。忘れていた‥‥」 禄太は再び頭を抱えた。 結 婚 記 念 日。 四年前、三月のまだ少し寒い日に彼らは結婚した。 誕生日は忘れずに祝ったが、結婚記念日のことを失念していたのだ。 その結婚記念日は五日前のこと。思えばその翌朝から妻の様子が変だった。 ●夫の頼み 「記念日を忘れていたんです‥‥些細なことをとお思いかもしれませんが、結婚する際に記念日を大切にしようと約束を交わしておりまして‥‥」 ギルドの受付嬢は落胆した様子の禄太を励まし、お茶を勧める。 「落ち込んでいては事態は良くなりませんよ、頑張りましょう。ここには何かご依頼があって来られたんですよね?」 「あっ‥‥はい、その、単独では難しいので妻へのサプライズプレゼントの手伝いをお願いしたいのです」 禄太曰く妻はその日、隣の町まで用事があって外出するのだという。 帰宅予定の夕方までに料理を作り、妻が帰ってきたら着飾ってもらい、共に‥‥遅くなってしまったが、結婚記念日を祝う。 しかし元々禄太はそんなに料理が上手くないし、押しが強い訳でもないので大人しく着替えてくれるか分からない。 そこで開拓者に料理を補助してもらい、その後に衣装屋や化粧師に扮して妻を着飾らせてもらおうと依頼に来たのだ。 「着替えの時は共に居ることは出来ませんが、私にお色直しを依頼されたと言えば大丈夫だと思います」 「失礼ですが、奥様の特徴等をお聞きして良いでしょうか?」 「えっと‥‥名前は岬、年は私と同じ二十五です。身長は百五十ほどで、中肉中背。黄土色の巻き毛で、可愛らしい女性です」 少し惚気が入った気がするが、受付嬢はそれを細かくメモしていく。 「参考になると思うので奥様の好き嫌いを教えていただけますか?」 禄太はしばらく考え、口を開いた。 「出会った頃から甘いものを好んでましたね、濃い目の味付けも嫌いではないようですが‥‥辛すぎるものは嫌だそうです。あと生魚も苦手らしいですね」 火を通していれば問題ありません、と補足する。 「服は‥‥和服に限らず可愛いものが好きと前に聞きました。色は黄色や橙色等の暖色系をよく見かけます」 「わかりました、ではこれを纏めてみて募集してみましょう」 「宜しくお願いします。あっ‥‥成功不成功に関わらず、終わったら友人の蕎麦屋で夕飯をご馳走しますので、それも書き加えておいてください」 どこまでも律儀な禄太に笑顔を向けつつ、受付嬢は「夕食として蕎麦付き」と書き込んだ。 |
■参加者一覧
フィー(ia1048)
15歳・女・巫
桐(ia1102)
14歳・男・巫
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
フィリン・ノークス(ia7997)
10歳・女・弓
ラヴィ・ダリエ(ia9738)
15歳・女・巫
葵・紅梅(ib0471)
25歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●夫婦の家へ 禄太の家へと招き入れられた開拓者達は、皆それぞれ今回担当することについて再度確認し合っていた。 そこへお茶を淹れた禄太が戻ってくる。 「忙しい時期にすみません、今回は宜しくお願いします」 頭を下げる禄太に皆は頷く。 「それじゃあ禄太さんには料理を手伝ってもらおうかな?」 「あとは‥‥とりあえず贈り物、かな。女性なのだし。料理の途中で抜けられそうなら買いに行った方が良い」 からす(ia6525)と王禄丸(ia1236)が言い、禄太に確認を求める。 「はい、わかりました。料理の腕にも贈り物選びのセンスにも自信はありませんが‥‥頑張ります」 「私も仲直り出来ますようお手伝いさせてもらいますね」 「仲直り、絶対にしましょうね♪」 そう、桐(ia1102)とラヴィ(ia9738)も応援し、手をグッと握る。 こうして遅くなった結婚記念日祝いの準備が開始されたのだった。 ●花と可能性 斉藤晃(ia3071)は桐と共に家の色合いや間取りを確認して回っていた。 その途中、ゴミや汚れ等が無いか細かくチェックしてゆく。几帳面な禄太のおかげか、汚れている所はあまり無かった。 そして買ってきた生花と香油を一旦机の上に置く。 「こういうのが女性に喜ばれるんですよ?」 「そういえば岬もよく部屋に花を飾っていました」 岬の言葉に禄太は手を叩く。 「花も飾るだけやなくてプレゼント用のあるとええと思うんやけどな‥‥せや、なんかかみさんとの思い出はあらへんか?」 「お、思い出、ですか?」 「それを詩にしたもんを書いて、花束に挟んどくんや。まぁお約束ってやつやな」 筆と紙を用意し、禄太は何やら赤面しながら一つ一つ思い出して書いてゆく。 途中で何度か晃にアドバイスを貰い、なんとか書き上げたそれを花束の中に潜ませた。 その後ろで花をピンで壁に留めていく桐。興味深そうに見る禄太の視線に気付き、はにかむ。 「壁紙そのものを変えてしまうと、見た時に驚きと一緒に後片付けの大変さも思ってしまい、効果はいまいちな時がありますから‥‥これならそういうことを感じさせずに変化を楽しめます」 「喜ばせる相手のことも考えなくてはいけないんですね」 「はい、とても大切なことなのです♪」 笑い、今度は風呂場に移動して湯船に香油を垂らす。 「水のうちなら香は飛びませんからねー、沸かすときに少し足してもらえれば十分だと思います」 あと!っと残った花を渡す。 「沸かし終わったらこれの花弁を湯船の上に散らしてください♪」 「四年目といえば花婚式やからなあ、良い祝いになるで」 「わかりました、妻もきっと喜びます」 自分の思い浮かばなかったアイデアに禄太は嬉しげな顔で頷いた。 そこで晃がずっと気になっていたことを問う。 「なあ、かみさんは普段からそんなに怒る人やったんか?」 「え?‥‥今まであまり怒らせたことがないので何とも言えませんが、そこまで気性が激しくは‥‥」 ならな、と晃は指摘する。 妊娠をしているから精神的に不安定になってしまっているのではないか、と。 それを聞いて禄太は一瞬慌てたが、すぐ平静を取り戻す。 「医者の先生でもこういうのは見逃しがちらしいが、そういう可能性はあらへんかね?」 「ないことは‥‥ないですね。いえ、専門ではないので不確かなことは言えませんが」 もごもごとするが、もし違っていたとしても今後起こりうることである。 禄太はそのことを再確認し、今後はもう少し気をつけて見てみます、と返した。 ●美味しいものを 台所を借り、料理の準備を進める四人。 フィー(ia1048)とフィリン・ノークス(ia7997)は協力して一つの野苺ケーキを作っていた。 スポンジ担当がフィー、クリーム担当がフィリンだ。 「焼きすぎないように‥‥しないと‥‥」 焼き加減を見ながらフィーが呟く。 この辺りは慣れている者でも気を抜けば失敗してしまう鬼門だ。 材料の分量も合っているしキチンと混ぜたが、内心はどきどきしていた。 「‥‥あ、フィリン‥‥ホイップ舐めちゃ‥‥だめだからね?」 そーっと指を近づけていたフィリンがビクッと反応する。 「べ、別に美味しそうだからつまみ食いしようだなんて思ってないよ?」 そう言い、気を取り直して混ぜるのを再開する。 ある程度混ぜていくとクリームからは気泡が消え、突くと角のように立つくらいになった。 「ふふ、ホイップは立つくらいが丁度いいよね〜♪」 またつまみ食いしそうになる衝動を抑えつつフィリンは仕上げてゆく。 その隣でフィーが嬉しそうな声を上げた。 「ん‥‥上手に焼けた‥‥♪」 良い色に焼き上がったスポンジ生地。 あとは、ここにクリームや野苺を挟んでデコレーションすれば完成である。 フィーとフィリンはジルベリア料理。対して王禄丸は泰国料理の作成を進めていた。 そこへ贈り物を買いに出ていた禄太が帰宅し、皆の輪に混じる。 「これは何です?」 「酢豚、その隣が桃まんだ。桃まんとごま団子は蒸篭の中に入れたまま並べよう」 その方が「これは何だろう?」と開ける楽しみがあるのだ。 細かなところまで気を配りつつ、酢豚を取り分けるための匙や小皿も用意した。 「凄いですね‥‥私も見習っていかないと」 禄太も指導を受けつつ、使い慣れない手つきで包丁を動かしてゆく。 「危なっかしい手つきだね」 台に乗って作業をしていたからす(ia6525)がクスッと笑う。 「はは、料理だけは妻に任せっきりだったもので。そちらはとてもお上手ですね」 「普通だよ、人妖や土偶に仕込む程度にはやってる」 おかげで助かっている家庭事情――だったが、とりあえず今は言わないでおく。 からすは桜鯛の塩焼、椎茸と筍の吸物、金平牛蒡を作り、次に肉巻へと取り掛かる。 この後にはご飯を炊くつもりだ。後回しにするのはなるべく炊きたてを食べてもらいたいからである。 「ふむ、少し濃いかもしれないな‥‥味見を頼めるか?」 「あ、私で良ければ」 葱を切っていた禄太が言う。 小皿に取られた肉巻の一部を受け取り、口に運ぶ。からすが言うほど濃くはなさそうだ。 「どうかな?」 「‥‥大丈夫です、美味しいですよ。妻もこういう味が好きですしね」 もちろん私も、と禄太は言う。 味見ながらおかわりを貰いそうになったのは内緒だ。 ●衣装をここに 台所から漂う良い香りが一段落ついた頃、葵・紅梅(ib0471)がちょいちょいと禄太に手招きして呼び寄せた。 「なんでしょう?」 「禄太さんにも着替えてもらおうと思うの」 「‥‥えぇ!?」 予想していなかったのか、禄太は素っ頓狂な声を上げる。 「あら、奥様だけ着飾ったんじゃ面白くないでしょう?貴方も綺麗にした奥様と部屋に合う格好をしなきゃ」 「で、でもそれは」 禄太は壁に掛けられた服を見る。 グレーの燕尾風ジャケットと同色のパンツ、そして白のタイ。中に着るためのベストも用意されている。机の上には白の手袋とチーフが揃えて畳んであった。 こんな衣装を着た経験が無いため尻込みしているらしい。 しかし紅梅の言うことにも一理ある。いつもの自分の格好では浮いて仕方ない。 「‥‥わ、わかりました。では調理も終わったので、先に着替えておきます」 「着替え方がわからなければ、手伝ってあげるわよ?」 「はい!?」 その様子に紅梅は艶やかに笑う。 「うふふ、警戒しなくても大丈夫よ。人様のものに悪戯なんてしないわ」 ほっとした様子で隣室に向かった禄太だが、数分間音が止まった後、か細い声で「これはどうやって留めるんですか?」と訊いてきた。 見ればジャケットの上からベストを着ている。 結局下を穿いてから紅梅に手伝ってもらうことになった。 「それにしても、可愛い奥様を怒らせるだなんて罪深い人ね」 タイの位置を整えながら紅梅が微笑む。 「次に怒らせたらこんな悪戯ではすまないわよ?」 「!?」 耳にふっと息を吹きかけられて挙動不審になる禄太。 それを見て高笑いしてしまいそうになるのをグッと堪えつつ、紅梅は用意していた伊達眼鏡をソッと禄太にかけた。 「ふふ、これで奥様をエスコートしてあげてね♪」 「うむ、似合っているぞ」 「ど、どうも」 なんだかそわそわしながら禄太がからすに頭を下げる。どうやら緊張しているらしい。 「我々は精一杯手伝った。あとはご主人次第だよ」 「はい‥‥」 「緊張することはない。いつも通り、奥さんを大切にする気持ちを持って接すれば良いんだ」 からすにそう励まされ、しばらく俯いた後、深呼吸をした禄太はさっきより強めに「はい」と頷いた。 ●奥様帰宅 岬はため息をついて空を見上げる。 足は自宅に向けて歩みを進めていたが、気分が優れない。このまま帰らずに茶屋にでも寄りたくなる。 しかしここ最近、いくら記念日を忘れていたとはいえ、夫に冷たくあたりすぎていたかもしれない。 そこで帰りが遅くなれば、いらぬ心配をかけるかも――ということで、彼女は着実に帰路を進み、そして玄関の戸を開けた。 「おかえりなさいませ、岬さま♪」 ただいまと言う前に聞こえたのは、そんな女性の可愛らしい声だった。 見れば廊下の向こうから走り寄ってくる白い髪の少女が一人。 「ささ、こちらへ。禄太さまから記念日の贈り物ですわ♪」 「ろ、禄太から?え、ちょ、何?」 半ば強引に部屋へと連れられ、椅子に座らされる。 「これから仕上げますので、少しじっとしていて下さいませね?」 ラヴィは岬の髪を梳き、ガラス玉の入った髪留めを着ける。 化粧をする頃には岬も落ち着いてきていたが、まだ不可解そうな顔をしていた。 着せたドレスはガーリッシュなデザインのもの。手首と首元もリボンとバラで彩る。 「仕上げは‥‥これです」 ラヴィはソッと香り袋を差し出す。 この中に入っているのは――赤いバラ。 「赤いバラは愛情の象徴。ずっとずっと、仲良しでいて下さいませね?」 「仲良く‥‥あっ、ちょっと、まさか!」 気付いたと同時に開けられる襖。 その先の居間には普段と見違えるような装飾がされており、テーブルの上には見たこともないような料理がずらりと並んでいた。 そして着慣れぬ服に身を包んだ夫の姿。 少々服に着られているといった感じだが、紅梅の見立て通りよく似合っている。 「禄太‥‥」 「岬、その‥‥遅くなってしまったけれど、今からでも祝わせてくれないかな?私達の、結婚記念日を」 禄太は岬に片手を差し出す。 しばし固まっていた岬はボッと頬を染め、そしてキザな夫の仕草に思わず笑い、その手を取った。 今までの結婚記念のお祝いも、もちろん忘れられない思い出。 しかし今日の祝いは岬がおばさんになっても、お婆さんになっても、きっと忘れず記憶の中に残っていることだろう。 ●蕎麦屋にて 今頃はきっと夫婦水入らずで仲直りもしているだろうな、と思いを馳せながら蕎麦を注文する開拓者達。 ここは禄太の友人が経営する蕎麦屋で、美味いと評判の店だった。 「うむ、コシが入ってて美味しい」 蕎麦をずずっと吸い、よく噛んでから感想を述べるからす。 感想の通りコシが強く、こういう蕎麦が好きな者にはたまらない出来だった。 これ以外にも注文次第で固さは調整出来るのだという。 「このお蕎麦美味しい♪御代り一つお願いします♪」 桐が片手を挙げて店員の一人にそう伝える。 ざる蕎麦を頼んでいた桐だったが、それを大層気に入ったらしい。 「わしもざるかね。うずら卵と薬味に葱と山葵はかかせん」 晃も同じものを注文する。 「‥‥お祝い、喜んで貰えたらいいですが」 ふと箸を止めた桐に、晃はニッと笑いかけた。 「心配いらんて、わし特製の練り菓子も置いてきたしな!」 結婚記念日、そして妻のことを思い出して少ししんみりとしかけた晃だが、そう言って笑い飛ばす。 「なんにせよ宴会や、ここはパーっと酒を飲むで!」 ラヴィはわくわくと蕎麦が運ばれて来るのを待っていた。 ちなみに薬味は店のオススメを頼んである。 「おまちどうっ」 「ありがとうございますわ♪」 受け取り、嬉しそうに箸を取る。ラヴィにとって蕎麦を食べるのは今回が初体験だ。 興味津々といった風に凝視した後、味わいながら少しずつ食べていく。 「‥‥!美味しいですわ〜♪天儀は美味しいものがたくさんですのね♪」 「嬉しいこと言ってくれるねー、海苔と葱もオマケしちゃおう!」 店長も喜び、そう言って人数分海苔と葱を用意してくれた。必要ない者には好きな薬味をくれるという。 「とろろを貰えるかしら?」 紅梅が店員を呼び止めて言う。 運ばれてきたとろろ昆布を蕎麦に落とし、ほぐしながら笑みを浮かべた。 「ふわっふわのとろろを崩して食べるのが、なんともたまらないのよ♪」 わかるわかる、と店長が何度も頷く。 とろろを崩して食べるのは蕎麦の醍醐味の一つだ。 「たぬき蕎麦の天ぷらは、汁につけず乾いた方が好きだな」 同じように王禄丸も蕎麦に舌鼓を打っていたが、その姿はまことに面妖なものだった。 いつもの牛面を外していないのだ。 「‥‥ん、なんだ?」 一般客の視線も何のその、そのままの格好で店長に酒の有無を問うくらい余裕である。 「ああ、それと食後用に持ってきたんだが、皆も食うか?」 取り出された飲茶にフィーとフィリンがハイハイっと片手を挙げる。 王禄丸は一番最初に二人へ分け与え、他の仲間にも一つ一つ準備していった。 「わあ、美味しいね〜♪」 「うん‥‥美味しい‥‥」 「ふむ、なかなかの味。今度うちでも作るか。全員分」 一体いくつになるのかは分からないが、王禄丸はやる気満々のようだ。 こうして禄太と岬の、少し遅れた結婚記念日のお祝いは終わった。 ――来年もその日を幸せな気持ちで迎えられますように‥‥。 そう、開拓者達はそれぞれ胸の内で思いながら帰路についたのだった。 |