誘拐予告は突然に
マスター名:真冬たい
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/05 19:59



■オープニング本文

「おお、なんと美しい女性だ‥‥!」
 木の上から景色を眺めていた青年が、とある屋敷の庭を見て思わず声を漏らした。
 彼は気まぐれにこの木へ登り辺りを見回していたのだが、庭に出て花を愛でていた若い女性に目を奪われ、他の景色を見ることすら忘れて見入っている。
 女性は長い黒髪を綺麗に切り揃え、それに映える赤と桃色の着物を着ている。遠目からでも上質な着物と分かるもので、庭の後ろに控える屋敷は周りの家の倍以上あった。
 この女性は近所でも「高嶺の花」と有名な篠本冬美(しのもと・ふゆみ)という。
「一目惚れとはこういう事を言うのか‥‥」
 青年の名は宮元信和(みやもと・のぶかず)。
 彼は地味な姿をしているが、人々から色んなものを盗んで生活していた。
 本人は盗人ではなく怪盗だと自称している。
「これは早く準備をして行動に移らなくては!」
 木の上でスチャッと立ち、そのまま何の苦も無く飛び降りて着地する信一。
 彼はその日、篠本家にある手紙を送りつけた。


『近々 娘を貰い受けに 参上する。 準備をしておくように』


 怪盗ならば、どんな事でも犯行予告は必要。
 彼のポリシーだった。


●ギルドにて
 斯くしてこの日、ギルドに「誘拐の予告があったため娘を護衛してほしい」という依頼が舞い込んできたのだった。
「屋敷にも見張りは雇っているのですが、心配で心配で‥‥」
「特徴からして、他からも情報の入っている盗人のようですね」
 受付嬢は手元の書類を見て言う。
「開拓者に数人向かってもらえるか聞いてみましょう。当日はどうする予定ですか?」
「娘には奥の部屋に隠れていてもらおうと思っています。開拓者様に来ていただけるなら、そこへ共に居てもらうことになるかと‥‥部屋の出入り口にも見張りを置くつもりですが、開拓者様にやっていただけるならその方が心強いです」
 その部屋は離れの端にある十畳ほどの和室だという。
 出入り口の他に障子窓がひとつあり、そこから中庭を確認することが出来る。
「盗人はかなり身軽なようですね‥‥そして」
「身なりも変、と聞き及んでおります」
 どこかで何かの本を見て影響を受けたのだろうか、怪盗と名乗るその男は黒い服に黒いマント、それに何故か黒いバンダナを巻いているのだという。妥協の跡が垣間見える。
「わかりました、この依頼お受けします」
「ありがとうございます、どうか娘を守ってやってください‥‥!」
 受付嬢は宥めるように依頼人の肩を叩き、書類に判を押した。


■参加者一覧
ロウザ(ia1065
16歳・女・サ
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
氷那(ia5383
22歳・女・シ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250
25歳・男・志
コゼット・バラティ(ia9666
19歳・女・シ
ヴァン・ホーテン(ia9999
24歳・男・吟
アリステル・シュルツ(ib0053
17歳・女・騎


■リプレイ本文

●篠本の娘
 屋敷の中はいつもより人が多く様々な話し声もしていたが、外は水を打ったように静か――そんな夜だった。
 誘拐阻止の依頼を受けて集まった開拓者達は、それぞれの持ち場に就く前に今回ターゲットにされている篠本冬美の居る部屋へと向かっていた。
「怪盗だか何だかは知らないが、そいつの身勝手で家族の平穏が揺るがされちゃたまったもんじゃないな」
「ろうざ しってる! どろぼー わるいこと! がう!」
 天ヶ瀬 焔騎(ia8250)が怪盗に目に物見せてやろうと意気込んでいる隣で、ロウザ(ia1065)が「わるいこと だめ!」と続ける。
 きっかけは何であれ、今この篠本家が恐怖に包まれているのは事実なのだ。怪盗と名乗るその人物には相応の罰を受けてもらわねばならない。
「それにしてもわざわざ犯行予告をしてくるなんて‥‥自信の表れかしら?」
 そう言う氷那(ia5383)に道案内をしていた冬美の父が答える。
「今のところ失敗したことが無いらしいです、危なかったことは何度かあったみたいなんですが‥‥それでも成功したのが自信に繋がっているのかもしれません」
「その実力を別のところに活かせば良いのにね」
「まったくです」
 コゼット・バラティ(ia9666)に頷き返し、冬美の父は足を止めた先にある襖を開けた。
「ここが娘の居る奥の部屋です、あまり使っていないので埃っぽいかもしれませんが‥‥」
 案内されて入ると、座布団の上に正座する黒髪の女性が居た。
 少女からまだ大人になったばかりのような顔立ちをしていて、人形のように美しい。しかし桃色に染まっていれば魅力的だったであろう頬に色は無く、代わりに血の気が引いていた。
 女性、冬美はこちらに気がつくと一礼し、皆に座布団を勧める。
「とても‥‥その、お恥ずかしい依頼ではありますが、皆様どうぞ宜しくお願いします」
 一様に頷く開拓者達。
 警護の時間の始まりである。


●警護と護衛
 今回行う作戦は「仕組んだ怪現象で驚かせ、自称怪盗にトラウマを植えつけること」。ヴァン・ホーテン(ia9999)曰く、テーマはモンスターハウスだそうだ。
 そうすれば捕まり、そしていつか釈放された後も同じことを繰り返そうなどとは思わなくなるだろう。
 部屋にはロウザと焔騎、ヴァンが残り、影武者と護衛に分かれていた。
 他の開拓者はそれぞれ思い思いの場所を警戒し、その時を待っている。
「‥‥」
 心眼を使用しながら中庭に身を潜めているのは王禄丸(ia1236)だ。
 綺麗に形の整えられた植木は彼の巨体をすっぽりと覆って隠していた。
「どこから来るかな」
 黒猫の面をその顔に着けたコゼットは、中庭と奥の部屋へと繋がる廊下を警戒している。
 真正面から勝負を仕掛けてくる人間なら、まずはここを通りそうなものだが――まだ人の気配は無い。
 奥の部屋の上、屋根裏と屋根の上を担当しているのは氷那。彼女は超越聴覚を使い、些細な物音も聞き漏らさぬよう神経を研ぎ澄ましていた。
 必要に応じて屋根裏と屋根の上の二ヶ所を移動する予定だが、今はより音をよく聞き取れそうな屋根の上に居る。
 一方、ペケ(ia5365)はというと‥‥。
「う〜ん、警戒しっぱなしというのも大変ですね」
 と呟きながら担当している風呂場に居た。――というか、風呂に浸かっていた。
 入浴を至福の表情で楽しんでいるように見えるが、これは警戒の一環なのだ、と己に言い聞かせる。風呂場なのだから裸でもおかしくはない、とも。
 警戒の仕方は人それぞれであったが、その時は刻一刻と確実に迫っていた。


「ふゆみ 『たかねのはな』! はな さいてる どこ?」
 ロウザはギルドの受付嬢より聞いていた「高嶺の花」を探していた。
 もちろんそれは冬美のことを指すのだが、例えだということに気づいていないらしい。
「どこだ? ここか? ‥‥ない! ここかな?」
「わ、わっ」
 着物の袖をポフポフされ、冬美が驚いた顔をする。
「ロウザサン、高嶺の花とは自分には手の届かないモノを例えて言う言葉デスヨ」
「そうなのか? わはは まちがえた!」
 ヴァンに教えられ、ロウザは勘違いを豪快に笑い飛ばす。それを見て少し緊張が解れたのか、冬美がくすっと笑った。
「さてと、そろそろ準備をするか。少々ご協力お願いするよ」
 焔騎が立ち上がり、冬美に裃と鬼面を手渡す。それから焔騎は着物を借りて、それを髪が隠れるようにして被った。
 その隣ではロウザが墨汁を使って髪に色を付けようと試行錯誤している。少々無理はあるが、頭から垂れる黒い墨が良い演出になっていた。
「少し暗くしマスネ」
 ヴァンが部屋の明かりを一段階落とし、焔騎が最後の仕上げにとスカルフェイスの上から鬼面を被る。
 そうして鬼面の女二人と黒い血の女、怪盗にとっては見慣れぬ外見であろうヴァンの四人が揃ったのだった。


●怪盗参上!
 とても良い湯加減で、ペケは浴槽の中でうつらうつらとしていた。
 顔半分まで沈みかけた時、ガラッ!っという戸の開くような音がした。しかし風呂場の戸は固く閉まっている。
 正常に頭を働かせる前に、その音の主がドボーンっと音をさせて湯船に落ちてきた。
「‥‥へ?」
「あ」
 黒い服に黒いマント、そして黒いバンダナを頭に巻いた男性である。
 両者、しばし「なぜここに人が居るんだろう」という顔で視線を通わせる。どうやら男は風呂場の窓から侵入してきたらしいが、湯が張ってあり人が入っているというのは予想外だったらしい。
 怪盗だ!と先に我に返ったのはペケだった。が、それよりも。
「いっ‥‥」
 怪盗の視線が思わず下に移動する。
「今見えちゃっものは忘れなさい〜っ!」
 ペケは叫ぶようにそう言い、手拭いで必要最低限の場所を隠して怪盗にカカト落としを仕掛けた。
「う、うわー!?」
 驚いた怪盗はびしょ濡れのまま湯船を飛び出し、風呂場から脱出する。
「こ、この時間には誰も入っていないはずなのに!」
 事前の調査は完璧だった怪盗だが、まさか開拓者に依頼が行っているとは思わなかったようだ。
 曲がり角を右に行き、とにかく騒ぎが広がる前に目的の娘を攫おうと直進する。
 そこへ音を聞いて駆けつけたのはコゼットと氷那だった。もちろんコゼットの方は仮装をしているため、怪盗の目に映ったのは黒猫の面を付けた得体の知れぬ人物だ。
 コゼットは柔軟性のある足をえび反りにし、それを体の前に据えた状態でサカサカと怪盗に近づく。
「え、うわ、来るなぁー!」
 人間に見えなかったのだろうか、怪盗が悲鳴を上げる。
「しまった‥‥!」
 氷那が護衛組への合図にと水遁を使いかけたが、ここは室内だ。しかも怪盗に致命傷を与えかねない。
 しかし怪盗はその合図すら必要ないくらい、ど派手に叫んでいた。

 ドタバタと派手な音がやや遠くからするのを確認し、部屋の中から様子を窺っていたヴァンが冬美の傍へと戻る。
「どうやら来たようデス‥‥こんなに騒々しいとは思いませんでシタガ」
「だ、大丈夫でしょうか」
 焔騎が呼子笛を片手にニヤリと笑う。
「大丈夫だ。さて‥‥人攫いを死ぬ程後悔させてやろうか」


 あと少し、あと少し、ほんの少し先に愛しの君が居る――。
 足をもつれさせながら怪盗は廊下を走った。後ろから感じる気配に総毛を立たせながら。
 あんな恐ろしいものが居るとは思わなかったが、愛し君は変わらず美しい女性であるはず。
「あった!」
 奥の部屋への戸を見つけた瞬間、思わず笑顔になる。
 しかしその笑顔は、部屋の中から聞こえてきた空気を切り裂くような悲鳴――実際は呼子笛による悲鳴の真似――によって硬直した。
 後ろからは追ってくる気配がする。
 だが目的地は見つかったのに、そこにも何かが居る。
「‥‥」
 冷や汗をかきつつ、怪盗は意を決して戸に手をかけた。
 が、その戸が何とも形容し難いメロディと共に勝手に開く。思わず飛び退く怪盗の前に現れたのは、見慣れぬ外貌の大男、ヴァン。
 手に持っているのはオカリナで、この音はそこから出ているのだと理解する前に、怪盗は息をするのも忘れて身構える。歯が鳴っていた。

 どんっ!

 背を預けていた壁が大きく振動した。続けてパンパンッと何かが炸裂するような音が響く。
「う‥‥」
 ヴァンから目を離せない怪盗だったが、先ほどの黒猫とは別のものが近づいているのは分かった。
 くぐもった呼吸音が聞こえ、そちらに顔ごと視線を向けると大量の目が闇に浮いていた。
 百目の覆面を被った王禄丸、その人である。
「ぅ、ぎゃあああぁ――っ!!」
 弦を弾いたかのように突然叫んだ怪盗は、近づいて目の合ったヴァンを見て再度驚き、しかしその勢いのまま部屋の中へと転がり込む。
 そこに居たのは暗くてよく分からないが、三人の女性と思しき影。
 この中の誰か一人が冬美なのだ。
 その事実に怪盗はほんの少しだけ我を取り戻し、バッと一番近くに居た女性へと近づく。
「冬‥‥っ」
「ぐるるるる‥‥」
 唸り声に伸ばしかけた手を止める。
 女性‥‥ロウザが顔を上げると、獰猛な光を持った緑色の瞳、その次に頭から流れる真っ黒な液体が怪盗の目に映った。
 この暗い中だと墨汁は血液に見える。
「ひいっ!」
 身を翻し、別の女性へと走り寄る。その女性こそ冬美であったが、顔を上げた彼女の表情は鬼面で隠されていた。
「お、鬼ッ!?」
 ならば、と怪盗は最後の女性を振り返った。
 この人が、この人こそ、自分が貰い受けるべき女性なはず――。
 しかしそれは女装した焔騎。彼が鬼面のままバッと顔を上げ、その下からスカルフェイスを覗かせながら怪盗に迫ると、怪盗は反射的に踵を返して出口へとダッシュした。
 そこへ氷那が怪盗の首筋目掛けて水をかける。
「な、なななっ!‥‥ッ!!」
 そこで限界を迎えたのだろう。怪盗はまるで糸が切れた人形のようにその場に倒れ込み、ただの黒い塊と化したのだった。


●お縄頂戴!
「怖いか?だが、この家族はお前の予告状のせいでこれ以上の恐怖を覚えたんだぞ」
 目覚めた怪盗はヴァンにより荒縄でぐるぐる巻きにされ、鬼面を付けたままの焔騎に詰め寄られていた。
「どんなカッコいい言葉で飾っても、誘拐は誘拐なんだからね?」
「うう‥‥」
「犯罪なの。何も憧れるようなことじゃないんだよ」
 コゼットにも諌められ、怪盗はしょげ返る。
「しかも私の裸を見ましたし‥‥!」
「あ、あれは不可抗力だ!それによく見えなかった!そもそも湯気が‥‥」
「そ、それ以上口で言い表したら、次こそ命中させますよ〜!」
 片足をぐいっと上げるペケに睨まれ、怪盗はぐうの音も出ない。
 そんな怪盗に氷那がびしっと人差し指をさす。
「今まで沢山の物を盗むのに成功してきたかもしれないけれど、物は簡単に盗めても‥‥残念ながら女性の心はそうはいかないものよ?」
 正論すぎて返答出来ない怪盗。
 沢山の物を手中に収めてきたが、一人の人間を手に入れたいと思ったのは初めてだった。
 ここで盗人から足を洗い、真面目に生きて冬美にアピールをすれば何か変わっていたかもしれないが、それを行わず怪盗は道を派手に誤ったのだ。
 氷那の言葉からそこまで考えた怪盗は、返答の代わりに涙を流した。情けない男泣きである。
「まあ、とにかく‥‥次に悪事を働いてみろ、俺が引導を渡してやるぜ」
「どろぼー ひとさらい よくない! にかいめは もっとおこる!」
「う、うっ‥‥わかった‥‥」
 焔騎の鬼面の下から覗く骨と、真後ろで唸っていたロウザの勢いに圧され、怪盗は目から鼻から液体を流しながら頷く。
「サテ」
 あとはこのまま依頼人に引き渡すだけだが、謝って今後は悪事を働かぬと約束したところで、それまでの罪が消える訳ではない、っとヴァンが怪盗へと近寄る。
「な、なんだ?」
「罪をこの場で心カラ償い、そして改心してもらいマショウ――ミーの歌で!」
「歌で!?」
「歌は魂に呼び掛けマスカラ、改心する事間違いアリマセン!」
 ヴァンはビシィッ!とキメポーズをし、高らかに宣言した。
「ヴァンリサイタル開始デース!リッスン!トゥ!マイ!ソォゥルッ!!」
「や、やめてくれぇー!!」
 スキルは何も使っていないというのに、その歌の威力は相当なものだったという。

 後日、その屋敷の付近でどんな噂が飛び交ったか‥‥。
 近くまで寄ることがあったら、聞いてみるのも良いかもしれない。