【想伝】偽菓子退治!
マスター名:真冬たい
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/19 21:46



■オープニング本文

 少年には想いを寄せる同年代の少女が居た。
 清楚で、可憐で、いつも良い香りをさせていて、しかも優しい。パーフェクトだ。しかし少年は彼女のことを三年も想い続けていたが、勇気を出せずに片思いのままだった。
「しかし‥‥!」
 二月十四日も間近である。
 最近何やら商人が活気づいているなと思ったら、もうそんな時期だった。
 義理かもしれないが、好きな女の子からお菓子を貰えるかもしれない――。
 そんな淡い期待を抱き始めたのが数日前のこと。その期待は日に日に大きくなっていた。
「貰えさえすれば、お返しをする時に‥‥」
 きっと勇気を出せる。
 頑張ろう、と拳を握ったところで、少年の耳に女の子の話し声が入ってきた。
「それでそれで、どんなお菓子にするのっ?」
「えー、まだ決めてなーい」
「私も決めてない、かな」
「でも律子、彼氏居るんでしょ?早く決めておかないと後々辛いよ〜」
「ええー」
 きゃっきゃとはしゃぐ女の子たち。よくある青春の一ページといった感じだ。
 しかし少年は突然それに背を向け、全力で走り出した。草履が脱げるのも気にならなかった。踏んだ小石が少し痛かったが、それも気にならなかった。瞼も耳も熱を持って熱くなっているのが分かる。

 これもよくある青春の一ページなのだろうか。
 律子が少年の想いを寄せる少女だった。


 どれだけの間走っていたのだろうか、気付くと少年は町外れの雑木林の中に居た。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥」
 木の幹にもたれ掛り、息を整える。
 なかなか肩で息をするのはやめられなかったが、走っている内に気分は落ち着いてきていた。
「うう、散々だ‥‥」
 こんなことなら早めに想いを伝えていれば良かった。ならまだ諦めがついたものを、と後悔する。
 しばらくもたれ掛ったまま俯いていると、どこからともなく甘い香りが漂ってきた。
「‥‥?」
 顔を左右に向けると、どうやらその香りは右側――雑木林の奥から漂ってきているらしい。
 どこかで嗅いだことのある香りだ。
「‥‥お菓子?」
 思い当たった瞬間、これは甘い砂糖菓子の香りだと確信出来た。
 しかしここは滅多に人の来ることのない雑木林だ。管理のために訪れる人間は居るらしいが、それと砂糖菓子の香りとの関連性が見出せない。
 なんだろう、と少年は好奇心からその方向へと歩き始めた。
 普段なら警戒して近づきもしないのだが、今は何かに集中していたかったのかもしれない。
 進むに連れ、香りはどんどん濃く甘ったるくなってゆく。
「ひっ」
 その香りの主を見て、少年は短い悲鳴のような声を出した。
 桃色のどろどろである。
 しかしそれは生き物のように動いていて、表面を自由自在に移動する二個の目玉が付いていた。大きさも牛ほどある。
 こんな生き物が自然に居るはずがない。きっとアヤカシだ。
 そう感じた少年は続けざまに出そうになった悲鳴を飲み込むと、気付かれないようにゆっくりと後退し始めた。しかし――。
「!!」
 裸足で走り、ぼろぼろになった足の裏から滲む血。
 その臭いに反応したのだろうか、アヤカシの目がギョロリとこちらに向く。
 そして発声器官も無いのに、ある一つの言葉を鳴き声のように繰り返しながら迫ってきた。

『――カカッタ、カカッタ、カカッタ、カカッタ‥‥!!』

「う、うおわあああぁぁぁぁっ!!」
 あの香りは餌を誘き寄せるためのものだったらしい。
 結局、少年はこの日二回目の全力疾走を余儀なくされたのだった。


■参加者一覧
水津(ia2177
17歳・女・ジ
蒼零(ia3027
18歳・男・志
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
九条 乙女(ia6990
12歳・男・志
神喰 紅音(ia8826
12歳・女・騎
守紗 刄久郎(ia9521
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ


■リプレイ本文

●雑木林の中へ
 林に足を踏み入れた段階ではまだ、話に聞く甘い香りはしてこなかった。
「やっぱり少し歩かなきゃならないみたいだな」
「匂いに気をつけながら進んでみましょうか」
 守紗 刄久郎(ia9521)は宿奈 芳純(ia9695)の言葉に頷き、慎重に足を進めてゆく。
 今回の敵は匂いが特徴的なため、鼻さえ詰まっていなければすぐ分かるはずだ。だが視界で確認するのも大切、と芳純は人魂を使い見逃しがちな所も確認してゆく。
「九条さんは、バレンタインってどんな日が知ってますか‥‥?」
 歩きながら水津(ia2177)が友人の九条 乙女(ia6990)に問いかける。
「男子が女子にちょこを貰える日と聞きましたな、どういう理由でかは想像出来ませぬが」
「まあ、間違ってはいませんね‥‥」
「なんじゃ、菓子の話でもしとるんか?」
 会話にヒョイと入ってきたのは斉藤晃(ia3071)だ。
「はい、バレンタインのチョコレートの‥‥」
「チョコレートか、最近はそれをあげるんが流行っとるみたいやの」
 晃も乙女と同じくバレンタインには疎いらしい。
「ちょこは非常に甘味で、食べ過ぎると鼻血が出るとも聞いております。つまり、私もそれを沢山食べれば純粋な鼻血を出せる訳ですな‥‥!」
「やっぱりいつもは純粋ではないんですね‥‥」
 興奮気味に言う乙女を見、水津はぽつりと呟いた。
「バレンタイン、か‥‥」
 会話が耳に入っていたのだろう、蒼零(ia3027)がどこか遠くを見て言う。
「蒼零さんは誰かにあげるんですか?」
「いや、僕は‥‥ずっと会えていないしな、大切な人だけれど会いたくても会えない。だから何とも」
「そうなんですか‥‥」
「まあ、再会した時に期待しよう」
 問うてきたメグレズ・ファウンテン(ia9696)にそう少し複雑げな笑みを返し、蒼零はすっと前を向いた。


●桃色のアヤカシ
「むっ‥‥!?」
 そこかしこを嗅ぎ回り、犬になったみたいだとボヤいていた晃が顔を上げる。
 辺りにはいつの間にか甘い砂糖のような香りが立ち込めており、ねっとりとした雰囲気に包まれていた。
 そこへ聞こえる、何か水気のあるものが這う音。
「あそこです!」
 芳純が指差した先、木の根元辺りに景色に場違いな桃色の物体が見えた。それはアヤカシの端の部分だったらしく、すぐにその巨躯を現す。
「う‥‥ちょっと気持ち悪いです」
 神喰 紅音(ia8826)が嫌なものを見てしまったという顔をする。
「今度はどろどろね〜。ほんと色々いるな」
 多種多様なアヤカシの姿に感心しつつ、刄久郎は敵との距離を測る。五メートル程離れているだろうか、それでも凄い匂いだ。
 この匂いに何か仕掛けがあっては困ると刄久郎は口と鼻を手ぬぐいで覆い、甘いものが苦手な蒼零は単純に匂いを嫌って布で口と鼻を覆った。完全には遮断出来ないが、無いよりはマシである。
「話は聞いていたが‥‥本当に桃色‥‥」
 蒼零は可憐な桃の花を思わせるその色に目を瞬かせる。
「実際に見ると気味が悪いですね‥‥」
「よし水津、先制攻撃じゃ。準備せい!」
「わかりました。飼い主さん‥‥バレンタインに寂しく仕事をしている私達の鬱憤をぶつけまくって下さい‥‥さあ行くですよ‥‥!!」
 晃の一声で水津がそこから距離を取り、彼に神楽舞「進」を重ね掛けてゆく。
 乙女も自身へ受け流しを使用し、作戦――アヤカシを凍らせてから総攻撃――の要である芳純を護衛するための準備をする。氷柱を使えるのが芳純だけなのだ。
 一方、こちらの存在に気が付いたゲル状のアヤカシは例の『カカッタ、カカッタ』という鳴き声を上げながら地面を移動してきた。
 大きいためそんなに早くはないが、鮮やかな色のどろどろが這って移動してくるというのは何ともおぞましい光景である。
「甘い匂いも度が過ぎると胸焼けするんじゃ!」
 先に攻撃したのは晃。
 その大きな斧を振り上げ、大車輪をアヤカシに食らわせる。
『カカッ‥‥!!』
 獲物と思っていた者からの思わぬ攻撃に、アヤカシはギョロギョロと二つの目玉を大きく動かした。晃の攻撃は一撃一撃が重く、一気に体力を削ったらしい。
 アヤカシは体の一部を長く伸ばし、鞭のように操って乙女の体を打ちつける。
「くっ、良い香りだというのに気色の悪い!」
「涎が出ていますよ、九条さん‥‥」
「でも確かに、見た目アレなのに物凄く美味しそうな香りなのですよ‥‥」
 紅音が飛んできた二撃目をサッと避け、少し悔しげな顔をした。
「まったく、この香りで人を誘き寄せて喰うわけですか。食虫植物みたいなアヤカシですね」
「まさに食虫植物、だな!」
 刄久郎が勢いをつけて地断撃を放ち、大地がめくれ上がる。突然足場が崩れたアヤカシは横向きに転がったが、そもそも体の上下左右の概念がないのか、すぐに次の行動に移った。
「早いです、気をつけて!」
「でも距離は取れますね‥‥破刃、天昇ッ!」
 メグレズも地断撃を使い、近づいてきたアヤカシとの距離を広げさせる。
『カッ‥‥カ‥‥!』
「もうお終いにしましょう。凍りなさい!」
 芳純が氷柱による冷気を放ち、弱っていたアヤカシはその身を透き通った氷の中に沈めた。
 無事に当たったことに胸を撫で下ろすが、これも長くは持たないかもしれない。
「しかしこんな体のアヤカシです、凍ってしまえばきっと中身も‥‥」
 皆は視線を合わせ、頷き合う。
「撃刃、落岩!」
 まずメグレズのスマッシュで伸ばしている最中だった鞭状の部分が宙を舞った。それはごとりと地面を転がる。
 切断面は硬化しているようだが、アヤカシの部分のみ薄っすらと波打っている。やはり長くは持たないらしい。
「しつこい奴だな!」
「匂いが押さえ込まれたのは幸いだがな」
 刄久郎がクレイモアで体をこそぎ落として目玉を潰し、蒼零が流し斬りでアヤカシの半身を持ってゆく。
 それを更に細かく刻むように攻撃し、一ヶ所に集めていった。
 残った半身の前に立ち、乙女と晃がそれぞれの武器をグッと握る。
「カカッタ、カカッタと紛らわしい姿はそれだけで罪ですぞ!」
「罰はしっかりと受けてもらおうかのう!」
 乙女の炎魂縛武、晃の大車輪でアヤカシの半身は砕け散り、光をきらきらと反射させながらいくつもの破片になって転がった。
 それを紅音が素早く集め、刄久郎がヴォトカと包帯で作った即席の火炎瓶を取り出す。
「火輪と合わせましょう」
「よし、じゃあ‥‥せーのッ!」
 刄久郎が火炎瓶を投げつけ、そこへ芳純が火輪を放つ。
 細かな破片になったアヤカシは一瞬で燃え上がり、辺りを明るく照らした。
「ふふふ、燃えるです‥‥燃えるです‥‥燃え尽きるですよ‥‥」
 何やら強い不の感情を籠めながら水津が炎に照らされながら言う。ちょっとだけ怖い光景だった。
「最後にまたこの匂いを嗅ぐことになるとは」
 蒼零は焼けて尚甘ったるい香りに顔を顰める。
 しかし、この匂いともしばらくの間おさらばだろう。
 この後アヤカシは一片たりとも残さず焼却され、そしてその身を消した。


●終わった後に
「た、倒せた、の?良かったぁ‥‥」
 アヤカシ退治成功の報告を聞いた少年はその場にへたり込んだ。
 今まで夢に見る程のトラウマとなっていたのだという。まあ、その悪夢の半分は失恋が関係していたらしいが。
「あいつから逃げるのも大変だったでしょう、よく頑張りましたな」
 乙女は少年の頭を撫で、ふとあることを思い出して荷物を探る。
「そういえば父上に送ろうとしていたちょこが‥‥」
 取り出してみる。が、戦闘のせいだろうか、箱がぐしゃぐしゃになっていた。
 乙女は表面の汚れを払い、少年にそれを差し出す。
「男児から男児にちょことは可笑しい話ですが、これでよろしければ食べて下され」
「え、良いの‥‥!?」
「見た目は良くありませぬが、味は保証付きですぞ♪」
 この箱の破損も皆が頑張った証である。
 少年は何度も‥‥二重の意味で礼を述べながら、それを受け取った。実はこれが彼にとっての初チョコだったのだ。
「しかし災難だったなぁ」
 刄久郎は痛い目を見た上に、更に痛い目を見た少年に何とも言えない感情を抱いた。
「まぁ何だ、そのうち良い事あるさ‥‥たぶん」
「た、たぶん」
「人生ってそんなもんだぜ?」
 何かを考えていた少年だったが、そうだね、と笑顔を返す。
「でも、今回は本当にありがとう。忙しい季節に依頼を出しちゃって迷惑じゃなかったかな、って心配してたんだ」
「気にする事はありませんよ、今回は貴重な戦い方ができました」
「えっ、そんなに‥‥?」
「はい。依頼を出してくれて、ありがとうございます」
 メグレズの心の底からそう思っていると感じられる言葉に、少年は笑みを浮かべて頭を下げた。

「バレンタインとは先行投資なのですよ」
 続けてギルドへ報告に向かう途中、紅音がツンとした目を閉じて人差し指を立たせ、そんなことを語っていた。
「先行投資ですか、上手いことを言いますね‥‥」
「ふふ、女性に飢えてる男性からうまく見返りを搾り取れるかが重要なのです」
「そ、そういうものなのか‥‥?」
 紅音と水津のやり取りを聞きながら、乙女はハテナマークを沢山浮かべている。
「なるほどなるほど、そういう楽しみ方もあるんじゃなあ」
 突如現れた晃にビクッとする紅音。
「あ、相手が居ないわけじゃないんですからね?」
 そして何故か墓穴っぽいものを掘ってしまっていた。
 そう言いながら離れていく紅音を首を傾げつつ見送り、晃は水津と乙女の方を見る。
「今日は二人とも頑張ったのお。これジルベリアのチョコや。くったれや」
「え?チョコですか?」
「せやせや、美味いんやで」
 半ば強引にそれを押し付け、晃は持参した酒を美味そうに飲みだした。
「甘い匂いもいいが、やっぱりこいつがええの」
「あ‥‥チョコといえば」
「なんじゃ?」
「日頃お世話になってる感謝の気持ちですよ‥‥義理ですが、斉藤さんと九条さんと守紗さんに」
 水津はそう言うと、ぱっぱっぱっと三人に手渡していく。
「酒のアテに良さそうじゃの」
「俺にもあるとは思わなかったな‥‥貰っとくぜ」
「おおぉ、これで私も純粋に鼻血を出せますな‥‥!」
「ホントに義理ですからね‥‥?では先に斉藤さんから戴いたものを食べてしまいましょうか‥‥」
 熔けてしまっては大変だと、乙女と水津はそのチョコレートを口に放り込む。
 甘い味が口内に広がり、そしてそれが全体に染み渡った頃に中から何かが出てきた。

 チョコレートの名前は――ウィスキーボンボン。

 二人が酔っ払ってしまったかどうかは記録に残っていない。