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■オープニング本文 この正月の間にまた太った気がする、と山本謙太(やまもと・けんた)は頭を抱えた。 自分がではない。一人娘が、だ。 普通、その辺りに対して男親が何だかんだと言うのは避けるべきことだろう。しかし娘の草子(そうこ)の体型はまるで妊婦のそれである。十六歳と若いのに既に腰痛を患っており、そのせいで更に動かない生活を極めつつあった。 「このままでは草子の健康が損なわれてしまう‥‥」 頭を抱えたまま左へ右へ。 減量をすれば良い話なのだが、問題がある。草子本人の意思だ。 太り始めた頃に何かを諦めてしまったのだろうか。草子は女性らしいことへの興味が極端に薄く、化粧もしなければオシャレも気にしない。髪は周りに言われなければ切らないし、着物だって平気で何日も着続けようとするのだ。謙太の家はそれなりに裕福なため、雇った世話人のおかげで何日も着続けるというのは防げているが‥‥その世話人が無理にダイエットをさせられる訳がない。 それでもこのままにしておく訳にはいかなかった。 謙太はそっと草子の部屋を覗く。 草子は座布団に座り、羊羹を切りもせずに食べていた。 顔のパーツや配置自体は可愛らしい娘である。髪も美しい鴉の濡れ羽色をしているし、クセもなく綺麗なストレートだ。ぽっちゃりを少し行き過ぎたくらいの体型だが、身長があるため巨大に見えるし実際の体重も重い。今の草子をもし抱っこしろと言われたら、謙太は腰だけでなく膝や足首まで潰す自信があった。 「草子‥‥」 ちらりと見える顔色はあまり良くないように思える。 外出せずに太り続け、好きなものだけ食べて、しかし何か目的があるのかといえば特にはない。 そんな生活をしていれば顔色も悪くなるだろう。謙太はそれが心配で仕方ないのだ。 父として自らが動いて無理やり運動をさせることも考えたが、草子がああなった切欠を思うと強くは言えなかった。 草子は幼い頃から目標にし、憧れていた母親の死を切欠にああなったのだ。あれから三年経ったが、未だに新たな目標を見出せず引きこもっているのだろう。 その時ふと謙太の目にあるものが映った。 「‥‥?」 本棚に見える背表紙。 あれには見覚えがある。たしか女性に人気だという恋愛小説だ。なんでも出てくる登場人物すべてが美形で、美女から美男から男装の麗人まで様々なキャラクターが登場するのだという。 先日井戸端会議をしていた叔母とその友人達に捕まった時、散々聞かされたのだから間違いない。 「完璧に興味を無くした訳じゃない‥‥?」 自室に戻った謙太は腕組みをする。 恐らく草子が興味を失ったのは自分自身なのだろう。外界との接触を絶つことでそれはエスカレートした。親しい者としか交流しないのなら身なりを気にすることもない。 ではなぜ自分自身に興味を失ったのか。母親の死が切欠か、それとも――。 「‥‥自信がない、のか?」 太り、理想から遠ざかっていく自分。 そしてもう理想に追いつける自信がない。そもそもその理想である母という目標は無くなってしまった。 自信はどんどん無くなっていき、縋るものも無く、ある日ぽきりと折れた。もういいや、と。 「なら」 自信を取り戻させ、何か目標を作ってやれば良いのではないか。 本来ならそれは自分で見つけるものなのだろうが、現状では第三者が動かねば事態は良くならない。少なくとも謙太はそう考えた。 全てにおいて甘いと言われても仕方がない。 しかし今からでも試せるものは試さねば。 女性がやる気を出す、もっとも単純な要因は何だろうか? ――恋だ。 ギルドには様々な者が居り、美男美女も少なくはないのだと聞き及んでいる。 そんな開拓者達を友人として家に招き、一芝居打ってもらうのだ。 草子が自信を取り戻せるよう、そして目標を持てるよう。 成功するかは分からないが、謙太はそれに賭けたかった。 |
■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
紫焔 遊羽(ia1017)
21歳・女・巫
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
胡桃 楓(ia5770)
15歳・男・シ
千羽夜(ia7831)
17歳・女・シ
春金(ia8595)
18歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●山本家の部屋にて 今日は妙に賑やかだ。 草子はそれに気が付き、歩いていたお手伝いさんに向かって部屋の中から手招きする。 「ああ、今日は旦那様が沢山のご友人を連れて来たんですよ」 「友人?」 「ええ、草子様にもお話があるそうですよ」 えー、という顔をする草子。今日はこれから小説の続きを読もうと思っていたのだ。 「仕方ないわね、その時になったら呼んでちょうだい」 分かりました、とお手伝いさんはいつもの笑顔を崩さずに言った。 「うちとしては、ずぼらな女性を演じるときのよいお手本となりやすな」 白銀色の美しい髪を肩に掛け、華御院 鬨(ia0351)が常に女形の修行をしている者としての感想を漏らした。 その隣、廊下の外側を歩いていた雪斗(ia5470)が苦笑いを浮かべる。 「本人の前で言っちゃいけませんよ?」 「ふふ、分かっておりやす」 と、廊下を曲がろうとしたところでぽってりとした体つきの女性と出くわした。――待つのが暇で、お茶でも飲もうと出てきた草子だ。 目を瞬かせる草子に、いち早く雪斗が挨拶をする。 「こんにちは、雪斗と申します。草子さんですか?」 「え‥‥ええ、そうよ。貴方達もしかしてお父様の友人?」 雪斗と鬨が頷く。 「そうどす、丁度草子さんを呼びに行こうと思うとりやした」 「向こうで昼食を戴いているのですが、何か大事な用があるようでしたので」 「そう‥‥わかったわ、お茶を飲んだら行くわね」 あくまでマイペースらしい。 そこへ鬨が挨拶を含めた言葉をかけた。 「自己紹介が遅れやしたが、うちは女形をしとる華御院鬨どす」 「女、形?お、男なの貴方?」 鬨はこくんと頷く。 「男性がどの様に振舞えば女性として見てもらえるかを日々、研究しとりやす」 「男なのにこんなに綺麗だなんて‥‥」 「なにか?」 「‥‥い、いや、別になんでもないわ」 男性なのに美しい鬨と自分のことを見比べでもしていたのだろうか、草子は慌ててぶんぶんと頭を振る。 「でも体型を保つのも大変そうですね‥‥」 意識させる切欠になるかもしれない、と雪斗が話を広げた。 鬨は「そうどすなぁ」と少し考えた後、適度な労働とバランスの良い食生活が大切だと答える。 「うちは普段からこんな生活しとりやすから、問題ないどす」 「‥‥昔は私もやっていたわ、なんだか懐かしいわね」 目標を失う前の草子も似たような生活をし、健康に過ごしていたらしい。 久しぶりに思い出した事だったらしく、台所に着きお茶を飲む間も何やら考えている顔をしていた。 ●お見合い相手 「それでは宜しく頼みます、楓殿」 「もちろん、頑張りますヨ」 謙太がそう言い、胡桃 楓(ia5770)に頭を下げる。 草子にやる気を出してもらうため、楓が彼女の見合い相手役をする事になっていた。もちろん演技でだ。 その隣に座る瀬崎 静乃(ia4468)が楓の本当の恋人役になり、今後に支障が出ないよう見合いは破談にする手筈である。もちろんなるべく草子を傷つけぬよう、あくまで切欠だけになるように気を使って。 「謙太さん、もし成功して草子さんがやる気を出したらダイエットを手伝ってあげてね」 「ああ、もちろんだ」 「家族の協力は大切なものですからネ」 「あ、でも急に食べる量を減らしてはだめよ、少しずつね。そして糖分の高いものは控える。この二点を助言させてもらうわ」 千羽夜(ia7831)は親身になって謙太にアドバイスし、終わった後もきちんとサポートしてゆけるように土台を整えていく。 そこへ春金(ia8595)が丁寧に襖を開けて入って来た。 「娘さんが来たようじゃ、今は別室におるぞ」 「それじゃあ、私達もそっちに行きましょうか‥‥」 読んでいた恋愛小説――草子の部屋にあったものと同じ本だ――を閉じ、水津(ia2177)が立ち上がった。 あの後紫焔 遊羽(ia1017)と合流した雪斗は、待つのが暇だと言う草子にタロット占いを披露していた。 一枚一枚、それぞれ違った意味を持つカードを捲ってゆく。 「現在の貴女の状態は‥‥節制の逆位置。何かに対しての妥協、調節の必要性‥‥が見えますね」 「く、詳しく出るのね」 「過去の要因‥‥塔の正位置。突発的な事象‥‥何か別の要因から来る自信喪失、と思います」 草子は塔の絵をジッと見る。思い当たる事はあるようだ。 「近い未来については魔術師の正位置。自分に自信が見える。事象の進取‥‥好転の兆しです」 「好転?よかっ‥‥」 「近い障害は愚者の逆位置。無思慮、不摂生に注意する‥‥空約束等にも注意ですね」 「‥‥良い事ばかりじゃないのね、やっぱり」 でもその方が現実味があるわ、と続ける。 雪斗は最後のカードを捲った。 「最終結果、戦車の逆位置。闘争の回避‥‥終結ではありませんが、早合点に注意です」 「早合点?何に?」 「占いは今後のヒントのようなものです。具体的には分からなくても、注意していれば自ずと回避出来ますよ」 「注意、かぁ‥‥」 「自分に自信を持つ事が、事態を好転させる鍵です。しかし過剰な無理等は禁物、早合点が身を傷つける事に成りかねないので、そこに気をつければ先は明るいですよ」 慰めるというより励ますように言い、雪斗は慣れた手つきでタロットカードをしまう。 と、草子がそこでやっと、自分の頭髪をじっと見ている遊羽に気付いた。 なに?と聞くと、遊羽は照れたような笑顔を返す。 「同じ黒髪、やけども草子さんは鴉の濡れ羽色と言われるぐらい綺麗やろ?羨ましいなぁ‥‥」 「た、ただ黒くても重いだけよ、羨ましいだなんて‥‥」 などと言いつつも、そう言われて悪い気がするはずがない。 「草子さん、後でもええからちょっとその髪と服装とお化粧をゆぅに任せて好きにさせてくれへんやろか?」 「え、えぇ!?」 思ってもみなかった申し出だったのだろう、草子は変な声をあげる。 それと同時に部屋に入ってきたのは、水津、静乃、千羽夜、春金の四人だった。 「取り込み中でしたか‥‥?」 そう聞く水津の手には、草子のよく見知った恋愛小説が。 「あ、それ‥‥」 「知っているんですか?」 水津が話をするために持って来たものだが、草子が読んでいるとは知らなかったという反応をしてみせる。 「私は主人公の兄が好きなんですけど‥‥草子さんはどの方が好きですか‥‥?」 「あ、えっと‥‥中性的な幼馴染かしら」 「ああ、あのお方ですか‥‥あの方も良いですよね‥‥」 「そう、そうなのよ!可愛いのに性格は男の子らしくって、そこが素敵なの」 話す相手が今まで居なかったのだろう、そこから周りが驚くくらい話が盛り上がった。ついていける水津が凄かったくらいだ。 「私もいつかあんな燃え上がるような恋愛がしてみたいです‥‥」 「そうよねぇ」 「あ、勿論その為の努力もしているですよ‥‥あまり一気に変えようとすると続かないんで、ちょっとずつなんですけどね‥‥」 「ちょっとずつ?一気にやりなさいって怒られたりしない?」 これまでの間に気にしていた事なのだろうか、草子が少し驚いた顔で返す。 「しませんよ、こういうことの基本は無理せずにゆっくりですから‥‥」 その返答にホッとした顔をし、しばし小説の話に花を咲かせた。 っと、一通り話し終えた草子が顔を上げる。 「そういえば用事って何なの?」 「まずは‥‥ちょっと見てみて」 千羽夜が隣室へ続く襖をほんの少しだけ開ける。 その先には、楓。 「あの人はの、幼い頃目にした草子さんに恋をしたそうじゃ」 「こっ‥‥!?」 「身分の差もあって何度も諦めようとしたらしいのじゃが、諦めきれず謙太さんにお願いして今日の席を設けてもらったみたいなのじゃ」 草子は春金の説明に口をぱくぱくさせる。 「幼い頃の一目惚れ‥‥抑え切れない想いが叶えた再会‥‥この恋、運命かも」 続けて千羽夜が囁くように言った言葉に、草子は耳まで赤くした。 「そ、そんな話、急に言われても‥‥!」 「楓殿というんじゃが、気に入らんかったか?」 改めて楓を見てみる。その美少女にも負けず劣らずの美しい外見は、草子の好きな恋愛小説の登場人物を思わせた。 はっきり言うなら、好みだ。 「‥‥」 しかし、と自分の容姿を振り返る。振り返って初めて、昔と今との間にある溝の深さに気付いた。 たっぷり悩むこと数分、バッと振り返った草子は遊羽に言う。 「さ、さっき言ってたおめかしの話!ま‥‥まだ頼める?」 その問いに遊羽は顔をほころばせ頷いた。 髪を梳いて整え、格好良くという草子のリクエストを聞き、その通りにセットしてゆく。 最後に頭へと黒に映える椿を乗せ、終わり!と手を叩いた。 「椿の花言葉は赤は気取らない美しさ。白は申し分のない愛らしさ。どちらも草子さんに合うと思うで」 「ありがとう」 手際の良さにしばし見とれていた草子が礼を言い、梳かれた自分の髪を触ってみる。 「な、雪斗。女子は一人一人違うもんや、それぞれの、草子さんには草子さんの美しさがあると思わん?」 「そうですね‥‥十分にお綺麗ですよ。人は皆違うのですから、ね?」 草子は思わず照れ笑った。 「草子さん黒髪って、とっても素敵ね」 「私は‥‥細い体の方が羨ましいわ」 今一番遠いものを羨む。 しかし千羽夜は首を振った。 「私こそ草子さんが羨ましいわ。痩せる努力をすれば細くなれるけど、生まれ持った髪色は変えられないもの」 「うむ、ハヤの言う通りじゃな」 そうかな、と草子は不安そうな顔をする。 「もしも今の自分に満足できてないのなら、ほんのちょっと勇気を出して一歩を踏み出してみて?」 「一歩踏み出す?」 「ええ、女の子には生まれつき綺麗になれる素質があるんだもの♪」 考え込む草子。 どうやれば一歩を踏み出せるかは分かるが、それを実行出来るか心配なのだろう。 「‥‥少しやる気になったなら、ここで諦めたらまた逆戻りだよ。もう少し頑張ろう?」 静乃がぽんと肩を叩く。 「世間の可愛い娘や美人さんは、人知れず地道な努力をし、絶えず萎える気力と戦いながら生きてるんだよ」 「う‥‥」 「貴女にも同じ様な事を強制するつもりは無いけど、でも、このままじゃ変わらないよ?」 ストレートな言葉に現実を直視せざるを得なくなったのだろうか、草子の目が少し潤む。 しかし涙を零すことはなく、そのまま再度襖の向こうを見た。 楓を見て決意を新たにする――かと思いきや、目を真ん丸くする。 「あ、あの人は私を呼びに来た人よね?何してるの?」 指をさした先には、楓へと妖艶にしな垂れかかる鬨の姿が。 「ご友人‥‥ですよ、男友達というものです‥‥」 「男友達ってああいうもの!?」 水津の言葉にツッコミを入れ、草子はムムムと二人の姿を見る。 長らく忘れていたもの‥‥嫉妬心を思い出したのだろう。 「‥‥やる」 「え?」 「やるわ、痩せて私、また綺麗になってやるっ‥‥!」 男性に負けたとなっては立ち直れない。草子はふんっと立ち上がり、そう宣言した。 数年前には確かにそこにあった、己の美しい姿に戻るために――。 ●終わりと始まり 斯くしてやる気を出した草子は楓とのお見合いに挑んだが、その挙動はおかしく、カチカチに緊張したままそれを終えることとなった。 しかし本人は何か掴んだものがあったらしく、自ら謙太に減量の手伝いをしてほしいと申し出たのだという。 屋敷からの帰り道、後ろを振り返って鬨が呟く。 「うちも女性らしさの初心を思い出すよい勉強になりやしたどす」 「勉強に?」 「最初は反面教師。でも最後は違いやす」 にっこりと笑い、鬨はカラコロとリズム良く下駄を鳴らした。 その一行からほんの少しだけ後ろに距離を取り、並んで歩くのは春金と千羽夜の二人。 「やっぱり恋は女の子にとって1番の美容成分ね」 「そうじゃのう、あんなにやる気を出すとは思わなんだ」 千羽夜はフム、と考える。 「‥‥私達の春はいつかしら?」 それが分かるのは、遠い未来かもしれないし近い未来かもしれない。 二人は顔を見合わせ笑いあった。 「でもちょっと残酷でしたかね、この後破談になることですシ‥‥」 楓は緊張していた草子を顔を思い出す。 言葉を間違えたり舌を噛んだりと散々だったが、その時初めて顔を合わせた楓にも頑張りは伝わってきた。 「きっと大丈夫。一度ついたやる気の炎はなかなか消えないんだよ、楓」 「‥‥静乃さん、クセが残ってマス」 しまった、と口を押さえる静乃。 静乃は楓の本当の恋人役。その役作りのために、終始楓とのスキンシップを図ったり呼び捨てにしたりしていたのだ。 くすりと笑い、楓は沈みかけた夕日に目をやって呟く。 「――草子さんに、幸あらん事を」 |