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■オープニング本文 武天のとある町の早朝。 暖かな室内から一歩外へと出ると、辺りは肌に刺さるような寒さだった。 「たしかそろそろじゃったな‥‥」 顔にいくつも皺を刻んだ老人が、自分の長い髭を指で梳きながら呟く。言葉は白い息となり空気に溶けていった。 その日の午後、杖をつきながらゆっくりと歩みを進めた老人は、目的地であるギルドに着くと椅子に「よっこらしょ」と腰を下ろした。 「わしは林田工衛門という者じゃ」 名乗ってから、さて本題だと話し始める。 「じつは今年はクリスマスを本格的に楽しみたくてのう」 「クリスマスですか‥‥?」 受付が鸚鵡返しに聞くと、その老人‥‥工衛門はウムと頷く。 「わしら一家は未だにその日を目一杯楽しんだことがなくてなぁ、知ってはいたんじゃが興味がなかったんじゃ。やっても少しいつもより豪華な食事と、ちょっとしたプレゼントだけじゃったからな」 しかし近所の人々が何やらはしゃいでいるのを見て、羨ましくなったのだという。 それに四人居る孫も上はそろそろ五歳である。この友達の家はこんなことをする、あの友達の家はこうだ、と周囲と比べるようになってきた。 「まあご馳走はうちの嫁と娘に用意させるつもりなんじゃが、ほれ、あれが必要なんじゃろう?」 「あれ、ですか?」 「ほれほれ、あれじゃよ。木に色んなものを飾るっちゅう‥‥」 「‥‥ツリーでしょうか」 「そうっ!ツリーじゃよ!」 ぱちんと手を叩き、工衛門は嬉しげに言う。その後最近ど忘れが多くてのぅと笑った。 「わしはクリスマスにそれを飾って皆と食卓を囲みたいんじゃ。じゃがそれには飾りが必要じゃろ?それを開拓者に手伝ってほしくてのう」 工衛門の家の裏には山があり、その山は工衛門の所有しているものである。 木はすでにそこから調達してきており、あとは飾り付けるだけらしい。 「その木のある場所はどこなんですか?」 「外じゃ。寒いかもしれんが縁側の戸を開けて、そこから見えるようにしようと思うてのう」 本当は室内に飾りたかったらしいが、虫が居るかもしれない大きなものを家に入れるなと妻に大反対されたのだという。 飾り付けを待つ木は室内からよく見える場所に植え替えられていた。 「台を使って高いところへ行くのも、この年じゃ怖くてかなわん。どうじゃ、やってくれんか?」 綺麗に飾り付ければ孫にも良い思い出になるじゃろうし、と工衛門は両手を合わせた。 |
■参加者一覧
沢渡さやか(ia0078)
20歳・女・巫
紫夾院 麗羽(ia0290)
19歳・女・サ
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
ゼロ(ia0381)
20歳・男・志
玖堂 羽郁(ia0862)
22歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●出迎え 「いらっしゃーい!」 依頼の遂行のために林田家を訪れた開拓者達は、そんな元気な子供達の声に出迎えられた。 この日のことを聞き、楽しみにしていたのだろうか。遊び相手を見るような嬉しげな瞳で子供達は見上げてくる。 「おお、よく来てくれた。材料は色々と用意したが、どう飾れば良いのかと困っとったところじゃ」 続いて依頼者の工衛門、そしてその妻と娘が出迎える。自分でも手の届く場所の飾り付けを始めようとしていたらしいが、結局途方に暮れる破目になっていたらしい。 娘婿は今日は仕事で居ないようだった。明日になれば帰ってくるようだが、それまで待っている訳にもいかない。 「あの人も自分のことは気にするなと言っていたので、皆さんも気にしなくて大丈夫ですよ。では木の所へご案内しますね」 娘が丁寧に開拓者達を案内する。 そうして見えてきたのは、一本の木。 それはとても飾り甲斐のありそうな木だった。 ●思い出になる木にしよう 「クリスマスですか‥‥知識としてある程度は知っておりますが、そういえば実際に経験した事は私もないですね」 「あれ、竣嶽さんもか?奇遇だなぁ、俺も神楽に来るまで知らなかったんだぜ」 高遠・竣嶽(ia0295)の呟きに反応したのは、彼女とは顔見知りである玖堂 羽郁(ia0862)だ。 「まぁ俺達も楽しんで飾り付けしようぜ」 羽郁が持って来たものは毛糸のミニリース、ミニボール型のオーナメント、色とりどりの組紐、そして綿。 毛糸のミニリースは繊細な出来で、細かなところまでよく出来た代物だった。 「ほら、こっちおいで」 じーっと見ていた長女らしき少女に手招きをすると、その子はタタッと駆け寄ってきた。 「これを今から飾るのー?」 「そうそう、組み合わせたりしてバランスを見ながら飾るんだ。きみ、名前は?」 少女は勢い良く答える。 「蘭子!」 「よし、じゃあ蘭子ちゃんも一緒に飾り付けをしよう!」 「うんっ」 綿を雪に見立てて飾り付け、組紐でそれらを彩っていく。 それだけでも既に立派な飾りと言える出来栄えであった。 「それでは私は‥‥」 楽しそうな羽郁と蘭子の姿を見た竣嶽は、千代紙で星や雪を折ったり切ったりしながら作り始める。 雪は形がはっきりとしていないため作りにくかったが、既に飾られている綿に合わせれば不自然にはならないだろう。 出来上がったそれらをトントンと整えていると、蘭子とよく似た‥‥恐らく次女だろうか、小さな少女が真横で手元を凝視していた。 「蘭子ちゃんの妹さん?」 「礼子‥‥だよ。お姉ちゃん器用だね‥‥」 ふわふわとした印象の少女である。竣嶽は礼子も誘い、木への飾り付けを始めることにした。 「クリスマスについて知っているかな?」 竣嶽の問いに礼子は「ちょっとだけ」と答える。そういう事に疎くなる家庭環境だったらしく、薄ぼんやりとしか知らないのだという。 もう少し成長すれば黙っていてもそういう情報は耳に入ってくるんだろうな、と笑いつつ、竣嶽は説明する。 「一年間いい子にして、枕元に靴下を置いておけば朝になると素敵なことが起こるんですよ」 「素敵なこと?」 「贈り物が靴下の中に入っているんです」 その言葉を聞いて、礼子の表情が一瞬明るくなった。 その後てきぱきと飾り付けを手伝ったのは、贈り物への期待からだろうか。 ゼロ(ia0381)は旗を持参してきて、そこに次男である練太と一緒に絵を描いていた。 「それトナカイか、上手いな〜!その隣のは‥‥なんだ?」 「もふらさま!」 言われてみれば確かにもふらさまである。練太はそこにサンタ帽を描き足した。 今度は練太の方から質問してくる。 「にーちゃんのそれはなに?」 「俺の相棒の龍、竜胆だ」 えっへん、といった雰囲気で見せる。 ちなみにゼロには絵心がない。練太はごしごしと自分の目を擦り、再度その絵を見て呟いた。 「‥‥えー、うっそだあ。俺には何かの食い物に見える!」 「ちょ、これでも真剣に書いたんだからなー!」 ムキになるゼロを見て笑う練太。どうやら絵のギャップが面白かったらしい。 しばらくここは足、こっちは羽と必死に説明していたゼロだったが、その笑顔を見て「楽しんでもらえるなら笑ってもらえるのもありだな」と思うのであった。 器用に綺麗な布や千代紙を切り張りして、飴玉やツリーやブーツ型にしていくのは八嶋 双伍(ia2195)。 その隣に駆けてきたのは長男の一輝だった。 「メガネのにーちゃん、俺あそこに飾りたいんだ。肩車してっ」 ビシッと指差したのは木の天辺よりやや下辺り。一輝の手には白い綿が握られていた。 「いいですよ、でも高いから吃驚しないでくださいね?」 くすりと笑い、双伍は一輝を肩に乗せる。175cmという長身のため、言葉に偽り無しな高さだった。 幸い一輝は高いのは平気らしい。嬉しそうに綿を木の枝に絡ませてゆく。 「飾りといえばやはりこれだな」 そこへ近づいてきたのは鰯と蜜柑を持った紫夾院 麗羽(ia0290)だ。 もう一度言おう。手に持っているのは鰯と蜜柑である。 「‥‥それを如何なさるおつもりで?」 「詳しくありませんが、クリスマスにはそういうものを飾るんですか?」 「ないない」 双伍はよく分かっていない趙 彩虹(ia8292)の一言に素早くツッコんでおく。誤解されては大変だ。 麗羽はきょとんとした顔で首を傾げる。 「違うのか?それじゃあ藁や笹か‥‥」 「せ、正解からの遠さはさっきと良い勝負ですよ。‥‥でも笹は素敵かもしれませんね」 「八嶋様!?」 ぎょっとする彩虹。折角訂正されたところなのに覆されては混乱してしまう。セリフからこれが正解ではない、ということは分かるが。 「紫夾院様、きっとそれも違いますよ。ほら、こちらに来て一緒に飾りましょう?」 紙で出来たブーツを見せて彩虹はそう説得する。 「ねーちゃんもやろうぜ、高くて楽しいぞー!」 一輝も手をぶんぶんと振りながら説得に参加する。 ‥‥その結果、双伍は麗羽まで肩車しなくてはならないことになったのは言うまでもない。 「よし、綺麗に出来ました!」 沢渡さやか(ia0078)は満足げな顔でぱちんと手を叩く。 色紙で作った鎖状の輪は木に巻くように付けられ、他の飾りとも見事に調和していた。 「あとはこれですね」 「星か?」 ゼロが覗き込んで聞くと、さやかはこくんと頷いた。 「一番天辺に飾りたいと思って作ったんです。なので何か梯子か踏み台を‥‥」 探そうと振り返った先には礼子が立っていた。手には踏み台。ちょっとよろよろしている。 「‥‥これ使って」 さやかは慌てて受け取り、ありがとう、と礼子の頭を撫でる。 踏み台はやや小さかったが、乗るとギリギリだが天辺まで手が届いた。 「――完成です!」 こうして、色とりどりの飾りで彩られ、頂点に星を掲げたツリーが完成した。 ●皆で食事を 寒さを苦手とする雲母(ia6295)は皆が飾り付けている間、家の中で料理の手伝いをしていた。 「今回はわざわざすみません」 「いや、気にするな。子供の頃にこういった思い出があるというのはいいものだ」 私には不要なものだがな、と心の中で呟き、手早く料理を盛り付けていく。 「かーちゃん、飾るの終わった!」 そこへ駆け込んできたのは練太。入ってきてすぐ料理に目を向け、ぱっと明るい表情を見せる。 「これかーちゃんとねーちゃんが作ったの?うまそう!」 「ああ、すぐ運ぶからその間に手を洗ってくるといい」 「はーい!」 どたばたと駆ける音。元気だな、と雲母は口角を少し上げて感想を漏らした。 部屋には大きな掘り炬燵があり、その上に料理を並べることになった。 ここからは庭のツリーが見え、部屋の中には雲母が暇をみて作った小さなツリーが飾られている。一人前に星まで付いていた。 その隣には蝋燭の周りを色紙で覆ったものが置かれている。これはさやかが作ったもので、蝋燭の灯りは色紙に弾かれて室内を照らしていた。もちろん燃え移らないよう絶妙な位置に設置している。 「こんな小さいツリーなんてあるんじゃなあ」 「小さくても飾りは飾りだろう?」 雲母の返答にそれもそうじゃ、と工衛門は笑う。 「さあ、皆さん沢山召し上がってくださいね」 娘がそう鳥の照り焼きを切り分けつつ言い、食事会は開始されることとなった。 そうして時間も過ぎ、ある程度食べ終わったところでのんびりとした時間が流れ始める。 「‥‥という訳で、良い子の元にサンタさんはやって来るんです」 さやかが話し終えると子供達は「おー」と目を輝かせた。一人だけ先に知っていた礼子は少し自慢げだ。 「ではそのための靴下を編みませんか?」 提案したのは竣嶽。じつは毛糸も編み棒も用意してきてある。 初めての体験に子供達はすぐのめり込み、何度か失敗を重ねつつ大きめの靴下を編んでいった。 「林田様‥‥お孫さん達、凄く楽しそうですね」 温かなお茶を飲みながら彩虹が聞く。彼女は楽しげな子供達を見て、幸せそうな顔をしていた。 「あぁ、今日はお前さん方を呼んで良かった」 「私達も楽しんで飾り付けを出来たので良かったですよ」 ああそうだ、とそこで麗羽が手を叩く。 「今日はケーキを持って来たんだ」 「ケーキ?」 麗羽は荷物の中から白くて、丸くて、赤いものの乗った食べ物を取り出した。 「‥‥」 「ねーちゃん、これ‥‥」 「ケーキだ」 どーん、と言ってのけるが、それはどう見ても『小さめの林檎が乗った鏡餅』であった。 林檎は蜜柑と迷ったんだぞ、と大真面目に語る麗羽に、ではお正月はこれで決まりですねと娘が助け船を出す。 皆に勘違いを訂正する気力は残っていなかったが、礼子だけは妙にその鏡餅に関心を持っているようだった。 ●そしていよいよ‥‥ 「今日は皆にプレゼントがあるんだぜ」 「わっ、ホント!?」 ゼロが子供達の頭をくしゃくしゃと撫で、女の子には扇子、男の子には花札、と手渡してゆく。 「はなふだー?」 「そうだ、‥‥あ。子供なんだから賭けるんだったらおはじきか飴ちゃんにしときなさい、それがお兄さんとのお約束です」 人差し指を立ててぴしりと言う。練太と一輝は賭け事がよく分かっていない様子だったが、勢い良く頷いた。 次はサンタ服に着替えた双伍の番だ。 「さぁさぁ、良い子にはプレゼントですよー」 紙に包まれた箱を渡していく。 中身は鼈甲の簪、龍墨の襟巻き、猫人形、龍鱗の首飾りで、それぞれ順番に蘭子、練太、礼子、一輝に当たった。 「ちょっと早い気もしますが、大切にしてくださいね」 「うん、わかった!」 強い子や心根の美しい子に育ちますように――そういった願いを込めてのプレゼントを、子供達はぎゅっと握り締めた。 そこへ雲母は近づき、懐からプレゼントを取り出して子供達に差し出す。演出も何も無い、現実的なサンタだ。 「ねーちゃんもこれ、くれるの?」 こんなにしっかりとした作りの木刀は見たことがなかったのだろう。目が輝いている。 「もちろん。ほうら、大事にしろよ」 「やった、ありがと!」 早速チャンバラごっこを始める長男と次男を横に、女の子達には白猫と黒猫のぬいぐるみを手渡す。 「これ‥‥手作り!?」 「まあな」 「すごい!礼子、今度作り方教えてもらおっ」 黒猫のぬいぐるみを手に持ち、礼子も少しはにかんだ笑顔を見せる。 と、そこへ隣室で着替えていた彩虹が入って来た。彩虹は泰風にアレンジしたサンタ服を身につけており、少し照れた面持ちだ。 「め‥‥めりーくりすま‥‥す‥‥。よ、良い子のみんなに贈り物‥‥です‥‥」 恥ずかしげに言い、男の子には独楽と蹴鞠を、女の子にはお手玉と手鞠を渡していく。 「ありがとうー!えへへ、こういう鞠欲しかったんだぁ」 彩虹本人は衣装が恥ずかしいようだったが、その演出に子供達も嬉しがっているようだった。 「これはお洒落に目覚めた時に遠慮なく使ってくれ」 羽郁は蘭子に桃色の縮緬に桜花が刺繍された巾着袋、礼子に黄色の縮緬に百合が刺繍された巾着袋を渡していきながら言った。 「きれーいっ」 「百合、好き‥‥ありがとう、お兄ちゃん」 笑みを返し、次に一輝には玩具の刀を、練太には玩具の弓を手渡す。 「これで二刀流だー!」 「なんのっ、俺は遠くからも攻撃出来るんだぞ!」 「ちゃんと取替えっこして遊ぶんだぞー?」 羽郁の声に「はーい」という二つの声が重なった。 「それと家族の人にもこれを」 「私達にもあるんですか‥‥!?」 思わぬことに目をぱちくりさせる娘に落ち着いた色の帯留めを、工衛門には渋めの色の膝掛けを、そしてその妻には淡い色の膝掛けを。明日帰ってくる娘婿にはこれを、と渋めの色の襟巻を渡して羽郁は微笑む。 「クリスマスってのは、皆にプレゼントを贈るものでしょ?」 さっきまで彩虹が使っていた隣室で、今度は麗羽が着替えていた。‥‥が、何やら不穏な空気が流れている。 「ここは完了。次は面だな」 首に藁を巻き、手には鬼の面。それを顔に装着し、手に愛用の阿見を持ち、 「寝てる子はいね――」 襖を開けた瞬間、双伍と羽郁の二人にピッシャァンッ!!っと襖を閉め返された。 「危うく子供らにトラウマを作るところだった‥‥!」 「じ、珠刀がいけなかったか?やはり包丁を使うべきだったか」 「羽郁さん、後でしっかりと麗羽さんにクリスマスのことを教えましょう」 「わかった‥‥」 隣で彩虹も頷いている。襖の間に現れたそれをちょっと見てしまったらしい。 そんな麗羽もなんとか仮装を解き、男の子には鎧武者、女の子にはお姫様の木彫り細工をプレゼントする。 「すっげー、俺ちょっと強くなった気分だ!」 「木彫りのお姫様って初めて見たっ‥‥」 「こういうのは少し得意だ」 優しげな笑みを浮かべ、麗羽も嬉しそうにする。 トラウマの危機はあったが、林田家のクリスマスは成功したようだった。 ●聖夜の枕元 すべてが終了し、子供達が寝静まった夜。 寝室へ許可を得てやって来たのは竣嶽とサンタ服を着たさやかだ。 二人とも子供達を起こさないようそろりそろりと近づき、枕元の靴下へ各々のプレゼントを入れていく。 竣嶽からは女の子にマフラー、男の子には手袋。 これから寒くなる中でも元気よく遊べるように、という気持ちを込めてある。 さやかからは全員に可愛いもふらのぬいぐるみを。 練太は特にもふらさまがお気に入りだったようなので、目覚めてこれを見ればきっと笑顔になるだろう。 部屋を後にしながら、二人は小さな声で子供達に囁いた。 「――メリークリスマス!」 |