【負炎】敵は内に在り
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/26 23:35



■オープニング本文

 天儀北部の国『理穴』。気高き弓使いの氏族によって治められる森深きこの国は、魔の森より突如発生したアヤカシの大群の脅威に晒されていた。
 この脅威に対抗すべく、儀弐王以下有力氏族衆は総決起し、これに当たる。しかし、絶えず湧き出すアヤカシの大群に、魔の森周辺の街や村は、なす術なく飲まれていった。

 ここにアヤカシの襲来を受けた村や街からの避難民を受け入れる湖畔の街『沢繭』がある。首都『奏生』より派遣された戦災救済官により臨時統治されたこの街には、アヤカシの難を逃れた避難民が絶えず流れ着いていた。

●湖畔の街『沢繭』
「資材班、西の詰め所へ。食料班は、北の集落へ向かえ!」
 街の中央で指揮棒片手に声を張り上げる男『六条 為陶』が、部下へ次々と指示を飛ばす。
「隣村より、物資到着いたしました!」
 そう声を荒げ駆け寄って来た部下に、六条は一瞥くれ拠点である『弐音寺』の方角を指差す。
「了解いたしました!」
 六条の指示に、部下は踵を返し来た道を駆け戻る。
「か、官長! 大変です! 西の避難民街で――はぁはぁ、ぼ、暴動です!!」
 六条の元には絶え間なく部下が駆け込んで来る。
「総栄を向かわせる。手の空いている者は、共に鎮圧へ向かえ!」
「はっ、はい!!」
「‥‥」
 顔色一つ変えることなく的確な指示を飛ばす六条は、この大災害の元凶である彼方なる地を睨みつけた。

●詰め所『弐音寺』
「今何か物音がしなかったか?」
「ん? 気のせいだろ? それよりもっと飲めよ!」
 夜の境内の一角。若い男が二人、杯を酌み交わす。

 かしゃん――

「ほら、やっぱり音がした」
「はぁ? 気のせいだって言ってるだろ。気にしすぎなのはお前の悪い癖だぜ!」
「そ、そうなのかなぁ‥‥」
 自分の癖を指摘された男は、飲み仲間から差し出された杯を一気にあおる。
「おぃ、いい飲みっぷりじゃねぇか!」
 がははと豪快な笑い声を上げる男。二人は闇に蠢く影に気付く事もなく、日々の激務を酒で薄めていった。

●料亭『射漫屋』
「では、これを――」
 声を押し殺すでもなく、かといって張り上げるでもなく、抑揚のない声が淡々と部屋を支配する。
「うむ――」
 抑揚のない声の持ち主『蔡州屋 助豊』の差し出した小さな風呂敷包みを六条は、当然のように懐に入れる。
「して、次回はどのように計らいましょう‥‥?」
「‥‥秋の水面は静かに揺れると聞く」
「それはそれは、実に風情がありますな」
 卑下た笑みを浮かべる蔡州屋に対し、六条の表情は硬く結ばれたまま変化はない。

 ちりーん――

「おっと、夜もずいぶん更けてまいりましたな」
 突如、部屋の庭より風鈴にも似た鈴の音が部屋に届く。
「それでは、私はこれで失礼いたします‥‥」
 スッと立ち上がる蔡州屋。そして、それを合図としたかのように六条は今まで手をつけていなかった豪奢な料理の数々に箸をつける。

 ピシャ――

 真剣で真っ二つに割られた乾木が再び交わるように、隙間一つない障子が閉じられる。
「‥‥すまない」
 会話の消えた部屋には秋の長夜を彩る鈴虫の音色に掻き消されるような小さな呟きが漂うのだった。 


■参加者一覧
月城 紗夜(ia0740
18歳・女・陰
神宮 静(ia0791
25歳・女・巫
蘭 志狼(ia0805
29歳・男・サ
ミル ユーリア(ia1088
17歳・女・泰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
ジンベエ(ia3656
26歳・男・サ


■リプレイ本文

●沢繭
「これが沢繭‥‥陰謀蔓延る街か」
 街の入口。喧騒を見やり蘭 志狼(ia0805)が呟いた。
「賑やかだな‥‥活気とは別物だが」
「ええ、避難民の受け入れで大慌て、といったとこかしら」
 ジンベエ(ia3656)の皮肉に聞こえなくはない言葉に、神宮 静(ia0791)も肯定の意を表す。
「アヤカシの、脅威、そこまで、迫ってる」
 どこか物悲しげに月城 紗夜(ia0740)が声を落とす。
「そのアヤカシからやっとの思いで逃れた難民を更に苦しめるとは‥‥断じて捨て置けん」
 静かに語る大蔵南洋(ia1246)の声には怒りが滲む。
「まったくよ! 悪事は成敗! ぜぇったい証拠押さえてやるんだから!」
 息巻くミル ユーリア(ia1088)が拳を握り締める。
「ここにいても埒が空かん。参ろうか」
 紬 柳斎(ia1231)が豪快に皆の背中を押す。
「そうだな。各自打ち合わせた班に分かれ、行動を開始しよう」
 皇 りょう(ia1673)の言葉に7人はも首肯し、街へと消えた。

●大通り
「食料班、水の提供が滞っているぞ!」
「申し訳ありません!」
 大交差点で六条が一際大きな檄を発する。
「資材班、弐音寺へ! 急げ!!」
「に、荷車の車輪が‥‥」
「いい訳はよい! 自らの職務を忠実にこなせ!」
「はい!」

「ねぇ、あれがほんとに悪人‥‥?」
 物陰より六条の働きぶりを見て静が呟く。
「間違い、ない。あれが、今回の、容疑者」
 紗夜が手に持つ人相書きと六条の顔を照らし合わせる。
「う〜ん‥‥なんだか、立派なお役人に見えるんだけど‥‥」
「人は、見かけ、判断ダメ。裏では、なにやって、か分からない」
「そうよね‥‥ギルドに依頼来るくらいだもんね」
 紗夜の手厳しい言葉に、静も渋々納得する。
「じゃ、計画通り行ってくるわね」
「私も、符の、用意、出来てる」
 二人は頷き合うと、路地より身を踊らせた。

●避難民街
「‥‥ジンベエさん、気付いたか?」
「ああ、あからさま過ぎて、少々歯ごたえにかけるがね」
 避難民街で情報を集める柳斎とジンベエは、纏わりつくような視線に歩みを止めた。
「敵も釣れたことであるし、どれ、大いに目立つとしようか」
「だな。拙者はあちらへ、ジンベエさんは?」
「ふむ‥‥では、あの井戸端へ」
 ジンベエが指差す方には昼下がりのお喋りを楽しむご婦人方。
「委細承知。では後ほど」
「うむ」
 短く言葉をかわし、二人は別れ人ごみへと消えた。

●大通り
「ぐっ‥‥」
 突然がくりと膝を折る六条。
「官長!?」
 突然の事態に慌てた部下が六条を取り囲む。
「‥‥くっ、何でもない、職務を続け‥‥がはっ!」
 駆け寄る部下を手で制す六条であったが、ついに血を吐き倒れこむ。
「だ、大丈夫ですか!?」
 そこへ駆け寄るのは静。
「これは‥‥蟲毒」
「官長の身になにが!?」
「落ち着いてください。今治します」
 慌てる部下を静を言葉で制す。そして『解毒』を六条に施した。

「何事だ!」
 六条達の元へ総栄が駆けつけた。
「総栄殿! 官長が突然倒れられて‥‥」
「なに! 六条殿!」
「大丈夫です。毒は抜けました」
 部下の報告に焦る総栄に、静が落ち着き告げた。
「‥‥貴様は誰だ。それに毒とはどういうことだ」
 六条の脇に控える静を、総栄は訝しげに見つめる。
「私は巡礼の巫女。この方は『蟲毒』を受けられていました。もしかしたら何者かに狙われているのかも‥‥よろしければ、しばらく傍にいさせてはもらえませんか?」
「‥‥治癒には感謝しよう。だが、護衛は不要」
「なぜですか!? また狙われるかもしれませんよ!」
 申し出を断られた静は、総栄に詰め寄る。
「‥‥それほど慈善事業がしたければ、避難民街へ行くがよい。傷つきし者達は数多いる」
 しかし、総栄は表情を変えず淡々と静を説き伏せる。
「ぐっ‥‥分かりました。くれぐれもお気をつけて」 
 肩を落とす静は地に伏す六条へ向け言葉をかけ、その場を立ち去るべく歩みだす。
「‥‥開拓者。その色香、隠せるようになってから出直すのだな」
 すれ違いざまに、総栄がぼそりと静へ呟いた。
「!?」
 その言葉に静は返す言葉を持たず、すごすごとその場を去るのみ。
「‥‥総栄、しばし任せる」
「御意」
 静の去った後、そう言って六条は瞳を閉じた。

●弐音寺
「頼もう!」
 弐音寺の正門をくぐり、志狼が大声を上げた。
「‥‥何かご用か?」
 そんな志狼を総栄が無表情に向かえた。
「こちらが救済官屯所とお見受けするが、相違ないか?」
「‥‥ない」
「俺達はギルドより派遣された者。この街で謎の物資消失が続くと聞き駆けつけた。何か知らぬか?」
 志狼と共に訪れたジンベエがそう切り出した。
「‥‥初耳だな」
 静かに語る総栄の表情に変化はない。
「ふむ‥‥そちらの境内に積まれているのが物資か?」
 二人は視線を境内へ。そこには救援物資の木箱がうず高く積まれていた。
「‥‥いかにも」
 総栄の短い答えに。
「よければ検分させてもらえまいか?」
 志狼が切り出す。
「‥‥よもや我々を疑っていると?」
「いやなに、根も葉もない噂だろうがよ、こういう非常時にこそ往々と事は起こるものだ」
 懐疑の視線を向ける総栄に、一歩も引かぬジンベエががそう返す。
「‥‥よかろう。我らの潔白証明しよう。存分に検分されたし」
 しばし黙考の末、総栄がそう言葉にした。
「それは、かたじけない。では失礼するか」
 面の下でニヤリと唇を釣り上げたジンベエは志狼と共に物資へ向かった。

「ジンベエ、煽りすぎではないか?」
 積まれた物資を検分していた志狼が、ジンベエに語りかける。
「なぁに、こちらは『表』。目立たねば意味を成さぬよ」
 そんな問い掛けにも、ジンベエはクククと低く笑う。
「‥‥開拓者殿。いかがか?」
 そこへ総栄が来る。
「これは総栄殿。物資に怪しい所は見られぬな。帳面も付けておられる。ここは関係ない様だ」
 問い掛けにわざとらしく答える志狼。
「すまぬな、とんだ手間を取らせた」
 同じくジンベエも総栄に詫びる。
「‥‥いや、問題ない」
 総栄に見送られ、二人は弐音寺を後にした。

「紗夜、首尾は?」
 弐音寺を囲む木に背を預け、ジンベエが小さく呟いた。
「数が、多い。全部は、無理、けど、ある程度は」
 ジンベエの呟きに返す声は林の中から。
「確かに、あの数全部は無理か‥‥」
「消える、物資、どれか、わからない。傷は、つけた。後は、運」
「うむ、後は『裏』に託すとしよう」
 その呟きに答える者はなく、ジンベエは街へと向かった。

●避難民街
「――――」
 街角に流れる悲哀に満ちた歌声。
「悲しげな歌だな」
 歌声の主、紗夜に声をかけたのはりょうだ。
「あ、りょうさん、おかえりー」
 りょうを向かえたのは紗夜の脇に腰を落としていたミル。
「――昔の、歌」
「物悲しくも懐かしい歌であるな。吹聴用の歌、と言うわけではなさそうだが」
 続き現れたのは南洋だ。
「避難民、特に、不満は、なさそう。扇動、意味、ない」
「であるな。物資不足に喘いでいるかと思っていたが‥‥実に見事な統治だ」
「そうだよねぇ。あたしも色々聞いて回ったんだけど、不満言ってる人ってほとんどいないんだよ」
 紗夜と南洋の意見にミルも、うんうんと頷く。
「暴動も起こってはいるが、新参者の場所争いと言うだけのようだな」
 と、りょうも付け加える。
「それでだ。聞きこみだけでは埒が空かんので、新たな情報はないかギルドに再度問い合わせてみた」
「お? どうだったの?」
「物資の流通先など何か掴んでいないか問い合わせたが、やはり当初の情報通り、蔡州屋が一手に管理しているらしい。あとは‥‥横流しされる物資が、主に建材だということくらいか」
 南洋はこの街にあるギルドの支部へ赴き、得られる情報はないかと動いていた。
「建材ってお金になるのかな?」
「確かに、食料や衣類に比べれば金にはなるな」
 口元に手を当て黙考していたりょうが口を開く。
「なるほど‥‥りょうさんの方はなにかあった?」
「こちらは六条殿の身辺を洗っては見たが‥‥分かったことといえば、六条殿の妻はすでに無く、一人娘がいるそうだが行方知れずだという。後は‥‥見ての通り厳格な人物のようだ」
「むむむ‥‥なんでそんな人が横流しなんて‥‥」
「何か事情があるのは確かなのだろうが‥‥」
 りょう、南洋、ミルの三人はむむむっと黙りこんでしまう。
「理由は、どうあれ、行った、行為は、人の理、反する。悪事、裁く、これも、開拓者、の勤め」
 3人の沈黙を破ったのは紗夜だった。
「そうだな。我らは我らの役目を果たそう」
「だね。やっぱり悪は許せない!」
「了解した。では再び情報収集へ」
 4人はこくりと頷き合い、それぞれ向かうべき場所へと歩を進めた。

●弐音寺
「これ‥‥道?」
 虫も静まる丑三つ時。弐音寺を囲む深き林に走る影二つ。
「獣道というわけではなさそうだな‥‥」
 弐音寺から坂を下り、湖へと続く道。発見したのはミルだ。
「轍が刻まれている。どうやら物資の運搬は荷車を用いているようだな」
 土道へ南洋は膝を折り手の平でその形状を確かめる。
「という事は、やっぱり横流しは行われてたんだね!」
 南洋の推理にミルもしたり顔。
「いや、結論付けるのは早計であろう。ただの運搬道やもしれん」
「むむ‥‥やっぱり、運搬の現場を押さえないとだめかぁ」
「だな。だが、押さえる場所は見当がついた。一旦引き上げよう」
 南洋の提案にミルも首肯し、二人は闇へと消えた。

●宿
「――お、あの角にも発見」
 宿の二階の窓から街を見下ろし、柳斎が嬉しそう言った。
「随分と引き付けられたようだな」
 同室には志狼の姿。
「ああ、囮役は成功といったところだな。で、志狼さんそちらは?」
「屯所には証拠は掴めなかったので一旦引き上げる。と伝えておいた」
「うまく乗ってくれるかねぇ」
「だといいがな。ジンベエの情報を待つとしよう」
「そうだね。『裏』もうまくやってくれてるといいんだけどね」
 言って柳斎は、今一度眼下へ視線を落とす。
「はぁ‥‥失敗失敗」
 その時、すっと障子が開き静が現れた。
「おや、静さん。その顔だとうまく行かなかったのか?」
「ええ‥‥あの用心棒さん、伊達に元開拓者じゃないわね。見破られちゃった」
 はふぅと大きく溜息をつく静。
「さすが弓術士と言うところか、洞察力は侮れんな」
「そうね‥‥正体もばれちゃったし、私も表に回らせてもらうわ」
 敵ながら天晴れと感心する志狼に、静が申し入れる。
「そうだね、こちらに回ってもらったほうが何かと都合よさそうだ。よろしく頼むよ」
「ええ、微力ながら力にならせてもらうわ」
「人数は大いに越したことはない。相手も手錬揃いの様であるしな」
 空いた障子の隙間より、ジンベエが音もなく現れる。 
「ジンベエ、裏との連絡は?」
 姿を見せたジンベエに志狼が問いかける。
「万事恙無く。これに裏の情報を纏めた。見てくれるかね――」
 そう言って、ジンベエが取り出した数枚の紙には裏組が集めた情報が書き綴られていた。

●湖
「――見つけた」
 湖面に揺れる小さな漁船に身を伏せるりょうが呟く。
「睨んだ通り、やはり水路か」
 その視線の先には月明かりに浮かぶ中型の船。甲板には高く積まれた無数の木箱が見える。
「しかし‥‥これでは、目印の確認が出来ぬか‥‥」
 船には無数の人影。
「さすがに私一人で乗り込むわけにも行くまい。一旦引き上げるしかないか‥‥ん?」
 調査を諦め引き上げようとしたりょうの目に映ったのは小さな人影だった。
「‥‥あれは?」
 船の帆に縛りつけられているようにも見える小さな人影が、月明かりに照らされる。
「‥‥少女のようにも見えるが‥‥人買いか? なっ!?」
 次の瞬間、りょうの視界が捕らえたのは船員の蹴りを喰らう少女の姿だった。
「見て見ぬ振りは‥‥出来ぬな!」
 りょうは瞳に決意の火を点し、船より湖面へと身を投じた。

●射漫屋
「りょうさんの犠牲、無駄にはしない!」
 ぐっと拳を握るミルの瞳には薄らと涙が。
「勝手に殺すな」
 そんなミルをこつんとこつくりょう。その腕には痛々しげに包帯が巻かれている。
「しかし、お手柄であったな」
「決定的、な証拠。見事。真犯人も、わかった」
「いや、柄にもなく猪突してしまった‥‥」
 南洋と紗夜の言葉に、りょうは少し照れたように話した。
 横流しの証拠を押さえた裏組は客を装い会合の時を見計らっていた。
「じゃ、乗り込みますか!」
 ミルの掛け声に一同は頷き料亭の門をくぐった。

「では、これを‥‥」
 すすっと小さな包を差し出す蔡州屋。料亭の最奥に設けられた席には、蔡州屋、六条それに総栄が居た。
「‥‥」
「いかがしました‥‥?」
 黙したまま一向に受け取らぬ六条に蔡州屋は戸惑うように問いかける。
「‥‥蔡州屋殿。これは受け取らぬ。渡した物資も返していただこう」
「なっ! 貴様! 娘どうなってもかまわぬのか!」
 六条の言葉に答えたのは蔡州屋ではなく、総栄の怒声。
「‥・・かまわぬ。子一人の為に民に苦を与えるわけにはいかん!」
 カッと目を見開き六条の見据えるのは総栄の怒りの瞳。
「ふ、はっはっはっ! 使えぬ者に用はない!」
 立ち上がった総栄は脇差を抜く。

「そこまでよっ!」
 その時、突如開く襖。そこにあったのはたなびくマフラー。ミルだ。
「総栄殿、あなたの悪事、すでにギルドの知るところ。覚悟してもらおう!」
 ミルに続き南洋も姿を現した。
「き、貴様達は‥‥!」
 乱入者に総栄はギリッと歯を鳴らす。
「六条殿、ご心配無用。ここに――」
 りょうの後には、恐々部屋を覗きこむ少女の姿。
「亜樹!」
「父様!!」
 六条の声に少女はだっと駆けだした。
「亜樹‥‥」
 駆けて来る我が子を六条はその広い胸で抱きとめた。
「グッ‥‥見張りはどうした!?」
 総栄の叫びに答える声はない。
「仲間が、抑えて、ある。観念、しなさい」
 代わりに答えた紗夜の手にはすでに符が握られている。
「ちっ!」
 短く舌打をし総栄は庭に面した障子を体当たりで破り、逃げ出した。

「これはこれは、総栄殿。どこへ行かれるのかね?」
 裏口より脱した総栄の眼前には、白く浮き立つ幽鬼の如きジンベエの姿。
「貴様‥‥」
 立ち塞がるジンベエを前に、総栄が身構える。
「弓を持たぬ弓使いか。相手にしては少し物足りぬか」
「また会いましたわね。弓使いさん」
 塀にもたれ掛る柳斎と扇子で笑みを隠す静が総栄の背後より声をかける。
「ぐっ‥‥」
 背後からの声に、振り向く総栄の表情には焦りの色。
「最早、貴様に逃げ場はない」
 更に別方向より、志狼の声が上がった。
「‥‥蘭 志狼、推して参るっ!」
 そして、志狼の名乗りと共に4人は一斉に総栄へと斬りかかった。

 沢繭における不正は影の首謀者、総栄の捕縛により見事解決に至った。共謀者であった蔡州屋は、売却した資材の返却により放免。六条は開拓者達の裁量によりその潔白を証明され無罪。今も沢繭においてその手腕を振るっているという。