その道を切り開く者――
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/28 17:29



■オープニング本文

●対魔の森前線砦『斜桂』
 苛烈を極める攻撃が鉄製の重厚な門を揺する。
「東門に敵軍勢多数! 矢による苛烈な攻撃が加えられています!!」
 あらん限りの声を張り上げ、伝令が現状の悲痛さを訴える。
「北門に巨大アヤカシ出現! 体躯に任せて突撃してきています!」
 出せるだけの声を振り絞り、伝令が救いの手を求め訴える。
「南門に牛型アヤカシの一団出現! 応援を乞う!!」
 砦の周りは何処を見ても敵、敵、敵。

「‥‥三方同時が。敵もいよいよ本気で落としに来たな」
 次々と押し寄せる波のように。
 気まぐれに吹くつむじ風のように。
 アヤカシの軍団は緩急をつけ、この緑の大海に浮かぶ小舟の如き小さな砦に攻めよせる。
「北門へ予備兵力の三番隊を向わせろ! 巨大アヤカシは脅威だ、何としても食い止めろ!」
 北門の報告に来た伝令の顔が明るくなり、他の伝令の顔色が青ざめる。
 この指令を下した女性士官。名を『支倉 翠』という。
 齢20代半ばにしてこの砦を預かる若き守将は生粋の軍人氏族『支倉家』の次女であり、一流の弓術師でもある。
「‥‥残りの焙烙玉はどれくらいある」
「はっ! 残り30といった所です!」
 翠が脇に控える副官らしき男に問いかけると、答えはすぐに帰ってきた。
「一度だけなら撃退可能か‥‥よし、残りの焙烙玉を全て東門へ回せ!」
 東門からの伝令の顔が明るくなる。
「し、しかしそれでは切り札が‥‥」
「切り札といえど、切れてこその切り札。切れぬ前に終わったのでは何の意味もない」
「そ、そうですが‥‥」
 渋々頷く副官を他所に、翠は最後の伝令へ向き直った。
「南門は敵の攻撃に耐えよ!」
「な、なんと!?」
 翠の言葉に南門の伝令の顔がいっそ青ざめる。
「南門へは土木隊を回す! 崩れた城壁は即座に土嚢を積み修復せよ! 決して砦内に入れるなよ!」
 適時適材。翠は敵の戦力を判断し、その場が取れる最大限の迎撃態勢を指示していく。


 アヤカシの総攻撃が始まって一刻程経った頃、新たな伝令が司令部に駆け込んできた。
「西門に人影!」
「なっ! ついに西門までアヤカシの手に‥‥!」
 聞いた報告に副官が思わず声を上げた。
 それもそのはず。今まで周りを囲む森の影響なのか、何故か攻撃を受けていなかった西門からの報告だったのだから。
「い、いえ、人です。人がこちらへ駆けてきます!」
「なに‥‥? 人だと? 援軍か!」
 『人』の単語に副官は縋る気持ちで伝令に問いかける。
「いえ‥‥援軍ではないようです、確認できるだけでも5人程です」
「5人だと‥‥?」
 伝令の報告に翠は耳を疑った。
「5人でも何でもいい。援軍であればすぐに迎え入れましょう!」
「待て、これが敵の罠の可能性もある。しばらく様子を見る」
 救いの一手と逸る副官を翠が制する。
「他に何か特徴は無いのか? ただの一般人が道に迷った訳ではあるまい」
 翠は伝令に向け問いかけた。
「は、はい。断言はできませんが身なりや雰囲気から――開拓者の様です」
「開拓者、だと?」
 『開拓者』の単語に、翠の表情が一瞬曇る。
「開拓者という事は、志体持ちか! これは心強い!」
 一方、まるで正反対の反応を示す副官。
「い、いかがいたしましょう」
「その者達は何と言ってきている」
「えっと‥‥『義により助太刀に来た』と」
「‥‥義により、か」
 その言葉を呆れる様に一笑にふした翠は、徐に立ち上がり。
「よい、私が直接西門で見まえる。案内しろ!」
「はっ!」

●西門
「貴様達‥‥その傷で援軍に来たというのか?」
 訝しげに見つめる翠の問いかけに、一団の一人が頷いた。
 それもそのはず。現れた開拓者達は皆、身体のどこかに傷を負っているだけでなく、息荒く今にも倒れそうな者さえいる始末。
「貴様達の様な半死半生の者がこのような前線に何をしに来た! 死にたいのか!」
 援軍へと駆けつけた開拓者に対し、翠は酷い剣幕でまくし立てた。
「隊長、落ち着いてください!!」
 まるで印りょする事無く唾を飛ばし捲し立てる翠を、副官が必死に押さえつける。
「ええい離せ! こいつらに教えねばならん! 自らの力を過信し、奢り、自惚れる。そんな者がここにきて何の役に立つ!!」
 一体翠の何がここまでの剣幕を引きだすのか。
 押える副官の身体ごと引きずり、翠は開拓者達に迫った。その時――。

 ドーンドーンドーン!!

 けたたましく叩かれる陣太鼓。
「っ! 北門か!」
 規則正しく打ち叩かれる陣太鼓の合図が意味する物は、『北門半壊』の知らせであった。
「くっ! 急ぎ援軍を送れ! 仮眠中の二番隊を起こしてでも、死守させろ!!」
「い、今から起こしていたのではとても間に合いません‥‥!」
「‥‥くそっ! 私が行く! それまで持ちこたえろと伝え――」
 北門の危機に自ら先頭に立とうと足を踏み出した翠を止めたのは、開拓者の一人であった。
「な、何のつもりだ!」
 翠を止めた開拓者は一度だけ振り向く。
 その瞳が訴えるのは『ここは任せろ』との心強い無言の言葉。
「その体で何ができる! ――お、おい! 貴様達、聞いているのか!!」
 翠を制した開拓者に続く仲間達。翠はこの突拍子もない行動に、一歩出遅れる。
「くそっ! あのような者達にこの砦を好きに――」
 グッと拳を握り開拓者の背を睨みつけていた翠が、開拓者を追おうとして駆けだそうとした時、
「隊長落ち着いてください」
 進路に副官が身体を割り込ませた。
「あそこまで言うのです。任せてみてもいいのではないですか? 少なくとも今のこの状況より悪くなる事はありませんよ」
 そして、呆れる様に自嘲する副官。
「‥‥くっ!」
 砦の奥へと消えていく開拓者達の背。
 その背は、それが自分達の生業だと、無言で主張していた――。



<注:限定条件>

参加者の皆様は、別の戦闘依頼の帰りにこの撤退戦に遭遇しました。
遭遇前に消化した依頼の為、皆様はこの依頼開始前に、以下の限定条件がつきます。

・生命、練力、気力とも、実数値の半分(生命が100のPC様の場合、50となります)

数値上では増減はありませんが、上記条件でこの依頼が開始すると考えてください。
数値で見ればただの半減ですが、実際体力練力、や気力が半減している状態というのは、かなりの疲弊具合です。十分に注意してください。

●場所
対魔の森前線砦『斜桂』:

理穴軍が魔の森の浸食を食い止めるために建設した砦の一つ。四方を森で囲まれており、東西南北に街道が伸びています。
200m×150m程の長方形をしており、東西南北にそれぞれ鉄製の門があり、容易には破られません。
また、城壁は10mほどありますが、日干しレンガと木材を積み上げた構造で耐久度的にはそれほど期待できません。
ちなみに城壁の上からの射撃は可能です。

アヤカシは西門を除く各門へ、昼夜を問わず執拗に攻撃を仕掛けてきます。
理穴軍も城壁からの矢で抵抗を見せていますが劣勢です。



■参加者一覧
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
ヴァナルガンド(ib3170
20歳・女・弓
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔


■リプレイ本文

●北門
「‥‥数は2」
 瞳に感情を灯さず、ただ一点、巨躯のアヤカシの動きに意識を集中させる茜ヶ原 ほとり(ia9204)が、伏して時を待つ。
「――8,7,6‥‥今!」
 引き絞った飴色の華弓の弦が解き放たれる。
 宙へ穿たれた一矢は蒼天を裂き一条の軌跡を描くと共に、甲高い音を響かせた。

「かかってらっしゃい! 手負いの狼の恐ろしさ教えてあげるわ!」
 半壊した門から躍り出るは、蒼髪緋槍のユリア・ヴァル(ia9996)。
 蒼髪を振り乱し、風に揺れる柳の枝の様に揺らされ、煽られ――舞う。
「初撃にて我等が存在知らしめる! 行くぞ!」
 そして、白髪朱刃の皇 りょう(ia1673)。
 白銀の瞳に巨躯を、土煙を映し――閃く。
 空鏑につられる一頭を無視し、土煙を上げ迫ってくるもう一頭を迎え撃つ。
 緋槍がつむじ風を巻き起こし腱を裂き、朱刃が巨木にも似た象の脚を断った。

「動きが――止まります!」
 城壁上でヴァナルガンド(ib3170)がバッと両手を広げた。
「皆さん、ここで仕留めなければ北門は陥落します――力を貸してください!」
 指先の先には、突然現れた開拓者の姿に戸惑う守備兵達。
「目標、象の背! 行きます!」
 稼がれた猶予はそれほどない。ヴァナルガンドは返事を待たず手にした焙烙玉を力一杯投げつけた。
 お互いの顔を見合わせた守備兵が、静かに首肯し動きを止める象へと弦を絞る。
「ありがとうございます、皆さん!」
 その言葉と同時に、張り詰められた弦は一斉に解放された。

 北門の真上。最も危険で、最も好位置。
「この戦い‥‥時間との勝負なのだぜ」
 足を払われ背を焼かれ苦しそうにのたうつ象に銃口が向けられる。
「俺もそんなに余裕が無いのだ‥‥一撃で決めるの!!」
 引かれる引き金。
 叢雲 怜(ib5488)の放った弾丸は、寸分違わぬ正確を持って巨躯の眉間を打ち抜いた。

●東門
 城壁から見下ろす地上に無数の屍によって埋め尽くされる。
「今だ持ち堪えて居るが奇跡の様じゃ」
 血の滴る腕に乱暴に包帯を縛りつけた、椿鬼 蜜鈴(ib6311)がくるりと振り向いた。
「そこのおんし」
「お、俺か?」
「この門、内開きか外開きか?」
「は?」
「早よ答えよ。破られたくはなかろう?」
「う、内開きだ」
「うむ、心得た」
 お使いを終えた子供を褒める様に、蜜鈴は兵士の頭をそっと撫でると、城壁から身を躍らせる。
「お、おい!?」
「在現鋼衝――我招きたるは地霊が石壁!」
 中空で印を結び魔力を短剣へと収束させると、地中より現れた石壁は門を塞ぐようにそそり立った。
「‥‥これで幾ばくかの時は稼げようて」
 すたっと音も無く着地した蜜鈴が再び城壁を見上げた。

●???
『――』
『ふむ、隠し手があったか』
 日を遮る深緑の下。受けた報告に興味深く聞き入る。
『――』
『ほう、開拓者だと?』
 仇敵の名に、どこか胸躍る。
『面白い。此度の輩の程、見てやろう』
 深緑をくぐり抜けた一条の光に、うすら笑う顔が浮かんだ。

●北門
「まさか象を‥‥」
 瘴気の霧へと還る巨躯を呆然と眺め、翠が呟く。
「怜! いいわ、城壁を崩して!」
「了解なのだぜ、ユリア姉!」
「お、おい!? 何をやっている!」
 城壁の上下で交された言葉に、翠は思わず声を上げた。
「この砦は持ちません。なれば、壁として利用させていただきます。皆さん、お手伝いお願いできますか?」
 象はもう一体いる。戦力が半分になった今多少の時間は稼げるであろうが、それも数分がいい所だろう。
 ヴァナルガンドは守備兵に向き直ると、深く頭を下げた。
「ここは俺達に任せるんだぜ。それより、隊長さんにはすることがあると思うのです」
「する事、だと?」
 にかりと子供らしい笑みを浮かべる怜の言葉に、翠がしばし固まった。
「うむ、我等を利用せよ」
 と、その声に翠は地上を見下ろす。
「いきなり現れた者を信用せよとは、所詮無理な話。なれば、我等の力を駒として利用すればよい。我等6名、誰一人とて隊長殿の命に不平不満は申さぬ」
 真摯に見上げてくるりょうの瞳に促されるままに、翠は他の三人へ目をやった。
 そこには、微笑み頷きながらも、真摯に見返してくる意思強き瞳たち。
「今この時、何よりも大切なのは、人を疑う事ではない。一人でも多くの兵達を家へと帰してやることだ」
 再びかけられた声に、翠は視線を戻す。
「――違うか? 隊長殿」
 そこにあった傷付きながらも力強い瞳に、翠はしばしの黙考ののち深く頷いた。
「話が決まったのなら、いい。大変なのは、これからよ」
「ああ、そうだな」
 ほとりが翠とのすれ違いざまに耳打ちし、そのまま東へと走っていった。

●東門
 季節外れの氷嵐が吹き荒れる。
「北門は一時、押えました」
「うむ、こちらも押えは完了じゃて」
 ほとりの報告に振り向く事無く蜜鈴は答える。
「‥‥一面の銀。でも、敵も多い」
 蜜鈴に並び地上を見下ろす。
 佇立する氷柱は骸を内包し、あたかも氷林を成すが如く。
 そして、その林を踏み越え進軍するも、やはり骸の軍勢。
「門も強化しておる。ここの拮抗はそう易々と破れはせんて。それよりも――」

 ドウンっ!

 蜜鈴が言葉を結ぶより早く、南方より土煙が上がる。
「本命は――南!」
「の、ようじゃの」
 二人は駆けだしていた。

●南門
「はぁはぁ‥‥次の土嚢を持ってきてくれ!」
 止む事の無い突撃に、城壁を成す土嚢が悲鳴を上げる。
 りょうは目の前に集められた土嚢を天高く放り投げた。
「無茶な! その体で城壁を積み上げるつもりか!?」
 眼前の気力だけで立っているようなりょうの姿に、守備兵が思わず叫んだ。
「‥‥お主達は休んでいてくれればいい。ここは私が――くっ」
「お、おいっ!?」
 意識の散漫に気力が途切れたのか、りょうがぐらつく。
「大丈夫。それより、兵を、休ませなさい」
 地に伏しかけたりょうの身体を、現れたほとりが支えた。
「あ、あんたは‥‥?」
「隊長の了承は、得ている。兵を、休ませなさい」
 突然現れた半死半生の開拓者に戸惑う守備兵に、ほとりは感情の籠らぬ淡々とした口調で続ける。
「砦の死守などと、世迷い事は聞かない。貴方達は、生きなければならない」
「‥‥わ、わかった」
 無表情ながらも目に力強い意思を宿すほとりの言葉に、守備兵は深く頷いた。

「まったく、その体でよう積み上げたの」
 梵露丸を口に放り込み、蜜鈴が土嚢の壁を見上げた。
「この程度では、いつ崩れるやもしれん‥‥」
 ほとりに肩を借りるりょうは苦々しく呟く。
「なれば、程度を上げればよい話じゃ」
 そんなりょうの呟きに、蜜鈴は壁へと向い。
「空結盾兼――」
 短剣を天へかざす。
「我招きたるは水霊が吹雪!」
 吹き出された氷嵐に、土嚢に含まれた夜露が凍りついた。

●北門
「西門から回ってきたようですね‥‥」
 森を抜けわらわらと現れた骸の軍団に矢を射かけるも、骨に矢は分が悪い。
 ヴァナルガンドは苦渋の面持ちで蠢く骸を見やる。
「ユリア姉、潮時なのだぜ!」
「ええ。その様ね」
 頭上からの声に、振り向く事無く頷く。
 目の前にはいきり立つ巨躯と、それを取り巻く新手の骸。
 残った一体の象にある程度のダメージを与えてたが、新手の出現に戦況は膠着していた。
「北門を放棄するわ!」
 先陣をきるユリアの一言に、北門守備隊の方々からざわめきが起こる。
「ヴァナル、退路の確保をお願い」
「心得ました。この場は――お願いします」
 城壁から飛び降りヴァナルガンドは西門へと向かう。

 城壁の上でペタリと尻をつく怜は、駆けあがってきたユリアを見上げる。
「何へたってるのよ。私達も逃げる準備をするわよ」
 ヴァナルガンドに続いて守備兵が北門から撤退を開始していた。
「うー、少しくらい休ませてくれてもいいと思うのだぜ? 俺の銃じゃ、ユリア姉の槍みたいに杖代わりにはならないのだし」
「杖とか言わないでもらえる? 私の相棒なのよ?」
「棒だけに、相棒――ユリア姉、うまいのだ!」
「‥‥じゃ、後よろしく」
「え、あ、ちょっと待つのだぜ! ごめんなのだぜ!?」
 西門へと走るユリアの後を、怜は慌てて追った。

●西門

 キーン――。

 金属同士が奏でるような音を立て、弦が弾かれた。
「‥‥気配なし。いけます」
「うむ‥‥救護班、一息に駆け抜けるぞ! 我に続け!」
 ヴァナルガンドを筆頭に、先行隊が西門の隙間から歩み出る。
「止まるな、進め! 脇目もふらずにだ!」
 馬上の翠が重い足を引きずる負傷兵に檄を飛ばす。
「先行隊は私が受け持ちます‥‥後はお任せします」
「心得たが、大丈夫か。随分苦しそうだが‥‥」
「‥‥これは私にしかできない事。そして、指示を出すことは貴女にしかできない事です」
 そう言って、ヴァナルガンドは疲れた表情を隠す様に目的地へ向け踵を返した。

●西門
「動ける人は動けない人を補佐して! 規律を守り秩序を守り、粛々と撤退するわよ!」
 指揮棒の様に槍を振るうユリアは馬上の人となっていた。
「蜜鈴、中隊をお願いね。人数多いけど、貴女ならやれるでしょ」
「ほう、面白い物言いよな。そうやっておんしは人を使うのじゃな?」
 煙管に火を落した蜜鈴が興味深げにユリアを見上げる。
「傷付いた体に煙は毒よ。程ほどにね?」
 問いには答えず、ユリアは微笑む。
「なに、煙はわらわが練気。これがのぉなっては死んでしまう」
 吸い込んだ紫煙を口から吐き出しながら、蜜鈴は中隊を率い西門を出た。

「残るは、私達、だけ」
 ほとりが西門に集った者達へ視線を向けた。

 ドンっ――!

「‥‥破られたわね」
 遠雷の如き轟音に一行は北門を見やった。
 
 ガーンっ――!

「東門か‥‥!」
 巨鉄が割れる音に、一同の視線が東へと向けられた。

「もう砦を放棄するしかないんだぜ!」
「ああ、そのようだな。――砦を放棄し撤退する! 皆続け!」
 怜の言葉に頷いた翠は、殿を務める二番隊へ向き直り激を発する。
『おぉ!』
 兵士達は、今まで死守してきた砦を感慨深そうに一瞥すると、翠に続き砦を後にした。
「もう目の前まで来てるのだぜ!」
「私達も」
「門は――閉めている余裕はなさそうね」
「‥‥行こう。今は一瞬でも時が惜しい」
 残った四人は砦の中で巻き上がる土煙に押される様に、翠達を追い西門を出た。

「む! 止まれ!」
 突然手綱を引き馬を止めた翠が声を張り上げる。
「ア、アヤカシだ!!」
 兵士の一人が前方を指差し叫んだ。
 砦を捨て西道へと飛び出した一行の行く手を塞ぐように、森を抜けた一頭の牛型アヤカシが現れた。

●退路
「前門の虎後門の狼とはまさにこの事か‥‥!」
 前方へ回ったりょうが牛と対峙する。
 その間にも森を突き抜け押し寄せ、猛牛の数は膨らむばかり。
「森を抜けるというなら!」
 ほとりが懐から小瓶を取り出し矢の先端を浸した。
「‥‥ごめんなさい!」
「待て!」
 弓に番えた火矢を、森へと向けたほとりを翠が制する。
「森を焼くつもりなら止めておけ」
「‥‥見過ごしたら、挟まれてお終いよ」
 止められた腕から視線を這わせ、翠を見上げるほとり。
「森を燃やした所で無駄だ。アヤカシに炎は効かん‥‥それに」
 じっとアヤカシから視線をそらさず翠が続ける。
「その涙は偽りではないのだろう」
「っ!」
 ハッと我に返ったほとりが乱暴に頬を拭う。
「森の民の一人として礼をいう。その一矢を躊躇ってくれた事を」
 そう言って翠は眼前の猛牛へ向って馬の手綱を引いた。


 深緑に萌える森を突き抜け、堅牢であった砦の門をくぐり、アヤカシの大軍勢が怒涛の如く押し寄せる。
「はぁはぁ‥‥きりが無いのだぜ‥‥!」
 素早く込められた銃弾は一息の内に銃口から吐き出され、骸の頭を飛ばした。
 数えればきりがない程の頭を落した。しかし、骸は飛ばされた頭を自ら拾い上げ、再び行軍に加わる。
「もう矢が‥‥」
 矢筒を触れる手から伝わる心もとない感触に、ほとりに冷面が歪んだ。
 乱射に次ぐ乱射。点の突破力に優れる矢は、身の無い骸には効果が薄い。
 なれば数を射るまでと、ほとりは空鏑を混ぜた無数の矢を骸の軍勢に向けていた。

 前に猛牛の群れ、後ろに骸の軍団。
 進もうが下がろうがそこは死地。そして、今いるここでさえ死地に他ならない。

「はぁはぁ‥‥こんな状況なのに、やけに楽しそうじゃない」
 一匹の骸を突き伏せユリアが隣の仲間へ視線を向けた。
「楽しそうに‥‥? 楽しそうにか、確かにそうやもしれぬ。まさに心躍るとはこの事‥‥!」
 普段の姿からは想像もつかないうすら笑みを浮かべりょうは休みを求める体を叩き起こすと。
「戦場こそが我が誉れ。戦場こそが我が故郷――」
 朱刃を抜き放ち、半月に振るった。
「これを死線とする。これより先は一歩たりとて通しはせぬ!」
 地に引かれた一本の刀傷は、生と死の境界。
「我に武神の加護やあらん!!」
 高々と朱刃を掲げ埃に潰れた声を張り上げると、視線を踏み越えた二体の骸を一刀の元に粉砕した。


 一人、また一人。
 骸が放つ矢に、猛牛の角に儚き命を散らして行く。
「最早ここまでか‥‥!」
 矢に撃たれ絶命した馬を盾に矢を構える翠が、小さく漏らした。
「隊長が真っ先に諦めてどうするの。まだまだこれからよ‥‥!」
 緋槍が悲しげに振るえる。
「退かない。こんな所で退く訳には‥‥!」
 最後の一矢を口に咥えた。
「接近戦は苦手なのだぜ‥‥!」
 魔銃の銃身に刃をつけ。
「泥を啜ってでも必ず生きて帰るぞ!」
 地に着いた左手に泥を掴む。
 皆すでに満身創痍。尽くせる生命を燃やし、出せる練力を絞り出し、気力すらも出し尽くした。
 共に闘う二番隊もすでに半数を失い、後は怒涛に呑まれるのみ。そう誰しもが死を覚悟した、その時――。

『正射一斉! てぇー!!』

 声に見上げれば、まさに矢の雨。
 ヴァナルガンドの矢に導かれた刃の雨が、骸の軍勢に降り注ぐ。

「じょーかーは最後まで取っておくものじゃ」
 猛牛の群れの中心に、コロンと弾が落ちる。
「瞬着散崩――我招きたるは火霊が火球!」
 転がる弾へ向け蜜鈴の火球が降り注ぎ、着弾。爆発。猛牛諸共辺り一帯を吹き飛ばす。

「皆さん今です! 一気に駆け抜けてください!」
「飛空船か‥‥! 先行隊は無事に着いたのだな!」
 ヴァナルガンドの声に見上げれば二艘の飛空船が、死地となった退路の上空に漂っている。
「翠、今しかないわ」
「ああ!」
 そう言って、翠が弓を高々と天へと向けた。
「この戦、我等が勝利ぞ!」
 翠の発した声に、誰しもが戸惑い隣の顔色を伺う。
「アヤカシの軍勢のあれほどに苛烈な攻撃にも我他の損害は軽微! これを勝利といわずして何という!」
 屁理屈なのは誰もがわかっている。しかし、今はそれが心地よかった。

『お、おぉぉ!!!』

 兵士、そして開拓者達は腹の底から返礼の叫びを上げる。
 空からの援護を受け、爆風で吹き飛ばされた地を駆け抜け、対魔の森前線砦『斜桂』守備隊は――凛然と撤退した。