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■オープニング本文 ●遭都 天儀の帝『武帝』が治めるこの地こそが天儀の中心という者も多い。 雅の粋を極めた建築物が理路整然と並ぶ町並みは、まさに天儀一だと思うだろう。 そんな天儀の都『遭都』の一角で、騒動は幕を上げた。 「――麿は今、忙しいでおじゃる」 独特の巻き舌が、何処までも人を不快にさせる。 声の主は、至極不機嫌そうに鼻毛を抜いては吹き飛ばすを繰り返していた。 歯はお歯黒。 肌は白粉。 眉は無し。 細面に烏帽子姿。 これでもかという程、公家の基本に則ったなりをしているこの人物。 実は、意外と偉い公家だったりするこのお歯黒眉なし白面の名は『京極 尊氏』という。 「京極様、そうおっしゃらずに――今日は遥か異国『アル=カマル』より仕入れました菓子でございますぞ?」 すっと音もなく畳を滑る金箔の散りばめられた漆塗りの箱に、尊氏の剃られた眉がピクリと動いた。 尊氏の目の前に座る、恰幅の良すぎる大男。 羽織った着物は見るからに理穴産の上物。もしかしたら絹でできているのかもしれない。 しかし、今にもはちきれんばかりに膨らんだ着物は逆に、見る者に嫌悪感しか与えない。 この男の名は『西国屋 満辰』、公家を相手に商売を行う、所謂宮付きの商人だ。 「さぁどうぞご覧ください」 脂ぎった顔に浮く玉の様な汗も気にせず、満辰は漆塗りの箱の蓋を開けた。 「‥‥」 そこには黄みがかった一口大の玉の様なアル=カマル独特の菓子。 甘く固められたその菓子は、アル=カマルでは実にポピュラーな菓子であった。 「‥‥なんじゃこの団子は」 「はい、アル=カマルで食べられている菓子でございます」 出て来た謎の黄色い玉に、尊氏は毛の無い眉を顰めるが、そのまま固まったのではないかと思う程に満面の笑みを浮かべる満辰は、更に箱を押しだした。 「もちろん、黄金色でございます」 ● 蠅を追い払う様に満辰を追い返した尊氏は、納められた漆塗りの箱を徐にひっくり返す。 「まったく、いつもいつもいつもくどいのでおじゃる! 麿は京極 尊氏なるぞ! 堂々と持ってくればよいのでおじゃる!!」 にやにやと笑みを浮かべながら去っていった巨漢を思い出したのか、尊氏はダンダンと音を立て畳を何度も踏み拉いた。 「まったく、どいつもこいつも使えぬ奴でおじゃる‥‥麿の期待にこたえられるのはそちだけじゃ」 と、気が済むまで畳に八つ当たりをかました尊氏は、中身『黄金色の菓子』を拾う為、ぶちまけた箱へと視線を移すと――。 「‥‥む? なんでおじゃるか?」 漆塗りの箱の中には、黄金色の菓子どころか、アル=カマルの菓子すら入っていない。 代わりに、一枚の墨で染みを作った汚らしい紙が一枚、ひらひらと舞って畳に落ちた。 「‥‥ま、まさか」 嫌に見覚えのある紙を拾い上げた尊氏は、恐る恐るそこに書かれた文字を読み始めた。 『前略 京極 尊氏 様 秋の夜長、虫の音が心地よい季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。 京極様におかれましては、日々ご健勝の事と思います。 さて、突然ではありますが、また京極様宅に大事に保管されております、汚銭を 今回は趣向を変え、今回は数人の友と共に伺おうと思っております。 日頃のお世話に報いる為にも、心を込めた潜入を試みるつもりです。 いつも私だけで伺っていたので、多人数で押し掛ける事、心苦しくも思いますが、お会いできる日を今から楽しみにしております。 朝夕もめっきり涼しくなり、気温の変化に体が慣れぬ今日この頃。どうぞくれぐれもご自愛下さいませ。 草々 怪盗 ポンジ』 「‥‥‥‥‥‥ままままま、またでおじゃる!!!」 薄汚れた手紙を見たお歯黒眉なし白面は、細い顔をなおさら縦長にし絶叫した。 ●此隅 「‥‥‥‥はっ!?」 ここは此隅の武家屋敷が並ぶ一角。 「こ、この気配は‥‥!」 中でもそれなりに立派な佇まいの屋敷の一室。 「‥‥‥あの人が危ない!!」 ばしーんと盛大な音を立てて開かれた障子からは、うら若き妙齢の乙女が驚愕の形相で遥か遠方を望んでいた。 説明しよう。 この明後日の方向を見つめながら、わなわなと肩を振るわせる女性の名を『木杉 瞳』という。 代々武天の王に仕える、それなりに名の通った御家柄である木杉家の令嬢である彼女には、何故かある特殊な能力が備わっていた。 その能力とは――。 『愛する者の危機を察知する程度の能力』。 そして、彼女の惚れた相手とは。 今、武天の巷を騒がせる謎の怪盗。その名も『ポンジ』。 強きを挫き、弱きを助ける、頭脳は子供、身体は大人な自称義賊である。 屋敷を飛び出した瞳は、履物も履かず素足のまま、折角綺麗に結った髪も振乱し、町人ごった返す此隅の大通りを全速力で疾走する。 「嗚呼、ポンジ様‥‥どうか、どうかご無事で!!」 目に零れんばかりの涙を溜め、必死の形相の瞳はギルドへと駆け込んだ。 |
■参加者一覧
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
猛神 沙良(ib3204)
15歳・女・サ
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ
琥宮 尋(ib6972)
16歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●西国屋 「よいではないか、よいでは」 「いけませんわ。旦那様‥‥」 行燈の薄明かりに照らし出される屋敷の最奥では交わされる睦言。 「何をいう。儂の用心棒になりたいのであろう?」 「‥‥そ、それとこれとは話が」 「四の五の言わずに、ちこう寄れ――」 壁に耳あり障子に目あり。 繰り広げられる大人の世界を、じっと見つめる瞳が四つ。 (うわぁ‥‥出水君すごいです‥‥) (あ、あまり見てはいけませんよ!) (そんな事言ってる猛神君も、じっと見てるじゃないですか) (わ、私は出水さんの身に危険が及ばないか、見張っているだけです!) 猛神 沙良(ib3204)と琥宮 尋(ib6972)がこっそり隣の部屋から覗いていたりする。 (あ、あんな所に‥‥) (で、ですから、見てはいけません!?) (エー‥‥何でですか?) (なんでって‥‥琥宮さんは男の子ではありませんか!) 不満げに頬を膨らす尋に、沙良は顔を真っ赤にぶんぶんと勢いよく首を振る。 ペチン――。 「つ‥‥」 「悪戯な手ですね」 手の甲を軽くはたきするりと身を引いた出水 真由良(ia0990)が、少し乱れた上着を直しにこりと微笑む。 「西国屋様、貴方様は今のままでご満足なのですか?」 「な、何のことだ‥‥?」 隙の無い笑顔を浮かべる真由良に、西国屋は身構えた。 「噂をお聞きしました。京極様の西国屋様に対する態度の数々を」 「っ!?」 「都ではもっぱらの噂ですわ。献身的につくす西国屋様への京極様の態度‥‥眼に余るものがあると――」 「お、おい! どこで誰が聞いているかわからんのだぞ!?」 「ふふ。もう聞かれてしまったかもしれませんわ」 「え‥‥」 笑顔はそのままに問い詰める真由良は、パンと柏手を打った。 すっと音もなく襖が開く。 「お初にお目にかかります。西国屋様」 恭しく首を垂れ現れたのは、沙良であった。 「だ、誰だ!」 突然現れた白い翼の少女にも西国屋は厭らしい視線を向ける。 「わたくしの共をする者ですわ」 「そ、そうか。儂はてっきり」 「てっきり?」 「な、なんでもない! それよりなんだこの者は」 三つ指立てて正座する沙良を全身くまなく舐めるように眺めるぽっちゃり親父。 「西国様、巷で噂の怪盗のお話はご存知でしょうか?」 そんな西国屋の視線も気にせず、沙良は話を切り出した。 「京極様の屋敷に予告状を出したという、あの怪盗の事か?」 「はい、その怪盗にございます」 「それがどうした? 儂には関係ない」 目を厭らしく歪める西国屋は、怪盗の話などまるで興味がないのだろう。 見目麗しい沙良をクイクイと不器用に手招きする。 「あの者は‥‥あの者は我が父の仇なのです!」 が、西国屋の手招きを完無視しながら、沙良は拳を握った。 「その者が京極様の屋敷に現れると聞き、警備の末席に加えていただこうと飛んで参った次第」 「はっ‥‥?」 話についていけず手をを空中で泳がす西国屋を無視し、沙良は熱く語り続ける。 「しかし、私の様な平民を貴人である京極様が取り合ってくださるはずもなく‥‥」 一転、沙良はしゅんと肩を落とし俯いた。 「ですが、私は西国屋様のお名前を知りました。京極様と懇意にされており、この遭都では並ぶ者の無い豪商とのお噂」 「そ、そうか? うむ、その通りだ。ふはは!」 沙良の言葉が余程心地よかったのか、今まで懲りずに手招きしていた西国屋は、背を反らしぷくっと鼻の穴を広げる。 「しかも西国屋様は窮地に陥っている京極様を救おうとお立ち上がりになられたとか。どうか、どうか私めを怪盗討伐隊の末席にお加えください!」 「か、怪盗討伐隊? 儂はそのような事一言も――」 「西国屋様、御商売を更に成功させたければ、京極様を利用なさいませ」 「おおぅ‥‥!」 不意にふぅっと首元に吹きかけられた真由良の熱い吐息に、西国屋はびくりと身を竦ませた。 「もしここで西国屋様が怪盗を名乗る不逞の輩を捕えたとします」 「わ、儂がか?」 「はい。西国屋様が京極様の窮地を救うのです」 「京極様の窮地を儂が‥‥」 京極を助けた後に待っている褒美の数々を妄想しているのだろうか、西国屋は真由良の言葉にトロンと表情を溶かして行く。 「私の他にも後数名、腕に覚えのある物を用意しています。どうか‥‥どうか、あの怪盗に我が一矢を!」 蒼い目を潤ませ沙良が訴える。 「怪盗など正直どうでもよかったが‥‥なるほど、これはこれで好機よな‥‥」 二人に背を向け、時折ぐふふと下品な含み笑いをしながら呟く西国屋。 「よかろう。明日、京極様の屋敷に向うとしよう」 「西国屋様でしたらそう言ってくださると思っていましたわ」 まんまと口車に乗ってきた西国屋に、真由良はにこりと微笑みかける。 「ふっ‥‥お前、なかなかな悪女よの」 「悪女? はて、そのように言われたのは初めてですが」 厭らしく微笑む西国屋に、真由良は殊更不思議そうに首を傾げた。 「‥‥大人の世界って怖い、ですね」 うふふ、おほほ、ぐふふとそれぞれの思いを腹の底に含み、微笑みあう三人に、尋はぶるっと身震いを覚えたのだった。 ●京極邸周辺 「ふふふ〜のふ〜ん♪」 豪奢な屋敷が立ち並ぶ遭都でも屈指の高級住宅街に、軽快な鼻歌が響く。 「はてさて、京極さんの家は何処かな〜?」 きょろきょろと辺りを見回したり、くんくんと匂いを嗅いでみたり。 まるで下街を散歩する子犬の様にフレス(ib6696)が高級住宅街を練り歩いていた。。 「お、あそこかな?」 ふと足を止めたフレスの前には一際巨大な敷地を誇る屋敷が。 「あ、琥宮兄様だ」 背の何倍もある壁がずっと続く屋敷の前に、見知った顔を見つけたフレスは嬉しそうに駆け寄った。 商人風の服装に身を包む尋はフレスと散歩をする振りをしながら、京極邸をくるりと巡っていた。 「んー、中が見えないんだよ」 中の構造がどうなっているのか知りたいのか、フレスはぴょんぴょんとジャンプし、塀の中を覗こうと試みる。 「あまり目立つと潜入前に捕まりますよ?」 「う‥‥それは困るんだよ‥‥」 尋の注意にフレスはしゅんと肩を竦ませる。 「人魂で見た限りでは門の周辺を重点的に固めていますね。後は、使用人達を出歩かせない様にしてます。」 「使用人さんを? どうして?」 「関係ない人間が屋敷をうろちょろしていたら警備する人間が大変でしょ? 相手も専門家を雇ったのかもしれませんね」 「えっと‥‥という事は、戦うって事?」 「どうでしょうね。っと、そろそろ時間です。私は先に潜ります。これを」 「これって」 尋が袖下に差し出してきた紙をフレスが受け取る。 「地図です。もっとも人魂で見ただけなので、塀の付近しかありませんけどね。罠の位置はわかると思いますよ」 ●都の大橋の上 「‥‥フン」 真っ赤に燃える夕陽が男の背に長い影を作る。 「この俺が泥棒の片棒を担ぐ事になるとはな‥‥」 右手に握った何とも形容しがたい色のバンダナを握りしめ、男は自嘲気味に微笑んだ。 「しかし、この世には法で捌けぬ悪がごまんと居やがる!」 続く様に「俺の様な下っ端岡っ引きではどうする事も出来ない様な、な」と、寂しげに呟く。 「ならば俺は、この十手を捨てる覚悟で挑もう」 左手には磨き上げられた十手が。 「なぁに、こんなものは形だけだ」 と、左手に握った十手を夕陽に向け全力投球した男。 「俺の正義の象徴は――ここにある。決して折れない『心』という名の正義の象徴がな‥‥!」 そして、空いた手を握ると、トントンと心臓がある位置を何度も叩いた。 「ふっ、俺の覚悟にぐぅの音も出ねぇ様だな。まぁ、そうだろう、協力するのも今回限り! 次に出会った時はまた敵同士だ! なぁ、ポンジよ!」 振り返った男の顔には、唇を吊り上げた口からは少し黄ばんだ歯がきらりと鈍い光を放った。 「‥‥って、あれ? ポンジ? おーい、ポンジさんやーい‥‥」 しかし、そこにある筈の人影は無い。 きょろきょろと辺りを見渡す男を、街行く通行人達は好機の眼で眺め通り過ぎていく。 「ふっ‥‥俺の心意気に恐れを成して逃げ出したか。まぁ、気持ちは分からんでもないがな!」 がははと巨体を揺らしふんぞり返る喪越(ia1670)を、街ゆく人々は痛い目で見つめたのだった。 ●酒場 酒場には昼間だというのに人がごった返し、喜怒哀楽の声と笑いが木霊している。 「へぇ、あの京極様の所にねぇ」 「何でも、3回目らしいで?」 「うわ‥‥京極様もお気の毒になぁ――ってかいい気味?」 「おっちゃんもよぉゆぅわ。そんなん誰かに聞こえたら大事になりよるで?」 「おっと、酒の場の話じゃねぇか。聞かないふり聞かないふり」 「まぁ、うちには関係あらへんし?」 「なんだなんだ、面白そうな話しているな」 「お、早速着やがったよ野次馬共」 「お前に言われたくないぞ。で、何の話だ?」 「おう、このちっちゃいお譲ちゃんが言ってたんだけどな」 「ちっちゃいお嬢ちゃん? そんなのどこにいるんだ?」 「え? お、あ、え? ああれ‥‥確かにさっきまでここに‥‥」 「おいおい、寝ぼけるのは夜になってからにしろよ。そんな事より、京極様がなんだって?」 「お、おう。何でも京極様の屋敷に怪盗が盗みに入るらしいんだよ」 「京極様の屋敷に!? あー、まぁよくやったという所か? 「だよな。お前も思うよな――」 別の卓では――。 「京極様の屋敷がか!?」 「幸い京極様は視察かなんかで外出中やったらしく、不在やって話やけどな」 「な、なんだよ。脅かすなよ」 「せやけど、かえって好都合見たいやで?」 「好都合? なんでだ?」 「主が不在やったら、家探しし放題や。仮にも公家の京極家やで。そらなぁ?」 「ごくり――そ、それって金目当て‥‥京極邸の財宝ならそれこそ一攫千金――」 「一攫千金!? おい、俺も混ぜろよその話!」 「なに!? 金儲けの話か! おい、俺にも一枚かませろよ!」 「なんだ、博打か! どこだどこだ!」 更に別の卓では――。 「京極邸を守っている役人は、実は怪盗の仲間だって!?」 「しー! 声が大きいゆぅねん。おっちゃん人がよさそうやから話してるんや、黙っとき」 「お、おう、悪かった‥‥で、それは本当なのか?」 「あくまで噂やけどな。なんでも京極邸に古くから眠る金の仏像を狙ってるらしいで」 「き、金の仏像‥‥?」 「大人10人がかりでもち上げるのがやっと、ゆぅ代物や」 「そ、そんなに巨大な金の‥‥!」 「しー! 声が大きいゆぅねん」 「お、そっとすまん‥‥で――」 「話は此処までや。真実が知りたかったら、京極邸に行ってみたらええんちゃう?」 「京極邸に‥‥よ、よし」 そこかしこで囁かれる根も葉もない噂。 そんな噂話を背に、一人ほくそ笑む夜刀神・しずめ(ib5200)はそっと酒場を後にした。 ●正門 「どうして通れないんですか!?」 「京極様に火急の用件があるのだ!」 「ダメだ! 一歩でも入ると投刃が飛んでくるぞ!」 「はぁ!? 一体なんだって言うんだよ! 京極様の屋敷が占拠でもされたのか!?」 「どうやら噂の予告状の関係で、人が入ったら問答無用に刃投げられるらしいぞ!」 「おいおい!? どうなってるんだ、中を見せろ!」 いつもは閑静な高級住宅街である一角には、都の住人達が大挙していた。 「あ、あの何の騒ぎですか‥‥?」 「ああ? 聞いてわかんねぇのか? 京極様の屋敷が何者かによって占領されたそうだぞ!」 沙良が尋ねかけた男は、この特ダネを興奮気味に話してくれる。 「京極さんの屋敷が占拠‥‥?」 「夜刀神様の作戦かもしれませんわね」 「あ、なるほど‥‥それじゃ、この混乱に乗じて」 「ですね」 正門前の喧騒に紛れひそひそと囁き合う二人は、くるりと西国屋へ向き直り。 「西国屋様、遅かったようです。すでに賊が侵入しているのかもしれません」 「なにっ!?」 神妙に語る真由良に、西国屋は脂肪まみれの顔を驚愕に醜く歪める。 「ここは京極様と昵懇の間柄であられる西国屋様のお顔でなんとか中へ入りませんと、計画が」 「う、うむ。そうだな。儂しかおらぬな。よし――」 縋る様な目で見つめる二人の護衛に、西国屋は野次馬達をかき分け正門前へと歩み出ると。 「西国屋でございます。本日もお日柄よく――」 「西国屋様、前口上は結構です。それよりも」 「わ、わかっておる! 少し待て――」 と、一歩踏み出す勇気が出ないのか、尻ごみする西国屋の背を沙良が押すと同時。 ぎぎ――。 重厚な音を響かせ巨大な門が動いた。 「ふっ。どうだ見たか。これが昵懇の商人である儂の信用というものだ。さぁ、行くぞ――」 自らの信頼がこじ開けた門に西国屋は自慢げに胸を張り、開いた隙間から中へと入ろうとしたその時。 ヒュン――キンッ! 「危ない!」 「ひぃっ!?」 隙間から飛んできた刃扇を沙良が剣で弾き飛ばし、驚き尻もちをつく西国屋の前へ立ち塞がる。 「いきなり攻撃とは‥‥どういう了見ですか!」 「ダメダメ、今この屋敷は戒厳令を敷いているんだから。無理やりにでも入ってきようものなら問答無用で成敗よ♪」 僅かに開いた正門の隙間から、緋色のマントを翻す妙齢の女性がにこりと微笑みながら物騒な事を呟いていた。 バタン――。 再び固く閉ざされた正門。 「‥‥問答無用ですね」 掲げた剣を力無く下ろし、沙良が呟いた 「何か別の方法を考えなければならないようですね」 「儂は西国屋だぞ! 門を開けろ!!」と門を叩きながら喚く西国屋を二人は呆れながら見つめる。 「そちらもダメだったみたいですね」 と、そんな二人に声がかかった。 「あら、琥宮様。そちらはいかがでしたか?」 振り向いた真由良の前には、大きく膨らんだ風呂敷を担ぐ商人姿の尋の姿があった。 「こちらも門前払いです。商人に変装して中から調査しようと思ったのですけど‥‥やっぱり、予告状が先に行ってるので、中も相当警戒されているようですね」 両手を天に向け溜息をつく尋。 「まったく‥‥なんで盗みに入るのにわざわざそれを伝えるのでしょう。自身が不利になるとは思わないのでしょうか」 「うんうん、そうですよね。こんな事をして何の得があるのか、会ったら正座させて問いただしたいところです」 「まぁまぁ、お二人とも。それがポンジ様流の様式美というものですから」 困り果てる二人に、真由良は何故か嬉しそうに微笑んだ。 ●裏門 「‥‥もっさん、こまった」 巨体に似合わぬ可愛い仕草でかくりと首を傾げる喪越は、目の前に貼られた一枚の張り紙とにらめっこ。 『御用の方は正門へお周りください』 そう書かれた張り紙には何故か毒々しい髑髏のマークが。 「正門‥‥このなりで正門はちょっと」 と、喪越は自分の身なりを見つめる。 どどめ色に彩られた貧相なボロ。 何度洗濯しても決して落ちる事の無いしみは、馬糞色。 肩に担がれた肥桶からは、麗しき腐臭が漂いまくる。 「何とかここから入る方法はねぇもんか‥‥」 喪越は辺りを見回したが、この状況を突破できそうなものはどこにも見当たらない。 「正門へお周りください? えっと、正門正門っと」 そんな挙動不審な肥屋を他所に、裏門へ詰めるもう一つの影。 「あった、これか」 影は辺りを見回し、ふと裏門横にある小さな勝手口に目を止めた。 「ちわー、みかわ屋でーす」 そして、まるで長年通った配達先の勝手口の如く、ごく自然に入口をくぐった。 「‥‥はっ!? あまりにも華麗な潜入術に俺とした事が魅入ってしまったぜ‥‥!」 影の潜入劇の一部始終を目撃し終わって、ようやく我を取り戻した喪越は。 「こうしちゃいられねぇ! 待てぇぃ、ぽーーんじ!!」 影を追って中へと突入した。 「あ、あれ‥‥? 開いてるんだよ?」 正門での陽動を待ちながら暇を持て余していたフレスは、ふと裏門の勝手口の取っ手に手をかける。 「えっと‥‥入っていいのかな‥‥?」 裏門には件の張り紙が貼ってある。フレスは誰かの意見を求めたくて、辺りをきょろきょろと見渡すが。 「誰もいない‥‥」 裏門の周りには、人っ子一人見当たらない。 「‥‥う、うーん。よぉし!」 すると、何かを決意したフレスは勝手口へ力をかける。 「おじゃましまーす?」 そして、恐る恐る勝手口を開け、ゆっくりと中へ侵入した。 ●正門前 「こうなれば第二案を発動せざるをえませんね」 更に数を増す野次馬を前に、沙良は決意の炎を瞳に灯す。 「ま、まさかあれを‥‥!」 正門を睨みつける沙良の姿に、尋は畏怖を抱く。 「‥‥仕方ありませんね。こうなっては多少の犠牲は止むをえませんね」 思案に思案を重ね、想定される全ての事象を鑑みても、最早残された道はこれしかない。 真由良は巨剣の柄に手をかける更に向け、大きく一度頷いた。 「あ、あんな所に野良龍が!」 と、明後日の方向を差す真由良の指先には、召喚された蒼い龍が大口を開けて迫ってきている。 「うおぉ!?」 「ぎゃぁ!!」 「ア、アヤカシか!?」 正門前大混乱。 いきなり現れた巨大な龍に野次馬たちは蜘蛛の子を散らした様に逃げ惑う。 「皆さん、ここは危険です! 早く逃げてください!」 突然の龍襲来に、真剣な目をした剣士が立ち向かっているのだ。野次馬たちはただならぬ気配を感じたのだろう。全力で逃げ出した。もちろん西国屋も。 「お見事。大龍符、意外と使えるんですね」 「はい、楽しいですよ」 「いや、楽しむものではないと思うんですけど‥‥」 「あら、そうでしょうか?」 ひくひくと頬を振るわせる尋に、真由良は不思議そうに首を傾げる。 「これで怪我人が出る心配が無くなりましたね」 沙良が剣を下ろし二人に向き直る。正門の前からは、野次馬達がきれいさっぱり居なくなっていた。 ●壁 「おー、派手にやりよるなぁ」 高い壁の上に上がり、遥か正門を眺めるしずめが呟いた。 正門の方角では野次馬の悲鳴が。 「それにしても、こんなとこにも罠張ってるんか」 塀の上にびっしりと敷かれた瓦を眺め。 「踏んだら崩れ落ちる仕掛けやな」 つんつんとつつくと、瓦がカタカタと揺れた。 「まぁ、この程度の罠にうちが引っ掛かると思てるんやったら、相手の度も知れるゆぅもんやな」 壁の上に敷かれた罠を見下ろし、しずめは不敵に微笑む。 「これやったら、案外あっさり見つけられるかもしれへんな」 そして、しずめは屋敷の中へ身を躍らせた。 ●空を見上げる井の中の蛙 裏門を入ってすぐの場所。巨大な口を開ける大穴一つ。 「‥‥なぁ、ポンジよ」 「んあ?」 「この蒼い空を見上げていると、この汚れきった世の中がとんと嫌になるな」 「綿菓子食いたくなった‥‥」 裏口から潜入した二人は、巨大な穴の中間あたりで手足を支えに止まっていた。 「‥‥空がこんなに遠いと感じたのは久しぶりだぜ」 「腹減った‥‥」 白マントが敷設した落とし穴に見事にはまった二人は、底に敷き詰められた撒菱の脅威から手足をプルプルと痙攣させながらもかろうじて耐えていた。 「大丈夫?」 ひょっこりと顔を出したフレスが、穴を覗き込んでいた。 「おおっ! こんな所で女神に出会えるとは‥‥! ささ、私めをすくいあげてくださいませ!」 最早、手の痙攣は限界を迎えつつある。 喪越は必死の思いでフレスに助けを求めた。 「あ、誰か来たんだよ! 頑張ってね!」 が、気配を感じたのだろう。フレスは二人を残しとっととその場を退散する。 「あぁっ!? 待ってぇ! 見捨てないでぇ!?」 姿を消したフレスに、喪越は思わず片手を離してしまう。 「‥‥あ」 今まで保っていた絶妙なバランスが崩れ。 「うおぉぉぉ!?」 喪越、落下――。 がしっ。 と思いきや、間一髪ポンジの手を掴む。 「ふぅ‥‥危なかったぜ」 「うあっ!? お前離せよっ!?」 「ふっ! そうはいかねぇぜ! ここまできたら一蓮托生。この手は離さないわっ!」 「意味わかんねぇっ!?」 「往生せいやぁぁ!!」 ずる――。 『あ‥‥』 絶妙なバランスで耐えているのに、暴れればこうなるのは明らか。 二人は仲良く大量の撒菱の待つ穴の底へと、堕ちていった‥‥。 ●正門 ガシャン――ガラガラっ! 巨刀の一撃で無残に切り裂かれた門であった物が崩れ落ちる。 「壊してしまってよかったんでしょうか‥‥?」 「よいと思いますよ? なにしろ、今私達は怪盗ポンジ様の仲間――という設定ですから」 「そ、そうなんでしょうか‥‥」 不安げに尋ねてくる沙良に、真由良はにこりと返す。 「歓談中申し訳ないんですけど、俺はこれで」 「そうですね。裏金の方お願いいたします」 立ち込める煙に紛れ、尋がすっと姿を消した。 「あら、驚いた。随分強引な手で入ってくるのね」 「いいじゃないか。あっちがその気ならこっちも本気を出せばいいんだ」 突入した二人を待ち受けていたのは、朱色と緋色マントを纏う二人の女性。 「本日はお招きに預かり恐悦至極でござ――」 ヒュン――キンっ! 「まだご挨拶の最中でしたのに‥‥」 「へぇ、なかなかやるじゃない♪」 巨剣で捌かれた刃扇に、緋マントが感嘆の声を上げた。 「んー、あの怪盗は来てないのか?」 「ええ、ポンジ様は秘密裏に行動なさっていますわ」 木刀を肩に担ぐ朱マントに、真由良はにこりと微笑む。 「ともかく、ここは通していただきますね。それが世の為人の為、というものです」 沙良が一礼し、一歩踏み出す。 「残念、そうは問屋が卸さないよ!」 朱マントが沙良の二歩目に牽制の木刀を振る。 「京極様が溜められているお金はあまり綺麗なお金ではないのですよ?」 困った様にかくりと首を傾げる真由良。 「証拠は無いんでしょ? なら、ここは通せないわ」 投刃を騎士剣に持ちかえ、立ち塞がる緋マント。 今ここに、女と女の熱く激しい戦いの火蓋が切って落とされた。 ●屋敷の屋根 ピー――。 屋敷の屋根からけたたましい警笛が鳴り響く。 「その辺にしといてもらおか」 「っ!?」 突然背後から聞こえた声に、茶マントはびくりと肩を竦ませた。 足音も気配もなく忍び寄ったしずめが、警笛を吹く茶マントの背後に忍び寄っていた。 「姐はんが司令官?」 「いえいえ、ただの見張りですよ?」 「ふーん。まぁええわ。うちも見せてもぉてえぇかな?」 「見せるって何をですか‥‥?」 「姐はんの見てるもんに決まってるやろ?」 一足飛びで距離は詰めれる。しかし、茶マントの懐に突っ込まれた手には獲物が握られているのだろう。 しずめは巧みに言葉を交わしながら、ゆっくりとわからない程にゆっくりと距離を詰めていった。 ●蔵 「すっごーい‥‥」 見上げれば首が痛くなるほど巨大な蔵。 フレスは大口を開けたまま見入っていた。 「これは、お宝の匂いがぷんぷんするんだよ!」 重厚で豪勢な造りの蔵に、フレスは確信する。ここに裏金があると。 「えっと‥‥ここは流石に閉まってるかな?」 と、フレスが重厚な蔵の扉に手をかけると、あっさり開いた。 「あ、あれ? ここも開いてる。‥‥うーん、いいのかな? おじゃましまーす?」 そして、蔵の中へ顔をつっこみ、きょろきょろと中を伺ったフレスはそのまま中へと踏み込んだ。 「裏金さーん、どこですかー」 薄暗い蔵の内部。埃とカビ臭さに支配される中をフレスは一歩一歩ゆっくりと進んでいた。 「あ、あれかな?」 と、フレスの目の前に突然現れた山と積まれた千両箱。 「やっぱり私の勘は当たってたんだよ!」 見つけたお宝にフレスはグッと拳を握り満面の笑みを作った。 「ようやく見つけたか」 埃で潰れた声がフレスの背後から。 「‥‥ひぃっ!?」 あまりに浮世離れした声に振り向いたフレスの目の前には――。 薄暗い部屋の中に浮かびあがる血塗れ糞塗れ撒菱塗れのどどめ色仮面。 「こんな所に隠し――」 「い、いやぁぁぁっぁ!!」 「へぶほぁっ!!」 悲鳴を上げフレスが繰り出した、泰国の武闘大会『擂台賽』の優勝者ばりの右ストレートが喪越の頬に直撃した。 ●屋敷 ピキっ――。 床が一気に凍りつく。 「ここもですか。流石本宅、警備は厳重ですね」 消滅する人魂と床一面の銀盤を眺め、尋が呟く。 「おいでなすったか」 「っ!」 すっと音もなく襖の影から現れた紺マントに、尋は思わず振り向いた。 「ご、ごめんなさい。道に迷ってしまって‥‥」 鋭い視線を向けてくる紺マントに、尋はおろおろと困った風を装う。 「庭が抜かれるとは思わなかったが――」 と、紺マントは困り顔の尋の事など意にも介さず、小さく呟くと。 「‥‥響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け――アークブラスト!」 「うわっ!?」 手に生みだした雷撃を問答無用に投げつけた。 「ちょちょちょ!? いきなり何するんですか!? 俺は商人の子弟で――」 いきなりの攻撃を何とか避けた尋は、紺マントから距離を取る。 「屋敷内の人間は一か所に固めてある。出歩ける者は居ない。すなわち、お前は――敵だ」 避けられた初撃の事など気にせずに、次弾の魔力を練る紺マント。 「えっとえっと‥‥話せば分かりますよ、ね?」 「大人しくお縄につくなら話を聞いてやろう」 「えっと――失礼しましたー!」 交渉は不可能と悟ったのか、尋はくるりと踵を返し廊下を駆けだした。 ●中庭 「ふぅ、酷い目にあったぜ」 大ぶりの肉まんほども腫れ上がった頬をさすりながら、喪越は枯山水の庭を進む。 「うぅ‥‥ごめんなさいなのだよ‥‥」 「しかしまぁ、偽物だとはな」 折角蔵の中で見つけた千両箱の中身は発見した者を嘲笑うかのように、『ハズレ』とだけ書かれた一枚の紙切れが入っていた。 「うん、偽物だったなんてショック‥‥」 「相手さんも木偶じゃねぇって事だな」 今だ身体に刺さったままの撒菱を涙目で引き抜きながら喪越が言う。 「‥‥本物は何処にあるんだろう」 「他にも色々と小細工してるみてぇだが――案外本宅にあるのかもなぁ」 と、喪越の言葉にフレスは本宅へ視線を移した――その時。 「ひぎゃぁぁぁっ!?」 「ぴょあぁぁぁっ!?」 本宅の障子をぶち破り、黄泉からの使者が出す悲鳴にも似た叫びの如き絶叫を上げながら、ゴロゴロゴロゴロと二つの肉球が飛び出してきた。 「うわわっ!?」 「新手の芸風か!?」 ドンガラガッシャン! 何とも古典的な破壊音を上げながら、枯山水の立派な庭に置かれた場違いの豪華テーブルセットは見るも無残に破壊された。 「‥‥ん、あれは?」 と、破壊されたテーブルセット(ジルベリア製)のあった場所に、ぽっかりと空いた穴一つ。 「千両箱‥‥ぽく見えるんだよ?」 「んー、確かに。という事は‥‥」 「という事は?」 「負負負。俺に任せておけぇい」 と、不安げに見上げるフレスを置いて、喪越は肺いっぱいに空気を吸い込むと。 「ヤヤ? ぽんじヲ、オッテイタラ、タイヘンなモノ、ヲ、ミツケテシマッター!!」 あからさまに棒読みな台詞が京極邸に響き渡った。 ●中庭 「あちゃ! やっぱり、ペイジの奴やりやがった!」 「こんな所に堂々と‥‥敵もなかなかやるんだよ!」 「鼠を追っている場合じゃねぇな!」 発見された千両箱(本物)に、開拓者達の注目が集まり、まさに浜旗争奪戦の如き勢いで隠し場所目掛けて押し寄せる。 「やっぱ庭やったんか」 「あらら‥‥見つかっちゃいましたかぁ」 「借り物競走ですか?」 「違うと思いますよ‥‥?」 庭から屋敷から、屋根から門から。互いを助け合い、互いを邪魔し合い、全速力で裏金の元へ。 開拓者達が距離を詰める中、一つの影が躍り出る。 「はっはっはっ! 頂いたぜ!」 ごろごろと転がっていたポンジが何時の間にやら復活し、美味しいトコだけかっさらっていた。 皆が成す術なく見つめる中、ポンジは千両箱(本物)を抱え、壁へと向かう。 「待つっス、ポンジ!」 しかし、その行く手を遮る影が。 白マントの策略?によりポンジと共に枯山水を豪快にローリング横断していたペイジその人であった。 「その金は渡さないっス! 世界の半分をやろう。とか言われても絶対に渡さないっス!」 言ってることは意味不明だが、その瞳に宿った決意だけは本物だった。 「へっ! お前に俺は捕まえられねぇぜ!」 方や熟練の怪盗(アホ)。方や新米岡っ引き(ドジ)。その勝負は誰の眼にも火を見るよりも明らかであった。 ポンジはペイジを壁ごと飛び越える為に、大きく飛んだ。 「今日は――」 実力の差は分かっている。しかし、今日は退く訳にはいかない。 「今日は――」 飛び越えていく怪盗を目で追い、ペイジは右足を垂直にまで上げると、 「奮発して五十文銭っス!!」 いつも投げている五文銭より若干大きめな五十文銭をポンジ目掛けて投げつけた。 吹き荒れる逆風を切り裂く弾道が風鳴りを上げる。 空気との摩擦で赤く変色した五十文銭は、何の迷いもなく一直線に目標目掛けて襲いかかる。 「そんなもん当たるかよっ!」 しかし、渾身の一投はポンジにあっさりと避けられる。だが、ペイジの投げ銭は糸付き。 「うおっ!?」 投げ銭(糸付き)の糸部分がポンジの足に絡まり、慣性の法則を無理やり封じ込めた。 『あ‥‥』 一部始終を呆然と眺める一行を嘲笑うかのように、ポンジに担がれていた千両箱は、運び手を置き去りに宙を舞う。 ガシャン――ジャラジャラジャラっ!! 「うおっ!? あぶね!! って、金だ!?」 「なんだと!?」 「天から金が降ってきたぞ!!」 「これは俺のだぞ! 触るな!!」 『‥‥』 高い壁の外で繰り広げられる怒声、奇声、歓声。 野次馬の野次馬による野次馬の為の裏金争奪戦が開催された。 「‥‥まぁいっか」 誰ともなく漏れる言葉。 「アホくさ、かえろかえろ」 思わぬ結果で終了した攻防線。 「はぁ、面白かった」 皆、それぞれの思いを胸に抱き、京極邸を後にする。 「結構派手にやっちゃったけどね」 もちろん、見るも無残に荒らされた屋敷の後片付けは――放置されたのだった。 |