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■オープニング本文 ●陵千 「振姫様、どうぞ召し上がれっ」 「ほう! いただくのじゃ!」 目の前に出された餡かけ緑色三連団子を、振々は大きく開いた口へと放り込む。 「心津の名物にしようかと思ってるんですよっ。お口に会うといいんですけど」 口いっぱいに頬張った茶団子懸命に咀嚼する振々を、遼華は微笑ましく見つめた。 「うも! んあいおちゃ――むぐっ!?!?」 余程その味が気に召したのか、我を忘れむさぼり喰う振々は、勢い余って団子を喉に詰まらせる。 「うわわっ!? 振姫様お茶ですっ!!」 遼華は苦しそうにうめく振々に、人肌まで冷ました茶を慌てて差しだした。 そんなゆるい光景が繰り広げられている大広間からさらに奥。 領主戒恩の部屋では――。 「ふーむ‥‥」 「輿志王は何と?」 届けられた手紙を見つめ眉を顰める戒恩に、穏が問いかけた。 「援軍を送ると言ってきたよ」 と、戒恩は徐に手紙を音へと差し出す。 「おぉ、それは」 穏は表情を明るくし、手紙を受け取る。 「ただ、援軍は飛空船の船団だから、海上までだね」 「ふむ‥‥」 ここ霧ヶ咲島はほぼ毎日霧が発生する為に、航空戦力が使い物にならない。 「とりあえず、砲術士の師団を送ってもらえるみたいだから、海上からの迎撃をお願いしようと思う」 「そうですな。この島に着くまでに何とか数を減らして欲しい所です」 「うん、輿志王には感謝しないとね」 「もう一つの援軍、武天の氏族へあたった件はどうなりましたか?」 「ああ、それはこっちだね」 と、戒恩は机に積まれていた手紙の束を穏に差し出す。 「拝見します」 「‥‥」 「ま、そう言う事。残念ながら援軍は見込めないよ」 「造反した越中家には関わりたくないというのが正直な所でしょうか」 渡された手紙の束から顔を上げ、戒恩を見据える。 「色々いい訳書いてるけど、ぶっちゃけるとそうだろうね」 「ふむ‥‥」 「まぁ、とりあえず準備を始めないとね。敵も待ってはくれないだろうし」 「はっ。それでは各署へ伝達を」 「うん、よろしくね」 ●翌日 「ふむ‥‥敵はここを狙って来ているという訳か」 腕を組み目の前に置かれた海図を眺める振々が呟く。 「そ、そうなんです‥‥」 振々の呟きに、遼華はぎこちなく答えた。 先日開かれた心津防衛会議の草案をまとめる為に、振々を交え会議が開かれていた。 「まず、航路の封鎖――これは、心津を孤立させる為のものかえ?」 と、振々は海図に向うと奏啄から心津までの航路をスーッとなぞった。 「それにその――何と言ったか、たむらもろ?じゃったか。その者――」 「田丸麿ですぞ、振姫様」 うろ覚えの敵の名を、穏が訂正してやる。 「う? うむ、その田丸麿なる者の狙いは、そなたなのであろう?」 と、敵の名を言いなおした振々は、遼華に向けビシッと人差し指を突き付けた。 「え‥‥。えっと、多分‥‥?」 そう答えはしたが、遼華の中で膨らむ不安が100%そうであると告げている。 「しかし、以前は単独で乗り込んできて――」 はっきりと答えない遼華に変わり、穏が声を上げるが、 「その時は失敗したのであろう? 現に遼華はここにおるのじゃ。まぁ、敵も馬鹿でない。二の轍を踏むつもりはないのじゃろう」 と、振々がゆっくりと首を横に振った。 「ならば、目的はただ一つ、この心津を奪い――」 まるで流れる様に敵の思惑を語っていく振々の言葉に、参列した一同は驚いたり、感心したり。 「――へぇ、さすが『今孔明』最上殿の秘蔵っ子だねぇ」 振々の導き出した答えは実に納得できるものであった。戒恩は純粋に感心する。 齢12になったばかりの少女とは到底思えぬ推察力と洞察力。 遼華など、しきりに感心し感嘆の声を上げ続けていた。 「む? いまこーめー? 沢繭でもその名を聞いたが、何の事じゃ?」 「うん? 最上殿の昔のあだ名みたいなものだよ。気にしない気にしない」 「ふむ‥‥?」 戒恩の説明に振々は大きく機微を傾げる。 「とにかく、先日は振の勘違いで迷惑をかけた。振で役に立つのであれば、何か詫びがしたいのじゃ」 「でも、振姫様はその執政官さんを探しに行かないといけないんじゃ‥‥?」 「構わぬ。開拓者達の話では、頼重を攫った者もこの心津を目指しているという話じゃしの」 と、振々は心津を覆いかくす霧へと視線を移した。 ●翌日 「あ、あれは‥‥?」 青と藍の境界に望遠鏡を向けた灯台守の男は、小さな小さな黒点を見つける。 それは船の様でもある。 「‥‥船?」 灯台守は小さく呟いた。 普段であれば心津へ向ってくる交易船が通る航路の辺りである。 「ま、まさか‥‥!」 しかし、今は非常時である。 灯台守は急ぎ、実果月港への階段を下っていった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ●目的 攻めよせる越中軍から心津を防衛する事です。 ●場所 霧ヶ咲島: 朱藩の南洋に浮かぶ島で、濃淡こそあれ一年を通じ常に霧が発生していまる為、空からの入島は非常に難しく飛空船は役に立ちません。 島の周りは早い海流が入り乱れる、難所でもあります。 また、島周辺には暗礁も多く、座礁する船も少なくはありません。 さらに、島の海岸線は周囲がほぼ断崖になっており、船が接岸できる場所は僅かしかありません。 島は三千m級の山脈によって南北に分断されており、南北間の行き来はほぼありません。 心津: 山脈で分断された霧ヶ咲島南部の領地の総称。 今回の戦いの舞台となるであろうと地でもあります。 陵千: 心津の領都。 人口二千人程の小さな街ですが、心津では一番賑わっています。 領主屋敷もここにあり、屋敷の内部には避難してきた住民も多数おります。 今回は後方支援の拠点なります。指揮は、戒恩と遼華が取ります。 実果月港: 心津最大にして唯一の外海との接点。 断崖に穿たれた海の洞窟を利用して作られた港で、元は海賊のアジトでしたが開拓者達の活躍により掃討され、今は心津の交易拠点となっています。 前回の会議の結果、ここを防衛拠点&住民の避難先にすることが決まっており、数々の防衛策が取られています。 <防衛策> ・大筒:外海へと出る出入り口に向け5門の大筒を設置。 ・防船柵:出入り口の水中に沈められた鉄製の柵や鎖。海中からの侵入を防ぐ。 ・ブイ:侵攻撹乱用に多数設置し、敵の座礁を狙う。 地上へと続く階段に爆薬を設置しており、有事の際は爆破し、敵の上陸を阻止出来るようにもしています。 実果月港の指揮は、振々と道がとります。 その他: 広い心津の領地には2km間隔で物見櫓が設置されており、敵の侵入などの異常事態が起これば、即座に銅鑼と太鼓で合図をし、陵千及び実果月港へ知らせる仕組みを取っています。 各物見櫓の指揮官として、穏が就いています。 ●援軍 朱藩軍: 大型飛空船『田塊』を旗艦とする一個船団。 輿志王の命を受けた砲術士『市川 栄』を隊長とする二百名からなる部隊です。 |
■参加者一覧 / 万木・朱璃(ia0029) / 朝比奈 空(ia0086) / 朧楼月 天忌(ia0291) / 酒々井 統真(ia0893) / 一ノ瀬・紅竜(ia1011) / 天河 ふしぎ(ia1037) / アルティア・L・ナイン(ia1273) / 喪越(ia1670) / 皇 りょう(ia1673) / 水月(ia2566) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 各務原 義視(ia4917) / 倉城 紬(ia5229) / 御神村 茉織(ia5355) / 風鬼(ia5399) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / フレイ(ia6688) / 浅井 灰音(ia7439) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 趙 彩虹(ia8292) / 神咲 六花(ia8361) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / カジャ・ハイダル(ia9018) / 霧先 時雨(ia9845) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / マテーリャ・オスキュラ(ib0070) / アルセニー・タナカ(ib0106) / 狐火(ib0233) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / ロック・J・グリフィス(ib0293) / ニクス・ソル(ib0444) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / ヴァナルガンド(ib3170) / 夜刀神・しずめ(ib5200) / 御調 昴(ib5479) / 蓮 蒼馬(ib5707) / リラ=F=シリェンシス(ib6836) |
■リプレイ本文 どこまでも澄み渡り、高く高く。 見上げれば海の青にも負けぬ透明感を帯びた蒼が。 「この蒼き空と白き霧の元に起きた、一つの戦い」 紫の双眸が蒼穹を見上げる。 「しかと紡ぎましょう。のちの世に語り継がれる様に」 ● 秋空に響き渡る一発の砲声により、世界は一変した。 「左舷砲門弾込め急げ!!」 老練を思わせる声が甲板に響き渡り、若い足音が我先にと木板を踏み鳴らす。 「てぇぇっ!!!」 耳を劈く轟音が連続して響き、黒煙と硝煙の匂いが辺りに充満した。 「アヤカシの足が遅くなりました。このまま牽制をお願いします」 「当てなくていいのか?」 「はい、水中に潜られては厄介ですから、今は速度を落す事に全力を」 「わかった、従おう」 白髭を撫でつけた老将は首肯する。 「事後は任せます! 行くよ、ケイト!」 事後を託した御調 昴は魔槍砲を受け取ると、一気に蒼穹の空へと躍り出た。 ● 「まったくもって不可解ですな」 領主屋敷の屋根の上。風鬼が愛犬の咥えて来た書を開き目を通していた。 「これだけ周到に準備された戦にもかかわらず、潜入工作がない。何と非効率な」 完徹し足を棒にして探しまわった『潜入者』の痕跡。 しかし、風鬼の聴覚と愛犬の鼻を駆使してさえ、その痕跡は見つけられなかった。 「こうも真正面から挑む。猪武者にも程がありますな」 霧で見えないが、確かに迫るそいつ等を眺める。 「それが狙い。――と、こうやって思考の深みに嵌らせるのが策かもしれない、と思わせる事が策、なんて事は実はなかったり」 自分の思考に自分で突っ込みを入れた。 「やれやれ、難儀な仕事を受けたものですな」 ● 「左方、シノビ衆を海岸線に取りつかせよ」 「右方、アヤカシ兵器を先行させ港へ」 「飛空船は領空を自由に航行。その姿見せつけてやれ」 「黒船を――」 薄暗い部屋に蝋燭の炎が照らし出すのは、幾百幾千もの書と、一人の男だけがあった。 ● 「戒恩氏。そろそろ準備を」 「うん。そうだね」 護衛をするという狐火の申し出に戒恩は頷くと、すっと席を立ちあがった。 「でも、うまくいくかな?」 「うまくいかないまでも数秒の時間は稼げます。その為に戒恩殿には侍従の姿へ変装して頂くのです」 「数秒あれば、君なら何とかするって事か」 「そう言う事です」 狐火は万が一に備え、戒恩を隠遁しようと試みた。 ただ隠すだけならば心津から逃がせば事足るが、それでは士気に影響する。 そこで、自ら影武者となり戒恩を侍従の一人として脇に侍らせ、指揮させようというのだ。 「うん、わかった。任せるよ」 「悪い様にはしませんよ」 と、答える狐火はすでに戒恩が纏っていた衣を身につけていた。 ● 「らびあんろぉぅず!」 海面すれすれをグライダーが飛ぶ。 額にはねじり鉢巻き。袖を通すは祭り法被。そして、これでもかと目を引くのは背に掲げた大漁旗。 アヤカシ兵器が迫り、朱藩空軍の砲弾が降り注ぐ戦場にあって、一際目立ついでたちで空をかける男、その名を「喪越」。 自然を愛し、祭りを愛し、美女を愛する孤高の旅人が今ここにいる理由。それは――。 「姫様ー! 我が雄姿、とくとそのおめめに焼きつけてくださいよー!!」 港に残してきた愛しきハニーこと、振々にええかっこを見せる。ただそれだけの為であった。 「カツモクせよ、この神技!」 調子に乗った喪越はあろうことかグライダーを錐揉み回転させる。海上すれすれで。 しかし、南海の荒波を甘く見てはいけない。 ええかっこの為に攻めすぎたグライダーは、呆気なく翼を波に取られる。 「‥‥え」 時すでに遅し。水面を実に24回という天儀記録にも匹敵する回数を跳ねた喪越は――星となった。 ● 「喪越機、墜落!」 本日最初の悲報に実果月港がざわめく。 「ふむ、して何刻稼いだのじゃ?」 「おいおい、姫さん、もう少し心配してやったらどうだ?」 あまりに冷たい振々の態度に、御神村 茉織は振々の顔を覗き込んだ。 「必要無いのじゃ。奴は自らの責務を果たした」 結果、喪越は身を呈してアヤカシ兵器の隊列を乱していた。 「それに、奴はそう簡単にはくたばらん」 「まぁ、そりゃそうか」 まるで心配する事無く、逆に呆れる様に呟く振々に茉織は苦笑交じりに頷いた。 「それよりも、準備は出来ておろうな」 「ああ、言われたとおりにな」 振々の問いかけに頷く茉織。 「ならば良い。ん」 「ん? ああ、へいへい」 顎で合図を送られた茉織は、素直に膝を折る。 「皆の者、聞け! 間もなくこの港に敵主力が攻め入ってこよう!」 そして、茉織の肩に腰かけた振々が、集った者達に檄を飛ばす。 「されど我らには地の利があり、人の和がある! 臆することはないのじゃ! 勝利は我らが共に!!」 『うおぉぉぉ!!』 「へぇ、すげぇもんだな」 振々の一声に沸き返る心津の勇志達の姿に茉織は感心至極。 「本来は、遼華がすべき事なのじゃがな。指揮者が宝では致し方ないのじゃ」 指揮者が宝。指揮すべき立場である遼華は、今回後方にて待機している。 それも彼女が敵の本目的の一つであるからに他ならなかった。 「そろそろ来るのじゃ。指揮の為に駆けまわる。『足』は任せたぞ」 「ああ、行くぜ、姫さん!」 ● 「‥‥来てくれると思ってたの」 至る所に補修の跡がみられる飛鉄・改の甲板上で、水月が黎明を見上げた。 「女性の涙には弱いんだよ、俺」 少し目を潤ませる水月の頭を撫で、黎明がはにかむ。 「ちなみに、私は泣いていませんよ?」 と、後ろから趙 彩虹がかくりと首を傾げ、心に突き刺さる一撃を入れた。 「黎明!」 そこへヴァナルガンドを伴い、天河 ふしぎが現れる。 「はじめまして黎明さん、団長がいつもお世話に」 礼儀正しく礼を述べるヴァナルガンド。 「ああ、こちらこそ彼には助けられているよ」 「れ、黎明‥‥」 どこか嬉しそうに黎明を見上げるふしぎに、ヴァナルガンドも自然笑顔になる。 「‥‥黎明さん、来てもらって早々で、ごめんなさいなのだけど」 和やかに再会を喜ぶ黎明に、水月が申し訳なさそうに声をかける。 「ああ、こんな事をしに来た訳じゃないね。レアは――どこだ」 真剣みを増した黎明の視線に答える様に、ふしぎが空の彼方を指差した。 ● ジャーンジャーン! 鳴り響く警鐘が襲来を告げる。 「一匹足りとも陸に上げる訳にはいかない――構え筒!!」 リラ=F=シリェンシスが右手を上げ。 「目標、崖下アヤカシ!」 霧に霞むアヤカシ兵器をじっと見つめ、時を待つ。 「今っ! ――てぇぇ!!」 一気に振り下ろされると、リラに御された鉄砲隊が一斉に引き金を引いた。 「次!」 戦果も見る事無く、リラは銃士隊に号令を下す。 自身の役目は牽制であり、敵の数を一つでも減らすこと。 方々から響く銅鑼の音へ向け、リラ達は霧の中を駆けだした。 ● 「相手は最新鋭の戦闘艦だから、十分に気をつけてください」 朱藩からの援軍『春嶽』と『秋嶽』の両艦長に浅井 灰音が知りうる限りの情報を提示する。 「大筒は生きています。それに速度も速い」 軍人然とした両艦長を前にも、灰音は気圧される事無く説明を続ける。 「両艦長には、その脚を止めていただきたい」 「我らが船では対飛空船はあまり分がいい戦いではないが?」 「申し訳ない。重々承知でお願いしています。頼れる者が貴方達しかいない」 二人の艦長に灰音が深く頭を下げる。 「‥‥分かった。顔を上げてくだされ。『田塊』がアヤカシに当たっている今、我らしか動けないのはわかる」 「では!」 「最善を尽くさせてもらおう」 表情を明るくした灰音に、壮年の軍人二人は不器用に微笑んだ。 ● 「これを」 「む、なんじゃ?」 蓮 蒼馬が差し出した呼子笛を受け取る振々。 「娘から託された。身に危険を感じれば吹け。何を賭してでも駆けつけよう」 年の頃なら娘と同じくらいだろう。見上げてくる瞳を強く見つめ返す蒼馬。 「ふむ、しかしの。蒼馬とやら」 「なんだ」 「振に敵の手が及ぶ状況になれば、それは敗北も等しい」 「‥‥」 「そうならぬよう動くのがお主であろう? であれば、これはお守りとしてもらっておくのじゃ」 挑戦する様な言葉と視線。 「‥‥ふっ。そうか」 「うむ、そうなのじゃ」 満足気に微笑む蒼馬に、振々もまた満足気に微笑んだ。 「鳳の雛、か」 背に振々の指揮の声を聞きながら、蒼馬は戦場へと赴いた。 ● ヒュン――とさっ。 「櫓の制圧完了しました」 「まさかこれだけ?」 砂浜に立った男が至極つまらなさそうに吐き出した。 「広い土地に対してあまりにも人が少ない。この程度で精一杯なのでしょう」 「ふーん。これなら港から堂々と入った方が面白かったね」 「あまり慢心なさいませんように」 「悦は心配性だ」 ● 「腹が減っては戦はできませんっ!!」 土壁に囲まれた屋敷の一角は、さながら祭りの様な活気を見せていた。 「さぁ、皆さん、ここが腕の見せ所ですよ!」 集った民衆を鼓舞するように腕を突き上げる。 「万木さん、港で防柵用の竹が足りません。切り出しに人を回してもらえますか?」 最前線へと送り届ける補給物資の一切合財を取り仕切る万木・朱璃と各務原 義視。 二人は前線で戦う開拓者と兵士達に潤沢な兵站と資材を届ける為、あえて後方の支援に回っていた。 「了解ですよっ、すぐに回しますね!」 「お願いします。私は輸送隊の護衛に着きます」 「もうすぐ夕食が出来上がりますので、避難民の皆さんの分も合わせてお願いしますねっ!」 「了解しました」 ● 「深名を賭して誓う――我が名は空」 滑空する鷲獅鳥の背で白髪が風に靡く。 「どこにでもありどこにもない者」 紡がれる言の葉は風斬り音でかき消されながらも、 「空が一命を持って命ずる。来たれ、氷原の息吹!!」 確実に紡がれたそれは、力となり具現する。 「アイシスケイラス!!」 目標は海上を悠々と進むアヤカシ兵器。 「いくら堅いとはいえ、やりようはいくらでもあります。人の知恵、甘く見ないでいただきましょう!!」 「行きます!!」 空の放った冷気に氷を纏うアヤカシに向け、昴がケイトの背を蹴った。 「魔槍砲の一撃、受け切れますか!!」 突き立てられた魔槍砲が火を吹く。 昴渾身の一撃がアヤカシ兵器の堅固な殻を打ち砕いた。 ● 「後は煙で燻してっと――これで一週間は行けますね」 握り終えた米を見下ろし、朱璃は額に浮いた汗を拭う。 「さぁ、来るなら来いですよっ! もう、心津は好き勝手させません! 私の第二の故郷ですからね!」 言って、少し照れくさかったのか辺りをきょろきょろと伺った朱璃。 「早く元通りに戻ればいいですね‥‥」 と、再び皆が待つ竈へと戻っていった。 ● 「――っ! くっ、察知されましたか」 突然消えた中空の『視界』にアルセニー・タナカが顔を曇らせる。 「なにか見つかった?」 「残念ながら深部にまでは至りませんでしたが、中にはシノビと思しき人影が数名」 「‥‥数名? 少ないわね。罠?」 アルセニーの報告にフレイは思案を巡らせる。 「罠でも何でも、とにかく、あれを港に近づけちゃダメでしょ!」 「‥‥そうね。アーニャのいう通りかもしれない。ここでああだこうだ言っていても仕方ないわね」 「ご随意に」 黒船を指差すアーニャ・ベルマンの表情にフレイも決意を固め、アルセニーも首肯する。 「和奏さんもお力貸してもらえますか〜?」 「部外者の身ではありますが、お手伝いさせてください」 「ありがとうございます。心強い限りですよっ!」 アーニャの問いかけに、共に空をかける和奏がにこりと頷いた。 「それじゃ、行くわよ! アーニャ、アルセニー! ベルマン家の名にかけて、あの船は必ず止める!」 『はい!』 ● 「地図には怪しい場所は無さそうなんだが‥‥」 「地図なんて当てにしないで、自分の眼で探すっていいだしたのはカジャでしょ?」 「ああ、その通りなんだがな」 敵のシノビ集団を警戒してカジャ・ハイダルと霧先 時雨は避難民がごった返すスペースを歩いていた。 「海賊のアジトだったのも2年も前って話だし、抜け道も塞がれてるんじゃない?」 「まぁ、いいさ」 「いいさって、貴方ね‥‥」 「お前と二人で見回れるだけでな」 「なっ、何馬鹿なこと言ってるのよ! 今そんな場合じゃないでしょ!」 「だよな」 「そうよ!」 「なぁ、時雨」 「な、なによ? まだ何かあるの‥‥?」 「俺と結婚するか?」 「‥‥へ? ななな、よりにもよってこんな所で求婚とか!?」 「なんだ、否か?」 「なっ! そんな事言ってないでしょ! す、するけど‥‥! ばかっ!!」 ● 二千人を越える人々が必要とする物資は想像を越える量となっていた。 何台も連なる物資運搬の荷を義視が主導し護衛していた。 『でもよかったですねー。許してもらえて』 「と、当然だろ。あれはあくまで策だったんだから」 見上げる瞳に視線を合わすことなく咳払い一つ。 『あれが策ですかー。あれがねー』 見上げる瞳は嘆息交じりに呟いた。 「む、蒸し返してないでさっさと運ぶよ! こんな長い隊列、襲われたらお終いだ!」 『はいはーい』 ● 「やっと着やがったか」 こきりと首の骨を鳴らし、酒々井 統真が開口を見やる。 海上での善戦もあり、港に辿りついたアヤカシは半数に減っていた。 「俺達の後ろには心津の住民いる。覚悟はいいな?」 「ええ、当然でしょ?」 答えるのはユリア・ヴァル。 「ユリア、来るぞ‥‥」 そして、ニクスの他幼馴染たちだった。 「これがアヤカシ兵器‥‥造られたアヤカシ‥‥」 大筒の応戦を物ともせず、太い触手を岸壁へとかけるアヤカシ兵器を、イリスがじっと見つめる。 「見とれていてはダメよ、イリス」 「気圧される事は無い‥‥あれは『人形』だ」 「ユリア、ニクス義兄様‥‥はいっ!」 姉の様な友と義兄の背押しに、イリスは異形に向け一歩前へ出た。 「――騎士、アイリス・マクファーレン。参ります!!」 薄紅色の光輝を纏い盾を構える。 「私が防ぎます。皆様、隙をお突きください!!」 完全なる防備を固め、イリスはアヤカシ兵器に向け挑発の怒声を上げた。 「さて‥‥『人形』の実力」 剣に炎を宿され、ニクスがイリスの食いとめるアヤカシ兵器へと跳躍した。 「どれ程のものか、試させてもらう!」 ニクスが振るった剣が纏った炎は、アヤカシ兵器にぶつかる瞬間、威力を弱める。 そして、打ちおろされた剣は堅固な殻に弾かれた。 「‥‥やはりごり押しは効かないか。ユリア!」 迎撃に襲い来る触手を避け飛ぶニクスは、後ろで控えるにユリアに声をかけた。 「搦め手で行くしかない様ね。紫乃、フラウ、貴女達の出番よ。頼んだわ! 幼馴染達を纏めるユリアが即座に次の方策を練ると、泉宮 紫乃とフラウ・ノートの名を呼んだ。 「はいっ!」 「やっと出番ね!」 ユリアの声を受け、紫乃とフラウが一歩前へ出る。 「いくら頑丈でも‥‥!」 「これならどうですか!」 二人の術士は、内包する練力を武器へと伝達させる。 「氷龍!!」 「ブリザーストーム!」 生み出された冷気の牙は、岸壁へと足をかけたアヤカシ兵器の全てを凍りつかせた。 「今よ! 心津の皆、網を!!」 『おう!!』 紫乃とフラウがつ切りだした隙をより完璧にする為に、ユリアは協力を申し出た心津の民に檄を飛ばす。 投げられた投網は、凍りつきながらも氷下でもがくアヤカシ兵器の身体に次々と絡みついていった。 「振ちゃん!」 「うむ、よくやったのじゃ!! 大筒隊、前面のアヤカシ兵器に向け一斉射撃!!」 茉織の肩に乗り指揮を行う振々が指揮棒を振るう。 「焙烙隊、一斉投擲なのじゃ!!」 人の造り出した兵器がアヤカシの造り出した兵器に襲いかかった。 ● 「次の策を聞かせてもらおう」 「‥‥」 「最上殿、次の策を言え」 「‥‥姫様は」 「‥‥過保護にも程があるな。安心しろ、意中の姫は無事だ」 「本当だろうな!」 「今はまだ、と言っておこう。我々もまだ最上殿を敵に回したくないのでな」 「‥‥くっ」 ● 「善戦しているが、このままではこちらが先に潰れるな」 レアに迫る朋友達と朱藩軍を眺め、竜哉が呟いた。 「竜哉にー。空域に邪魔な新手は無いのだじぇ!」 そこにリエット・ネーブが駆けつける。 「機は今だな」 「今だ今だ!」 こくんと頷いた竜哉の合図に、リエットは嬉しそうに復唱復唱。 「行くぞ、リエット。追い付けなければ置いていく」 「えー!? 竜哉にーひどいのだじぇ!?」 「視界を奪う!」 竜哉が龍を奔らせる。一瞬の全速はレアの船首を取り、 「やはりあったか。高速性を誇る船だ、風圧は敵だろう」 見つけたのは操舵室の窓。そこに貼られた風圧避けのガードだった。 「その速度が仇になったな」 竜哉は操舵室に向け用意した泥玉を投げつけた。 泥玉は風圧に潰され四散する。 視界を塞がれたレアは、目に見えて速度を落した。 ● 「やぁ、先日ぶりだね」 「また君? 懲りないね」 霧に紛れていたとはいえ、ここまで接近を許すとは、シノビの技は伊達ではないのだろう。 アルティア・L・ナインは門を背に、目の前に佇む二人の人影を見据える。 「アルティア殿、周知は完了した」 「ありがとう。これで心づもり『は』できる」 皇 りょうが伝令を終え駆けつけてくれた。 これで二対二。 「やはり生きていたか、田丸麿」 「うん? 誰だっけ?」 「‥‥忘れたか。私のことなど忘れて結構! しかし、貴様がお泉殿にした所業だけは、忘れたと言わせん!!」 「お泉‥‥? ああ、あの乳母か」 思い浮かんだ女の顔に田丸麿はポンと手を打った。 「貴様に刈られた命、その命をもって償ってもらう!」 「返り討ちにしてあげるよ」 「皇君、あまり逸らない様に」 いつも以上に肩に力が入るりょうの肩にアルティアが手を置く。 「アルティア殿‥‥」 「君の慕う主がこの先にいるんだろう?」 「‥‥う、うむ」 「ならば慎重に冷静に、そして、確実に――倒す!」 「おう!」 アルティアとりょうが、地を蹴るのは同時だった。 ● 「始まった‥‥」 屋敷内まで響く金属音に神咲 六花は顔を上げた。 「だ、大丈夫でしょうか」 「大丈夫。彼等は必ず君を守る。だよね、神音」 不安げに呟く遼華に朗らかな笑みを向け、隣に侍る妹の髪を乱暴に撫でる。 「そうだよ! あんな変態男に、遼華おねーさんは渡さない! 皆もその為に頑張ってるんだから!」 両の手をぐぐっと握り、何度も頷く石動 神音。 「あ、ありがとう」 力強く心強い神音の視線に、遼華も何とか笑顔を作る。 「そうですよっ! これだけ厳重に警戒してるんです。絶対に大丈夫です!」 倉城 紬が不安がる遼華を安心させるように、笑みを向けた。 「ああ、お前も知っているだろう? 外の二人の腕は一流だ」 外からは、未だに続く衝撃音と交錯音。 一ノ瀬・紅竜は部屋から覗く中庭から外を眺めた。 (‥‥神音、旗色が良くない。ここまで来るだろう) (え‥‥?) 六花が神音にそっと耳打ちする。 (六花。俺は一つ前の部屋に出る) 答えたのは紅竜だった。 (一緒に戦わないのかい?) (遼華に‥‥血は見せたくない) (‥‥何をするつもりだい?) (死にはしないさ) そう耳打ちすると、紅竜は徐に立ち上がり、遼華の元へ。 「遼華」 「は、はい?」 「この悪夢、必ずここで止める。だから安心して、俺だけを見ていろ。それですべて終わる」 「‥‥」 紅竜の頼もしい言葉に、遼華は一度だけ力強く頷いた。 ● 「後2匹なのじゃ!」 振々の指揮、ユリア達の奮戦と統真の善戦により、アヤカシ兵器は確実に数を減らしていた。 「陸に上がられるぞ!」 茉織が叫ぶ。 「そうはさせるか‥‥お前の相手はこっちだ!」 並ぶ大筒を踏みつぶし、陸へ上がってきたアヤカシ兵器に統真が咆哮を浴びせた。 「そこだっ!」 「これ以上、進ませはしません!」 ニクスが、イリスが――迫るアヤカシに果敢に挑む。 「いくら数が多くたって‥‥負けないんだからね!」 「そうです。ここを越えられたら――皆が居るんですから!」 フラウが、紫乃が――練力を力に変え立ち向かう。 「後は私達がやるから、貴方達は下がって!」 「壊された大筒に火を投げ入れるのじゃ!」 ユリアが、振々が――的確に指示を飛ばして行く。 「残るは一体! 仕上げだ!」 最後の二体のうち一体が瘴気へと戻る。 「了解だ」 統真の咆哮を合図に、蒼馬が神速を持って地を蹴る。 「うおぉぉぉぉ!!」 追う統真も全身に纏う紅き気を拳へと集中させ地を蹴る。 「往生しろぉ!!」 蒼馬の蹴り、統真の拳が、紫乃達が劣化させたアヤカシの殻を突き破り、核を打ち砕いた。 ● 『がはっ!』 胸に残った空気を一気に吐き出し、地に伏しのた打ち回る。 「随分と腕を上げたね。褒めてあげるよ」 まるで数問の解けた子供を褒める様に、田丸麿は地に伏す二人を見下ろす。 「でも、まだ足りなかったね」 「ま、待て――!」 必死に叫ぶその言葉は果たして声になっていたのだろうか。 りょうはやっとの思いで身をうつ伏せると、重厚な門をまるで紙の様に切り刻む人影に手を伸ばす。 「これ以上先には、行かせん!!」 声共に鉄の味が口の中に広がる。 「行かせ――」 自身で聞いた自身の声を最後に、りょうの意識は途切れた。 「‥‥」 全身全霊を賭してさえ及ばなかった。 「燃えカスになってさえ、及ばないとはね」 荒野に晒された自身の身体を嘲笑うかのように呟く。 「‥‥すまない、遼華君」 アルティアの頬に、一筋の涙が流れ落ちた。 ● 「はぁぁ!」 洋上に浮かぶ黒点に向け、フレイが身を躍らせる。 「その程度では止まりません!」 和奏は乱れ飛ぶ迎撃の刃を弾き飛ばして行く。 「霧の中に入られたら厄介です。それまでに止めます! タナカさん!」 「はい、お嬢様」 アーニャの放った爆裂矢に合わせ、アルセニーが瘴気を喰らう餓鬼玉を召喚する。 「船体の全てが瘴気であれば、この者の良き餌となるでしょう」 アルセニーの放った魂喰は瘴気でできた船体をむしばんでいった。 「うわっ、タナカさんすごい‥‥! 私も負けませんよ!」 アルセニーの戦果に闘志を燃やすアーニャは標的を甲板に定める。 「お姉の道は私が開きますよ〜!」 そして、渾身の一矢を放った。 「‥‥派手にやってくれるわね。和奏さん、今のうちに船内へ!」 吹き荒れる爆炎にあきれ顔のフレイは、共に潜入する和奏に声をかける。 「了解しました」 二人はアーニャが穿った甲板の大穴から、内部へ向け身を躍らせた。 ● 自慢のグライダーを駆りレアの甲板に強行着陸したふしぎは、 「空賊団『崑崙』参上! レアは返してもらうよ!」 迎撃に出て来たシノビ集団へ見せつける様に大旗を振りかざし、高らかに声を上げた。 「団長、あまり一人で無茶しないでくださいよ。今日は援護が私だけなんですから」 「大丈夫! だって、今僕の心は正義に燃えているんだから!!」 「大丈夫の根拠が何もないと思うんですけど‥‥」 正義に瞳を燃やすふしぎに、追従するヴァナルガンドがふぅと大きく溜息一つ。 「彩、あそこから中へ入れる」 「うん、一気に駆け抜けよう!」 ふしぎが敵の気を引いているうちにと、お互いの顔を見合わせ頷き合う灰音と彩虹が、甲板を蹴った。 「隙を利用させてもらおうか」 ふしぎ、ヴァナルガンド、竜哉が甲板の敵を相手に奮戦している中、龍を駆りロック・J・グリフィスが甲板の隅へ乗りつける。 「頼重殿が捉われているのであれば‥‥やはり船倉か」 そして、脇目もふらず船内へと続く階段を目指す。 「攫われたままとあっては、空賊の名折れだからな――返していただこう!」 ● 「飛空船に敵!」 「全速で転進。ドクに伝えよ、仕込んでいた『罠』を発動させよ、と」 「随分、餌に食いついたようだな」 「その為に目立つように配置した」 「読んでいたのか。さすが今孔明殿だ」 「‥‥可能な限り全速でと告げろ」 「当船に開拓者侵入!」 「法禍を当たらせ、即潜航を始めよ」 「大規模戦力での正面突破を隠れ蓑に、敵本陣への超戦力での単騎奇襲、か。実に見事な策だ今孔明殿。これでこそ貴殿をここに招待した甲斐がある」 「‥‥」 (死ぬなよ、開拓者達‥‥) ● 「いい加減、自分の実力を弁えたらどうかな? ウザいよ」 「ぐっ‥‥」 くぐもった苦痛の吐息が漏れる。 田丸麿の繰り出した突きが、紅竜の左肩に深々と突き刺さっていた。 「貴様がどんなに強くとも――」 田丸麿の刃を内包した紅竜は肩の筋肉が一気に肥大させ、刀の動きを封じる。 「これならばどうだ!」 そして、開いた手で小さな刃を抜き放った。 刃は真っ直ぐに田丸麿を捉えるかに見えた、その時。 「‥‥それで抜けないとでも思ったの?」 田丸麿は突き刺した刃を、力づくで、斬り上げた。 どさっ――。 「ぐあぁぁっ!!」 「紅竜さん!?」 紬が右肩を押え蹲る紅竜の元へ駆け寄った。 「ひっ‥‥!」 小さな悲鳴が喉の奥から洩れる。 紅竜の肩からはとめどなく溢れる紅き血。そして、地面に落ちる、腕。 「今、殺してあげるよ。苦しいだろ?」 まるで羽をもがれた虫でも見る様に、田丸麿は二人に近づく。 「それじゃあね。バイバイ」 そして、血に濡れた白刃を振り上げた――。 「だぁろぉぉ!!」 「む」 突然の奇声に、田丸麿は咄嗟に後ろに飛びのいた。 「ったく、こんな事じゃおちおち遠足にも出かけてらんねぇなぁ、紅竜よ!」 赤髪を振乱し、田丸麿と二人の間に割って入った朧楼月 天忌。 「紬!」 「は、はいっ!」 「早く癒してやれ! 今ならまだ腕は『付く』!!」 「え‥‥、は、はいっ!!」 田丸麿を睨みつけたまま叫ぶ天忌に紬は我に帰る。 そして、血に塗れた腕を拾い上げると、蹲る紅竜を抱き上げた。 「‥‥待たせたな。お前の相手はこの俺がしてやる!」 「はぁ、面倒だね‥‥」 「言ってろぉ!!」 ● 「これ以上レアを好きにはさせないんだからな!」 「そうですか、それは残念です」 扉を蹴り飛ばし操舵室に侵入したふしぎの目の前にはドクと名乗る男が立っていた。 「しかし、少し遅かったですね。御覧の通り、私の仕事はこれで終わりです」 と、ドクはすっと立ち位置を半身ずらすと、背に隠していた舵輪をふしぎに見せつけた。 「酷い‥‥」 ヴァナルガンドが思わず声と上げる。 「な、なんてことを!」 それは破壊され前傾した舵輪であった。 「では、私はこれで失礼いたしましょう」 「逃がす訳ないだろう!」 何事もなかったように去ろうとしたドクに、ふしぎが立ちはだかる。 「よいのですかな、私の相手をしていても」 「何を‥‥まさか!」 「おや、そこのお嬢さんはお気づきですか」 「え? ヴァナル、どういう事‥‥?」 「舵輪を見てください。このままでは――墜落します」 「っ!?」 「では、私はこれで――あ、そうそう、力一杯引けば軌道が戻るかもしれませんよ?」 「くっ!」 二人は急ぎ舵輪にとりついた。 「‥‥これだけ探しまわっても居ない、だと?」 船倉、船員室、食堂――人が捉われていそうな場所はくまなく探した。 しかし、目的の人物はおろか、敵であるシノビ以外誰もいない。 「まさか、すでに別の場所に‥‥」 ロックは思案を巡らせるより早く、マントを翻し愛龍の元へ急いだ。 ● 「フレイさん、船が」 次第に傾いでいく船体に和奏が声を上げた。 「‥‥こないのなら、こちらから、行く」 抑揚のない声と共に、痛烈な鞭の一撃が足元の床を討ち据える。 「このままじゃ海に引きずり込まれるわね」 「戻りますか? それとも、進みますか? この状況ですと、どちらも困難でしょうけど」 と、和奏が問いかけながら法禍の一撃を避けた。 「‥‥」 戻れば助かる。進めば? 外では、妹と執事が必死に援護しようと攻撃を繰り返してくれている。 「――戻るわ」 「懸命な判断だと思いますよ」 「‥‥逃げる、のか?」 フレイの声を聞いた和奏と法禍がそれぞれ声を上げた。 「貴女も逃げた方がいいのではないですか? 海の底に引きずり込まれますよ?」 「‥‥大きな、お世話」 かまをかける和奏の言葉にも、法禍は無表情を崩さない。 「もう少し話の通じる方が相手であってほしかったですね」 「それは贅沢というものよ」 皮肉を言い合いながらも二人は来た道を全速力でも戻った。 「お姉!!」 降り注ぐ太陽に日差しに目を細めたフレイに、アーニャの叫びが届く。 「早くそこから飛んで!」 「お先に失礼しますよ」 アーニャの声に空を見上げるフレイを置いて、和奏が船縁を蹴る。 「海水浴には季節外れよね」 そして、フレイもまた和奏を習い船縁を蹴った。 間一髪二人を朋友達が拾い上げる。 「一体何をするつもりだったの‥‥」 「現時点では、囮としか考えようがありませんね」 「あんなに大きな船で囮? なんか、もっとすごいことしそうだけど‥‥」 「また浮上してくるかもしれません。見張りを続けましょう」 四人は眼下に沈んでいく黒船を、口惜しげに見つめた。 ● 「さすがにそれが当たると痛そうだね」 「っ!?」 その声は背後から。神音は大きく拳を後ろに振り、前方へ飛び退る。 「でも、当たらなければ関係ないか」 今立っていた場所には田丸麿が平然と居座っている。 「もう負けない! 一年前は何もできなかったけど、今は違うんだよ! 必ず守る。そして、越えるんだ、壁を! この一年の重み受けてみろ!!」 最大限にまで高めた練力に気力を乗せ拳に込めた神音が吠え、畳を蹴った。 「いい事を教えてあげようか」 鬼気迫る勢いで突っ込んでくる神音を前に、田丸麿が平然と口を開く。 「僕もその『一年』を越えたんだよ? 君よりも、苛烈な一年をね」 そう言って――姿を消した。 「どこへ逃げても無駄だよ!」 練力を漲らせた剣を振りかざし、一気に距離を詰める。 「それはどうかな」 構えた弓を下げ、六花に背を見せる形で中庭へと躍り出た悦。 「撃ち合う気はない。一気にケリをつけさせてもらうよ!」 左に練力の剣。右に爆炎の拳。 六花はじりじりと悦との間合いを詰めていく。 「‥‥随分離れたがいいのか。アレは――死ぬぞ?」 その時、悦が口を開いた。 「っ!?」 何時の間にか誘い出された。 気付けば神音とは百m程開いている。 「さぁ、どうする。あの女を見殺しにして私を討つか、助けに入って私に討たれるか」 悦が突き付ける究極の選択に、六花は思わず足を止めてしまう。 「‥‥所詮その程度の覚悟か」 「うぐっ!」 その隙を悦が見逃すはずはなく、即座に番えた矢によって六花は肩を射抜かれた。 「娘の死にざまは見たくないだろう。‥‥先に逝っておけ」 「‥‥この程度で!!」 ● 「うあ!?」 吹き荒れる暴風が制御室を支配する。 「これって暴走!?」 飛空船を動かす動力の一つ風宝珠が荒々しい風を吹き出し続けていた。 「通りで速度が落ちないはず‥‥!」 「水月様!?」 「‥‥お願い、私をあそこまで連れていってほしいの」 灰音、彩虹が暴風前に怯む中、水月がすっと前へ出る 「行ってもどうする事も出来ないよ」 「‥‥こういう時の為に嘉田さんから制御方法を習ってきたの」 諭す様に呟く灰音の言葉にも水月はふるふると首を振る。 「ハイネ」 「‥‥うん、仕方ないね」 「水月様、私達が盾になります。宝珠、お願いします!」 灰音と肩を組んだ彩虹が荒れ狂う暴風を前に立ち塞がった。 「‥‥ありがとうなの!」 ● 「ようやく二人になれたね、遼華君」 「ひっ!」 壁を背に退く事の出来ない遼華に田丸麿が迫る。傍らには力無く地に伏せる二人の姿。 ついに遼華を守る者は無くなっていた。 「ちぉまちぃ」 田丸麿が遼華へと手をかけようかとしたその時、場違いな幼声が響く。 「‥‥邪魔するなら斬るよ」 不機嫌そうに振り返った田丸麿の視線の先には、夜刀神・しずめの姿が。 「邪魔なんかするつもりはあらへん。うちは忠告に来たんや」 「‥‥忠告だって?」 「そや。どうも、勝った気になっとるみたいやからな」 膨らむ田丸麿の剣気に必死で抗いしずめは続ける。 「後数分もすれば、開拓者十数名からなる本隊が戻ってくるで」 「‥‥始末すればいいだけだよ」 「その体で? さすがにただではすまへんのとちゃう?」 すでに幾戦もの戦いを経て、田丸麿も疲弊し負傷している。 「交換条件や。遼華の姐はんは兄はんにやる。代わりに、ここにおる領民と開拓者を見逃して欲しい」 「えっ!?」 しずめの物言いに驚いたのは遼華。 「うち等もこれ以上犠牲は出したくないんや。見た所兄はんの目的は遼華姐はんだけやろ? うち等も一人の犠牲で済む。どや? 悪い話とちゃうと思うで?」 「‥‥面白いね。確かに僕も些か疲れた。その条件呑んであげてもいいよ」 しずめの出した条件を田丸麿はあっさりと承諾する。 「田丸麿様!? それでは、空との協定を無視する事に」 「そんなものはどうでもいいんだよ。アレが何をやろうが僕には関係ない」 「しかし、それでは後ろ盾が――」 なおも食い下がろうとした悦が田丸麿の視線に思わず言葉を飲んだ。 「差出がましい言を述べました。お許しを」 「わかればいいんだよ」 ● 「彩、大丈夫?」 「うん。でも、宝珠の力ってすごいね」 「だね」 暴風の前にひたすら身を晒し続けた二人は、今床にぺたりと腰を落していた。 「でもよかった。これでレアは」 「うん、ハイネの大切な人達に返すことができるね」 「大切な人って‥‥」 「どうかしたの?」 「何でもないよ」 「うん? 変なハイネ」 「‥‥後はここをこうして」 そんな二人が談笑する中、宝珠が穏やかな淡き翠の光を取り戻す。 「‥‥もう大丈夫なの」 額に浮いた汗を拭う水月の表情に、ようやく笑顔が浮かんだのだった。 ● 戒恩を筆頭に、傷付いた開拓者や領民達が続く。 「皆さん、どうかご無事で‥‥!」 長い隊列となって陵千を去っていく人々を眺め遼華が呟いた。 あの条件を出した時のしずめの瞳。それは彼女が何かを企む時に見せる、悪戯な瞳をしていた。 「さぁ、遼華君行こうか」 去り行く者の背を眺める遼華を田丸麿が屋敷へと誘う。 「‥‥なんだ、まだ居たのか」 「交渉人が先に逃げたらあかんやろ」 振り向いた田丸麿の目の前には、最後まで残ったしずめと戒恩の姿。 「ま、無事脱出できた見たいやしうち等も行くわ。あ、不意打ちとかはなしにしてや?」 「‥‥今この場で斬ろうか?」 「おー、こわっ。おっちゃん行くで」 「ああ、そうだね」 柄に手をかけた田丸麿の脇を抜け、しずめと戒恩が街を出る。 (必ず助ける。少しだけ待っていてくれ) (‥‥) すれ違いざま耳元で囁かれた言葉に、遼華は力強く頷いた。 ● 「皆、ありがとう。おかげで取り戻せた」 数多の開拓者の協力によりレアの奪還は成った。 「しかし、よかったのかい? 島での戦いは」 黎明がふと皆に問う。 「もう、ここからじゃ――」 そして、すでに見えなくなって久しい霧の島へ視線を向けた。 ● 「領民は船へ! 海上で飛空船に乗り換えるのじゃ!」 船へと急ぐ領民を誘導し、振々が叫ぶ。 激しき戦いの末に護りきった港は、未だ心津の手中にあった。 「よいな、戒恩。――うん? 顔色が優れぬぞ?」 「大丈夫だよ。少し持病が出ただけだから。それより、領民を頼む」 「うむ、任されたのじゃ!」 顔色が優れぬ戒恩に代わり振々が陣頭指揮を取る。 「敵は待ってくれぬ。急ぎ撤退するのじゃ!」 「何度か往復せねば全員は無理じゃな‥‥」 援軍に駆けつけてくれた朱藩軍も領民の避難を手助けしてくれる。 しかし、それでも三千を越える民の輸送は一筋縄ではいかない。 「しばらく、ここを防衛しなくてはならんようじゃな。皆、今力を貸してもらうぞ」 と、残った振々は開拓者へ視線を向けた。 ● 「なんだこれは‥‥」 細川満安こと越中実時は手中に納めた陵千の街に入った実時は我が目を疑った。 「まさか、領民の尽くを殺したのか!?」 そこはまるで人の気配の無い無人の街であったのだから。 「田丸麿!」 実時は数多足跡の残る道を領主屋敷に向け駆け上がる。 「田丸麿! どういうことだ! 何故領民がおらん!」 「必要ないから逃がしただけだよ」 返ってきた答えに、実時は再び目を剥いた。 「な、なにを馬鹿な! 領民が――餌がおらねば奴との約束が――」 「五月蠅い。斬るよ」 「ぐっ‥‥!」 一瞬にして膨らんだ殺気に、実時は口籠った。 「僕は必要な物を手に入れたし、他はいらない」 と、田丸麿は席を立つ。 「ど、何処へ行く気だ!」 「さぁ、何処へ行こうか。どこだっていい、二人で居れればね」 そして、田丸麿は遼華を連れ陵千を去っていった。 ● 「知恵を、力を、想いを賭して戦い抜いた、40人の勇志達」 瞼に浮かぶのは心津に集い、そして、護る為に戦った開拓者達の姿。 「――苛烈を極める攻勢にも果敢に立ち向かい、撃破し、護った」 その一人でもある自分自身が見た全てを、この一冊の書に納める為に筆を走らせた。 「しかし、開拓者と心津の民、朱藩の軍の全力をもってしても、押し寄せた強大な力と鬼謀の前に、劣勢を強いられる」 脳裏に蘇る鮮烈な記憶を一字一句気持ちを込め筆に乗せる。 「尚も懸命に闘う心津の者達。だが、それもついに力尽き――『霧ヶ咲島』は奪われた」 そして、最後の一文を書き記す。 「だが、これで終わりではない。この物語は――まだ続くのだから」 无は瞳を閉じ、そっと筆を置いた。 |