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■オープニング本文 ●飛鉄・改 「石恢、右旋回だ!!」 『んなこたぁわかってる!!』 伝声管から返ってくる声は、荒々しさの中に焦りの色が滲んでいた。 どぅ! 瞬間、体を揺らす程の衝撃に襲われる。 「ぐっ‥‥!」 これで何発目の被弾だ? まだ飛んでるという事は、宝珠は無事か‥‥だけど、このままじゃいずれ‥‥。 『黎明! どうする、指示を出せ!!』 怒鳴り声は更に焦りの色を濃くしていた。 「‥‥」 『黎明!!』 このまま逃げてもいずれ追い付かれる。 こちらの船は、最新鋭とは言え試作機。 向うは、最新鋭に加え戦闘艦なのだ。 彼我の戦力差は明らかだ。こちらには反撃する武器さえない。 あの岩だらけの島を脱出し、開拓者と別れたまではよかった。 その後、準備を整え、再びレアの奪還に向うつもりだった。 しかし、その夜、再び向かった岩だらけの島に、レアの姿はなかった。 「‥‥」 『おい!! 早くしろ、もう持たないぞ!!』 伝声管から響く悲痛な声にも、黎明はじっと考え込んだまま口を開かない。 その代わりに、乗り込んだ岩だらけの島で、あれを見た――。 翠の球体の中に蠢く、この世で見た事もない生き物たち。 一年ほど前に滅んだ街の、地下深くで見たそれと同じ物が、この島にもあったのだ。 「なんであそこに、あれが‥‥」 『あぁ?! なんだって? はっきり喋れ!!』 全声管から聞こえた呟きが指示だと思ったのだろう。石恢はがなり声で聞き返してくる。 「とにかく‥‥このままじじゃどうしようもない」 いくら思いを巡らせた所で、生き残らなければ意味がない。 「石恢、船首を上げろ!!」 この船が唯一勝てると言えば、高度。 船体の軽さを活かし、雲の上に逃げるしかない。 『おまっ!? それじゃ甲板を相手さんの火口に晒す事になんぞ!!』 「構わない! このまま落とされるよりましだ!!」 『くそっ! どうなっても知らないからなっ!!』 そして、飛鉄・改はゆっくりと船首を天へと向けた。 ●レア 「しぶといな」 「天儀王朝公認の空賊を名乗るのは伊達じゃないという事でしょうな」 蒼穹の空を逃げ惑う飛鉄・改の黒い船体を眺める二つの影。 「天儀王朝公認か‥‥王朝に目をつけられるのは、些か不本意だな」 「ふむ。確かにそうですな。では、一気にけりをつけますか?」 わざわざこちらに大きく船体を晒す飛空船を一瞥し、長身の男が問いかける。 「‥‥今さら逃がした所で私の計画が狂う訳でもないが、極力不安要素は排除しておくべきか」 「そうでしょう。過去の失敗から学ぶのは賢者の証ですしな」 「過去の愚者は賢者になれると思うか?」 「どうでしょうな。私には興味の無い事ですから」 「ふむ‥‥まぁいい。後は任せた。私はあの女に次の計画を説明せねばならん」 「‥‥あの女ですか。一体何者なのでしょうね」 「何者でも構わん。私はただ利用するだけだ」 「そうですね」 「ではな」 そう言い残すと、男は長身の男を置いて船室へ足を向けた。 「利用されなければいいですがね――」 長身の男は船室へと去っていく男の背を眺めながら呟いた。 ●無人島 浜に打ち寄せる波が静かに波音を立たせる。 「‥‥行ったか」 「何とかな」 生い茂る木々の隙間から上空を見上げ、白い鳩が小さくなる事を確認した。 「それにしても、良く生きてたもんだぜ」 石恢が五体満足の自分の体を眺め、呆れる様な感心する様な溜息を洩らした。 限界高度を越え上昇した飛鉄・改にさすがのレアもついてはこれなかった。 黎明達は高度を維持しながら、レアの追撃を振り切り、この無人島へと逃げ込んでいた。 「これで救援が来てくれればいいんだけどね」 身を顰めるこの島から天儀本土までは、鳩でも丸1日はかかるか。 最早、飛鉄・改と崑崙には反撃の力がない。頼みになるのはあいつらだけだ。 黎明と石恢は、白い小さな点が蒼い空に消えてなくなるまで、ずっと見つめていた。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●無人島 夏の終わりを告げる涼やかな風が頬を撫でていた。 「黎明、無事だったんだね!」 砂浜に静かに身を置く飛鉄・改に、黎明を見つけ天河 ふしぎ(ia1037)が船縁を蹴った。 「ふむ? あの者が此度の遭難者か?」 「はい、空賊団『崑崙』の船長、黎明様です」 着底前の小型船からハッド(ib0295)と趙 彩虹(ia8292)の二人は、飛び降りたふしぎを迎える青年を見下ろす。 「ほう、汝、知り合いか?」 「はい、以前に何度か依頼でご一緒いたしました」 二人が興味深く黎明を見つめる中、小型船は真っ白い砂浜に着底した。 「随分傷付いてしまったのだな‥‥ごめんなのだぜ、飛鉄」 船腹には数多穿たれた砲弾の傷跡。何とか応急処置はしているものの、その傷はけして浅くはない。叢雲 怜(ib5488)は船体を優しく撫でつけた。 「‥‥随分と激戦をくぐり抜けて来た、と言った感じですね」 そんな怜の背越しに真亡・雫(ia0432)は、飛鉄・改の船体を見上げる。 「前回、少し無茶をしましたから‥‥。この傷のいくつかは僕達のせいかもしれません」 飛鉄・改の船体に手を当て祈る様に瞳を閉じていた御調 昴(ib5479)が顔を上げた。 ● 「大丈夫。跡は付けられてないよ」 木の上から望遠鏡で空を見つめていたふしぎが、地上の仲間達に告げた。 「ひとまずは合流成功というところですね」 その報告に、雫はほっと胸を撫で下ろし、 「それでは、具体的にどうするか決めていきましょう」 話を切り出した。 「まず、前回の目的であった飛空船の奪還を行うかですが‥‥」 言葉を選ぶように語り始めた昴。 「現状、こちら戦力を考えるに、非常に難しく思います」 「なのだな‥‥こちらはこの傷付いた飛鉄・改しかないのです」 「ええ、それに引き換え、相手には戦闘艦『レア』。そして、その船には志体持ちの人間が何人もいます」 「志体持ちなら、こちらにもこれだけの人数が」 と、雫が声を上げるが、昴はゆっくりと首を横に振る。 「レアは最新鋭の戦闘艦。飛鉄・改も優秀な船ですけど、そもそもの実力が違いすぎます。志体持ち数人の差など、無しにする程に」 「それ程なのですか‥‥。では、無理に奪還を狙ってもこちらの被害も馬鹿になりませんね‥‥」 一連の事件に初めて関わる雫は、語られる戦況をゆっくりと自分なりに噛み砕いていく。 「黎明さん、ご意見を伺えますか?」 と、昴はじっと瞳を閉じ話に耳を傾けていた黎明に話を振った。 「‥‥レアは取り返したい。あれは俺達の船だ」 皆が見つめる中、黎明が静かに声を上げた。 「もちろんだよっ! 絶対取り返そう!」 黎明の呟いた言葉に、ふしぎが木から飛び降りてくる。 「もう彼奴らの手先にしておくなんて我慢できないっ! レアをこれ以上汚させはしないんだからなっ!」 拳を握り思いの丈を熱く語るふしぎ。 「――いや、ダメだ」 しかし、黎明がその肩に手を置き、純粋なその瞳をじっと見つめる。 「え‥‥?」 「いくら船のためとはいえ、これ以上、皆を危険に晒す訳にはいかない」 「そ、そんな! レアは黎明にとっても大切な船の筈でしょ!」 「もちろん大切だよ。でも、レアは所詮船。人の命には代えられない」 「で、でも‥‥!」 宥める様にふしぎに語り聞かせる黎明。しかし、ふしぎは納得がいかず食い下がる。 「ふしぎ様、それ位に」 と、そんなふしぎを彩虹が止めた。 「ふしぎ様の気持ちはきっと黎明様もご一緒のはず。それでも、決断してくださったんです」 幼い弟を慰める様に、彩虹はふしぎの耳元で優しく囁く。 「‥‥この船が動けばレアが現れる可能性はあると思う。――もし、その時はよろしく頼むよ」 「れ、黎明‥‥う、うんっ! 任せておいてっ!」 優しく微笑む黎明に、ふしぎは力強く頷いた。 ● 「黎明さんが見たという球体‥‥あれは」 と、昴が黎明を見上げた。 「ああ、以前見た事のある奴だった」 「それは、アヤカシ兵器の」 黎明は今回目撃した緑色の球体を以前にも見ている。 「ああ、アヤカシ兵器を作る為の何かだと思う。あれは、よく似ていた」 以前の激戦を思いだしたのか、黎明はギリッと奥歯を噛んだ。 「やはりアヤカシ兵器関係の物でしたか‥‥」 杞憂に終わればと思っていたことが、現実となった。 昴は考え込む様に俯いた。 「まさかそれって‥‥亜螺架が居るって事?」 ふしぎが恐る恐る口にした名前に、黎明がゆっくりと頷いた。 「可能性はなくはないと思う」 「えっと、話が見えないのですけど、アヤカシ兵器とか亜螺架とか、それはなんですか?」 じっと話を聞いていた雫であったが、聞き慣れぬ名前がいくつも飛び出してきたことで、思わず問いかけた。 「話せば長くなるけど――亜螺架って言うのは人型をしたアヤカシだよ。で、アヤカシ兵器と呼んでるのは、その亜螺架が作ってるアヤカシの事」 「アヤカシを作るアヤカシ‥‥。それを細川という商人が使っている‥‥何と言うか、寝耳に水の様な話ですね」 「ふむ‥‥しかし、いくら考えても納得がいかぬ」 二人のやり取りを聞いていたハッドが、腕を組み首を傾げる。 「果たして一介の商人風情にそのような大それた所業が可能か?」 小さいながらも聡明さの片鱗を垣間見せるハッドの語り口に、一行は耳を傾ける。 「この件は、くだらぬ欲や情念に突き動かされた愚か者を隠れ蓑に、何やら正体不明な巨大な影が暗躍しておると考えるのが正しかろう」 「巨大な影、ですか‥‥?」 いきなり出て来た単語に、訝しげな表情を浮かべる雫は首を傾げる。 「裏で操っている者がおるという事だ」 「まさかそれが‥‥亜螺架!」 ハッドの推測にふしぎがガバッと顔をあげた。 「かも知れんということだ。人型であればそれなりの知恵も持っておろう」 「人型のアヤカシが細川を操って‥‥? いや、アヤカシ兵器を利用して?」 昴にも思い当たることがあるのか、ハッドの推測に深く頷く。 「そのアヤカシを利用してか利用されてか知らぬが、商人が身の丈に合わぬ野望を抱く程度には、関わり深いということである」 「それで、心津が‥‥!」 点と点が繋がった。 レアを奪った商人『細川満安』は、何らかの方法を持ってアヤカシ『亜螺架』と手を結んだ。 そして、アヤカシ兵器の力を使い、今ある領地に攻め入ろうとしている事を。 「レアを取り返すことも大事でしょうけど、アヤカシ兵器をこのままにしておくわけにはいかないんじゃないでしょうか?」 見えて来た全貌に、昴が声を上げる。 「ふしぎさんの話では、敵はすでに心津という場所に向っているとの事。であれば、攻めるなら今では無いでしょうか」 「攻めるって‥‥あの島をかい?」 黎明が挙げる驚き声に、昴はこくんと頷く。 「僕もその案に賛成です。敵もまさか、手負いのこちらが逆に討って出るとは思ってないんじゃないでしょうか? そこに隙が生まれると思うのです」 「面白い。敵の留守を突き、本拠を獲るというのだな?」 「一矢報いるのは、俺も賛成なのだぜ!」 昴の呈した案に、皆が賛成の声を上げる。 「‥‥そうだね、もしかしたらレダを元に戻す何かがあるかもしれないし」 「よし、目的は決まったのだな! 目指すは、あの岩島なのだ!」 黎明が頷くと同時に、怜が岩島のある方向へ銃口を向けた。 「申し訳ありませんが、私は負傷者の救護を行います」 見上げると、飛鉄・改の甲板から彩虹が皆を見下ろしていた。 「船の中には負傷されたお仲間がいらっしゃいます。このような所ではまともな治療もできません。それに――」 「足手纏いであるからな」 言いにくそうに口籠る彩虹に変わって、ハッドがばさりと言い放った。 「え、えっと‥‥そ、そんな感じで負傷者の方を先に天儀本土へ避難させてはと思うのです」 してやったり顔のハッドを苦笑交じりに見つめ、彩虹は黎明へと問いかける。 「うん、それはぜひお願いしたいけど、いいのかい? 戦力を裂く事になるけど‥‥」 「その点はご心配なく。乗り込む僕達も無理をするつもりはありません。なにかあればすぐに脱出するつもりですから」 黎明の心配に雫が答える。けして無理をしないと誓いを立てて。 「‥‥わかった、任せるよ。そうだ、石恢を連れていってくれ。護衛は多い方がいいだろ?」 「お、俺か!?」 「わかりました。石恢様、よろしくお願いいたしますね」 黎明の提案に、彩虹は共に甲板から下を見下ろしていた石恢をきょとんと見つめ、にこりと微笑んだ。 「‥‥ったく! わかったよ!」 彩虹の言葉に頷いた石恢は、黎明を恨めしそうに見下ろした。 ●船着き場 「ケイト、ここで待っていて」 鷲獅鳥『ケイト』を外に残し、昴は慎重に足を進める。 「へぇ、本当に岩ばっかりなのだな」 薄暗い洞窟を進む怜は、興味深げに辺りを伺う。 「‥‥辺りに気配はありませんね。どうやら、僕達の読みが当たったのかもしれませんよ」 先頭を行く雫が心眼で辺りの気配を探るが、反応する者はなかった。 「後方をおろそかにするとは、所詮商人の浅知恵。実に愚か」 雫の報告に、薄く微笑んだハッドは洞窟の奥を見やる。 「はっはっはっ! この戦、我が軍の勝利である! これより敵本拠を蹂躙しせん滅する! 皆の者、我に続けっ!!」 高らかに鬨の声を上げると、大手を振って洞窟を突き進んでいった。 ●小型船 「レダ様、少し窮屈ですがしばらく辛抱してくださいね」 寝袋に押し込められ、更に荒縄でぐるぐる巻きに拘束されたレダに向け、彩虹が申し訳なさそうに呟いた。 「‥‥此隅はもう少し先ですから」 視線を上げた彩虹は、窓の外に流れる雲を眺めると、手元へ視線を落す。 天儀王朝公認の空賊である黎明の名は、同じ天儀王朝直轄の組織開拓者ギルドに話をつけるのに有効と思った彩虹は、黎明の書をギルドへ届けるべく船を進めていた。 「黎明様の名が通ればいいのですが‥‥」 手元の書状から再びレダの顔を覗き込もうと、身を乗り出したその時。 突然レダの眼が見開かれる。 「レ、レダ様、どうしました!?」 びくんと脈動するように身を振るわせるレダに、彩虹が慌てて抑えにかかる。 「レダ様、レダ様!!」 身を拘束されてなお暴れるレダを彩虹は必死に抑えにかかるが、尋常ならざる力に寝台に押さえつける事が出来ない。 「どうした!」 騒ぎを聞きつけた石恢が慌てて部屋に現れた。 「レダ様が!」 「くそっ! レダ、しっかりしろ!」 志体持ちが二人で押さえつけてさえ、レダは暴れる事を止めない。 バキっ――。 「え‥‥?」 乾いた音に彩虹の押える力が弱まる。 「おい! しっかり押さえろ!!」 ポキッ――。 「だ、駄目です石恢様! レダ様の身体が!!」 拘束を解こうと暴れるレダは、自らの体の痛みなどまるで気にもせず、人の限界を越えた力で暴れ回る。 力は人ならざるものであっても、身体はただの一般人である。 「ちくしょぉ! レダ! どうしちまったんだ!」 懸命に抑える石恢にも焦りの色が浮かんでいた。 「――レダ様、ごめんなさい!」 突然、彩虹が声を上げ、手刀を振り上げ、振り下ろした。 「‥‥」 彩虹の手刀は一撃でレダの意識を奪う。 レダは糸の切れた人形のように力無く寝台に横たわった。 「‥‥お、おい」 「大丈夫です。少しの間意識を切り離させてもらいました。‥‥しかるべき機関に着くまでこのまま眠ってくれるといいのですけど」 心配そうに見つめてくる石恢に、柔らかい笑みを浮かべた彩虹は、そのままレダに視線を落す。 「‥‥早く戻ってきてください。また、ご一緒にお茶がしたいのです」 レダの長くウェーブがかった赤髪にそっと手を添え、彩虹が祈る様に呟いた。 ●飛鉄・改 島へと突入した開拓者を見送った飛鉄・改の甲板上では、黎明とふしぎがじっと眼下の岩島を見つめる。 「見張りは任せるよ」 「うん、任せておいてよ! レアが現れたらすぐに知らせるから!」 操舵室へと戻る黎明の言葉にふしぎは元気よく答えた。 「見つけたら、必ず‥‥!」 一人飛鉄・改に残ったふしぎは、ある想いを忍ばせ夜もまだ明けぬ星空を見上げた。 ●広場 「一つ、なのだぜ!」 怜の放った銃弾が翠の球体を捉えた。 球体はまるでガラス玉が砕ける様に粉々になり、辺りに緑色の液体をばらまく。 「こちらも一つ!」 少し離れた所では昴が狙った球体が破裂していた。 『王の意向にひれ伏すが良い!』 また別の場所では、アーマー『鉄くず』を駆るハッドが、自慢の拳で球体を打ち砕く。 「‥‥皆さん派手ですね」 実に派手に暴れ回る仲間達を雫は苦笑交じりで見つめていた。 『マスターもぼーっと見てないで、お仕事しなきゃ』 と、そんな雫の足元から人妖『刻無』が声をかけた。 「そうだね。‥‥でも、なんて数なんだろう、これ一個につき一体のアヤカシが入っているとしたら‥‥」 刻無の頭をぽふぽふと撫でつけた雫は吹き抜けとなった天井を見上げた。 そこには、まるで何かの繭の様に、翠の球体が無数に吊るされていた。 『孵化する前に壊すべきだね』 「うん」 そう言って雫は他の三人が狙う物とは別の球体へ向いた。その時――。 『ほう、まだここに用がある者がいたのか』 薄暗くひんやりとした空気が、何処までも冷たい女の声によって一変した。 「そんな‥‥心眼には何も!」 熱くもなく寒くもない、ただ息苦しい空気が広場全体を覆う。 雫が見上げたそこには、階段をゆっくりと降りてくる鮮血色のローブを身にまとった人影があった。 『随分と好き勝手破壊してくれたな』 降りて来た人影は、心の奥底に響く冷たい女の声でそう呟き、辺りを見渡すと。 『どうだ、満足したか?』 どこか小馬鹿にした問いかけを、一行へ投げつけた。 「あれが、亜螺架‥‥?」 それぞれ球体を破壊していた一行は、すでに一か所へ集まっていた。 「身体的特徴を見る限り、ふしぎさんと黎明さんの言っていた人物と合致しますね」 怜の呟きに、昴が視線を交える事無く答える。 「なんていう殺気‥‥」 『ビンビン来てるね‥‥』 亜螺架の放つ殺気の矢面に立つ雫と刻無の頬に、一筋の汗が流れおちた。 『ほう、汝が噂のアヤカシか』 緊張に身を竦ませる一行にあって、鉄塊の主だけは違っていた。 鉄くずのハッチが開き、重鎧に身を包んだハッドが現れる。 『噂? 人に噂される事などした覚えはないが』 殺気に当てられなお平然と口を聞いてくるハッドが面白いのか、亜螺架は微笑を浮かべた。 「汝に覚えがなくとも、人の歴史に刻まれておる。その悪しき所業がな! さぁ、隠している物をすべて出してもらおうか!」 王の威厳をこれでもかと主張するハッドが亜螺架を見下すと、ゆっくりと歩みを進める。 『なんだ、瘴気が欲しいのか? お前達にどうこう出来る代物ではないぞと思うが――素直に渡すのも面白くないな』 「ならば、力ずくで奪ってやろう!」 ●武天上空 「もうすぐ此隅上空だ。何とか無事着けそうだな」 「そうですか、ありがとうございます」 報告に来た石恢に軽く頭を下げる彩虹。 「レダの様子はどうだ?」 「‥‥」 その問いかけに彩虹はふるふると頭を振った。 「起きては眠らせを繰り返していたのでは、レダ様の身がもちません。早く然るべき施設へ」 「ああ、鳩を飛ばしてギルドには連絡を入れた。用意していてくれるはずだ」 「黎明様が天儀王朝公認の空賊であったことを感謝せねばなりませんね」 「まったくだな」 二人は窓の外に見えて来た此隅の町並みを静かに見下ろした。 ●岩島 「ハッドさん、雫さんを前衛に!」 指揮者が指揮棒を振るう様に、流れる動作で仲間に指示を送る昴。 「怜さん、左翼から挟撃を!」 「任せるのだぜ!」 長い黒髪を振乱し、怜が引き金を引く。 『無駄だと何故わからん?』 曲線を描き、死角から襲いかかる怜の銃弾は、亜螺架の側頭部に命中したと同時に弾き飛ばされた。 戦端が開かれてから、半刻が過ぎた。 幾度となく繰り返される4人が繰り出す攻撃は、その尽くを亜螺架の鉄壁の鋼体が弾き返す。 「このままでは埒が明かぬ」 一向に進展を見せぬ戦局に、ハッドが痺れを切らした。 「ハッドさん!? ダメです、陣形を崩さないで!!」 ハッドは昴の制止も聞かず、剣を構え亜螺架に迫る。 「我が剣の前には、如何なる護りも意味を成さず!」 ハッドが身の丈を越える巨剣を亜螺架に向け振り下ろすが、亜螺架はあっさりと片手で受けとめた。 「かかったな! 瘴気はただ塩に帰すべし!」 それがハッドの狙い。精霊力を宿らせた剣の一撃が亜螺架の手首から先を真っ白い塩へと変える。 『‥‥ほう、面白い技を使う』 しかし、亜螺架はまるで他人事のように塩になる自身の腕を見つめた。 「その余裕、どこまで持つかな?」 興味深く塩になっていく自身の腕を見つめる亜螺架に向け、ハッドが第二撃を放つ。 『それはこちらの台詞だろう?』 が、瞬時に復活した亜螺架の腕によって受け止められた。 「なっ‥‥! がはっ!」 受け止められた剣に、ハッドに一瞬の隙ができる。 亜螺架はその隙を見逃さず、重鎧が陥没するほどの強烈な蹴りをハッドの腹部に見舞った。 『マスター』 「うん、退き時だね」 見上げてくる小さな瞳に頷きながら、雫は昴へ向き直る。 「昴さん、このままでは陣形も維持できません。それに、そろそろ練力も」 「ですね。無理をせず退くと約束もしましたし――退きましょう」 お互いの意見を確認し合った二人は、怜の援護を受けながら吹き飛ばされたハッドの元へと駆け寄った。 ●此隅 「お待ちしておりました〜」 どこか間の抜けた声で二人を出迎えた眼鏡のギルド員が、ぺこりと首を垂れる。 「よろしくお願いします。これが黎明船長より預かった書状です」 合わせる様に首を垂れた彩虹が懐から取り出した書状を、ギルド員に手渡した。 「――はい、確かに確認させていただきました〜」 開いた書状の真贋を見極め、ギルド員が書状を懐にしまい込む。 「石恢様、レダ様と嘉田様をお願いします」 「ああ」 「では、お二人は此隅ギルドが責任を持ってお預かりいたしますね〜」 「はい、どうかくれぐれもよろしくお願いいたします」 ●洞窟 「‥‥やっぱりなのだな」 狭い洞窟を怜の放った銃弾が跳ねまわる。 無軌道に不規則に跳ね狂う銃弾に、亜螺架の足 「どこから来るか読めないと、防御でき無い。弱点見つけたりなのだぜ!」 怜の何度となく放った銃弾が、亜螺架の弱点を晒していた。 亜螺架の鋼体は、攻撃位置を予測して、範囲的に展開されるものだと、怜は見抜いていたのだ。 「これならどうだ!」 怜が即座に弾を込め直すと、時を置かず、引き金を引く。 不規則な曲線を描いた銃弾は、複雑に突起する洞窟の岩肌に跳ね返り、亜螺架に襲いかかる。 『なるほど、これは厄介だな』 しかし、弱点を見抜かれたはずの亜螺架の表情から余裕は消えない。 「怜さん、潮時です」 弱点を突く怜の攻撃でさえ亜螺架の歩をほんの少し遅らせる程度。 共に殿を務める雫が怜の方にポンと手を置いた。 「悔しいけど、わかったのですよ‥‥」 一瞬俯いた怜は、再び顔を上げると、 「最後の置き土産なのだぜ!!」 紅く輝く銃弾を亜螺架の直上、洞窟の天井に向け放つ。 着弾した銃弾から広がる爆炎が、洞窟を包み込んだ。 ● 桟橋へと続く洞窟を駆け抜けた一行の目の前に、見知った巨影が現れる。 タイミングを計り外で待機していた飛鉄・改が、怜の爆炎を合図に急降下し、4人を回収する為に降りてきていた。 「皆! 無事でよかった!」 甲板で出迎えるふしぎの声にほっと一息ついた4人は、入口で待っていたケイトと姫鶴に跨り飛鉄・改へと乗り込む。 そして、拾い上げた4人を乗せ、飛鉄・改は一気に急上昇を開始し、島を脱出した。 『アヤカシ兵器の追加は出来なくなったか。まぁ、それも面白かろう』 遠ざかる飛鉄・改を見上げ、亜螺架は口元を歪めた。 |