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■オープニング本文 ●沢繭 「これで文句はなかろう!」 三人の兄を前に振々はどーんとない胸を張った。 「うむ、見事といっておこう」 自慢げな振々に、長兄永眼は顔色一つ変える事無く妹を見据える。 「よく頑張ったね、振々」 対照的に末兄侘鋤は、柔和な笑みを浮かべ振々の柔らかい髪を撫でつけた。 「それにしても、準備を含めても一週間であの森を焼くなんてね」 いくら小さな突出部分と言っても魔の森に変わりはない。 それを僅か一週間で滅したのは、開拓者達との連携をとった振々の功績といえよう。 「ああ、見せたかったぜ。森の主を前に一歩も引かずに立ち向かった開拓者と――」 次兄真来から語られる振々の活躍劇に、二人の兄は驚き、本人は鼻高々とない胸を反らした。 「――という訳じゃ、振は頼重を連れ戻しに向うぞ!」 どこか子供じみた言い回しもいつの間にか消えうせた振々は、三人の兄に向い啖呵を切る。 「それが約束だからな。しかし、この街はどうする」 「む‥‥」 「今、領主であるお前が離れれば、この街を指揮する者がいなくなる。執政を取り仕切る頼重はそもそもいないのだしな」 「う、うむ‥‥」 この街には頭となる二人の人物がいる。その一人がこの『袖端 振々』。 沢繭を含む理穴の地方領を治める袖端家の末娘である。 そして、もう一人が『最上 頼重』。 かつて今孔明と称された戦上手は、今は能臣として振々の補佐、そして沢繭の執政を任されていた。 「‥‥」 兄の言葉を受け、振々は黙り考え込む。 少しの間、街を離れるのであれば問題ないだろう。 しかし、頼重の所在はいまだ不明。一端捜索に出ればいつ戻れるかわからない。 「なぁ、振々。お前が行かなくてもいいんじゃねぇか?」 誰かに任せろ、真来はそう振々に提案する。 何も振々自ら行く必要はないのだ。振々より捜索に適任な者など、数多いる。 「嫌じゃ! 勝手に暇を出した頼重には振が直接折檻じゃ!」 しかし、振々は首を縦には振らなかった。 「我儘もそのくらいにしておけ。頼重も言っていただろう。領主とはただの肩書ではないと」 子供の我儘が通用するのももう僅か。後に年もすれば振々も成人せねばならない。 永眼は先を見越し、振々に苦言を呈する。 「‥‥ふむ――侘鋤兄様」 「うん?」 振々は永眼の苦言に答える事無く、脇で茶を啜る世捨て人へと顔を向けた。 「しばし沢繭を任せるのじゃ!」 『なっ!?』 自信に満ちた振々の言葉に、二人の兄は驚き声を上げた。 「‥‥はい?」 そして、当の侘鋤は呆然と振々を見つめる。 「何を言っている。いくら血が繋がっているとはいえ、侘鋤は袖端を追われた人間だぞ」 「そ、そうだぞ振々! 例え俺達がいいといっても、父母や、王がゆるさねぇ」 「よく考えるんだ、振々。僕は今ここで手打ちにされても文句の言えない人間だよ?」 三人の兄は振々が情に駆られ暴挙に出たと決めつけ、各々の言葉で説得を試みた。 「何を言うか、兄様方。ここに見える者は、浮浪に浮浪を重ねる流れ者じゃ」 しかし、振々はそんな兄達を逆に驚いて見せる。 「侘鋤兄――いや、宅」 「た、宅‥‥?」 「うむ! その方は流れ者の宅じゃ!」 一体妹は何を言っているのか。宅と呼ばれた侘鋤だけでなく、二人の長兄も開いた口がふさがらない。 「宅よ。もう流浪は飽きたじゃろう。振が召し抱えてやるのじゃ!」 「――はは、なるほど。そう言う事か」 振々の言いたい事をようやく理解したのか、侘鋤は俯き薄く微笑む。 「振は沢繭領主の権限を持って、流浪者『宅』を召し抱え、領主代理の任を与えるのじゃ!」 「‥‥ふぅ」 何と言われようとも一歩も引かぬと胸を張る振々に、侘鋤は困った様に首を横に振ると、 「このように流れ汚れた身を召し抱えていただけるとは、恐悦至極。振姫様が御身の為、この身を粉にいたしましょう」 膝を折り、恭しく首を垂れた。 「お、おい、侘鋤! 何言ってるんだ!」 「振々、何度言わせる。最早子供の遊びではすまないのだぞ」 しかし、二人の兄は納得できるわけはない。慌てて止めに入るが、 「いつまでも過去の事をぐだぐだと言っておっては何も進まん! 一年あれば人も変わる。『人を許し受け入れよ。人の和こそが最大の力なり』それが頼重から学んだ教えじゃ!」 振々の一喝に、伸ばしかけた手を止めた。 「まぁ、そう言う事だよ。兄さん達」 その隙をついて、侘鋤が振々と二人の兄の間にすぅっと割って入る。 「侘鋤、お前‥‥」 「永眼様。私の名は宅。元は旅の坊主にして、元沢繭領主代理です」 表情こそ変わらないが、口内では奥歯をきつく咬み合せているだろう永眼に、侘鋤は理穴式の礼をとった。 「ふぅ、そう言う事なら仕方ねぇか」 「おい、真来!」 張っていた肩の力を抜き、うんうんと何度も肯定に意を現す真来を永眼が睨みつける。 「諦めなって。振々は兄貴より頑固者だぜ?」 けして己の信念を曲げないと、力強い視線を送る振々を指し、真来は永眼を諭す。 「‥‥好きにしろ」 しかし、永眼は消して首を縦に振る事無く、それだけを言い残し部屋を後にした。 「あー、怒らせたか?」 「怒るというより、呆れている感じだったけどね」 永眼が出ていった出口を真来と侘鋤が眺めながら呟いた。 「何でもよいのじゃ! 振は行くぞ!」 一刻も早く頼重に会いたいのか、振々は部屋の隅に立てかけてあった弓を手に取る 「振々、待つんだ」 勇み足な振々の手を侘鋤が掴んだ。 「何の情報もないままに動くつもりかい?」 「む‥‥」 「焦る気持ちはわかるけど、しばらく待つんだ。ほら、果報は寝て待てっていうだろ?」 「むぅ‥‥」 よくよく考えれば侘鋤の言い分は実に正しい。何の情報もないまま、何処へ向かえばいい? 振々は肩を落とすと共に取り上げた弓を下ろした。 ●沢繭 数日後、火急の知らせが沢繭へと飛び込んできた。 何の前触れもなくもたらされた報は、すぐに振々の元へと届けられる。 「頼重の所在がわかったんだって?」 頼重発見の報に、侘鋤は振々の部屋へと駆けこんできた。 「‥‥」 「うん? どれどれ――」 むすっと不機嫌な顔をした振々から無言で差し出された手紙を、侘鋤は受け取り目を通す。 そこには。 『頼重は朱藩が南方、心津に捕らわれている』 「朱藩‥‥随分と遠くに連れて行かれたものだね。心津というのは、地方領かな」 手紙に前口上がつらつらと鬱陶しい程書かれていたが、内容を要約すればたったそれだけだった。 「しかし、なぜ‥‥」 「今、心津なる地の事を調べさせておる」 「――振々、行くのかい?」 手紙を読み終えた侘鋤は振々に問いかけた。 「当然じゃ」 そして、わかりきった答えが返ってくる。 「兵は出せないよ。ここの守りがあるからね」 「わかっておる。‥‥沢繭を任せるのじゃ」 「ああ、久しぶりの内政に心躍る思いだよ」 笑えばその童顔がさらに際立つ。 侘鋤の笑顔に、振々は安心したのか穏やかに頷いた。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
一ノ瀬・紅竜(ia1011)
21歳・男・サ
各務原 義視(ia4917)
19歳・男・陰
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●心津 港に見たことの無い船が入港した。 「振姫様、わかってくれた?」 「うむ、用心せねばならぬな」 桟橋へと近づく船上で浅井 灰音(ia7439)が、振々に何やら耳打ちしていた。 「なになに、何の話?」 話を聞きつけたのか石動 神音(ib2662)が顔をのぞかせる。 「頼重さんの事‥‥偽物の可能性があるって説明していたんだ」 「え‥‥?」 「まったく姑息な手段を使う連中じゃ。わざわざ偽物まで用意するとは」 「りょ、遼華おねーさんはそんなことする人じゃないよっ!」 遼華の人となりをよく知る神音は、表情を曇らせる振々に懸命に話しかける。 「何故そんなことがわかるのじゃ?」 「わかるもんっ! 神音は友達だからっ!」 「なんじゃ、相手方に味方するのか?」 「ち、違うよ! そう言う事言ってるんじゃないんだよっ!」 必死に訴える言葉も、大切な物を奪われた振々の心には届かない。 「‥‥もう船が着く。お喋りは終わりだよ」 と、言い争う二人に灰音は平静を装い話しかけた。 「うむ、いよいよ敵地じゃな」 「うぅ‥‥!」 振々と開拓者達を乗せた船は、実果月港へ着岸した。 ● 甲板から渡し板を伝い降りてくる振々に万木・朱璃(ia0029)が手を差し伸べる。 「今は――少し寂しいですが、いい所ですよ。ほら、皆さんの顔を見てください」 「む?」 そう言うと朱璃は桟橋の向うに押し寄せる水夫達を指差した。 「どうですか? 皆さん、生き生きとしているでしょう」 「‥‥何が言いたいのじゃ?」 朱璃の言い回しに何かを感じたのだろう、振々が問いかける。 「心津は日々を精一杯、誠実に生きています。そんな心津の民に、頼重様を誘拐する理由がないといいたいのです。振々様ほど民の顔を見てきた方であればそれがわかるはずです」 いつものほんわかとした笑顔はここには無かった。 朱璃は怪訝そうに見上げてくる振々を真摯に見つめる。 「‥‥わかったからと言ってそれが誘拐していないという証拠になるのかえ?」 「え?」 振々ならばわかってくれる。そう信じてかけた言葉を真っ向から否定された。 「それとも、朱璃は沢繭の兵が信用ならぬというのか?」 振々にとって初めて訪れ全く縁の無いこの土地と、自領の兵士を天秤にかけどちらを信じるか。 振々は穏やかながらに怒気を孕んだ声で問いかけた。 「い、いえ、それは‥‥」 「なぁ姫さん、この土地の領主と会ってみたらどうだ?」 「なんじゃと?」 困惑する朱璃に変わり、御神村 茉織(ia5355)が振々の前へ出た。 「俺達は少なからず、ここの事を知ってる。まぁ、だからなんだって言うんだけどな」 「なんじゃ、お主も間者か?」 「いいや。少なくとも味方だぜ。依頼が終わるまではな」 嫌味にも似た振々の問いかけを、茉織はひらりとかわす。 「‥‥で、その領主と会ってどうするのじゃ」 「そうだな、協力を求めるってのはどうだ?」 素直に話を聞くのはやはり子供だからか。 茉織はその仕草に心の中で微笑み、言葉を続けた。 「協力じゃと? そもそも領主が犯人かも知れんのじゃぞ!」 「そん時はそん時だ。姫さんは俺達が護る。姫さんは対決するなり交渉するなり、好きにしたらいいんじゃねぇか?」 茉織の言葉に振々は口元に手を当て黙考に入る。 「‥‥ふむ、良いじゃろ。朱璃、行くぞ!」 「え‥‥? は、はいっ」 降り立った時とは逆。今度は振々が朱璃の手を引き、桟橋を陸地へ向け進んでいった。 ● 「ではこれを――」 「確かに受け取った」 頼重を探す為にただならぬ雰囲気で港を視察する振々を遠目に、各務原 義視(ia4917)が一ノ瀬・紅竜(ia1011)へ一枚の書状を託す。 「先程は御神村さんの機転で事なきを得ましたが、姫様は相当警戒しておられるようです」 「ああ、さすがに冷や冷やしたな‥‥」 先程の一悶着を甲板から見ていた二人。 「このまま代行殿に会わせれば、いい結果は生まれないでしょう」 「‥‥その為の手紙と交渉か」 「どう転ぶにせよ、いきなり現れたのでは心津側も対処のしようがない」 「だな。わかったくれぐれも言っておく」 「よろしく頼みます」 ● 振々との言い争いに、むすっと視線を落す神音を見つけ、紅竜が囁きかける。 「田丸麿が動いてるかもしれない。くれぐれも気をつけてくれ」 「え‥‥? えぇっ!? あの変態男が!?」 「しっ! 声がでかい」 大声を上げる神音の口を紅竜が咄嗟に塞いだ。 「あくまでも可能性の話だが‥‥あると見ている。この先、何があるかわからない」 「そんな‥‥」 紅竜の言葉を聞き、わなわなと拳を振るわせる神音。 「あの姫様は俺達を信用してくれている。その証拠に、護衛は俺達だけだ」 「う、うん」 「しっかり守ってやってくれ。俺は――遼華を守る」 そう神音に言い残し、紅竜は一人陵千へと向け駆けだした。 ●港 外との交易が滞り、港を行き交う人々にもどこか活気がない。 (‥‥やはり虚報なのでしょうか) 一人港を行く出水 真由良(ia0990)。 (もし嘘であれば、二勢力が結びつく可能性のある物に何の益が‥‥) 船上で話しあった内容を反芻し真由良はゆっくりと港へ視線を移した。 (しかし、あの報告書が真実であった場合‥‥両者の緊張は大きく高まるはず) それは戦力同士が牽制し合う緊迫とは違う、政治的緊迫。 (それだけは何としても防ぎませんと) ●陵千 「邪魔すんで」 「邪魔するなら――」 「一度使った手を使いまわすんは素人やで!」 お決まりの口上を返そうとした戒恩に、夜刀神・しずめ(ib5200)はずびしと人差し指を突き付ける。 「おっと、今度は先制攻撃か。いやいや、成長したね」 ぱちぱちと軽快に拍手を送る戒恩は、殊更驚いた様に見せた。 「あほ。漫才してる場合とちゃうんや」 「ふむ、君がここにいるという事は、あの姫様がらみかな?」 「‥‥何やしっとったんか。なら話は早い。仕入れとる情報全部出し」 「仕入れてる情報といってもねぇ。海賊の事かい?」 ジト目で見つめてくるしずめに、戒恩は困った様に首を捻る。 「海賊の事はしってんのか‥‥」 「それはね。おかげでやりくりが大変なんだよ」 「‥‥まぁ、それは別のもんが何とかするやろ。それよりも――このままやったら、心津は要人誘拐の容疑をかけられるで?」 「‥‥一体何の話だい?」 戒恩の表情が変わった。 「何や、これは聞いとらんかったんか」 その変化にしずめがニヤリと口元を歪ませる。 「今しがた港に入った理穴の姫さん。あれは観光でも何でもない。攫われた要人を探しに来たんや」 「‥‥何とも眉唾な話だけど、一体何の証拠があってこんな辺境に来たんだい」 「証拠はあらへん。寄せられた目撃情報だけや」 「それまた随分な曖昧な」 「まぁそう思うやろな。せやけど、ここにおらへんゆぅ証拠もないやろ?」 「ないね。ふぅむ、少し面倒な事になりそうだ」 「まぁ、そうゆぅことや」 と、しずめは適当な椅子を見つけると、すたすたと部屋の奥へと進み、椅子に腰かけた。 「で、君は私の部屋で何をする気なのかな?」 戒恩の部屋に我が物顔で居座るしずめ。 「要人誘拐の首謀者の監視――ゆぅ事にしといて」 ●陵千への道 街、と呼ぶには些か心許ない陵千に踏み入った一行。 「ね、振々ちゃん! 質素だけど、すごくいい街でしょっ」 まるで我が町を自慢するように、神音が振々に太陽の様な笑顔を向けた。 「‥‥沢繭の方がいい街なのじゃ!」 「そうですね、沢繭もいい街です。でも、ここも人々は素朴ながらも日々を一生懸命に生きているんですよ」 「うんうんっ。こんないい人達のいる心津が誘拐なんて卑怯な事する訳ないんだよっ!」 「私もそう思います。領民の人となりは領主のそれが大きく影響します。それは領主である振々様もよくわかっている事でしょう?」 と、二人は口をへの字に曲げる振々を見下ろす。 「むぅ‥‥ともかく話はその領主とやらに会ってからじゃ!」 まだ強情を張る振々に、神音と朱璃はお互い目を合わせ肩を落した。 ●実果月港 「‥‥あれは」 人も疎らな港の通りを行く真由良が人影に目を止める。 建物へと入っていく後姿をちらりと見ただけだが、確かにそれは見覚えがあった。 「頼重様‥‥!」 脳裏にいつも柔らかい笑みを浮かべ振々を見つめていた好々爺の顔が浮かぶ。 真由良は人目も気にせず、思わず駆けだしていた。 「待てって」 しかし、肩を掴まれ止められる。 「ま、茉織様?」 「まったく、あんた意外と無鉄砲だよな」 「そうでしょうか?」 かくりと小首を傾げる真由良に、茉織は苦笑い。 「――なんてな。話は終わりだ、行くぜ」 「はい」 一転、開拓者の表情へと戻った二人は、ゆっくりと歩み出す。 頼重――に似た人物が入っていった小屋へと。 ●領主屋敷 屋敷の奥へと通された振々一行を、心津の要人たちが迎える。 「あやつは何をやっておる!」 通された席で振々が最初に見たのは、護衛として雇った筈の紅竜の姿であった。 「ふ、振々ちゃん、落ち着いてっ!?」 紅竜に詰め寄ろうとした振々を、神音が間一髪で止めに入る。 「離すのじゃ! 裏切り者は振自ら成敗してくれる!!」 「本日は不躾な訪問にもかかわらず、快くお招きくださり厚く御礼申し上げます」 ぎゃぁぎゃぁと喚く振々を置いて、すっと前へ歩み出た義視が、居並ぶ心津の要人たちに首を垂れた。 「え、あ‥‥各務原さ――」 「率直に申し上げます。今すぐ理穴領沢繭より連れ去った最上 頼重の身柄をお渡し願いたい」 「‥‥へ?」 顔見知りの向けてくる視線はひどく険しい。 遼華は呆気に取られ素っ頓狂な声を上げた。 「四の五の言わず頼重を返すのじゃ! 今ならば不問にしてやってもよい!」 なんに事かわからず戸惑う遼華に、振々は言葉早やに捲し立てる。 「返せと言われましても‥‥心津にそのような人は」 振々の剣幕に気押されながらも、遼華は恐る恐る答えた。 事前に紅竜から聞いたが、心当たりなどまるでない。 「振々、聞いてくれ。ここにいる領主代行の遼華を始め、心津の者には――」 そんな遼華を助けようと、紅竜は振々に真摯に語りかけるが、 「貴様などに聞いておらぬわっ!」 振々は紅竜の言葉を一蹴する。 「我が護衛を誑かし、あまつさえ説得に回らせるとは、悪辣にも程があるのじゃ!」 そして、キッと遼華を睨みつけた振々。 場には言い知れぬ険悪な雰囲気が漂い始めた。 ●実果月港 部屋の中に声は無い。会話は全て筆談で行われている。 その筆談も布袋の中で行うという念の入れようであった。 (これでは、何もわかりませんね‥‥) 小さな人魂を飛ばし部屋の中を、真由良は人魂の眼で茉織は聴覚で探る。 (怪しいことこの上ないな‥‥いっそ、突入するか?) (相手は3人。こちらは二人‥‥志体持ちであれば不利ですわね) (‥‥頼重の旦那、本人か?) (いえ、似てはいますが‥‥別人でしょうね。変装だと思われます) (確かに、息遣いも――素人じゃねぇ気がするな) (確かめる必要がありそうですね) (もう一人欲しいとこだったが――言っても仕方ねぇか) (はい) 肩を落とす茉織に、真由良はにこりと微笑む。 そして、二人は静かに武器を取り出すと、小屋へ向け歩きだした。 ●陵千 「何故じゃ! 火のない所に煙は立たぬと申すではないか! 誘拐していないのであれば、証拠を見せよ!」 「しょ、証拠も何も‥‥」 捲し立てられ、正面に座る遼華は目を泳がせる。 「証拠を示さぬのであれば、疑って当然じゃろ!」 「振姫様、落ち着きなさい。一方的に捲し立てては、会談の意味がありません」 灰音は激昂し立ち上がろうとする振々の膝にそっと手を置き制す。 「各務原さん、説明を」 そして、脇に侍る義視に話を振った。 「結論から申しましょう。最上殿はここには居ない」 灰音の言葉に立ち上がった義視は断言する。 「こやつ、何を言っておるのじゃ!」 「心穏やかに。貴女は沢繭の領主でしょう」 義視の突拍子もない発言に、振々の怒りが再び爆発するが、今度は朱璃が振々を止めた。 「居ないことの証明の前に伝えなければいけない事があります。‥‥ここ心津に危機が迫っています」 義視は誘拐のみならず、ここ最近起きている不可解な事件の全てが相関にあると踏んだ。 心津近海に現れた海賊を皮切りに、理穴に沢繭、空賊団『崑崙』を巻き込んだ大それた陰謀が展開している。 そして、心津とも因縁浅からぬ田丸麿を筆頭に、アヤカシまでが絡んだ大掛かりな策が、心津を巻き込もうとしているのだと。 「そ、そんな‥‥」 義視が話す言葉のどれもが、遼華にとって思いもよらぬ話ばかりであった。 「――以上、今はまだ憶測の域を出ませんが、これは近い未来必ず起こる戦いの前触れだと思っています」 と、締めくくった。 ●陵千 「待たせたな」 平然とした口調で会談の場へ現れた茉織の体には血が滲んでいた。 「茉織さんっ!?」 朱璃はすぐに立ち上がり、すぐに癒しの祈りを始めた。 「遅くなり、申し訳ありません。至急、振々様にこれを」 茉織の後ろから現れた真由良が懐から血に濡れた一枚の書状を取り出し差し出す。 「む‥‥」 書状を受け取った振々は、恐る恐る開く。 「なんじゃ、これは‥‥」 それは振々の訪問に乗じ、心津に混乱を起こせとする命令書であった。 「証拠だ。姫さんはそれが欲しかったんだろ?」 朱璃の癒しを受けながら茉織が言った。 「こ、こんなものが信用に足るとでも思っておるのか! ただの書状ではないか!」 「――ああ、なるほどね。そう言う事か」 「姑息な事しよるな、奴さん」 書状を見てさえ信じぬ振々の前に、戒恩としずめが姿を見せた。 「む‥‥」 「つまりあれや、この訪問劇は仕組まれた罠やな」 怪訝な視線を向ける振々に、しずめは心地よさそうに微笑む。 「どっかの短気姫の性格を見込んだ策やろ。仲違させて、その隙にこの島でなんかやるゆぅことやろな」 「これまでの情報からも、可能性は高いでしょうね」 しずめの憶測に、義視も頷く。 「し、しかし証拠が‥‥」 「証拠なら港に。頼重様に扮した――死体がありますわ」 自身なげに口籠る振々に真由良が告げた。 「お、穏さん」 「調べさせましょう」 その言葉に、遼華が脇に侍る穏に視線で合図を送る。 「一先ず、敵の策は破れた、という事でいいのかな」 「一先ずは、やけどな」 灰音の問いかけに、しずめが静かに頷いた。 「むぅ‥‥」 自分の手の届かぬ所で好転していく事態に、振々はなぜかふてくされる。 「でもでも、これで誤解だってわかったんだよねっ! じゃ行こう、振々ちゃん! ここには凄くきれーな景色の場所があるんだよっ。神音が案内してあげるね!」 と、神音はそんな振々の手を取り、屋敷の外へと駆けだした。 神音なりの気遣いなのだろう。重く苦しい屋敷の雰囲気から振々を連れ出してくれた。 今後確実に訪れる戦の匂いに言い知れぬ不安を一時だけでも忘れさせようと――。 |