【黒鎖包】示す実力
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/27 22:06



■オープニング本文

●沢繭
 袖端評定の期間を終えた沢繭に、今だ己の地へ帰らぬ三人がいた。
「‥‥」
 瞬きすらも億劫とでも言わんばかりに目を見開いた長男『永眼』。
「おいおい‥‥」
 だらしなく、ぽかんとだらしなく口を開ける二男『真来』。

 報告書に書かれた文字に、袖端の兄弟達の間に動揺が奔る。

「最上 頼重は――」
 旅の僧を思わせるボロを着込み、二人の兄をじっと見据える、三男『侘鋤』。
「袖端を裏切った」
 紡がれた言葉が、その事実を二人に突き付けた。
「『今孔明』が袖端を去るか‥‥」
 報告書を机へと戻し、ぽつりと呟いた永眼。
「こりゃ、厄介なことになったな‥‥」
 同じく机に報告書を置いた、真来は頭を抱える。
「いまこうめい? なんだいそれは?」
「んあ? 侘鋤は知らなかったか。頼重の昔の通り名だ」
「‥‥私が説明しよう」
 と、真来に問いかけた侘鋤に、永眼が答える形で話を始めた。
「儀弐王が即位される以前の理穴内紛で袖端の軍は一度壊滅しかけたことがある」
「え‥‥?」
 理穴内でも屈指の名家『袖端』。その名家が壊滅? 侘鋤は呆気にとられる。
「その相手の名は『最上』。頼重の氏族だ。頼重率いる最上勢は大挙する袖端軍を奇策を持って、完膚なきまでに打ち破った」
「俺も幼いながらに震えたもんだ」
 永眼が紡ぐ袖端の歴史に、その戦を知る真来も何度も頷いた。
「諸説あるが、かつて泰国の前身である三国時代に存在したとされる『博麻 孔明』。軍を手足の如く操り、どのような戦況であっても、その智謀を持って勝利したと言われる稀代の天才だ。そして、最上 頼重。その天才的な用兵はかつての天才軍略家『博麻 孔明』に匹敵すると評され、理穴の民に『今孔明』と敬い、恐れられた」
「あの頃は頼重の名前が出ただけで、軍の士気が一気に下がったからなぁ‥‥」
「そんなことがあったなんて」
 一切の感情を交えず語られた頼重と袖端の邂逅。
「まぁ、お前が6つの時だからな。覚えてないのも無理はないさ」
 突拍子もない話を聞き、もてあます侘鋤の背を真来がそっと手を置いた。
「でも、敵対する軍略家がどうして袖端に?」
 今の頼重は実に好々爺然とした男である。軍神の如き戦術の話など、微塵も聞かなかった。
「‥‥いくら『今孔明』を称された頼重であっても、人の意までは操れなかった」
「何かあったんだね‥‥?」
「最上の中から裏切りが出た。もっとも、この裏切りは袖端の手引きであった、ともっぱらの噂だがな」
「え‥‥? 父上はそんなことはしないだろうし、まぁ母上ならやりかねないか」
「噂は噂だ。すでに裏切りの当事者もこの世に無い。真実は闇の中に堕ちた」
 そして、やや冷めた茶を啜り、永眼は再び語り始めた。


「殺せ!」
 土と火と血の匂いが混在する戦場。
 一人の男が後ろ手に縄を貰い、姫武者の前へと引っ立てられていた。
「五月蠅い。捕虜風情が」
 不機嫌そうに煙管を燻らせる姫武者が冷徹な視線で目の前に屈服する男を見下ろす。
 この男の軍略の前に、数多の命が散った。
 我が氏族にとって、この男は仇敵中の仇敵。
「最上家はすでに我らが軍門に下った。お前も大人しく従え」
「はんっ! 貴様等の力になるくらいなら、子守でもしていた方がいくらかましよ!」
 戦の勝敗はすでに決した。
 さんざん手こずらせてくれたこの男、この場で打ち首にしてやりたい。
 しかし、その脳髄に詰まった軍略の数々は、今後の戦に大いに役に立つ。
「‥‥よし、ならば子守として雇ってやろう」
「なっ!?」
「振々をここに持て!」
 姫武将は憎しみを押し殺し、幕下に控える兵士へ命じた。

 しばしの時を経て、小さな籠に揺られすやすやと寝息を立てる赤子が運ばれてくる。
「くれてやる。しかと面倒を見よ」
「――なっ!?」
 姫武将は穏やかに眠る赤子の襟首を掴むと、無造作に縛を解かれた男へと放り投げた。
「な、何の真似だ!」
 慌てて両手を差し出し赤子を受け取る頼重。
「何の真似? お前は子守をすると申したではないか。その願いをかなえてやるのだ」
「馬鹿な! それは言葉のあや――」
「うぅぅ‥‥うああぁぁぁん!!」
 叫び散らす頼重の怒声が癪に障ったのだろう、腕に抱かれた振々が大きな泣き声を上げた。
「なっ!?」
 突然泣き出した振々に、子守の経験など無い頼重は右往左往。
「おい、子守もまともに出来ぬのか? 今孔明の名が泣くぞ?」
 頼重は必死であやそうと腕の中の振々を不器用に宥める。
「人を殺す術は知っていても、人を活かす術は知らぬか‥‥哀れよの」
 殺気に満ちていた姫武将の瞳に影が落ちる。
「最上の一族、根絶やしにはしたくない」
 その瞳には憂いが浮かび、頼重をじっと見つめた。
「‥‥ぐっ」
 軍略ではただ一度負けただけ、巻き返しなど容易に行える。
 しかし――この瞳、何という悲しみに満ちた瞳か。一体いくつの覚悟と悲哀を背負っているのだ。
「好きにしろ‥‥」
 頼重はがくりと膝を折り、無意識のうちに姫武者に頭を下げていた。


「――あるいは頼重の力を欲した母上が企てた、政略結婚であったのかもしれないが。結局、儀弐王の尽力により内戦は終結。頼重の軍略が生かされる事はなかったのだがな」
 と、永眼が昔話を締めくくった。
「はぁ、初めて聞く話ばかりだね。ほんと、僕は世間知らずだ」

 ドンっ!

 突然、襖が勢いよく開かれる。
「永眼兄様! 振に船を貸すのじゃ!」
 現れた振々は開口一番、永眼に飛空船を無心した。
「‥‥何をするつもりだ?」
「頼重をつれもどしにいくにきまっておる! 勝手にいなくなりおって‥‥直接お仕置きせねば、気がすまぬ!!」
 激昂する振々は、火中の栗の様にいつどこに飛んでいくかもわからない。
「振々、お前の序列は三位だ。魔の森対応はお前の任となる。頼重など追っている暇はないぞ」
 しかし、永眼は熱く滾る振々を冷徹に諌める。
「お、おい。本気で振々にやらせる気か!?」
 確かに袖端評定で出た結果は振々が最下列。魔の森の討伐の任に当たる役目を追う事になる。
 しかし、振々はまだ子供。真来は止めようと二人の間に割って入った。
「これは決まった事だ。よもや掟に叛くつもりではないだろうな?」
「うっ‥‥」
 掟の名を出されては真来も閉口するしかない。
「‥‥しかし、常に魔の森の対応を行う必要はない」
 先程までの言葉を否定する様な永眼の提案に、三人はハッと顔を上げた。
「一定の成果が出れば、次の討伐へ向けての準備期間も必要となろう」
 要は外様へ示しをつける成果を上げろと言っているのだ。
「‥‥わかったのじゃ! 振が出来るところを見せればいいのじゃな!」
「そうだ。しかし、お前に出来るか?」
「お、おい!」
「‥‥いいだろう。今回は特別に真来をつける。『今孔明』が子の手腕、見せてみろ」
「む? いまこーめー? よくわからぬが、すぐにけりをつけてやるのじゃ! その時は、船を振に貸すのじゃぞ!」
「‥‥ああ、いいだろう」


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰


■リプレイ本文


 遠方に見える森は夏の日差しを受け、青々と繁茂する。
「理穴の人々が困ってるし、魔の森は放置しておけないよね」
 森を前に新咲 香澄(ia6036)がパンと掌を拳で打つ。
「そのとーりです! 事情はよくわかりませんが、悪は許しません!」
 正義の英雄よろしくルンルン・パムポップン(ib0234)が森を指差し胸を張った。
「振々ちゃん、ぱぱっとアヤカシやっつけるからね!」
「そうだよ。振姫様は大将なんだから、私達の働きを後ろで見ていて」
 一行に続く馬上の振々に、石動 神音(ib2662)、浅井 灰音(ia7439)が声をかけた。
「うむ。頼りにしているのじゃ」
 馬上で素直に首を下げる振々。
 これまで同じ台詞でもふんぞり返って吐いていた言葉が今はどうだ。
 二人は振々のあまりの変容に、思わず顔を見合わせた。


 振々、真来を加えた開拓者の一行は、おどろおどろしい雰囲気漂う魔の森へと足を踏み入れた。
「あんた、開拓者だったんだな」
「真来様、お久しぶりです」
 首を垂れる出水 真由良(ia0990)に、真来は少し困った顔を浮かべた。
「騙したつもりではなかったのですけど‥‥」
「気にしてねぇさ。振々の所に行ってもいないんでおかしいなぁとは思ってたけどな」
 真来は申し訳なさそうな真由良に対し、無邪気に微笑みかける。
「真来さん、少しよろしいですか? っと、お邪魔でしたでしょうか?」
 どこか訳ありな雰囲気を察したのか、声をかけた朝比奈 空(ia0086)は申し訳なさそうに二人を見比べた。
「いや、大丈夫だぜ。何か用か?」
「はい、今回の討伐で是非お願いしたい事が」
「俺で役に立つならいくらでも使ってくれ」
「ありがとうざいます。では、早速なのですが――」
「ふむふむ――」
 今後を打ち合わせる二人を、真由良は静かに見つめた。

●魔の森
「皆、振姫様を少し見ていて」
「うんっ! 振々ちゃんこっちに」
 灰音は振々と繋いでいた手を神音に託すと、すっと瞳を閉じ心眼を開く。
 世界が暗転し、小さな光が無数に浮かぶ。
「‥‥10、11――20以上はいるね。奥にはもっといるかもしれない」
 瞳を開けた灰音が皆に告げた。
「纏ってたかなー?」
 神音の問いかけに灰音はゆっくりと首を振った。
「ばらばらだね。道がある所には比較的多そうかな」
「依頼書にあったミミズ型って奴だねっ。よしっ!」
 と、香澄が鎧の上から袖を上げる仕草と共に気合を入れると、
「道を作るよっ!」
 ぬかるむ地面へと取り出した符を叩きつけた。
「私もご一緒いたします」
 隣では真由良がすでに符を準備し待機していた。
「お願い! ‥‥穏魔音孤怨智――怪炎の化身よ、具現せよっと!」
「はい。――我、回生の炎が命ずる。灼獣よ、命に従い実を成せ」
 二人の詠唱が重なり、符より現れ出でる身に炎を纏う獣が二匹。
「火炎獣ってのは、こういう使い方も出来るんだよっ!」
 香澄が森の奥をビシッと指差すと、呼び出した炎孤はゆっくりと獣道を駆けだした。
 火炎獣を囮にしミミズを引きずり出す。事前の情報で得た習性を利用しようというのだ。
「姿を現せばこちらの物ですね。炎虎、行きなさい」
 鎖に縛られた炎の虎が、炙り出されたミミズを次々と焼いていく。
「周りから寄ってくるミミズは私達に任せて」
 打ち漏らしたミミズへ鉛玉を打ち込む灰音。
「おねーさん達はそのまま奥へ!」
 神音の拳がアヤカシの頭部を破壊していく。
「火炎獣のダンス、とくとご覧あれってね!」
 仲間のサポートを受けた香澄は、炎孤と共に魔の森を貫く道を切り開いていった。

●森奥
 視覚では捕えられない、重く苦しい空気が辺りを支配していた。
「この足跡‥‥間違いありませんっ! ニンジャの勘もそうだと告げていますっ!」
 ぬかるむ地面に身をかがめたルンルンは、穿たれた足跡に確信する。
「足跡は‥‥こっちですね」
 足跡が続くのは森の奥、更に瘴気の濃い場所へだ。
「ここで引けば、女が廃るってもんですっ!」
 ルンルンは自分なりに描くシノビの役割を全うしようと、森の奥へと足を向けた。

「‥‥いました!」
 強い瘴気の中、ルンルンはついに主を見つけ出した。
「っ!?」
 見つけた事に喜び思わず声を上げたルンルンに、強烈な殺意が向けられる。
「み、見つかったっ!?」
 両手で口を押え、じっと息を殺すルンルン。だが、時すでに遅し。
 伍猪と呼ばれる森の主はルンルンを敵と認識していた。
「く、来るなら来いですっ! ルンルン忍法でぎったんぎったんのけちょんけちょんです!」
 ルンルンは大剣を構え、鼻息荒く地面を蹴る伍猪に対峙した――。


 ミミズを蹴散らした一行は、森を更に深くへと進んでいた。
「真来さん、一つ尋ねてもいいかな」
「うん?」
 振々を囲むように隊列を整え、辺りを警戒しながら進む灰音は、殿を務める真来に声をかける。
「頼重さんに、兄弟は居たのかな」
「‥‥そうか、目撃者ってのはあんたのことだったか」
 まるで世間話でもする様な灰音の話。しかし、真来にはその真意が読みとれた。
「うん‥‥あの時見た姿‥‥一瞬だったけど、あれは紛れもない――」
「残念だが頼重に兄弟はない」
「‥‥それじゃ、やっぱり本人」
 推測は否定された。灰音の心に真実が重くのしかかる。
「いや、そうと決まった訳じゃねぇだろ」
 しかし、俯く灰音に真来が続けた。
「相手にはシノビがいるっていう話だ。変装って可能性もあるんじゃねぇか?」
「変装‥‥なるほど」
「頼重は裏切る様な奴じゃねぇ。なら、相手の策略って方が可能性としては高いだろ。一杯喰わされたな」
 複雑な表情を浮かべる灰音に、真来は豪快な笑みと共に答えた。

『きゃぁぁ!!』

『っ!』
 突然森の奥から響き渡った少女の声に、休んでいた皆に緊張が奔る。
「い、今の声って‥‥」
「ルンルンさんの声に違いありませんね」
 きょろきょろと辺りを見渡す神音に、空は表情を強張らせ答える。
「急ぎましょう」
 空の声に皆が頷いた。

●森奥
 鬱蒼と茂る木々は、どれもが禍々しい瘴気を吐き出す。
「魔の森の中ってほんとーに気持ち悪いね‥‥」
 先頭を行く神音が纏わりつく様な瘴気に、おえっと舌を出す。
 一行は声を頼り森の深くまで足を踏み入れた。
「――居る!」
 その時、灰音は巨大な気配を感じ両手を広げ皆を止める。

 それは、ゆるりと木々の間から姿を見せた。

 濃赤銅の体毛を揺らし、荒々しく瘴気の息を吐く巨体。
 魔の森の主『伍猪』であると誰しもが悟った。

「ルンルン様!」
 伍猪を前に皆が身構える中、真由良が突然叫びを上げた。
 そこには、力無く木に寄りかかるルンルンの姿が。
「引き離します」
 ルンルンの眼前に迫る禍々しき黒い巨体を前に、空が咄嗟に印を結ぶ。
「灰界の光輝――灰燼を呼べ!」
 空の印が完成すると同時に、伍猪の眼前に突如として灰色の光球が生まれた。
「今です。ルンルンさんの救出を」
 全てを灰に帰す光球は伍猪の瘴気のオーラをじわじわと削り足を止める。
 空は真由良に向け合図を送った。
「ルンルン様、ご無事ですか」
「うぅ‥‥」
 空の作った隙をつき、苦しそうに呻くルンルンの元に駆け寄った真由良。
「真由良さん! そのまま走って!」
 空の牽制に合わせる様に短銃で攻撃を繰り返す灰音が真由良に退路を指示した。

「香澄おねーさん」
「うん、わかってるよ!」
 ルンルンが退避したのを確認し、神音と香澄は計画していた策を実行に移す。
「さぁ、こっちこっち! ほらほら、あっついよー?」
 両手に火輪を呼び出した香澄が、口元をニヤリと釣り上げた挑発に、伍猪はぎろりと眼光鋭く振り向いた。
「それ! 燃やしてあげるよ!」
 伍猪の正面はまさに死地。
 しかし、香澄は怯む事無く火輪を投げつけた。

 ――パンっ。

 投げ放った火輪は、香澄の合図と共に伍猪の眼前で焼失する。
 いきなり消えた火輪に伍猪に一瞬の隙ができた。
「こっちが本命なんだよ! 行くよ、呪縛符!」
 そして、次の符を素早く取り出すと、香澄は本命である呪縛の符を伍猪に向け投げ放った。
「ありがとう、香澄おねーさん!」
 呪に縛られる伍猪の姿を見、神音は一端を輪にした縄をぐるぐると頭上で回すと伍猪の牙目掛けて放り投げられた。
「捕まえたよ!」
 見事牙を捕えた縄を素早く大木に結び付けた神音。

 ブチっ――。

「わわっ!」
 突然緊迫が解かれた縄を握っていた神音が尻もちをついた。
 ピンと張られた縄は、伍猪の身震い一つであっさりと断ち斬られたのだ。
「うぅ‥‥もうダメっ!」
 それと同時、伍猪を縛っていた香澄の呪縛が弾かれる。
「これは一筋縄ではいかないかもしれないね」
 ごくりと唾を飲み込んだ灰音の言葉に、一行は気を引き締め直す。

 それからも幾度となく繰り返される開拓者の攻撃。
 しかし、魔の森でその力を増幅させた伍猪に前に、その散漫な攻撃は尽く弾かれていった。


「散発的に縛ってもダメじゃ――」
 伍猪の前に尽く弾かれる開拓者の攻撃を、振々は一人じっと見つめていた。
「皆の者、各々が好きに戦っては埒が明かぬ!」
 突然発せられた大声に、皆が戦いの手を止め振々へと振り向く。
「振が合図する! 皆、合図に合わせて欲しいのじゃ!」
 振々は向けられる視線一つ一つを見つめ、指揮棒を一閃させた。

「真来兄様! しばしの時間が欲しい。任せられるかえ!」
「3分が限度だ!」
「十分なのじゃ!」
 振々は兄へ最初の命を下した。
「悪いが、大将の命令なんでね」
 振々の命を受け真来は伍猪は眼前に立ち塞がり、弓を引き絞った。

 真来の背を頼もしく見つめた振々は開拓者達へと振り返り――。
「香澄!」
「うん?」
 腕を組み、真来の戦いを興味深げに見つめていた香澄は振り返る。
「火で辺りを囲め! 相手は所詮獣の身。怖がらずとも本能的に身が引けるはずじゃ!」
「なんだ、その程度? そんなのお安い御用だよ!」
「誰がそれだけじゃと言った?」
 軽い軽いと袖を捲る香澄に、振々は邪まな笑みを浮かべる。
「火で周りを囲むと同時に、呪縛の符でアレを縛るのじゃ!」
「うわぁ‥‥人使い荒っ!」
「なんじゃ? 出来ぬのなら、真由良にでも頼むが?」
「性格まで悪っ! でも、そこまで言われちゃったら、やらない訳にはいかないよね」
 不敵な笑みを浮かべる振々にも負けぬ笑みを浮かべた香澄は、伍猪えと向き直ると、符を取り出し火を呼んだ。
「火の海で海水浴なんてどう? 行くよ、火輪円舞!」
 香澄は両手を大の字に開くと、生みだした火輪を左右に投げつける。
 火輪はまるでブーメランのように円軌道を描き伍猪を囲む。
「それから、これもだね!」
 突然の火に囲まれたじろぐ伍猪に、香澄は間髪いれず呪縛の符を放った。

「ルンルン!」
「は、はいですっ!」
 傷付いた体を無理やり起こし、ルンルンは振々の言葉にキリッと敬礼。
「一つではアレは止まらぬ。そなたの力が必要じゃ!」
「わ、私の力が‥‥」
「うむ。そなたの影の力、見せつける時じゃ!」
 香澄の時とは打って変わって、ルンルンを持ち上げまくる振々。
「わ、私期待されてる‥‥! 任せてくださいっ! ルンルン忍法大炸裂させちゃいます!」
 そう言うと、傷付いた体に鞭打ちルンルンが樹上へ跳躍する。
「ジュゲームジュゲームパムポップン――ルンルン忍法シャドーマン! 私の影よ伸びろシャドー!!」
 太い枝の上で独自の印を結ぶと、ルンルンの影が不自然に伸び伍猪の影を縛った。

「神音!」
「は、はいっ!」
 振々は年下である。しかし、その迫力に神音は背筋を伸ばし思わず礼をとった。
「縄が一本では簡単に切られる! 折り返して三本に束ねて仕掛けよ!」
「な、なるほど! 一本じゃダメだけど三本ならじょーぶだもんね!」
 そして、こくんと力強く頷くと千切れた荒縄を拾い再び気に結び付けていく。

「空!」
「はい」
 次は自分の番だとわかっていたのか、空が静かに頷いた。
「まだ足らぬ。――縛の仕上げ任せれるな?」
「仰せのままに」
 恭しく頷いた空が縛られもがく伍猪へ向き直った。

「本来、罠用の魔術ですが――」
 羽衣の裾を靡かせ空が走る。
「氷飄地縛――フロストマイン!」
 二人の呪縛が鈍らせた伍猪の動きを掻い潜り、空は腹の下へ魔術の礫を敷設した。

 縄縛、呪縛、影縛、氷縛。
 巨体を揺らし我が物顔で闊歩していた伍猪を、四縛が縛りつける。

「真由良! あの気が邪魔じゃ!」
「はい。お任せください」
 振り向いた振々に恭しく首を垂れた真由良が、顔を上げると同時に伍猪へ向け走りだす。
「瘴癘回帰――その禍々しき気、糧とさせていただきます!」
 真由良が伍猪を包む瘴気のオーラへと手に貼りつけた符をかざした。

「灰音! 神音! 仕上げを任せるのじゃ! 抜かるでないぞ!」
「振姫様の期待を裏切る訳にはいかないよ」
「うん、任せて! 神音も振々ちゃんの期待に答えるんだよ!」
 動けぬ伍猪を真由良の符が更に裸とする。
 灰音と神音は振々の命を背に、伍猪へ向け駆けだした。

「お腹がガラ空きっ!」
 足元を縛る氷上を仰向けに滑り、神音が伍猪の腹の下へと潜り込む。
「これがセンセー直伝の拳だよっ!!」
 そして、足裏に付けた鋲を氷上に打ちつけ、残った全ての力を注ぎ拳が霞む程の暗勁掌連打を伍猪の腹に見舞った。

「滑稽だね」
 神音の連撃により苦悶の表情を浮かべる伍猪に、灰音は無表情に歩み寄る。
「下劣に、無残に、醜悪に――その身を散らすといい」
 春に茂る雑草でも踏むように、夏に舞う蚊でも潰す様に、灰音は薄ら笑いを浮かべ、剣を伍猪の目の前で抜き放った――。

●小さな湖
 開拓者たちの活躍により、主は討たれた。
 残る魔の森焼き討ちの前に、真由良が訪れたのは魔の森の奥にあった黒く濁る瘴気の湖であった。
「瘴気の元凶を断ちます」
 黒く濁る湖に手を突きいれた真由良は、禍々しき瘴気の渦をその身に吸い上げていく。
「うっ‥‥」
 魔の森を形成する程の瘴気。
 熟練とは言え一人の陰陽師の手に負えるものではない。
「お、おい、大丈夫か!?」
「‥‥申し訳ありません」
 多量の瘴気をその身に受け、眩暈と共に倒れ込む真由良を真来が咄嗟に支えた。
「ったく、無茶しやがって」
「これで少しは瘴気が薄れた筈ですわ」
 真来の腕の中で、真由良は微笑んだ。

●森の外
「皆さん少し離れていてください――」
 若干薄らいだ瘴気の気配を感じ、空が皆を下がらせる。
「天妙の星々よ――」
 空の頭上に巨大な炎球が出現する。
「全てを焼き尽くせ! メテオストライク!」
 そして、空の放った巨大な炎球が魔の森へと落とされた――。

 大火球の一撃に、燃えにくいとされる魔の森に火がつく。
「皆さん、今です。一斉に火を!」
 空は魔術の成果を確認すると、後ろに控える仲間へと声をかけた。



 時にして、丸二日。
 この規模の魔の森を滅した記録としてはなかなかの速度である。

 灰となり霧と消えた魔の森を、一行は振り返ることなく後にした。