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■オープニング本文 ●陽縣 朱藩首都安州の近郊の街『陽縣』。ここは大規模な航空施設を備え、飛空船の研究開発が盛んな街であった。 「おやっさん!!」 「うるせぇ! 大声ださねぇでも聞こえてらっ!!」 嬉しさを声に乗せ、大声で工房へ飛び込んできた黎明に、この工房の主『平賀 栄喜』は、それ以上の音量で怒鳴り返した。 「出来たのか!」 そんな栄喜の声にも負けず、黎明は声を躍らせる。 「ったりめぇよ! 期限きっちり、一秒の狂いもねぇ!」 答える栄喜は黎明から視線を外し、くいっと首だけを工房内へ向けた。 「おい、重!」 「へい!!」 名を呼ばれたのは、若頭筆頭『重種』。 「俺達の仕事、たーんと拝みやがれよ!」 緞帳の前に仁王立ちする重種が、天上からつりさげられた紐を引いた。 そこに現れたのは、蒼穹の空に映えるだろう、美しき白亜の肢体。 船首にはジルベリアの女神を模した像が掲げられ。 流線形の滑らかな船体は、墜ちし白銀の船を思わせる。 「おぉぉ‥‥」 何処となしか以前の船に似ているその容姿に、黎明は口を開けたままじっと見上げ感嘆の声を漏らす。 「おい、重」 「へいっ! えー、速度は前の1.2倍。装甲は軽鉄板に加え、簡易呪符結界で覆ってる。ま、多少の瘴気なんかじゃぁびくともしないわな――」 感動に打ち震える黎明へ向け、栄喜の命を受けた重種がその仕様について話を始めた。 「おおぉ‥‥」 そんな重種の説明をわかってかわからずか、黎明は眼を見開きこくこくと何度も頷く。 「旋回性能は‥‥聞いて驚けよ? 何と従来比1.5倍だ!!」 「おぉっ!?」 「前に案を貰った時に、可変式の旋回翼ってぇ話が出ただろ」 と、驚く黎明に栄喜が声をかけた。 「で、出てたような――でてたか?」 「‥‥さすがに翼程でかいのは邪魔になるが、この程度なら問題ねぇ。――おい、重」 かくりと首を掲げる黎明を無視し、栄喜は新たに搭載された旋回翼の試運転を指示する。 「へぃ! おっ目ぇぇら、旋回翼を広げやがれっ!」 重種の声と共に、レアの船尾両翼に広げられる左右五対の白銀の翼。 大きさこそ従来の旋回翼と変わりは無いが、可変する事で収納が可能になり、結果旋回性能を向上させる事となった。 「おぉ‥‥」 開かれた小さな翼達に黎明はただただ感嘆の声を上げる。 「でっと、後は船腹のあれだ!」 小回りに稼働する旋回翼に釘付けとなっていた黎明に、重種は船腹を指差した。 「お? おぉぉ!?」 と、再び稼働を始めるレア。 重種の声に、レアの船腹はゆっくりと下方へスライドしていく。 そこには開拓者達の発案で設置される事になった、朋友の格納庫があった。 「おっと、驚くのはまだはえぇってもんだぜ?」 スライドする船壁が降り切ったと同時に、レアの腹にぽっかり空いた空間の床が船外に向けせり出してくる。 「な、なんだ‥‥?」 見た事もない機構に、黎明は眼を白黒させた。 「ジルベリア風に言うと『かたぱると』ってやつだっ! あの上に乗れば龍とかグライダーが離発着しやすいだろ? 離発着補助装置も付けてあるしな!」 「おぉぉ! なんかすげぇな!」 「ったぼぅよ! 平賀組の技術の結晶と言っても過言じゃぁないからな!」 興奮に打ち震える黎明。そして、鼻高々と胸を逸らす重種。 「文句はつけさせねぇぞ」 と、一人冷静な栄喜が黎明に鋭い眼光を向けた。 「おぉ! おやっさんありがとな!! こんないい船にしてもらったんだ、文句なんてつける訳が無いだろ!」 黎明は興奮を駆り、栄喜の手を取ると感激のあまりぶんぶんと振り回す。 「これで‥‥これであいつを探しに行ける――」 と、自然とその言葉が黎明の口から出た。 「あん? 何か言ったか?」 「いやいやいや、何でもないさ!」 ●レア 「新しい俺達の家族に――」 松明の炎に映し出される白亜の船体。 「カンパーイ!!」 黎明の掛け声と共に一斉にグラスを合わせるクルー達。 ついに完成した新しき翼を前に、空賊団『崑崙』のメンバーと平賀組の工員達は完成を祝っていた。 新しい家族を迎えるクルー達と、『娘』を送り出す工員達。 泣き笑い、笑顔が支配する空間を、黎明は壁際で静かに見つめていた。 「黎明」 「‥‥うん? 嘉田か」 「指令です」 「‥‥はぁ、完成した途端にとはねぇ。朝廷のお役人の地獄耳にはいつも感服するよ」 「その文句も聞こえているかもしれませんよ」 いつものやり取り。いつもの駆け引き。 黎明は降参するように両手を上げると――。 「悪いけど、断ってくれるかな。俺にはやらなくちゃならない事がある」 「副長を探しに行くのですね」 「‥‥ま、そう言う事だ。俺は別にいなくてもいいんだけどな、ほらうちのクルー連中、レダがいないと覇気に欠けるって言うか――」 「確かに副長の存在は士気に著しい影響を与えますからね」 黎明がいい訳を言い終わるより早く、嘉田はその言葉を肯定した。 「と言う訳で、今回の指令は――」 「残念ながら、今回の指令は断りません」 「なに?」 クルーから慕われる副長を、先日忽然と姿を消したレダの捜索こそ、崑崙に課せられた最大の目的。 誰もがそう思っていた。そう思っていると思った。堅物の嘉田であっても。 しかし、その答えはあっさりと否定するものだった。 「副長の行方は、クルー数名を割いて捜索中ですが、その行方は一向に掴めません」 「だったら、指令ないんてしてる場合じゃ――」 「しかし、朝廷側から一つの申し出があったのです」 「申し出?」 黎明の問いかけに一呼吸置き、嘉田が続ける。 「今回の指令を成功させれば、副長捜索の手助けをしてもいいとの通達がありました」 「手助けをしてもいい――か。相変わらず上から目線な連中だ」 「残念ながら、この広い天儀を我々だけの手で捜索するのは不可能です。それに比べ落ちぶれたといっても、朝廷の権威は偉大」 「‥‥」 「その『眼』は天儀の至る所にあると聞きます。非常に不本意ですが、これが副長捜索の一番の近道、なのです」 普段表情を変えることの少ない嘉田であってさえ、この自体は悔しいらしい。 グッと奥歯を噛み、吐き出す様に呟いた。 「‥‥お前達、待たせたな!」 突然黎明は立ち上がり、歓喜に酔うクルー達へ甲板に居並ぶ仲間達を見下ろし、黎明が声を上げる。 「黎明、まだ指令内容を――」 「お前等、レダを取り戻したいか!」 突然の行動に驚く嘉田を置いて、黎明はクルー達に問うた。 「当たり前だ! 副長が居ないんじゃ、ここにいる理由がねぇ!」 「そうだ! それにレダさんをあのままにしておけねぇ!」 「レダは俺の嫁!」 突然の問いかけにも、クルー達は各々の想いを乗せ答えてくる。 「嘉田、出航準備だ。とっとと指令を終わらせて、レダを連れ戻しに行くぞ!」 「‥‥はい、了解しました、船長」 一つの目標に向う力は、何にも負けぬ程に力強い。 その力強さが現れた視線を向けられ、嘉田は嬉しそうに一度頷いたのだった。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
水月(ia2566)
10歳・女・吟
各務原 義視(ia4917)
19歳・男・陰
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●レア 天に浮かぶ雲の海を白き船体は悠々と空を泳ぐ。 「うん? どうした、元気が無いね」 船首から雲海を眺める天河 ふしぎ(ia1037)の雰囲気に、黎明は首を傾げた。 「黎明‥‥。えっと、そのレダの事なんだけど」 「こんな指令はとっとと終わらせて、早く探しに行かないとな」 「え、えっとそうじゃなくて、その‥‥」 「うん? どうした?」 口籠り、目も泳いでいる。ふしぎの変容に黎明は心配そうに声をかけた。 (違う‥‥まだそうと決まったわけじゃないんだ‥‥!) じっと床を眺め閉口するふしぎ。 「? 調子悪いなら少し休んでてもいいよ?」 「あ、うんん! 何でもないんだ! 早く解決して探しに行こう! この船のお祝いもまだなんだから!」 今の自分が出来うる限り最大の笑顔を黎明にぶつけた。 ● 「さぁてどうしたものかねぇ」 雲の海をぼーっと眺め、劉 厳靖(ia2423)がぼそりと呟いた。 「‥‥何というか、不穏な依頼ですよね」 そんな厳靖とは対照的に、大きな瞳で真っ直ぐ空の彼方を見据える御調 昴(ib5479)。 「まぁ、ハイジャックされてんだからなぁ。不穏にもならぁな」 「‥‥虚偽――と言う可能性を考えられているのですか?」 「さぁ? それがわかりゃ世話ぁない」 「‥‥そうですよね。本当に解らぬことだらけです」 一見、無意味な会話の端々に、厳靖なりの情報取捨が垣間見える。 「一体犯人の目的は何なのでしょうか‥‥ハイジャックした後、犯人から何も要求が無い」 「犯人の一人でもとっ捕まえるしかねぇんじゃねぇか?」 「そんな、簡単に‥‥」 いきなり結論を持ってきた厳靖に、昴は溜息をつくが。 「捕まえる‥‥捕まえる‥‥?」 何か引っかかる。それが何なのかわからないが、確かに何か。 「まぁ、折角ここまで来たんだ。顔くらいは拝んで帰らねぇとな」 考えを巡らせるのは俺の仕事じゃない。 そんなことでも思っているのか、厳靖は悩む昴を頼もしく見つめた。 ● 「‥‥」 「うん?」 くいくいと袖を引かれた黎明は辺りを見渡した後、視線を落した。 「ああ、君か。どうした?」 そこには大きな瞳でじっと見上げる水月(ia2566)。 「‥‥船長さん、お願いがあるの」 「なんだいお譲さん」 水月の視線に合わせる様に黎明はしゃがみ込む。 「‥‥人質さんを助けた後、保護してもらえる人を貸して欲しいの」 「人質の保護か‥‥ふむ」 「‥‥だめ?」 水月は懇願するように見上げ目を潤ませた。 「‥‥俺が行くつもりだけど。役不足かい?」 「‥‥船長さんが出てもいいの? この船は?」 「まぁ、自慢じゃないけど、俺はこの船にいてもすることが無いからね!」 無駄に自信ありげに胸を張る黎明。 「‥‥じゃ、厄介者払――じゃなくて、お手伝いお願いするの」 「‥‥あ、ああ。了解だよ」 にこりと満面の笑みを向けてくる水月に、黎明は複雑な表情で頷いた。 ● 「レティシア(ib4475)と申します。この度はよろしくお願いします」 人懐っこい笑みと、優雅なジルベリア式の礼を持って、レティシアは崑崙のメンバーへ自己紹介。 「おう、こりゃまたちっせぇお譲ちゃんだな、大丈夫か?」 「‥‥失礼ですよ石恢」 筋肉質の風体を晒す石恢に、眼鏡をかけ知的な嘉田が苦言を呈した。 「気にしないでください。事実ですから」 「ふむ、お若いのによくできたお譲さんですね」 大人達の冷やかしにも動じることないレティシアに、嘉田は感心した。 「あ、それと船長さんをお借りします」 水月がつけた援軍の話。レティシアは感謝の意を込め深く頭を下げた。 「こちらこそ、船長をお願いします」 「他の事はてんでダメな野郎だけど、銃の腕だけは一流だからよ!」 「はい」 ● 「先代の撃墜」 各務原 義視(ia4917)が物憂げにレアの船縁に手を当てる。 「新造艦の設計――」 一切の凹凸無く削り出された手すりに手をなぞらせた。 『先生、どうしました?』 塞ぎこむ義視に、人妖『葛 小梅』が心配そうに問いかける。 「いや、何でもないよ。ちょっと船の出来栄えを確認してただけだから」 『そうですかー? なんだか泣いてるように見えたんですけどー?』 「な、何を言ってるんだ! そ、そんな訳ないだろう!?」 『何を焦ってるんですかー?』 「うぐっ‥‥!」 不思議そうに見上げてくる小梅に、義視はヒクヒクと頬を引くつかせた。 「さ、さぁ、馬鹿なこと言ってないで、準備するよ。あまり時間が無いんだから」 『はーい』 そして、義視は小梅の背を押す。 「初動が陽動だなんて申し訳ないけど――頼んだよ」 まるで我が子に頼むように呟き、義視はそっと船縁から手を離した。 ●出陣 時は来た。 「嘉田、石恢。レアを頼む!」 「ええ、黎明もしっかり皆さんの役に立ってきてください」 「足手まといにはなるなよ」 「お前達‥‥」 何とも緊張感の無い出陣風景を、開拓者一行は苦笑いで見つめる。 「さぁ、君達、準備はいいか!」 気を取り直したのか、黎明は一行に向き直った。 「――じゃ、作戦決行だ!」 そして、黎明の合図と共に一行はそれぞれの朋友やグライダーに跨ると、その身を一気に宙へと躍らせた。 ●雲海 天頂には雲一つない青空が広がり、眼下には真白な雲の海。 「雲の中へは入らないで! 視界が無くなるから!」 グライダー『天空竜騎兵』を駆るふしぎが、雲海の上を滑る仲間達に注意を促した。 「こうやってフィルの背に跨って飛んでいると、本当に雲の海を泳いでいるみたいですねっ」 愛龍『フィル』に跨るレティシアは、滅多に登ることの無い天儀遥か上空の景色の虜となる。 「なー。まったく散歩でおわりゃぁ、最高なんだが」 『わうっ!』 愛犬『シロウ』の頭を撫でながら、甲板に座り込んだ厳靖が大欠伸。 「先程から計測していますが――画竜点睛はどうやら進路を南に取っている様子ですね」 グライダーの操縦桿を小梅に任せ、義視が折りたたんだ地図と太陽の位置を見比べる。 「‥‥南? そこに犯人さん達の目的地があるの?」 それは水月にとって今最も気になる方位。不安げに義視を見上げ問いかけた。 「そう考えるのが妥当でしょうね。足の遅い船です。目的地に向け、わざわざ遠回りをするとは考えられない」 「‥‥南に‥‥行かせちゃいけない気がするの」 漠然とした不安は絶えず水月の心を支配する。 「水月、今は囚われている人を救出するのが先だよ!」 と、ふしぎが水月の肩に手を置いた。 ふしぎ自身にも水月と同じ嫌な胸騒ぎが襲っている。しかし、今するべき事を見失う訳にはいかない。 「‥‥わかったの」 そんなふしぎの気持ちをくみ取ったのか、水月はそれ以上問いかける事を止めた。 「相手も船の奪還に何者かが来る事は予測しているでしょう。気を引き締め雷撃の如き速度で事を成しましょう」 昴の言葉に答える様に鷲獅鳥『ケイト』が鳥とも獣ともつかぬ泣き声で答える。 「さぁ、約束の時間だよ。皆準備はいいね?」 懐中時計で時間を確認した黎明が、皆に問いかける。 「‥‥」 しかし、答える言葉はない。 「沈黙肯定。いくよ!」 黎明はその沈黙を頼もしく感じ、一行へと決戦の鬨を告げた。 そして、黎明を加えた7つの翼は、旅客船『画竜点睛』の遥か上空へと差し掛かった。 ●甲板 レティシアの歌声が、一行の足に羽を与える。 共鳴の力場の作用により、一行は画竜点睛の甲板に音もなく着地した。 「甲板に見張り無し。随分と不用心だなぁ?」 厳靖は辺りを見渡すが、人の姿どころか気配すらない。 「ただ不用心だといいのですけど‥‥罠、と言う可能性もあります」 二挺の拳銃を構え、ゆっくりと甲板の様子を伺う昴。 「僕達は補足されていなかった。と好意的に受け取っておきましょう」 昴は一息つく様に銃口を下ろし、ケイトへと向き直った。 「ケイト、甲板を確保。船内からだけじゃなく、上空からの警戒も忘れない様に。それから黎明さんの言う事をちゃんと聞くんだよ」 昴のケイト、レティシアのフィル、厳靖のシロウ。そして、黎明。 制圧した甲板の防備の為に残るメンバーだ。 「レア。派手にやってくれてるみたい」 船縁から身を乗り出せば、レアが画竜点睛に対して威嚇行動の真っ最中。 「‥‥部下さんは優秀なの」 背伸びして船縁から見下ろすレアの雄姿に、水月は感動に震えた。 「‥‥船長さんがここにいますよー」 黎明の言葉はもちろん聞こえていない。 「ほんじゃま、ちゃっちゃと終わらせて帰りますか」 そう言うと、厳靖はすっと瞳を閉じた。 「‥‥」 閉じた瞼の裏に、生命の息吹が鮮明な点となって現れる。 大小様々な光の点は瞬き揺れ動く。 「‥‥固まってる訳じゃねぇみてぇだな」 それぞれの点が誰なのかは判別がつかないものの、光の点は様々な場所に点在する。 「乗客は客室に、船員は船室に捕らわれている、と言う事でしょうか?」 「‥‥確かに、部屋に人はいそうだけどよ‥‥流石に客かどうかまではわかんねぇ」 「場所さえ分かれば重畳。後は実力行使あるのみです」 『先生も、ついにノウキンに目覚めましたかー』 「‥‥いいかい小梅。事は急を要するんだ。慎重に作戦を立ててやりたいけど――」 小梅と義視の掛け合いを微笑ましく見つめながらも、一行は行動を開始した。 ●広場 甲板から続く中央階段を下った先には、煌びやかに装飾を施された広場があった。 『廊下を歩いている者は3名。犯人だろうな』 広場へ降りて来た一行の元へ、偵察に向っていた水月の愛猫『ねこさん』が戻ってきた。 「‥‥3人しかいなかったの?」 『廊下にはな。流石に部屋の中まではわからない』 「‥‥わかったの。ねこさん、ありがとう」 仕事は終わったとばかりに床に来るっと丸まったねこさんに、水月がぺこりとお辞儀する。 「状況は意外と悪くない。電撃戦と言う作戦仕様上、ここで班を3つにわけます。まず――」 猫さんのもたらした情報。そして、点の記された図面を見ながら、義視は捜索班の編成に入った。 「――くれぐれも派手な行動は慎んでください。何よりも速度重視、速やかに乗員の確保を。それでは各自――ご武運を」 的確に人選し、現場を振り分けた義視が合図を送る。 一行は無言でこくりと肯定の意を現した。 ●客室 「――よいせっと」 強引な蹴りにより扉の鍵が破壊された。 「派手にやってはダメと注意されませんでしたっけ?」 今日何度目かの強行突入にレティシアは頭を抱える。 「大丈夫大丈夫――っと、お待たせ」 そのまま部屋へと踏み入った厳靖を、驚き戸惑う乗客が見上げた。 「あ、あ、あ‥‥」 「ありがとうか? いやいや、礼にはおよ――ぶから、そこんとこよろしくっ!」 驚きのあまり声も出ない乗客にむけ、厳靖はいい笑顔で答える。 「もう少し穏便に事を運びませんと‥‥」 「問題ねぇよ。それより、早く先導してやってくれよな」 呆れるレティシアに、厳靖はにへらとだらしない笑みを向けた。 もちろん事前に心眼で敵らしき光の位置を確認してからの行動である。その上で最速の行動を選択しているのだ。 「はいっ。皆さん、私達は開拓者です。皆さんをお救いに上がりました! さぁ、お早くこちらへ」 レティシアが乗客達を誘導して甲板へと連れ出す。 「‥‥さてっと、あとは」 客の居なくなった部屋で、厳靖は再び瞳を閉じた。 ●操舵室 勢いよく開かれた扉の向こうには、狭い部屋に20人もの乗員が押し込められていた。 「みんな、大丈夫!」 飛び込んだふしぎは至急で手のいる者がいないか見渡す。 「あ、あんた達は?」 「遅くなって申し訳ありません。ハイジャックの知らせにより、奪還に来た開拓者です」 儀正しく頭を下げる昴の言葉に、室内から歓声が上がった。 「誰か犯人を見た人いるかな!」 湧き上がる歓声の中、ふしぎは即座に話題を変える。 この作戦は電撃戦。情報を逸早く仕入れ相手の優位に立たなければならない。 「俺は見たぞ!」 と、ふしぎの呼びかけに、部屋の奥の方で一人の男が手を上げた。 「俺は声を聞いた!」 そして、手前の男。 「なんでもいいんです。知ってる事、気付いた事を教えてください」 事件の目撃者がここにいる。 昴は焦る気持ちを押え、船員達が語るのを待った。 船員達の話では――。 船が武天上空から海へ出た辺りで、客であった商隊30人程が突然、黒服に身を包み船を襲った。 一瞬の出来事で、船員達は何の抵抗をする事も出来ずただ、この部屋に押し込められたというのだ。 「一体、誰がこんな事を‥‥!」 「とにかく甲板へ避難させましょう」 乗務員の無事を確認した二人は、甲板へと乗組員を誘導していった。 ●制御室 「‥‥無人?」 扉から顔だけを覗かせ室内を伺う義視 「‥‥誰もいないの」 構えていた符を下ろし、水月がゆっくりと室内へ入った。 「計器が破壊されてるかもしれない。少し調べます」 「‥‥私は宝珠を調べるの」 一見すれば室内にあるものに何の損傷も見られない。 しかし、ここは船の中心。制圧するならばここを押さえなければ意味が無い。 二人は、警戒に警戒を重ね、室内にある機器を慎重に調べていった。 「‥‥問題なさそうなの」 「ええ、どこも壊されていない」 『ここが制御室って知らなかったんでしょうかー』 「いや、そんなはずはない。少しだけど争った痕跡がある。ここは一時的にではあるけど、敵の手に落ちたんだ」 と、小梅の疑問に答える様に義視は制御台に出来た真新しい傷を指差した。 「‥‥」 『水月、どうした?』 じっと黙り口元に袖を当てる水月の様子に、ねこさんが問いかける。 「‥‥制御室が要らないっていう事は、この船が要らないっていう事‥‥?」 『船が要らないのに、わざわざ船を乗っ取ったというのか?』 「‥‥わからないの」 『お、おい、水月!?』 「‥‥わからないの‥‥」 導き出した自分の答えに自身が無い。 水月は言い知れぬ不安を紛らわす様にねこさんを抱き上げると、じっと俯いた。 ●レア 「随分と上物が釣れたな」 「っ!? ――がはっ!」 音もなく忍び寄った影の一撃に、石恢が気を失い倒れ込んだ。 「石恢! くっ!」 同僚の元へと駆け寄ろうとした嘉田の足元を、鞭の一撃が打つ。 「‥‥動くと、死ぬ」 短い宣告が嘉田の動きを止めた。 「一体、何が目的ですか‥‥?」 まだ行動可能な仲間がいれば、この状況を打破できる。 嘉田は相手の出方を伺いながら、悟られないよう辺りの気配を探った。 「‥‥無駄。もう、お前、一人」 しかし、答えは前方の女から。 まるで機械仕掛けの人形の様に、短く区切られ言葉で紡がれる真実。 「船員は全て人質にさせてもらった」 「くっ!」 「大人しくいう事を聞くんだな。仲間の死は見たくないだろう?」 「‥‥っ!」 実時の言葉に、嘉田はがくりと肩を落としうなだれた。 「まさか、狙いがこの船だったのか‥‥」 ●画竜点睛 「皆さん、もう大丈夫ですからねっ」 どこぞの経典に出てくる聖母の様な笑みには幼さが混じる。 しかし、そんな不完全なレティシアの慈愛の笑みが囚われであった乗客達に安らぎを与えた。 「俺達はどうなるんだ‥‥?」 しかし、不安が消えた訳ではない。一人の乗客が問いかけた。 「はいっ、制御室と操舵室を押えられれば、近くの空港に寄港して皆さんを安全な場所まで避難させます」 不安がる乗客達を落ち着かせようと、親身に話しをし、安らかな歌声を響かせる。 「そ、それはいつ?」 「もうすぐですよっ。私の仲間が――」 レティシアが仲間への信頼を言葉にしようとした、その時。 真昼の陽光よりもまばゆき巨大な閃光が、画竜点睛の船首を掠めた。 「え‥‥!」 呆気にとられたのはレティシアだけではない。 甲板に避難した乗客はもちろんのこと、護衛に回った朋友達。そして、黎明までもが――。 「――まさか!」 巨大な閃光。それはまさに精霊の一撃。 黎明はガバッと顔を上げ、 「すまない。ここは任せる――くそっ!」 レティシアの返事も待たずグライダーに跨ると、そのまま宙へ身を躍らせた。 「一体今のは!」 黎明がグライダーを駆り空へと出たと同時、昴が甲板への階段を駆け上がってきた。 「わ、わかりません! 巨大な閃光が空を覆ったと思ったら、船長さんが!」 突然の出来事にパニックを起こしそうになる客達を、懸命になだめながらレティシアが答える。 「そんな‥‥今この空域には、画竜点睛とレアしかいないはず」 感じていた漠然とした不安はこれだった。 「まさか、レアが‥‥!」 相手の目的は、画竜点睛を囮にした、戦闘力を有した奪還船の強奪にあったのだ。 「これが目的だったのですか‥‥!」 相手の思考に肉薄していたのは事実。 しかし、あくまで歩み寄っただけであった自分の予測に、昴はギリッと奥歯を噛んだ。 ●レア 「ふむ、わざと外したか」 画竜点睛の船首を掠める様に放たれた巨大な閃光が雲に巨穴を穿った。 「わざとではありません。制御が難しいと言ったでしょう」 両足を縛られた状態で無理やり立たされた嘉田が、平静を装い事実を告げる。 「まぁ、いい。威力の程は大体わかった」 「‥‥実時様」 「ああ、一人落とせ」 「なっ!? 待ちなさい! 話が違いますよ!!」 「正当な罰だ。私は容赦などしない」 「っ! ま、待ってくれ!!」 ●甲板 「犯人の目的は‥‥あれだってのか?」 レティシアの目撃した閃光の正体。それは、レアから放たれた精霊砲であった。 厳靖は今だ画竜点睛と並び飛ぶレアを憎々しげに見つめる。 「レアからの反応は! 黎明は!!」 「天河さん、落ち着いて!」 髪を振乱し、天空竜騎兵へ乗り込もうとしたふしぎを、昴が抱え込む。 「一人で行ってどうなるんですか! 相手は‥‥こちらよりも一枚上手です!」 昴はふしぎの耳元へ語りかける。まるで自分に言い聞かす様に。 「でも! それでも!」 「いい加減にしてください!」 背後から押さえつける腕を必死で振りほどこうとするふしぎに、昴が怒声を上げた。 「この船にはハイジャック犯が3人しかいなかったんです。では残りは何処に行ったんですか?」 「そ、それは‥‥」 「まぁ、普通に考えりゃぁレアに乗り移ってんだろうなぁ」 ふしぎに代わり答えた厳靖は、応えながえながらもレアから視線を外さない。 「彼我の戦力差を考えると、このままあちらに再度乗り移るという作戦は無謀ですね」 こちらの戦力は旅客船。一方、あちらは最新鋭の戦闘艦。 すでに戦う前から勝敗は決している様なものだ。 義視は悔しそうに船縁を拳で打つ。 「‥‥」 「水月さん気を落さないでください」 肩を落とす水月にレティシアがそっと声をかける。 「敵の思惑を読めなかったのはとても残念で悔しいですけど――ほら」 と、レティシアは水月に顔を上げるように促した。 「皆さん、あんなに喜んでくれていますよ」 それは、開拓者の手によって無事に取り戻された50を越える命の喜び。 「‥‥」 「そうだな。レティシアの嬢ちゃんが言うとぉりだ。依頼は達成された。犠牲無しでな」 「最低限の事は出来た。いえ、これは最上なのかもしれません」 落ち込む水月に、厳靖も、昴も己が言葉を持って語りかけた。 「‥‥ありがと、なの」 そんな仲間達の温かな思いやりに、水月は顔を上げ精一杯の作り笑いを浮かべた。 「ふしぎ。今回は一歩及ばなかった。しかし次があります。必ず――奪還しましょう」 力無く床にへたり込んだふしぎの肩に、義視がそっと手を置く。 「くそぉっ!」 ふしぎは甲板に向け思いっきり拳を振り下ろした。 ● 結果がどうあれ、画竜点睛は開拓者の手によって奪還された。 客達は抱き合い自分達の無事を喜ぶ。 船員は観客の無事と、ほぼ無傷の飛空船にほっと胸を撫で下ろす。 そんな、歓喜に沸く甲板で――。 「これは成功なんだろうか‥‥」 画竜点睛殻離れて行く白亜の船体を眺めながら、奪還劇の英雄が誰ともなく呟いたのだった――。 |