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■オープニング本文 ●袖端評定 一年に一度、袖端領で行われる祭り。 しかし、その本当の目的は、袖端の名を継ぐ子らで行われる人気取り合戦。 袖端と親しい氏族を集めて行われ、その投票により兄妹の序列が決定する。 そして、今年もまた湖畔の街『沢繭』にて、この祭りが開かれようとしていた――。 ●領主屋敷 袖端評定を前に序列を争う三人が振々の屋敷で一同に会していた。 「何だこれは」 どこか冷めた声で永眼が目の前に突き出された書状に目を落す。 「脅迫状じゃ」 振々もまた言葉に感情を乗せず答えた。 「おいおい、脅迫状とは穏やかじゃないな‥‥」 真来はいつもの穏やかな表情を曇らせる。 その書状には、袖端家の家臣『最上 頼重』の身柄を預かっている旨。 そして、身柄と引き換えに百万文の身代金を要求する、と。 「兄様方、正直にもうされよ。この所業、お二方の息がかかっておらぬか」 二人の兄を見つめる目は強き意思を代弁している。しかし、その瞳の奥に揺れる心は怯えている様にも見えた。 「‥‥振に疑われるとはなぁ。はぁ、参った」 こんな妹の力強い視線など初めて見た。 真来は嬉しいやら悲しいやら複雑な表情を浮かべた。 「この細川 満安なる男。一体何者だ」 振々の決意の問いかけに肯定も否定もせず永眼は逆に問いかけた。 「女中の話では、頼重に商売の申し込みをしておった商人だそうじゃ」 「なんで一介の商人が‥‥」 「それはこの書面通り、金だろう」 眼の前に置かれた書面に目を落し、内容を自分なりに読み解こうする二人。 「今一度聞く。兄様方の仕業ではない、ということじゃな?」 思案に暮れる二人に再び振々が問いかける。二人は無関係、袖端の法には触れぬ、という言質をとる為に。 「ない。俺の部下にはこんな事をする奴はいねぇ!」 「そのような者があれば、私自ら斬る」 じっと見つめてくる振々に、二人は嘘偽りの無い視線で返した。 「そう言ってくれると思っておった‥‥」 その真摯な視線に、振々はホッと胸をなでおろす。 「畜生が! 袖端を敵に回した事、後悔させてやるぜ!」 真来が耐えかねた様に立ち上がると、グッと拳を握った。 「‥‥どうするつもりだ」 そんな真来を見上げ永眼が冷たく問いかける。 「決まってらぁ! 袖端の兵で――」 「無理だな」 勇ましく声を上げた真来の言葉を、永眼があっさりと制した。 誰もが一も二もなく賛同すると思っていた真来は驚愕する。 「父上、母上の兵は儀弐王と共に魔の森に当たっている」 「なら俺達の兵で!」 「今がその時でなければ出すことも考えよう。だが――」 「あ‥‥」 今は年に一度開かれる袖端評定の期間。 一時的にではあるがライバルとなる者へ自らの兵を貸す理由はない。 「そのとおりじゃ。真来兄様」 振々もこの事実に気付いていたのか、落ち着いた口調で真来に着席を求めた。 「これは振の家臣の問題じゃ」 そして、二人の兄に向け決意を秘めた視線で言い放った。 ●屋敷 時はすでに夕刻。三人の話は煮詰まり、一旦の休憩をとっていた。 「お邪魔するよ」 ここは領主屋敷。それも袖端家の子息達が一同に会しているのだ。その警備は、まさに蟻の子一匹通さない程に厳重。 しかし、この訪問者はまるで我が家へと帰って来るようにその厳重な警戒を抜け、この場所へと姿を現した。 「‥‥侘鋤兄様?」 「やぁ振々、久しぶりだね」 ボロを着た僧に振々が思わずその名を呟いた。 破れた笠から覗く日に焼けた肌。だが、その口元に浮かぶ優しげな笑みは確かに兄のもの。 「おぉ、侘鋤か! また随分と立派な姿になったな!!」 突然現れた弟の姿に、真来は立ち上がり駆け寄った。 「はは、痛いよ真来兄さん」 太い腕に抱かれる侘鋤は擽ったそうに身を捩りながらも、どこか嬉しそうに微笑む。 「袖端家を追放された者が、何故ここに居る。なぜこの時期にこの場所へ現れた」 「可愛い妹の顔を見たくなっただけだよ」 実の弟である侘鋤にさえも、その厳しい表情を頑なに守る永眼。 それとは対照的に、侘鋤は兄の厳しい言葉をさらりと流した。 「おいおい、侘鋤もこう言ってんだし、そんなにツンケンする事無いだろ?」 「いや、振もげせぬ。侘鋤兄様、どうしてここにきたのじゃ」 弟を庇う真来を置いて、振々が侘鋤に問いかけた。 「振々、君の一番知りたい事を伝えに来た」 「‥‥貴様が裏で糸を引いていたか!」 侘鋤の言葉に、永眼が腰の刀を抜き、その白刃を侘鋤の喉元へ突き当てた。 「永眼兄さん、相変わらず人を疑うんだね。さすがは僕が目指した人だ」 「‥‥正直に言え」 「お、おい、お前等!」 一触即発の二人の間に、真来が飛び込もうかとした、その時。 「永眼兄様、下がられよ! この者は振の客人ぞ!」 静かに成り行きを見守っていた振々が、凛とした声を上げた。 「振、何を言う。この者がお前にした所業、よもや忘れた訳ではあるまいな」 しかし、その言葉にも永眼は刀を引かない。 「頼重を見たよ」 『っ!?』 振々と永眼が睨み合う中、侘鋤が上げた声に三人の表情が固まった。 「ど、どこでじゃ!」 今まで冷静を保っていた振々が、ガバッと立ち上がり侘鋤に詰め寄る。 「雨枠の街道を通って、泥檜の街に入るのをね」 息もかからん距離まで詰め寄った振々に、侘鋤はゆっくりと告げた。 「雨枠から泥檜へ‥‥? この街から離れていっているのか」 示された地名に、永眼が瞬時にその行動を分析する。 「‥‥侘鋤兄様、頼重はぶじであったか?」 「ああ、幌馬車に押し込められていたみたいだけどね。多分無事だ」 「こうしてはおれぬ‥‥! 誰か! 振の弓をもて!」 無事だと知らせる侘鋤の言葉に、振々はわなわなと肩を振るわせ、障子の向うへ大声で叫んだ。 「待て、振々」 しかし、急く振々を永眼が止める。 「まさか、評定に出ぬつもりか?」 「そうだぞ、振々。気持ちはわかるが俺達は評定に出る義務がある」 「そんな場合ではないのじゃ! 頼重の命がかかっておるのじゃぞ!」 止める兄達に向け、振々は必死で訴えかける。 しかし、二人の兄はゆっくりと首を横に振った。 「振々、袖端に生まれた者にとって、この掟は絶対だ」 「そんなもの――」 「親父達を悲しませる様な事は言うなよ」 「うぐ‥‥」 親の名を出されては、さすがの振々も押し黙るしかない。 「振々、この件僕に任せてみる気はないかな?」 「え?」 突然の申し出に、振々は呆気に取られ侘鋤を見上げた。 「振々には酷い事をしたからね。罪滅ぼしだよ」 そこには以前の温かな兄の笑顔。 「兄さん達も、それならいいよね」 と、縋りつく振々の頭を撫でながら、侘鋤は二人の兄を見る。 「好きにしろ」 「必ず救えよ」 兄達は弟の言葉に静かに頷いた。 「侘鋤兄様‥‥よろしく頼むのじゃ」 「ああ、任されたよ」 袂を分かった兄に深く深く首を垂れた振々を、侘鋤はにこやかに見つめた。 こうして、頼重の救出は侘鋤に託されたのだった。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●街道 泥檜から玉住へと続く土手が盛られた街道。 「葉を隠すには森の中、か」 旅人、行商人、虚無僧。様々な人々が様々な思惑を持って越える道を眺めロック・J・グリフィス(ib0293)が呟いた。 「なぁ、百万文ってお菓子どれくらい買えるのかな?」 彼方にある玉住を見据えるロックを、叢雲 怜(ib5488)はキラキラと童の瞳で見上げる。 「そうだな。欲しいと思った時に、欲しいと思った分だけ買える」 子供の純粋な疑問に、ロックはからかうでもなく真摯に受け答えした。 「おぉ! すごいな、俺も欲しいのだぜ!」 「ならば敵につくか? 分け前をもらえるかもしれないぞ?」 「‥‥」 しばしの黙考。 「だ、ダメなのだぜ! そんな罠にはかからないのだぞ!」 冗談で言ったロックの言葉に、怜はグッと拳を握り力強く拒否した。 「そうか。ならば頼りにしよう。さて、もうすぐ目的地だ、行くぞ!」 「おう!」 パンっと馬の腹を蹴ったロックに続き、怜も馬の尻を叩く。 二人は事前に侘鋤に確認した情報を元に定めた目的地へ向け、馬を走らせた。 ● 「君とこうして共同戦線を張る事になるなんて‥‥なんだか変な気分ですね」 「まったく。っと、あの時は色々世話になったね。遅くなったけど礼を言うよ」 馬車を引く馬上から振り返った万木・朱璃(ia0029)に、馬車に揺られる侘鋤は頭だけを軽く下げた。 「お礼を言うのはこちらですよ。さんざん手こずらせてもらいましたからね」 「はは、なんならもう一勝負行くかい?」 にこりと微笑む朱璃に侘鋤は一年前を彷彿とさせる女殺しの笑みで答える。 「そんな必要はありません。――そうでしょう?」 「ふっ‥‥。僕はもう『袖端 侘鋤』ではないからね。それに可愛い妹の頼みだ」 政敵であった頃の侘鋤は一年前の動乱の時に死んだ。 「ならば力を貸してください。信頼に足る力を」 朱璃は侘鋤の言葉の底に隠された真意を理解し、真っ直ぐに手を差し出した。 「家臣の窮地を兄に託す‥‥そして自身は、自らの職務を全うする為に敢て残る」 一方、馬車に並走する馬の上で、桂杏(ib4111)は頬を手で押さえ身悶えていた。 「心の臓を握りつぶされる程の焦燥を感じておられる事でしょう‥‥あぁ、なんてご立派な姫君かしら」 出立前に挨拶を交わした振々の姿に、ここまで想像を膨らませ、ついには目に熱いものを浮かべる。 「それはそうと、何故この炎天下の元、黒ずくめなんでしょう? 暑くないのでしょうか」 と、先程のとろんとした表情から一変、桂杏は口元に指を当てかくりと首を傾げる。 「それに目立ちすぎ――とは一概に言えないですが」 日中には目立ちすぎる黒装束。その一点に疑問を抱いた桂杏であったが、何故か言い止まった。 「楽しい人だね」 「同感です」 ころころと表情を変える桂杏を、朱璃と侘鋤は苦笑いで見つめた。 ● 「相手も阿呆やないっちゅーことか‥‥」 街道を駆ける馬の背で、夜刀神・しずめ(ib5200)がぼそりと呟いた。 「まんまと嵌められた。正直、悔しいよ」 と、並走する浅井 灰音(ia7439)は珍しく表情を強張らせ、しずめの呟きに答える。 「悔しがっとっても、なんにも解決せぇへんで?」 悔しがる灰音を、しずめはけして慰めようとはしない。 並走する馬上をちらりと横目に眺めただけ。 「‥‥そうだね。今は頼重さんの救出が先」 「そうゆぅことやな。で、確認なんやけど、女中はんのゆぅとった『満安』って何もんなんや?」 「残念ながら前に来た時には見なかったんだよ。私達が相手をしていた黒づくめと何か関係があるのだろうけど‥‥」 「関係どころか、親玉ゆぅ可能性も大きいやろうな」 「‥‥親玉か。と言う事は、商隊にも居る可能性があるね」 「結構な確率で、な」 馬を走らせながらも、この誘拐劇の裏にある『何か』のヒントを少しでも掴もうと模索する二人。 「一体何が目的何や‥‥」 「目的‥‥やっぱりお金じゃない、と?」 「どうやろ。金かもしれへんしそうやないかもしれへん」 「‥‥結局わからないって事だね」 「ま、そうゆぅことやな」 二人は馬上で揃ってお手上げポーズ。 「っと、ここやな」 二人は森に穿たれた一本の獣道の前で立ち止まる。 「――行こう」 灰音の言葉に迷いはなかった。 馬が通れるかもわからない獣道。しかし、近道とされるこの道を抜ける事が後の先を取る有力な方法の一つ。 二人は迷う事無く、獣道へと馬を躍らせた。 ●街道 「見えました。あれでしょうか?」 見通しの良い街道のずっと先に見える物影を指差し、桂杏が侘鋤に問いかける。 「うん、あれだね僕が見たのは」 指された一点を目を凝らし見つめる侘鋤が大きく頷いた。 「これ以上近づくのは危険でしょう。相手はシノビとの噂もあるくらいですから」 「その点は大丈夫です。私もシノビの端くれ。気配察知能力では遅れは取りません」 商隊の速度に合わせる様に手綱を引いた朱璃に、桂杏は自信に満ちた言葉で答える。 「聞き耳を立ててみます。せめてどの馬車に捕らわれているか分ければ‥‥」 と、桂杏は二人の前へと出ると、ゆっくり馬を歩かせながら瞳を閉じた。 ●街道 朱璃達より一歩後れて、ロックと怜が街道を進む。 「轍が刻まれているが‥‥これでは特定できないな」 「足跡も一杯なのだぜ」 街道に刻まれた幾本もの轍。そして、馬人牛、様々な大きさの足跡。 二人は形跡を追い慎重に街道を進んでいた。 「‥‥」 「どうしたのだ? 難しい顔をしてるのだぜ?」 刻まれた轍を見つめじっと沈黙するロックに、怜が問いかける。 「この誘拐劇‥‥果たして真の目的はなんだ?」 「真の目的‥‥お菓子以外で考えられるのなら‥‥」 悩みが伝播する。 ロックの自問にも似た問いかけに怜もうーんと唸り考え込んだ。 「この街道は飛空船の発着場のある街に続いている。飛空船で何かやるつもりなのか‥‥」 「飛空船? もしかして海外逃亡とかか?」 「‥‥身代金を奪って海外逃亡、か。誘拐の王道ではあるが、果たして」 「とにかく、連中の一人でも捕まえてみればわかるのだぜ!」 「そうだな。っと、追い付いたか。桂杏なら何か掴んでるかもしれない。合流しよう」 「おう!」 そして、桂杏達に合流した二人は、商隊と着かず離れず絶妙な距離を保ちながら、目的の場所へと尾行を続けた。 ●川岸 河には昨日上流で雨でも降ったのか、川の水はやや土色に濁っている。 長く続いた街道を大河が分断した。 「ここが船着き場のようやな」 川岸には、船を待つ旅人達。二頭の馬は轡を並べ船着き場へと到着した。 「頼重さんは」 「まだ来てないみたいや」 体の至る所に葉や枝をつけ、肌がのぞく部分には小さな傷がいくつもある。 獣道を全速で抜けたしずめと灰音は、目的の商隊の先へ回る事に成功していた。 「いや、来たようだよ」 遠くに見えるのは三台もの馬車を引く、商隊の姿。 「他の連中は――しっかりついてきとるみたいやな」 耳を済ませ、商隊の更に向う泥檜の方角へ聞き耳を立てるしずめが呟いた。 挟み撃ち。 これ以上ない絶好の状況は作った。 後は救出作戦を実行するだけだ。 しずめと灰音は、商隊が足を止めるその時をじっと待った。 ●襲撃開始 「まずは足止めからお願いします」 ぺこりと礼儀正しく礼をした桂杏の投げ放った手裏剣が中空で巨大化。 人の背丈を越える巨大な手裏剣は閃光を放ちながら真っ直ぐに馬車の車輪を打ち抜いた。 「シノビが相手でも、これは見切れないのだぜ!」 桂杏の口火を皮切りに、怜が続く。 片膝をつき銃身を安定させた姿勢から、狙いを定める。 「クイックカーブ! いっけぇ!!」 引き金を引く直前に、怜は狙いを明後日の方向へと逸らせる。 不規則な弾道を描き、銃弾は桂杏の狙った馬車の車輪を打ち抜いた。 「狙いは中央の幌馬車です! 皆さん!」 しこたま溜めた精霊力を拳へと集中させる朱璃が目標を再度確認する。 それは道中の諜報により確信した頼重が囚われている馬車である。 「3本壊せば、動けないでしょう!」 朱璃は爆発的に増幅させた精霊力を馬車の車輪目掛けて一気に解き放った。 開拓者達の一斉攻撃にかかれば、商隊を装う馬車など無力。 一行の思惑通りに車輪を破壊され、動けぬまま死に体を晒す。 突然の出来事に、馬車を降り辺りを警戒する者。 轟音に驚いたのか、その場を逃げ出す者。 力無く、その場にへたり込む者。 商隊を形成していた商人風の男達は、突然の襲撃に大混乱に陥った。 「動くと撃つのだぜ!」 銃を構える怜が商隊の視界へ入る様に姿を晒す。 「今日は黒ずくめではないんですね。出来れば信念を貫いて欲しかったですけど‥‥」 商隊の姿に、どこか残念そうな桂杏が巨大な手裏剣を構え姿を見せた。 「もう逃がしませんよ! 今日の私はすこぶる機嫌が悪いのです! 手加減できる保証はありませんからね!」 朱璃が頬を膨らせ商隊を見ら見つけた。 ● 怒声を上げる一行を前に、逃げ出した人影。 パンっ! 「っ!」 しかし、逃げる人影は銃声に足を止める。 「残念、こっちは行き止まりだよ」 朱璃達とは別方向から挟み撃ちする形で現れた灰音としずめ。 「そういうことや。大人しく捕まっとき」 荒縄片手にしずめが逃げてくる人影にドスを効かせた。 「くっ」 「頼重さん! 無事なら返事をして!」 人影の逃げ道を塞いだ灰音が皆の集中攻撃を受ける幌馬車へ向け声をかける。 「‥‥呼吸は聞こえる。せやけど、特定はでけへんな。眠らされてるのかもしらへん」 しずめの耳が捉えるのは微かな吐息のみ。 「雑魚は任せるよ! 私は頼重さんを確保する!」 「手練がおるかもしれへん。重々注意して行きや」 逃げて来た人影を無視し馬を走らせる灰音は、事後をしずめに託した。 前門の虎、後門の狼。 どこに逃げようとも、一行の手が回っている。 追い詰めた。その時、誰もがそう思った――。 ● 「頼重さんは私達が取り戻す‥‥振姫様の為にも、絶対に!」 地に伏したばしゃ目掛け脇目もふらず灰音が馬を飛ばす。 「人質を盾にする暇すら与えません」 桂杏が自慢の俊足をもって馬車へと一気に距離を詰めた。 「一気呵成に事を成す。そして、全て美しく決める!」 一輪の薔薇を愛でたロックが、手向け花とでも言わんばかりに投げ捨てると、商隊へ向け馬を走らせる。 「すでに逃走はできないぞ!」 車輪を破壊された相手に、逃げる術は無い。 ロックは手綱を引き、頼重が捕らわれる幌馬車へと一直線に駆けた。 ――まさにその時。 「‥‥」 「えっ!?」 幌馬車の荷台に現れた人影に、灰音は思わず手綱を引き馬を止める。 「盗賊だぁぁぁ!!!!」 そして、人影から上げられた悲鳴にも似た大声。 『なっ!?』 突然の事態に、距離を詰めていた一同の動きが止まった。 天下の往来、しかも人溜まりができる川岸での横暴に、荷台に現れた影が狙っていたかのように大声を上げたのだ。 「なんだなんだ?」 「こ、この人達、武器を持ってるよ!」 「や、役人を呼べっ!」 川を渡ろうと船を待っていた旅人達が野次馬と化し、開拓者達を遠巻きに囲む。 白昼の襲撃。大混乱さえも偽装。 相手は例え黒であっても見た目は普通の商隊。それが数人の志体持ちに襲われているのだ。 誰が見ても被害者はどちらか明らかであった。 「くっ! このままではまずい。皆顔を隠し一旦退け!」 ロックが腕で顔を覆い、皆に声をかけた。 顔を覆い、散り散りにこの場から逃げるしかない開拓者達を、商隊の人影はほくそ笑みながら見つめたのだった。 ●街道 商隊は河を渡る。 街道から離れ人目につかぬ川岸で、一行は商隊の乗る船の行方を苦々しく見つめていた。 「他の船着き場は、ずっと上流にあるのだそうです」 そこへ、怜が戻ってくる。 怜は馬を走らせ別のルートを捜索して来たのだ。 「してやられました‥‥!」 普段見せない朱璃の苦虫をかみつぶしたような顔。 「とにかく、あの船着き場は当分使えへん。大回りでも上流の船着き場に行くしか無いやろ」 と、しずめはすでに馬へと跨っていた。 「そうだね。こんな所で眺めていても事態は好転しない。それにあの人影‥‥」 しずめに続き灰音もまた鐙へと足をかける。 自分にだけ顔を見せた荷台の人影。それは灰音もよく知る人物――そう頼重であった。 「どないしたんや?」 跨ったまま馬を走らせない灰音に、しずめが問いかける。 「‥‥あ、いや何でもないよ。行こう」 気のせいかもしれないと、灰音は邪念を振り払うように頭を振ると、しずめに馬を並べた。 「侘鋤さん、貴方はどうしますか? ここから先は少しきつい行軍になります」 「僕は残るよ。足手まといにはなりたくない」 「懸命な判断痛み入ります」 桂杏の問いかけに、自嘲気味の笑みを浮かべた侘鋤。 「では行くぞ、各々全速で駆けろ!」 ロックの言葉に皆が一斉に手綱を引いた。 一行を乗せた馬の一群は、競う様に川沿いを遡上する――。 ●玉住 一行は、別の道を大きく迂回し玉住の街へと至る。 「間にあわなかったか!」 しかし、到着した一行を待っていたのは、悠々と街へと入っていく商隊の後姿。 「街の中じゃ、余計に目立つのだぜ‥‥」 街に入られては成す術が無い、と怜は肩を落した。 「ここで手出しすると‥‥私達が指名手配ですね」 そんな怜の肩に手を置き慰める朱璃も、がくりと項垂れる。 「後手後手‥‥ほんまに最悪の結果や‥‥」 敵方のあまりに単純な防衛線。 それを見抜けなかった自分に怒っているのか、しずめは足元の小石を思いっきり蹴っ飛ばした。 「振姫様、ごめん‥‥」 ギュッと拳を握る灰音は、後ろを振り返り沢繭の方へ向け、小さく頭を下げた――。 ● 「‥‥ここは?」 焦点が定まらない。ぼんやりと霞む景色に頼重は瞼を何度も瞬かせた。 「起きたか。頼重殿」 聞き覚えのある声に、頼重は咄嗟に身構える。 「ぐっ!」 しかし、少し体を動かしただけでも体の節々から悲鳴が上がった。 「動かない方がいい。まだ完治していないのだ」 「ここは、どこだ‥‥満安!」 余裕のある声が余計に苛立ちを覚えさせる。頼重は相手の名を、憎しみを込めて叫んだ。 「――飛空船の中だ」 「なっ‥‥!」 「貴方の力が必要になった。悪いが一緒に来てもらう」 「なにを――ぐふっ!?」 反論しようと声を上げた頼重の鳩尾に、満安の拳が突き刺さった。 「――誰か」 「はっ!」 「沢繭へ伝達を出す。身代金の受け渡しの場所――そうだな。どこでもいいが泥檜の道場にしておくか」 「そのように適当な場所でよろしいので?」 「所詮、一時の時間稼ぎ。相手の眼が一か所に釘付けとなればいい」 「はっ! では早速――」 「さて、次は――この船を頂くとしようか」 「‥‥やっと出番」 「随分待たされましたぞ、実時殿」 「ふっ、頼んだぞ、法禍、ドク」 実時と呼ばれた男は、二人の忠実な部下へ非情な命を下した――。 |