【黒鎖包】行進する壊乱
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/02 21:10



■オープニング本文

●森
 雲一つない青空が夏色に染まる。
 時折、空を横断する白い影は鴎だろうか。
「も、もうダメだ!! 逃げろっ!!」
 そんな穏やかな夏の空に、場違いな悲鳴が響き渡った。
 ようやく聞こえたその言葉に、兵士たちは我先にと獲物を投げ捨てその場を逃げ出す。
 と、同時にメキメキと木の軋む嫌な音を立て森が割れた。
 そして、それが全身を現する。

 平らな巨大な巻貝が悠然そびえ立ち、地面付近には数えきれぬ程の触手が蠢く。
 触手を器用に使い、森をかき分け、鈍重な体を引きずる様にして進む。

「で、でかい‥‥!」
「なんでこんな所に、貝がいるんだ‥‥!」
その光景に誰もが絶句した。

●遭都
 天儀を統べる御門が治める直轄地『遭都』。
 その都の外れにある屋敷は、空賊団『崑崙』にあてがわれていた。

 真新しい木の香りに包まれるベッドには、
「‥‥」
 炎の様に真っ赤な髪を白いシーツの上に無造作に放り出し、静かに寝息を立てる美しき女性。
「レダ‥‥」
 目線を合わせる様にしゃがみ込んだ黎明が、そっと横たわる美女の名を呼んだ。
「‥‥」
 しかし、規則正しく吐き出される寝息以外、答えるものはない。

 コンコン――。

 息使い以外音の無い部屋に、乾いた木を叩く音が響く。
「黎明、入りますよ」
 部屋の住人の返事も待たず、扉を開けたのは、船員の一人『嘉田』であった。
「嘉田か。どうした?」
「朝廷からの命令書です」
 部屋に現れた嘉田は、挨拶もすることなく用件を口にする。
「まだ船もないっていうのに、相変わらず人使いあらいねぇ」
「半年も役立たずだったのは何処の空賊ですからね。あまりさぼっていると公認を外されますから、私がわざわざ仕事を取ってきたんですよ」
「うっ‥‥」
 いつもの様に冷静に毒を吐く嘉田に、黎明は頬を引きつらせた。
「‥‥で、嘉田さんが一生懸命とってきてくださった命令っていうのは?」
 表情一つ変えない嘉田に抗おうとしたのか、黎明は思いつく限りの言い回しと表情で毒を垂れ返す。
「例のアヤカシです」
「っ!」
 しかし、返ってきた答えに黎明の表情は凍りついた。

 嘉田が言う『例のアヤカシ』。それは共通のある特徴を備えていた。
 頭部が無い、と言う特徴を。
 一つとして同じ形を持たないアヤカシであってさえ、その異質は眼を引く。

 それは各地で報告の上がる『アヤカシ兵器』と呼ばれる特殊なアヤカシ。
 そして、空賊団『崑崙』にとって、因縁ともいえるアヤカシであった。

「また出たの、か」
 朝廷から渡された依頼書を読み上げる嘉田に、黎明は苦虫をかみつぶしたような表情で問いかけた。
「我々が休んでいる間にも、いくつか出たそうです」
「まさか、あいつか‥‥?」
 思い当たるのは一つの影。鮮血のローブに身を包み、この世の全ての事象を試し楽しむ、あの忌むべき存在。
 黎明は嘉田も知るその人物かと問いかけた。
「その可能性は大いにあるでしょうね。直接ではないかもしれませんが、少なくとも関係しているでしょう」
「くそっ‥‥! 今度は何をやらかす気だ!」
「落ち着いてください。副長が起きますよ」
 苦々しい声を上げる黎明の肩越しに、嘉田は奥に眠る人物の顔を覗き込む。
「‥‥起きないよ」
 黎明はどこか悲しげに答えながら、首だけを動かし後ろを覗く。
 そこには賑やかに会話を交わしたにもかかわらず、変わらぬ穏やかな寝息を立てる美女がいた。
「‥‥幸か不幸か、我々はあのアヤカシに多少なりとも詳しくありますからね。優先的に討伐依頼を回されるのは当然でしょう」
「いきなり話を変えるね」
 気まずいと思ったのか話しを変えた嘉田を、黎明は苦笑交じりに見つめる。
「まぁ、いい。何をやろうとしてるのか知らないけど、黙って見てられないな!」
「ま、命令ですしね」
「‥‥嘉田さん、もう少しこう、盛り上がりをだね」
「私しかいない所で鼓舞しても仕方ないでしょう」
「もういいです‥‥」
 零れ落ちそうになる涙をグッとこらえ、黎明は一瞬振り返った黎明は壁に掛けてあった船長服を取ると、嘉田を連れ仲間の元へと駆けだした。



■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲


■リプレイ本文

●海赤
 燦々と降り注ぐ夏の日差しを浴び、薄着の女達が水辺で戯れる。
 むさ苦しいまでに筋肉を隆起させた海の男達が我が物顔で港を闊歩する。
 何処にでもある様な港街の風景を、この街もまたご多分に漏れず実践していた――。

 のも数日前までの話。

「さすがにこのまま突っ込まれたら、被害が大きいというどころの話ではありませんね」
 街の外に張り巡らされた柵越しに、各務原 義視(ia4917)が呟いた。
「‥‥どこを目指しているかわからないけど、街に沢山被害が出るのをほっとけないの」
 街の住人には避難の勧告は終えている。しかし、家を避難させる事など出来ない。
 水月(ia2566)は意思を固める様に、きゅっと小さな口を結んだ。
「とにかく、あいつが街に着くまでが勝負だな」
 と、風雅 哲心(ia0135)が見つめる先には、鬱蒼と茂る森。
 普段は鳥のさえずりや木々のざわめき程度しか聞こえぬ閑静な森が、今はその容貌を一変させている。
「――制限時間は数刻という所ですか」
 木を砕く音。天を渡る日の光。足元から伝わる振動。
 義視は自身を取り巻く全ての事象に耳を傾けた。
「‥‥あまり猶予はないの」
 地鳴りはまるで、地面が恐怖に震えるようにも感じる。
 水月は森と街を交互に見渡し、ギュッと手を結んだ。
「一刻もあれば十分! 今回もきっちりケリをつけてやる!」
 と、哲心が逸る気持ちを押さえつける様に拳を鳴らした。

「‥‥なんとも奇怪なアヤカシ。他所で見た特殊なアヤカシとはまた別系統の様ですね」
 物見櫓の上で、志藤 久遠(ia0597)が呟いた。
「あれさ、貝だよな? 食えるのか?」
 久遠と同じく物見櫓に上がった叢雲 怜(ib5488)が、森を割ってくる見覚えのある形状に両の目を輝かせた。
「腹を壊してもかまわないのであれば、止めはしませんが?」
「え? それはちょっと嫌なのだぞ‥‥」
「ふっ。心配しなくとも、あの貝を倒せば街の人が腹いっぱいご褒美をくれますよ」
「おぉ! そっか、そうなのだな!」
 足元ではしゃぐこの爛漫な少年を、久遠は頼もしくも穏やかな笑みで見下ろした。

「黎明!」
「うん?」
 街の門に寄りかかり、愛銃の手入れをしていた黎明の元に天河 ふしぎ(ia1037)が駆け寄ってきた。
「今日は一人?」
「ああ。全く船長使いの荒い船員達だよねぇ」
 ふしぎの問いかけに、黎明は困った困ったと肩を落とす。
「みんな元気そうだね」
「ま、おかげさまでな。若干一名以外は」
「‥‥レダはまだ」
「ま、もうそろそろ起きてくるんじゃないか? 寝ててもつまらないし、あいつはつまらないことは嫌いだしね」
「‥‥そっか、そうだよね! じゃ、アレを倒してレダの復調祝いと新しい船の完成祝いをしなきゃね!」
 と、ふしぎは落ち込みそうになる心に無理やり鞭をいれ、ニッと満面の笑みを作った。
「ああ、大々的にやろうか」
「うん、絶対だよ! 約束したからね!」
 グッと黎明の手を握ったふしぎ。
 まるで口にした約束が逃げてしまわない様に――。

●防衛線
「さぁ、着やがった!」
 森を割り、木々を食い散らかし、その威容は開拓者達の前にその姿を現す。
「‥‥大きいの」
 見上げる水月がそのまま後ろに転げてしまいそうなほど、それは巨大であった。
「ざっと20m以上ですね」
 長きにわたって樹齢を重ねた木々よりも高き頂上。
 義視は、辺りの木々と比較し、その大きさを導き出す。
「全体の大きさに惑わされぬように」
 と、皆がその巨様を見上げる中、久遠だけが槍を携え足元の異様に向っていた。
 地面と貝の殻が接する、まさにその場所に無数に蠢く黒い腕。
 不規則に無軌道に、それは陸に揚げられた烏賊の足の様にのた打ち回り、殻を運ぶ。
「気持ち悪いのだぜ‥‥」
 そのあまりに気持ちの悪い物体に、怜はげぇっと舌を出し吐き戻す仕草。
「‥‥ふしぎさんが居ないの」
 と、水月は居る筈の人影が居ない事に気付き、きょろきょろと辺りを伺った。
「あそこに居るのだぜ?」
 と、怜が街の脇にある大岩を指差した。
 そこには、望遠鏡を覗きこみじっと辺りを伺うふしぎの姿。
「何をしている! もう目の前だぞ!」
 哲心がふしぎに向け叫ぶ。
 一行とアヤカシの距離はすでに200mを切った。
 開拓者であれば一足飛びに詰められる距離。
「居ない‥‥? そんなはずは――」
 視覚に聴覚。果ては臭覚に、勘さえ働かせてさえ、ふしぎの求める者は影も形もない。
「我に武神の加護あれ!」
 動きの止まるふしぎに代わり、久遠が一番槍を駆ける。

 そして、巨大なアヤカシに臨む開拓者達の背水の陣が幕を開けた。

●開戦

「‥‥持て立ち上がれ、千剣の勇志達」
 紡ぎだされる言葉はか細くも力強い。
 薄緑色の鱗粉を纏う水月が紡ぐ歌声は、弦とも管ともとれぬ不思議な音色を響かせた。
「‥‥万夫不当、西方将軍の加護を贈らん」
 力強く吐き出された唄は風に乗り、選ばれた者達へその恩恵を与える。

「はぁぁっ!」
 巨大な槍が繰り出す銀の閃光が、蠢く触手諸共、宙を切り裂く。
 文字通りの一番槍を久遠はアヤカシの身体に刻んだ。
「触手は見た目通りの軟体! 丸太程の太さですが、斬り裂けぬものではない!」
 斬り落とされた触手は、地面に落ちてなお不気味に蠢いていたが、やがて動きを止め瘴気の霧へと還る。
 槍の先まで気を巡らし、目の前の怪異に立ち向かう久遠が、振り向く事無く背に控える仲間達に伝えた。

「来い、翠嵐牙!」
 久遠の先制打に、哲心は腰に吊るした竹筒をカツンと叩く。
『我の力が必要か』
 その合図を引き金に、管狐『翠嵐牙』がその翠の肢体を現世に晒した。
「突っ込む。力を貸せ」
『‥‥承知』
 言うなり翠嵐牙は翠の光となり、哲心の纏う大鎧へと吸い込まれる。

「姿を見せないなら、あぶり出してやる」
 アーマー【X3『ウィングハート』】の操縦席でふしぎが呟いた。
「そして‥‥そして、必ずその尻尾を掴んで見せる!」
 今まで味わった苦渋を握りつぶす様に、固く固く握った拳を前へと突き出す。
「行け、ウィングハート!」
 そして、明滅を繰り返す宝珠の光へ向け、魂の叫びを上げた。

●茂み
「‥‥もうすぐ動きが止まるの」
 先制組の奮戦を遠巻きに眺めながら、茂みに身を隠す水月が小さく呟く。
 三人の攻撃により、アヤカシは徐々にその移動速度を弱めていた。
「おぉっ! ようやく出番が来たのだな!」
 まるで狩人が獲物を待つように、じっと愛銃を抱き時を待っていた怜が大きな瞳を見開く。
「まだです。完全に動きが止まるまで待ちましょう」
 血気に逸る怜を、義視が落ちつかせた。
「‥‥後少し」
 怒声が、気炎が戦場に渦巻く。
 癒し手である水月は、戦の気を人一倍敏感に感じるのだろう。
 いずれ訪れる膠着の時を待ち、静かにじっと耐えていた。
「‥‥怜さん!」
 そして、時が来た。
「待ってました、なのだぜ!」
 水月の合図に、怜は引鉄を持って答える。
 怜の放った銃弾は、正確無比な弾道を描き、巨大なアヤカシの殻の中心へと――。

 キーン――。

 金属と金属がぶつかり合う様な甲高い音が辺りを支配する。
「‥‥はじかれますか」
「えー! 中心に当たったんだぞ!!」
 正確無比に打ち込まれた弾丸の行方を事細かに分析する義視に、射手怜は不満げに口を尖らせた。
「どうやら殻は相当固い様ですね。物理的な攻撃はあまり効果が無いとみていいでしょう」
「えー! そんじゃ、射撃の意味ないじゃないか!」
「すみません。効果無しと言うのは不適切でした。見てください」
 と、不満たらたらな怜に、義視はアヤカシを指差して見せる。
「止まります。天の時です」
 そこには、殻を攻撃され警戒したのか、触手を防衛に当てようと懸命に広げるアヤカシの姿。
 おかげでその脚は完全に止まった。

●決死線
「はっ!」
 我が足を懐に。
 今一歩。今一歩。
 踏み出せば倍する数が襲った。
 また踏み出せば、さらに倍。
 童が振るう拳の様に無茶苦茶な攻撃を、久遠は気炎を発し避け続ける。
「不倶戴天の志を持って、ここを通す訳には行きません!」
 自慢の豪槍はまだ振るわない。時はまだ満ちない。
 全ての神経を触手を避けることだけに使い、久遠はその時を待つ。
「そこですっ!」
 ついに踏み出した最後の一歩。
 手を伸ばせば本体である殻にも届きそうな距離に立った久遠は、ついにその豪槍を構えた。
「捻旋一擲!」
 為に溜めた気を槍に乗せ突き出す。
さらに手首にひねりを加えた一撃が、触手と触手のつなぎ目へと突き刺さった。

『今だ、ウィングハート!!』
 久遠の作った刹那の硬直を、ふしぎは待っていた。
 シノビを思わせる鋼鉄の騎馬がオーラを纏い大地をかける。
『行くぞ!』
 触手の奥の奥へと突き刺さる久遠の槍のおかげで、無秩序に蠢く触手は全てふしぎの捕える所。
『鉄騎蹂躙! 大旋風オーラ斬りだぁぁ!!』
 ふしぎが操縦席で吼えた。
 ウィングハートは、装着した回転鋸を振りまわし、制止した触手を次々と斬り落とす。

「‥‥迅竜!」
 逆巻く巨大な渦が哲心の右手に収束する。
「我が遣うは、轟く風の咆哮」
 収束し荒れ狂う玉となった風の玉を哲心が握った。
「吹き荒れろ! トルネード・キリク!!」
 そして、哲心は渾身の力を込め、極限まで収束された風の暴力を触手へ向け解き放った。
 
 哲心の巻き起こす翠の暴風。
 久遠が切り裂く鋼の旋風。
 ふしぎが繰り出す、牙の乱舞。

 斬り落としてなお生まれ出でるかのように湧き出してくる触手を、三人は次々とせん滅していった。

●搦め手
「水月さんの支援が切れないうちに行きます」
 ひたすら皆を思い、その歌声を楽とする水月を横目に見、義視が皆に合図を送る。
「いつでもいいのだぜ!」
 義視の言葉に、ニッと自信に満ちた微笑みを返した怜は、上空に視線を送った。
 そこには上空で待機する愛龍『姫鶴』の姿。
「こっちも準備完了だよ」
 そして、控える黎明に預けられた久遠の愛龍『篝』、そして、義視の人妖『葛 小梅』。
 作戦の時を待ち、じっと耐えていた者達が、義視の言葉に一斉に茂みを飛び出した。

「七台十四月二十八法――土道伸行白々令!」
 初手をとったのは義視。
 茂みから飛び出すと、触手を押えられ動きを止めたアヤカシの足元に符を打ち込んだ。
「四行礼西『白琵芯』!!」
 巨体の足元へ穿たれた符は、白光を上げせせり立つ壁となって現れる。
「――――」
 せり上がる白壁を確認すると、水月は唄を中断する事無く愛猫『ねこさん』へと視線で合図した。
『‥‥ふぅ、まったく』
 ぶつくさと文句を言いつつも、ねこさんは義視の放ったせり上がる壁に狙いを定めると。
『全く猫使いの荒い奴だ』
 とんっと、前足で地面と軽く叩いた。
 途端にせり上がる大地。
 こんもりとコブとなった大地は、義視の繰り出した白壁の下だった。
 盛り上がる大地、せり上がる壁。大地の上に巨体を佇立させるアヤカシの足元を突然の隆起が襲った。
「よし、今だ!」
 黎明の叫びに、篝、姫鶴の二匹の龍が呼応する。
 二匹は上空より一直線にアヤカシの殻の上部を目指し急降下。
 そのまま力任せに蹴りを加えた。

 地と天、双方の連携に傾くアヤカシの巨体。

「よしっ!」
 策は成った。
 義視は柄にもなく拳を握ると、軽く突き上げる。
『はぁぁぁ!! これでとどめだっ!!』
 そして、最後の仕上げと、ウィングハートによる渾身のタックルがアヤカシの側部に突き刺さった。

 ドスンっ!!

 一連の開拓者達の連携により、20mはあろうかと言う巨体は、森の木々をなぎ倒し横倒しとなった。

●膠着

 キーン――。

 甲高い金属音が全てを弾く。
「くっ!」
 痺れを起こす槍を持つ手を久遠はじっと見つめた。

 横倒しになり、動きを封じられたアヤカシに、開拓者達は一斉に襲いかかる。
 しかし、アヤカシは残った触手を瞬時に殻の中に引っこめると、その口を殻と同等の硬質な蓋で覆ったのだ。

「魔力ならば!」
 飛び退った久遠に変わり、哲心が再び風の魔力を爆発させる。
「‥‥くっ」
 しかし、乱れる風の刃は、アヤカシの殻へとぶつかると同時に消し飛んだ。
『なら、打撃で勝負だ!!』
 哲心の代わりに前へ出たのは、ウィングハートを駆るふしぎ。
『はぁぁ!!』
 ウィングハートは大きく飛びあがると、両手を交差させそのままアヤカシへと振り下ろした。
『なっ!』
 しかし、振り下ろされた鉄腕はアヤカシの殻にヒビすら与えることはできない。
「ふしぎ、私が行きます!」
 と、義視の言葉にふしぎは操縦席の中で頷くと、大きく後ろに飛び退った。
「冥々涅々――」
 飛び退ったふしぎに代わり、義視は黒く染まった符を取り出す。
「黄行深真『玄屍』!!」
 銃を口ずさんだ義視は、符から『何か』をこの世に呼び戻した。
「‥‥これもダメですか」
 アヤカシを襲う『何か』。
 しかし、まるで変化の無いアヤカシに義視はギリッと奥歯を噛んだ。

「――――」
 殻に閉じこもったアヤカシに攻撃を続ける一行へ向け、絶えず歌声による声援を送り続ける水月。
「‥‥」
 と、今まで流れていた水月の歌が、止まった。
「‥‥きっと、核を隠してるの」
 水月はそう呟くと、小さな指でアヤカシの中心を指差した。

「俺に任せておくのだぜ!」
 と、皆が亀の様に閉じこもったアヤカシに手を焼く中、怜だけが冷静にアヤカシを見据えていた。
「俺の魔弾は全てを貫くのだよ!」
 怜は引き金を引いた。
 木々すらも、葉すらも掠らぬ一本の道。
 怜だけに見える。怜にしか導き出せぬその刹那の道を魔弾が奔る。

 カッ!

 全ての攻撃を跳ね返していたアヤカシ。
 もちろん、怜の攻撃も跳ね返した――が、明らかにその音が違う。
「次弾装填――発射、なのだぜ!」
 神速の弾込め。
 怜は先に放った銃弾の余韻も冷めやらぬうちに次弾を装填。
 即座に狙いを定めると、引き金を引いた。

 キーンっ!

 先程とは打って変わって響き渡る金属音。
 しかしそれは、アヤカシの殻に銃弾が弾かれた音ではない。
 数十m先の針の穴を通す程の妙技。
 怜は初弾でアヤカシの殻と蓋の隙間にめり込ませた弾へ、次弾を当てたのだ。
「続けて装填――発射、なのだぜ!」
 怜はまだ止まらない。
 即座に次の弾を込めにかかる。
「‥‥久遠さん!」
 水月が怜の行動の真意に気付き声を上げた。
「っ。――承知した!」
 名を呼ばれた久遠もまた、怜の意図を理解した。
 それは一点突破。小さな点を集中して攻撃する事により突破口を見出そうとしたのだ。

 キーンっ!

 久遠が駆けだしたと同時に辺りに響く金属音。
「点穴一擲!」
 同じくして、久遠の槍が怜の放ちアヤカシに突き刺さる黒弾へ。

 ピキ――。

 破砕音と共にあれほど強固であった蓋にひびが入った。
『今なら!』
 皆が開いた突破口に、ウィングハートが回転鋸を手に吠える。
 そして、ヒビへ向け回転鋸を突き刺した。

 パキン――。

「‥‥豪竜!」
 迸る乱雷の光が哲心の左手に収束する。
「我が遣うは、響く雷の咆哮」
 バチバチと支雷を撒き散らしながらも形をとる雷玉を哲心が見下ろした。
「穿ち貫け! アークブラスト!!」
 そして、右手で左手の手首を支え――荒れ狂う雷の奔流を皆が開いた『口』へ向け解き放った。


 真っ暗で無機質。部屋とも呼べない空間を一本の蝋燭だけが照らし出す。
「――さて、そろそろか」
 嬉しそうに声を弾ませる妙齢の女声が部屋に響いた。
 女の目の前には、朧げに光を放つ翠の球体。
「‥‥消えた」
 そして、球体に浮かぶ数多の明滅する赤点を眺め、女はニヤリと口元を歪めた。
「では、そろそろ動いてもらうとするか」
 と、女は徐に翠の球体に手をかざすと、妖艶な手つきで翠の球体を撫で始める。
「‥‥今度はどんな劇を見せてくれるのか。くくく――」
 不敵に微笑む女の手の中で、一つの赤点が一際明るく輝いた――。

●決着

 横倒しとなった巨体が黒い霧化し大気に溶ける。

「‥‥終わりましたか」
 張り詰めていた気を吐き、久遠が槍を一振るい。
「爆発は阻止できたようですね」
 結果に満足こそしないまでも納得の表情を浮かべる義視。
「そう何度も思い通りにさせてたまるか」
 哲心は消え去るアヤカシから目を離す事無く呟く。
「味噌汁の具にしなくてよかったのだよ‥‥」
 霧へと姿を変えながらもうねうねと動く触手に、怜は眉を顰めた。
「‥‥結局どこにも居なかった」
 瘴気の霧と化すアヤカシを見もせずに、ふしぎは辺りをじっと窺った。
「‥‥探し物なの?」
 そんなふしぎを見上げながら、水月が問いかける。
「うんん、そうじゃないんだ‥‥居ないみたいだから、大丈夫だよ」
 きょとんと見上げてくる水月に、ふしぎはにこりと微笑んで答えた。

●アジト
 開拓者達がアヤカシを倒した、丁度時を同じくした頃――。

 小さな港町の小さな宿。
 船を失った空賊団『崑崙』が集う仮の宿では、一人戦場へ向かった船長の帰りを船員達が待ちわびていた。
「‥‥黎明は無事でしょうか」
「あん? お前が黎明の心配するなんざ、珍しこともあるもんだな?」
「‥‥普段なら気にも留めないのですけどね」
 からかう石恢に、嘉田が真面目に切り返す。
「おいおい、変なこと言うなよ‥‥」
 いつもならば冗談を言う石恢を正論でねじ伏せる嘉田がこの物言い。
 石恢のみならず、船員達からざわめきが起こった。
「冗談であることを祈りましょう」
 と、不安がる船員へ向け、嘉田は不格好な笑みを向ける。
「レ、レダさん!?」
 そんな時、突然一人の船員が信じられない程の大声を上げた。
 一瞬何が起こったのかと、騒然とする船員の中で、唯一嘉田だけがその言葉を捕え、ベッドへ視線を向ける。
「副長‥‥まさか、そんな」
 そこには、その心に燃やす情熱を象徴するかのような赤髪を滑らし、上半身を起こすレダの姿。
「お、おいレダ! 体は大丈夫なのか!」
 物言わぬままベッドから身を起こしたレダの元に、船員達が急いで駆け寄った。
「そうです。半年も寝ていたのです。いきなり立ち上がっては――」
「俺の肩をつか――」

 ドンっ!

 病み上がりのレダに肩を貸そうと、身を寄せた石恢が――弾き飛ばされた。
「なっ!?」
 これに驚いたのは突き飛ばされた本人ではなく、嘉田。
 石恢は見た目もそうだが、何よりも志体持ちなのである。
 一般人であるレダが、屈強な志体持ちを突き飛ばせるわけがない。
 しかし、レダは肩を差し出した石恢を、その細腕一本で軽々と突き飛ばしたのだ。
「へ‥‥は‥‥ぁ?」
 飛ばされた距離にして3m。
 怪我こそはないが、突然の事に面食らい呆ける石恢は、呆然とレダを眺める。
「レダ、待ちなさい!」
 普段は荒げない声を荒げ、嘉田がレダの前に立ち塞がった。
「‥‥」
 レダは目の前に立つ嘉田さえ見えていないのか、何も無い道を行く様にゆっくりとした歩みを止めない。
「レダ、貴女‥‥!」
 そして、嘉田は見た。
 あれほど生気に満ち、真夏の太陽の様に輝いていたレダの瞳が――。
あれほどまでに美しかった空賊団『崑崙』の宝石が、朱に染まった虚ろと化していた。

 ドンっ。

 無言のまま進むレダは、進路上に立ち塞がった嘉田すらも押し倒す。
 嘉田も志体持ちである。その二人がまるで赤子を捻るかのように倒されたのだ。
 残った船員達がこのレダの奇行を止めれるはずもなく、その動向を眼で追うだけ。
「お、おい、レダ!!」
 起き上った石恢が叫ぶ。
 しかし、レダは無言、そして振り返る事すらせずに――。
 少しだけ伸びたウェーブがかった赤髪を揺らし、颯爽と部屋を後にした。


 アヤカシの討伐を終え、海赤に戻った一行に二通の知らせが舞い込んだ。

 一つ。
 討伐したアヤカシと同型のアヤカシが、海赤近辺で数多目撃された事。

 二つ。
 レダが突然目を覚まし、皆の制止を聞かぬまま何処かへと去ってしまった事。

「‥‥一体何が起きてる」
 二つの文を握りしめ、黎明は一人海を眺めたのだった――。