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■オープニング本文 ●領主屋敷 「‥‥お引き取り願おう」 「悪い話ではないと思うのですが」 障子の向うから声? ここかな、頼重様と武天からいらしたというお客様のお部屋。 「‥‥何が悪い話ではない、だ! 我が袖端家はそのような不実は働かん!」 「あまり興奮されますと、胃の穴に障りますぞ?」 頼重様、随分と怒ってらっしゃいますね‥‥。 「‥‥出て行かれよ。最早、話す用件はない」 「ふぅ、そうですか。では本日はこれで失礼致すとしましょう。お話の続きは、また後日にでも」 お話が終わったのかな? 持ってきたお茶どうしよう。 すぅ――。 「あ、すみません」 「ああ、こちらこそ失礼しました」 これが武天からのお客様? 優しそうな人だけど‥‥。 「も、もうお帰りですか?」 「はい、今日は失礼いたします。折角お茶を淹れていただいたのに申し訳ない」 「そ、そんな、こちらこそお出しするのが遅くなってしまって、すみません」 「また、次の機会にでも頂きますね。それでは――」 やっぱり優しそうな人。商人さんかな? でも、天儀の人じゃないのかも、珍しい髪の色だし。 「頼重殿、失礼いたします」 「早々に立ち去られよ」 頼重様、何であんなに怒っているんだろう? この人が怒らせた? 「それでは――」 「あ、玄関までお送りいたします!」 「そうですか。ありがとう」 お歳は頼重様と同じくらい、かな? 「‥‥さすが領主屋敷、警備は万全か」 「え? 何かおっしゃいましたか?」 「ああ、いえ、さすがは袖端家ご息女のお屋敷だ。立派だなと、感心していた所ですよ」 「はい、それはもう!」 うんうん、よくわかるよ! このあたりでは一番だもん! 「そう言えば、今日はお目にかかれなかったのですが、領主様はどちらに?」 「え? 振々様ですか? お屋敷にいらっしゃいませんでした?」 「はい、頼重殿にお伺いした所、外出中とか」 「あれ? まだ城下視察の時間には早いと思うんですけど‥‥。あ、弐音寺に遊びに行ったのかな?」 「遊びに‥‥? 領主様がですか?」 あ、驚いてる。くすくす、そうだよね。普通領主様が遊びに行くとか言ったら驚くよね。 「あ、遊びに行くのはたまになんですけど、城下視察は毎日の日課ですよ」 「ほう、毎日の。それはそれは。領民は領主様のお顔が毎日見られるのであれば、さぞ安心されるでしょうね」 「はい! おかげさまで、領民の皆さんからの支持は厚いんです!」 「へぇ、幼いと聞いていましたが、よい領主の様ですね」 沢繭の人にとっては自慢の領主様だもん。たまに‥‥というか、結構な頻度でハチャメチャだけど。 「はい、自慢の領主様ですよ!」 おかげで、毎日飽きなくて楽しいし。――あ、もう玄関だ。 「では、私はここで。楽しい話をありがとうございました」 「はい! またいらしてくださいね! 今度は振姫様のいらっしゃる時に」 「ええ、是非」 ● 「頼重ぇぇ!!」 ガタンと豪快に開かれた襖は、ギシギシと啜り泣く。 「あまり勢いよく開かれますと、襖が壊れてしまいますぞ」 「そんなことはどうでもいいのじゃ! 振の客人とはどこぞ!」 「はぁ、どこでその話を。大方女中辺りか‥‥」 振々に権力を笠に言い寄られでもしたのだろう。口止めしてあった話がすっかり漏れている。 頼重は肺の空気を全て吐き出す程の大きな溜息をつき振々を見上げた。 「何をぶつぶつと言っておるのじゃ!」 「ああ、すみません。客人はすでにお帰りになられましたよ」 「なに? どうして振に言わぬのじゃ! もうすぐ評定のじきじゃと言うのに、客人にそそうがあってはどうするか!」 「評定‥‥? ああ、そう言えばそんな時期でしたな」 「何をのんきな事を! 今年はいちばんをとるのじゃ!」 「何も一番でなくても‥‥」 鼻息荒く構える振々を、頼重は苦笑交じりに見つめる。 「ばかもの! いちばんを取って、あのむいみな評定をおわらせるのじゃ!」 「‥‥そうですな。そうなれば一番を取らねばなりませんな」 振々の口から出た言葉に驚く。しかし、その言葉は何物にも代えがたい振々の成長の証。 頼重は心の底から込み上げてくる温かいものを噛みしめ、小さく頷いた。 「そう言えば姫様、今日も城下視察に行かれるのですよね?」 「うん? とうぜんなのじゃ! 領主がりょうみんの生活ぶりを見ずしてどうするか!」 「まぁ、差し入れを召し上がるのは程ほどにしておいてくださいね。また、お腹一杯で夕食が入らないとか言っても知りませんからね」 「む‥‥。振がそのような卑しいおこないをいつしたか!」 「昨日と一昨日に大福。4日前も焼き鳥を、あとは――」 頼重はぺらぺらと台帳をめくり、振々の言う所の『領主たる行い』の軌跡を淡々と読み上げていく。 「視察の時間なのじゃ! 頼重、留守をまかせるのじゃ!」 「畏まりました」 先程までの剣幕は何処へ行ったのか。振々は突然話題を変え、くるりと踵を返した。 「あ、姫様」 「なんじゃ! まだ何かあるのかや!」 と、呼び止められた振々は、あからさまに不機嫌全開。 「‥‥最近、不審な人影が城下で目撃されております。評定絡み、かもしれません」 そこには、振々には滅多に見せぬ険しい表情の頼重があった。 「む? 振の兄にそのようなひせんな輩はおらぬ!」 「そうですね。ですが、兄様方の家臣まではそうとは限りません。現に侘鋤様の件もありましたしな」 「む‥‥」 頼重が口にした『侘鋤』という言葉に、振々は眉を顰め押し黙る。 「ならばよい! 振がおとりとなる。見事つかまえてみよ!」 「‥‥は? な、何を言っておられるのですか!?」 「目的は振なのじゃろう。ならば、振が餌になるのが一番こうりつてきなのじゃ!」 「効率的とかそういう問題ではありません! 姫様の身を危険に晒す訳には参りませんぞ!」 妄言を吐く振々を必死に説得しようと、頼重は声を荒げた。 「ばかもの! われら兄弟の間にかこんは一切ありはせぬ! それを振自ら証明してみせよう! それとも何か、この沢繭の警備体制はそれほどザルなのかえ?」 「なっ! この沢繭は地方随一の警備体制を誇っております!」 挑発的ともとれる振々の言葉に、頼重は一切の迷いなく明言した。 「ならばよかろう。本日より振の護衛はいらぬ!」 それが振々なりの駆け引きだったのだ。 「なっ!? 何を馬鹿な事を!!」 振々の言葉に、頼重が固まる。 「なんじゃ、先程の言葉は戯言かえ? まぁ、よい。頼重、お主の采配きたいしておるぞ」 と、そんな頼重の動揺を他所に細く微笑んだ振々は、そのまま部屋を後にした。 「‥‥くっ!」 一度言いだした事を曲げる人物ではない。 挑発に乗った自分が愚かだったのだろうか。いや、姫様が成長したのか。 そんな事はどうでもいい。今は――。 「誰かあるか!」 「お傍に!」 「ギルドへ通達を出せ! 至急腕の立つ者を厳選し寄こせ、とな!」 「はっ!」 頼重は傍に控える側近に、声を荒げ命を下した。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
猛神 沙良(ib3204)
15歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●沢繭 「振々様を狙うとは不届き千万な!」 領主屋敷のとある一室で、握った拳をふるふると振るわせながら万木・朱璃(ia0029)は、瞳に炎を燃やす。 「いや、まだ姫が狙いと決まったわけではないのだがな」 そんな朱璃に、頼重は苦笑交じりで話しかけた。 「なんであろうと、振々様には私が指一本触れさせません!」 「た、頼もしいな」 余程、振々が標的にされたのが気に食わないのか、朱璃は怒りを含むきつい口調で宣言する。 「やっぱり評定の関係?」 「時期が時期だからな。そうだとは思うのだが‥‥」 続き、浅井 灰音(ia7439)は頼重に問いかけた。 「相変わらず、ドロドロしてるんだね」 「はは、面目ないな」 袖端家に生を受けた子達は、その優劣を毎年競わなければならない。名家袖端に脈々と続く鉄の掟である。 「振々ちゃん、小さいのに大変なんだね‥‥」 自分の意思など関係なく巻き込まれる振々を不憫に思ったのか、石動 神音(ib2662)は声が沈んでいた。 「宿命、と言ってしまえば簡単だが、振姫様は少し違った考えを持っておられる」 そんな神音を励ます様に、そして、自らの主を誇る様に頼重は答える。 「一番になって評定を止めさせるんだってな」 今までじっと黙していた御神村 茉織(ia5355)が声を上げた。 「うむ、何を思ったのか突拍子もない事を言いだしてな」 「いいじゃねぇか。しょーもない掟は必要ない。そう思ったんだろ、姫さんは」 「まったく、ずけずけと言ってくれるな」 「1年関わってきたからな。立派なもんだぜ」 「‥‥はぁ、まあその件はよい。お前達は仕事をこなせ」 捉え処の無い笑顔を向ける茉織に、頼重は溜息をつきながらも口元を緩める。 「要は、その不審者を捕えればいいんだろう?」 「うむ。その通りだ。ただ、捕える事が出来ればそれに越したことはないが‥‥」 と、問いかけるロック・J・グリフィス(ib0293)に、頼重は言葉を曇らせた。 「何か問題でもあるのか?」 「我が兵たちも追っているのだが、捕まえるどころか正体すらわからん。噂はあれど姿は見えず。まるで影の様な‥‥」 「影か‥‥。おそらくシノビの技を使うのだろうな」 苦々しく呟いた頼重に茉織が声をかける。 「シノビが相手か‥‥厳しい戦いになりそうだな」 こくんと頷き合う二人。 「しかし、護衛の件はきっぱりと断られるとは‥‥」 と、猛神 沙良(ib3204)がしゅんと肩を落とした。 「猛神殿には申し訳ないが、姫様は一筋縄ではいかぬ性格でな、一度言いだした事は曲げぬ」 「芯の強い姫様なのですね」 「頑固、と素直に言ってくれて構わぬぞ」 言葉を選び答えた沙良に、頼重は苦笑交じりに呟く。 「一人で見回ると言っておられたのでな。護衛は了承せぬだろう」 「しかし、咄嗟の対応に遅れが生じる可能性が――」 「俺達は影となり振々嬢を守る。皆、腕を買われここに来たのだろう」 と、不安げに呟く沙良に、ロックは皆を見渡し答えた。 「それにもう一つの策もあるしね」 そして、灰音も心配ないと沙良に言い聞かせるように声を上げる。 もう一つの策『狂言誘拐』。それは振々の興味をそそるものであった。 「そうだよ! 振々ちゃんもあの案は了解してくれたんだし、それまでしっかり影から守ろう!」 神音の意気込みに、皆は頷くことで肯定を現した。 ●奉行所 茉織が山と積まれた報告書に目を通す。しかし、そのどれを見ても書いてあることは一緒であった。 『遠巻きに振姫様を見つめる影あり』と――。 「しかしよぉ、目撃情報がこんだけあるんだったら、捕まえられないもんなのか?」 「そりゃ我々も捕えようと何度も追ったさ。俺たちだって捕まえたいんだ!」 自分達の無能を指摘されたとでも思ったのか、役人は反論する。 「あー、別に責めてるんじゃねぇんだ。わりぃ。それより、他に何か気付いたことはねぇのか?」 「気付いたことなぁ‥‥。全身黒尽くめに覆面ってとこか?」 「黒尽くめ、か‥‥」 闇に紛れ目立たぬその服装は間者にはよく見られる。 「でもよ、目撃されてるのは昼だろ?」 「え? ああ、昼だな」 しかし、それは夜に紛れるもの。昼間は目立って仕方が無い。 「この炎天下に黒尽くめとは、暑くて仕方ねぇだろうな」 「違いないな」 そんな杞憂を悟らせまいと、茉織は役人に向けて呆れた様な笑顔を向けた。 「ん、大体わかった。ありがとな」 と、茉織は手にしていた書類を机に置く。 「もういいのか?」 「ああ、後は俺達の仕事だ」 そして、役人に別れを告げ奉行所を出た。 ●弐音寺 「ここが弐音寺ですか」 手に地図を持ち弐音寺の境内をくまなく見渡すのは沙良であった。 「‥‥辺りは森に囲まれているようですね」 ゆっくりと歩きながら実際の弐音寺の敷地を地図と比べていく。 沙良が弐音寺の境内を一回りした頃――。 境内へと続く階段から聞こえてくる、参拝者と振々の声。 「来たようですね」 その会話が合図になった。 沙良は目的の人物の出現に、境内の散策を止め本堂へと続く石畳へと戻る。 「こんにちは」 「む?」 声をかけた沙良に、振々は怪訝な表情を向けながらかくりと首を捻る。 「私は旅の者です。ここは立派なお寺ですね」 「とうぜんなのじゃ!」 にこりと微笑んだ沙良に、振々はまるで自分の家を自慢するように無い胸を張った。 「特にあの裏手にある桜並木が素晴らしいですね」 そんな振々に、沙良は境内の裏を指差した。 「うむ! 春はみごとに咲き誇るのじゃ!」 本堂の陰で見えぬ桜並木を振々は自慢する。 「なるほど、次の『春』には是非来てみたいですね」 「遠慮なく来るがいいのじゃ!」 旅人と少女の何気ない会話。 「では、私はこれで。お相手ありがとうございました」 「うむ!」 初見同士が交わした他愛もない会話を終え、沙良は境内を後にしようと石段へと向かった。 (では、後ほど) (うむ) すれ違いざまにかわされた短い言葉。 弐音寺へと向かう振々と、街へと向う沙良は、立ち止ることなく歩を進めた。 ●大通り 「おぉ、姫さん、団子食うか?」 「うむ! よきにはからうのじゃ!」 「姫様、少しは大きくなったかい」 「むぅ、きやすく撫でるでない!」 振々が大通りを一度歩けば、街の住人達の人だかりができる。 「変わらぬ慕われぶりですね」 そんな振々の行進を物影から見つめる朱璃がぽつりと呟いた。 その表情は、成長著しい幼い妹でも見つめる姉の様。 「‥‥見られてますね」 そんな幸せそうな表情を見せたのも一瞬。 朱璃は辺りに漂う不快な視線に気付く。 「何処から仕掛けてこようが、私が振々様には指一本触れさせませんよ!」 ゆるりと行軍する振々を影から追いつつ、朱璃はすぐにでも飛びだせる体制のまま、辺りに目を光らせた。 ●港 「すごい活気! お仕事大変そーだね!」 流石湖畔の町。その賑わいに神音は目を輝かせ漁師に声をかけた。 「おう、当り前だ! って、見ない顔だな」 「うん、神音はかんこー客だもん!」 「ほぉ、そうかそうか」 夏の日差しにも負けぬ神音の元気な笑顔に、漁師の顔も自然と緩む。 「ねね。聞きたいんだけど最近この辺で変な船見なかったかな?」 「変な船? いや、見てないが‥‥探しものか?」 「あ、うんん! ちょっとお友達が船で来るかもしれないんだ」 「来るかも、ってまた随分曖昧だな」 「だよねー。ほんといつも困ってるんだ」 存在しない『友達』の会話で盛り上がる二人。 「ここは湖だからな。沢繭に寄る船は大体わかるぜ。なんて名前の船だ?」 「あ、えっと、名前はちょっとわからないんだけど。怪しそうな船?」 「なんだそれ? まぁ、ここ最近は知った船ばかりだな」 「そうなんだ。うん、わかったよ。ありがとーね!」 「おう、いいのか? ま、楽しんでけよ」 「うん!」 不思議な質問にも疑う事無く答える漁師に、神音は笑顔で別れを告げた。 ●大通り 港の視察を終え引き返して来た振々を、再び町人が囲んでいた。 「‥‥動く気配はなしか」 陰頼振々を見守るロックの肌には不穏な空気がひしひしと伝わる。 しかし、気配は気配だけ。時折、見える怪しげな人影もあるが、如何せん距離がありすぎる。 もし、不審な影が振々へ手を出そうとすれば、ロックや他の仲間達が余裕で間に入ることができる程の距離。 「なぜそのように距離をとる‥‥」 狙いは振々、の様に思う。だが、その行動が理解できない。 「‥‥本当に振々嬢は狙われているのか?」 そのあまりにも不自然な行動に、ロックは口元の手を当て考え込んだ。 「真の目的が他にあるのか‥‥いや、今は護衛が最優先だ。気になりだしては仕事に支障が出る」 浮かぶ数々の謎を頭を振ることで振るい落したロックは、悠然と進む振々の後を静かに追ったのだった。 ●弐音寺 日も傾き、夜の帳が訪れようとしていた。 いつもの巡察にはない二度目の弐音寺。 振々は人気の無くなった境内を、一人悠然と歩いていた。 「静かに」 「っ!」 何の気配もない背後から突然の声に、振々はびくんと肩を竦ませる。 (脅かしてごめん) 「その身、頂戴する」 出しうる限り低い声で呟く黒い影は、徐に振々の腰に手をまわした。 「何をするのじゃ!」 手を振りほどこうと振々はわざとらしく暴れて見せる。 (いい演技だよ) 「少し静かにしてもらう」 暴れる振々の首筋に黒い影の手刀が振り落とされた。 一瞬でぐったりとうなだれた振々を、両手で丁寧に抱き抱えた影は、脇目もふらずその場を退散した。 黒い影が振々を闇へと攫う。 人気の無い境内で起きた一瞬の出来事を、見た者などいない。 そう、ざわりと揺れた森以外は――。 ●錐湖 振々を丁重に抱える灰音は、弐音寺の裏道を通り湖畔へと出ていた。 「追ってこない?」 まるで気配の無い辺りに、灰音は立ち止りフードを下ろした。 「気配が消えましたね」 「っ!」 突然の声に腰の刀に手をやった灰音。 「私です」 しかし、木々を縫い現れたのは沙良であった。 「ふぅ、脅かさないでくれないかな」 「相手はやはりシノビの様ですね。はっきりとは見えませんでしたが」 と、沙良の後ろら朱璃も現れた。 「うー、折角バッチリ変装したのに!」 「な、なに。そのかっこ‥‥」 次に現れたその人影は、派手な仮面で変装した――のかもしれない、神音であった。 「こっちも逃げられた」 「逃げに徹するとさすがに追いつけねぇな」 と、最後にロックと茉織も合流した。 「追われてはいない。今は気配もない」 振々を守る為に集った6人が、錐湖の湖畔で再び集う。 「一体何が目的だったんでしょう‥‥」 「振姫が狙いだとは思うけど‥‥やっぱり、評定絡みじゃないのかな」 「でも、それにしては手を出してこなかったよ?」 「そうですね。我々が現れる前にも幾度となく機会はあったでしょうに」 「攫うのが目的では無く街の調査、とは考えられないか?」 「ただの偵察にしちゃ、手が込み過ぎてる気はするけどな」 「とにかく振々様は無事だったんです! この事は何事にも代えられない吉事ですよ!」 「そうだね! 悪い奴らに掴まらなくてほんとによかったね、振々ちゃん――あれ?」 「お姫様は気持ちよさそうに寝てるけどな」 深まる謎と対照的な振々の寝顔に、苦笑いした一行は一先ず屋敷への帰路についた。 ●領主屋敷 「なっ‥‥ぐふっ!」 「ふぅ、中々警戒を解いてくれないので、苦労しましたよ」 「きさ‥‥ま!」 「おや、まだ話せるのですか。日頃姫様に鍛えられている成果ですかな?」 「こんな‥‥事‥‥を」 「こんな事をしてなんになると? 残念ながら『正規』の商談は断られましたからね。次の手段に出たまでです」 「私など‥‥とら‥‥え‥‥」 「貴方以外の誰を捕えると? この沢繭の事実上の執政者は貴方なのですよ?」 「な‥‥」 「貴方の慕うお譲さんは所詮お飾り。あれでは商談のし甲斐もない」 「‥‥」 「いや、そのような事を言ってはいけませんね。これから交渉しなければならないのですから」 「‥‥姫は交渉など‥‥ぐふっ!」 「おっと、手が滑りました。申し訳ない」 「満‥‥安!」 「自分の価値をあまり下に見ない方がいいですよ。頼重殿」 「‥‥」 「おや、眠ってしまいましたか。仕方ありませんね。帰るとしましょうか」 力無い女中や丁稚が震えながら物影から覗いている。 「では皆さん、領主様によろしくお伝えください。頼重殿は頂いた、と」 物影に柔和な笑みを向けた人影は、そう捨て台詞を残し頼重を抱え上げると悠々とその場を去った。 ●領主屋敷 「かえったのじゃ!」 結局何事もないまま視察を終えた振々が、大声で帰宅の報を告げた。 「結局なんもなしかよ」 「まるで茶番だったね」 不発に終わった策に茉織と灰音は溜息をつく。 「姫様がご無事でしたのですから、よかったではないですか」 そんな二人を慰めるように、沙良は落ちついた声で話しかけた。 「そうだよ! 振々ちゃんが無事ならそれ以上の成果はないよ!」 「そうですよ! 振々様は守られたんですから!」 神音に朱璃。振々を守るために様々な手を打った二人は、この成果に満足げに頷く。 「しかし、納得ができないな。一体何が目的で――」 と、呟くロック。 そんな、どうにも納得できぬこの結果に一行が眉をしかめていた、その時。 「姫様っ!!」 奥から血相を変えた女中が駆け寄ってきた。 「む? なにごとじゃ」 いつもと違う様子に、振々は不穏な空気を感じたのか問いかける。 「よ、頼重様が!」 「頼重がどうしたのじゃ。落ち着いてはなせ」 全力で駆けて来たのだろう、息を切らした女中の話からは要所が見えない。 「は、はい‥‥ふぅ‥‥」 「‥‥落ちついたかえ?」 「はい、すみません‥‥」 「うむ。それで何があったのじゃ」 「はい。えっと――」 振々の言葉に落ち着きを取り戻した女中はゆっくりと口を開いた。 頼重は万全を期すため、振々の護衛に屋敷の兵も出したのだという。 そして、それこそが敵の思惑であった。 街中で噂のあった不審者と思われる一団は、この周到な誘拐劇の布石にすぎない。 警戒の眼が振々に集中する時を待って、少数の一団が屋敷を強襲。頼重の身柄を拘束し攫ったのだ。 「‥‥頼重!」 女中の言葉を信じられないのか、振々は履物も脱が屋敷に上がる。 そして、奥の執政室に前まで進むと勢いよく襖を明け放った。 「‥‥」 しかしそこに人影はない。居るべき人間がいないだけで、こんなにも広く感じるのか。 「頼重ーー!!!」 在るべき人間がいない部屋に向け、振々はあらん限りの声を上げた。 小さな背を懸命に反らしながらも小刻みに震える後ろ姿を、一行はただ見つめるしかなかった――。 振々を不審者から守ると言う依頼は成功し、託された願いは聞き届けられた。 しかし、一行はいいしれぬ喪失感を味わう事となる。 依頼者である頼重が攫われた。 深い闇が沢繭を包む。そんな錯覚を開拓者達は密かに感じていた――。 |