風雲 【ポ】ンジ城!?
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/20 21:20



■オープニング本文

●風雲急を告げる

 厚い雲が蒼天を覆い隠し、逆巻くつむじ風が若葉を千切り飛ばす。
 耳朶を震え割らんばかりの轟雷鳴が木霊す中、
「‥‥」
 暗き闇に像を浮き上がらせる閃光が、小さな部屋を支配する。
「‥‥」
 物言わぬまま見つめ合う二つの影が――。
「‥‥ぶえっくょぉぉい!!」
「ふふ〜ん、妾の勝ちじゃの」
 睨めっこの決着をつけた。
「たぁ、負けたっ!」
「妾に勝とうなど、10年早いのじゃ」
 ぐでーと板張りの床に倒れ込むポンジを、長姫はドヤ顔で見下ろす。
「くそっ‥‥! 次はかるたで勝負だ!!」
 そんな長姫を恨めしそうに見上げ、ポンジは次なる手を切り出した。
「いやじゃ。もう飽きた」
 しかし、当の長姫はつまらなさそうに欠伸を一つ。
「なっ!? それじゃ、あいつは‥‥あいつはどうなるんだ!」
「勝っておらんのじゃ、返す事はできぬのぉ」
 驚愕の表情を浮かべるポンジに、長姫は面倒臭そうに返した。
 二人には、ポンジの発した『あいつ』とは何を指すのかわかっているのだろう。
「くっ‥‥! それじゃ、それじゃ‥‥」
 かるたはお気に召さないらしい。
 ポンジは持参した数々の遊具の中から、長姫の気を惹きそうなものを必死で弄る。
「お主、本当に巷で噂の義賊であるのか?」
 いつになく真剣なポンジを訝しげに見下ろす長姫がふと問いかけた。
「ぎぞく、ってなんだ? 俺はポンジだぜ?」
 しかし、答えたポンジは「何言ってんだこいつ?」とばかりにきょとんと長姫を見上げる。
「‥‥聞いた妾が馬鹿であったか‥‥。まぁよい、
 疼く眉間を押え、聞いた自分を恥じる長姫は、大きく溜息をつき天守から望む樹海を見下ろした。
「鬱蒼と生い茂る樹林。そして、打ち捨てられた古城――」
 樹海から場内へと視線を巡らす。
「まぁ、あの者達は『おまけ』じゃな」
 そこには、不器用に蠢く数体の土偶達。
「これだ! おい、お前ぇ! 今度は蹴鞠で勝負!!」
 物憂げに窓の外を見やる長姫に、まったく空気を読まぬポンジは蹴鞠を差し出した。
「遊びはお終いじゃ」
「え‥‥?」
「『アレ』を返して欲しくば、妾に協力すればよい」
「協力‥‥? 協力すれば、ほんとに返してくれるんだろうなっ!!」
 『返す』との言葉に、ポンジは手に持った蹴鞠を放り投げ、長姫に詰め寄る。
「妾は嘘はつかん。約束は必ず守ろう」
 屈託の無い笑顔。美人と噂の長姫の笑顔が、まるで後光が差した様にポンジに降り注いだ。
「お、おぉ‥‥! お前ぇは神か!?」
 そんな笑顔に、ポンジは手をわなわなと振るわせる。
「ふふ、そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬの」
 そして、本能の赴くままにひれ伏したポンジを見下ろし、長姫は妖艶に微笑んだ。
「さぁ、面白くなりそうじゃの」
 四肢をつき床にひれ伏すポンジから、再び外に視線を移した長姫は小さく呟いたのだった。

●此隅のとある屋敷。
 大都会此隅にあって、広い敷地を有する家々が立ち並ぶ一角。
 有力氏族が巨勢王に仕える為、仮の住まいとする広大な屋敷群だ。
「長姫はどちらにおわす?」
「さぁ、今日はお見かけしておりませんが‥‥」
 そんな屋敷群の一つ、財前家の屋敷。
「華の時間だというのに、一体どこへ‥‥」
 見当たらぬ人物に、初老の男は頭を抱える。
「離れの書庫ではございませんか?」
 そんな男に、女中は姫が日頃から足しげく通う離れを指差した。
「おぉ、またあそこにおいでか! うむ、礼を言うぞ!」
「あ、いえ‥‥居るとは一言も‥‥」
 止める女中にも、男は目的者のヒントに縁側の廊下を駆けだす。

 ヒュン――サクっ。

「うおっ!?」
 駆けだした男の鼻を掠め、柱へと突き刺さる一本の矢。
「だ、大丈夫ですか!?」
 突然の襲撃に尻もちついて引っくり返った男に、女中が駆け寄った。
「ててて、敵襲か!?」
 柱に刺さった矢を見上げ、情けない声を上げる男。
「こんな此隅のど真ん中で‥‥って、これは?」
 腰を抜かした男を苦笑交じりに見つめる女中は、矢に結び付けられた一枚の紙に気付いた。
「矢文? 一体なんでしょうか?」
「よ、寄こせっ!」
 矢から文を解いた女中の手から、男は神を奪い取る。
「なになに――」
 そして、そこに書かれてある文面を読み上げた。



前略 財前 様

 しとしとと降り落ちる雨に紫陽花の花がますます美しく見える今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 突然の手紙で驚かれたことかと思います。この度、新しく居を構える運びとなりましたのでお知らせ申し上げます。
 そこで、お忙しいとは存じますが、よろしければ来週の末日に、我が別宅へお招き致したく思っております。

 なお、大変不躾ではございますが、一般人のご来場はご遠慮させていただきます。
 もし一般人のご来場があった場合、長姫様の身の安全は保障致しかねますので、ご了承ください。

 では、皆様にお会いできる事を心待ちにしております。

                                               草々
                                              怪盗 ポンジ



 文を持った男の手が、恐怖に震え、
「ゆ、ゆ、ゆ、誘拐状だ!!!!」
 屋敷中に響き渡る程の大声で叫んだのだった。

●此隅ギルド
「う〜ん‥‥」
「吉梨、何を難しい顔してるの?」
 有力氏族の遣いによって持ち込まれた矢文に騒然となるギルド内にあって、吉梨だけが何故か訝しげに首を捻った。
「あ、縫ちゃん。この文面は、確かにあの怪盗さんの物だと思うんだけど〜」
「名前書いてあるんだし、そうなんじゃないの?」
 混沌の渦に巻き込まれるギルド内で、いつの間にか矢文を手にする吉梨を、同僚の縫が覗き込む。
「字がきれい過ぎるかも〜?」
「え‥‥? 字? って、それじゃ、誰かが怪盗さんを語ってるって事?」
「うん、その可能性もあるかも〜?」
「あるかも〜? って、それってもっと大事なんじゃ――って、吉梨!?」
 吉梨は依頼板へ矢文をペタリ。
「まあ〜、なる様になるよ〜」
 そして、驚愕する縫に向け、しまりの無い笑顔を向けたのだった。



■参加者一覧
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
水月(ia2566
10歳・女・吟
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
宮鷺 カヅキ(ib4230
21歳・女・シ
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔


■リプレイ本文

●古城前
「‥‥見えたの」
 雲間に古城を遠くに見つけ、水月(ia2566)が指差した。
「うん、間違いないね! あれが目的のお城だよ!」
 と、神座亜紀(ib6736)が、図面から顔を上げる。
「ポンジ様もついに一国一城の主となられたのですね」
「え、ポンジさんって盗賊じゃないんですか?」
 柔和な笑みを浮かべる出水 真由良(ia0990)に、宮鷺 カヅキ(ib4230)は思わず問いかけた。
「‥‥違うの。団長さんは怪盗なの」
「はい、ただの怪盗様ですね」
「えっと、悪い人、なんですよね‥‥?」
「‥‥違うの。怪盗さんなの」
「ですわね」
「う、うーん?」
 二人の自信に満ちた断言に、カヅキはますます混乱する。
「でもさ、怪盗って本当にいたんだね! 物語の中だけの存在かと思ってた!」
 混乱するカヅキに代わり、二人に問いかけたのは亜紀。
「はい、ポンジ様は神出鬼没。居るようで居ない存在ですわ」
「‥‥滅多に会えないの。珍獣クラスなの」
「え、えっと、どういうこと‥‥?」
 微笑む真由良と懸命に頷く水月に、亜紀もまた混沌の渦へ。

「それにしても最近人攫いばかりですし。少しお灸をすえる必要がある様ですね」
「‥‥なの」
 真由良の言葉に何度も懸命に頷いた水月は、その後を追った。
「ちょっと待ってよっ! ほら、カヅキさん行くよっ!」
「悪人が善人? 神出鬼没な珍獣? ‥‥あ、なるほど」
 と、散々悩み抜いたカヅキが、実にすっきりとした表情を浮かべポンと手を打つ。
「え!? 何がなるほどなの! 今のでどんな不思議が解決されたの!?」
「行きましょうか。早く会ってみたいですし」
 カヅキは混乱する亜紀の手を取り、先を行く二人を追った。


 そんな、4人の女子を陰から見つめる白一点。
「‥‥え? なんで隠れてるのかって?」
 一体誰に話しかけているのか、謎の巨漢が愛らしく耳に手を添えた。
「よくぞ聞いてくれたな、全国38人の喪越(ia1670)不安の皆!」
 妙にリアルな数字を口走る喪越は、何も無い空間に向けビシッと指を刺し、
「とうとう本性を現しやがった義賊――いや、外道に、この正義の鉄槌を下す時が来たのだ!」
 拳を握るのかと思いきや十手を取り出した。
「美人せれぶを誘拐し、○●なことや+×‥‥あまつさえ▼△なことまで!? きゃぁ! いやぁ! 俺も仲間に入れ――」
 思わずだだ漏れた本音を取り繕い、
「ふぅ、危うく外道の奸計かかる所だったぜ‥‥。という訳で――ぽーんじ、逮捕だぁ!」
 垂れ流す鼻血もそのままに、喪越は古城へ向け渾身のスキップを踏んだ。

●城門
 静かに佇む巨大な門を前に息を飲む4人。
「‥‥えっと、門番っていう訳じゃないよね」
 そんな中、亜紀が恐る恐る声を上げた。
「よくぞ集まった、我が精鋭たちよ!」
 4人の前には、見事な仁王立ちをかますルンルン・パムポップン(ib0234)が。

「‥‥団長さん、おいでおいでなの」
 突如現れたルンルンの脅威にも屈せず、水月は懸命に絵馬を掲げる。

「この城には夢と希望と浪漫とお姫様が詰まっているのです!」
 ルンルンは古城に向け指揮棒を突き立てた。

「何か事情がおありでしたら、話してくださればよろしいのに‥‥」
 門の奥の人物に向け真由良ぼそっと呟く。

「このポンジ城を見事攻略し、百万文を手にするのは――貴方達です!」
 気分はすっかりホスト側。ルンルンは燃える心の叫びを余すことなく皆に伝えた。

「お出迎えはなしですか。少し拍子抜けですね」
 噂の人物は現れない。カヅキは残念そうにかくりと肩を落とす。

「いざ行かん! 巨悪の巣窟へ!」
 徹夜で考えた演説をやり遂げ、ルンルンは恍惚の表情で城を見上げた。

「皆、もう少し真面目にやろうよ‥‥」
 人知れず流された亜紀の涙に、気付く者はなかった――。

●城門
 開かぬ城門を前に、一行は途方に暮れていた。
「開きませんわね。閂でしょうか」
「だろうね。カヅキさん、開けられないか‥‥って、カヅキさん?」
 真由良と亜紀、そしてもう一人、カヅキは柱の陰でひっそりと息を殺す。
「‥‥あ、自分は居ない事にしておいてください。内緒です」
「‥‥そ、そうだっね。隠密行動だもんね」
「困りましたわね‥‥」

「ふふふ‥‥お困りの様だな!」
 と、突然の怪音声が城門前に響き渡った。
「ここは俺に任せて、少し下がってな」
 現れた喪越は三人に前へと歩み出ると、そのまま城門へと向かい、
「わざわざ一般人お断りにしたのは褒めてやる‥‥だが、俺の事を忘れてたみてぇだな」
 門を睨みつけるようにガっと瞳を開くと、
「貴様がどんな奇策を用意しようが関係ねぇ。その裏の裏をかくまで‥‥!」
 胸一杯に新鮮な空気を吸い込み、

「ぽーんじくーん! あーそーびーまーしょー!!」
 一息に吐ききった。

「なるほど、叫べばよかったのですね」
 城門を前に仁王立ちをかます喪越の姿を、感心するように見つめる真由良。
「ポンジさんって律儀な人なんですね」
 欄干に身を潜ませるカヅキも納得の表情。
「‥‥そんな事で出てくるわけ――って、ええっ!?」
 そんな二人に嘆息する亜紀が目にしたのは、ゆっくりと開き始める城門であった。

「ふっ‥‥どうやら、裏読み合戦は俺の勝ち――へ?」
 開き始める城門。そして、同時に跳ねあがる橋。
「妙なからくりを用意しやがって‥‥だがしかーし!」
 突然勾配がつく橋に、喪越は咄嗟にしがみ付くが、
「この程度で俺が――」
 喪越をぶら下げたままそそり立つ跳ね橋は、
「って、ちょまっ!?」

 プチ――。

 城門とぴったりくっついたのだった。

●抜け道
 堀の外にひっそりと佇む祠から続く抜け道を、水月がゆっくりと進んでいた。
「‥‥あの予告状、絶対におかしいの」
 何故か猫の着ぐるみに身を包む水月は、ふと依頼書の内容を思い浮かべる。
「‥‥団長さんはあんなこと絶対に書かないの。‥‥きっと面白い事になってるに違いないの」
 誘拐という大事件すらも水月にしてみればポンジと過ごす楽しいことの一つなのかもしれない。
「‥‥なに?」
 と、放っておいた人魂が闇に浮かぶ無数の光を捕えた。
 あからさまに怪しい光。しかし、何故か言い知れぬ好奇心が水月を突き動かした。

 揺れる松明が映し出した無数の光の正体。
「‥‥!」
 それに、水月に釘付けとなった。
「‥‥猫さん?」
 無数に置かれた土鍋。そして、その中に寄り添う様に身を治める様々な毛色の猫達。
「‥‥こ、こんな罠、どうってことないの」
 悪辣?な罠を前に気丈に振る舞う水月。
「‥‥こんな所で、足止めされる訳には――にゃぁ!」
 しかし、気付いた時には引き寄せれる様に毛玉の海へとダイブしていた――。

●城内
 喪越の屍を踏み越え城内へと侵入した真由良を、土偶の大群が待ち構えていた。
「あらあら、大人気ですわ」
 侵入者を発見した土偶は、一直線に真由良に突進してくる。
「猫には‥‥やはりこれでしょうか」
 と、迫り来る脅威にも動じることなく真由良は取り出した符を投げ放った。

 符は転じ、小さな鼠の姿をとる。

 ぴた――。

「あら?」
 鼠が実を結んだ瞬間、土偶の猛進がぴたりと止まった。
 そして、綺麗に揃って回れ右。向ってくる勢いを越える速度で転進する。
「あらぁ、追って頂く予定でしたのに‥‥おかしいですわ」
 蜘蛛の子を散らした様に逃げ惑う土偶に、真由良は困った様に首を傾げた。
「少し予定は違いますけど‥‥これも立派な陽動ですわね」
 そして、何故か表情を輝かせながら鼠に指示を飛ばした。

●回廊
 本丸へと真っ直ぐに続く回廊。
「陽動は成功してるようですね」
 遠くから聞こえてくる声や音に、カヅキは満足気に頷いた。
「それにしても、やっぱり落ち着きますね」
 カヅキが潜むのは回廊の屋根裏。
 薄暗いその空間はカヅキにとっては庭の様なものであった。
「と、自分の屋敷だと思うのですけど――」
 と、カヅキは薄暗い闇へ向け、聞き耳を立てる。
「‥‥ふむ、随分と不用心ですね」
 しかし、聞こえてくる音は皆無。罠の気配すらない。
「こんな道に罠なんて仕掛けませんか。勿体ないですね」
 そんな家主の浅慮に、カヅキは残念そうに溜息をついた。
「まぁ、障害が無いのであればそれに越した事はありませんね。有り難く姫さんに会いに行くとしましょう」
 そして、カヅキは自らの領域を決して油断する事無く、天守へ向け進んでいった。

●城壁
「ぴたっ――かさかさっ!」
 ぴたりと張り付き、高速で手足を回転させ城壁を駆けあがる影一つ。
「ふふふ」
 漆喰の壁に張り付くルンルンは、壁に向ってニヤリと口元を歪めた。
「さすがのポンジさんも、まさかニンジャが大凧を囮として使うとは思うまい、なのです!」
 と、見上げる空には、曇天に浮き上がる白の菱。
「周囲に音源無し。おーるぐりーんなのです!」
 しかし、決して我が策に驕る事をしないルンルンは、超越した聴覚で辺りを警戒する事を怠らない。
「私の凧と、城内の陽動班の皆が気を惹いてくれる今がチャンスなのです!」
 今が好機と、ルンルンは魂の叫びをかまし、長く険しい漆喰の壁へと再び挑戦状を叩きつけた。

●厠
「こ、怖いから待っててね! 絶対だよ!」
『へいへーい』
 扉の向うから聞こえる声に、亜紀はニヤリと口元を歪める。
 城内でばったり会ったポンジを言いくるめ、厠まで案内させた亜紀。
 目下最大の障害となるであろうポンジを足止めする為に、亜紀は恥を捨て厠で奮戦していた。
「ねぇ、どうしてこんなことしたの?」
『うん?』
 と、扉の向うに居るポンジに問いかける。
「ポンジさんって義賊なんでしょ? それなのに誘拐なんて――」
『ま、色々あってなー。それより終わったか?』
「あ、うん。もう少し」
『そか』

 カチャ――。

「え?」
 突然厠に響く金属音に、亜紀は素っ頓狂な声を上げた。
『ゆっくりしてけよな』
「ちょ、どういう事!?」
 急いで扉へと向かった亜紀は、懸命に扉を開こうとするがびくともしない。
『あ、そこ。出るってさ』
「へ‥‥? で、出るって何が‥‥?」
『‥‥』
「‥‥ちょ、ちょっとぉっ!?」
 外から聞こえるポンジの声はそれっきり聞こえない。
 亜紀は懸命に開かぬ扉を叩く。
「‥‥ひっ!? いやぁぁぁぁ!!」
 感じた気配に振り向いた亜紀の瞳には、言い知れぬ恐怖が映し出された――かもしれない。

●天守
「お迎えにあがりました。長姫様」
 騎士の忠義よろしく首を垂れるのは、持ち前の女香感知機関を駆使し天守へと駆けつけた喪越であった。
「ふむ、よぉ来たの」
「お褒めに預かり光栄で――ぶほっ!?」
 長姫の言葉に顔を上げた喪越の目に飛び込んできたのは――。
 艶やかな黒の長髪。スッピンですらよくわかる目鼻立ち。
 そして、何より着のみ着のままに羽織られた着物の襟口から覗く白い肌。
 喪越はあまりの絶景に鼻の奥から湧きあがる血の潮を抑えるのに必死であった。
「どうしたのかや?」
「ぐっ‥‥いや、失礼。それにしても美しい。貴女の前ではこの薔薇も霞んでし――まぅー!?」
「女に媚びる男は嫌いじゃ」
 傅く喪越の足元にぽっかりと空いた漆黒の穴。
 喪越は薔薇を捧げたポーズのまま、仄暗い闇の底へと落ちていった。

「さて、そちらも動かぬ方がよいぞ?」
「‥‥どうしてわかったのですか?」
 突然掛けられた声に、カヅキがびくりと肩を竦ませる。
「勘という奴じゃ。一人を相手にしている隙に、というのは常套手段じゃからの」
「‥‥それでも、この距離なら一瞬であなたに迫れます」
「先程も申したぞ? 動かぬ方がよい、と」
 シノビのカヅキにかかれば、この距離などあって無い様な物。しかし、長姫の余裕の色は消えない。
「先の男の二の舞となりたくなければの」
「っ!」
 と、そんな言葉にカヅキは咄嗟に足元を見る。

 ガシャンっ。

「え?」
「ほれ、言わぬ事ではない」
 それは突然の出来事であった。
 一瞬、長姫から視線を逸らせたカヅキは、今鉄の檻の中にある。

「ぜぇはぁ‥‥お待たせしましたです!」
 と、時を同じくして、次なる刺客ルンルンが息を切らせながら、窓辺へ現れた。
「えっと、どういう状況でしょう‥‥?」
 そこには、ゆるりと座す長姫。檻に入れられむすっと脹れるカヅキ。そして、大穴から響く喪越の断末魔の叫び。
 ルンルンは状況を飲みこめず、挙動不審に辺りを見渡した。
「ふむ、壁を伝ってきたのか」
 そんなルンルンを長姫は感心したように見つめる。
「はっ! 貴女が長姫様ですね! 正義のニンジャさんが助けに来ましたよ!」
「さすが開拓者という所か。外は気にしておらなんだ」
「もう心配しないでいいのです! 囚われの姫様の為なら、ニンジャは空だって飛べるのです!」
「ほう、空まで飛ぶのか。実に興味深いの」
「さぁ、私の手を取って! こんなお城にサラバなのです!」
 しきりに感心する長姫と、正義の心を爆発させるルンルン。
「しかし、部屋に入ってくると言うのは、些か無防備だのぉ」
 と、長姫は天井から吊るされた、何本もの紐の一本を引く。
「あ、ルンルンさん――」
「へ?」

 ガコン――。

 カヅキの注意も一歩遅かった。
 ルンルンの居た窓枠が突如外へ向け倒れる。
「むむ! 罠ですか! しかーし、この程度の事ぉぉ!」
 傾斜はほぼ直角。しかし、ルンルンは気合と根性と酔狂で、二本脚で踏ん張ってみせた。
「おぉ、すごいですね」
 ルンルンの奮闘に、カヅキは思わず感嘆の声を漏らす。
「ふむ‥‥では――」
 と、そんなルンルンを感心するように見つめた長姫は、容赦なく次の紐を引いた。
「くんくん‥‥この匂いは、油ですねっ!」
 ルンルンご名答。長姫の次なる策は油であった。
だがしかし、それは自分へと向け流れてくる。

 ツルン――ゴチンっ!

「きゅぅぅ‥‥」
 お約束通り滑って転んだルンルンは滑り台の要領で排出されたのだった。

●城内
「終わったみてぇだな」
「あら、ポンジ様」
 静かになった天守を見上げる真由良に、ポンジが声をかけた。
「それに、神座様‥‥と、水月様も」
 その手に惹かれるのはぐしぐしと目元を擦る亜紀の姿。そして、背には幸せそうに寝息を立てる水月の姿も。
「ここにいらっしゃってもよろしいのですか? 姫様はまだ天守では?」
「ああ、そうかもな」
「よろしいので?」
「おう! 前のよりカッコいい奴見つけたからな!」
「前のより‥‥?」
 いつもにも増して何のことを言っているのかわからないポンジの言葉に、さすがの真由良もかくりと首を傾げた。
「あれだあれ!」
「あれ‥‥あれは、ルンルン様の凧?」
「おう! かっけーだろ! あれをもらう!」
「え、えっと‥‥」
「という訳で、この二人やる!」
「は、はい?」
「そんじゃまたな!!」
 そうしてポンジは、真由良に二人の幼子を引き渡すと。
 ルンルンの残した凧を目掛け、空へと跳躍した。



 かくして、どたばたの内にこの籠城戦は幕を下ろす。

「また、挑んでくるがよい」

 古城には長姫は呟きだけが残ったのだった――。