【槍砲】小穴の中の光
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/13 23:00



■オープニング本文

 魔槍砲。

 それは本来アル=カマル製の特殊銃を指す。
 宝珠が組み込まれた長銃身型であり、先端には槍のような刃が装着可能。宝珠近くの火口から火薬や専用の薬品を詰め込む構造を持つ。
 しかし魔槍砲には銃口が存在しない。そして多くの魔槍砲は弾丸を込める手順さえ必要とせず、練力消費によるスキルを代替えとする。
 銃身の先端から時に放たれる火炎、爆炎は一見すれば精霊魔法のようだが物理的な攻撃能力を有す。

 これまで改良が続けられてきた魔槍砲だがここにきて停滞気味。アル=カマルの宝珠加工技術の行き詰まりが原因といわれている。

 このような状況下で朱藩国王『興志宗末』と万屋商店代表『万屋黒藍』は魔槍砲に注目していた。

●神楽郊外
 神楽の街の程近く、一般人でも訪れる事のできる小高い丘は、物々しい雰囲気に包まれていた。
「いっそ入口を崩すってのはどうだ?」
「馬鹿か。そんなことすりゃ、中の遺跡まで崩れる危険があるだろ」
 そこは何の変哲もない斜面。いや、ただ一つだけ違うのは斜面に開いた穴の存在だろう。
「まぁ、そんなに焦るなよ。陰陽師の先生の報告を待つとしようぜ」
 穴を前に手を出しあぐねる男達は、遺跡の調査員。
 朱藩国より派遣された彼等は、最近見つかったこの不思議な穴の調査に出ていた。
「先生さん、どうですかい?」
 穴の前に座り込み、じっと瞳を閉じている陰陽師の男に、調査員の一人が声をかける。
「‥‥」
 しかし、返事はない。
「おいおい、邪魔するなって」
 不躾な調査員を別の調査員が止めに入る。
 陰陽師は、調査の為、穴の中に人魂を放っていたのだ。
「‥‥ふぅ」
 と、じっと瞳を閉じ集中していた陰陽師が大きな溜息をつく。
「ど、どうだった?」
 意識を戻した陰陽師の男に、調査員は恐る恐る問いかけた。
「結構深い穴ですね。残念ながら、私の人魂では入口までが精一杯でした」
 と、答える陰陽師は申し訳なさそうに言葉を続ける。
「ふーむ‥‥」
「ただ、中は鍾乳洞になっていますね。あと、奥に遺跡の様なものも見えました」
『おぉ!』
 陰陽師の報告に調査員達が色めき立った。
「やっぱりここは遺跡だったか! 俺に読みに間違いはなかったぜ!」
「おいおい、ここを発見したのは俺だぞ? 一人の功績みたいに言うなよな」
「なんにせよ、これで面目が立つな。俺達だけ収穫なしじゃ王に合わせる顔が無い」
 見つかった遺跡の存在に、男達は興奮気味に言葉を交わす。
「‥‥お喜びの所申し訳ないのですが」
 そんな男達に、陰陽師はやや申し訳なさそうに言葉をかけた。
「中にアヤカシの存在も確認しました」
『えっ!?』
 その言葉に、興奮気味であった男達の表情が凍りつく。
「虫型のアヤカシですが、結構な数が。調査に入るのは自殺行為でしょう」
 と、陰陽師は調査隊に「命は無駄にするな」と釘をさす様に呟いた。
「くそっ‥‥! 折角遺跡が見つかったってのに!」
 陰陽師の言葉に、調査隊の一人が悔しさに地団駄を踏む。
「アヤカシがいるんなら‥‥やっぱ開拓者か」
「それはいいけどよ、どうやって入るんだよ。こんな所人じゃ入れないぞ」
 と、男は穴を指差す。
「だよなぁ‥‥」
「開拓者に頼むより他に無いでしょう」
 と、悩む調査隊に向け、陰陽師が提案を投げかけた。
「彼等には力強い味方『朋友』達がいます。彼らであれば、もしかして――」
 その提案は調査隊に一縷の希望を与える。
 遺跡発掘の望みは、開拓者の友『朋友』達に託されたのだった。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
水月(ia2566
10歳・女・吟
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰


■リプレイ本文

●深く深く
 真っ暗闇に包まれる細長い横穴には、6つの息遣いだけが聞こえた。
「‥‥ふむ、報告にあった通り、かなり深いな」
 先頭を行く真黒な毛並み。アーニャ・ベルマン(ia5465)の相方『ミハイル』が、吸い込まれそうな闇を見つめ呟く。
「蜘蛛の巣が張ってないだけ、まだましかしらね。べ、別に蜘蛛が怖いとか、そう言う訳じゃないんだからねっ」
 自慢の鈍銀色の毛並みを一舐め、神咲 六花(ia8361)の愛猫『リデル』は、頬を染めきょろきょろと辺りを見渡した。
「蜘蛛の巣をかき分け、蟻の大群を押しのけて進む、大冒険! ‥‥を予想してたんだけどなぁ」
 二匹の猫又の後を、四つん這いの体勢で狭い横穴を進む水月(ia2566)の人妖『コトハ』。
「何らかの人の手が入っておるのじゃろう。蜘蛛避けの方でも施されているのやもしれぬな」
 壁に手をついた竜哉(ia8037)の人妖『鶴祇』が、コトハの言葉に答える様に小さく囁いた。
「くぅぅーん‥‥」
 そして、後ろに続くのは窮屈な穴を必死に這い進む叢雲・暁(ia5363)の愛犬『ハスキー君』。
「ハスキー君どの、大丈夫であろうか?」
 そんなハスキー君を心配してか、最後尾を行く柊沢 霞澄(ia0067)の師匠『ヴァルコイネン』が声をかけた。
「皆、もうすぐこの洞窟も抜ける。出た先にはアヤカシの姿も確認されている。気を引き締めてかかれよ」
 狭い洞窟を何とか前に進む一行に向け、ミハイルが声をかける。
「この横穴で襲えば一網打尽にできようものを。所詮アヤカシの脳みそ、という事か」
 しかし、鶴祇はアヤカシの暗愚な思慮を嘆く様に首を振った。
「物騒なこと言わないでよ。こんな所で襲われたら、面倒臭いったらありゃしないわ」
 そんな鶴祇の考えに、リデルは呆れる様に溜息をつく。
「あ、ミヅキの人魂だっ!」
 と、突然コトハが声を上げた。
 そこには、水月が放った人魂が八の字を描き飛んでいた。
「という事は、もうすぐ出口か。さぁ、ハスキー君どの、もう少しだ。がんばれ」
 ヴァルコイネンは、前方に揺れる尻尾をポンと鼻で突く。
「わうんっ!」
 そんな気使いに、ハスキー君は元気よく吠えたのだった。

●探検探検
 ある者は眼で。また、ある者は耳で。そして、別の者は鼻で。
 黒く霞む未踏の地を五感すべてを使い慎重に進む。
「足元が滑るぞ。気を付――」
「ひあぁっっ!?」
「‥‥遅かったか」
 ふぅと溜息をつくミハイルの視線の先には、腰を強打しのた打ち回るコトハの姿。
「コトハ、大丈夫? よしよし、痛いの飛んでけー」
 腰を摩り涙目なコトハに、リデルが声をかけた。
「うぅ‥‥ありがとう」
「足があるのも、何かと不便なんだな」
 ふわふわと宙を浮くヴァルコイネンには『足』という感覚がどうも理解しがたいらしい。
「足も悪くないぞ? 特にこの肉球など」
 と、そんなヴァルコイネンに向けミハイルがすっと手を上げた。
「若い娘など、この肉球の一撃でイチコロだ」
 そこには見る者を惹きつけてやまない、魅惑のぷにぷにが。
「わうっ!」
 そして、ミハイルと同じように自らの肉球を誇らしげに掲げるハスキー君。
「微妙に話が違う気がするが、そういうものなのか‥‥」
 自慢げに上げられた二本の肉球に誘われる様に、ヴァルコイネンは自らの前足を見つめた。
「人の趣向とは、相変わらず理解不能よの」
 そんな肉球談義に盛り上がる三匹を離れた場所から見下ろしながら、鶴祇が呟いた。

●先へ先へ
 松明に照らし出される鍾乳洞は、静かに一行を迎え入れる。
「結構歩いたけれど、アヤカシの姿がまるで見えないわね」
 こぶ状に盛り上がった鍾乳石をひょいと飛び越え、リデルがぽつりと呟いた。
「わざわざ無駄な戦闘をする必要はあるまい。出ないのであれば重畳」
 気を緩めることなく辺りの警戒を続ける鶴祇が、リデルに振り向く事無く答える。
「うぅぅ‥‥!」
 そんな時、壁に向かうハスキー君が低く唸った。
「じーーー」
 そして、その横では同じようにしゃがみ込んだコトハが。
「どうした。なにかあったのか――って‥‥おいおい」
 と、近寄ったミハイルは二人が凝視する物を見、盛大な溜息をついた。
 それは剥き出しの岩肌に不自然に設置された大きな釦。
「これってさ‥‥あれだよね! お約束の――」
 と、何のお約束と勘違いしたのか、コトハはその釦へとゆっくりと指を進ませる。
「ダ、ダメよ、コトハ! それはあからさまだから‥‥っ!」
 自己主張甚だしい釦を前に、リデルは生唾を飲み込み、何とか自制を保ちつつ二人に注意を促した。
「コトハどの、落ち着かれよ。お約束はお約束通りの結果を招く。ここは冷静に――」
「ダメっ! 我慢できないよっ!」
 しかし、それもコトハの好奇心には勝てない。
「待てコトハっ! 皆を危険にさらすつもりかっ!」
 釦に迫る小さな指。
 ミハイルはコトハの手を止める為、慌てて前へと出た。

 カチリ――。

「‥‥‥‥」
 恐る恐る自分の足元を見下ろすミハイル。
『‥‥‥‥』
 そんなミハイルを恐る恐る見つめる皆。
「ふむ。ダミーか。遺跡の製作者もなかなか味な真似をしてくれるの」
 そんな中、鶴祇だけがこの巧妙な罠に、感心するように頷いた。
 ミハイルの前足の下には巧妙に隠された踏み釦が。
「と、とりあえずゆっくり足を上げるのよ‥‥っ!」
 床の釦を押したまま動けぬミハイルに、リデルが震える声で話しかける。

 ごごご‥‥。

「わんわんわんっ!!」
 と、緊張走る中、ハスキー君が奥の闇に向って大きく吠えた。
「‥‥何か近づいてくるようだな」
 懸命に何かを知らせようと吼えるハスキー君に、ヴァルコイネンが小さく呟く。

 ごごごごご‥‥。

「何の音だろ‥‥石が転がるような音‥‥?」
 先に押された釦を羨ましそうに見つめていたコトハもまた、ハスキー君の吠える闇の先に視線を向ける。
「ような、ではないな。これは明らかに石の転がる音じゃ」
 と、冷静に現状を分析する鶴祇はすでに逃げの体勢。

 ごごごごごごご‥‥。

 次第に大きくなる轟音。
「ににに、逃げろーー!!」
 耳をつんざく程の轟音に膨れ上がった恐怖に、ヴァルコイネンが大声を上げた。

●逃げろ逃げろ
「わうわうっ!! ‥‥きゃうんっ!」
「ハスキー君どの、岩に何を言っても聞いてはくれはせんぞ。はやく逃げろ」
「わぅ‥‥」
「あははっ! やっぱり、冒険はこうじゃなきゃねっ!」
「鶴祇、斬れないの!?」
「無理じゃな。あの様な物を斬れば刃が毀れる」
「そんな事言ってる場合じゃないと思うんだけどっ!?」
「例え斬れた所で、転がる対象が二つに増えるだけじゃ」
「そ、そんなぁ‥‥!!」
「無駄口叩くより、走った方がよいと思うぞ?」
「なんというか、その‥‥すまん」
「いやいや、あの罠は実に巧妙だった。避けれぬのも無理はない」

 一行は全速力で来た道を引き返した。

●一難去って

 ごろごろごろ‥‥‥‥。

「‥‥ふぅ」
 コトハの暗視が見つけた窪みに何とか体を押し込め、大岩の脅威を回避した一行。
「入口が小さい所から言って、普通の遺跡ではないと思ってはいたが‥‥」
 ヴァルコイネンが過ぎ去る大岩を目で追いながら呟いた。
「これはアヤカシ以外にも注意を向けないといけないみたいだねっ!」
「って、あなたが言うセリフじゃないでしょ‥‥」
 グッと拳を握り、更なる冒険に心を燃やすコトハに、リデルが呆れる様に呟く。
「わんわんっ!」
 と、逃げ込んだ窪地の反対側を見つめるハスキー君が吠えた。
「こ、今度はなんだ‥‥?」
 と、ミハイルは恐る恐るハスキー君の吼える方へ体を向ける。
「‥‥紐だな」
「うむ、紐じゃな」
 それは真っ暗な天井から真っ直ぐに垂れ下がった一本の紐。
 ヴァルコイネンと鶴祇は通路に身を躍らせ、慎重に紐へと近づいた。
「おぉっ! 今度は何が起こるのかなっ!」
「だ、だからダメだって言ってるでしょっ!? も、もう、仕方ないわねっ!」
 その後に続く様に、目を輝かせるコトハと、仕方なく付き添う?リデル。
「皆、それは罠だ! 周りにきっと別のトラップが!」
 と、すでに先程の失態がトラウマになっているのか、ミハイルは動揺露わに声を上げた。
「えっ! どこどこ? この辺かな? えいえいっ!」
 先程の手柄?をミハイルにとられたコトハは、その言葉に辺りの床を踏みまくる。
「ま、待てぇっ!?」
「コトハ、そこは岩が通った所だから、あるなら壁かもしれないわよ」
「あ、なるほど!」
「だから待てぇいっ!?」
 紐の周りの壁という壁、床という床を、ぺたぺたと触りまくるコトハとリデル。
 必死で止めに入るミハイルだが、トラウマのせいか紐の近くに近寄ろうともしない。
「わんわんっ!!」
 そんな時、ハスキー君が大岩の転がっていった闇を見つめ、大声で吼え立てた。

 ――ゴロゴロ――ドンっ! カチっ――。

 大岩が何かにぶつかり止まる。そして、それと同時に遠くで何かが入る音がした。

 ごごご――。

 スイッチの音は確かに移行まで届く。
「お、おっ! なになに? 今度は何っ!?」
「くぅぅん‥‥」

 ごごごごごご――。

 轟く地響き。
「だから、言わぬ事じゃない‥‥」
「いやいや、これは不可抗力でしょ‥‥?」

 ごごごごごごごごご――。

 そして、鼻腔をくすぐる水の匂い。
「ふむ、連鎖罠か。実に手が込んでおるの」
「感心している場合かっ! に、逃げろぉぉぉ!!」
 大岩が過ぎ去った坂の下から駆けあがってくる大水に、再び洞窟内にヴァルコイネンの絶好が木霊した。

●戻る戻る
 一行は先程とは逆の道を懸命に駆けあがる。
「岩は避けられても水はそうはいかないぞ!」
「さすがの我でも水は斬れぬな」
「わんっ!」
「やめておけ。犬掻きでどうにかなる勢いではない」
「こんなに飛びまわっては、あやつに負担をかけてしまうな‥‥」
「海水浴には少し早いんだけどなぁ」
「海の水じゃないと思うけどね‥‥?」
「えっ!? 川の水なの!? 川の水ってちょっと臭いから好きじゃないんだけどなぁ‥‥」
「そういう問題なのね、コトハにとっては‥‥」
「うぅ――わんっ!」
「うん? ――出口か! 皆、あそこへ急げっ!」
 何かを見つけ一足先に駆けだしたハスキー君の後を追う様に、一行は疲れた足に鞭を打った。

●二難去って
「うぅぅぅ‥‥」
 ハスキー君の低く唸る声が空洞に木霊した。
「‥‥一難去って、とはまさにこの事か」
「すっかり囲まれたわね」
 ヴァルコイネンとリデルが背を合わせ辺りを伺う。
 水を避け辿り着いた空洞で、一行は一息つく間もなく次なる問題に直面していた。
「出口も水で塞がれた。やるしかないだろうな」
 再び灯された松明の明りが仄かに映し出す洞窟に、ミハイルはごくりと唾を飲む。
「あっ! あれ遺跡だよね! ね!」
「ふむ、確かに古代の建造物の様じゃの」
「やっぱり! やったっ! 遺跡大発見だよっ!!」
「発見しても辿りつけねば意味は無いがの」
 抜き放った刀を目の前にある『敵』へと向けた。
 そこには、狭い空間に無数に飛び交う蛾の大群。
「鶴祇どのの仰る通り。皆、いよいよ本番だ」
 宙を漂うヴァルコイネンが戦況を確認しながら呟く。
「わんっ!!」
 そして、ハスキー君の咆哮がアヤカシとの決戦の幕開けを告げた。

●いざ尋常に
「乱雷!」
 薄暗い洞窟内を照らし出す一瞬の強光。
 ヴァルコイネンの放った雷撃が、蛾の3匹を纏めて焼き落とす。
「わおぉぉぉぉぉぉぉん!!」
 痛烈な咆哮が狭い空間の空気を揺らす。
 ハスキー君の遠吠えは、超高周の波となりふわふわと漂う蛾を襲う。

 しかし、無数に湧く蛾はその数を減らすどころか逆に、松明の火に吸い寄せられるように数を増していた。
「わーー! やだぁーー!! こっち来るなぁーー!!!」
 扇子をバサバサと振りながら、蛾から逃げ回るコトハ。
「コトハ! 下がっていなさいっ!」
 そんなコトハと追う蛾の間に割って入ったリデルは、長い年月誰にも触れられる事の無かった地下の空気を、刃と変える。
「コトハは、壁を背にして!」
 地下の空間は小さき者にとっては十分な広さがあった。
 そんなただ中に立っていては、全方位から攻撃を喰らってしまう。
 リデルは、逃げるコトハを追いながら、襲う蛾を次々と落として行く。
「く、これでは埒が明かぬか‥‥」
 一方、空間の中央で刀を振りまわし次々と蛾を落とす鶴祇。
 
 蛾のアヤカシは、何故か人妖の二人を執拗に追いかけていた。

「ミハイルどの」
「‥‥ああ、どうやら俺の読みは正しい様だ」
 そんな二人を遠巻きに眺め、ミハイルとヴァルコイネンは何かに気付く。
「ならば、アレを使うのだな」
「事前に情報をくれた調査隊に感謝だな」
 そして、脇に積まれた自分達の『道具』を見やった。

「わんわんっ!!」
 ハスキー君の放った苦無が、蛾の一団を斬り落とす。
「コトハと鶴祇にばっかり!」
 リデルのおこす鎌鼬が、蛾の集団を切り刻む。
「うぅ! こっちくるなぁ!!」
「少しは応戦する手段も学べ」
 そして、標的とされる二人。
 松明を手に、一方は扇子で風を送り、一方は刀で蛾を撃ち払う。
「コトハ、鶴祇、松明を消せ!!」
 そんな時、ミハイルの声が空洞に響き渡った。
「え、え、え!? そんなことしたら真っ暗に――」
「いいから言う通りにするんだ! 鱗粉を浴びたいのか!」
「それは御免被りたいな」
「うー! どうなっても知らないからっ!」
 ミハイルの言葉に、コトハと鶴祇は水が満たされた帰り道に松明を投げ入れた。

「ほらっ! 真っ暗くらくらっ!」
「ぐぅぅぅぅ‥‥」
「なんにも見えないわね‥‥本当の闇」
「アヤカシの存在を読む術は心得ておらぬが、何かよい方法でもあるのだろうな」
「心配するな。――ヴァルコイネン、頼む!」
「うむ、承知した! ――閃雷!!」
 真の暗闇が支配する空間に、一条の雷光が奔った――。

 カッ――ボッ!

「あ、明るくなった」
「焚き火、か?」
 突然明るさを取り戻した空間を、一行は再び見渡す。
「わんっ!」
「どうしたの、ハスキー君。――って、蛾が」
 焚き火に向って吠えるハスキー君の視線を追ってリデルが顔を向ける。
 その先には、先程まで執拗に人妖の二人に迫っていた蛾が全て、焚き火へと群がっていた。
「お、本当だ。蛾が集まってゆくな」
「読み通り、奴等は熱に反応する。虫としての特性まで受け継いだみたいだな」
「でも、焚き火なんていつの間に用意したの?」
 見事にはまった策に、満足気な表情を浮かべるミハイルに、リデルが問いかける。
「松明だ。予備のな。まぁ、帰りの松明は無くなったがね」
 と、答えたのはヴァルコイネン。
「えっ!? それじゃ、帰れないのっ!?」
「ここで朽ちれば、帰る手段を探す必要は無くなるけどな?」
「えぇっ!?」
「とにかく、目の前の敵を倒すことが先だ。行くぞ!」
 焚き火の炎に群がるアヤカシを見つめ、ミハイルが叫んだ。

●静寂の時
「‥‥終わったか」
 低くしていた姿勢を起こし、ミハイルが辺りを見渡す。
「いえ、まだのようよ‥‥」
 しかし、隣に控えるリデルはじっと闇を見据え、戦闘態勢を解いていなかった。
「うぅぅ‥‥!」
 ハスキー君が低く唸る。それは、一行への警告。
「さて、もう一つの敵がお出ましだ」
 と、鞘に戻すことなく抜き放ったままの刀を掲げ、鶴祇が闇へとその切っ先を向けた。
 焚き火が揺らす空間に大きいな影が伸びる。
 暗い闇を割り、巨大な四本の鎌がぬらりと、光の元へと現れた。
「先手必勝。行くぞ!」
 ヴァルコイネンの雷光が暗闇を奔り、蟷螂の足を焼く。
「ミハイル。合わて!」
「ふむ。戦に向う女も悪くない」
「なっ!? ば、馬鹿なこと言ってないで真面目にやりなさいっ!」
 ミハイルとリデルの繰り出す、鎌鼬が真空の刃となりアヤカシの腹に裂傷を刻む。
「効いて無いの‥‥?」
 しかし、その攻撃は巨体を誇る蟷螂から見ればかすり傷も同然。
 その身体機能を全く衰えさせること無く、じわりじわりと一行へと距離を詰める。
「く、意外と素早い‥‥!」
 巨体から繰り出される鎌の一振りは、重く鋭い。直撃を受ければ即致命傷となるだろう。
 一行は、遠距離攻撃を主体に一進一退の攻防を演じる。
「うぅ‥‥わんっ!」
 そんな硬直する戦いに変化をもたらすハスキー君の声。
 厳しい訓練により身につけた技を駆使し、壁という壁、天上という天井を全て足場とする。
 前方からの攻撃には、鉄壁の迎撃を見せる蟷螂であるが、上空からの攻撃には対抗する術を持っていない。
「足元がお留守じゃ」
 ハスキー君の撹乱に無闇矢鱈と鎌を振るう蟷螂の隙を鶴祇は逃さない。
 低い姿勢で蟷螂に詰め寄ると、一瞬の抜刀を持って、その足関節を立ち斬った。
「お、み、ご、と!」
 初対面とは思えぬハスキー君と鶴祇の連携に、コトハは扇子を掲げ踊る様にショウさんの声を上げた。
「所詮は虫。他愛もない。次じゃ」
「わうっ!」
 そして、皆の刃の切っ先は残る一体へと向けられた。

●遺跡
「遺跡というか祠か?」
「ああ、何かを祭っていた祭壇の様だな」
 アヤカシ達を打ち滅ぼし、ようやく目的の遺跡へとたどり着いた一行。
 しかし、それは遺跡と呼ぶにはあまりに小さく、質素なものであった。
「しかも、宝珠は持ち去られた後の様じゃの」
 と、祭壇を覗き込む鶴祇。
 祭壇には確かに小さな二つの窪みがある。しかし、そこに納められていたであろう宝珠の姿は何処にもなかった。
「ここまで来て収穫なしとか、勘弁してほしいわ‥‥」
 長い道のりを経て辿り着いたにもかかわらず、収穫なし。
 そんな結果にリデルは大きくうなだれた。
「うぅ‥‥わんわんっ!!」
 そんな時、ハスキー君が闇に向って吠えた。
「あ‥‥! みんな来て! これって‥‥!」
 と、コトハが指差したのは瘴気の霧へと還る蟷螂。
 そして、そこからはぽぅっと仄かな明りが洩れていた。
「宝珠‥‥宝珠だよ、これ!」
 それは確かに探し求めていた宝珠。
「やった‥‥! 皆、やったよっ!!」
 コトハは慎重に宝珠を拾い上げると、高々と掲げた。


「さて、問題はどうやってここから出るかだが‥‥」
 宝珠は手に入れた。アヤカシも撃ち滅ぼした。依頼は完遂、言う事無し。
 しかし、それを報告する手段が無い。持ち帰る手段が無いのだ。
 ヴァルコイネンの言葉に、一行はずんとしずみ込んだ。
「ボクまだ死にたくないよ!?」
 手に入れた宝珠を大事そうに抱きしめながら、コトハが叫ぶ。
「まだ死ぬと決まったわけではないだろう」
「だけどなぁ、帰り道は塞がれた。別の道は無さそうだ。松明ももうすぐ燃え尽きる。さて、どうしたのかな」
 ヴァルコイネンの励ましに、ミハイルは冷静に現状を語る。
「うぅ‥‥! ミヅキぃ! 助けてぇぇ!!」
 いたたまれなくなったのか。コトハは目に涙を溜め、天に向かって大きく叫んだ。

 ガラ――ガラガラガラっ!!

 そんな絶叫に反応したかのように、突如空洞の天井が崩れ、強烈な陽の光が闇を照らし出す。
『――!』
 そして、聞こえる懐かしい声。
「わんわんっ!」
 聞こえた声に、ハスキー君は尻尾を大きく揺らし、嬉しそうに吠えた。
「え‥‥? あれって‥‥助かった‥‥の?」
 暗闇に慣れた目には強烈すぎる光に眼を瞬かせ、コトハはぽつりと呟く。
「どうやら、そうみたいだ」
 そして、ミハイルが何処から取り出したのか、自慢のサングラスを定位置へとかけ直した。
「まったく、来るのが遅いわよ! 後でお仕置きね!」
 温かな陽の光を翳らす影を見上げ、リデルがぷぅっと頬を膨らす。
「‥‥余計な世話を。――だが、よくやったと褒めてやらねばの」
 鶴祇は一人呟くと、瞳を閉じ小さく微笑んだのだった。

 焚き火の煙が小さな亀裂を伝い外へと抜けた。それに気付いた開拓者達が、穴を掘り進んだのだという。
 友が拓いた道から、一行は無事に元の世界へと還る。手に入れた宝珠と、心躍る冒険譚をその胸に抱いて――。