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■オープニング本文 ●安州 天儀本土の南方に位置するこの国は、かつて閉鎖された国家であった。 しかし、現国王輿志王の元、 「ふぁぁぁぁ‥‥」 「また随分な大口ですな‥‥」 城の天守より城下を見下ろす輿志王の緩みきった表情に、脇に控える側近が頬をひくつかせながら呟いた。 「アル=カマルから帰ってきてそうそうこれだぜ?」 そんな側近に輿志王は大きな溜息と共にそう告げる。 つい先日の事、幾多の苦難を乗り越え新大陸アル=カマルの調査を行ったのだ。 終わりなどあるのかと疑う様な広大な砂の海。そして、南国朱藩ですら足元にも及ばないであろう強烈な陽の光。 何もが今まで経験した事の無い様な、新鮮な旅であった。 それが今はどうだろう。 まるで楽しかった夢が醒めた様に現実に引き戻されたのだ。 「な? 退屈にもならぁな」 と、輿志王が視線だけ向けた先には、今にも崩れそうなほどに積まれた承認待ちの書類の山。 「な? ではありませぬ! 王の身でありながら、自らの責務を放棄し、新大陸見たさに脱走とは‥‥それでも一国の主かっ!」 「脱走じゃねぇって、調査だ調査」 いつもの小言にやる気なさげに答える輿志王。 「調査であれば、王自ら出向く必要などないでしょうっ! 第一――」 しかし、その言葉は火に油であった。 さらに激昂する側近は、身を乗り出し輿志王へと詰め寄る。 と、その時――。 『御料馬が脱走されたぞっ!!』 「おっ?」 突然場内から上がった悲鳴にも似た緊迫した声に、輿志王は思わず窓の外へ再び視線を向けた。 「王! 聞いておられるのかっ! 大体貴方は――」 「はいはい、わかったからよ。ちょいと休憩休憩」 ふつふつと湧き上がる怒りをグッと噛み殺し進言する側近に、輿志王はひらひらと手を振り答えた。 「ははっ! また『硯目』の奴か!」 突き刺さる様な側近の視線も今の輿志王には蚊に刺される程度。 入り組んだ城内の角を曲がる漆黒の尾毛を見つけた輿志王は、楽しそうに立ち上がり天守の欄干から身を乗り出す。 「なっ! あれほど囲いを強固にしろと‥‥っ!」 さっきまでの怒りは何処へ行ったのか。側近は輿志王の言葉に突然立ち上がると、輿志王の脇から天守下を見下ろした。 「お前達、何をやっておるっ!! 早々に捕まえんかっ!!」 そして、眼下に見える衛兵達に向け、腹の底からの怒りをぶちまけた。 「まぁまぁ、そんなに怒ると血管ブチ切れるぜ?」 「王は黙っていてくださいっ! そもそも貴方があの様なじゃじゃ――霊騎を連れてくるからこのような事に‥‥っ!」 「いいじゃねぇか、気に入ったんだからよ」 ころころと変わる矛先にも、輿志王は慣れたもの。 巧みに往なし、話題を変える。 「それよりも、いい事考えたぜ」 「‥‥貴方の『いい事』で得をした例が無いのはなぜでしょうね?」 「ギルドへ御触れを出せ! 御料馬『硯目』を捕まえた者には、王自ら報奨を取らせる。とな!」 頭痛に眉間を抑える側近を無視し、輿志王は眼下の衛兵に向け命を下したのだった。 |
■参加者一覧
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
猪 雷梅(ib5411)
25歳・女・砲
ショウ・クルーガー(ib5960)
29歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●城 空と海と陸、3つの玄関口を持つ朱藩の首都『安州』。 開かれた玄関口からは、昼夜問わず人の行き来が絶えない。 「おぅおぅ、まるで王様きどりってか?」 そんな城下を見下ろし、猪 雷梅(ib5411)が楽しそうにニヤリと口元を吊り上げた。 ここは輿志王が座する城の二の丸。 輿志王の出した依頼に集まった開拓者達は、ここに集合していた。 「よっぽど自由になったのが嬉しーんだろうな! なんかすげー楽しそうだっ!」 小さな窓から身を乗り出す羽喰 琥珀(ib3263)。 その視線の先には、広い城下を我が物顔で駆け抜ける一頭の黒い馬があった。 「その割には被害出てへん。さすが霊騎、ゆぅとこやな」 城下を我が物顔で駆ける黒馬は、決して暴走しているわけではない。 ジルベール(ia9952)は感心する様に城下を見下ろした。 「それにしても、輿志王様にも困ったものであるな。醜聞にもなりかねぬ事態を、わざわざギルドにお持ちになるとは」 と、部屋の中では皇 りょう(ia1673)は手に持つ依頼書を改めて見やる。 「なかなか言う事を聞かない所も含めて、お気に召されたのでしょう‥‥。ご自分に似て――いえ、何でもありません‥‥」 呟いたシャンテ・ラインハルト(ib0069)は、突き刺さる様な視線を感じ続く言葉を飲みこんだ。 「くれぐれも傷付ける事の無いように。アレでも一応、王の愛馬であるからな」 そんな様子を頬をひくつかせ見つめる側近は、何とも緊張感の無い一行に釘を刺す。 「ふっ、俺に任せておけば何も心配はないさ。何せ俺だからな!」 答えたのは、何故か凄い自信を見せる、ショウ・クルーガー(ib5960)。 「側近殿、我々も最善を尽くす故、どうか心配召されるな。安州の民の生活が脅かされぬよう、速やかに収拾すると約束しよう」 突飛なショウの言動に呆気にとられる側近に、りょうは真剣な眼差しを向ける。 「‥‥と、とにかく任せる。早々に決着を付けろ」 不安げな表情を全面に押し出す側近の言葉に、一行は力強く頷いた。 ●安州 安州の街は、数年前まで鎖国で閉鎖された国とは思えぬ賑わいを見せる。 「蹄の跡は西へ‥‥ふーむ」 一行に先行し、ショウは城下に降り情報収集に当たる。 「さっきの娘さんの話だと、この辺りをくるくる回ってる‥‥か」 見渡すのは安州の大通り。多数の町人で賑わう安州一の繁華街だ。 「まるで自分の姿を見せつけるみたいだな」 わざわざ人目の多い大通りを闊歩する硯目。 その行動は自分の威容を見せつけているかのようにも思えた。 「と言う事は、目的は脱走じゃない」 ショウは立ち止り、頭のいいと噂される硯目の行動を分析する。 「おちょくって遊んでるだけ、か」 ショウの導き出した答えは、愉快犯。 硯目はこの脱走劇を暇つぶしとでも思っているのだろう。 「‥‥俺の闘志に火をつける気か。ふんっ、いいだろう」 そして、その硯目の行動が何故かショウの心に火をつける。 「おい、親父。それを一つもらおうか」 そして、ショウは徐に、土産屋の軒先に吊るされていた『ある物』を指差した。 ●上空 安州の上空に一匹の飛龍が舞う。 「いいか、よーく目を凝らすんだぞ?」 蒼天よりも青い飛龍『菫青』に跨る琥珀は、その背をポンポンと二回叩いた。 「と、おわっ!」 と、その瞬間、菫青は突如頭を地面に向け、急降下を始める。 「見つけたのか!」 相棒の示した答えに、琥珀は嬉しそうに答える。それは胸高鳴る冒険の幕開けを告げるものだから。 ●安州 「大通りを闊歩なぁ‥‥ほんま大胆なお馬や」 大通りから少し入った人通りの少ない生活道。ジルベールは手元に持つショウから手渡された地図に目を落とす。そこには、硯目が辿ったであろう軌跡が線として書き記されていた。 「その豪胆さは、飼い主譲りというところであろうか」 隣では同じ地図を眺めるりょうが苦笑い。 「飼い主も飼い主なら、馬も馬ってか? どっちにしたって、迷惑な話だなぁ」 「同感ですね‥‥」 へらへらと小馬鹿にしたように笑う雷梅に、シャンテは静に頷いた。 「ほんで、皆はどないするつもりや?」 と、集った四人、そしてその愛馬達を見渡しながらジルベールが問いかける。 「どうするって、港に追い込むんじゃなかったっけ?」 「そやけど、追い込むにしても誰が追いたてて、とか色々役割も必要やろ?」 「えー、めんどくせぇ‥‥足でも撃ち抜いて、止めちまえば――って、ダメ?」 冗談なのか本気なのか、雷梅は愛銃の銃口を天へと向け撃つ真似ごと。 「傷付けぬようにと、散々念を押されたではないか。そんな事をすれば、逆に輿志王様から鉛玉を頂く事になるやもしれぬぞ?」 「うわ‥‥それは勘弁」 りょうの言葉に大袈裟に驚いたのも束の間、雷梅はすぐに表情を変えけらけらといつもの笑みを浮かべる。 「私はカプリスと共に、進路の妨害を‥‥」 と、シャンテはキメの細かな栃栗毛を湛える『カプリス』の背をそっと撫でた。 「うん? シャンテさんは追いかけへんの?」 「はい‥‥生憎、私もカプリスも王の駿馬を追う程の技量は持ち合わせていませんから‥‥皆さんのサポートをさせていただきます‥‥」 首を絡めてくるカプリスに微笑むシャンテ。 「私はもちろん追っかけ役な!」 と、雷梅は愛馬『春雷』の背をばしばしと豪快に叩きながら宣言した。 「私も追い役に回ろうかと思う。追いたて役は多いほどよいであろうしな」 そんな雷梅に続き、りょうも追い手を申し出る。 「ふーむ。ほんなら俺は罠とか搦め手で攻めてみるか。で、ええか? ヘリオス」 三人の意見に、ジルベールはしばし考え込むと、愛馬『ヘリオス』に問いかけた。 「ヘリオスも了解みたいや。ほな――」 「っと、旗来たぁぁぁ!!」 ふと見上げた上空には菫青の背で懸命に色旗を振る琥珀の姿。 雷梅は、その合図に春雷の背へと飛び乗ると、 「一番槍は私のもんだっ! 行け、春雷! 久々の仕事だからって、足縺れさせんじゃねぇぞ!」 踵で春雷の腹を蹴った。 ●大通り 「うわぁっ!!」 「きゃぁっ!?」 人がごった返す大通りの一角から、悲鳴が上がった。 そんな悲鳴は人々の興味をそそり、人だかりができる。 悲鳴と野次馬の連鎖により、その一角はこの一時、朱藩で最も賑わう場所と化していた。 「おらぁ! 待ちやがれ!!」 大通りを我が物顔に駆け抜ける硯目を追う雷梅は、大網をぶんぶんと振りまわす。 「雷梅! そっちそっち! 右曲がったとこ!!」 そんな雷梅の上空では、低空飛行で並走する琥珀の姿があった。 「んなろ、こっちか!!」 琥珀の指し示す路地への曲がり角を、雷梅は強引に春雷の手綱を引き曲がらせる。 「うわっ! また曲がった! 雷梅、左左!」 「ったくちょこまかとっ!!」 上空から見える硯目の真黒な背中を見失わない様に追う琥珀。 そして、空からの合図に素早く反応する雷梅。 「雷梅、離されてるっ! もっと速くっ!!」 上空から注がれる琥珀の言葉には若干の焦りが見えた。 硯目は街の路地という路地を知り尽くしているかのように、迷いなく角を曲がり駆け抜ける。 追う春雷を嘲笑う様に――。 「春雷、気合見せやがれっ! のうのうと緑の草食ってるような奴に負けていいのかっ!」 景色が流れる程の速度を出してさえ、硯目の尻尾すらつかめない。 雷梅はギリッと唇を噛み、春雷の尻に平手打ちを入れた――。 ●路地 「ヘリオス、ここや、ここ」 ちょいちょいと手招きするジルベール。 その先には背に幾つもの木箱を積まれたヘリオスの姿が。 「ほい、御苦労さん。あとはこれを積んでっと‥‥さぁて、引っかかってくれるかな?」 ヘリオスの背から木箱を下ろしたジルベールはそのまま路地へと積み上げる。 それは少しの衝撃ででも崩れてしまいそうなほど絶妙なバランスで積み上げられていった。 「聞けば随分と賢いらしいし」 と、呟きながらふと顔を上げると、 「ヘリオスも見習わなあかんで?」 愛馬の大きな瞳と眼があった。 「ん、素直な子やな」 相変わらず表情の機微がわからぬヘリオス。 しかし、ジルベールにはその些細な変化で十分に意思が通じる。 「もう一息、さっさと準備しよか」 そんなヘリオスの返事に満足気に頷いたジルベールは、再び木箱を積み上げる作業へと戻った。 ●屋根 地上では祭りの如き喧騒が繰り広げられる。 「‥‥昼酒は屋根に限る」 瓦屋根の腰かけ、杯片手に祭りを楽しむ男、ショウ。 「んにゃろ! ちぇ、また外れた!」 「うげっ! ちょ、琥珀、てめぇ! 米ぬか、私にかかってんだよっ!!」 「あちゃ、ごめんごめん! あいつ速くてなかなか当てらんねーんだよな」 「当てらんねーんだよな。で済むか! 後で覚えとけよっ!!」 「うわ、こわっ! そんなに怒ると皺が増え――って、いってぇぇ!!」 「なんかいったか? あん?」 「ひでぇ! 石投げるとかひでぇ!」 「けらけら、鉛玉の方がよかったか?」 「はぁ‥‥そんな凶暴だと嫁の貰い――え‥‥?」 「ち、外したか」 「舌打っ!? ってか、今撃ったよな!? ほっぺから血とか出てるんだけど!?」 「いやー、最近の燕は凶暴になったもんだなぁ?」 「燕ってそんな危険な鳥じゃねーよ!?」 どたばたとかけ合いながらも、徐々に硯目を目的地に追いたてる二人。 「ふ、このまま高みの見物と行きたかったが‥‥やはり俺の力が必要なようだな」 しかし、繰り広げられる追走劇を遠巻きに見つめていたショウは、徐に立ち上がり小さくほくそ笑んだ。 ●路地 一歩大通りから道を入れば、毛細血管の様に広がる安州の路地。 いつもは目を瞑っていてさえも駆け抜ける事が出来る程馴染みの道だが、今日は何故か木箱や土嚢であちこち通行止めになっていた。 「観念するんやな」 琥珀と雷梅に追いたてられ、袋小路へと逃げ込んだ硯目の前に立ち塞がるのはヘリオス。 消耗した体力を回復する為、息を整える硯目に向け、ヘリオスの影から現れたジルベールは不敵な笑みを浮かべ、 「さぁ、ヘリオス、あの別嬪さんをナンパしてこい! ほんで、港まで連れ出すんや。ええな?」 陽光を受け金に輝く馬毛をとんと叩いた。 「そうや、その調子や‥‥!」 警戒心を抱かせない様、ゆっくりと硯目に近づくヘリオス。 「そこで、頭を下げてすり寄るんや‥‥!」 積まれた木箱の影に隠れ、じっと二匹の恋の行方?を見つめる舅ジルベール。 「ええでええで‥‥! そのまま一気に――」 ヘリオスが硯目に急接近した――その時。 『ひひぃぃぃん!!』 突如、嘶きを上げ硯目が暴れ出した。 「ヘリオス!!」 事態の急変に、ジルベールは木箱から飛び出し、ヘリオスを呼び戻す。 「話も聞かへんとか、どんだけじゃじゃ馬やねん‥‥!」 ガンガンと地面を四肢で踏みつけ暴れる硯目に、ジルベールは苦々しく呟いた。 「ふっ、俺の出番の様だな」 その時、突如上空から声が響く。 「とぉぅ!」 大袈裟な叫び声と共に、ジルベール達と硯目の間に、漆黒の衣装が舞い降りる。 プルプルと生れたばかりの子山羊の如く、四肢を大地につき。 頭部には、量産品臭漂う馬面の被り物。 「俺に任せておけ」 馬面に無理やり咥えた一輪の薔薇が怪しさを増長させた、実に見ている方が痛々しいショウの登場である。 「ショウさん‥‥?」 突然現れた正体不明の怪人に、ジルベールは恐る恐る問いかけた。 「ショウ? 誰だそのタフガイ? そんなイケメンは知らんな」 答える怪人は、何故かショウを褒め称える。 「い、いや‥‥誰がどう見ても――」 「よし、スーパーショウ! 俺の言葉を通訳しろ!」 ツッコミすら戸惑わせる怪人の自信に戸惑うジルベールを他所に、ショウ?は愛馬『スーパーショウ』に声をかけた。 『やぁ。俺はショウ。通りすがりのナイスガイさ。俺とお茶でもどう?』 馬面が怪しく揺らめき、咥えた薔薇を差し出しながら、硯目に近づいて行く。 台詞はどうやら、スーパーショウに喋らせているつもりらしい。 もっとも、硯目に伝わってるかは甚だ謎であるが。 「ヘリオス! あんな馬面に負けたらあかんで! もう一回勝負や!」 と、「イケメン」の言葉に火でもついたのだろうか、ライバル?の登場にジルベールは闘志を燃やす。 追い詰めた硯目を前に繰り広げられる、ナンパ合戦。 しかし、当の硯目は二匹?の猛アタックにもまるで関心を示さない。 硯目は後ろ脚を高々と上げると――背後に積まれた木箱を思いっきり蹴り飛ばした。 「む! 俺のアタックから逃げるとは!?」 「はっ!? しもた!」 崩れた木箱の隙間を縫って路地を飛びだす硯目に二人は正気を取り戻す? 「皆、ごめん!」 と、ジルベールは矢を番え空に向け放つ。 矢は仲間達へ向け甲高い音を街中に響かせた。 ●市場 「では、よろしくお願いします‥‥」 漁師と思しき男にぺこりと首を垂れるシャンテ。 「ああ、こっちも被害でちゃかなわんからな!」 そんなシャンテの肩をポンと叩き、漁師風の男が豪快に笑った。 「上手く行ったようであるな、シャンテ殿」 そんなシャンテの元に、愛馬『白蘭』の手綱を引きりょうが戻ってきた。 「はい、何とか‥‥。そちらはどうでしたか‥‥?」 「うむ、桟橋の一本を無人にしていただく了承を得た」 「一本だけですか‥‥」 「うむ‥‥輿志王様の名も出したのだが」 「呆れられた‥‥と?」 「ご明察だ。『またなんか変な事やってんのか? まぁ、一本だけならいいぜ』――という具合でな」 りょうは身振り手振りで先程の出来事を簡潔に説明し始める。 「困ったものですね‥‥」 そんなりょうの仕草に、シャンテは苦笑交じりに呟いた。 と、その時。 「この野郎ぉ! いい加減大人しくお縄につきやがれっ!!」 「俺達、岡っ引きじゃないんだからさぁ。その台詞ってどうなの‥‥?」 「ヘリオス、まだや。まだチャンスはある! あんな奴に負けたらあかんで!!」 港へと向かう道に仲間達の声が木霊した。 「来た様であるな‥‥!」 「予定よりも早いですけど‥‥」 その声に振り向いた二人の目に飛び込んでくる――。 「はっはっはっ! 人類の端くれとしてお前達に負けるわけにはいかないぜ!」 乗ればいいのに何故かスーパーショウの手綱を引き、二足歩行で駆け抜ける馬面の威容。 「な‥‥なんでしょうか、アレは‥‥」 そのあまりの異様に、シャンテは釘付けとなる。 「な、なんと可愛らし――い、いや、面妖な‥‥!」 シャンテの突き刺さる様な視線を感じ、思わず言い直すりょう。 「と、とにかく、シャンテ殿は進路の誘導を。退路の限定をお願いいたす!」 「はい‥‥」 りょうの言葉を受け、シャンテは膝を折ったカプリスに腰掛ける。 「白蘭、我々は後を追うぞ!」 そして、白蘭に飛び乗ったりょうは駆け抜けていった仲間達の後を追い、白蘭の手綱を引いた。 ●港 「うりゃぁ!!」 雷梅の投げ放つ網は虚しく空を切る。 『お譲さん、茶屋はそっちじゃない。さぁ、こっちに来るんだ』 スーパーショウの通訳はあっさり無視された。 「これでどないや!」 ジルベールの放つ威嚇の矢にも、興味を示さない。 硯目は、一行の計画通り、港へと足を踏み入れていた。 「まずい!」 と、突然声を荒げるりょう。 「この速度では止まれぬ! 海に落ちるぞ!」 全速力で桟橋へ目掛け駆ける霊騎達。いつもは冷静な硯目も、数多の追手達に動揺しているのだろう。 このままでは桟橋を越え、海へと身を投げる事になる。 「ちぃ! この速度じゃ網もとどかねぇぞ! 琥珀、何とかしやがれ!!」 全速で駆ける霊騎の速度は相当なもの。全力で網を放っても風で押し戻される。 網をぎゅっと握りしめた雷梅は、空を見上げ叫んだ。 「お、俺!? ったく!」 突然の無茶ぶりにも、琥珀は米ぬか袋を握り菫青の背を叩く。 「菫青! 前に回り込め!!」 そして、速度を増した菫青は一気に硯目の前へと回り込む。 「これでどうだ!」 琥珀が上空から投げ放った米ぬかは硯目に見事に直撃した。 「はっはー! 少しは明るくなったんじゃねーの? まっくろって地味だしさ」 米ぬかで白く染められた硯目を小馬鹿にした様に笑う琥珀は、菫青の手綱を引き自らを追わせようと陸へと誘導にかかる。 「‥‥だぁ! やっぱだめじゃんか!」 しかし、米ぬかで真っ白になりながらも、まるで気に止めぬ硯目は速度をそのままに桟橋へと突き進む。 「俺に任せて‥‥お‥‥け」 そこへ響く、息も絶え絶えなショウの声。 それもそのはず、硯目を追う為、ずっと全速疾走をかましていたのだから。 「震えるぞ、ハート‥‥」 流してはいけない汗を垂れ流しながらも、いつものクールな笑みを浮かべるショウは、 「‥‥燃え尽きるほど、ヒート‥‥!」 疲れた足に鞭打ち、渾身の早駆を繰り出した。 「こいつ‥‥動くぞ‥‥!」 「奴ぁ、化け物か‥‥!?」 「見せてもらうで、その馬面の性能ゆぅ奴を‥‥!」 仲間が固唾を飲んで見守る中、人とは思えぬその速度でショウは硯目を追いぬき、その前に立ち塞がる。 『はぁはぁ‥‥お譲さ――』 そして、息を整えようと深呼吸をした瞬間、硯目の鼻先アタックがショウの横隔膜を直撃した。 「ショウさん! くっ‥‥競い合った日々は忘れへんからな‥‥」 硯目に弾き飛ばされ、お星様へと昇華したショウをジルベールは涙を飲んで見つめる。 「くっ‥‥かくなる上は!」 硯目の前に次々と倒される?仲間達を前に、りょうが白蘭の手綱をグッと引いた。 「白蘭! 硯目に並べ!」 そして、白蘭が速度を上げる中、何を思ったのか鞍の上に立ち上がったりょうは、 「南無三!」 二頭の馬が並んだ瞬間、硯目へ向け飛び移った。 ● 「くっ! なんたるじゃじゃ馬‥‥っ!」 手綱も鐙も無い馬へ跨るのは、通常の乗馬の数倍は技量がいる。 ただでさえ不利な条件であるのに、相手は王の御料馬。 りょうは暴れる硯目の背で、振り落とされない様にしがみ付くのがやっとであった。 「やべぇよ! あのままじゃりょうが振り落とされる!」 「ちっ! こうなりゃ足撃ち抜いて――」 「そないなことしたら、りょうさんに当たるで!」 銃を構える雷梅を何とか制止するジルベール。 「‥‥ふっ、再びこいつの出番が訪れる事になるとはな――」 この八方塞の状況にいつの間にか復活したショウは、血と汗と涙でぼろぼろになった馬面を愛おしそうに見つめた。 「荒ぶる心に、森の真静を――」 と、焦る一行にあって一人冷静に事態を見ていたシャンテが、徐にフルートに口をつける。 ――――。 馬の嘶き。蹄の踏み込み。野次馬達の歓声――。 地を這う数多入り混じる音とは、別次元の音。 それはまるで天から降り注ぐ雪の様に、此処にいる者達の耳朶を打つ。 「――よぉ、どうどう」 シャンテの奏でる笛の音は、硯目の心にも響いたのだろう次第に落ち着きを取り戻して行った。 「シャンテ殿、感謝いたす」 海まで数mという場所で、何とか落ち着きを取り戻し停止した硯目の首筋を優しく撫でながら、りょうは笛を下ろしたシャンテに声をかける。 「さっきは嘘言ってごめんな」 りょうを背に息を整える硯目に駆け寄った琥珀は、先程の無礼を詫び体についた米ぬかを拭った。 「それにしても、傍で見るとおめぇすっげーきれーだな!」 米ぬかを拭き取った硯目の身体は、汗に濡れ漆黒の輝きを放つ。 「さっきのじゃじゃ馬っぷりが無かったら、ほんまええ馬なんやけどな」 そして、ジルベールは苦笑交じりに湿った黒毛を静かに撫でつけた。 「おらおら、注文通り無傷で捕まえたんだぁ、さっさと連れて帰って、報酬もらおぉぜ!!」 けらけらと卑しく笑う雷梅の言葉に、皆は笑顔で頷き、一路輿志王の座す城へと向かった。 こうして、安州の街を巻き込んだ大捕物は幕を下ろす。 見事この混乱を治めた6人には、輿志王から心ばかりの報酬が送られたのだった。 |