恋愛模様は唐突に
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/14 19:24



■オープニング本文

「だめよ、五平さん! あなたにそんな事はさせられない!」
「‥‥弥生、お前にこれ以上苦労はかけられねぇ‥‥」
 すがりつく弥生に視線を向けることなく、五平は呟く。
「そんな‥‥だからって、大親分に逆らうなんて‥‥あなた、死んでしまうわ!」
 涙声に弥生は、五平に嘆願する。
「止めてくれるな。男ならやらなきゃならねぇ時があるんだ!」
 ついには、すがりつく弥生を振り払う五平。
「あっ‥‥!」
「‥‥」
 五平は地に伏し土にまみれる弥生と一度も目を合わせようとしない。そして、歩み去ろうとしたその時――
「‥‥お腹に子供がいるの」
 地に伏したまま、片手で自分の腹部をいたわるように撫でる弥生が、そう呟いた。
「なっ!?」
 いきなりの弥生の告白に五平も歩みを止め、はじめて弥生の目を驚愕の眼差しで見つめる。
「こ、子供って‥‥俺のか‥‥?」
「あなた以外誰がいるっていうの‥‥?」
 五平を見つめる弥生の目はひたすらに慈愛に満ちている。
「は、はは‥‥子供、俺の子供か‥‥」
「そうよ、あなたの子よ。だから、ね? この子の為にも無茶はやめて」
 五平の揺らいだ決意を刺激し内容に、優しく語りかける弥生。
「‥‥そうだな、それならなおさら行かねぇわけにはいかないな! 心配するな! 俺は必ず帰って来る! そうして、このケリがついたその時には‥‥三人で幸せに暮らそう!」
 護る者が増えた。五平の目には新たな決意が宿っていた。そして、それだけを言い残し、弥生に背を向けた。
「五平さぁぁぁぁんーー!!」
 去り行く背中を見つめる弥生の叫び声だけが、空しく響き渡った。

 

「‥‥‥‥‥‥ちがぁぁーーーうぅぅ!!!」
 絶叫が部屋に響いた。
「こんなもの、こんなものぉ!! ‥‥はぁ、はぁ、はぁ‥‥」
 つい今しがた書き上げたばかりの原稿をぐしゃりと握りつぶし、所かまわず投げ捨てる。
「薄い、薄っぺら過ぎるわ!! こんな偽者の恋愛話じゃ、人の心は捕らえられない!」 
 舞散る原稿吹雪の中、拳を握り締め、バンっと両手で机を打つ。彼女の名は『吉野』。
「‥‥あ」
 ふと我に返る吉野の眼前には、見るも無残に荒らされた部屋。
「あ、じゃないわよ、まったく。またこんなに散らかして、紙だって安くないんだからね」
「うぅ〜 霧子〜〜〜」
「あー、はいはい。泣かないの」
「う、うえぇぇぇーーーん」
「もぉ、世話が焼けるんだから‥‥」
 よしよしと泣きじゃくる吉野を胸に抱き慰める小さな身体。名を霧子。
「えぐえぐ‥‥だめなの、だめなのー!」
「よしよし‥‥何がだめなの?」
「こんなんじゃだめなのーー!!」
 再び胸に顔を埋め泣きじゃくる吉野に、やれやれといった感じで霧子はくしゃくしゃに丸められた原稿の一枚を手に取る。
「‥‥恋愛物語? 別に悪くないんじゃないの?」
 皺がより墨汁が滲む原稿に目を通し、霧子が呟くと。
「ちがうの! こんなんじゃだめなの!! ジルべりア風に言うと『りありてい』がないの!!」
「‥‥『りありてい』は分からないけど、要するに現実味がないの?」
「そう! そうとも言うわ! 現実味がないのよ!!」
 いつの間にか泣きやんだ吉野は、拳を握り締め呆れる霧子に向かって熱く語る。
「まぁ、あなた彼氏いない歴32年だしね」
「ぐさっっ!! 霧子ちゃん、吉野は今すごく傷ついたよ‥‥」
 さらりと情け容赦のない一言を漏らす霧子に、糸が切れた人形のように床に突っ伏す吉野。
「やれやれ‥‥ で、どうしたいの? いきなり彼氏でも作るの?」
 床で泣き咽ぶ吉野を見下ろし、霧子は呆れるようにそう話し掛ける。 
「そんなの、出来ればやってるもん! ‥‥まさか霧子! 吉野に内緒で彼氏を!?」
 吉野はいきなり立ち上がったかと思うと、霧子の胸倉をぐわっと掴み詰め寄る。
「‥‥はぁ、いるわけないでしょ。私まだ12よ?」
「‥‥ほっ、先を越されたかと思ったわ‥‥こほんっ! そ、そうよね! まだ12歳だもんね! ぴちぴちだもんね!! ぴちぴち‥‥」
 自分で言って、更にドーーンと落ち込む吉野。
「もぉ、いつもの事だけど世話が焼けるわね‥‥ねぇ、吉野」
「うぅうぅぅぅ‥‥」
「はぁ‥‥ほら、良く言うでしょ?」
「うぅぅ‥‥う?」
「困ったときの――」
『開拓者!!』
 苦笑いの霧子と復活した吉野の絶叫が重なった。


■参加者一覧
鷹峰 瀞藍(ia0201
17歳・男・泰
当摩 彰人(ia0214
19歳・男・サ
京極堂(ia0758
33歳・男・泰
立風 双樹(ia0891
18歳・男・志
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
瑪瑙 嘉里(ia1703
24歳・女・サ
水津(ia2177
17歳・女・ジ
時雨 風夢(ia4989
17歳・女・泰


■リプレイ本文

●とある酒場
「ふぅ、準備と連絡は大体終わったかな」
 依頼主からの要望を実現させるため裏方に回っていた立風 双樹(ia0891)は、一通りの準備を済ませ、この酒場で休憩を取っていた。
「それにしても水津さんは遅いですね。どうしたんで‥‥み、水津さん‥‥?」
 ふと双樹はそう漏らす。待ち合わせていた人物はいまだ姿を現さず、隣には一人の男性が黙してぽつんと立っていた。
「はい、水津ただいま参上です‥‥」
 双樹の隣に佇んでいた男、それは共に裏方に回った水津(ia2177)だった。
「そ、その格好はどうしたんですか‥‥?」
 双樹が水津に問いかける。水津の姿は普段の巫女装束とは似ても似つかぬ男装であった。
「? 化粧を落とし、男物の衣を纏い、髪形を変えただけですよ‥‥」
 水津の言う通り、服装だけでなく、髪型や仕草まですっかり男性のそれ。それも儚げな美少年といった雰囲気を漂わせている。
「見えませんか? 男性に‥‥」
「い、いえ。どこから見ても立派な男性ですよ」
 悲しげに問いかけてくる水津に、双樹は慌てて答える。
「そうですか、そうですよね。どうせ私はツルペタです‥‥ええ、そうですとも‥‥」
 さらにずーんと落ちこむ水津に、双樹はおろおろとうろたえるばかりであった。

●公園
「かぁ、負けたっ! 風夢ちゃん、なかなかやるね!」
 蒼く萌える芝生の上にぺたんと尻をついた当摩 彰人(ia0214)は、足を投げ出しながら上を見上げる。
「いやいや、たまたまやって。でも彰人もすごいねぇ。当主様って聞いとったけど、なるほど伊達や無いね!」
 腰に手を当て、見下ろす形で彰人を覗き込む時雨 風夢(ia4989)の額には薄らと汗が浮かんでいた。
「ははは、やめろって、そんな大層なものじゃないから」
 照れるようににこやかに笑う彰人に風夢も自然と笑みがこぼれてくる。
 秋の爽やかな日差しに包まれる公園。二人は互いに意気投合し、手合わせを始めた。始めは申し合わせての試合であったが、次第に熱がこもり、スキルの打ち合いになるほど熱中していった。そして最後は、風夢に花を持たす形で彰人が負けたのだ。
「そろそろ、ええ時間やし。お昼にしよか?」
 そう言うと、風夢は彰人に右手を差し出し、助け起こす。
「そのお言葉待ってました! 派手に動いたからはらぺこだぁ」
 彰人も差し出された手を素直に取り、よっという掛け声と共に立ち上がる。
「ぱんぱん。ん、これでよし。きれぇなったで」
 立ち上がった彰人の服についた草を風夢が何気なく手ではたく。
「お、おぅ、ありがとね!」
 突然の鼻をくすぐる甘い香りに、彰人も裏返りそうになる声を抑え平静を装い礼を言った。
「どういたした――ん? 顔赤いで? どっか打ったん?」
 心配そうにぐっと顔を近づけてくる風夢に彰人は。
「おわっ!? だ、大丈夫だよっ!」
 思わず仰け反り距離を取ってしまう。
(しまった‥‥今のは絶好の機会だったか‥‥?)
 と、心の声が聞こえてきそうである。
「ふーん? ほなお昼にしよか」
 後ずさる彰人を不思議顔で眺めていた風夢は、用意してきた手作り弁当を広げ始めた。
「おぉ! これまた豪華な弁当だね!」
「せやろ? 早起きして頑張って作ったんやから!」
 ふふ〜んと自慢げに鼻を鳴らしながらも、重ねられた重箱を丁寧に並べていく風夢。
「さぁ、たぁんと食ったって!」
「んまそぉ! いっただきまーす!」
 彰人は重箱に入った弁当を猛烈な勢いで胃袋へ納めていった。

「ん〜、飯はうまかったし、空は青いし、風は気持ちいいし、ほんと極楽極楽ぅ」
 昼食を終えた二人は、涼風ふく麗らかな秋晴れの空の元、芝生の上で休憩していた。
「なぁ、彰人。なんもそんなとこで寝んでも‥‥うちの脚、筋肉ついとるから寝にくいやろ?」
 行儀よく正座していた風夢が見下ろすその先には、上下が逆転した彰人の顔。
「な、な、なにゆぅとんねんっ! 膝枕なんて幸せ体験、そうそうできないねんで!?」
 一方、風夢の顔を見上げる彰人は、この至高の一時を奪われてはなるものかと、猛反論。
「ぷっ」
 そんな彰人の力説に風夢が突然吹き出した。
「な、なにや?」
 そんな風夢の様子に彰人が驚いたように声を上げる。
「ふふ、移っとぉよ、うちの訛り。それも中途半端に」
 くすくすと笑い声を上げる風夢。
「うっ! こ、これは‥‥風夢ちゃんと少しでも同じ気持ちを味わおうとして‥‥だね?」
 彰人の必死の弁明。だが、それも風夢の笑みを誘うだけだった。
「あはは――おおきに。嘘でもそうゆぅてもらえるんわ、うれしいわ」
「う、嘘じゃないって!」
 焦る彰人に風夢は。
「うん、おおきにな――」
 再度礼を述べると、涼風に揺れる彰人の銀髪を指で優しく梳いたのだった。

●吉野邸
「こんにちは、霧子さん」
「‥‥はい?」
 昼下がりの午後、吉野邸で一人読書をしていた霧子に、双樹が声をかけた。
「今日はいい天気ですよ。よかったら、ご一緒に外へでも行きませんか?」
「え? 私と、ですか?」
 霧子は双樹を見て、不思議そうな顔をする。
「ええ、吉野さんのご依頼の件で少し相談に乗っていただきたいので、お誘いしてみました」
「ああ、なるほど。吉野がご迷惑をお掛けしてます」
 霧子はやや申し訳なさげにぺこりと頭を下げた。
「あ、いやっ。こ、これも仕事ですから‥‥」
 そんな霧子に双樹も慌ててお辞儀。
「私でお役にたてるのなら、喜んでお供させてください」
 にこりと優しい笑みを浮かべる霧子に。
「あ、は、はい! よろしくお願いします!」
 双樹は頬を少し染めながら礼を言った。

●大通り
 黄昏時も近づき買物を急ぐ人で混みあう大通りに、鷹峰 瀞藍(ia0201)と鳳・陽媛(ia0920)が寄り添い歩いている。
「ほら、しっかりくっついてな」
「は、はい!」
 通りを行き交う人々は皆、追い立てられる様に急いでいる。瀞藍は陽媛の前を行き庇うよう歩く。
「お、ほら、そこの露店なんてどうだ? 結構いいもん売ってんじゃないか? 行ってみようぜ」
 通りの先に雑貨屋らしき露店を見つけた瀞藍は、さりげなく陽媛の手を取ると、軽やかに人ごみを縫っていく。
「え、え? せ、瀞藍さん、ちょっと待ってください!」
 繋いだ手をぐっと引かれ、瀞藍は歩みを止めた。
「ん? どうした?」
「あ、あの、その‥‥」
 陽媛はもじもじと視線を落とし繋がれた手を眺めている。
「おっと、これは失礼」
 おどけるような笑顔で瀞藍は、陽媛と繋いでいた手をパッと離した。
「あ‥‥いえ‥‥」
 そんなもじもじと俯く陽媛の耳元へ、瀞藍は。
「ふふ、陽媛はかわいいな――」
 陽媛にしか聞こえない小さな声でそう囁いた。
「ひぁ‥‥!?」
 瀞藍の囁きにがばっと顔をあげた陽媛の頬は紅に染まっている。
「あはは、さぁ、行こうぜ。店は逃げねぇけど、いい物は売り切れちまうかもしれないからな?」
「え、えと‥‥はい」
 消え入るような返事と共に再び俯く陽媛。
「そうだ、手、繋いでもいいか? って、最初に聞いとくべきだったな」
 瀞藍はそう言うと人懐っこい笑みを浮かべ、先ほど解いた手を再び差し出した。
「あ、あの、よろしくお願いします‥‥」
「おう、よろしくな!」
 恐る恐る差し出された陽媛の手を、瀞藍は出来る限り優しく自分の手で包みこんだ。

「はぁ、楽しかった」
 人気のない黄昏に染まる神社の境内。二人は石段に腰掛け、夕涼みしていた。
「それはよかった」
 瀞藍は、今日の思い出に目を輝かせる陽媛を優しく見つめる。
「あ、あの瀞藍さん‥‥?」
「ん?」
「えと、その手が‥‥」
 肩に回された瀞藍の手に、陽媛は身を縮め赤くなる。
「陽媛の髪、黒くて艶やかでほんと綺麗だな」
 瀞藍は、肩に回した右手を外し、そっと陽媛の黒髪を撫でる。
「艶やかな黒髪には朱がよく似合う。この簪、今日一緒にいてくれたお礼だ。受け取ってくれ」
 言って、瀞藍は空いた左手で懐から取り出した朱色の簪を陽媛の黒髪へと刺した。
「はぅ‥‥」
 丁度、両手で頭を抱かれる形になった陽媛は、今にも沸騰しそうなほど顔を真っ赤に俯く。
「ほんとに楽しかったぜ。今日だけってのがもったいないくらいにな」
 そう耳元で囁く瀞藍の顔には、大きな慈しみと小さな悲哀の表情が混じるのだった。
    
●物陰
「ふむふむ、なるほど‥‥」
 物陰に潜む吉野は眼前で展開される恋模様を食い入るように書にしたためている。
「わぁ、吉野さんはとても博識なんですね‥‥」
 吉野の手から生み出される文字を男装した水津が興味津々に覗き込む。
「水津君!」
 と、突然吉野は書から視線を外し、水津へと向き直る。
「は、はい?」
「いい? 恋愛っていうのは、十人十色なの! 人の想いと想いが交じり合う‥‥ そう、それはまさに奇跡なのよ!!」
 驚く水津に高説を垂れる吉野。
「でも、彼氏いないんですよね‥‥?」
「――――――」
 ズバッと斬り込む水津のツッコミに、吉野はガーンと表情を引きつらせ、地面に四肢をつきうなだれる。
「あ、いえその‥‥ごめんなさい‥‥でも」
 落ち込む吉野に、水津は焦りながらも続ける。
「物事に真剣に打ちこむ人って、素敵だと‥‥思います」
 もじもじと照れたように俯きながら、水津はそう呟いた。
「――!?」
 そんな水津の照れた仕草と言葉に、吉野が固まった。
「あれ‥‥吉野さん‥‥?」
「――な、なんでもないんだからっ! べ、別にあんたのために書いてるんじゃないんだからねっ!!」
 はて? とわざとらしく小首を傾げる水津に、真っ赤になった吉野はあわあわと目を回し必死に言い訳をするのだった。

●岬
「えぇ夜やな‥‥まだ十五夜の満月には日があるけど、こんな月もええもんやね」
 月夜に映える海を眺めながら岬を歩く二つの人影。京極堂(ia0758)と瑪瑙 嘉里(ia1703)だ。
「ええ、海に映る月もとっても綺麗ですね――」
 水面に映る月に見惚れるように嘉里が呟く。
「わっ‥‥!」
「おっと、大丈夫か?」
 遠く海を眺めていた嘉里が足元に転がる小石に躓いた。それを京極が抱きとめる様に受け止めた。
「あ‥‥ご、ごめんなさい」
 想い人の胸に抱かれ、嘉里は照れるように俯いてしまう。
「これくらいお安いご用やで‥‥ふ〜む、嘉里、またおおきなったか?」
 ふむふむと関心顔の京極。そんな京極の腕には抱きとめた嘉里の胸がある。
「ひぁ!? あの、その――っ!」
 慌てて飛び退く嘉里。その顔は月夜の明かりでさえはっきりと分かるほど真っ赤だ。
「ははは、冗談や。嘉里の照れた顔がみたかっただけや」
「も、もう! からかわないでください!」
 照れる嘉里を愛おしそうに笑みを浮かべる京極はその手を引き再び歩き出す。
「こんな平和な日々がいつまでも続けばええのにな‥‥」
「そうですね‥‥」
 月夜に揺れる二つの影は、結ばれた手のひらをどちらからともなく、強く握るのだった。

「‥‥少しは埋められたやろか?」
「‥‥え?」
 岬の突端。肩を抱かれる嘉里は、京極の突然の囁きに、ハッとなって顔を上げる。
「そ、それって‥‥」
「まだ4年やからね。旦那さんの影は消し去れんでも、その隙間はうちでも埋めれる‥‥と嬉しいんやけどね」
「京極‥‥さん‥‥」
 少しおどけた口調で呟く京極の言葉に、いつしか嘉里の目に涙が浮かぶ。
「おや? こないな風流な夜に涙は似合わんよ」
「あっ‥‥」
 そっと嘉里を抱き寄せた京極は、嘉里の唇に自分のそれを静かに重ねた。

「――お、漁火やねぇ。なんとも風情があんねぇ」
 どれくらいの間そうしていただろう、ふと海に視線を戻した京極の指差す先には海に浮かぶ赤い灯火。水津の全身全霊をこめた『火種』によって生み出された、一夜限りの絶景である。
「なぁ、嘉里。これからもずっと傍におってな」
「はい‥‥不束者ですが、これからもよろしくお願いします」
 京極の言葉に嘉里はゆっくりと、そして力強く頷く。そして。
「京極さん‥‥」
「うん?」
「あなたでよかった‥‥」
 京極の肩にもたれかかりながら、そう呟いたのだった。

●物陰
「霧子さん、お茶が入りましたよ」
「これはご丁寧に」
 ずずずっとお茶を啜る双樹と霧子。
「それから、これを――」
 双樹は、脇に置かれていた小さな小包を霧子に差し出した。
「これは?」
 霧子は差し出された小包をまじまじと見やり、双樹に問いかける。
「少し季節は過ぎてしまったんですけど、風鈴です。模様がとても綺麗だったので買ってみました。よかったら貰って下さい」
「え?」
「今日は僕の我侭に付き合っていただいて、本当にありがとうございました。これはささやかな感謝の気持ちです。どうかご遠慮なく」
 驚く霧子に、双樹は穏やかな笑みで微笑んだ。

「むっふー!! こんなところにも新たな恋が! 初わ! 初々しいわ!!」
 そんな二人の状況を、鼻息荒い吉野がこの絶好の機会を逃してなるものかと、紙に文字を殴り書く。
「‥‥筆を取る吉野さんの姿、とても綺麗ですね‥‥」
 そんな吉野へ、隣に控えていた水津が上目遣いに突然そう囁く。
「なっ!? えっと、えっと‥‥」
「あの、その‥‥ボ、ボク、吉野さんの事‥‥め、迷惑ですか?」
 そして、追い討ちをかけるように水津の甘言が続いた。吉野は水津の心臓を打ちぬく一撃に目を泳がせあからさまに動揺する。そして、意を決したように手の平を胸元で組んですっと瞳を閉じた。
「吉野は‥‥吉野は水津君なら――――あ、あれ? 水津君‥‥?」
 心臓が張り避けそうなほどの緊張と期待が吉野を包む。が、いつまで経っても期待していたものは訪れず、吉野は瞳を薄く開く。しかし、瞳を開けた吉野の前から水津の姿は忽然と消えていた。

「み、水津さん! 依頼人を口説いてどうするんですか!?」
 男装水津を引きずるように、木陰へと連れこんだ双樹が、息荒くそう捲くし立てる。
「ふ‥‥女なんてちょろいですね‥‥」
 水津は明後日の方向へ視線を向けると、なにやら悟ったような口ぶりでそう呟く。
「‥‥あなたも女性だと思うのですが‥‥」
 双樹のツッコミにも水津はくくくと不敵な笑みを浮かべるのであった。

 こうして開拓者の様々な恋愛模様を目の当たりにし、吉野が書きあげた一冊の小編集。それは巷の話題を掻っ攫い、売れに売れ、増版に増版を重ね今年一番の大ベストセラーになった‥‥というのは吉野の夢の中だけのお話。