十二支親子繁盛記
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/06 22:00



■オープニング本文

●とある漁村
 武天の国は広い。
 広い領内には無数の町や村が点在していた。
 そして、名も無い小さな集落も――。
「当真! 引け!!」
「はいっ!」
 そんな何処にでもある様な小さな小さな海沿いの集落の一つ。
「そんな事じゃ、逃げられちまうぞ!」
「は、はいっ!」
 この集落では、今祭りの如き騒ぎが起きていた。
「行くぞ、せぇのっ!」
 筋肉が隆起し真黒に日焼けした腕が網を掴む。
「せぇのっ!!」
 答えるのは小麦色に焼けた小さいながらも力強い手。

 いつも穏やかな海面が白波を立たせる。
 仄暗い水の底には、陽を反射させ銀色に煌めくいくつもの光。

『そぉれっ!!』

 網の中で所狭しと暴れ回る凶暴な牙。
 最後の抵抗とばかりに飛び跳ねる銀と青の体。
 波に打ち付けられる強靭な尾びれが、一層白波を立たせた。
「大漁だっ!!!」
 船の主『永峰 黄龍』は、網の中で踊る『鰆』の大群に、歓喜の声を上げた。

●湾内
「す、すごいですねっ!」
「‥‥ああ」
 湾内に戻った船から見える港の風景に、当真は思わず声を上げた。
「みんな、大漁だったみたいですね。よかった!」
 活気に満ち満ちる港を眺め、当真は嬉しそうに見つめる。
「‥‥」
「おとうさん?」
 しかし、そんな港をどこか神妙な面持ちで見つめる父に、当真は声をかけた。
「‥‥うん? ああ、楽しそうだな。さぁ、俺達も水揚げだ」
「はいっ!」
 その言葉を待っていた。
 当真は嬉しそうに頷くと、港へ向け舵を切った。

●港
 そこはまさに祭り。
 港に犇めく船から次々と魚が水揚げされる。
 漁師の男達では手が足りないのか、女達まで駆り出される始末。
「すごいすごい! みんなあつまってますよ!」
「こりゃ、本当に大漁だったみたいだな‥‥」
「お父さん?」
 賑わう港とは対照的に神妙な表情を浮かべる黄龍を、当真は不思議そうに見上げる。

 と、その時。

「大漁だったみたいですな」
「‥‥うん?」
 呆然と大漁に沸く港を見つめる黄龍の肩を、ポンと叩く者がいた。
「あ、あんた‥‥」
 それはいつも見知った顔。
 どこか困ったふうに黄龍を見つめる、馴染みの行商人であった。

●民家
「お帰りなさい。漁はどうでした?」
 日も暮れ、我が家へと戻った主人を妻である『麒麟』が迎える。
「大漁だったぜ」
「‥‥その割には嬉しそうじゃないですね?」
 大漁。その言葉は漁師達がいつも憧れ求めるもの。
 しかし、その言葉を紡いだ黄龍の表情はどこか沈んでいた。
「どこもかしこも大漁だ。近年稀にみる、ってやつだ」
「‥‥大漁すぎって言う所ですか?」
「‥‥はぁ、お前には隠し事はできないな。まったくその通り。大漁も大漁、大大漁だ」
 長い付き合いの相棒は全てと見通していた。
 黄龍は自嘲気味に笑みをこぼすと、
「おかげで卸し値が大暴落だ。これじゃこいつら食わせていけねぇ」
 麒麟に向け、事の切実さを話した。

「‥‥で、どうするんです。これ」
「商人の奴には買い叩かれた。流石にあんな額じゃ売れねぇ‥‥」
 と、黄龍と麒麟は玄関先に視線をやる。
 そこには大八車に積まれた木箱の山。
「そんな事言っても、流石に食べきれませんよ」
「鰆は足が早い魚だからな‥‥。よし!」
「あなた‥‥?」
 と、何か意を決した黄龍は、玄関で立ち尽くす麒麟を置いて家の中へと。
「おい、チビ共! 今から此隅の街まで行くぞ!」
 そして、居間へと上がり込んだ黄龍は、そこで賑やかな遊びまわる子供達に向け、そう言い放った。


●登場人物
黄龍:12人もの子供がいる永峰家の家長。元開拓者で男気あふれる漁師さん。
麒麟:黄龍の妻で12人の子供達の優しくも厳しい母親。同じく元開拓者。

○子供達(☆=志体持ち)
 寧々(ねね):長女11歳 物静かな勉強家。近寄るなオーラ絶賛発散中。
 潮(うしお):長男10歳 食いしん坊1号。その胃袋は豚一頭丸々喰らう程。
☆音良(おとら):二男9歳 体力無限大の元気っ子。走りだしたらと止まらない。
☆卯咲(うさき):二女8歳 お洒落さん。いつも自作の奇抜な衣装で歌舞いている。
多摘(たつみ):三女7歳 双子の姉。極度のブラコン、でもツンデレ。深達激ラブ。
☆深達(みたつ):三男7歳 双子の弟。引っ込み思案な性格。なにかと絡んでくる姉に困りながらも嬉しそう。
☆当真(とうま):四男6歳 努力家の優等生。この歳で父と共に漁に出るしっかり者。開拓者になるのが夢。
 取乃(とりの):四女5歳 甘えん坊。誰かの傍にいないとすぐに泣く泣き虫さん。
☆火辻(ひつじ):五男4歳 先天性陰陽師。母の符を勝手に持ち出しては、術を暴発させる腕白小僧。
 猿丸(さるまる):六男3歳 好奇心旺盛な男の子。とにかく何でも触りたがるので女性陣要注意?
 愛濡(あいぬ):五女2歳 食いしん坊2号。二歳にして一号の食欲に並ぶ?
☆祈(いのり):六女1歳。12人兄弟の末っ子。その泣き声は『咆哮』すら越える。




■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
喪越(ia1670
33歳・男・陰
水月(ia2566
10歳・女・吟
夜刀神・しずめ(ib5200
11歳・女・シ
実夏(ib6340
16歳・女・シ
リトゥイーン=V=S(ib6606
27歳・女・陰


■リプレイ本文

●道行
 遠くに霞む大都会を、一人物憂げに眺める男がいた。
「安く仕入れて高く売る金の亡者達‥‥」
 長身の男は、これから待ちうける様々な困難を想像し、
「天使の様な顔で迫り悪夢を見せていくガキンチョ共‥‥日々の出費を極限まで減らし、へそくりに回す為なら外道も厭わぬマダム達」
 ぶつぶつと呟く言葉には、まるで出陣前の決意の様なものさえ見える。
「そして、法の目を掻い潜り無法を働くお猫様――今回の商売(いくさ)も血の雨がふ――ぎゃぁぁ!?」
「邪魔や!」
 黄昏る喪越(ia1670)の背中に、荷車の引き手を軸に飛び蹴りかます夜刀神・しずめ(ib5200)。
「うぎょえっ!?」
「そんな所に寝ていては危ないぞ」
 もんどりうって倒れた喪越の上を容赦なく通過する実夏(ib6340)の引く荷車。
「ぶぎゃぁ!?」
「わわっ、路傍の石ですか? もぉ、木箱が崩れたらどうするんですか!」
 万木・朱璃(ia0029)の引く荷車が喪越に乗り上げ、大きく傾く。
「いやぁぁ!? 軸に髪! じくにかみぃぃ!!」
「‥‥チョキン」
 通過した荷車の車軸に巻き込まれた喪越の乱れ髪を、水月(ia2566)が大きくカットし、無事救出。

「‥‥」
「この痕、そして、斬り散らされた毛髪‥‥」
 物言わぬ被害者の背に刻まれた三本の車輪痕。
 そして、右半分だけ大きくカットされた乱れ髪。
 リトゥイーン=V=S(ib6606)は、被検体?をツンツン突きながら答えを導き出した。
「謎は全て解けたわ! 犯人は‥‥って、皆待ってよー」
 と、喪越の死体?を置き去りにリトゥイーンはすくっと立ち上がると、荷車の列を追う。
 答えはリトゥイーンの胸の内。謎は謎を残したままに――。

●民家
「狭い所だが、好きに使ってくれ」
「すごく助かります! ありがとうございます!」
 小さな台所を前に、申し訳なさそうに申し出る男に、朱璃は笑顔で答える。
「無理言ってすまない」
「なに、気にするな」
 黄龍の知り合いと言う男の家を借り、一行は臨時の作業場とした。
「さて、早速ご対面ですねっ!」
 と、朱璃は待ってましたとばかりに木箱に手をかけ、一気に開く。
「氷は溶けてへんな。これやったら鮮度は大丈夫やろ」
「それに、しっかりと〆てありますね。これならいいものが作れそうです!」
 現れた銀の肢体にしずめと朱璃は目を輝かせた。
「もちろんや。これだけ新鮮な鰆やったら、もちろん刺身やろ!」
「刺身‥‥? 鰆の刺身なんて聞いた事無いけど? それより天婦羅とか煮付けとかの方がいいんじゃないの?」
 グッと拳を握るしずめに、リトゥイーンが問いかける。
「ふふ〜ん、鰆のほんまの楽しみは刺身や!」
「そうですねっ。鰆は足の速い魚ですから、本当に新鮮なものでしか刺身で食せないんですよ」
「そや、『鰆の刺身は皿まで舐める』ゆぅ格言もあるんやで?」
「へぇ‥‥ちょっと興味あるかも」
「私は昆布締め辺りでくいっと一杯行きたいところだな」
 と、三人の脇から箱の中身を除く実夏がぽつりと呟いた。
「昆布締めですか。確かに保存も効くし、香りや旨みも染み込むし、いいかもしれませんねっ!」
「ああ。あの味は忘れられない。ただ、加工が難しいとも聞くが」
「ふふ、任せてくださいっ! 少し時間はかかりますけど、作れますからっ!」
「作れるのか? それは凄いな」
 とんと胸を叩く朱璃に、実夏は感心するように驚きの声を上げた。
「あ、それから黄龍さんに聞きたいんだが」
「うん?」
 突然振られた言葉に、鰆の荷降ろしをしていた黄龍が顔を上げる。
「漁師の間で有名な料理とかはないのか?」
「料理? 俺は料理なんかできないぞ?」
「いや、少し聞き方が悪かったか。取った魚をその場で料理する事などは無いのか?」
 と、答える黄龍に実夏は再び問いかけた。
「うーん、丼位なら作るがなぁ」
「丼?」
「ああ、適当に切った鰆の刺身を飯の上に乗せて、醤油か塩かけてお茶注ぐだけだ」
「‥‥おいしそうなの」
 と、想像するだけで涎が出そうな料理に、水月は小さく呟いた。
「漁師飯ゆぅやつやな」
「おぉ! それも作って売っちゃいます?」
「悪ぅない案やけど、問題は日数やな」
 と、新たに出た案に盛りあがる一行を他所に、しずめは冷静に答える。
「うちらの勝負はこの2,3日しかないんや」
「あら、どうして? 折角この家も借りれるんなら、お店出してもいいんじゃない?」
 リトゥイーンの言葉に、皆が一斉にしずめを注目した。
「皆、忘れとるんか? 2,3日したら、本もんの商人共が豊漁の鰆を大量に持って此隅に来るんやで?」

『あ‥‥』

 しずめの言葉に、一同は重大な事を思い出す。
 素人同然の黄龍がこの此隅で商売をする。その唯一の武器が、時間なのだと。

「ま、そうゆぅ事で、決まった事をさっさと実行や。この千載一遇の機会を逃したらあかん。売って売って売りまくって荒稼ぎや! あ、くれぐれも暴利にならん程度に、やで?」
 そんな言葉に、皆は力強く頷いた。

●料理屋
 どこぞの有名な織物なのだろうか。
 藍色に染められた暖簾に、白地の文字が刻まれる。
「ちょぉ邪魔すんで」
 見るからに格式の高そうな店の暖簾をくぐる、朱璃としずめ。
「これはこれは、いらっしゃいま‥‥何か用か?」
 迎えに出た男は、二人の姿を見るや否や、途端に表情と口調をぞんざいな物に変えた。
「おー、あからさまやな」
「まぁ、仕方ないでしょうね」
 そんなあまりにわかりやすい表情の変化に、二人はくすくすと含み笑い。
「‥‥用が無いなら出て行ってくれ、邪魔だ」
「まぁまぁ、そう邪険にせんと」
「そうですよ。 私達がお客さんかもしれませんし?」
 鬱陶しそうに手を振る男に、二人はにこやかな笑顔を向けた。
「‥‥話だけは聞いてやる」
 二人の言葉にヒクヒクと頬を痙攣させ、男は嫌々ながらそう呟く。
「見た所‥‥落ち目みたいやな?」
「うっ‥‥そ、そんな事ある訳ないだろう! うちは由緒正しき――」
 しずめの囁きにムキになって反論する男。
「確かに歴史は長そうですね」
 朱璃が言う様に、歴史を感じさせる佇まいの母屋。
 だが、この店に繁盛店の活気はない。
「お前ら、商売の邪魔する気なら役人を呼ぶぞ――」
 二人の品定めする様な口ぶりに、ついにキレた男。
「そんなお店用にと思って仕入れた、とっておきの品があるんですけど」
と、朱璃は激昂寸前の男の言葉を遮り、後ろに隠してあった木箱を差し出した。
「な、なんだこれは‥‥?」
 突然差し出された木箱に、男の毒気が抜かれる。
「栄枯盛衰。本来は栄えたもんは必ず衰えるって意味やけど‥‥衰えたもんがもう一回栄えてもええんちゃう?」
 木箱に釘付けとなる男に向け、しずめはニヤリと口元を吊り上げた。

●此隅
 圧倒される程の人の波。
 武天の首都『此隅』は、その名に恥じぬ賑わいを見せる。
「いいか卯咲。この昆布締めの売れ行きは俺達にかかってるんだ」
 そんな此隅の繁華街の一角。大きく膝を折り低く目線を合わせる喪越は、これでもかと言う程の真剣な眼差しを目の前の少女に向けていた。
「えー、ちょーウザいんですけどー」
「卯咲さん!?」
 一蹴。
 純真無垢?な少女の言葉に、喪越は練力の全てを持って行かれる。
「でもですね、卯咲さん。これを売らないと、今日のおまんまにありつけない始末でして‥‥」
「これ食べればいいじゃん。ばかなの? しぬの?」
「卯咲様!?」
 一蹴。
 清廉可憐?な少女の言葉に、喪越は気力のほぼ全てを持って行かれる。

「なんだ、漫談か?」
 街のど真ん中で繰り広げる凸凹コンビの漫談に、周りには自然と人垣が。

「ふっふっふっ! 俺達の話術が人を呼び込んでるぜ、卯咲よ!」
「あの猫、ちょーカワイイんですけどっ!」
「お願い! 話しだけは聞いて!?」

「ははは! もっとやれ!」
 いつしか人垣は膨れ上がり、二人の絶妙なやり取りに、そこかしこから笑い声が上がっていた。

「ふふふ‥‥血と汗と涙を垂れ流し、この時を待っていたぜ! 禁術『モコス愛』発動! キラーン!!」
 そんな瞬間を待ってましたとばかりに、集まる人垣を喪越の色眼鏡が怪しく映し出す。

「おーい、続きはどうした?」
 突如止まった漫談に、囲む観客達がざわめきだす。

「見える‥‥俺には見えるぞ!! 」
 しかし、今の喪越に観客のざわめき等、羊の前の狼にも等しい。
「美人な若奥様――そして、物憂げに佇む未亡人が!!」
 目標を発見した喪越に、漫談を中断され、湧き起こる不満の声など、入り込む余地はない。

「おい、さっさと始めろ! こちとら暇じゃねぇんだ!」
 そしてついには――不満を爆発させた民衆が、喪越に向け一斉に蜂起した。

 一方、激戦の脇では。
「へぇ、昆布締めねぇ」
「食べてもいいよ?」
「うん? タダでくれるのか?」
「そのかわり、おいしかったら買ってってよね」
「おお、いいぜ。そんじゃ頂くかね」
 喪越の悲鳴轟く中、卯咲はちゃっかり商売中なのであった――。

●昼
 数ある飯処はどこも人でごった返す。
「ご注文はお決まりで?」
「‥‥」
 そんな飯処の一軒。
 御品書とにらめっこする水月に、店員が声をかけた。
「‥‥塩焼きと味噌焼き‥‥5人前ずついただけますか?」
 散々御品書とにらめっこした水月は、ふと顔を上げ店員に注文を伝える。
「えっと、何の魚を焼きましょう‥‥?」
 水月の言葉を聞き間違えたのかと小首を傾げながらも、店員は何とかいつも通り対応した。
「‥‥鰆」
「え、えっと、申し訳ないんですけど、鰆はまだ入ってきて――」
「‥‥噂で、この店にとある漁師町から一足先に新鮮な鰆が入るって聞いたの」
「いやいや、そんな噂どこから立ったんですか‥‥」
 水月の言葉に、呆れる様に答える店員。
「‥‥さわら、さわら、なにしてあそぶ――」
「お、お客さん!?」
 突然瞳を閉じ、小さく律を刻む水月の言葉。

 そこの言葉は、見果てぬ美味に想いを馳せる様に、そして、空腹の悲運を呪う様に、店内に響きわたる。
 それは賑わう飯処で一種異様な光景であった。

「おい、鰆があるのなら、こっちにも一つくれ!」

 と、突然奥の机から男の声が上がる。
「もう少し先って聞いてたのに‥‥そんな裏御品書あるなら言ってよね!」
 そして別の机からも。
 水月の即興の歌を聞き、膨れた胃袋にぽっかりとスペースを開けた客達から次々と注文が舞い込んでくる。
「いや、ですから、まだ無いんですってば‥‥」
 店の各所で起こる注文乱舞に、店員はおろおろと慌てふためくだけ。

 と、そんな時。

「ねぇちゃん、もってきたよ!」
 店の入口にドーンと積まれた木箱と共に、潮と音良が現れた。
「‥‥ぐっどたいみんぐ、なの」
 皆が二人に注目した所で歌を止め、小さく呟く水月。
「‥‥店員さん、入荷したみたいですね」
「‥‥え?」
 そして、呆ける店員に向け、にこりと微笑みかけたのだった。

●井戸端
 街中に数えきれないほど点在する井戸。
 そして、その井戸を囲むように会話に花を咲かせるおば様方。
「ちょっといいかな」
 そんな主婦達に、声をかける者がいた。
「あら?」
 そんな声に、おば様方はきょろきょろと辺りを見渡す。
「こっちこっち」
「どっちどっち?」
 見渡せど姿は見えず。
 おば様方は
「下ですよ、お嬢さん方」
 そこには物憂げな表情で薄く微笑む実夏の姿が。
「まぁ、小さな殿方ね」
「ほんと、可愛らしいわ」
 見上げる端整な実夏の顔を、おば様方は興味津津に見下ろす。
「時にお嬢さん方、今夜の夕食はもう決まってるかな?」
 好奇の目に晒されながらも、実夏は微笑みを絶やさず問いかけた。
「ええ、今日は――」
 と、そんな問いかけにおば様の一人が答えようとし――。
「しー。それ以上は言わないで」
 そんな瞬間。実夏はおば様の唇に人差し指をあてがった。
「は、はい‥‥」
 吸い込まれそうな漆黒の実夏の瞳に、おば様は人形のように頷く。
「言わなくてもわかってるから」
 そんなおば様の口元から指を離すことなく、美香はくるりと背を向け、
「何も言わず、ここまで来て」
 懐から一枚の髪を取り出すと、ピッとおば様方に投げつけた。
「新装開店『鰆屋』‥‥?」
 紙を受け取ったおば様の一人が書かれている文字を読み上げる。
「待ってるよ」
 そして、フッと微笑み颯爽と去っていく実夏に、おば様方の心は須らく打ち抜かれたのだった。

●民家

 自分が何かをせずとも、客は集まってくる。
 味噌の焼ける臭い、魚の鱗を焦がす香りによって。

「いいものあるわよ〜」
 家の軒先に長椅子を持ち出し、その上に胡坐をかくリトゥイーンは、やる気なさげにひらひらと手招きをする。
「へぇ、美味しそうだね」
 と、そんなリトゥイーンの元に買い物客らしい女が顔を覗かせた。
「当たり前よ。うちの秘伝のたれで漬けこんでるんだから」
 客が来てもリトゥイーンはまったく態度を変える事無く、女に向き合う。
「普通の味噌漬けとは違うのかい?」
「ええ、もちろん違うわよ」
「何が違うんだい?」
「そうね。まずは魚が違うわ」
「魚が違うって‥‥この匂い、鰆だろ?」
「へぇ、匂いでわかるの?」
「当たり前。って、そんな事より、さっきの秘伝のたれってなによ?」
 捉え処のないリトゥイーンの答えに、主婦は思わず声音を強めた。
「な・い・しょ。気になるのなら、買って食べて自分の舌で分析するのね」
 しつこく問いかけてくる女の口撃を巧みにかわし、リトゥイーンはくすくすと小さく笑う。
「‥‥いい度胸じゃないの。此隅の主婦を舐めないことねっ」
 売られた喧嘩は買うのが常識。
 心意気溢れる此隅の主婦は、そんなリトゥイーンに負けじと、民家の暖簾をくぐっていった。

「ほんと、楽でいいわね」
 と、ずかずかと民家へと入っていく主婦の背を見つめ、リトゥイーンはニヤリと小さく微笑んだ。

●民家
「すげぇ‥‥」
 空になった箱を見下ろし、黄龍は感嘆の溜息を漏らす。
「何とか売り終えましたねっ!」
 捲っていた袖を下ろし、一息ついた朱璃が嬉しそうに辺りを見渡す。
「ものがいいから、余裕でしょ」
 欠伸を噛み殺し、若干涙目になりながらリトゥイーンも頷いた。
「ふっ、俺の犠牲は無駄にならなかったようだな」
 そして、ニヒルに呟く喪越。その言葉は至極格好がよい。
 全身に包帯を巻き鼻血を垂れ流していなければ――。

「‥‥一箱余ってるの」
 と、そんな時、水月が民家の隅に置かれた木箱を見つける。
「ほんとだ。誰、忘れたの」
 水月の見つけた箱に近寄り、一同を見渡し確認をとる実夏。

 しかし、誰も手を上げる者はいない。

「どうしよう。今から売りに行く?」
 と、実夏が皆に問いかける。
「いや、いい」
「なんでや?」
 しずめの手を取り皆を見渡す黄龍。
「お前ら、明日は暇か? よかったら、うちの女房の料理ででも礼がしたいんだけどよ‥‥?」
 と、一つ残った木箱を軽く叩き、黄龍は一行に問いかける。

『もちろん!』

 そんな問いかけに、一行は二つ返事で頷いたのだった。