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■オープニング本文 ●弐音寺 桜舞う季節がやってきた。 人々は陽気と桃色の傘に誘われる様に外へ繰り出す。 そんな何処にでもある春の風景は、ここ沢繭でも同じであった。 「よい桜だ」 境内を囲む様に咲く多くの桜。 「ええ、皆も楽しんでいるようで」 住職は訪れた頼重に笑顔で答えた。 「この季節だけの楽しみだからな」 そんな何気ない会話を交わしながら、二人は境内に目を移す。 そこには――。 元気に笑い声を上げる幼子。 満開の花にも負けぬ、会話の華を咲かせる女達。 この日ばかりはと、なみなみと注がれた盃を呷る男達。 誰もがこの時しか出会えぬ高揚感を心から味わっていた。 「平和だな」 「ええ」 領民達の心からの笑い声。 街を治める側の人間からすればこれほどの褒美は無い。頼重はこの一時に感謝し和やかに春を楽しむ。 と、そんな時――。 「頼重っーー!!」 「は――げぶぉ!?」 平穏は一瞬で崩れ去る。 振り向いた頼重の頬に突き刺さる振々渾身の飛び蹴りによって。 「なんじゃこれは! 振は桜餅をしょもうすると申したはずじゃ!」 もんどりうって倒れ込んだ頼重の頬をぐりぐりと踏みつけながら、振々は小皿に乗った白い餅を突き付けた。 「ん――!?」 しかし、頬を踏まれる頼重は声が出せない。 「ほほぉ。この振のといに無言とは、いいどきょうじゃ」 必死にあがく頼重を怒りを含んだ冷眼で見下ろす振々は、 「頼重! おぬしをりょうしゅぶじょくの罪で、腹筋百回の刑をいいわたす!」 ぐりぐりと踏み拉く頼重に、どーんと指を突き付けた。 「しんみょうにするのじゃ!」 必死の抵抗を見せる頼重に、振々の容赦のない沙汰が下る。 「まぁまぁ、振姫様。それでは頼重殿も話ができませんぞ?」 そんな、いつもの光景に住職は苦笑いで振々を諭す。 「む?」 と、そんな住職の苦笑いに、怒りに身を任せていた振々の気はすっと抜かれた。 「ささ、振姫様。少しこちらに」 「う、うむ?」 「頼重殿、ご無事ですかな?」 「す、すまん、助かった」 力の緩んだ振々を丁寧に脇に退かすと、住職は頼重を助け起こす。 「で、何があったのですかな?」 そして、住職は二人の間に入ると、振々の剣幕の理由を聞き始めた。 ● 「‥‥なるほど、注文の品と違うのですな?」 「うむ! この振を騙すとはばんしに値するのじゃ!」 「いや、ですから、それも桜餅なので――」 「いいわけは聞かぬ!」 「そう言われましても、事実それは――」 「ええぃ! だまらぬか!」 再び怒りの炎が揺らめく振々。 「振姫様」 「なんじゃ!」 「これでよろしいかな?」 そんな振々に、住職は小さな皿を差し出した。 「お‥‥おぉ! これじゃ!」 それを振々は奪い取る様に受け取る。 そこには、境内に先い乱れる桜にも負けぬ薄紅色した桜餅。 「こちらもどうぞ」 「む! 坊主まで振をぐろうするか!」 と、住職が次に差し出したのは先程まで振々が持っていた小皿。 「振姫様。頼重殿が仰るように、これも立派な桜餅なのですぞ?」 「なにを世迷言を!」 「これは東の桜餅です」 「む?」 「天儀の東方では、これを桜餅としてこの季節に食べる習わしがあるのです」 「東方じゃと?」 「はい、ですから色形は違えど、どちらも立派な桜餅ですぞ。さぁ、姫様の舌で東西の桜餅を食べ比べてみてくだされ」 「ほ、ほう。そこまでいうのであれば仕方ないのじゃ!」 住職の柔和な笑みに、振々は仄かに頬を赤らめ、再び奪い取る様に皿を受け取った。 「偉い目にあった‥‥」 「相変わらず、仲がよろしいですな」 「はは。姫様に遊ばれているだけだ」 「ふむ。ではそう言う事で」 「うむ、そう言う事だ」 二人は一心不乱に二色の桜餅を頬張る振々をしばし見つめた。 ● 春の日差しが縁側を照らす。 暖かな空気と庭から聞こえる笑い声が、午後の一時をかけがえのないものとしていた。 「うん?」 と、頼重がふと声を上げる。 「どうされましたかな? 桜餅であればまだございますぞ?」 「い、いや、それは姫様に指し上げてくれ。それよりもあの木はまだ5分咲きと言ったところだが?」 住職の冗談を何とかかわし、頼重はふと目にとまった一本の桜を指差した。 「いえ‥‥あれで満開です」 しかし、住職は頼重へ振り向かずにそう答える。 それが何を指しているのか理解して。 「満開? しかし、あれは――」 「あの木はあれ以上花をつける力が無いのです」 二人が指す桜は、咲き乱れる他の桜から少し離れた所にポツンと咲く古木。 「‥‥朽ちているのか?」 「朽ちて、はおりません。かろうじて」 「樹医には?」 「先日に。しかし、もう寿命との事」 「そうか、寿命であれば仕方が無いか‥‥」 「この地に街が出来る以前から、錐湖とその周辺を見て来た古木なのですが‥‥」 「住職のせいではなかろう。これも天が定めた理だ」 「それはわかっておるのですが。拙僧の代で枯らせるのは実に惜しい」 落ち込む住職に、頼重は出来る限りの言葉をかけ、境内の隅に静かに咲く5分咲きの桜を見つめた。 「ならば生き返らせればよいのじゃ!」 と、突然の声は二人の背後から。 「振姫様?」 「姫様‥‥寿命を迎えた木を生き返らせるなど、高位の巫女ですら不可能ですぞ?」 振り向いた二人は、自信に満ちた表情で無い胸をどどーんと張る振々を見やった。 「たわけが! せいれいの力をかりればよいだけじゃ!」 「そんな無茶な‥‥」 自信満々に言い放つ振々に、頼重は盛大な溜息をつく。 「いや‥‥出来るかも知れませぬぞ」 しかし、共に振々の豪語を聞いていた住職の見解は違った。 「おいおい、住職まで何を」 「お忘れになりましたか? 姫様は錐湖の主であるミズチに認められたお人です」 「そ、そう言えばそんな事も‥‥」 「姫様、何か妙案でも?」 と、住職が振々に向け問いかけた。 「うむ! あの木をあそこにつれて行くのじゃ!」 と、振々が指差した方向を二人は追う。 「錐湖、ですかな?」 「そうじゃ!」 それは高台に建つこの寺からもよく見える、街に繁栄を齎す母なる湖『錐湖』。 「湖に木は植えられませんぞ‥‥」 頼重は呆れるように肩を落した。 「馬鹿もの!」 「ぐぼあ!?」 刹那、頼重の眉間に振々の拳が突き刺さる。 「だれが錐湖にうえると申した! 島にうえるのじゃ!」 「島‥‥なるほど、錐湖の主の住処であったあの島ですか」 「そうじゃ! あそこならば精霊のちからも強いのじゃ!」 「し、しかし、精霊の力が濃いといっても、本当にそれで生き返るのですか‥‥?」 「このままではどうせ枯れてしまいます。ここは振姫様の案に賭けてみたい」 「‥‥ふむ、なるほど。住職がそこまで言われるのであれば」 「決まりですな。――振姫様」 と、住職は力強く頷き振々を見やる。 「うむ! 領主振々がもうしつける! あの木はからせてはならぬ! ただちに生き返らせよ!!」 「はっ。仰せのままに」 振々の尊大な言葉に、住職は笑顔で深く首を垂れたのだった。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
宮鷺 カヅキ(ib4230)
21歳・女・シ
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ
セシリア=L=モルゲン(ib5665)
24歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●弐音寺 春の調べと共に訪れた喧騒。 弐音寺の境内は、咲き誇る桜に負けぬ人々の笑い声が木霊していた。 そんな境内をゆっくりと闊歩する振々に、引き連れ一行は喧騒を横目に境内の隅へ。 「で、問題の桜ってのがこれか」 御神村 茉織(ia5355)はそこにある一本の老桜を見上げた。 「これが樹齢千年の桜。どこか荘厳な趣さえ感じますね」 咲き乱れる他の桜とは違いひっそりと咲く老桜に、万木・朱璃(ia0029)は溜息を洩らす。 「とうぜんなのじゃ! この沢繭が出来るまえから咲いておるのじゃからな!」 老桜の姿に見入るに一行に、振々はまるで我が事の様に自慢げに胸を張った。 「別におまえが威張る事ちゃうやろ‥‥」 そんな振々を呆れる様に見つめる夜刀神・しずめ(ib5200)。 「なんじゃと‥‥?」 「なんや、聞こえへんかったんか?」 「聞こえたから、とうておるのじゃ! その程度のこともわからぬのか?」 「なんやて‥‥?」 「なんじゃ、聞こえておらぬのか? 耳のとおい奴じゃの」 「ほぉ、よぉゆぅたな。どっちが――」 「まぁまぁ、お二人とも」 一触即発の二人の間を、朱璃は苦笑交じりに止めに入った。 「それはそうとして振々様。先日お願いしていた協力の件はどうです?」 今にも噛みつかんばかりに牙を剥く振々に、朱璃が問いかける。 「それは私から」 と、そんな朱璃に答えたのは振々の補佐官頼重。 頼重は、集った開拓者達に事の経過を話して聞かせる。 「まず、露店の一時立退きの件だが、これは一応の承諾を得られた」 「一応?」 説明を始めた頼重に茉織が問いかけた。 「うむ。承諾は得られたが時間を指定されてな」 「時間と言うと‥‥忙しい時にはしてくれるな。と言う事か」 口元に手を当て呟いた茉織の言葉に、頼重は小さく頷く。 「ご明察。商売が終了した黄昏時になら、と言う事であった」 「まぁ、当然やな。いくら領主命令やゆぅても、町人には町人の生活がある」 「邪魔するわけにはいかねぇか」 町人達の生活は、今日も変わる事無く続いている。 頼重の言葉に一行は納得し、深く頷いた。 「まったく、ゆうずうの効かぬやつらなのじゃ!」 一人、振々を除いて――。 ●小島 湖畔の街『沢繭』に富をもたらす母なる湖『錐湖』。 その丁度中央に位置する小さな小島に宮鷲 カヅキ(ib4230)は降り立っていた。 「中央に社だけですか。本当に他に何も無いですね」 一目で全景が見渡せるほどの小島。カヅキは社と草だけの島を、ゆっくりと歩きだした。 「‥‥地面は案外しっかりしていますか。これなら木を植えることも可能でしょう」 と、地面から伝わる感触に口元に手を当て呟いた。 「水辺は地崩れがあるとまずいですね。やはり中央の方に」 と、一通り小島を歩きまわったカヅキは、目的の場所を定める。 「うん‥‥土もしっかりとしている。ここがいいかも」 そして、島の中央に目星をつけたカヅキは掘削道具が積まれた小舟へを踵を返した。 ●沢繭大通り 「ンフフ。目立ってるわねェ」 沢繭の街で最も賑わう大通りを練り歩く女二人。 「目立ってこそだろう。この輸送劇を祭りに仕立てなければならないんだ」 腰をくねらせ自慢の肢体を見せつける様に歩くセシリア=L=モルゲン(ib5665)に、瀧鷲 漸(ia8176)は声をかけた。 「わかってるわよォ。その為にここに来たんでしょ?」 「だな。――さて、この辺りでいいか」 「そうねん」 と、大通りの交差点、沢繭の最も賑わいを見せる位置に陣取った二人。 ざわざわ――。 ただでさえ目立つ容姿の二人が、最も人通りの多い場所で立ち止まったのだ。 街ゆく人々の視線はおのずと二人に向けられた。 「見てる見てるゥ」 「ああ、悪い気はしないな」 向けられる視線――ほぼ男の好奇の目――が二人をどこか酔ったように高揚させる。 ざわざわざわ――。 立ち止った見目麗しき二人の艶姿に、見つめる人々の期待も徐々に高まっていく。 「それじゃいくわよォ!」 そして、セシリアはざわめきが最高潮に達したと見ると、手に持つビラを天高く放り投げた。 「さぁ、集え! 明日の夕刻、この通りで――」 そして、漸もまた卑しくも羨望の眼差しを送る男達に向け、ビラを投げ放った。 ●弐音寺 「さて、問題はあの桜をどう運ぶかだが――」 悩みこむ頼重は一行の顔を確認するように見回す。 「うん?」 しかし、一行に困った風な様子はなく、何か企むように互いの顔を見合わせていた。 「実はいい案があるんです」 と、口を開いたのは朱璃。 「ほう?」 「神輿や」 その問いかけにしずめが答えた。 「あの桜、結構な大木やろ? あんなもんいきなり街に通したら、邪魔以外の何でもあらへん」 「ふむ‥‥ならば、裏道を?」 「いや、それは無理だ。さっき見て来たけどよ、ありゃ周りの木を切り倒しでもしなきゃ、通れねぇよ」 「となると‥‥すまん、神輿との関係がわからんのだが?」 「ふふん。おっちゃんも意外と鈍いな。神輿と言えば何や?」 「うん? 神輿‥‥祭りか?」 「そうです! 祭りです!」 「うん? 祭りでも行うのか?」 「正解ですけど、ちょっと不正解です! この桜の移植自体を祭りにしてしまおうって思うんですっ!」 「祭りで神輿が通りを練り歩く。な、普通の光景だろ?」 「ふむ、確かに」 「私達の案どうでしょう?」 「いいのではないだろうか。幸い時期的にも祭りに適しているだろうしな。だが、どうやって皆に知らせる?」 「それについてはわりぃけど、先に手を打たせてもらった」 「うん?」 「実はですねっ、ここに来ていない三人が事前に用意してるんですっ!」 「ほぉ」 「一人は島の調査にいっとる。もう二人は街で祭りの宣伝や」 「通りの方は順調だ。特に男達の反応は凄かったぜ」 「流石お二人ですねっ! でも、これで通行人の人達の人払いは問題無さそうです!」 「よく手配しているな。今日来ていない者には明日も呼びかけるとして、周知は問題ないだろう」 周到に準備された祭りの計画に、頼重は感心するように三人を見渡し頷く。 「とまぁ、そんな感じだ。いいか、姫さん?」 一人、話しそっちのけで桜餅を頬張る振々の頭に手を乗せ、茉織が問いかけた。 「んぶ! おぎいばがらぅ――のじゃ!」 ごくんと餅を飲みこんだ振々は、一行の手際に満足気に頷く。 「文句をいうやつは、振がじきじきにお仕置きしてやるのじゃ!」 「でた、暴君発言」 「それに、早くさくらを植えなおさねば枯れてしまうのじゃ! そんな事は振がゆるさぬ!」 そんなしずめの小言を無視し、振々は柱の影から覗く老桜の姿を見やる。 「そうだな。姫さんの優しさに答える為にも、何とかその願い叶えてやらねぇとな」 「うむ! 振はやさしいのじゃ!」 茉織に頭を撫でられるのに気分を良くしたのか、振々は再び無い胸を張り満足気に頷いた。 ●弐音寺 日は変わり――。 昨日と変わらぬ春の掃天が沢繭を温かく照らす。 この弐音寺に集う町人達は、今日も変わらず多かった。 「さってと、掘りだすかね」 境内の隅に佇む老桜を前に集った一行。 「近くで見ると、結構な大きさだな」 「流石千年樹、ってところですね!」 「風情があっていいじゃなァい。早くこの桜を肴に一杯やりたいわん」 その手には鋤や鍬、鶴嘴等など、様々な掘削道具が握られている。 「相当根が張ってるはずやから、慎重にやってな」 「そう言うお前は見てるだけなんだな?」 「こんなか弱い少女に力仕事させる気なんか? 鬼かっ!」 「‥‥はいはい、そんじゃいくかね」 鬼の様な形相で睨みつけてくるしずめを、呆れる様に見つめ茉織が桜の足元に鋤を穿った。 ● 「島の方は準備できましたよ」 作業を進める一行の元に、カヅキが戻った。 「あれ、カヅキさん? そのかっこ――」 同じ依頼を受けた者。しかし、その姿は顔合わせをした時と違い男装だ。 「しー。っと、僕はカヅキって言いいます。よろしくお願いしますね、姫さん」 と、カヅキは不思議そうに首をかしげる朱璃の口元を人差し指で塞ぐと、人懐っこい笑みを振々に向ける。 「む? うむ、よきに計らうのじゃ!」 その不自然な行動を不思議に思いながらも、振々はいつも通りに変えした。 「よ〜し、僕もがんばりますよ! あ、これお借りしますね」 と、カヅキはぐいっと袖を捲ると、足元の鋤を手に取り掘削作業へと参加した。 ● 「ふぅ、なかなか全景は見えないな」 漸は額に浮かぶ汗を拭い、足元に広がる桜の根に視線を落す。 「ここまで掘れば十分や」 と、そんな漸にしずめが声をかけた。 「まだ半分も掘ってないぞ?」 「全部掘ったら、巨大になりすぎて運ばれへん」 「ここまでやって、今さら運べないでは済まないだろう」 謎かけの様なしずめの言葉に、漸は眉を顰め問い直す。 「そやから、そこまでで十分なんや。――根を切るで」 「なに‥‥?」 「そんな事して大丈夫なんですか!?」 「んま、大胆な事言う子ねん」 「木が死んでしまいませんか〜?」 当然の様にでたしずめの言葉に、一行は手を止め問い詰めた。 「それだけやあらへん。枝も切るで」 しかし、しずめはそんな一行に、平然と言い放つ。 「おいおい‥‥そんなことしたら余計に弱るだろ」 流石にやり過ぎだと、茉織は顔を顰めた。 「心配あらへん。樹木医に聞いてきたんや、間違いはない。切り口にはこれを塗っとけば大丈夫や」 と、怪訝な表情を向ける一行に、しずめは小さな壺を差し出す。 「んん? これって‥‥炭?」 壺を覗きこんだセシリアが匂いで気付いた。 「そや、切った跡から病気とかにかからんようにする為に塗るそうや」 「確かに炭には殺菌作用もありますけど‥‥頼重さん、やっちゃっていいんでしょうか?」 と、朱璃は困った様に頼重に返答を求める。 「う〜む‥‥姫様どういたしましょう」 流石に返答に困るのか、頼重はそのまま振々に問いかけた。 「よい! やるのじゃ!」 返答に困る一行に向け、振々は即断。 「姫様、本当によろしいので‥‥?」 「はようせねば、この桜はしんでしまうのじゃ! 振が許す、はよう切れ!」 無い胸を張りビシッと桜を指差した。 ● 「根には土を被せ筵を巻く、っと」 掘り起こされた桜の木は、根を切られ枝を落された無残な姿。 そんな桜のむき出しになった根に、茉織は筵を巻いていく。 「枝には炭を、ですねっ」 そして、朱璃は落とされた枝の切り口に水で溶いた炭を塗っていく。 「そんなもんでええかな。セシリアの姐はん」 と、移送準備の作業を眺め、しずめはくるりと後ろを振り向いた。 「ンフフッ。神輿の準備はばっちりよん」 と、そこにはセシリアと、足元に置かれた格子状に組まれた大きな木枠。 「瀧鷲の姐はん、宮鷲のあね――今は兄はんか、よろしく頼むで」 そして、作業が完了した事を確認したしずめは、最後の仕上げを二人に託した。 「任せておけ」 「ええ、兄はんです。了解しました」 と、怪力を誇る二人が挟み込むように桜の幹を掴むと。 『そぉれ!』 今まで桜を縛っていた地面から、一気に引き抜いた。 そして、引き抜いた桜を神輿へと積みこむ頃には、辺りはすっかりと赤色に染まっていた。 ●大通り 神輿に縛りつけられた桜は弐音寺の石段を下り、大通りへと出る。 「さぁさぁ、桜神輿のお通りですっ!」 神輿の先頭を行く朱璃が、通りを行き交う人に注意を促しながら先行する。 その声につられたのか、はたまた先日の宣伝が功を奏したのか、大通りにつめかけた人々は左右に大きく分かれていた。 「お通りなのじゃ! 道をあけよっ!!」 まさに無人の野を行くが如く。振々は桜の木と共に神輿に乗ると、満足気にその景色を見渡す。 ざわざわ――。 偉容を放つ桜神輿、それに領主振々が乗っているのだ。周りにつめかけた見物客達のざわめきが上がった。 「ンフフっ。いいわねェ、このし・せ・ん!」 それにつられて集まる視線を感じ、セシリアは顔を紅潮させ、腰を妖艶にくねらせる。 「大丈夫か? そろそろ代わるぞ?」 神輿を担ぐ漸とカヅキに、茉織が問いかけた。 「なに、気にするな。私は体力にしか自身が無いからな。こういう事は任せておけ」 「右に同じです」 気遣う茉織に返って来た頼もしい返答。 「そ、そうか‥‥」 しかし、茉織はどこか困った様に苦笑い。 それも仕方のない事。何せ神輿を担ぐのはたった二人、それも女性なのだから。 大通りを我が物顔で闊歩する振々付き桜神輿を一目見ようと、見物客は見る間に増えてくる。 開拓者達の機転により仕込まれた急造の祭りは、最早恒例の祭りの様に盛大な祭りへと昇華していた。 ●小島 盛大に催された桜移住の祭り。 湖を渡る神輿を追い、船で漕ぎ出た見物客達が押し寄せる小島で、一行は最後の仕上げに取り掛かった。 前日にカヅキが準備しておいた移植の為の穴に向け、一行は力を合わせ桜を立てる。 「かぶせる土はあんまり固めんように。でも隙間ができんようにな」 「結構気を使うもんだな‥‥」 「次は支柱や。根を切ったから、そのままやったら支えきれんからな」 「神輿はばらし終わったわよォん。これを使って支えにしてねェん」 次々と出されるしずめの注文にも、一行は最後の仕上げと、的確に作業をこなして行く。 「ささ、皆さんもどうぞ上陸してくださいっ! 移植が終わったら皆で、桜を愛でながら宴会をしますよっ!」 そして、朱璃はわざわざ小舟を繰り出した見物客達に上陸を勧めると、見物客達は「いいのか?」と顔を見合わせつつも、船を島に付け上陸を始めた。 ● 全ての作業は完了した。後は精霊の力に頼るだけ。 「精霊さんよ。これでなんとか頼むわ」 茉織は植えられた桜の根元に二色の桜餅を備えると、瞳を閉じ祈りを捧げた。 「きっと元気になってくれますよっ」 「当然や! そうやなかったら、うち等の苦労が報われん」 そして、朱璃としずめも茉織に続き祈る様に瞳を閉じる。 「来年には綺麗な花を咲かせて欲しいものですね」 そこにはいつの間に着替えたのか、艶やかな振り袖を纏うカヅキの姿。 「む? むむ?」 顔は見た顔、しかし、どうにも性別が合わない。振々は困惑するように眉を顰めた。 「何を驚かれてるんですか? 変な姫様ですね?」 そんな振々をカヅキはくすくすと笑い見つめた。 「さぁ、皆も来るといい」 上陸した見物客を桜の膝元へと誘導する漸。 「遠慮すんな、姫さんの奢りだぞ?」 「うむ! えんりょは無用なのじゃ!」 そして、ぽむぽむと振々の頭を撫でながら、見物客を招く茉織。 そんな二人の誘い、そして何より振々の言葉に、見物客達は我先にと桜の元へ詰めかけた。 「さぁ、呑むわよん!」 待ちに待った瞬間に、セシリアは大杯を掲げ宣言する。 そして、朱璃が用意した桜餅やしずめの持ってきた寿司を肴に、来年こそは満開の花を咲かせて欲しいとの願いを込め、集った者達はセシリアの盃に合わせる様に大きく盃を掲げた。 |