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■オープニング本文 ●陽縣 朱藩の首都『安州』近郊の街『陽縣』。 かつてより広大な海に浮かべる船を造る者達が集い、生業として発展してきた街である。 そんな造船業が盛んな街は、海へと浮かべる船から近年発達した飛行船の製造へと移行しつつも、変わらぬ活気を保っていた。 「試作弐番機、浮かべるぞ!!」 ここは、そんな造船の街の一角にある工房『平賀組』。 広い敷地を有し、船を製造する格納庫を二つ有す、街でも五本の指に入る工房である。 「了解でさぁ!! 行くぞお前らっ!!」 しわがれた声に答える若衆の声。 『おぉぉぉっ!!』 格納庫に木霊す男達の怒号。 「浮遊宝珠機関回します!!」 「風宝珠制御機関順調に稼働! 出力安定!!」 「船尾旋回翼、及び、風宝珠制御翼、制御開始!!」 「おやっさん! いつでもいけますぜっ!」 若頭の上げる嬉々とした一声。 「――抜錨!! 浮きやがれっ!!」 その声に、しわがれた声の主は、負けんばかりの大声を上げた――。 ゆっくりと浮き上がる我が子を愛おしそうに見つめるのは、この『平賀組』の組長、平賀 栄喜。 老練な整備士として長くこの街で数多の『子』達を生み出してきた、飛行船の親である。 「‥‥」 無事に巣立った『子』を見上げ、栄喜の堅い表情が少し緩んだように見える。 「今日も気合が入ってるねぇ、おやっさん」 そんな栄喜の 「‥‥なにしにきやがった」 その声に、栄喜は振り向く事無く答えた。 「うひぃ、相変わらず厳しいお言葉」 冷たく言い放つ栄喜の言葉に、黎明は大げさに落胆する。 「‥‥セレイナはどうした。街の外にでも泊めてあるのか?」 そんな黎明の言葉を無視し、振り向いた栄喜はかつて造った『子』の姿を探し視線を巡らせた。 「ああ、セレイナな‥‥えっと」 「‥‥」 しかし、何処を探しても白銀の我が子の姿はない。 代わりにあるのはどこかばつの悪そうな表情を浮かべる黎明の姿だけ。 「えっとな‥‥これ」 と、黎明が背に隠していたあるものを差し出した。 それは、セレイナ――の舵輪であった。 「‥‥帰れ」 見せられたそれに、一瞬怒りの表情を浮かべた栄喜は、短くそう告げる。 「おやっさん!? ちょっと待ってくれよ! 話だけでも聞いてくれっ!?」 まるで取り合ってくれない栄喜に、黎明は必死にすがりつく。 「まぁまぁ、おやっさん」 と、そこへ現れたのは重種であった。 「そんなの邪険に扱っちゃぁ、黎明が不憫ってもんですぜ?」 険悪な空気が漂う二人の間に割って入った重種は、黎明に人懐っこい笑顔を向けた。 「お! 重種!! 話がわかるな!! お前だけが頼りだぜ!」 と、現れた救世主に黎明は一縷の光明を見たのか、その手を握りぶんぶんと振りまわす。 「なんだ重。俺の決めた事に文句があるって言うんじゃあるめぇな?」 「いやいやいやいや、そんな事ある訳ないじゃねぇですか!?」 黎明に腕を取られながらも、重種は栄喜の言葉に過敏に反応した。 「‥‥おほん。まぁ、とりあえず話を聞かせてもらえるかい?」 後ろから突き刺さる栄喜の視線を気にしながらも、重種は黎明に向い問いかける。 「いやまぁ、結構激しい戦闘があってな」 「あのセレイナが跡形もなく破壊されるんなら、そりゃすげぇ戦いだったんだろうな」 「ああ、相手が相手だったしな」 「ふむ? どんな相手だったんだ?」 「あー、お前もよく知ってる船さ」 「うん? うちで造った船か?」 「ああ、デスリカだ」 「なにっ! デスリカだと!?」 肩を落とす黎明から出たその単語に、栄喜は信じられないとばかりに反応した。 「あ、ああ。デスリカだ」 突然の声の迫力に、黎明は人形のように答える。 「‥‥重」 「はいよ!」 短く呼ばれた名に重種は即座に反応した。 「そんじゃま。話を聞きますか」 そして、栄喜に変わり黎明との交渉を始めた。 ● 「艦橋はどうする? 宝珠は何基積む? 旋回翼の形状は?」 「え、え、え‥‥?」 次々とぶつけられる質問に、黎明はおろおろと戸惑うだけ。 「おいおい、黎明さんよ。その辺決めてもらわなくちゃ、こちとら造りようがねぇってもんですぜ?」 「そ、そうか。そうだよな。‥‥うん、艦橋は広くしてくれ!」 「広くっと。で、どれくらいの広さにする? セレイナと同じくらいでいいか?」 「もっと広くだ。広い方が動きやすいからな!」 「ふむ‥‥セレイナは動きにくかったか? 計算して作ったんだがな?」 「い、いや動きにくくはなかったが‥‥」 「だろ? あんまり広くても場所とるだけだぜ?」 「そ、そういうもんなのか‥‥?」 「ああ、そういうもんだ」 次々と押し寄せる質問に答えこそするが、黎明の答えは技術者にとって曖昧すぎるもの。 「やめとけやめとけ、そんな素人に何聞いても無駄だ」 そんな二人のやり取りを呆れる様に見守っていた栄喜の我慢も限界に来た。 面倒臭そうに手を振ると、くるりと踵を返す。 「ちょっ! おやっさん!?」 そんな栄喜に黎明は思わず声をかけるが、 「ま、設計思想が決まったらまた連絡してくれよな」 栄喜に続き重種も、呆れる様に格納庫へと戻って行った。 「‥‥はぁ」 黎明はその姿を呆然と見つめ、場を後にするしかなかった。 ●宿 「まぁ、当然でしょうね」 「はぁ‥‥」 宿に帰った黎明を迎えた嘉田。 「他の職人ではダメなのですか?」 「ああ、ダメだな。あのおやっさんじゃないと、俺達の船は造れない」 「では、どうにかして説得する必要がありますね」 「説得なぁ‥‥」 「幸い、宿題を出されたのでしょう? であれば、答えで説得するしかないでしょう」 「そう言ってもなぁ‥‥自慢じゃないが、俺は答える自信が無い!」 「‥‥本当に自慢ではないですね」 大きく胸を張り言い切る黎明を、嘉田は呆れたように肩を落とし見つめた。 「仕方ありませんね。あの方たちの力を借りましょう」 「あの方たち?」 「開拓者の方々です。様々な事象に身を置く彼らであれば、何かよい答えを持っているかもしれませんからね」 「おお、なるほどな! 嘉田、冴えてるな!!」 「では、早速手配しましょう。――と、そうです」 「うん?」 くるりと振り向いた嘉田が突然手を打った。 「彼等への報酬は、黎明。貴方の財布からひいておきますから」 「‥‥えぇ!?」 最後に発せられた嘉田の言葉に、黎明の絶叫が宿に響き渡ったのだった。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
各務原 義視(ia4917)
19歳・男・陰
月影 照(ib3253)
16歳・女・シ
ネーナ・D(ib3827)
20歳・女・吟
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●工房 木を削る匂いがする。鉄を焼く熱を感じる。 怒声の応酬がそこかしこから聞こえる。 「すごい‥‥こうやって飛行船が作られるんだ」 人の背丈のゆうに10倍はある高々と組まれた木組みを月影 照(ib3253)と天河 ふしぎ(ia1037)が見上げる。 「少年の様な瞳で見上げてる所悪いんですけど、憧れてるだけじゃ、手に入りませんよ?」 作り上げられていく飛行船を羨望の眼差しで見つめるふしぎに、照はズバッと言い放った。 「うっ‥‥。そ、そうだよね‥‥。で、でも、いつか僕達の空賊団も船を作るんだからなっ!」 「いつか、ですか。随分アバウトで。どうせなら、ここで宣言してみてはどうです?」 「宣言って‥‥?」 「宣言は宣言。目標ってのは、明確に定めてこそ目標になる、のですよ」 「そ、それ位わかってるんだからなっ! えっとえっと‥‥来年には! ‥‥ちょっと難しいから、再来年? い、いや。そこまでお金は‥‥」 迫られた空賊団の長としての決断。 「3年後! 3年後には‥‥持てるといいな!」 そして導き出した答えを、照にぶつけた。 「はぁ‥‥。これは先が思いやられますね」 しかし、そんなふしぎの希望的観測的答えに照は大きく溜息をついた。 ●資材庫 山と積まれた飛行船の元となる材料達。 そんな材料達の脇に、小さな舵輪といくつかの宝珠が無造作に置かれていた。 「報告書は読ませてもらったけど、ほんまにこれだけしか残って無いんや‥‥」 それはセレイナの遺品。夜刀神・しずめ(ib5200)はそんな遺品達を見つめ、静かに呟く。 「これだけでも持ち出せた事に、称賛を与えて欲しいもんだけどねぇ」 「なにが称賛や‥‥」 共に亡き骸を見つめる黎明に、しずめは大きく溜息をついた。 「キラキラ‥‥綺麗なの」 「お、その輝きの良さがわかるか、お嬢ちゃん!」 呆れるしずめをほっといて、黎明はもう一人の同行者水月(ia2566)へとさっさと鞍替え。 「‥‥これが浮遊宝珠?」 「ああ! そんでこっちが風宝珠だっ」 「‥‥こっちも綺麗なの。何度か飛行船には乗せてもらったけど、見た事無かったの」 「そりゃ、普通の人間は立ち入らない場所に据えられてるからねぇ」 「‥‥損してた気分なの」 「ははは。でも、今見れたからよかったじゃないか」 「はぁ‥‥。まぁ、技術者のおっちゃん達に呆れられるのもわかるわ‥‥」 まるで子供の様に宝珠の輝きに見とれる黎明に、しずめは再び溜息をつき、 「うちは先に行くで。はよ来な、会議終わってしまうからな」 宝珠を見つめる二人に向け背を向けると、振り返る事無くそう告げ、部屋を後にした。 「‥‥私も行くの」 しずめの背を眺め、水月が立ち上がる。 「そうだね。俺が行かないと話し合いは始まらないしね」 「‥‥居なくても問題無いと思うの」 うんうんと自慢げに頷く黎明に向け、水月が小さく呟いた。 「へ?」 「‥‥皆待ってるの」 水月の呟きに呆気にとられる黎明を置いて、水月もしずめを追い部屋を出た。 ●設計室 散乱した飛行船の設計図。筆記道具。測量機器。足の踏み場もない設計室に一行は集う。 樫造りの重厚な机を囲み、一同は新たなる船の設計に乗り出した。 「みっなさーん、ようこそっ! さぁ、新しい船の為、皆の意見をバッチリガッチリ聞かせてもらいますよ!」 場を仕切ろうと立ち上がった重種は、机の上に置かれた一枚の設計図を指差した。 「徹夜で探してやっと見つけた、セレイナの設計図! いやぁ、苦労したね! 何せ8年も前の船だから、奥の方に――」 「で、設計思想は固まったんだろうな?」 胸を張り功績を自画自賛する重種をほっといて、栄喜が声を上げる。 「おやっさんが度肝抜かれる様な案を披露してやるよっ!」 「ほぉ、そいつぁ楽しみだ。そんじゃ早速聞かせてもらおうか」 「おうっ! じゃ、後はよろしくっ!」 「おほんっ。では、黎明船長に変わり、私、各務原がご説明させていただきます」 咳払い一つ。黎明に指名された各務原 義視(ia4917)がすっと立ち上がる。 「‥‥まぁいい。最初からお前ぇには期待してねぇ。じゃぁ、聞こうか」 「はい」 向けられた言葉に頷いた義視は、 「まず決めておきたい事は、新しい船は火力、装甲、速力の何を重視するかと言う事ですが――」 会議に参加した皆を見渡し言葉を投げかけた。 「一から作り直し――ってゆぅのも悪ぅないけど、ここは前身の設計思想を引き継ぐべきやろうな」 と、義視の問いかけに答えたのはしずめ。 「いきなり180度設計思想変えても、そも船員の兄はんらが戸惑うだけや」 机の上に広げられたセレイナの設計図を見下ろしながら、しずめは言葉を続ける。 「正直な話、元の船をそのまま復元するだけでも十分や思う。そもこの工房で作られた船やろ? おっちゃん達が手ぇ抜いたとは思わへん」 「ええ、セレイナは高い水準で完成された船だと思います。ですので、私達はこのセレイナの設計思想を引き継ぐ方針です」 と、しずめの言葉に義視が同調した。 「そんじゃぁこの設計図の通りにもう一隻新しい船を作ればいいんだな?」 そんな二人を試す様に栄喜が問いかける。 「それは違います。あくまで設計思想を引き継ぐだけです」 「そや、そちらさんも複製作るだけやったら、癪やろ?」 と、そんな栄喜に二人は即座に言葉を返した。 「いいだろう、そんじゃ聞かせてもらえるか?」 そして、二人の言葉に満足気に頷いた栄喜の言葉がきっかけとなり、会議は徐々に熱を帯び始めた。 ● 「見た目‥‥一目見ただけで敵が竦む様な威容。そうね、銀の翼なんかつけるといいんじゃない?」 と、今までじっと皆の言葉に耳を傾けていたネーナ・D(ib3827)が声を上げる。 「旋回翼として少し大きめに作ってさ、折りたためるようにもしたら邪魔にならないと思う。機動性と見た目も兼ね備えた装備には出来ないかな?」 「おっ! いいんじゃない?」 ネーナの提案する案を思い浮かべたのか、黎明が真っ先に食い付いた。 「‥‥話になんねぇ」 しかし、渋る顔を更に渋って栄喜がネーナの案を一刀両断。 「確かに見た目は派手でいいだろうよ。そりゃ、王朝の貴族さん方が乗るにゃぁ持って来いの船になるかもしれねぇ」 「威風堂々としたたたずまいになるでしょうね」 「ああ、後光でも指しそうな勢いでな。だがよ、さっき決まっただろ。速度重視に船にするってな」 「うん、だから折りたたんで機動性を殺さないようにって――」 「駄目だ駄目だ。折りたたむってのは悪くない案だが、翼になる程でっけぇもん付けちゃぁ、重くなって仕方がねぇ」 「うーん、そうかぁ‥‥」 栄喜の言葉にネーナは口をへの字に押し黙った。 「えっと、僕からいいかな?」 「ええ、ふしぎ。どうぞ」 と、ネーナに変わり声を上げたのはふしぎ。 「新しい船の船体なんだけど‥‥双胴型にする事は出来ないかな?」 「双胴型? なんでそんな事するんや?」 そんなふしぎの提案に、しずめが問いかける。 「うんっ! 船体を二つ繋げることで積載量を増やして――」 「やめとけやめとけ。利がまるでねぇ」 思い描く新たな船を想像しながら物語を紡ぐように語るふしぎの言葉を、栄喜が呆れる様に遮った。 「え‥‥?」 「海上を浮かぶ船が飛行船の元になってんのは知ってるたぁ思うが、あくまで『元』だ。確かに海上じゃぁ安定感が増して有効だろうよ。だがな、これは空を浮く船だ」 皆の視線が集まる中、栄喜が表情を変える事無く言葉を続ける。 「もちろん、飛行船に双胴型の船が無いわけじゃねぇ。輸送船なんかにゃ、ある形だ。だがな、黎明の乗る船は何だ? 戦闘船だろぉよ。重いわ脆いわいいとこねぇ」 「そ、そうなんだ‥‥」 「なるほど、確かに利がありませんね」 栄喜の話にしゅんと落ち込むふしぎ。そして、興味深げに何度も頷く照。 「いい案だと思ったんだけど‥‥」 「落ち込む事はないですよ。一つ勉強になったじゃねぇですか」 照は落ち込むふしぎの肩に手を置き、 「ふしぎさんの提案はあっさりずっぱり却下された訳ですが、こういうのはどうですか?」 と、置いた手を軽く上げ、ふしぎの肩を叩いた。 「え?」 そんな照の仕草に、ふしぎは呆けながら見上げる。 「朋友の話があったじゃないですか」 「あ‥‥うんっ!」 照の言葉に沈んでいたふしぎの表情が晴れる。そして、 「えっと、最近の戦いでも感じたことなんだけど、朋友達に力を借りる事が多いよね。でね、いつも甲板の上に居てもらうのも可哀想だし、どこか控室?みたいな所が作れないかなと思って」 「格納庫か‥‥ふむ」 「朋友達は絶対に戦力になると思うんだ!」 「悪くない案だ。船倉を少し削るが朋友の格納庫を作るか。そうだな、どちらかの船壁に開閉可能なハッチでもつけてな」 「やった! ありがとう!」 頷いた栄喜の言葉に、ふしぎは嬉しそうに首を垂れた。 白熱した議論はもう何時間も続けている。 一同は一旦の休憩をとる為、会議を中断した。 ●工房 「‥‥」 「ふしぎさん?」 工房の作業風景をぼーっと虚ろな瞳で見つめるふしぎに、照が声をかける。 「あ、照」 「あ、照、じゃないですよ。何しやがってんですか?」 「うん、ごめん。ちょっと考え事‥‥」 「‥‥声かければいいじゃないですか」 どこか無理に笑っているように見えるふしぎの想いを感じ取ったのか、照は先程までふしぎが見つめていた方角を見やる。 そこには、仲間内で何やら楽しげに話しこむ崑崙のメンバー達。 「ほら、行きますよ。ぐずぐずしてるとその尻蹴っ飛ばしてやりますよ?」 と、照は何の戸惑いもなくふしぎの手を取ると、 「え、え、え!?」 戸惑うふしぎを引きずりながら、クルー達の元へ向かった。 ●設計室 「‥‥なるほど、話はわかった」 「‥‥」 休憩中、自室で煙管をふかす栄喜を水月が訪れていた。 「しかしまぁなんだ。そんなとこに目が行くとはな」 「‥‥戦闘が目的の船でも、それを動かすのは人なの」 いつもとは違い饒舌に栄喜に詰め寄る水月。 「‥‥窮屈なベッドで寝ても疲れは取れないし、美味しくないご飯だとやる気も出ないの」 「‥‥ふむ、で、俺にどうしろと?」 水月の言いたい事はわかる。しかし、栄喜はあえてそれを問いかけた。 「‥‥」 と、その問いかけに水月は一枚の紙を差し出す。 「‥‥重種さんに貰った設計図に書き込んできたの」 「ほぉ‥‥。ふむ、狭い空間を工夫して使ってやがるな」 差し出された紙を覗きこむ栄喜。それは設計図に丁寧に書きこまれた居住区の案であった。 「‥‥皆の為に、これは譲れないの」 「わぁったわぁった。そんな目で見るな。出来る限りの事はしてやるから」 じっと見つめる水月に、栄喜は困った様に頷く。 「‥‥」 そんな栄喜の言葉に、水月は嬉しそうにこくこくと何度も何度も頷いた。 ●設計室 休憩を終えた一同は再び設計室に集まっていた。 「では、内部施設については水月さんの意見を取り入れ、出来うる限りの快適性を求めて行く形で」 切り出した義視の言葉に皆が頷く。 「では最後に、新造艦最大の攻撃力となる大筒ですが、出来れば元の火力から落としたくはない」 「てぇと、左右に4門、前後に1門、計10門でいいんだな?」 切り出した義視の言葉に、栄喜が答える。 「ちょっと待った。クルーが20人でしたっけ? それだけしかいないのに、10門も積んだら、それこそ宝の持ち腐れですよ」 「それに船体も重くなるし、折角のセレイナ――じゃないや、新しい船は速さを重視しようって決めたのに」 しかし、栄喜の照とふしぎは首を縦に振らない。 「ふむ‥‥、そうなれば装甲を削るしか――」 「悪いがセレイナの装甲は紙同然だからな。これ以上削っちゃぁ、それこそ本物の紙で作る事になるぜ?」 代替案を出そうと考え込んだ義視の言葉を栄喜が遮った。 「八方塞やな。速力重視にしたんや、火力はある程度目をつぶらな――」 「‥‥倉庫にあった、アレはダメなの?」 お手上げとばかりに両手を上げ首を振るしずめの言葉に、水月が声を被せた。 「っ!」 「あれ?」 ふと上げた水月の言葉に、参加した二名を除く皆が何かと問いかけた。 「‥‥倉庫の隅の方に布を被せられてた大筒があったの」 と、水月は会議の前に訪れた倉庫で見つけた大筒の事を皆に知らせる。 「へぇ、おやっさんさんどんなものなんですか?」 言葉を詰まらせた二人の一瞬の変化を見抜いた照が、栄喜に問いかけた。 「‥‥」 しかし、お互いに顔色を伺い何も話さない二人。 「なんや、相当にやばい物らしいな」 そんな二人の態度に、しずめがそれの危険性に感づく。 「『天吼』」 と、皆の視線が集まる中、栄喜が小さく声を発した。 「おやっさん!?」 突如上げた栄喜の声に、重種は信じられないとばかりに声を上げる。 「この街の工房が作り上げた最新鋭の精霊砲だ」 しかし、栄喜は言葉を続けた。 「‥‥新しい船に付けて欲しいの」 言葉を選び話を進める栄喜の真剣な声に、水月も真摯に訴えかける。 「やめとけ――死にたくなけりゃな」 「‥‥あの砲は、相当なじゃじゃ馬なんだよ。宝珠制御の難しさから、暴発事故が何件もあった。――それで、何人も死んだ」 栄喜の言葉を継ぐように、重種が『天吼』の説明を始めた。 「本格的にやばいな」 重種の説明にしずめも自然と険しい表情になる。 「だから、半ば封印されてあそこに――」 「‥‥大丈夫なの。皆ならきっとうまく使えるの。ね、船長さん」 と、重種の言葉を遮って、真っ向から受け止める水月は、すっと黎明を見た。 「ああ、任せとけって! うちには優秀なクルーがいるからな!」 「‥‥嘉田か。ふぅ‥‥いいだろう、積んでやる。責任はもたねぇがな」 水月の、そして黎明の力強い意思を受け、栄喜が静かに首を縦に振った。 ● 「で、船の名前はどうすんだい?」 会議も終盤、重種が最後の問いを皆に投げかけた。 「名前かぁ‥‥何がいいかな?」 そして、黎明もまた一行へ向け期待の視線を向ける。 「セレイナでええんちゃう?」 「それだと前の船と一緒だし、せめてセレイナ改とか――」 「もう少し捻りがあってもいいんじゃないですかねぇ?」 最後の問題に向う一行からは様々な案が出る。 「セレイナの娘なんだし、レアって名前はどうかな?」 と、そんな中、声を上げたのはネーナであった。 「娘?」 ネーナの漏らした言葉に、栄喜が反応する。 「うん、すごく綺麗な船になるのよ? どう考えても女の子でしょ」 「ふむ‥‥。今まで『息子』ばかり作ってきたが――『娘』もわるくねぇか」 「いいんじゃないかな? セレイナの子供なら息子でも娘でも大歓迎だ!」 栄喜、黎明。両名の賛同が得られた。 「うん、決まりね!」 そんな二人に、ネーナは満面の笑みを向けた。 こうして設計思想が纏った空賊団『崑崙』の新たな船『レア』。 セレイナの娘が天儀の大空に舞う日は、そう遠くないかもしれない。 |