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■オープニング本文 ●平卸 武天と朱藩の国境にある山脈の麓の街『平卸』。 街の北側に広がる広大な牧草地では、酪農を生業とする者達が平穏に暮らしていた。 そんな、平穏な街を突然の変異が襲った。 「よーし、お前らたんと食えよ」 放し飼いにされる牛たちの旺盛な食欲を、牛飼いの青年は見つめていた。 「そんで、たーんと乳を出してくれよな」 まるで我が子を慈しむ様に牛たちを眺める青年は、草原を歩きまわり疲れた体を休める為、足元に転がる岩に腰をかける。 「うん? なんだあの雲?」 と、一息ついた青年がふと空を見上げた。 そこには、見慣れた雲。 「なんでこんな時期に?」 しかし、それは夏の雲。 雨と風を呼ぶ入道雲であったのだ。 「まぁ、山の空が考える事だ。考えても仕方ないか」 山の天気はころころと表情を変える。 青年はまた山の気まぐれだろうと、深く考える事もなく腰に下げた水筒に手を伸ばした。 それは突然の襲来であった。 んもぉぉぉーー!! 苦しそうに鳴く牛の声は次第に上空へと遠のいていく。 「え‥‥?」 そんな牛の悲痛な叫びに、青年は呆気にとられた様に視線を戻す。 しかし、そこには何もない。 今まで美味しそうに草を食んでいた牛が、忽然と目の前から消えうせたのだ。 「なっ‥‥!?」 青年は、遠くなった牛の悲鳴を追って、上空を見上げる。 そこには、巨大な腕に掴まれ、上空へと連れ去られる牛の姿があった。 「ア、ア、アヤカシだぁぁ!!」 こんな事が出来る者は、他に居ない。 我が子の様な牛が攫われた事も忘れ、恐怖に支配された青年は、一目散に街へと坂を駆け降りて行った。 ●夜 夜の帳が落ちてどれ程の刻が経っただろう。 「これで5頭目か‥‥」 草木も寝静まる深夜、街の中心にある一軒の民家は深く沈む夜の闇へ光を漏らしていた。 「どうする、これ以上の被害は‥‥」 「早くどっかへ行ってくれ‥‥」 深夜にもかかわらず光が漏れる民家から聞こえてくるのは、この夜の闇のように深く沈んだ男達の声。 「なんで、この街なんだ‥‥」 人知の及ばぬ存在『アヤカシ』。 人では到底かなわぬこの存在を前に、村の住人達は一様に恐怖と絶望に苛まれていた。 「とにかく、今は彼等の到着を待つしか無かろう」 そんな男達の中、一際重みのある言葉を発する老人の声。 「頼む! 早く来てくれ!!」 最早縋るものは他にない。 男達は、老人の声に期待を込め懇願する。 この恐怖を取り除いてくれる存在『開拓者』の到着に。そして、この恐怖の打倒を――。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●平卸 頬を撫でる風は暖かい。 長閑な草原に茂る緑を優しく揺らせていた。 「ふぁ‥‥長閑だねぇ」 そんな何処にでもある様な風景を眺め、喪越(ia1670)伸びと共に大きな欠伸一つ。 「まったくだな、昼寝でもしたくなる‥‥アレさえなければ」 と、そんな喪越に同意を示しながらも、琥龍 蒼羅(ib0214)が空を見上げた。 そこには、季節外れの曇天雲。 夏の風物詩である真白の入道雲が、春の空に浮かんでいた。 「この春の晴天を汚すアヤカシ‥‥許せないっ! 空で悪事を働く奴は、僕が絶対にやっつけてやるんだからなっ!」 今が夏であれば、それは共に天を住処とする共存者。しかし、季節外れの入道雲は、忌むべき存在である。 天河 ふしぎ(ia1037)は曇天へ向かい、咆哮を上げた。 「ったく、立派な腕があんだから、正々堂々殴り合いやがれってんだ」 握った拳をぽきぽきと鳴らしながら、届かぬ敵を睨みつける酒々井 統真(ia0893)。 「まったくよね。腕って何かを掴む為のものでしょ? あたしの故郷じゃ、腕の化け物は強欲の化身って言われてるのよ。ま、アヤカシにはピッタリの姿かもしれないけどね」 そして、曇天にビシッと指を突き付けるシルビア・ランツォーネ(ib4445)。 「よっ! お三方ともカッコいいねぇ! おじさん、惚れちゃいそうよっ!?」 そんな意気込む三人に喪越は頬に手を当て照れたように2mを超す巨体を器用にくねらせた。 「‥‥怠惰なアヤカシかと思っていたが、外見に騙されてはいけないな。実に効率的な捕食方法だ。うむ、興味深い」 どこか緊張感の無い一行を他所に、一人曇天を見上げゼタル・マグスレート(ia9253)が小さく呟いた。 その時。 「っ! 皆!!」 ふしぎが突然声を上げた。 「来る!」 その声に再び天を見上げた蒼羅が叫ぶ。 天には変わらぬ入道雲。 しかし、その底辺が怪しく渦巻いていた。 「まずい‥‥放牧された牛が‥‥!」 皆が空を見上げる中、ゼタルだけが地上の草原へ視線を落していた。 そこには放牧された牛が、呑気に草を食んでいる。 「くっ! ここからじゃっ!」 と、ギリッと唇を噛むシルビアが駆けだした。 「牛‥‥お前の犠牲は無駄にしない‥‥が、しかーし! どうせなら俺の胃袋へ――」 そんな緊迫した捕獲劇を前に、喪越は両手を合わせ牛の冥福を祈りつつ、涎を垂らす。 「もぉ、喪越! そんな事言ってる場合じゃない――」 「‥‥もう間にあわねぇよ。それより、相手をよーく見とくんだな」 ふしぎの激昂に、喪越は閉じた目の片方だけを開け、小さく呟いた。 渦を巻く雲の真下までの距離は相当な物。開拓者の足であってもとても間に合う距離ではない。 「出てくるぞ‥‥!」 再び発せられた蒼羅の声に、一行は天を見上げる。 雲の渦は次第に速度を上げ、その中心に『穴』を作る。 そして、その穴から――。 巨大な人の腕と思しきアヤカシが、一直線に地上を目指し堕ちて来た。 んもぉぉぉぉーー!! それは刹那の捕獲劇。 雲の穴から現れた巨腕は、まるで風の如き速度で直下の牛を掴み取る。 そして、獲物を捉えた腕は、勝ち誇ったようにゆっくりと天へと戻っていった。 「早いな‥‥」 冷静に目の前の出来事を捉えるゼタルが小さく呟く。 「空からの一方的な狩り‥‥ったく、気にくわねぇ‥‥」 何もできなかった悔しさからか、統真が掌に拳を打ちつけた。 空は何事もなかったかのように静む。 一行はアヤカシの捕食風景を成す術なく見つめるしかなかった。 ●集落 「では、よろしく頼む」 「あ、ああ、わかった!」 軽く首を垂れたゼタルに、村の男はうんうんと何度も頷いた。 ゼタルは一旦集落へと戻り、住民の安全を最優先に避難誘導の陣頭指揮に立っていた。 「‥‥これで人的被害は免れるだろう」 指示で落ち着きを取り戻し、統制を取りながら避難する住人を、ゼタルは満足気に見つめる。 と、そんな時。 「いやぁぁぁ!!」 辺りに響く、黄色い奇声。 「へい、よぉ! そんなに連れなくしないでっ!?」 そして、独特の調子の追跡者の声。 「喪越さん、何をやっている‥‥」 鈍痛が押し寄せる頭を抱えながら、ゼタルはそんな追跡者に声をかけた。 「うん?」 そんなゼタルの言葉に追跡者喪越は足を止める。 「何ってそりゃ、住民の安全を確保する為に、最善最良の方法を持っての避難誘導をだな」 「そうはとても見えないのだが‥‥」 ゼタルは更に増す頭痛を堪えながら、真剣に自信の行動を説明する喪越に向った。 「見えない‥‥? まさか、そんな‥‥」 ゼタルの口から発せられる驚愕の言葉に、喪越は愕然と立ち尽くす。 「‥‥喪越さん、僕達の任務を忘れた訳じゃないだろうな?」 そんな喪越に、ゼタルは呆れる様に問いかける。 「任務‥‥? 任務‥‥任務‥‥妊婦‥‥お前ぇ、おめでたか?」 「‥‥僕は男だ。まったく、女性の尻を追い掛けている暇があるなら、住人の避難を――うん?」 と、最早呆れるしかない喪越の態度に、大きく溜息をついたゼタルは、住人達へ視線を送る。 「見てみろよ、この乳牛パラダイス! ったく、どこもかしこもたわわに実りやがって‥‥」 遠くから涙目で睨みつけてくる村娘達を、愛おしそうに見つめる喪越。 そして、その視線の先には、入道雲から最も遠い、村でも一番安全な場所に固まる住人達の姿。 「避難が終わってる‥‥?」 「さぁ、行こうぜ! さっさと『ついで』なアヤカシぶっ倒して、続きを――」 「僕達の任務はアヤカシの討伐までだ」 「なっ!? 馬鹿な‥‥そんなはずは‥‥!?」 数々の障害(喪越)を乗り越え、住民達の避難は完了する。 二人は住人達の避難を確認し、草原へと戻る。若干一名盛大に後ろ髪を引かれながら――。 ●草原 「下に潜ってみると意外とでかいわね」 入道雲が造り出す影。 シルビアは陽光を遮る影の下、上空の曇天を見上げる。 「降下地点が不明な以上、この影の範囲で分担して待機するしかないようだな」 共に地上迎撃を申し出た蒼羅は、肩に乗る愛鷹『飄霖』の喉元を撫でつけながら答えた。 「攫われた牛たちは、どうなったんだろう‥‥。氷漬けになって墜ちてきたりしないかな?」 「流石にそれはねぇんじゃねぇか? どう見ても食事してるだろう」 と、呟いたふしぎに、統真は苦笑交じりに答えた。 「あ、やっぱりそうかな?」 「当たり前でしょ? こんな所でボケかまさないでくれる?」 冗談交じりに笑い飛ばすふしぎを、シルビアは冷たく見つめる。 「うっ‥‥。べ、別にボケてる訳じゃないんだからなっ! シルビアだって、パパ、パパっていつも言ってるだろ!」 「ばっ!? パ、パパは関係ないでしょ! 何でいきなりそんな話になってんのよ! あんたのボケと一緒にしないでくれるっ!?」 「さっき言ってたの聞いたんだからなっ! アヤカシの話はパパの受け売りだってっ!」 「そ、それがどうしたのよっ! あんたの天然ボケとは関係ないでしょ!?」 「て、天然って言ったっ! ぼ、僕だって好きでボケ――」 「‥‥はいはい、ツンデレ合戦なら、別の場所でやってくれ」 鼻息荒くツンデレ合戦?を繰り広げる二人の間に割って入り、大きく溜息をつく統真。 「うん? 二人が戻ってきたみたいだな」 と、そんな緊張感の欠片もない場を呆れる様に見ていた蒼羅が、集落の方を指差した。 そこには、住民の避難を行っていた二人の姿。 「あっちはうまく行ったみたいだな。それじゃ、俺は行くぜ」 戻ってきた二人の姿を確認し、統真は集ったメンバーへ声をかけ踵を返す。 「ええ、そっちは任せたわ」 シルビアの言葉に振り返る事無く片手を上げた統真は、静かに時を待つ愛龍『鎗真』の元へと向かった。 ●上空 「見た目は普通の入道雲なんだがな‥‥」 「雲を纏ってやがるのか、それとも雲自体が本体なのか‥‥面白ぇ奴だな」 鎗真に跨る統真の呟きに、同じ空に滞空する愛龍『鎧阿』の背に乗る喪越が答える。 二人は腕の射程を警戒し、高度こそ同じ高さにいるが随分と距離を離した場所で待機していた。 「まぁ、面白いつぅか珍しいのは認めるが。で、あんたは何やってんだ?」 「何って、研究資料を纏めてるに決まってんだろ?」 「‥‥冗談は顔だけにしとけよ?」 「そうそう、この顔めっ! って、おい!?」 「似合わねぇ事してるからだろ?」 「人を見かけで判断してもらっちゃぁ困るぜ! これでもアヤカシ研究者として、一世を風靡した身なんだぜ?」 「‥‥なるほど。と、言う事は今は落ち目って事か」 「そうそう、所詮一発屋‥‥って、おいぃっ!?」 二匹の龍の背から響く、まったく緊張感の無い会話。 「さて、地上組にうまく食いついてくれるといいんだがな」 「えっ!? もうこの話お終い!?」 視線を地上に落とす統真に、喪越が思わず声を上げた、その時。 風の匂いが変わった――。 ●草原 雲が揺れる――。 「来た、兆候だ!」 その動きをいち早く察知し、蒼羅が声を上げた。 「シルビア! お前の所だ!!」 地上に残る者達は、広い雲の下を全て射程に捉える為、散開して待機していた。 『わかってるわ。大声出さなくても!』 それはシルビアのまさに直上。 蒼羅の合図に、『サンライトハート改』の装甲越しにシルビアが答えた。 『天河! 合わせなさいよっ!』 シルビアは徐々に姿を現す腕を見上げながら、遠方で待機していたふしぎに声を飛ばす。 「もちろん!」 ふしぎの返事がアーマーの中まで聞こえる。 シルビアは微かに口元を吊り上げると、サンライトハート越しに見える掌を見上げた。 『さぁ、かかってらっしゃい!!』 シルビアが吠える。その時――。 完全に姿を現した腕が、シルビアを獲物と捉え急降下を始める。 『はぁぁぁっ!!』 まるで風の如き速度で降下してくる腕の軌道を読み、地上へと届く瞬間、シルビアは紙一重で避けた。 『腕を飛ばすのはあんたの専売特許ってわけじゃないのよっ!』 そして、間髪を置かずサンライトハートの左腕が天を指す。 ゴウッ! 同時に爆ぜる空気。 轟音を響かせ打ち上げられたサンライトハートの左腕は鎖の尾を引き天へと一直線に登ると、アヤカシの腕関節へ突き刺さった。 『天河! 今よっ!』 「はぁぁぁっ!!!」 大旗を翻す『天空竜騎兵』は、シルビアの鎖により縛られた腕に目掛け全速力で突撃する。 「いっけっー! 天空竜騎兵!!」 そして、腕にぶつかるかと思われた瞬間、ふしぎは天空竜騎兵の舵を切り、その舳先を直上へ向けた。 シルビアの鎖を道標に、ふしぎの駆る天空竜騎兵が天へと、アヤカシの本体であろう蜘蛛へと登る。 『少し大人しくしなさいっ!!』 鎖に動きを封じられ暴れる腕。 シルビアは、残る右手で獲物を掴み、空を見上げた。 『悪いけど、捉えた獲物を逃がす程、あたしはお人好しじゃないのよっ!!』 そして、丁度、左手が突き刺さっている場所を目掛け、取り出した巨大な鉄球を力一杯投げ放った。 「そこが本体かっ!」 ゴーグル越しに見える雲と腕の境界。 ふしぎは急上昇に伴う激しい向かい風を物ともせず、懐から獲物を取り出す。 「嘶け散鶴! タズガネシューター!!」 ふしぎの腕から放たれる無数の刃。 拡散する数多の刃は、境界を中心に雲に無数の穴を穿った。 カッ――。 「――そこだっ!!」 通常であれば風切り音にかき消され、耳に届くはずの無い小さな小さな音。 ふしぎは、そんな小さな音を聞き取り、目標を定めた。 「これ以上、お前の好きにはさせない!!」 ふしぎが見つめるのはただ一点。小さな音が木霊した場所。 「空賊忍法――」 そして、ふしぎは徐に操縦桿を右に倒す。 急上昇を続ける天空竜騎兵は錐揉み状に雲を引いた。 「烈風・竜巻シューーーットっっ!!」 まさに竜巻と化したふしぎと天空竜騎兵は、速度を落すことなくアヤカシの本体『雲』へと突っ込んだ。 『こっちも行くわよっ!』 ふしぎが雲へと突っ込む瞬間を見計らい、シルビアが腕を縛る鎖に力を込める。 サンライトハートを包み込む山吹色のオーラ。 『その邪魔な腕、あたしが貰ってあげるわっ!!』 太陽の如き輝きを放つ山吹色のオーラは、サンライトハートから鎖へ。 『ゲェトクラッシュゥッ!!』 鎖を駆けあがるオーラが、アヤカシを縛る鎖の先端へと届いた瞬間、シルビアは鎖を思いっきり引いた。 ブチブチっ!! 肉が裂ける嫌な音。 二本の鎖に縛られた腕は、強烈な引力に成す術なく引き裂かれた。 ●上空 「おー、お見事お見事っ! さ、俺達の仕事は終わりっと。早く戻ってさっきの続きをば――」 ふしぎとシルビアの連携により、腕をもがれ雲を散らされたアヤカシに、喪越はぱちぱちと拍手を送り、鎧阿の手綱を引いた。 「そうはいかねぇみたいだぜ」 しかし、喪越は先回りした統真により退路を塞がれた。 「なにっ!? 早くいかねぇとあの子たちが心変わりを!?」 「‥‥もともと、心変わってねぇから。それより、アレ――」 必死の抵抗を見せる喪越に盛大な溜息をついた統真が、雲であったモノを指差した。 「まったく、随分と悪趣味な姿してやがる‥‥」 ふしぎの一撃で雲を散らしたアヤカシの本体。 上空の龍騎達はその本体の姿をその眼ではっきりと捉えた。 「おいおい、タコはタコでも、そりゃ海に居るタコだろぉよ?」 振り向いた喪越が思わず声を上げる。 それは、7本もの腕が不自然に絡み合う巨大な塊であった。 ● 「出番無く終わると思っていたんだがな」 腕を広げ地上へと襲いかからんとするアヤカシをじっと見つめ、蒼羅が呟いた。 「飄霖、残念だが一仕事してもらわないとならなくなった」 そして、天を見上げた蒼羅。そこには甲高い鳴き声を響かせ空を旋回する飄霖の姿。 「二本! 纏めて行くぞ!」 蒼羅が陣取った場所に降りてくる二本の巨腕。 蒼羅は、龍をも断つと言われる巨剣を担ぎ、二本の着地地点の中心を目掛け駆けだした。 「飄霖!」 蒼羅が見据えるのは二点の中心。 アヤカシの腕が着くであろうその間を狙う。 駆ける蒼羅。そして、声に呼応し蒼羅目掛け急降下する飄霖。 「纏うは冷月の刃――」 蒼羅は巨刀を天高く掲げる。 「断つは紅蓮の粉雪――」 そして、その巨刀に吸い込まれる飄霖。 二本の腕が着地する、その刹那の瞬間、新緑湛える広大な草原に白銀の刃が煌めく。 「斬龍抜刀一閃『双羽両断・氷飄』!!」 見えぬ鞘から抜き放たれた巨刀は、一薙ぎで二本の腕を両断した。 ●地上 本体を覆う雲を失い、腕を一本もぎ取られた腕はその縛を解く。 大きく空に広げられた腕は、獲物を求める様に地上へと。 「腕だけの蜘蛛‥‥か」 ゼタルが小さく呟いた。 まさにその形容がアヤカシの全てを物語る。 地上へと腕を下ろしたアヤカシは巨大な蜘蛛の様であった。 「これ以上、被害を広げる訳にはいかないな」 そう呟いたゼタルは、脇でじっと時を待つ愛龍『ゼピュロス』の背に静かに跨ると、 「魅せてやれ、ゼピュロス!」 その背を軽く叩き、空へと舞い上がる。 何本もの巨大な腕が、柱の様にそびえ立つ草原を駆け抜けるゼピュロスの背の上、静かに瞳を閉じていたゼタルは、 「開け、渦門――」 小さく韻を踏む様に呟いた。 「混沌より目覚めし贄よ。我が声に応じ――」 目を見開いたゼタルは、その蒼い瞳で一本の腕へ狙いを定めた。 「現の世にその姿を見せろ!」 高速で飛翔するゼピュロスの背に立ち上がったゼタルは、 「呪鎖『真獄漏霊吼』!!」 力ある言葉を解き放った。 怨嗟の声は目標とされた腕は、裏の世から訪れる声に、内側から冒され黒く変色する。 そして、血煙りを撒き散らし――爆ぜた。 ●上空 「腕は地上組に任せるか‥‥喪越!」 「へ?」 地上組の奮戦を高みの見物とばかりに眺めていた喪越に、統真が声をかけた。 「中心は俺達の仕事だ。行くぜ!」 と、統真が指差した先。そこには、8本の腕の基準点となる小さな赤球が見える。 「‥‥ほぅ、あれが本体か。なかなか心憎い演出じゃねぇか」 珍しいアヤカシの姿に、喪越はどこか心を躍らせる様に呟いた。 「最後の仕上げは、俺達の仕事だぜ」 「おっとどっこい! そんなこたぁ、わぁってるよ!」 二匹の龍に跨る二人は、互いの言葉に頷き合い、そして、アヤカシの本体である赤球目掛け、愛騎の手綱を引いた。 ●地上 『往生際ってのを、弁えるのねっ!!』 「斬り裂け――真月の刃!!」 「内より砕け――死人の音!!」 残る腕が、地上の三人によって滅せられる。 『所詮腕だけで、脳みその欠片も無いアヤカシなんて、あたしの敵じゃないのよっ!』 「残るは本体だけか‥‥」 「後は彼らの仕事だ。任せよう――」 三人は、腕の一部を残し空に漂う赤球を見上げた。 ●上空 「へいへいへいっ! 頭のてっぺんお留守だぜ!」 耳も無ければ目も無い、赤球の姿をしたアヤカシの直上。喪越が挑発するように声を飛ばす。 「‥‥これ痛いから嫌いなんだけどよ」 と、小さく呟いた喪越は手を口元へ。 カッ――。 「ほらよ! これでいいか!」 と、切れた傷口から血を流す手を高々と掲げ、喪越は何も無い虚空へと叫んだ。 瞬間、空が割れる――。 黒く濁りきった空の隙間から、形容するのも憚られる醜悪な肉塊が姿を現した。 「臭っ!?」 その姿もさることながら、辺りを包む猛烈な臭気に、喪越は思わず鼻をつまむ。 「えざはあで。ざっざといげ。しっしっ――」 鼻をつまみながら顔を顰める喪越は、自らが呼び出した肉塊に指令を下した。 喪越の指令に醜悪な肉塊は、腕を失い成す術なく漂う赤球へとゆっくりとその牙を向けた。 「‥‥」 喪越の放った肉塊に食まれる赤球をじっと見つめ、統真が時を伺う。 「破軍!!」 鎗真の背に立ち上がった統真の身体が脹れる。そして、統真が鎗真の背を蹴った。 「紅蓮桜花!」 重力に引かれ次第に落下速度を増す中、統真は練り上げた気を解放する。 そして、背から噴き出した紅き闘気は一対の翼となり具現化した。 「天呼!!」 具現化した翼を背に、統真が更に叫びを上げると、 一対の紅蓮の翼が割れた――。 「これが俺の渾身だ!」 二対となった灼熱の翼が大きく羽ばたいた。 「『鳳翔拳翼』! うおぉぉぉぉ!! ぶっ飛ばしてやらぁ!!!」 中空に身を投げた統真は、一直線に腐肉に食まれる赤球へと。 二対の灼熱の翼を共に、統真の渾身の拳が肉塊に食まれる赤玉の中心へと突き刺さった――。 ●上空 「へっ! どうだ!」 渾身の力を振り絞りアヤカシを滅した統真は、そのまま重力の虜となる。 「統真!!」 自由落下を続ける統真の腕を、天空竜騎兵で旋回していたふしぎが手を伸ばし拾った。 「すまねぇ、助かった」 「お見事だったねっ! さすが統真だよっ!」 と、腕を貸すふしぎが、統真の術を湛える。 「アヤカシは?」 「お天道様に召されましたとさ」 統真の問いに答えたのは喪越。アヤカシのあった場所を指差した。 喪越と統真の連携を受け、砕け散ったアヤカシは瘴気の霧へと。 「はぁ‥‥もうすっからかん」 「気が合うな。俺もだぜ」 鎧阿の背の上でへたれる喪越に、ふしぎに手を取られぶら下がる統真も小さく微笑み同意した。 ●地上 「なかなか派手にやってくれるじゃない」 サンライトハートから降り、上空を眺めるシルビア。 「瘴気の霧へと戻ったようだな」 そんなシルビアと共に、蒼羅はアヤカシであったモノを見つめる。 「畏怖されし暗雲は、晴れたか‥‥」 ゼタルが見上げる空には、春のうららかな日差しが燦々と降り注いでいた。 ここに住民に恐怖を与え、数々の家畜を餌としたアヤカシの消滅と共に、再びこの長閑な村に平穏がもたらされたのだった――。 |