お茶受けはじめました。
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/23 23:18



■オープニング本文

●此隅ギルド
 大国武天の首都『此隅』。
 サムライの国として知られる武天の首都である此隅は、サムライを志す者達が集い大いなる繁栄を見せていた。
「ふぅ〜、暇ですね〜」
 そんな此隅の一角に立つ結構豪奢な建物がこの開拓者ギルドである。
「どこかに美味しい話は転がってないもんでしょうか〜」
 人の手では解決することが困難な事件や出来事を、開拓者と呼ばれる者達へ依頼する場所。
「まったく〜、ギルドの薄給じゃ、とても食べていけないです〜」
 開拓者達は、日々持ち込まれる様々な依頼をギルドで探し、自分にあった依頼を請け負う。
「『はっはっは、今日はがんばってくれてるギルド員の皆さんに報奨金を与えようっ!』とか〜、そんな素敵イベントは無いものですかね〜」
 人の手には負えぬ依頼も、開拓者にかかれば解決できぬものは無い。それほどまでに開拓者は――。

 ごんっ!

「いったぁぁぁいぃ!!!」
 ギルドの控室に絶叫が響き渡った。
 突然振り下ろされた拳骨に、ギルドの受付係『十河 吉梨』は、涙目で拳の主を見上げる。
「また、何バカなこと言ってるの。休憩時間は終わってるでしょ!」
 拳骨の主『畠山 縫』は握った拳に息を吹きかけ、吉梨を蔑んだように見下ろしていた。
「うぅ‥‥縫ちゃんの鉄拳は痛いんだよ〜‥‥」
「叩くだけじゃ、志体持ちの貴女には効かないでしょ?」
「うっ‥‥。志体持ちも楽じゃない〜!」
「意味が分かんないわよ‥‥。さぁ、さっさと業務に戻るわよ」
 と、縫は泣きべそかく吉梨の腕を引っ掴むと、控室の出入り口へと。
「そ、そうだ〜! 縫ちゃん〜!」
「なによ?」
 引きずられそうになる腕をすっと引っ込め、吉梨は突如話題を変える。もちろん、更なる休憩時間の延長の為に――。
「ギルドのお給金って少ないと思わない〜?」
「お給金? 別に少ないとは思わないけど?」
 吉梨の口から出た言葉に、縫はかくりと小首を傾げ答えた。
「え〜! 絶対少ないと思うんだよ〜!!」
「‥‥それは吉梨が無駄遣いしてるからよ」
「無駄遣いなんかしてないよ〜! ちょっと休日に甘味処を20軒程ハシゴするだけだよ〜!」
「‥‥さ、仕事しましょ」
 何故か自慢げに不満を垂れる吉梨に、縫はどっと疲れた様に肩を落とし、再びその腕をとる。
「ちょ、ちょっとまって〜!!」
「もう、いつまで仕事さぼってるつもりなの? 同僚と言ってもこれ以上さぼるなら、上司に報告しないといけないわよ?」
「うぐっ‥‥。そ、そうだ〜、縫ちゃん〜!」
 痛い所をつかれる吉梨は、無い脳みそをフル回転させ、再び縫に迫る。
「な、なによ‥‥?」
 そんな吉梨の鬼気迫る迫力に、縫は思わずたじろいだ。
「私は、すごい事思いついたのだ〜!」
 と、たじろぐ縫に、吉梨は何故か自慢げにどどーんと胸を張る。
「すごい事‥‥?」
「そう! ギルドの根幹を揺るがす事態なの〜!」
「こ、根幹を‥‥?」
「うん〜! このままじゃ、此隅のギルドは‥‥」
「ギルドは‥‥?」
 勿体つける様に俯く吉梨に、縫は思わずその言葉を復唱し、ごくりと唾を飲んだ。
「滅亡するのだ〜!!!」
 まるで胡散臭い預言者の様に、バッと両手を広げ力説する吉梨の迫力に、縫は思わず目を見開いた。
「そ、そんな‥‥滅亡だなんて――」
「で、本題〜」
 言い知れぬ絶望感に襲われる縫に、吉梨はころりと表情を変え話しかける。
「ギルドのお茶受けって、美味しくないよね〜?」
「‥‥‥‥‥‥はぁ?」
 最早、この同僚の言っている事が理解できない。
 縫は次々と襲い来る虚脱感と虚無感に、自我を保っているのがやっとである。
「それでね〜、新しいお茶受けを開発しようと思うんだ〜」
「お、お茶受け‥‥? それと滅亡とどういう関係が――」
「きっと、ここに来る人たちもそれを望んでると思うの〜!」
「いや、だから滅亡は‥‥?」
「そうと決まれば、じっとしていられないの〜!」
「ちょ、ちょっと!? 吉梨!?」
 決意に燃える吉梨は、動揺する縫を置いてそそくさと控室を出ようとする。
「わ、わかったから! お茶受けの件は上司に通しておくから!」
「あら〜、縫ちゃん話がわかる〜」
 そんな縫の呼びとめに、吉梨はくるりと振り向き邪まな笑みを浮かべた。
「へ‥‥?」
 今までの暴走状態は何処に行ったのか。吉梨は、嬉しそうに縫を見つめる。
「縫ちゃんのお許しも出た事だし〜、お仕事に戻ろうかな〜」
「え、ええ‥‥」
「ささ、縫ちゃん、なにしてるの〜? 休憩時間は終わったんだよ〜?」
「へ? ああ、そうだったわね」
 最早、吉梨のいいなりと化した縫は、吉梨の言葉にうんと頷いた。

「ふっふっふ〜。これで縫ちゃんも共犯だね〜」

「うん? 何か言った?」
「うんん〜、言ってないよ〜。ささ、お仕事お仕事〜!」
「う、うん‥‥? まぁ、やる気出してくれるならいいけど‥‥」

 そして、吉梨は縫の腕を引くと、いつもと変わらぬギルドの仕事へと戻る。
 黒く渦巻く野望を胸に――。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
夜刀神・しずめ(ib5200
11歳・女・シ
黒木 桜(ib6086
15歳・女・巫


■リプレイ本文

●此隅ギルド
 様々な依頼が舞い込む此隅のギルド。
「まさか、お茶請けの開発なんて依頼があるとはな‥‥」
 多くの開拓者が集う中、一ノ瀬・紅竜(ia1011)は一枚の依頼書を手に苦笑い。
「あれ? 一之瀬さんもこの依頼受けたんですねっ」
 そんな紅竜の姿を見つけ、万木・朱璃(ia0029)がその手元を覗きこんだ。
「ん? ああ、お前もこの依頼を受けたんだな」
 そんな声に振り向いた紅竜。朱璃の手元には同じ依頼書が握られている。
「ええ、もちろんですよっ! 料理の匂いのする所、万木 朱璃在り! ですっ!」
「はは、そうだったな。頼りになる奴が一緒で心強い」
 と、使命に燃える朱璃を頼もしく見つめる紅竜。
「あ、えっと‥‥」
 と、そんな二人へ、小さな声が届く。
「うん?」
 声に振り向いた紅竜の前には、一人の少女が。
「えっと、その依頼、私も受けさせていただいたんです」
 と、その少女、黒木 桜(ib6086)は二人が持つ依頼書と同じものをすっと差し出した。
「お! 新たな挑戦者ですねっ!」
「いやいや‥‥挑戦とかないからな?」
 差し出された依頼書に目を輝かせる朱璃に、思わずつっこむ紅竜。
「一緒に頑張りましょうねっ!」
 そんな紅竜のツッコミは無視し、朱璃は桜に向け手を差し伸べた。
「はいっ!」
 朱璃の差し出した手をぎゅっと握り返す桜は、元気よく頷いた。
「えっと、お茶請け会場はこちらですか?」
 と、和やかに依頼について言葉を交わす三人の元に各務原 義視(ia4917)が現れた。
「お茶請け会場? 何だそれは?」
「あれ、これなんですけど‥‥」
 首を傾げる紅竜に向け、義視は一枚の紙を差し出した。
「あ、貴方もご一緒してくれるんですね」
 と、義視の差し出した紙を覗きこんだ桜は、嬉しそうに笑顔で答える。
 それは、三人が持つ依頼書と同じ物。
「うちの人妖がどうしてもって言うので‥‥って、あれ?」
 と、桜の笑顔に答える義視は、辺りを見渡した。
「どうしたんですか?」
「あ、いや。おかしいな‥‥」
 桜の問いかけにも義視は困り顔。何処を見ても首謀者?がいないのだ。
「まぁ、お互い頑張ろう」
 そんな困り顔の義視の肩を紅竜がポンと叩く。
 そして、義視を加え総勢4名となったお茶請け請負人?達。
「おっと、うちを忘れて貰ったら困るで!」
 と、そんな4人の元に高らかな声が響く。
「その戦、うちも乗った!」
 そんな声に振り向いた一行の目の前には、腰に手を当てどどーんと無い胸を張る夜刀神・しずめ(ib5200)の姿があった。
「だから、戦じゃないと‥‥」
「ちゅーわけで、うちも参加や!」
 がくりと肩を落とす紅竜を他所に、4人に向け依頼書を突き付けるしずめ。
「ふっふっふ、負けませんよっ!」
 そんなしずめに受けて立つと言わんばかりに、依頼書を突き付け返す朱璃。
「わ、私も頑張りますっ!」
 二人に負けじと依頼書を両手で差し出す桜。
「大丈夫なんだろうか‥‥」
「平穏無事、とはいかないかもしれませんね‥‥」
 宣戦布告が続く場を紅竜と義視が不安げに見つめた。
「それじゃ、依頼主の元へ参りましょうっ! いざ、勝負ですっ!」
 そして、依頼書を手にした一行は、ギルドのカウンターで今か今かと時を待つ吉梨の元へと向かったのだった。

●此隅の街
 サムライの国の首都である『此隅』は、その国土の巨大さに比例した大いなる繁栄を見せている。
「もうすぐ春だね」
 そんな此隅の大通りを悠々と歩くのは浅井 灰音(ia7439)であった。
 麗らかな初春の日差しを目を細め見上げる。
「そう、あなたも気持ちいいんだね」
 と、見上げた空に向け灰音が小さく呟いた。
 そこには、上空を大きく旋回し飛ぶ愛鷹『レギンレイブ』の姿があった。
「――さてと」
 しばらくレギンレイブの姿を眺めていた灰音は、ふと視線を手元に落とす。
「何はともあれ、まずは情報収集だね」
 そこには、一枚の依頼書が握られていた。

●此隅ギルド
 街から戻った灰音を加えた一行は、ギルドの奥にある控室で卓を囲んでいた。
「人の趣向はまちまちですからね。色々な人に食してもらって、意見を伺うのがいいんじゃないでしょうか」
 そんな一行に向け、義視が声を上げる。
「試作品を作って、まずは開拓者やギルドの職員の人たちに食べてもらうのがいいね」
 そんな義視の言葉に、灰音も頷いた。
「あと、朋友にもやな」
「そこも問題だな。まぁ、幸い皆朋友を連れてきているようだし、実際食べてもらうのがいいだろう」
 灰音の言葉を補足したしずめに、紅竜が提案を乗せる。
「色々な人が訪れる場所ですから、皆さんの意見を聞く方向でっ! で、いいですか。吉梨さん?」
 纏まった意見に、今回の依頼主『十河 吉梨』へと問いかけた朱璃。
「はい〜! がんがん作って、がんがん売りましょう〜!」
「売る?」
 ふと飛びだした吉梨の言葉に、灰音がはてと問いかける。
「っ!? 売るって何ですか〜? 吉梨わかりません〜」
 そんな灰音のツッコミに、あからさまに目を泳がせる吉梨は、わざとらしく口笛を吹いたりしていた。
「何だろうこのあからさまに裏のありそうな依頼は‥‥」
 惚けまくる吉梨の態度に、言い知れぬ不安を感じ灰音が呟く。
「っと、それはそうとして。幅広く受けるもの、という注文だが、こうもあるぞ」
 と、そんな灰音の不安を横目に、手に取った依頼書に目を落し、紅竜が続けた。
「高価な物は使用せず、簡単に手に入るもので作る事」
「まぁ、金掛ければ美味いもん出来るのは道理や」
 読み上げられた依頼書の一文に、しずめが答えた。
「そも、お茶請けゆぅもんは『茶を請ける』もんやし、あんまり自己主張の強いもん持ってきても、主役の茶を食うだけや」
「となると――」
 ふんとふんぞり返るしずめに、灰音が一枚の紙を取り出した。
「それはなんですか?」
 と、灰音の取り出した紙を覗きこむ朱璃。
「ちょっと、街でね。売ってるものの物価とか名物とか調べて来たんだ」
 朱璃の問いに、灰音が答える。
 灰音は事前に街を回り、材料の物価や流行の物を調べてきていたのだ。
「なるほど! 流行とかを調べれば、何を求められているかわかりますもんね! さすが灰音さん、やりますね!」
「うん、必要とされてない物を作っても、喜んでくれないだろうしね」
 その功績を称える朱璃に、灰音はにこやかにほほ笑んだ。
「で、その調査の結果はどうでした?」
 と、そんな灰音に義視が問いかける。
「流石大きな国だけあって、材料は何でも揃いそうだね。物価も安定してる」
「ふむ‥‥となると、やはり案次第という事ですね」
「そだね、ある程度は流行に合わせるのがいいんじゃないかな。今の季節は梅の花が有名らしいし。後、もう少ししたら桜かな」
「梅の花に桜の花ですか‥‥。やっぱり塩漬けとかでしょうか」
「梅干しって案もあるで?」
「桜は着色にも使えますよ? 薄紅色したお料理は、食欲もそそると思うんです」
 灰音のもたらした情報に、意気込む料理人達は思案を巡らせる。
「皆色々と案があるだろうし、どうかな、実際に作ってみるって言うのは」
 そんな思案を巡らせる皆に向け、灰音が提案した。
「ですね! この溢れそうな案を現物にして見せますよっ!」
 と、灰音の提案に、朱璃が真っ先に立ちあがる。
「そやな、こんなとこで議論しとっても机上の空論ちゅーう奴やしな」
 朱璃に続き席を立ち上がるしずめ。
 そんな二人に続き、皆も席を立つ。
「ギルドを制する者は、此隅を制するのです〜! 皆さん、お力を貸してください〜!」
 そして、最後に立ち上がった吉梨は、グッと拳を握り皆へと演説をかます。
「もちろんです! そこいらの甘味処には絶対に負けませんからっ!」
「当たり前や! うち等が参戦する戦が、のうのうと甘味売っとる店なんかに負ける訳があらへん!」
「はいっ! 朋友達も満足してくださるものを、必ず作ってみせます!」
 焚きつける吉梨の言葉に、更なる闘志を燃やす三人。
「いや‥‥だから戦じゃないからな‥‥?」
 もちろん紅竜の突っ込みは三人の意気込みにかき消されたのは、言うまでもない。

●厨房
 質素ながらもしっかりとした造りの厨房。
 此隅のギルド員達の食事を賄う小さな厨房は、今、戦禍に巻き込まれていた。
「――お湯は沸騰させてはダメですっ! 湯煎は沸騰寸前で!」
「ちゃうちゃう! そんな事やから、ギルドのお茶請けはそこらの甘味処に負けるんや!」
「真心込めて‥‥よいしょよいしょ――」
 湧き立つ湯気。
 飛び散る粉塵。
 醸し出る香気。
 狭い厨房内は猛者達の放つ熱気に支配されていた。
「皆、気合が入ってるね」
 狭い厨房を所狭しと駆けまわる三人を、灰音は落ち着き払って眺める。
「お前は随分と落ち着いてるな」
「そうかな? これでも一生懸命楽しんでるんだけど」
 そんな灰音の手元を覗きこんだ紅竜。
 灰音は激闘を微笑ましく見つめながらも、てきぱきと皆の手伝いをこなしていた。
「へぇ、器用なもんだな」
 丁寧に餡を裏ごししていた灰音に、紅竜が感心する。
「まぁ、これくらいはね」
 そんな紅竜の関心を浴び薄く微笑んだ灰音は、黙々と作業を続けた。
「さて、俺は何をするか――」
 皆作業に明け暮れる厨房の中、料理の得意でない紅竜は、どこか手持無沙汰に辺りを見渡しす。
「紅竜さん! そこの干し柿取ってください!」
 途端にかかる声。
「お、これか?」
「一之瀬の兄はん! その梅干し漉しといて!」
「あ、ああ。これだな?」
「一之瀬さん! 洗った小豆を取ってください!」
「お、おう」
 暇と見るや次々と寄せられる注文。
「はは、人気者だね」
 忙しなく注文に答える紅竜を、義視がまるで他人事のように見つめていた。
「お前も眺めてないで手伝え‥‥」
「残念ながら、私は試食者を集ってこないといけないので」
 と、縋りつくような紅竜の視線をかわし、義視はさっさと厨房を後にした。
「‥‥結局、俺が残るのか」
「まぁ、働かざる者食うべからず、だよ」
 かくりと肩を落とす紅竜に、灰音は苦笑交じりに呟いた。


「紫水、水あめをかけてくださいなっ」
『はいですよー!』
 厨房の一角、揚げられたサツマイモの短冊を皿に盛る朱璃。
 そして、その隣では、揚がったサツマイモに、せっせと水あめをかけて行く『紫水』の姿。
「これで芋けんぴは完成ですねっ。ささ、次ですっ!」
『紫水、お団子も食べたいですー!』
「お団子ですか‥‥うーん、そうですね。それじゃ、このお芋でお団子作りましょうかっ」
 と、紫水の要望に朱璃はすぐさま答えを返す。
『お芋でお団子?』
「そうそう。美味しいんですよ? からいも団子って言って甘さ控えめでお茶請けには持って来いなんです」
『紫水もお手伝いするのー!』
「はいっ。じゃ一緒にお芋を潰しましょうか!」
『はいですよー!』
 まるで親子の様に厨房に立つ二人は、手際良く材料を下拵えしていった。

 また、別の場所では――。
「うぅー! 何で固まらんのや! これもあかん! 牡丹!」
 わしゃわしゃと頭を掻き毟りるしずめが、愛龍『牡丹』の口に黒い塊を放りこんでいく。
「どうしたの?」
 と、そんなしずめに灰音が声をかけた。
「何でもあらへん!」
 声をかけた灰音にしずめはプイっとそっぽを向く。
 その手元には、梅干しやら干し柿やらに混じり、黒く蠢く謎物体が。
「そう? ――ふーん、羊羹だね」
 と、そんなしずめの手元を見た灰音は、何を作っているのか一目で見抜いた。
「うっ‥‥」
「固まらないのかな? どれどれ」
 ズバリ当てられどもるしずめの横から、灰音が
「なるほどね。これ、もう少し寒天を多めに使うといいよ」
「わ、わかっとるわ! 今、入れようとしてた所や!」
「そう。ごめんごめん。邪魔したね」
 その言葉に、早速と棚から寒天を取り出すしずめを、灰音は優しく見つめ、その場を後にした。

 さらに別の場所では――。
「もう、そんなに慌てないで。もうすぐ出来ますから」
 控室の窓から首を伸ばす愛龍『クロガネ』を、愛おしそうに眺める桜。
「それまで――これでも食べておいてくださいね」
 と、桜の手元をじっと見つめていたクロガネに、桜はヘタを取ったイチゴを差し出した。
「そうそう、お利口さんですね」
 差し出されたイチゴを嬉しそうに口に含み、ゆっくりと飲み込むクロガネの頭を、桜は優しく撫でつける。
「クロガネにも喜んでもらえる様な物を、絶対作ってあげますからね」
 頭を撫でられ気持ちよさそうに喉を鳴らすクロガネを、桜は優しく見つめたのだった。

●此隅ギルド
 午後の昼下がり。
 まだ日は高く、夕食には早い。
 しかし、昼に食べた食事は消化され、徐々に小腹がすいてきた時間であった。
「さぁ、皆さん。ご自由に召し上がれ」
 灰音が集った者達を前に、大きな声を上げた。
 ここは控室に設けられた特設会場。
 そこには、皆が苦心の末作り上げた様々な料理が並んでいた。

「ドキドキします‥‥」
 無料の試食会と言うだけあって、参列者は多い。
 桜は胸に手を当て、自分が作った菓子の皿を不安げに見つめた。
「大丈夫ですよっ! 皆さん一生懸命作ったんですからっ!」
『ですよー!』
 そんな桜に、朱璃と紫水が声をかける。
「クロガネには好評だったんですけど‥‥皆さんに受け入れてもらえるでしょうか?」
「私もいただきましたけど、美味しかったから大丈夫! 私が太鼓判を押しますからっ!」
「あ、ありがとうございますっ! 朱璃さんにそう言っていただけると自信が持てますっ」
 朱璃の暖かな言葉に、桜は大きく頷きいつもの柔らかい笑顔を見せた。

「な、なんとか間に合った‥‥」
 皿を囲む参加者を眺め、しずめはほっと胸を撫で下ろす。
「しずめ、ちょっといいか?」
 そんなしずめに、紅竜が声をかけた。
「なんや?」
「これなんだが――いつ出せばいい?」
 きょとんと問いかけるしずめに、紅竜が差し出したもの。
 それは、皿に乗った梅干しであった。
「‥‥」
「‥‥」
 梅干しを挟み、しばしの沈黙。
「ななな、なんでここにあるんやー!!」
「おわっ!?」
 突然上げられたしずめの奇声に、紅竜は持っていた梅干しの皿を思わず落としそうになる。
 それは羊羹に入れるはずだった梅干し。
「あかん‥‥負けた‥‥」
「いやいや‥‥だから勝負じゃないから‥‥」
 自らの大失態にズーンと落ち込むしずめには、紅竜のツッコミなど耳に入る訳もなかった。

●控室
 まさに戦場であった試食会場は、今は平穏を取り戻している。
「大盛況でしたね!」
 いまだ興奮冷めやらぬ桜は、空になった皿を片づけながら嬉しそうに声を上げた。
「皆さんご満足していただけたようで、何よりですっ」
 作った物が空になる喜び。
 それは料理を生業とする者にとってはこれ以上ない讃辞である。
 朱璃は空いた皿をテキパキと集めながら桜に答えた。
「ああ、おかげで羅轟に喰わせる分がなくなった」
 そんな二人に片付けを手伝う紅竜は、外に待たせていた愛龍『羅轟』を思い浮かべ苦笑交じりに呟く。

 試食会の後片付けに追われる三人とは別の場所。
「灰音の姉はん、集計の結果はどうや?」
 しずめが集められた紙と格闘する灰音に声をかける。
「うん、一応集計できたけど‥‥」
「けど、なんや?」
「どれもこれも団栗の背比べだね」
 そう言って、灰音は入れられた票を纏めた一枚の紙を皆へと差し出した。
「やはり、全体的に甘味が好評ですか。それでもやはりこれと言ったものはなさそうですね‥‥」
 差し出された紙をじっと眺め、義視が呟く。
「どれも美味かったからなぁ。まぁ、うちのが一番! ――とはいえへん出来やったしな」
「うん、ギルドの職員の評価も分かれてるね。まぁ、どの料理も概ね好評なのは救いだけど」
 三人はどこか困った様に、紙に目を落した。
「ここで話をしてても纏りそうにないし、吉梨さんに決めて貰うってのはどうかな? 仮にも依頼主なんだし」
 と、灰音の言葉に、三人はカウンターの職務に励んでいるであろう吉梨へと視線を向けた。

 そこには――。

「うにゃうにゃ‥‥もう食べられません〜‥‥」
 だらしなく涎を垂らしながら幸せそうに眠る吉梨の姿があった。

「あー、無理そうやな」
 そんな吉梨を呆れる様に見つめ、しずめが呟いた。
「幸せそうに寝てるね」
 灰音もまた、そんな吉梨を苦笑交じりに見つめる。
「まぁ、依頼人は満足してるみたいだな」
「そうだね。なんだかんだで決着付いていない感じだけど、一応成功になるのかな?」
 幸せそうに涎を垂らす吉梨の表情に、二人は呆れながらも満足そうに顔を見合わせた。

●控室
 後片付けを終えた一行は、決まらぬ結果にもやもやとした感情を残しながらも、控室で休憩をとっていた。

「うーん、どうしましょうかねぇ」
「決まらんかったら、依頼の達成とは言えへんしなぁ‥‥」
「しかし、どれもこれも評価がな‥‥」
「もう少し票が割れるかと思ったんだけどね」
 卓を囲む一行は、一様に困り顔。

 と、悩む一行の端で、
「まだ材料も余ってますし、何か作って――」
 桜が調理の際に残った桜色の餅を取り出す。

 と、その時。

「それや!」
「ひゃっ!?」
 突然掛けられた声に、桜はびくんと肩を竦ませた。
「その餅! それが食感を変えるんや!」
「このお餅ですか‥‥?」
 と、しずめが桜の作った餅をビシッと指差す。
「なるほど! その手がありましたねっ!」
 と、答えをぼかすしずめの言葉に、朱璃が声を上げる。
「そうや! どれもこれもありきたり過ぎたんや! これで食感を変えてやれば!」
「え、え、え?」
 しずめと朱璃の言葉を理解できず、おろおろと交互に二人の顔を見つめる桜。
「材料はまだありますっ!」
「なら、こっからが本番やなっ!」
 そんな桜を置いて、二人は意気投合。
「早速作っちゃいましょう! 皆さん、お手伝いお願いしますねっ!」
 意気込む朱璃の言葉に、一行は大きくしずめは共に厨房へと舞い戻った。

「なんか面白い事になりそうだな」
 厨房に消えた二人を見つめ紅竜が呟く。
「え‥‥? 面白い事ですか?」
 そんな紅竜の言葉に、桜はきょとんと問いかけた。
「ささ、私達も手伝いに行こう」
「だな」
「え、え、え??」
 そして、二人は灰音の後を追い、厨房へと戻っていった。

●厨房
「できましたっ!」
 額の汗を拭い、満足そうに声を上げた朱璃。
「これで完璧や!」
 そして、どどーんと胸を張るしずめ。
 二人の前には、やや大きめの餅がドーンと皿の上に鎮座していた。
「これが新しい試作品‥‥?」
 机の上に堂々と鎮座するその肢体に、一行は釘付けとなった。

 そこにあった物は――。

 春を思わせる薄い桜色。
 残雪の如く桜を覆う粉雪。
 そして、覗く黒はどこか雪解けを思わせる。

「綺麗‥‥」
 ふと呟いた桜。
 そう思わず口にするほど、それは美しかった。
「手間は少しかかりますけど、なかなかいいものができたんじゃないでしょうか!」
 出来上がったお茶請けを前に、朱璃が満足げに呟く。
「早速、試食やな!」
 と、しずめが早速と試作品に手を伸ばした。
 そして、しずめに倣い皆が試作品に手をつけて行く。

「ほんのり塩味の聞いたお餅が、中の羊羹を引き立てますねっ!」
「ああ、これなら甘いだけじゃなくて、苦手な奴も食えるかもしれないな」
「うん、おいしいと思うよ。これは受けそうだ」
 最早、それに文句を言う者はいなかった。

「折角ですし名前をつけましょうっ!」
「名前なぁ‥‥」
 と、朱璃の言葉に皆一様に考え込んだ。
「――『四季包』‥‥とかどうでしょう?」
 そんな時、桜がふと呟き顔を上げた。
「『四季を包む』か。ええんちゃう?」
 桜の呟いた言葉は、目の前の菓子へのもの。
 しずめはその粋な名前を気に入ったのか、満足げに大きく頷いた。

 季節の果物を包んだ羊羹を、餅で包む三層構造にもなる和菓子。
 此隅ギルドオリジナルのお茶請けが、今ここに誕生したのだった。