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■オープニング本文 ●石摺郊外 枯れ葉色の絨毯の上に積った雪は、昨今の陽気に当てられ、後は溶けるのを待つだけ。 この然したる産業も無い村にも、春の訪れは都会と変わらず訪れていた。 『‥‥』 そんな小さな村の郊外。 まばらに生える松の木が雪解けの雫にキラキラと光り輝いている。 『‥‥』 そんな松の木の袂。 二つの瞳が春の兆しをじっと見つめる。 『‥‥』 無表情に、だがどこか物悲しく――。 ●此隅ギルド控室 すっかり春めいてきた陽気に、人々の活気も誘われる様に活発になっていく。 武天の首都『此隅』は、今日もその名に恥じぬ賑わいを見せていた。 「はふぅ〜、今日はいい天気ですね〜」 光取りの窓から入ってくる陽光は、建物の内部を優しく照らし、暖の恩恵を授ける。 「こら、吉梨。ぼさっとしてないで書類の整理してくれる?」 そんな日差しを一身に浴び、幸せそうに目を細める吉梨に、同僚の縫が呆れる様に声をかけた。 「あ、縫ちゃん〜。ここ気持ちいいよ〜」 「はいはい、気持ちいいのはわかったから! 日向ぼっこは休みの日にね!」 まるで我が領域と言わんばかりに、日差しの元を占拠する吉梨に、縫はややご立腹。 「あ〜、うん〜‥‥。ちょっとお昼寝してから――Zzz」 暖かな日差しの量は、瞼の重さと比例する。 窓から降り注ぐ太陽の日差しに、吉梨はとろーんと目を垂れさせた。 「こらっ!」 ごつんっ! 呆れる縫は、ついに黄金の右を抜いた。 「いったぁぁっい!!」 縫の鉄拳制裁に、痛む頭を押さえ涙目で吉梨は猛抗議を行う。 「目が覚めたかしら?」 そんな吉梨を縫はどこか恍惚の表情で見つめた。 「さぁ、さっさと働く!」 そして、縫は吉梨の首根っこを掴み上げると、強引に椅子から立ち上がらせ、ずるずるとギルドへと引きずっていった。 ●ギルド 「うぅ‥‥縫ちゃんってば、人使いが荒いんだから〜」 幸せな一時は夢うつつと消え、現実に引き戻された幻想を 「あれ〜? こんな依頼書ありましたっけ〜?」 かくりと小首を傾げ、掲示板に貼られた水浸しの依頼書をまじまじと見つめる吉梨。 「もぉ、縫ちゃんったら〜、依頼書は大切にしないといけないのに、こんなにぬらしちゃって〜!」 きっと同僚の仕業だろうと、吉梨はぷんぷんと頬を膨らせた。 「これじゃ、開拓者の皆さんも受けてくれませんよ〜! もぉ、どれどれ――」 同僚のだらしなさに腹を立てつつ、吉梨は依頼書をまじまじと見やる。 「――雪塊の輸送‥‥?」 一通り依頼書に目を通した吉梨の首が90度近く傾けられる。 「この寒いのに、雪なんて運んでどうするんでしょうね〜?」 と、吉梨は徐に依頼書に手を振れた――。 「わわっ! 冷たいっ!」 手に取った水濡れた依頼書は、まるで氷の如き冷たさ。吉梨は思わず震えあがる。 「むぅ‥‥縫ちゃんの悪戯っ子め〜!」 凍える手にふぅふぅと息を吹きかけ、吉梨は同僚への怒りを胸に、いそいそとカウンターへと戻っていった。 誰にも知られる事無く貼られた依頼書。 待ち人はただ待ち続ける。 その切なる願いを聞き届ける者の現れるのを待って――。 |
■参加者一覧
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ
後家鞘 彦六(ib5979)
20歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●石摺 そこはまるで絵に描いた様な寒村。 打ちつけられた木板が、乱雑に葺かれた藁屋根が、申し訳なさそうに雨風をしのぐ。 そんな民家がまばらに立ち並ぶ村に、一行は足を踏み入れていた。 「――依頼書を頼って来たはいいが、肝心の依頼主はどこであろう?」 人の往来も疎らな村をきょろきょろと見渡し、皇 りょう(ia1673)が呟いた。 『騙されたのではないか?』 そんな、りょうに向け声がかけられる。 「騙された‥‥? いや、しかし、ギルドに張り出された正式な依頼であるはずなのですが――って、どこから顔を出しておられる!?」 そんな声にふと考え込んだりょうはふと見下ろす。自分の胸を。 そこには、りょうの胸元からひょこりと顔を出す相棒『真名』の顔。 『寒いのは嫌いじゃ』 「真名殿!? いくら寒いと言っても、なぜそこに!?」 と、顔を真っ赤にし、引きずり出そうとするりょうに、真名はもぞもぞと懐の中へ。 『嫌ならば脱げばよかろう? 寒村であっても人の眼はあるがな』 「うぐっ‥‥!」 自信の懐に手を突っこんだまま固まるりょう。 「皇さん‥‥?」 そんなやり取りを紬 柳斎(ia1231)が不思議そうに見つめていた。 「つ、袖殿!? い、いや、これは別に脱ごうとなどしておらぬぞ!?」 「落ち着かれよ。 突っ込んだ手を慌てて引き抜くりょうに、柳斎は苦笑交じりに問いかける。 「い、いや。それらしき依頼主は見つからなかった」 「やはりか。拙者も依頼者らしき人物とは出会えなかった」 「依頼者がいない依頼? そんな事があるのであろうか?」 「無い――とは、言いきれないであろうな。不思議な依頼であるな‥‥」 「うむ‥‥。しかし、ここに依頼者がいないのであれば、いても仕方あるまい。指定された場所へ向かおうか」 「そうであるな」 そして、二人は依頼書に指定された村外れへと向かった。 ●村外れ 村の周りにはなごり雪が残る。 近頃の陽気に、溶け始めた雪は水となり、土と交じり泥となる。 けして美しいとは言えぬ雪景色を眺めながら、一行は依頼書にあった村外れの一本の木の元へ足を運んでいた。 「すっげぇぇ!! なんだこれ!!」 と、突然ルオウ(ia2445)が大声を上げた。 依頼書に記された約束の場所。 そこには、見た事もない程巨大な雪だるまが、物語る事無く鎮座していた。 「何って、雪だるまよ。天儀の人間はそんな事も知らないの?」 と、そんなルオウにシルビア・ランツォーネ(ib4445)が呆れる様に呟く。 「知ってるけどよ!」 「なら、そんなに驚く事じゃないじゃない」 「だってこのデカさだぜ!? 俺もガキん頃はよく作ったけど、こんだけでけぇの作った事ねぇよ!」 「‥‥まぁ、無駄に大きい事は認めるわ」 雪だるまの巨大さに興奮を隠せないルオウ。そして、これを運ぶのかとややウンザリと雪だるまを眺めるシルビア。 『雪塊を運ぶだけの簡単なお仕事ですよ〜』 そんな二人を他所に、依頼書と雪だるまを交互に見つめ、プルプルと肩を振るわせる夜刀神・しずめ(ib5200)。 「‥‥って、何処がやっ!! こんな大きいて聞いてへんでっ!?」 と、依頼書に付け加えられた吉梨のコメントに、しずめは怒り心頭に雪だるまをがすがすと蹴りたおす。 「お、おい!? そんなことしたら、雪だるまが崩れるだろ!?」 そんなしずめを思わずルオウが止めに入るが、 「大丈夫や、見てみぃ。びくともしてへん」 小柄であっても開拓者。しずめの蹴りは常人であれば数mは吹き飛ぶであろう代物であるが、雪だるまはびくともしない。 「ほんまに、ふてぶてしい雪だるまやで‥‥」 「そうか? カッコいいと思うけどな!」 「かっこええ? こんな寸胴の何処がかっこええんや!?」 「カッコいいだろ!? このデカさだけでも十分!!」 「でかいだけのウドの大木やろ!?」 お互い意見を譲らない二人の雪だるま談義は熱を帯びる。 「はぁ‥‥なんであんなに元気なのかしら」 そんな、持論をぶつけあう二人を、シルビアは呆れる様に見つめた。 「はぁ、寒い‥‥」 そんな3人を他所に、雪だるまの脇に置かれた荷車に腰かけ、遠く雪山を眺める後家鞘 彦六(ib5979)がぼそりと呟く。 「なんで、こう大きいのを作っちゃうかなぁ‥‥運ぶ人この事を考えて作って欲しいもんだねぇ‥‥」 季節は春と言っても、まだ雪が残るこの地方は十分に寒い。 そんな気温が彦六のやる気をごっそり取り去っていた。 「で、その荷車で運べって言うのが、依頼内容だったっけ?」 と、シルビアは彦六が腰掛ける荷車を指差し、しずめに問いかける。 「そや。ほんま、依頼主は何考えてるんやろな‥‥」 「雪山に持って行けって言う事だから、保存したいんじゃないの?」 呆れる様に答えたしずめに、彦六はひょいっと荷車から飛び降り、その問いに答えた。 「保存ねぇ‥‥こんな雪の塊保存してどうしようって言うのかしら」 過去、冬には見飽きるほど見ていた雪にシルビアが呆れる様に呟く。 「それだけ思い入れがあるゆぅことやろ」 「そうだぜ! これだけでっかい雪だるま、溶けて無くなるのはもったいないからな!」 「まったく、酔狂な依頼主もいたものだね」 謎の多いこの依頼に、皆は思い思いの感想を抱く。 「お、来たみたいだぞ!」 と、そんな時村から戻った二人が合流したのだった。 ●荷積み 柳斎、りょうを加え勢ぞろいした一行は、目の前に佇む巨大な雪だるまを前に、思案に暮れていた。 「これさ、持ち上げて崩れたりしないかな?」 依頼内容は雪だるまの輸送。その為にはこれを荷車に載せなくてはならない。 ルオウはいつ崩れてもおかしくない微妙なバランスの上に造形を晒す雪だるまを見つめた。 「大丈夫よ」 そんなルオウの心配に、シルビアがあっさりと言い放つ。 「雪って一言で言っても、色々とあるのよ。これだけ巨大な雪だるまに出来るって事は、雪質がもち雪な証拠。水分を含んだ雪だから、そうそう崩れる事はないわ」 と、シルビアは徐に雪だるまへ近づき、その顔をぺちぺちと叩いた。 「それに、さっきしずめが蹴ってたでしょ」 「あ、そう言えばそうか」 シルビアの説明に、首を傾げていたルオウであったが、最後の言葉に大きく頷く。 「それにしてもシルビア殿。随分と詳しいのだな」 てきぱきと指示を出すシルビアに、りょうが感心したように声をかけた。 「何? 意外って言いたいの?」 りょうの物言いが癪に障ったのか、シルビアはやや不機嫌そうに答える。 「い、いや、そう言う訳ではないのだが‥‥」 「別に、故郷が年中雪まみれだから、自然と身につく知識なのよ」 「なるほどシルビアさんは、ジルベリアの出身であったな」 と、その知識に柳斎は納得したように頷いた。 「そう言う事。だから、ちょっとやそっとの衝撃は大丈夫だから」 「それじゃ、早く乗せて連れて行ってやろうぜ!」 と、シルビアの保障を得たルオウが輸送先である雪山を指差し、雪だるまの元へ駆け寄ると、 「うぎぎぎぎっ!!!」 雪だるまの下に手を突っ込み、持ち上げようと力を込める。 「‥‥それは流石に無理じゃないかな?」 必死に持ち上げようと試みるルオウを、彦六は苦笑交じりに見つめる。 「いくら開拓者の私達でも、これだけ巨大な雪の塊を人力で持ちあげるのは無理があるか‥‥」 と、柳斎はルオウの奮闘を眺めながら、深く考え込んだ。 『ちょっと、退いてくれるかしら?』 そんな一行に、くぐもった声がかかる。 「シルビア殿か」 そこには、アーマー『サンライトハート』を駆るシルビアの姿があった。 『上がるかどうかはわからないけど、サンライトハートでやってみるわ』 装甲を通して聞こえるシルビアの声。 サンライトハートは鈍重な地響きを上げ、雪だるまへと近づくと、 「さぁ、サンライトハート。貴方の力見せつけてあげなさいっ!」 狭い空間に瞬くいくつもの光に向け、シルビアが声をかけた。 『いくわよっ!』 人の倍ほどもある雪だるまを抱え込み、力を込めた。 「‥‥」 シルビアの行動を固唾をのんで見つめる一行。 しかし、巨大な雪だるまはサンライトハートの巨力を持ってしても、僅かに揺れるだけ。 『‥‥はぁ、ダメね。アーマーの力で持ちあがらないとか、どれだけ重いのよ』 と、雪だるまから離れたサンライトハートは主人の仕草に倣う様に、器用に腕を組んだ。 「力技では持ちあがらぬか‥‥」 腕力において比類なき力を誇る開拓者が挑戦しても動かない。 ましてや、その開拓者の数倍の膂力を持つアーマーであっても、僅かに揺れただけなのだ。 りょうは、困った様に雪だるまを眺めた。 『ならば、頭を使えばよいじゃろう』 と、そんな声はりょうの懐から。 「真名殿、何か妙案でもおありか?」 そんな声に、りょうは懐からひょこりと顔を出す皇家の宿猫へ視線を落した。 『なぁに、簡単な事じゃよ。まず、皆で、アレの足元を掘って隙間を作るのじゃ』 「隙間を‥‥? 皆、手伝ってもらえるか?」 真名の言葉を受け、りょうは皆へと問いかける。 「他に方法が思いつかないんなら、仕方ないね」 と、その言葉にいち早く彦六が答える。 彦六は、荷車に積まれていた鶴嘴を持ちあげると、 「人をこき使うんだから、それなりの妙案じゃないと許さないよ?」 と呟き、鶴嘴を雪だるまの足元へ振り下ろした。 『なかなか言う小僧じゃな。まぁ、見ておれ』 そんな彦六の呟きにも真名は楽しそうに答え、 『出来た隙間に、ほれ、あの板を差し込め』 次なる指示を出した。 真名の指示で皆が動く事数分。 『これでいいじゃろう。後は任せたぞ』 と、進められた作業に満足したのか、真名はそう言い残すと再び定位置へ。 「後は任せたって‥‥これでどうしろって言うんだい?」 出来上がった代物に彦六がかくりと小首を傾げる。 「これは‥‥神輿か?」 出来上がったそれを見て、柳斎が呟いた。 「おぉ! そう言われてみれば!」 と、柳斎の言葉にルオウは嬉しそうに頷く。 雪だるまの下に組まれた木製の木枠。それは格子状に組まれた神輿に酷似していた。 『なるほどね。これなら!』 シルビアのアーマーを筆頭に、力自慢の開拓者達により、雪だるまは簡易の神輿に担がれ無事荷車へと載せられる。 そして、雪だるまを荷台へと積み終えた一行は、一路雪山を目指し進み始めた。 ●道中 「ふぅ‥‥一先ず最初の難関は突破かな?」 額に浮いた汗を拭い、彦六が荷台を見つめる。 「であるな。真名殿感謝いたす」 『‥‥』 懐で寝息を立てる宿猫にりょうが、小さく声をかけた。 「さてと。ほんなら三頭立ての馬車といこか」 控えるのは柳斎の愛馬『白秋』、彦六の愛龍『豪龍』、そして、しずめ自身の相棒『牡丹』。 しずめは、三匹の朋友達に視線を送ると、それぞれの主たちに手綱を渡す。 「真ん中に袖姉はんのお馬はん。で、その両脇にうち等の龍を結ぶ形で」 そして、しずめはその反対の端を器用に荷台へと結び付けていく。 「うむ。白秋、がんばって引いてくれよ」 手渡された綱を白秋の鐙へと括りつけ、柳斎はその背を優しく撫でつけた。 「それじゃ、俺、ヴァイスと先を見てくるな!」 と、組み上げられた三頭立ての馬車に集う一行に向け、ルオウが天を指差す。 そこには、天高く空を旋回するルオウの愛鷹『ヴァイス・シューベルト』の姿が。 「なんか謎な依頼だし、アヤカシとか出たら大変だからな!」 そして、一行に向けにかっと人懐っこい笑みを浮かべたルオウは、ヴァイスと共に山へと続く道を駆けだした。 舗装もろくにされていない道に轍を刻む車輪。 一行は、雪解けの悪路を朋友の力を借り、進み始めた。 ●三合目 冬を越えた季節は、春に差し掛かる。 初春の日差しは、厳しい冬に凍えていた者達にとって、天の恵みに他ならない。 「‥‥このままやったら、溶けてしまうな」 しかし、それは生ある者にとってのみ。 一行が運ぶ雪だるまには、逆に過酷な環境になりつつあるのだ。 「そうだねぇ、何か対策を立てないと、目的地に着いたはいいけど、運んで来たものが無くなった。なーんて事にもなりかねないしね」 と、しずめの言葉に、御者の様に荷台に座る彦六が答える。 『なら、これでもかけてやればいいわ』 と、そんな二人の言葉に、荷台の後ろを押すシルビアが答えた。 「うん? ああ、なるほどな。これは丁度ええかもしれん」 シルビアが雪だるまへと施した物。それはサンライトハートが纏っていた外套であった。 『ま、気休めだけど、無いよりはましでしょ』 「気休め‥‥あ、なるほど布か」 と、シルビアの言葉に何かひらめいたのか、しずめはポンと拳を打つ。 「野宿する可能性もあるやろうと、持ってきてたんやけど‥‥」 そして、しずめは牡丹に駆け寄ると、その背に括りつけられてあった荷を解いた。 「天幕、であるか?」 「そや。これで幌にでもできんかな?」 りょうの問いかけに、しずめはこくんと頷く。 「幌にするには、骨が必要だね。――よっと」 しずめの問いかけに答えたのは彦六。 彦六は、荷車から飛び降りると、手にした袋をごそごそと探った。 「後家鞘殿、何か妙案でも?」 「無ければ作ればいいんだよ。――っと、これでね」 と、彦六が取り出したのは金槌やら鋸やら。 「ちょっと荷台を削るけど――いいよね?」 と、道具を取り出した彦六は、何故か雪だるまへと許可を求めた。 「――うん、いいらしい。じゃやろうかな」 当然答えはない。しかし、彦六は満足そうに頷くと、荷台に鋸の刃を当て引き始めた。 「後家鞘殿には、雪だるまの声が聞こえるのであろうか‥‥?」 『そんな訳ないでしょ。依頼主がいないから、形式を踏んだだけじゃないの?』 「形式なぁ‥‥。それで借用物を壊していいって話にはならんと思うけど‥‥」 「まぁ、もし依頼者が山頂で待っていたとしても、理由を話せばわかってくれるであろう。今は彦六さんに任せよう」 嬉々として木工作業に勤しむ彦六を、一行は不思議そうに見つめた。 しばらくの後、彦六の手により馬車の幌は完成する。 そして、天光を遮る幌を纏った馬車は、一行に引かれ山道を登っていった。 ●八合目 『まったく、何の目的でこんなしょうも無い物運ばないといけないのかしらね』 なだらかに続く山の傾斜は、ただ歩くだけであればこれほど観光に適した山もないだろう。 しかし、今は勝手が違う。何せ、巨大で重い雪塊を運んでいるのだから。 「まったく同感や。誰が作ったんやろうな、こんな巨大な雪だるま」 荷台の尻を押すサンライトハートから零れた呟きに、しずめも雪だるまを見やる。 「なんや、こうしてみるとどこぞの王様の巡察みたいやな」 『王様、ねぇ。ま、確かに』 しずめの言葉につられる様に雪だるまに視線を向けるシルビア。 そこには幌の付いた荷台にどっかと座る外套を纏う雪だるまの姿があった。 『‥‥なんだか、昔を思い出すわね。よくこうやって着飾って遊んだかしら』 荷車に揺られる雪の像に思い出を見たのか、シルビアは感慨深そうに呟く。 「なんや? 『ほぅむしっく』ゆぅ奴か?」 そんなシルビアの声に、しずめはからかう様にニヤリと口元を吊り上げた。 『なっ!? そ、そんな訳ないでしょ!』 「ふーん。まぁ、別にええんやけど?」 坂道で荷台を押すシルビアは身動きが取れない。 しずめは反論するシルビアをにやにやと見つめた。 「このまま、何事もなく道が続けばよいが」 荷台の後ろで繰り広げられる攻防?を微笑ましく聞きながら、柳斎が白秋の進むべき道に目を落す。 「その心配は、杞憂の様であるぞ」 と、そんな柳斎に、りょうが声をかけ山頂付近を指差した。 「ふ‥‥その様であるな」 そこには、山頂付近で元気に手を振るルオウとヴァイスの姿があった。 ●山頂 麓の暖かさが嘘の様に寒い。 まるでここだけが世間から取り残されたかのように、冬一色に染まっていた。 「しかし壮観であるな‥‥」 そんな景色に柳斎は感嘆の声を上げる。 「もう春も近いと言うのに、ここだけが冬のまま、春の訪れる気配が聊かもない」 吹雪いてはいないが、一面の雪景色。 柳斎は、どこか幻想的な風景に見とれていた。 「みんな、遅いぞ!」 と、そんな一行を先行していたルオウが迎える。 「ここでよいのであろうか?」 「山頂ってここだろ?」 「見た限りではそうであるようだが‥‥」 「なら、ここがコイツノ故郷だよな!」 山頂が纏うのは冬の空気。 そう、雪だるまの故郷『冬の世界』がここにあるのだ。 ルオウはようやく山を登ってきた皆に向け、ニカっと無邪気な笑みを浮かべた。 「白秋、疲れたであろう。ご苦労だったな」 幾匹もの朋友で協力して引いていたとはいえ、その主軸を担っていた白秋の疲労は相当なものであろう。 柳斎は、荒く乱れる息を整える白秋の首筋を優しく撫でてやる。 『それじゃ、下ろすわよ!』 そして、シルビアの声に一行は頷くと、荷台にどっかと座る雪だるまを山頂の荒れた岩肌へと慎重に下ろしてやった。 ● 「なぁなぁ、この雪だるまって名前あるのかな?」 下ろし終えた雪だるまをぺしぺしと叩きながらルオウが皆に問いかける。 「雪だるまに名前? そんなのある訳ないじゃない」 と、呆れる様に答えるシルビア。 「そうか! じゃ、俺が付けてやる!」 「はぁ?」 「――雪玉だから‥‥白?」 「あんたねぇ‥‥ここでお別れなんだから、名前なんて」 「そうだ白雛! お前は、白雛だ!」 と、呆れるシルビアを他所に、ルオウは誇らしげに雪だるまへと名をつけたのだった。 「これでよしっと」 と、そんな一行を他所に、彦六は何やら作業中。 「彦六さん、なにを?」 そんな彦六の手元を、柳斎が覗きこんだ。 「それは、雪だるま?」 そこには、まるで運んできた巨大な雪だるまの子供達の様な小さな雪だるまがいくつもある。 「一人じゃさびしいと思ってね。――と、これくらいでいいかな?」 「なるほど、確かにこれだけ居るのであれば、寂しくはないであろうな」 巨大な雪だるまを囲む、小さな子供達。 そんな光景に、柳斎の顔に思わず笑みがこぼれた。 「ほんなら、うちも――」 と、そんな彦六に触発されたのか、しずめは雪だるまへと近づくと、 「もう、地上に迷ってでできたらあかんで?」 その大きな頭に、持っていた帽子をかぶせてやった。 ● 『――ふむ、まぁ達者でな』 「うん? 真名殿、何か申しましたか?」 突然懐の中から聞こえた真名の声に、りょうが懐の主を見下ろした。 『なんでもない。それよりもおりょう』 「はい?」 「少し太ったのではないか?」 「そうなのです。実は正月に食べすぎま――って、何を言わせるのですか! そこは女らしく成長したと――」 懐から聞こえる真名の言葉に、思わず大声で反論するりょう。 しかし、突然上がった大声に、一行の視線がりょうに集中した。 「‥‥おほんっ! さぁ、これで依頼は成った! 堂々と凱旋しようぞ!」 裏返った声で懸命に賛辞を送るりょうを、一行は微笑ましく見つめた。 一行は、雪だるまを残し山を下る。 「それじゃ元気でね。王様」 サンライトハートを収納したシルビアは、一人雪山に残す雪だるまを見やり、そう小さく呟いた。 「王様じゃなくて白雛!」 「はいはい。白雛ね」 力説するルオウを軽くいなしシルビアは雪だるまへと背を向け来た道へ向かう。 「お礼に来るなら、溶けないうちにね」 そして、シルビアに倣うように彦六もまた来た道を戻る。 振り返る事無く雪だるまに手を上げて。 空になった荷車を引き、来た山道を戻る一行。 『――アリガトウ』 そんな、一行の背にむけ、故郷へと戻った『雪だるま』が小さく小さく囁いたのだった――。 |