|
■オープニング本文 ●武天の街『簿旗』 武天の街道沿いの街『簿旗』。 どこにでもある様な宿場町は、ある話題で持ちきりであった。 ●茶屋 旅人で賑わう街道沿いの茶屋。 『わうっ!』 「うお!? 出やがったな!!」 軒先で茶菓子を運ぶ店員に正面切って挑む様に現れたのは、首に真紅のバンダナを巻いた一匹の犬。 『ぐるぅぅ‥‥』 姿勢を低くし、飛びかからんと身構える忍犬に。 「毎度毎度、くれてやるか!!」 店員は犬をキッと睨みつけ、しっしっと大きく手を振った。 「おーい、茶菓子はまだか?」 と、そんな店員を軒先の長椅子に腰かける旅人が呼ぶ。 「は、はいー。今お持ちいたします」 そんな呼びかけに、職業柄か店員は思わず答えた。 『‥‥』 店員にできた一瞬の隙。 身構えていた犬はそんな隙を見逃さない。 音も無く大地を蹴ると、店員の、手に持った盆に向け一気に飛びかかる。 「お前にくれてやる菓子は――うおっ!?」 客の対応を終え、再び犬へと振り向いた店員は、突然目の前に現れた犬の牙に、思わず尻もちをついた。 『‥‥わうっ!』 「や、やろぉ!!」 時すでに遅し。 尻もちをつき倒れ込んだ店員が持つ盆の上には、すでに菓子の姿は消えていた。 「待ちやがれ!!」 菓子は犬の口元に。 店員は急いで立ち上がり、口元に勝利の笑みを浮かべた――様に見える犬に向け、怒りを向ける。 が、次の瞬間。犬は大きく飛び退り、店員をあざ笑うかのようにその場から姿を消した。 「く、くそぉ‥‥またやられた‥‥」 人の脚では逃げる犬を追う事は不可能。 四肢をつき空になった盆を眺めながら、店員は口惜しさに震えながら小さく呟いた。 ●食堂 「ふぅ‥‥今日も大繁盛だったねぇ」 書き入れ時の昼を過ぎ、厨房から材料の保管してある裏の納屋に向かう女将が、満足気に溜息をついた。 「さてと、夜に備えて仕込みするかね――!?」 と、納屋の扉を開いた女将が、納屋の異変に気付く。 「だ、誰だい!?」 納屋の中で蠢く影。女将は影に向け気丈に声を上げた。 『げふっ‥‥』 しかし、影は現れた女将の事など気にもせず、盛大なげっぷをかます。 「盗人め!!」 そんな不遜な態度に、女将は脇に立てかけてあった木の棒を掴むと、中の影に向け一気に振り下ろした。 『‥‥』 しかし、影は女将の一撃をなんなく避ける。 『わおおおぉぉぉぉぉ!!!』 「ひ、ひぃぃ!!」 そして、敵意を向ける女将に対して、耳を劈かんばかりの咆哮を上げた。 ●畑 街から少し離れた場所に作られた畑。 「ふぅ‥‥今年の大根はいい出来だ」 額の汗を拭い、農夫の一人が自ら拵えた大根を眺め、満足気に呟いた。 「うわぁっ!?」 「な、なんだ?」 と、突然別の畑で上がった悲鳴に農夫は思わず、振り向いた。 『‥‥』 「う、うおっ!?」 と、振り向いた農夫は、そこにあった眼と眼があう。 「い、犬‥‥?」 何の前触れも無くそこに現れた犬の姿に、農夫は恐る恐る確認するように声を上げた。 『‥‥』 と、次の瞬間。犬はニッと口元を吊り上げたかと思うと。 「うおっ!!」 農夫が手にしていた大根に飛びつき、一瞬にして奪い取った。 「うわわっ!!」 「くそ!! 泥棒!!」 「ま、まてぇ!!」 同時に、あちこちの畑から上がる悲鳴。 「な、何だったんだ、今の‥‥」 一瞬で起きた出来事に、農夫はただ呆然と自分の手を見つめるしかなかった。 ●蔵 『くんくん‥‥』 陽の光も差さない真の闇が支配する空間。 一歩踏み込むたびに埃が舞い上がり、籠った湿気がカビ臭い臭気を放つ。 『くんくん‥‥』 そんな厳重な封を施された蔵の中、蠢く影がいた。 『‥‥わうっ!』 しきりに匂いをかぎわける影は、突然大きな声を上げる。 そして、真の暗闇の中をまるで陽の元を行く様に駆けだすと――。 ガタンっ! 何かに体当たり。 酒樽ほどの大きさの樽をひっくり返した。 『ぐふっ』 ひっくり返された樽から立ち込める、独特の香り。 そんな香りに、影は満足気に溜息をついた――様に見えた。 ●民家 虫も眠る丑三つ時。 怪しく光る二つの眼が、月光を浴び照らし出される。 『‥‥』 見つめるのは軒下のただ一点。 『‥‥』 そして、二つの眼は音も無く忍び寄り――。 がぶっ! 軒下に吊るされていた干し柿に噛みついた。 ●広場 「くそっ! やられた!! 楽しみにしてた干し柿が‥‥」 「お前の所もか! 俺の所なんて、沢あんの樽丸ごと開けられたぞ!?」 「うちなんて、折角仕入れた食材全部持ってかれたんだよ!」 口々に発せられる被害の報告。 広場に集まった街の住人達から聞こえるのは、怨嗟の声であった。 「何とかしないと、被害は増すばかりだ!」 「だけどよ、あいつ等すばしっこいんだよな‥‥」 「だねぇ‥‥野良犬――じゃないみたいだけど、あれはなんなんだい?」 「もしかして、忍犬‥‥?」 「忍犬がなんで野良犬紛いの事してるんだよ!?」 「そんなのわからないよ! でも、あの身のこなしは普通じゃないよ!」 「くそ‥‥忍犬相手じゃどうにもできねぇ」 盗人の正体は大よその見当がついた。 しかし、その正体がわかったからと言って、一般人の彼らにはどうする事も出来ない。 途方に暮れる街の住人達は、ただ大きな溜息をつくしかなかった――。 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
紗々良(ia5542)
15歳・女・弓
シア(ib1085)
17歳・女・ジ
西光寺 百合(ib2997)
27歳・女・魔
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ
後家鞘 彦六(ib5979)
20歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●簿旗の街 通りに面する店々は活気に満ち、通り過ぎる旅人達に一時の安息を与えていた。 「いい空気だね」 地には活気の熱、天には冬の冷気。後家鞘 彦六(ib5979)は地と天を交互に見つめ呟いた。 「ああ、実に平和だぁな」 同じく活気ある街の風景を眺め、犬神 彼方(ia0218)は満足気に煙管を燻らす。 「悠長なことゆぅてへんで、やる事やるで」 そんな二人に、夜刀神 しずめ(ib5200)は呆れた様に声をかけた。 「もちろん、わかってるよ。悪事をほってはおけないからね!」 しずめに向き直り、彦六は力強く答える。 「だなぁ。巷を騒がせぇる犬共は、一度きちんと躾してぇやらねぇといけねぇ」 そして、彼方もまた一家を束ねる性か、まるで我が子を叱る親の面持ちで答えた。 「しかし、本当に相手は忍犬なのかな?」 「依頼書の情報ではそう書いてたけれど‥‥街の人に聞くのが一番でしょうね」 どこか訝しんだように呟くシア(ib1085)に、西光寺 百合(ib2997)は依頼書の写しを手に答える。 「とりあえず食べ物ばかりが被害にあってる、だっけ」 「ええ、人的被害は今の所報告されてないみたい」 「まぁ、それがそれが救いやな」 報告書に目を落す二人に、しずめが声をかけた。 「流石に人様に被害でてたら、最悪殺してしまわなあかんよぉになるからな‥‥」 「それは流石に可哀想だよね。なんとかしてあげたくもあるね」 「ええ、犬神さんの言う様に、躾でなんとかなればいいんだけれど」 今回の相手は、アヤカシでもなければ人でもない。一様に従順であるはずの忍犬が相手なのだ。 三人は、どこか気乗りのしない依頼に、物憂げに呟いた。 「抜け忍犬さん‥‥」 そんな一行の一番後ろ。紗々良(ia5542)は呟き足元へ視線を落した。 「初めて、聞いた、けど。悪い事は、ダメ、だよね」 ゆっくりと紡ぐ言葉には、どこか哀愁の様なものを感じる。 それは自らの愛犬と件の5匹を重ねているからだろうか。 「がんばって、捕まえ、ようね」 そして、呟いた紗々良は、静かに膝を折り愛犬の頭を撫でつけた。 ●茶屋 「ま、人だろうが犬だろうが、喰い逃げは犯罪。感心しないよね」 「なら、なんとかしてくれよ‥‥」 まるで他人事のように語る彦六に、店の主人は困り果てた様に呟いた。 「もちろんなんとかするよ。その為に来たんだから。で、例の物は?」 「こ、これでいいのか?」 と、問いかけた彦六に主人は小さな包みを手渡した。 「――うん、確かに。ありがとう」 包みから伝わる微かな温もりに、彦六は満足気に主人へ礼を述べる。 「さて――。お待たせしたかな?」 「え?」 と、突然背を向けた彦六に、主人は思わず声を上げた。 「出てきたらどうかな? 狙いはこれだろ?」 彦六がじっと見つめるのは街道から裏路地へと至る小さな曲がり角。 「あんた、何言って――おわっ! でた!」 先程渡した包みを誰もいない角に向け差し出す彦六に、主人が何の事だと問いかけた、その時。 首に赤いバンダナを巻き付けた、いかにも熱血漢――っぽい犬が姿を現した。 「さぁ、正々堂々このおにぎりをかけて勝負しようじゃないか」 そんな犬に向け、盛大に啖呵を切った彦六は、空いた手で腰の刀を抜き放つ。 「お、おい! 刃傷沙汰は勘弁してくれよ!?」 「大丈夫大丈夫。そんな気は毛頭ないよ」 戦闘態勢をとる開拓者の姿に、主人は思わず叫んだ。 しかし、彦六は主人にニッと微笑むと、刀をくるりとひっくり返す。 「峰で打てば――ま、骨折くらいで済むから」 そして、再び角で見つめる瞳に向き直った。 ●食堂 「かぁ! 昼間っから飲む酒ぇは格別だぁなぁ!」 店で一番大きな盃を軽々と片手で煽り、彼方は昼酒の幸せをかみしめる。 「ちょ、ちょっとお客さん‥‥」 昼食時で賑わう店内で一人酒をかっ喰らう彼方に、店の女将は困惑したように話しかけた。 「わかってぇる、わかってるってぇ」 そんな女将の困惑に、彼方は空になった徳利をふりふり、にへりと微笑む。 「で、そろそろぉなんだろぉ?」 「え?」 突然表情を真剣なモノに変えた彼方に、女将は戸惑う。 時は昼下がり。食事に訪れた客達は、勘定を済ませ続々と店を後にしていた。 「ほら、招かざぁる客のお出ましぃだ」 そんな客達と逆行するように現れる首に青いバンダナを巻いた犬。 「で、でた!!」 ふてぶてしいまでに堂々と現れた犬に、女将は腰を抜かして厨房へと逃げ戻った。 「さぁて、どんな芸を見せぇてくれるんだぁ?」 どこか落ち着いた雰囲気を漂わせじっと彼方の姿を伺っていた犬に向け、彼方はニヤリと口元を吊り上げた。 その時。 『あおおぉぉん!!』 彼方を敵と認識したのか、犬は突如張り裂けんばかりの咆哮を上げた。 「おぅおぅ、なかなかぁな喉だなぁ」 しかし、空気を震わし耳に届く絶叫にも、彼方は顔色一つ変えない。 「だぁが、その程度の咆哮じゃぁ、物足りなぁいなぁ! どぉれ、きっちり躾といこうぁね!」 そして、椅子から立ち上がった彼方はパキポキと拳を鳴らすと、大きく肺に空気を取り込んだ。 ●畑 冬野菜の収穫を待つ畑。農夫たちは汗水たらして作り上げた野菜達をこぞって収穫している。 普段なら――。 「そこ!」 裏拳一閃。 シアは背後から音も無く忍び寄ってきた黒い影を、一撃の元に仕留める。 「なるほど。影分身と言うやつね」 しかし、その感触は肉を掴むそれではなかった。 「あまり手荒な事はしたくなかったけど、そっちがその気なら、こちらも手を抜く訳にはいかないわね」 辺りには人の気配はない。 危険と判断しシアは農夫達を事前に避難させていたのだ。 ここには、シアと数匹の黒い犬の姿があるだけであった。 『うぅぅ‥‥』 シアを囲む犬達は戦闘態勢をとり、低く唸り敵を威嚇する。 「まともにやりあってもいいんだけど‥‥。それも芸が無いわよね」 と、そんな犬達の気勢をかわし、シアは突如背を向けた。 『‥‥』 まるで無防備なシアの背に、犬達はその警戒の色をより一層深める。 「どうしたの? さっきまでの威勢は何処へ行ったの?」 まるで挑発するようなシアの言葉。そして――。 「さぁ、こっちよ!」 シアは突如走り出す。 『っ!』 犬達はその突然の行動に思わずその背を折った。 「ふふ、それでいいわ」 そして、犬を引きつれたシアは一路街中へと逃走した。 ●広場 井戸を囲む小さな広場。 「大きさは――そうね。人が3人入れるくらいでいいわ」 そこに集った大工たちに百合はてきぱきと指示を下して行く。 「こんなもんで、ほんとに捕まえられるのか?」 大工の一人が作業の手を止め、百合に問いかけた。 「この檻は、捕まえる為のモノじゃないのよ」 「へ?」 「なんて言えばいいのかしらね。うーん、そう、保護用の檻よ」 「保護用?」 「ええ、いくら悪さを働いてると言っても忍犬。きっと何か事情があると思うの」 先の見えぬ話に問いかける大工に、百合は遠回しに説明を続ける。 「な、なるほど‥‥?」 「ふふ。大丈夫よ。きっと私の仲間がちゃんと捕まえてくるはずだから」 かくりと首を傾げる大工に、百合はくすりと微笑みそう告げた。 ●蔵 街の長者所有の蔵には高価な物の他、多数の保存食が保管されていた。 「大きな、蔵‥‥」 「ああ、自慢の蔵だ。何せ俺が一代で――」 蔵を眺める紗々良の言葉に、持ち主の男は上機嫌に答える。 「被害は、この、中で?」 そんな自慢話を華麗にスルーし、紗々良は男に問いかけた。 「え? あ、ああ。この中だ。しかも籠城してやがる‥‥」 「籠城‥‥。と言う、事は、まだ、中にいる、んだ」 「あ、ああ。追い出そうにも中に入れば牙剥かれるから、誰も近寄れないんだ‥‥」 静かに蔵の扉を見つめる紗々良に、男は心底困った様に告げる。 「中にある、食べ物は、なにか、な?」 「え? た、確か‥‥保存食の漬物とかそんな物ばかりだったと思うが」 「なるほど‥‥」 男の答えに、瞳を閉じ少しの間考え込んだ紗々良は。 「少し、下がって、いて‥‥」 瞳を開き、蔵の前の剥き出しの地面と蔵の屋根を交互に見つめた。 「――これで、大丈夫」 パンパンと土に塗れた手を叩く紗々良は、僅かな時間の間に罠を敷設していた。 「こ、これって、罠か?」 紗々良のあまりの手際に呆然と見つめていた男が口を開く。 「お腹を、すかせた、獣には、これが、一番。後は――」 と、紗々良は仕掛けた罠の上に、ポンと芳醇な香りを放つ肉の塊を投げ入れた。 「お、おい。そんな事で本当に――」 「きっと、お肉に、飢えてる、と思う、の。だから、大丈夫」 不安げに問いかける男に、紗々良は大きく一つ頷いた。 と、その時。 二人が見つめる中、蔵の扉が大きな音を立て開かれた――。 ●民家 宿場町も一歩裏路地へ入れば、生活感が漂う長屋が並ぶ。そんな一角にある民家。 「干し柿とは、拍子抜けもえぇとこやな」 そんな民家の軒先で目撃した事件に、しずめは呆れる様に呟いた。 『っ!』 そこには、軒先に吊るされていた干し柿を華麗な跳躍で噛みちぎった桃色のバンダナを巻いた犬の姿。 「仮にも忍犬ともあろうものが、そんなもん盗ってんのか」 しかし、しずめは犬の窃盗行為を止めようともせず、更に呆れる様に溜息をついた。 『‥‥』 もちろん犬には人の言葉はわからない。しかし、そこは腐っても忍犬。 犬はしずめが醸し出す、挑発的かつ馬鹿にしたような雰囲気を機敏に感じ取る。 『うぅ‥‥』 そして、無い胸を張り挑発するしずめに、犬は姿勢を低くし唸る。 「どうせやったら、アレでも盗ってみぃ」 しかし、しずめは戦闘態勢に入った犬には目もくれず、すっと屋根を指差した。 瞬間。 『‥‥』 跳躍した犬は見事屋根に干された大根を掠め取り、どうだとでも言いたげにしずめを見つめる。 「ほぉ、なかなかやるやん。とか、ゆぅ思ったか?」 ニヤリとほくそ笑んだしずめ。 『っ!』 ガンっ! 『きゃうんっ!?』 しずめの言葉に犬が気付いたのも時すでに遅し。 天井に干されていた大根には、風で飛ばぬよう縄で括られた石が取り付けられてあったのだ。 「所詮、犬畜生の脳みそ、ちゅぅことやな」 落下してきた石に頭を打たれ昏倒する犬を見つめ、しずめはニヤリと口元を吊り上げた。 ●広場 街の中央に掘られた井戸を囲む様に開けた広場に完成した木製の檻を、街の住人達は不安げに見詰めていた。 と、そんな広場に。 「百合!」 遠くからシアの声が聞こえる。 「来たようね」 と、迎える百合の瞳にはシアと、追い手の犬が数頭。 「――誘う風は、平穏への祈り――」 百合はその姿を確認すると、すっと杖を取り出し静かに力あるっ言葉を紡ぎ出す。 「もう追いかけっこはお終いよ!」 「『アムルリープ』!」 そして、シアが跳躍したのと同時、百合の杖から暖かな眠りを誘う風が吹き出した。 「ふぅ、お見事」 「あなたもね」 分身を解き眠りについた犬を見つめ二人は互いの労をねぎらう。 「お待たせっ!」 そんな二人の元へ、彦六が現れた。 『ぐるぅぅぅ』 その手に持つ荒縄に引かれ、共に現れたのは赤いバンダナを巻いた犬。 「お疲れさま。あら、結構手こずったみたいね」 迎えた彼方は、彦六の服を見て苦笑交じりに呟いた。 「いやぁ、流石忍犬だね。なかなか手ごわかったよ」 どこか誇らしげに答える彦六の服は所々破け、更に剥き出しの腕にはくっきりと歯型が。 「俺ぇが3番手かぁ?」 と、そこへ第3の捕獲者が。 呪縛符でガチガチに縛られた青いバンダナを巻いた犬を引きずりながら、彼方が現れる。 「おかえり、って。うわ‥‥」 そんな犬の姿に、シアは思わず頬を引きつらせた。 「なかなかいい声でぇ吠える奴だったぁけどよ、まだまだ俺ぇにはかなわねぇなぁ」 咆哮勝負に勝利した彼方は豪快に笑い、負け犬を見下ろした。 「お待たせ」 続々と広場へと集う一行。 彼方に続き現れたのは、大きな網を引きずる紗々良であった。 「一匹、捕まえた、よ」 と、その網の中には満足そうに居眠りする黄色いバンダナを巻いた犬が一匹。 「そちらは随分と平和に解決できたようね」 彼方に捉えられた犬とは違い、幸せそうに寝息を立てる犬を見つめ、百合は苦笑する。 「うん? うちが最後か」 そして最後。目を回す桃色のバンダナを巻いた犬を背負い、しずめが広場に現れた。 「うん、これで5匹全部捕まえられたね」 しずめを迎えた彦六が、満足そうに頷く。 「まぁ、所詮犬畜生やしな。うちの手にかかれば、ざっとこんなもんや!」 まるで自分が全て捕まえたとばかりに胸を張るしずめ。 そんなしずめを一行は、苦笑交じりで見つめたのだった。 ● 「で、捕まえたはいいけど、どうするのこれ?」 檻の中で吠える犬達を見下ろし、シアが一行に問いかける。 「そうね――」 と、百合はすっと膝を折り、徐に檻の中に手を入れた。 がぶっ! 「つっ!」 檻の中に入れられた手に犬の一匹が噛みついた。 「ちょっと、あなた何を!」 犬に噛みつかれながらも、手を引くそぶりも見せない百合にシアは思わず叫ぶ。 「大丈夫。私達はあなた達の敵じゃないわ」 と、百合はシアの声にも振り向く事無く、じっと自分の手を噛んだ犬の瞳を見つめた。 「うん‥‥」 そんな百合に倣う様に紗々良も膝を折り、別の犬を見つめる。 「人間と喧嘩、しても、いいこと、ないんだよ。人間と、仲良くすれば、ほら」 と、紗々良は脇に控える愛犬に、干し肉を一つ与えてやった。 『‥‥』 愛犬を愛おしそうに撫でる紗々良に、犬達は釘付けとなる。 そして、そんな二人の言葉に犬達の心境に変化を与えた。 「――そう、わかってくれたのね」 百合の手に噛みついた犬は、血が滴る手を申し訳なさそうにぺろぺろと舐めたのだ。 「さてと、最後の仕上げといこかな」 と、百合の行動に満足気に頷いたしずめは、檻にくるりと背を向け、不安げに見つめる野次馬の元へ。 「うん? どこへ行くんだい?」 「飼い主を探す。このまま役所に突き出しても、迷惑罪とか何とかで処分されるのがおちや」 そんな行動に何をするのかと問いかけた彦六に、しずめは答える。 「飼ってくれるのかな? 散々迷惑かけた犬だよ?」 「その心配はもう無いわ」 と、彦六の問いかけに答えたのは百合だった。 「ね。皆」 言って檻の中で申し訳なさそうに見つめる犬達に向け、にこりと微笑んむ。 「うん、追われる、より、仲間、に、なったほうが、きっと、いい」 百合の言葉に、檻の中の犬と通じ合った紗々良も力強く頷いた。 「そうとなれぇば、しっかりと躾しとかねぇとなぁ」 「程ほどにね‥‥?」 パキパキと拳を鳴らし意気込む彼方に、呆れるシア。 そんな光景を、一行は笑いながら見つめたのだった。 こうして、街を騒がせた忍犬5匹衆は開拓者達の説得によって改心する。 そして、5匹の犬達はこの街の守護者としてその勇名を轟かせる――のはまた別の話。 |