十二支親子奮闘記
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/07 20:40



■オープニング本文

●とある漁師街の長屋横丁
「おい、当真早くしろー」
「あー、とうさん、まってくださいー」
 大きな背負い袋を抱え、とてとてと小走りに駆け寄ってくる男の子を、真っ黒に日焼けした大男、黄竜が豪快な笑顔で迎える。
「もう、怪我だけはないようにね」
 手に持つ火打石をカチカチと打ち、安全祈願をするのは、この家の偉大なる母、麒麟だ。
「あたしもいくー」
 そう言って、麒麟の後からひょこっと顔を覗かせたのは、四女取乃。
「おう、取乃ももうちょっとでっかくなったらな!」
「うぅ‥‥」
 がしがしと取乃の頭を撫でる黄竜に、唇を尖らせ半泣き状態の取乃。
「んじゃ、麒麟、取乃行ってくるぜ! でっかい魚釣ってくるからな!!」
「からな!」
 黄竜の言葉尻を当真が真似る。そんな当間の頭に、黄竜はこつんと拳を落とし、痛がる我が子を嬉しそうに見つめ、二人は玄関から出ていった。

「寧々、ちょっと手伝ってー」
 台所で洗物に精を出す麒麟が長女寧々を呼ぶ。
「‥‥無理」
 居間にあるちゃぶ台で一人猛勉強中の寧々は、素っ気無くそう返した。
「まったくもぉ‥‥ってこら、多摘! 深達をいじめないの!!」
 一難去ってまた一難、手伝いをする気のない寧々の隣では、双子の姉弟多摘と深達の姿。
「ふん! こいつがぐずだからいけないのよ!」
 弟の深達を足蹴にふんぞり返る多摘は、麒麟の注意にふんと鼻息荒く、廊下の方へと去っていく。
「‥‥ふぅ」
 残された深達は災厄が去ったとばかりに、ぽんぽんと服についた埃を払う。 
「まったく、双子なのにどうしてこう仲が悪いのかしら‥‥」
「かーちゃん! めしまだか!?」
 双子のことで頭を悩ませていた麒麟に、次男潮が抱きついてくる。
「こら潮! やめなさい! さっきお昼食べたばっかりでしょ! それより、洗物手伝いなさい!」 
 麒麟は背中に抱きついて離れない潮を無理やり引っぺがし、昼食で汚れた皿を強引に掴ませる。
「えー!!」
「ほら、手伝ったらお菓子あげるから」
 不満を絶叫していた潮も、この言葉に「かしこまりました!」と兵士よろしくせっせと皿洗い。
「卯咲ー 音良どこ行ったかしらない?」
 皿洗いは潮に任せ、止まってると死んでしまいそうなほどに元気な次男坊の行方を麒麟は次女卯咲に尋ねる。
「んー? しーらーなーいー」
 麒麟用の鏡台の前にどっかと座り、映し出される自分と格闘中の卯咲。勝手に紅など引いている。
「こら、卯咲! 母さんの物を勝手に使っちゃだめっていっつも言ってるでしょ!」
 麒麟は卯咲から紅の入った小さな入れ物を取り上げると、こつんと拳骨。見るも無残な変身を遂げた次女にため息をつく。 
「‥‥うるさい、静かにして」
 寧々の呟きは誰の耳にも入ることはなく、寧々は仕方なく愛用の耳栓を装着するのだった。 

「麒麟んんんん!!!!」
 ガタンッと盛大な音をあげて長屋の引き戸が開かれた。
「何ですか騒々しい。愛と祈が寝てるんですから静かにしてください」
 背には末っ子祈を腹には五女愛濡を背負い紐で体に縛りつけた麒麟が、シーっと人差し指を口に当て、主人を出迎える。
「あ、すみません‥‥って、ちがぁーーーう!! これ見ろこれ!!」
 一瞬、申し訳なさそうに頭を垂れた黄竜が、がぁーと叫び手に持った一枚の札を麒麟の目の前に突きつける。
「なんですこれは‥‥? ‥‥宿泊券?」
 黄竜の差し出した札には確かにそう書かれてあった。
「はっはっは! 気になるか? そうか、そうだよな! しかたねぇ、語ってやろう!! 実はだな――」
 黄竜の話はこうだ。黄竜が吊り上げた大きな鰤を物欲しげに見つめていた一人の老紳士。その老紳士はどうしてもその鰤が必要だと言う。しかし、手持ちがない。そこで差し出したのが、この札だった。黄竜はこの札がただならぬ物と判断。交換を快諾したのだった。
「なんだそれー?」
 騒がしい声を聞きつけ、好奇心旺盛な六男猿丸が、「みせてみせてー」と札を持つ父にすがりつく。
「おう、聞いて驚くなよ! これはなぁ‥‥」
 小さな六男坊に雄弁に語りかける黄竜に、今日何度目になるかのため息を麒麟がついた。
「此隅の街は高級宿『天一帝』の一泊二日(豪華食事つき)ご宿泊券だぁぁぁぁ!!!」
 ドーン! と六男坊に札をかざす黄竜。それを見ていたもう一人の男の子、五男火辻も札と聞いて興味津々に。
「ちち、それ、どんなのよべる?」
 と、こちらも「くれくれ」と手を精一杯掲げ札をせがんでくる。
「おーっと、お前らこれは、俺と麒麟のためのもんだから、お前らにはやれねぇんだ」
 ささっと懐に札をしまい込む黄竜。
「で、その札どうする気なんですか? まさか、夕食のお魚より大事なものとか言うわけじゃないでしょうね」
 呆れ顔の麒麟の声には静かなる怒りが孕んでいた。
「お、おう、大事なもんじゃな‥‥いや! これは大事なもんだ!」
 一瞬気圧された黄竜だったが、何とか踏ん張りおもむろに麒麟の手を取る。
「麒麟」
「は、はい?」
 いつになく真剣な眼差しを向けてくる黄竜に、麒麟もたじろぐ。
「行ってなかったよな」
「行って‥‥? どこへです?」
「し・ん・こ・ん・りょ・こ・う!!!」
 まるで子供のように瞳を輝かせる黄竜の言葉に、呆気に取られていた麒麟も。
「新婚旅行‥‥?」
 黄竜の口から出た言葉を、確認するように繰り返した。
「おうよ!」
「で、でも、そんなどこの出かもはっきりしないような札‥‥それに、この子たちはどうするんです? 預けるにしたって、志体持ちの子を、それもこんなにたくさん‥‥」
 黄竜の申し出が嬉しくないわけはない。今まで家庭のことでいっぱいいっぱいだった二人。もちろん新婚旅行どころか結婚式さえ行ってはいない。
「ふん! それに関しちゃ抜かりはねぇ! 俺達は元何よ?」
 自身満々に語りかける黄竜。
「元‥‥? 開拓者ってこと‥‥ああ」
「んむ! その通り、いるじゃねぇか適任者ってやつらがよ!!」
 少しばかり強引なこの誘いに、麒麟ははにかむ様に笑うのだった。 


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
静雪 蒼(ia0219
13歳・女・巫
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
喪越(ia1670
33歳・男・陰
御堂 出(ia3072
14歳・男・泰
祥乃(ia3886
22歳・女・サ


■リプレイ本文

「昨晩はありがとうございました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
 白野威 雪(ia0736)が旅支度を済ませた夫妻へ声をかける。一行は夫妻の計らいで子供達への顔見せを兼ね、依頼日よりも一晩早くこの家に滞在していた。
「お子さん達は大切にお預かりいたします。どうぞご心配なく」
 祥乃(ia3886)も子供たちと夫妻を交互に見やり、笑顔でそう語りかける。
「皆さんご面倒をお掛けするかと思いますが、よろしくお願いします」
「ちび達のお守りよろしくな!」
 まだ夜も明けきらぬ早朝、豪快に笑う黄竜とは対照的に麒麟は開拓者一行へ深々とお辞儀する。
「おぅ、ドーンと大船に乗ったぁ気で行ってきなぁ!」
 頼もしくどんっと胸を拳で打つのは犬神・彼方(ia0218)だ。
「皆さんの言う事ちゃんと聞いて仲良くしてるのよ?」
 目線をあわせるように屈んだ麒麟が子供達へ声をかける。
「ほら、お返事しないとお母さん達が安心して旅行にいけないぞ?」
 まるで兄のように優しく子供達に話すのは、アルティア・L・ナイン(ia1273)。
「そうですよ! みんな、元気にお二人をお送りしましょう!」
 寂しさで目に涙を溜めている子さえいる。御堂 出(ia3072)は少しでも気を紛らわせようと明るい声で話し掛けた。
「せやせや、せっかくのめでたい旅行やで? 辛気臭い顔し取ったらあかん!」
「天津はんの言うとおりどすぇ? ほら、元気に手ぇ振ってお見送りどす」
 天津疾也(ia0019)、静雪 蒼(ia0219)の二人が泣き出しそうな子供達の背中を優しくさする。
「はっはっはっ! じゃ、行ってくるぜ!」
 黄竜のいつもの笑い声に安心したのか、子供達も夫妻に向けて徐々に手を降り始める。
「おとっつぁーん! 達者でなぁー!」
 手ぬぐいの端を口に咥え涙目で手を振る喪越(ia1670)。一瞬何事かと喪越を見た子供達も、負けじと懸命に手を振った。喪越はそれを満足げな顔で眺める。
 段々と小さくなる二人の背中に懸命に手を振り続ける子供達を八人は優しく見守っていた。

●戦場へ
「はぁ、ようやく終わりましたなぁ」
 襷掛けにほっかむりの完璧武装の蒼が箒を片手に満足げにため息をついた。
「さすが、大家族だね。掃除するところも多いよ」
 額に汗するアルの手にも、黒く汚れた雑巾が握られていた。
「アルティアはん、ちょっと一服しはります?」
「ありがと、そうしたい所は山々なんだけど、この後約束があってね」
「約束どすか?」
 蒼の問いにアルが答えようと口を開いたその時。
「にーちゃん! 早くいこ!」
 音良が会話に割りこんだ。
「ああ、すぐいくよ。じゃ、そういう訳だから行ってくるね」
「は〜い、お気をつけて」
 蒼は、手を繋ぎ楽しそうに海辺へと駆けて行った二人を見送った。
「ほなら、うちだけ失礼して‥‥というのも味気ないどすなぁ」
 台所から調達した急須片手に、蒼はきょろきょろと部屋を見回すと。
「寧々はん、こちらよろしゅうおすか?」
 ちょこんと寧々が陣取る卓袱台へ正座した。
「はぁ、寧々はん、字ぃ上手どすなぁ」
 急な来客にも寧々は我関せず、黙々と書を読み書き写している。
「うちと一つしかち違がわへんのに、こないな難しいご本でお勉強やなんて、すごいわぁ」
「ほんとにすごいですね。この部分なんて私でもわかりませんよ」
 蒼の脇から机を覗きこんだのは祥乃だ。
「あ、祥乃はん、お洗濯はもう終わりどすか?」
「ええ、なんとか。まさか荷車に山盛りとは思っても見ませんでしたけどね」
 苦笑する祥乃に、蒼も共感したように苦笑い。 
「でも、お子さん達が手伝ってくれましたからね。コツとか色々教えてもらいましたよ」
「うんうん、こちらのお子さん達は皆、立派どすなぁ。あ、お茶どうぞ」
 そういうと、蒼は湯のみに熱いお茶を注ぎ、祥乃へ渡す。
「ありがとうございます。――はぁ、おいしい」
「あ、そうや。お茶請けにこれもどうぞ」
 蒼はごそごそと巾着を漁ると、綺麗な千代紙に包まれた菓子を取り出した。
「まぁ、有難く頂戴いたしますね」
 祥乃はにっこりと微笑み、蒼の差し出した菓子を受け取った。
「‥‥」
「ふふ、寧々はんもお一つどうぞ」
 いつの間にか菓子取引の現場を食い入るように見つめていた寧々へ、蒼は菓子を差し出す。
「そうですね、皆で一緒にいただきましょう」
「ど、どうも‥‥」
 微笑む二人に寧々は視線を落とし、手だけを差し出し菓子を受け取った。 

「ひやぁ! これだけたくさん作ったのは初めてです!」
「一時はどうなるかと思いましたけど、何とかなりましたね」
 机から零れ落ちそうなほど並べられた皿を見やり、出と雪が汗を拭う。
「麒麟さんは毎日これを作ってるんですかぁ‥‥」
「母は偉大、と言う言葉をつくづく痛感させられますね」
「お、うまそうな匂いだね」
 ひょこっと台所へ現れたのは、子供達と遊び終え戻ってきたアルだ。
「アルティア様、お帰りなさいませ」
「はい、ただいま。どれ、一つ味見を‥‥御堂君、それは反則じゃないかな‥‥?」
 包丁片手に笑顔で事の成り行きを見守っていた出に、アルの笑顔が凍りつく。
「知ってます? 人って食べれるんですよ?」
 出の笑顔は変わらない。だが、放たれる殺気は料理にたかる蝿すら落とす。
「は、ははは‥‥失礼しましたっと!」
 アルはそろりと皿を戻し脱兎の如く逃げ出した。
「だ、大丈夫ですよ」
「‥‥!?」
 そんな様子にひどく脅え雪の背中に隠れるのは手伝いに来ていた潮と猿丸。
「それじゃ、卓に運んじゃいましょ!」
 とすんと包丁を机に突き刺し、出は笑顔で言う。
「そ、そうですね。さぁ、皆様お料理を卓へ運びましょう」
 隠れていた子供達の背中を雪が押し、なんとか昼食の準備が進められた。

「さぁ、値切るでぇ! 次は米やな。双子ちゃん、どこにあるんかな?」
 様々な店が軒を連ねる大通りを帳面片手に歩く疾矢。その両手はそれぞれ多摘と深達の手が握られていた。
「‥‥あっち」
 終始不機嫌の多摘はつんっとそっぽを向き答えようとはしない。代わりに深達が先にあった店舗を指差した。
「かぁ〜、ほんま仲悪いなぁ。そんなに志体もっとる弟の事嫌いなんか?」
 そんな問い掛けにも、多摘の態度は変わらない。
「ひゃ!?」
「うわっ!?」
 突然、疾矢は屈み込むと双子の腰に腕を回し、そのまま肩に乗せ立ち上がる。
「ほれ、見てみ」
 両肩に双子を乗せた疾矢は、ゆっくりと一回転。
「どうや? 志体持ちと普通の人、見分けつくか?」
 辺りには賑わう大通りを忙しくも楽しそうに行き交う人々の姿。
「志体なんてもっとっても、別になぁんもかわらへん。それにな、ほれ」
 そう言うと疾矢はおもむろに多摘を抱いたほうの袖をめくる。
「志体なんてもっとるから、こないな怪我するはめになる。女の子は身体に傷なんか作ったらあかん」
 袖から覗く腕には、新旧無数の傷跡が刻み込まれていた。
「生まれなんか関係あらへん。様はこれからどう生きるかや。っと、ちょいと難しかったな」
 疾矢の明るい口調に、多摘は傷跡に釘付けになっていた視線を深達へと向ける。そこで双子の視線が交わった。
「‥‥ごめんなさい」
 ぼそりと深達が呟く。
「な!? なんであやまるのよ!」
 弟の突然の謝罪に、目に見えて動揺する多摘は。
「あ、あやまるのはあたしの方‥‥」
 語尾が消え入りそうな声でそう呟いた。
「うんうん、それでええ。兄弟はよぉさんおっても双子は二人だけやからな。ほれ、仲直りの握手や」
 そう言うと疾矢はぽんと双子の膝をこつく。その衝撃にびくりと身を震わせた双子は、恐る恐るではあるがしっかりと相手の手を握った。

「――‥‥」
 流れてくる微かな子守歌に誘われるように、喪越が部屋を覗きこんだ。
「っと、親分だったの‥‥これまたえらく扇情的なお姿で」
「ん? あぁ、喪越かぁ。ちょいとばかしぃこの子達にぃせがまれてねぇ」
 部屋にいたのは上半身を露にした彼方とすやすやと眠る幼子二人。彼方は別段慌てた様子も無く衣を纏う。
「まったく‥‥こうでもしねぇと泣き止まねぇんだからよぉ。俺ぇは乳なんてぇでないってぇの」
 自嘲気味に笑う彼方に対して。
「なぁ親分よ、あんた今いい顔してるぜ?」
 感心したような喪越の言葉。愚痴をもらす彼方の表情は、限り無い母性を秘めた女の顔だった。
「ははは、子供は可愛いなぁ‥‥愛おしくてぇたまらないなぁ」
 喪越の言葉に一瞬きょとんとした彼方は、照れ笑いながら続ける。
「俺ぇは一家を背負ってるからぁな、一生赤子を生む事はぁないだろうな‥‥」
「もったいねぇ、とは思うが。まぁあれだけ個性的な面々揃いの一家を養ってるからなぁ。そんな暇はないか」
「違いねぇ」
 はははと、声を揃えて笑う二人。
「――んぅ」
「おっと、ごめんよぉ。起こしちまったかぁ?」
 二人の声に起こされたのか、祈がぐずりだす。
「んじゃ、俺は退散するとしますか。ごゆっくり」
「あいよぉ。気ぃ使わせたねぇ」
 ふりふりと手をひらつかせ部屋を後にする喪越。
「ほらほら、大丈夫。俺ぇが傍にいるからぁ、安心してぇおねむり」
 去り行く背から視線を戻し、ぐずる祈の背をぽんぽん叩きながら。
「‥‥今だけぇでも母親気分を味わうのぉも‥‥悪くないよなぁ?」
 彼方は誰に問いかけるでもなくそう呟いた。

●深夜
 台所の隅で影が揺れた。
「では、黒子衆、報告を」
「っしゃ! 黒の壱号、物資調達班、万事抜かり無しや!」
「黒の弐号? 祝詞作成班、準備は完璧どすぇ」
「俺、黒の参号! 鯛調達班! ‥‥明日こそは必ずっ!」
「えらく目的範囲のぉ狭い班だなぁ」
「しー! それをいっちゃだめぇ! って親分! そっちはどうなんだ!?」
「親分いうなぁ! 今はぁ黒の四号! ‥‥こほんっ。装飾班、問題ぃなしっと」
「え、えっと黒の五号、調理班、下準備完了です!」
「黒の六号から報告っと。贈物作成班、なんとか間に合いそうだよ」
「黒の七号から報告いたします。会場班、少し遅れが出ています。どなたかお力を」
「では黒の八号、補助班、私はそちらへ。以上、解散です。お子様達を起こさない様に気を付けて戻りましょう」
 8つの影はこくりと頷くと音も無く闇へと消えた。

●海辺
「海よ! 俺は帰ってきたぁ!!」
 荒波が打ち寄せる‥‥気がする岸壁の上、喪越が絶叫する。
「きのうはだめでしたけど、きょうはお天気なのでつれるとおもいます」
「おう! んじゃま、おっぱじめますか」
 朝と言えまだ暑さの残る空の元、喪越と当真が釣り糸を垂らす。
「まって〜」
 そんな横で岸壁に似つかわしくない少女の声がする。
「取乃、あんまり崖の方に近づいちゃダ‥‥だめぇぇ!!」
 注意しようと取乃に視線を移した喪越の目に飛び込んだのは、遊び相手にと呼び出した五色の式神。
「つかまえたぁ」
 の内の桃色が取乃に式質に取られたまさのその瞬間であった。
「あぁぁ! 引っ張っちゃだめぇぇ!? も、戻れ!」
 喪越の声に、式神達は取乃の手からするりと抜け出し、間一髪で主の元へ還る。
「あ〜まって〜」
 そんな式神を追うように、取乃もひょこひょこと後をついて喪越の元へやってきた。
「取乃、式神さんをいぢめちゃだめでしょ! はい、ここに座っとく!」
 そう言って、指差したのは胡坐の上。寄って来た取乃は、嬉しそうにちょこんとその上に座った。

「ぐぼぁ!?」
 喪越の世にも奇妙な悲鳴が上がる。
「みっつ〜」
 にまっと笑う取乃の手には毛が三本。膝の上に座った取乃が喪越の無精髭を引っこ抜いたのだ。
「このもっさんの髭に手をかけるとは‥‥」
 きらりと一筋の陽光が喪越の色眼鏡に反射する。
「おっさん?」
「おっさんちがっ!?」
「もこすさん、ひいてますよ」
「いいだろう、取乃。てめぇには特別に兄貴と呼ぶ事をきょか‥‥うん? 引いてるね」
「ひいてるね?」
「ひいてますねー」
「キターー!!」
 喪越は、見事蒼天に映える桜色の魚体を釣り上げたのだった。



「帰ったぞぉ!」
 乱暴に開かれた引き戸から黄竜がずかずかと我が家へ入ってきた。
「遅くなりました――」
 黄竜に続くように麒麟も顔を覗かせた。
「――あれ? 家間違えたか?」
 黄竜がそう思うのも無理はない。いつもはうるさいほど活気に溢れている我が家に、光はおろか、人の気配すらない。
「なぁ、ここ家だよな? ‥‥って麒麟?」
 念のためにと、後ろを付いてきていた麒麟に問いかけるが、返事はない。
「あれ? どこいった?」
 いつの間にか麒麟の姿さえ消えていた。
「おーい‥‥!?」
 仕方なく家の中へと歩みだし、閉じられた最奥の部屋へと差し掛かった黄竜。恐る恐る閉じられた衾に手をかけ、一気に開け放つ。

 光。

 そこにあったのは蝋燭の明かりに照らし出され様々な飾りで彩られた部屋。そして、赤絨毯の敷かれた一筋の道。
「黄竜はん、おかえりやす。ささ、奥へ」
 中で待ち構えていた蒼に手を引かれ、黄竜は絨毯の上を進む。そして、備え付けられた壇へ登ると、どこからか疾矢の声が響く。 
「では! 新婦の入場でぇす!」
 その声と共に、子供達に手を引かれ純白のドレスに身を包んだ麒麟が赤絨毯の上をゆるりと歩いてくる。
 そして、二人の前には白き礼服を纏ったアルと祥乃の姿。辺りは荘厳な雰囲気に包まれてる。
「これより、永峰夫妻の誓いの義を執り行います」
 壇上の祥乃が厳かに語りだす。
「汝、麒麟。黄竜と夫とし永久の愛を誓うか?」
 アルが麒麟を真直ぐに見つめながら問う。 
「――はい、誓います」
 麒麟は少し照れの混じった声で、はっきりとそう言った。
「よろしい。では、黄竜。汝、麒麟を妻とし永久の愛を誓うか?」
 続いて、黄竜へ。
「お、おゥ!」
 声が裏返る黄竜の返事に、アルと祥乃は満足げに頷く。
「では、誓いのキスを」
 微笑む祥乃の言葉に、黄竜は震える手で麒麟の肩を抱く。そして、二人の顔が近づいていき、唇が重なった。
「お二人さん、お目でとぉ! ほんとぉめでてぇなぁ!」
 それを合図に彼方が豪快な笑顔で喝采を送る。 
「やっほーぃ! 宴だぁ!!」
 そして、喪越が宴の始まりとばかりに小さな弦楽器をかき鳴らす。
「さぁ、うちらも祝いの舞、お見せしますぇ」
 喪越の楽にあわせるように、蒼も卯咲の手を引き華麗に舞はじめる。
「たくさん食べてくださいね! お二人の為に腕によりをかけました!」
 机には出が作り上げた、喪越の釣り上げた鯛を主に豪華な食事が並ぶ。
「麒麟さん、これを。お子さん達と作ったんですよ」
 アルが麒麟へと手渡したのは、子供達が想いを込めて作ったブーケであった。
「黄竜様にはこちらを。お子様の感謝の想いが綴られていますよ」
 黄竜へは雪より、子供達が書き綴った感謝の祝詞が渡される。
「皆、用意はええか!」
 疾矢の掛け声に、一行はこくんと頷き。 
『永峰一家に永久の幸あれ!』
 子供達に囲まれる夫妻へ目掛け、一斉に米吹雪を撒く。そして、心からの祝辞で祝ったのだった。