冬山に咲く最後の紅華
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/07 20:54



■オープニング本文

●とある村
 朝まで降っていた雪はすっかりと止み、凛とした冷気の元、青空が広がっていた。
 そんな、蒼天の空の元、とある村では一つの灯が消えようとしていた。

「おばあちゃんしっかりして!!」
 隙間風が容赦なく吹き込む一軒の民家で、女性の悲痛な叫びが木霊した。
「おい! あんまり揺らすな!」
 床に敷かれた薄い布団にくるまる一人の老婆に縋りつく女性を、男が引きはがす。
「‥‥」
 この今にも崩れそうな民家に集った大人達。
 その中央に横たわるのは、静かに浅い呼吸を繰り返す老婆の姿であった。
「‥‥この2,3日が峠かもしれないな‥‥」
 老婆を取り囲む親族の一人が、小さく呟いた。

●廊下
 そんな中の様子を廊下でじっと見つめる小さな影二つ。
「おばあちゃん、どうしたんだろ‥‥」
「うん、うごかないね‥‥」
 小さな男の子と女の子。二人は大人達に囲まれる様にして眠る老婆の姿を不思議そうに眺めていた。
「二人とも、ここは寒いから隣の部屋に行っていなさい」
 と、そんな二人に部屋の中から母親が声をかける。
「いや! おばあちゃんといるの!」
 女の子はそんな母親の言葉に、いやいやと首を振った。
「我儘言わないで‥‥。今大変な時なんだから‥‥」
 いつもであれば、言う事を聞かない子を叱りつける母親。しかし、今はその様子が少し違っていた。
「‥‥おばあちゃん、死んじゃうの?」
 と、そんな母の様子に何かを悟ったのか、男の子が少し悲しそうに母に問いかける。
「‥‥大丈夫。おばあちゃんは大丈夫だから‥‥」
 そんな無垢な問いかけに、母親はグッと込み上げる思いを押し殺し、細く笑みを作ってみせた。
「そんなのやだ! おばあちゃん!!」
「伊予!」
 しかし、兄の言葉を真に受けた女の子は、母の制止を振り切り老婆の元へ駆け寄る。
「おばあちゃん! おきないと、しんじゃうんだよ!!」
 老婆の元へと駆け寄った女の子は、耳元で声を荒げ呼びかけた。
「やめなさい。おばあちゃんは眠っているんだから」
 眠る様に瞳を閉じる老婆に縋りつく女の子を、父親が抱き抱える様に離す。

 と、その時。

「――」
 今まで静かに呼吸していただけだった老婆が、突然口を動かした。
「おばあちゃん!?」
 老婆の発した言葉に、大人達は女の子を押しのけ、口元に詰め寄る。
「――べに――の――‥‥」
 もう光すら届いていないであろう瞳を大きく見開き、天井へ向け振るえる手を突き上げる老婆。
 そして、それだけを口にすると、再び瞳を閉じ深い眠りへと沈んでいった。
「おばあちゃん!!」
 親族の女が老婆に呼びかける。
 しかし、再び眠りに落ちた老婆は、静かに浅い呼吸を繰り返すだけであった。
「今の聞こえた?」
「いや、紅の、と聞こえた気がしたが」
「紅? お化粧の事かしら‥‥?」
「死に化粧でも望んでるのか?」
「ちょっと! 縁起でもない事言わないでよ!!」
 老婆が発した小さな言葉に、駆けつけた大人達はそれぞれの思いを口にしていく。
「皆、静かにして。おばあちゃんが寝てるんだから‥‥」
 そんな親族たちに、兄妹の母親が諭す様に言葉をかけた。
「‥‥最後くらい」
 と、小さく呟き顔を伏せて――。

「‥‥」
 老婆の小さな呟きに、必死に耳を傾ける大人達を、兄妹は部屋の隅で佇み見つめていた。

●縁側
 再び訪れた静寂。
 老婆を見つめる大人たちの部屋を後にした兄妹は、ちらちらと雪の舞落ちる縁側へと出てきていた。
「伊予、さっきのきいた?」
「う、うん。『べにのこおり』って‥‥」
 兄の問いかけに、妹は自信なさげに答える。
「うん、そう言ってた」
「でも『べにのこおり』ってなんだろう‥‥?」
「僕知ってる! 裏山にあるんだよっ」
 と、妹の疑問に兄は自慢げに答えた。
「お兄ちゃんすごい! みつけにいこ!」
「うん! きっとおばあちゃん喜ぶね!!」
 静かに終焉の時を待つ部屋とは対照的な希望に満ちた二人の兄弟。
 小さな二つの影は、大人達の隙をつき、静かに民家を後にした。

●翌朝
「あ、あんた達!!」
 通りかかった旅人達に、兄弟の父親は縋りつく。
「あんた達、開拓者だろ!! 頼む、助けてくれ!!」
 その表情は悲愴に満ち満ちていた。
「あの山に‥‥あの山に息子達が!!」
 振るえる指で指差した先には、真っ白に雪化粧した山が日差しを浴びキラキラと輝いていた。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
喪越(ia1670
33歳・男・陰
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
九条・颯(ib3144
17歳・女・泰
夜刀神・しずめ(ib5200
11歳・女・シ
後家鞘 彦六(ib5979
20歳・男・サ


■リプレイ本文

●とある村
 昨日振った雪が白粉をまぶした様に、山間の静かな村を染め上げる。
 早朝の陽光が、雪の結晶達を宝石のようにキラキラと輝かせていた。
「頼む! 報酬は払うから!!」
 必死に訴えかける村の男は、たまたま立ち寄った6人の開拓者に何度も頭を下げ頼み込んでいた。
「話はわかったから、顔を上げてよ。――で、皆どうかな?」
 そんな男の肩にポンと手を置いた天河 ふしぎ(ia1037)は、くるりと振り向き皆に問いかけた。
「助けましょう! この寒さで一晩越したなんて、きっと山の中で震えています!」
 と、真っ先に返答を返したのはアーシャ・エルダー(ib0054)。
 騎士としての誇りがそうさせるのか、グッと拳を握り救出に意欲を燃やしていた。
「大人達の知らない間に消えてしまった、か。神隠しの類かもしれぬな。俺は異存ない」
 そして、強面の表情を崩さず喪越(ia1670)も静かに頷く。
「それにしても、冬の山を小さな子二人でか。まったく、何と無謀な」
 一人雪山を見つめていた九条・颯(ib3144)。
「そんな困った子供達を助けるのも、ほら、ボク達開拓者の仕事だろ?」
 そんな颯の背を後家鞘 彦六(ib5979)がポンと叩いた。
「なるほどなー、まぁえぇんちゃう? 依頼の帰りにもうひと儲け」
 一方、困窮した表情で縋りつく村人を、夜刀神・しずめ(ib5200)は興味なさげに見つめる。
「うん。えっと、じゃぁ受けさせてもらうね」
 皆の返事にふしぎは男に向う。
「おぉ! ありがとうございます!!」
 そんなふしぎの手を取り、男は感極まった様にぶんぶんと上下に振った。

●雪山登山口
 春には桜。秋には紅葉を楽しむ観光客でにぎわうこの山も、今は人の気配どころか、獣の気配すらしない。
 手に取ればすぐに溶けてしまう淡雪を纏った山は、不気味な静寂に包まれていた。
「ふむ、ちゃんと整備された道になっているのだな」
 山の奥へと続く登山道を眺めながら、颯が呟く。
 一行は、子供達が辿ったであろう登山道の玄関口に来ていた。
「雪が無ければ、丁度良い観光地なのだろうな」
 登山道の周りに茂る木は、桜の木であった。
 喪越はそんな木の一本に手を添える。
「それにしても、何でこんな所に‥‥」
 話に聞いた兄妹は共に幼子。好奇心で山へ向かったにしては、過酷すぎる環境である。
 ふしぎは地に膝を折り、子供達の痕跡を調べる。
「何か訳があったにしても、確かに無謀だよね。――と、足跡は消えてるか」
 そして、ふしぎと同じく膝を折る彦六が呟いた。
 昨夜降り積もった雪は、登山道の痕跡を全て呑みこんでいた。
「ふむ。今の所、手掛かりは無しか。これは闇雲であっても、探さねばな」
 辺りを伺う喪越も、先の見えぬ捜索劇に神妙な面持ちで呟く。
「空でも飛べればすぐにでも見つかるのだろうがな‥‥」
 と、颯は自身の背に生えた大きな金翼に視線を移し、小さく溜息をついた。
「無い物ねだりはあかんやろ。それよりはよ行かへん? こうしとる間にもチビ達は凍えとるかもしれへんで」
 どこか申し訳なさそうに呟く颯に、しずめは気にするなと声をかける。
「ですね。子供達が山に入ったのは昨晩遅くみたいですから、早くしないといけませんね」
 と、しずめの言葉にアーシャは一同を見渡す。

 そして、一行は入念に雪山用の装備を身につけ、雪山へと踏み入った。

●登山道
 景観を誇る山なだけあって、登山道はとても登りやすく整備されていた。
 しかし、それも雪が無ければの話。一行は踏めば深く沈む白の絨毯の上を、ゆっくりと目的地に向け歩き続けていた。
「っと、道標かな?」
 そんな時、彦六が前方に建てられた木製の道標を見つける。
「ここで道が分かれてるみたいだね」
 見つけた道標が指し示すのは、山を登る道と沢へ下りる道。
 ふしぎはゆっくりと二つの道の先へ視線を向けた。
「ここも雪で覆われてしまっていますね」
 そんなふしぎの横では、アーシャが地面をじっと見つめ、小さな痕跡でもないかと入念に調べる。
「話によれば共に幼子。足跡を残す程の機知は無いだろうな」
「やっぱりこっちから見つけてあげなくちゃ!」
 ここでも得られぬ手掛かりに考えを巡らせる喪越に、ふしぎはグッと拳を握った。
「うん? 皆、ちょっとここ見て」
 と、そんな時、彦六が声を上げた。
「――えっと、『厳春の滝』?」
 彦六が指さす看板をアーシャは書かれた文字を読み上げる。
「そう言えば、山にはそんな名の名勝あると村の住民が言っていたな」
 読み上げられた名称に、颯は今朝聞いた記憶を辿った。
「もしかして、ここを目指しとるんとちゃうやろか?」
 皆が注視する看板を指差し、しずめが問いかけた。
「でも、何でこんな厳しい季節に名勝なんかに‥‥」
「特別な何かがあるのかも知れない。それに、この道はどちらも件の滝に通じているようだ」
 子供達の不自然な行動に疑問を持つふしぎに、颯が答えた。
「子供達がどちらに向ったのかわかりませんし、ここで二手に分かれるのがよさそうですね」
「そやな。二往復しとったら時間かかりすぎるやろぉし。それでええで」
 アーシャの言葉に頷くしずめ。そして、残る者も皆異存無しと頷いた。

 そして、一行は半を二つに分け、それぞれ別の道を進んでいった。

●山道
 観光地と言ってもそこは山道。子供の脚には険しい道である。
 更に今は雪に覆われている。ふしぎ、喪越、彦六は子供達の痕跡を探しながら、山深い登山道を歩いていた。
「じゃ、ちょっと先の方見てくるねっ」
 と、ふしぎは二人の答えを聞く前に頭上にある雪の華をつけた大樹の枝へと跳躍した。
「では、俺は空から見るとしようか」
 飛び去ったふしぎを見送り、喪越が懐から符を取り出す。
「それじゃ、ボクは斜面を見てみよう。空から見えない所もあるだろうからね」
「うむ、よろしく頼んだ」
 彦六の言葉に頷いた喪越は、手に取った符を空へと投げた。
 符は淡い光を帯び小さな小鳥へと変化する。
 空、樹上、地面。三人は小さな子供の小さな息吹を見逃す事の無い様に、辺りを注意深く捜索し始めた。

●沢沿い
 氷の張る季節にあっても、川の水だけは何故か凍りつく事は無い。
 沢沿いに作られた細い道をアーシャ、颯、しずめの三人は、ゆっくりと行進していた。
「危篤状態の老婆と何か関係があるんだろうか」
 ふと、颯が呟く。
「それしか無いやろぉな」
 そんな呟きにしずめはじっと山道の先を見つめ答えた。
「大好きなお婆ちゃんに、何かしてあげたいと思う子供心なんでしょうね」
「何かしてあげたい、か。自身が遭難するとは露とも思わないのだろうな」
 アーシャ、そして颯
「そら子供やしな」
 と、呆れる様に溜息をついたしずめを、二人は驚いた様に見つめる。
「そ、そうですね」
「う、うむ」
 しずめの言葉に余所余所しく答える二人は、ちらちらとしずめを見下ろした。
「うん? なんや、うちの顔になんかついとるん?」
 ちらりと自分を見つめる顔二つに、しずめは首を傾げ問いかける。
「い、いや。なんでもない。気にしないでくれ。な?」
「え、ええ、そうですよ! それよりも先を急ぎませんと!」
 そんなしずめに二人は大きく手を振り、再び沢沿いの道を突き進む。
 ちらりと視線を合わせくすりと小さく微笑みながら。


 獣の息遣いも凍りつく極寒の雪山。
「伊予、だいじょうぶ?」
「うん、もう足は痛くないけど‥‥さむいよぉ」
 雪深く覆われた木のうろに肩を寄せ合う小さな命。
「よかった! でもむりしちゃだめだね‥‥」
「う、うん‥‥」
 冷え切った手に息をかけ僅かな暖をとる妹に、兄が励ます様に声をかけた。
「もうちょっとだけやすんでからにしようね」
「う、うん‥‥」
 小さな声は降り続く雪の音にかき消されていた。

●山道
 樹上で耳を凝らし、じっと自然の音に混じる異音を聞き分けるふしぎ。
「違う――これも違う――っ!」
 そんなふしぎの超越した聴覚に、微かな息遣いが。
「見つけた!!」
 紛れもない人の息遣い。それも小さく浅いそれに、ふしぎは大きな声を上げた。

「あそこか!」
「うむ、急ごう」
 ふしぎの声を聞いた地上の二人は、樹上から指示された方向へ向け駆けだした。


 ふしぎが聞いた息遣いを頼りに、三人はついに一本の木の前へ辿り着いた。
「雪が覆い隠していたんだね。よかった無事で」
 うろの周りに積った雪を掻きわけ、彦六が中を覗き込んだ。
「え? お兄ちゃん誰?」
 覗き込む笑顔に、伊勢はきょとんと見上げた。
「この雪の中、よくここを見つけたものだ」
 小さなうろの中はかつて獣が使っていたのか藁や小枝が敷き詰められている。
 喪越は子供の見せた機転に、感心したように呟く。
「よくがんばったね。これで体を暖めるんだぞっ!」
 と、ふしぎは凍える二人に持参した毛布をかけてやる。
「天河、これに火をつけてやってくれるか」
「うん、任せてっ!」
 そして、喪越の用意した枯れ枝に火をともしたのだった。


「無事見つかってよかったね」
 毛布にくるまり火に当たる二人を嬉しそうに見つめ、ふしぎが呟く。
「うむ、後は連れて帰れば仕事は終了だが‥‥どうする?」
 と、喪越は他の二人に問いかけた。
「もちろん、手伝ってあげるべきだろうね。それが人情ってもんだよ」
「うん! 僕も手伝いたい! 折角の想い、無駄にしたくないもんっ!」
 二人の答えは決まっていた。
 子供達が話した大好きな老婆の話。
 その望みは他人を動かすに足るものであったのだから。
「‥‥これも浮世の理か」
 と、そんな二人の決意に、喪越は瞳を閉じ小さく微笑んだのだった。

「じゃ、あちらの班に知らせるよ」
 そして、落ち着きを取り戻した子供達を見つめ、彦六は三味線を取り出しその弦を弾いた――。

●厳春の滝
 いつもは轟音を上げて流れ落ちる名瀑も、今は迫力なく小さなさざ鳴りを響かせる。
「すごい‥‥」
 アーシャは目の前に広がる光景に絶句した。
「これが自然が作り出す造形か‥‥」
 その光景に、颯も見入る。
 冬の寒波は山を雪で覆うだけでなく、絶え間なく流れる水さえも凍りつかせる。
「うん? なんやろこれ」
 滝、であった物にはいくつもの巨大な氷柱が垂れ下がり、その姿を凍りつかせていた。
そんな雄大な氷瀑にしずめは近付くと、ふとある物に目を止める。
「‥‥紅葉?」
 それは滝を流れ落ちる過程で氷に封じ込められ氷柱の一部となった紅葉であった。
「綺麗ですね‥‥」
「もしかして、子供達はこれを目的に――」
 しずめの見つけた自然の造形に、二人が目を奪われていた、その時。

――。

 静かな雪山に似つかわしくない調べ。
「今なんか聞こえへんかった?」
 突然の楽の音に、しずめが対岸に続く山道を見つめた。
「どうやらあちらが本命だったようだな」
 仲間が奏でた発見の知らせ。
 どこか懐かしい調べに、颯は表情を緩める。
「こちらの位置も知らさなければいけませんね」
 と、アーシャは懐から呼子笛を取り出すと、山道へと向け吹いた。

 笛の奏でる甲高い音が雪山に響き渡った――。

●厳春の滝
「『べにのこおり』だ!」
 合流した一行に連れられた伊勢が、氷爆を指差し叫んだ。
「うん? べにのこおり?」
 そんな叫びにきょとんと見つめるしずめを他所に、伊勢は駆け足で滝へと近づく。
「これが必要なのか?」
「うん! これがほしかったの!」
 子供の背では届かぬ位置に垂れさがる氷柱に、ぴょんぴょんと懸命に飛び付く伊勢に、颯が声をかけた。

 パキン――。

 そんな懸命な伊勢の行動に、颯は手を伸ばし紅葉の詰まった氷柱をパキリと折った。
「これでいいか?」
「わわっ! ありがとう!!」
 差し出された氷柱を伊勢は大事そうに抱えると、妹へと振り向く。
「急いでもどらないと!」
「うん!」
 そして、伊勢は伊予の手を取ると、開拓者を残し急いで山道へと戻って行った。

「あ、危ないですよ!」
 そんな二人をアーシャが追う。
「やれやれ、拾った命再び危険にさらす気か――」
 喪越もまた子供達の後を追い、一歩を踏み出す。

 一行は村へと駆け戻った兄妹の後を追い、山を降りたのだった。

●村
「ばぁちゃん!」
 1日前と変わらぬ老婆の姿。
 部屋の中央に横たわり、浅く息をしていた。
「ばぁちゃん! これ持ってきた!!」
「‥‥」
 
 その時。

 ピチョン――。

 氷柱から融け落ちた雫が、老婆の頬をうった。
「‥‥伊勢かい?」
 冷ややかな雫を受け、堅く閉ざされていた老婆の瞳がゆっくりと開く。
「ばぁちゃん!!」
「おばあちゃん!!」
 その言葉に、幼子二人は老婆に飛び付いた。
「これとってきたんだ!!」
 飛び付いた伊勢は、紅葉の詰まった氷柱を老婆に見えやすいように顔の近くに持っていく。
「‥‥ほんと真っ赤だね。小さな手が可哀想に‥‥」
 そんな孫の想いやりに、老婆は残された力を振り絞り、子供達に小さく微笑みかけた。
「『紅の氷』綺麗だね。本当に‥‥」
 そして、氷柱を持つ伊勢の小さな手を自身の手でギュッと握りしめ、静かに呟いたのだった。

 最愛の孫達の叶えてくれた最後の望みに、老婆は満足したように「ありがとう」と呟くと、再び瞳を閉じる。
 そして、その瞳は二度と開く事は無かった――。

「これでよかったのでしょうか‥‥」
 老婆の死に泣きじゃくる子供達を
「死出への最後の望みがかなったのだ。これ以上の死に方は無い」
「そうですけど‥‥」
 天寿を全うした老婆を眺め、喪越は静かに呟く。
「人の死には色々とある。それが幸せか不幸かは本人にしかわからんよ」
「‥‥そうですね。きっとお婆さんは幸せな方ですよね」
 と、喪越の言葉にアーシャは笑う様に眠る老婆を見やった。

「霜焼けした手が目的のものだったなんて‥‥」
 静かに息を引き取った老婆の骸を感慨深く眺め、ふしぎが呟いた。
「どんな名物より、最愛の者の手が勝る、ちゅぅことやろな‥‥」
 そんなふしぎに、どこか物憂げにしずめが答える。
「そうか、そうだよね! きっとお婆さんも天国で喜んでるよね!」
「気になるんやったら、天国まで聞きに行ったらどぅや? なんやったらうちが‥‥」
「え‥‥? え、え、えぇ!!??」
 チャキリと短刀を抜いたしずめに、ふしぎは慌てて逃げ惑った。

「さぁ、君達。そんなに泣いていたら、折角笑ってくれたお婆ちゃんが、つられて泣いちゃうぞ?」
 老婆の骸にしがみ付き泣きじゃくる子供達の背に手を当て、彦六が呟く。
「そうだな。天国に行ってまで泣いているお婆ちゃんを見たいのか?」
 そして、颯も子供達の目線に合わせるように跪き、にこりと微笑んだ。
「ほら、お父さんも心配しているよ。笑って笑って!」
 と、彦六は嗚咽をこらえながら見上げる子供達に、心配そうに見つめる父親を指差した。

「あんた達、ほんとにありがとう‥‥」
 泣きじゃくる子供達を抱いた父親は、目に一杯の涙を溜め一行に何度も何度も頭を下げたのだった。