【忘年会】一年の感謝を
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/04 19:27



■オープニング本文

●神楽ギルド
 師走の往来にも負けぬ、賑やかさがここにある。

 神楽の街ギルド。

 各国に散らばるギルドの総本部として機能するここには、今日も様々な人々が訪れていた。
「もっふもっふもっふ〜♪」
 そんなギルドの玄関先。
 ギルド員見習い梨佳(iz0052)は箒片手に歌を口ずさみ上機嫌。
「ふぅ〜、今日も忙しかったぁ」
 一通り掃き終えた入口周りを満足気に見つめ梨佳が呟いた。
「まだ残ってるわよ?」
 と、そんな梨佳に不月 彩(iz0157)がビシッと門の隅を指差す。
「わわっ、ごめんなさい! すぐ掃きますね!」
 彩の指摘に、慌てふためく梨佳は、門へと急行した。
「しっかり掃きもらしの無い様にね。明日も金ずる――じゃなかった、お客様が沢山いらっしゃるんだから」
「はいっ!」
 小姑よろしくびしばしと梨佳に指示を下して行く彩。
「何をやってる‥‥今日の掃除当番はお前だろう‥‥」
 そんな彩に橘 鉄州斎(iz0008)が半ばあきれた様に声をかけた。
「あれぇ? そうだったかしら?」
 しかし、彩は小首を傾げ可愛くとぼけ倒す。
「まったく‥‥朱藩から出向してきたと思ったら、梨佳にばかり仕事をさせて、いったい何しに来たんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。見習いの教育よ!」
 呆れる様に声をかける鉄州斎に、彩はふふんと自慢げに胸を張った。
「はぁ‥‥いいか? 見習いの教育に努めるのであれば、手本を見せるべきだろう」
「えー、そんなの面倒臭いし」
「あのな‥‥」
 ギルドの軒先で言い合う二人。それは他人から見れば親子の喧嘩のようにも見えるだろう。

「二人とも、あたしの為に争わないでっ!」
 と、二人の言い争いに梨佳が、悲痛な叫びを上げた。
「‥‥は?」
 そんな梨佳の叫びに、素っ頓狂な声を上げたのは鉄州斎。
「‥‥まだ教育が足りなかったかしら」
 そして、眉間を指で押さえつつ彩が呟く。
「あ、あれ‥‥?」
 そんな二人に、かくりと小首を傾げた梨佳。

 神楽のギルドは、今日も平常運転である。

●ギルド
「あーあ、行っちゃった‥‥」
 ギルドを出ていく開拓者の背を未練がましく目で追う深緋(iz0183)が呟いた。
「ほら、いつまでも見てないで、後片付けの時間よ」
 そんな深緋に高村 伊織(iz0087)が溜息混じりに声をかける。
「はーい」
 伊織の言葉に、深緋はつまらなさそうに立ち上がり、控室へと向かった。
「ほんと‥‥私だって色々と観察したいの――」
「何か言った?」
 と、突然掛けられた深緋の声。
「うふふふ、何でもないわ?」
 あまりに突然掛けられた声に、伊織はわざとらしい笑顔で応じる。
「ふーん、そうなんだ」
 そんな伊織の応答に深緋が意味深な視線で返した後は、互いににっこり。
「ま、明日はお互いにめいっぱい楽しみましょ?」
「ええ、もちろん。いっぱい目の保養しなくちゃ」
 どことなく火花散る雰囲気で二人はそれぞれの仕事に戻るのだった。

●夜
 行燈の光がぼんやりとギルド内部を照らす。
 昼間はあれほど賑わっていたギルドも、さすがに夜となれば人気も疎ら。
「はぁ‥‥暇ねぇ」
 そんなギルドを見渡し西渦(iz0072)がぼそりと呟いた。
 ギルドの仕事に休みは無い。
 日も変わろうかという深夜であってもだ。
「そう言えば、明日忘年会だったわね。ま、私には関係ないけど」
 と、ぐでっと突っ伏す机の上で、いじける様に呟く西渦。

 と、その時ギルドの奥の部屋が光に包まれた。

「あれ? 誰か来た?」
 その光に西渦が振り向く。
「ふ〜、つきました〜」
 そこには精霊門をくぐり現れた、十河 吉梨(iz0035)が立っていた。
「あら、吉梨さんいらっしゃい」
「あ、西渦さん、こんばんわ〜。遅くまで御苦労様です〜」
 迎えた西渦に、吉梨はぺこりと頭を垂れる。
「そちらこそ、忘年会の準備お疲れ様っ」
「私は別に何もしてないんですけどね〜」
 と吉梨は苦笑い。
「あ、西渦さんも参加されるんですよね〜?」
「う〜ん、参加したいのは山々なんだけど‥‥って、何してるのっ!?」
 残念そうに呟いた西渦が、ふと顔を上げると、吉梨が机に向かい何やら作業中。
「ちょちょいのちょいっと〜」
「う、うわ!? 何してるのっ!?」
 慌てて止めに入る西渦。
「ふっふっふ〜。目撃者はいないのです〜!」
 しかし、吉梨は不敵な笑いを浮かべ筆を置いた。
 その手元には不寝番のシフト表。
「これで、参加決定なのです〜!」
「い、いいのかなぁ‥‥」
 と、吉梨の作戦?に不安ながらも期待に満ちた眼で見つめた。


■参加者一覧
/ 風雅 哲心(ia0135) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 井伊 貴政(ia0213) / ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 秋霜夜(ia0979) / 天宮 蓮華(ia0992) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / ペケ(ia5365) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / からす(ia6525) / 鬼灯 恵那(ia6686) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 村雨 紫狼(ia9073) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / エルディン・バウアー(ib0066) / マテーリャ・オスキュラ(ib0070) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 不破 颯(ib0495) / グリムバルド(ib0608) / 琉宇(ib1119) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 白藤(ib2527) / 華表(ib3045) / 鹿角 結(ib3119) / 朱鳳院 龍影(ib3148) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / リュミエール・S(ib4159) / シータル・ラートリー(ib4533) / 八十島・千景(ib5000) / 鞍馬 涼子(ib5031) / 夜刀神・しずめ(ib5200) / 神支那 灰桜(ib5226) / 天青(ib5594) / 獣兵衛(ib5607) / 緋那岐(ib5664) / 白仙(ib5691


■リプレイ本文

●机席
「皆さん、本年は大変お世話になりましたっ!」
 机を囲む開拓者に向け梨佳がぺこりと頭を下げた。
「ん〜、今年もお疲れもふ〜」
 そんな梨佳ににへらと笑みを向けた不破 颯。
「もふもふ、おつかれもふですよっ」
 笑顔を向けられた梨佳は、恒例?の挨拶に機嫌よく答えた。
「今年もいいもふでしたね」
 と、そんな二人にエルディン・バウワーが話しかける。
「エルディンさんのもふり具合は今日もきまってますねっ」
「そう言っていただけると、この日の為に準備してきた甲斐があるという物ですよ」
 そんなエルディンを梨佳は嬉しそうに見つめる。
 なんせ、エルディンの姿は梨佳の大好きなもふらの着ぐるみに包まれていたのだから。
「やるね、エルディンさん。梨佳ちゃんのはぁとをバッチリきゃっちじゃないか」
「ふふ‥‥これも全て神の愛のなせる技なのです」
 キラキラと羨望の眼差しで見つめる梨佳に、男二人は何やらほくそ笑んだ。
「お二人とも、どうかされました?」
 そんなあやしい男の会話に、梨佳はかくりと小首を傾げ問いかける。
「いや、こっちの話だよ。さぁ、呑もう。折角のタダ酒なんだし」
 不思議そうな顔を見せる梨佳に、颯は厨房から持ってきた葡萄酒をどんと机に乗せ。
「ジルベリアの酒もあるなんて、この店なかなかいけてるねぇ」
 その一本を開けると、自分の盃にそそぎいれる。
「梨佳さんもどう?」
「え、あ‥‥少しだけ‥‥」
 颯の勧めに、梨佳は遠慮がちに自分の盃を差し出した。
「私にもいただけますか?」
 と、梨佳に倣う様にエルディンも盃を差し出す。
「聖職者さんが酒なんて、いいのか?」
 そんなエルディンに、颯は少し驚いた様に問いかけた。
「はは、寛容な神は全てを許してくださるのですよ」
 もふらの着ぐるみから覗く満面の笑み。
 三人は、今年の思い出と共に、美味い酒に舌鼓を打ったのだった。

●舞台
「もふもふ〜」
 壇上に現れたもふらの着ぐるみに観客達の視線が注がれる。
「それでは、皆さんの想いの込められたお歌を発表していきたいと思いますっ!」
 舞台を見つめる観客に向け、秋霜夜が会の開始を宣言した。
「上の句『過ぎ行きぬ 一年を今 振り返り』に続くお歌は!」
 秋霜夜は一枚の短冊を取り出すと。
「えーっと、初めは‥‥ヘラルディアさんのお歌ですっ!」
 と、会場で給仕に勤しむヘラルディアを指差した。
「あら、わたくしでございますか?」
 名を呼ばれ、壇上へ視線を移したヘラルディアに観客の視線が集まる。
「『進む未来も 又手助け』。――ヘラルディアさん、このお歌に込めた想いを皆さんにお伝えしていただけますか?」
 そして、秋霜夜は読み上げた歌の意をヘラルディアに追いかけた。
「はい」
 秋霜夜の言葉に、ヘラルディアはこくりと頷き、その想いを語り始める。
「今年一年様々な事がありました。特にジルベリアで起こった内乱。凄惨な戦いを我々は経験し、そして乗り越えた。故に今、こうして平穏な年越しを迎えています」
 ヘラルディアの言葉に、皆の脳裏にあのジルベリアの戦いが蘇る。
「来年も様々な障害が我々の前に現れるでしょう。でも、共に力を合わせれば乗り越えられる。わたくし達にはその力があるのですから」
 どこか物悲しげに語るヘラルディアの言葉。
「そんな思いを込めて、歌わせていただきました」
 締めくくったヘラルディアの笑顔に、観客からは惜しみない拍手が送られた。

●座敷
「今年一年、お世話になりました。少しですが、大福を作ってまいりましたわ」
 机を囲む皆に向け、大風呂敷を広げた天宮 蓮華がにこりと微笑んだ。
「まぁ、沢山作ってきたのね」
 と、その量に若干驚きながらも、伊織は一つ手に取る。
「蓮華ちゃんの大福は、とても美味しいんですよ」
 そんな様子を、まるで我が事の様に嬉しそうに見つめるのは、蓮華の親友、白野威 雪であった。
「伊織様の好みに合わせて、お砂糖多めですわ」
「‥‥」
「いかがでしょうか?」
 蓮華、そして雪が見つめる中、伊織はその味を吟味するようにゆっくりと咀嚼する。
「‥‥ええ、とても美味しいわ。餡も、お餅の堅さも申し分ないわね」
 緊張した面持ちで見つめる二人に、伊織はにこりと微笑みそう告げた。
「蓮華ちゃん、よかったですね」
「はいっ。雪ちゃんのあどばいすがあったからですわ」
 そんな伊織の言葉に、二人の華は嬉しそうに手を取り、その栄誉を称え合う。
「何かおいしそうな匂いがします〜」
 と、そこへ匂いに釣られてか、吉梨が現れた。
「これは吉梨様。よろしければご一緒にいかがですか?」
 現れた吉梨に、すっと大福を進める雪。
「わわ、いいんですか〜?」
 吉梨は差し出された大福に飛びついた。
「吉梨様っ」
 はむはむと幸せそうに大福をかじる吉梨に、蓮華が真剣な眼差しを向け話しかける。
「は、はひ〜?」
「先日は、本当にゴメンなさいっ! 正気を取り戻すためとはいえ、吉梨様のほっぺを‥‥」
 口いっぱいに頬張った大福で、うまく喋れない吉梨に蓮華は大きく首を垂れた。
「あわわ、気にしないでください〜! 私の方こそとんだ失礼を〜!」
 深々と頭を下げる蓮華に、吉梨は慌てて声をかける。
「蓮華ちゃん、良かったですね。やっと謝れて」
 そんな吉梨の言葉に、胸のつっかえが取れたのか、ほっと胸を撫で下ろす蓮華に、雪が優しく声をかけた。
「はいっ。今年最後の心残り、これで気持ちよく歳が越せそうですわ」
 そして、四人は口休めの甘味を心行くまで味わったのだった。

●机席
「今年は世話になったな」
 椅子に腰かけ一人盃を煽る鉄州斎に、風雅 哲心が声をかけた。
「ああ、こちらこそ世話になったな」
 徳利片手に向かいに座る哲心に、鉄州斎も気さくに言葉を交わす。
「今日は一人か?」
 と、席についた哲心に鉄州斎が語りかけた。
「年の終わりの宴会に一人で来てちゃ、後で何言われるか」
 そんな問いかけに、哲心は鉄州斎の背後を指差す。
「そう言う事さ」
 と、振り向いた鉄州斎ににかっと豪快な笑みを浮かべる朱麓。
「‥‥なるほどな。お前も気苦労が絶えないな」
「ちょっと、鉄州斎さんどういう意味だい?」
 哲心の苦笑に合わせる様に口元を緩ませる鉄州斎の肩に、朱麓が手を置く。
「他意はないぞ? 仲睦まじく良い夫婦だと思っただけだ」
「い、いや。まだ夫婦ってわけじゃないけど‥‥」
 そんな鉄州斎の讃辞に、朱麓はやや頬を赤らめ語尾を濁した。
「鉄州斎さん、昨年は‥‥」
 と、哲心が鉄州斎に向かいどこか辛そうに声をかける。
「いや、その話はよそう」
「だけどよ」
「そうだそうだ。今日は年忘れの会だろ? いい事も嫌な事もひっくるめて、笑い飛ばせばいいのさっ!」
 どこか陰のある鉄州斎の表情に朱麓は、満面の笑みをぶつけ、そう言い放った。
「‥‥そうだな。過去は戻らぬな。おかげで少し気分が楽になった」
「おうおう。ぱーっといこうやぱーっとな!」
 ばしばしと背を叩く朱麓に、二人は心晴れる思いで会話に話を咲かせた。

●座敷
「これが天儀のお鍋、と言う物ですか‥‥」
「ルゥは初めて見るんだったか」
「こちらのお鍋も美味しそうですわ〜」
「真っ赤、ね‥‥」
 中央に用意された鍋を囲むアルーシュ・リトナ、グリムバルト、真名、シータル・ラートリーはこの仲間内の忘年会に、心躍らせていた。
「熱いから気を付けろよ」
 熱々の鍋から具を取るアルーシュに、グリムバルトがはらはらと声をかけた。
「はい、お心遣いありがとうございます」
 そんな恋人の心遣いに、アルーシュは嬉しそうににこりと微笑むと、小さく切った具を口に放り込んだ。
「お鍋もアツアツ、お二人もアツアツですわ〜」
「見ているこちらまで熱くなるな」
 そんな二人の様子を、シータルと真名は鍋をつつきながら嬉しそうに見つめる。
「ほら、口元についてるぞ」
「あら、申し訳ありません」
 伸ばされたグリムバルトの手に、瞳を閉じ身をゆだねるアルーシュ。
「あまり世話を焼かせるな」
 アルーシュから取った具片を口に放り込み、少し照れたようにグリムバルトが注意する。
「‥‥ふふ。ごめんなさい、グリム」
 そんな恋人の言動に、アルーシュは嬉しそうに首を垂れた。
「熱いですわ〜」
 一方、二人を見つめる外野二人は、二人を肴に自分達の鍋をつつく。
「それにしても辛いな‥‥」
 真っ赤に煮えたぎった辛鍋を、美味しそうに頬張る二人。
「真名さんには辛すぎましたかしら〜?」
「いや、いけるぞ‥‥うん」
 せっかくシータルが用意してくれた鍋である。真名は辛みに耐えつつ次々と具を口へと運んだ。
「やっぱり、冬は辛鍋に限りますね〜。体の芯から温まりますわ〜」
 まさに地獄の血の池と化した鍋を、シータルは幸せそうに口にする。。
「御二人の取り皿が真っ赤ですね‥‥」
「‥‥よくあんなものが食えるな」
 そんな辛鍋派の二人を、アルーシュとグリムバルトはやや引きながら見つめた。
「二つ用意して正解でした」
「ああ、ルゥの料理も味わえたしな」
「‥‥もぉ、いつもいきなりなんですから」
 と、何気なしに発したグリムバルトの言葉に、アルーシュは思わず顔を赤らめる。
「うん?」
「な、なんでもありませんっ」
「な、なんだよ‥‥?」
 にこやかに交わしていた言葉も、今はどこかかみ合わない。
 そんな言葉に、グリムバルトはおろおろと問いかけた。
「熱いですわね〜」
「ほんと、あの二人は‥‥」
 そんな二人を、辛鍋派二人は苦笑交じりで見つめる。

 こうして4人は、いつも通りの年末を和やかに過ごしたのだった。

●厨房脇
「あら、流石の腕前ね」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
 煌びやかな衣装を身にまとったシルフィリア・オークに、紳士的な礼をとる井伊 貴政。
 机には、店が出す料理にも勝るとも劣らないおつまみの数々が並んでいた。
「どれも美味しいわ」
「この料理達も、君の様な美しい女性に食べてもらえて本望だよ」
 料理に舌鼓を打ち幸せそうな笑みを浮かべるシルフィリアを、貴政は満足そうに見つめる。
「あたしのも、食べて欲しいの‥‥」
 と、愛の空間を形成する二人に、礼野 真夢紀が小さな声で語りかけた。
「あ、まゆちゃんごめんね。いただくわ」
 どこか小動物の様な瞳で見上げてくる友人に、シルフィリアは優しげな笑みを向ける。
「へぇ、柚と林檎の甘煮だね――うん、美味しい」
 そんなシルフィリアに釣られてか、貴政も真夢紀の用意した甘味を一口。
「これに添えても美味しいですの‥‥」
 と、美味しそうに甘味をつまむ二人に、真夢紀は小さな袋を差し出した。
「これは?」
 渡された袋を開け、貴政が問いかける。
「まぁ、懐かしいわね」
 そんな貴政の真横から同じく袋を覗き込むシルフィリアが、嬉しそうに声を上げた。
「シルフィリアさんは知っているの?」
 息もかからん距離で嬉しそうな声を上げるシルフィリアに、貴政は問いかける。
「ええ、ジルベリアのお菓子だもの。ね、まゆちゃん」
 そんな貴政に答えるシルフィリア。それはジルベリアの菓子クラッカーであった。
「はい‥‥。道中で見つけたので買ってみました‥‥」
シルフィリアの嬉しそうな顔を満足気に見つめ、真夢紀はコクコクと懸命に頷いた。
「へぇ、どれどれ‥‥」
 と、貴政は興味津津にクラッカーに甘煮を乗せて口に運ぶ。
「どう? 美味しいでしょ」
 少し食べにくそうに咀嚼する貴政に、シルフィリアは問いかける。
「柚のお茶も用意してますの‥‥」
「やぁ、すまないね。――うん、美味しい」
 すっと差し出された湯呑みを口に付け、貴政は真夢紀ににこりと微笑みかけた。
「‥‥ありがとうございます」
 撫でられた真夢紀は少し照れたように俯く。
 そして三人は、年の瀬を惜しむように話に花を咲かせたのだった。

●控室
「これで大丈夫です。少し安静にしていてくださいね」
 酔い潰れて唸る客に、華表は冷たい手拭をかける。
「忘年会と言っても、あまりむちゃな飲み方は控えてくださいね」
 厳しいながらもどこかやさしさの滲む言葉に、酔った客は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「こいつも頼む!」
 と、そんな華表の元に次の犠牲者?が運び込まれる。
「はい、そこに寝かしてあげてください」
 しかし、華表は嫌な顔一つ見せずに酔い潰れた客を受け入れた。
「うー、きもちわりぃ‥‥」
「飲み過ぎですね。――これを」
 吐き気を催す客に、華表は小さな小瓶を取り出し進める。
「ウコンの絞り汁です。ちょっと癖がありますが、酔いに効きますから」
 酔った客はこの気持ち悪さから解放されるのならと、華表の差し出した小瓶を奪う様に受け取ると一気にあおった。
「うえ‥‥まず‥‥」
「良薬口に苦し。ですよ」
 そのあまりの味に思わず本音をこぼす客に、華表はにこりと微笑んだ。

●座敷
「今年は色々な変化の年だったね。皆に出会えたこと、そして、数々の冒険――」
 座敷に集った仲間達を見渡し、天河 ふしぎが静かに呟く。
「皆、ほんとに今年一年お疲れ様っ! そして、来年も一緒に頑張ろうねっ! ――じゃ、乾杯!」
 と、話し終え杯を掲げたふしぎに続き、仲間達も立ち上がった。
「おつかれさまなの〜! かんぱーいっ!」
 そんなふしぎの盃に真っ先に自分の盃をぶつけるプレシア・ベルティーニ。
「うむ、新年の飛躍に向け、乾杯。じゃの」
 続き、朱鳳院 龍影もそのたわわな胸を揺らしながら、杯をあおった。
「おつかれさまー! 無礼講だー!」
「あまり羽目を外してはいけませんよ?」
「えー! 無礼講は無礼を働いてこそだよねっ!?」
「リュミエールさん、それは少し違うと思います‥‥」
「あれー?」
 リュミエール・S、鹿角 結、八十島 千景。空賊団の仲間である皆、この宴を楽しみに集っていた。
「と、ともかく、皆、ほんとにお疲れ様っ!」
 ふしぎはマイペースな仲間達を、困りつつも嬉しそうに見つめ、杯をあおった。

 空賊団『夢の翼』。今日は意外とまともな始動である‥‥?

●舞台
「続いてのお歌は――」
 舞台上で次々と読み上げられる歌に、観客達はこの一年を振り返る。
「『雪なにすぎし 想う間もなく』。このお歌は――えっと」
 読み上げた歌の歌い主を探す秋霜夜は、店の中をきょろきょろと見渡す。
「あ、いたいた。白仙さんですっ!」
 と、部屋の隅でちょこんと佇んでいた白仙を見つけ指差した。
「あ‥‥」
 指差された白仙は、集まる視線に怯える様におどおどと周りを見渡す。
「白仙さん、このお歌の意味は!」
「はわわ‥‥えっと、えっと‥‥」
 どーんと投げかけられる秋霜夜の質問にも白仙は戸惑うばかり。
「白仙さん? どうしました?」
「ひゃっ‥‥」
「あ、白仙さん!?」
 ついに耐えきれなくなったのか、白仙は答えることなく会場を逃げ出し庭へと向かった。
「あ‥‥行っちゃった」

「はぅ‥‥」
 上がった息を整える様に深く深呼吸をした白仙は、すっと夜空を見上げる。
「‥‥お師匠」
 そして、その空の向うにあるであろう、親愛なる人物を想うのであった。

●店の隅
「‥‥」
 店の隅で床に這いつくばる一人のシノビ。
「――こんな事になるなんて‥‥」
 どこか焦った様に、忙しなく両手を動かしている。
「‥‥ま、まさか――」
 どこを探しても、アレは見つからない。
「――私の事が嫌になったの‥‥?」
 すぅすぅと風が吹き込む下半身を物憂げな表情で見つめ――。
「褌さぁぁーーーーん!!」
 涙目ペケの絶叫が、店に木霊したのだった。

●茶室
 店の離れにある茶室。
「凛と澄んだ空気に輝く月‥‥。いい夜だ」
 盃に注がれた酒をちびちびと口に付けつつ、神支那 灰桜が空を見上げる。
「綺麗な月‥‥。この寒さも忘れちゃうね」
 と、そんな灰桜の脇に寄り添う白藤の姿。
「そうだな‥‥」
「あ、桜兄様。お酒が‥‥」
「うん?」
「体が冷めない様に、たくさん呑んでね」
 白藤は空になった灰桜の盃に、とくとくと酒を注ぎ足した。
「へぇ‥‥お前、酌が出来たのか」
 そんな、義妹の気の利いた行動に、灰桜は感心したように白藤を見つめる。
「お、お酌くらいできるもんっ。前にもしてあげたのに、忘れたの?」
 しかし、白藤はそんな灰桜の言葉に、ぷぅっと頬を膨らせ猛抗議。
「‥‥はは、そうだったな。すまんすまん」
 と、そんな義妹の頭を灰桜は嬉しそうに撫でつけた。
「もぉ‥‥桜兄様は女心がわかってないのっ。だから姫姉様とも――痛い痛いっ!?」
「何か言ったか?」
 そんな白藤の頭を、灰桜は握りつぶさんばかりに掴み上げる。
「言ってない言ってない!!」
「そうか、わかればいいんだ‥‥」
 解放された頭を労わる様に撫でる白藤は、目に涙を浮かべ恨めしそうに義兄を見上げる。
「‥‥ほんっと、女心がわかってないんだから。これじゃ、姫姉様も苦労が――痛い痛いっ!?」
「何か言ったか?」
「言っていな言ってないからっ!?」
「そうか、わかればいいんだ――」
 こうして、兄妹の静かな?夜は過ぎていった――。

●座敷
「難しいですね〜‥‥」
 盛り上がる会場の脇で、半紙に向かうアーニャ・ベルマンは自ら記した文字を見つめ呟いた。
「慣れない字で、ここまで書ければ立派な物ですよ〜!」
 肩を落とすアーニャを元気づける様に、吉梨は声をかける。
「吉梨ねー、あーそーぼー!!」
 と、そんな二人の背後から魔の手が忍び寄る‥‥!

 ざばぁぁ――。

「‥‥はへ?」
「きゃはっ! アーニャねーも吉梨ねーもまっくろろ、だじぇ!」
 何が起きたかわからずぱちくりと目を瞬かせる二人を、リエット・ネーヴは嬉しそうに大笑い。
 リエットが二人に浴びせたのは大量の墨汁。
「アーニャねー、そのままこっちだじぇぃ!」
 と、全身真っ黒に染まったアーニャにリエットは、ちょいちょいと手招き。
「へ‥‥?」
 そんなリエットの手には人の大きさほどもある巨大な半紙が。
「なるほど〜、これも書道なのですね〜」
 と、何をどう勘違いしたのかアーニャはその半紙に向かい闘志を燃やした。
「だじぇ! どどーんと飛び込んでくるがいいのだっ!!」
「はい〜」

 べちょ。

 そこに見事なアーニャ型の人拓?が浮かび上がった。
「ふ‥‥ふふふ‥‥ふふ‥‥」
 そんな新進気鋭の書家二人を、眼鏡の怪しげな輝きが見つめ。
「きゃわっ!」
「一人だけ綺麗なまますむと思ったら大間違いなのです〜!」
 リエット目掛け隅壺をひっくり返した。

 墨に塗れる三人。

「う、うわ‥‥。リエット! なにやってるのっ!?」
 そんな凄惨?な現場に、フラウ・ノートが現れる。
「あ、フラウー! いっしょにあそぶー?」
「ばっ、馬鹿言ってないでその格好を何とかしなさいっ!」
 黒の世界に支配される現場からの誘惑に、フラウは頬を引きつらせながら気丈に対する。

「アーニャさん」
「はい〜」
 と、リエットに気を取られるフラウ。
 その隙を二人は見逃さなかった。

 ざばぁぁ――。

 そして、墨の急襲がフラウを襲った――。

●机席
「‥‥」
「ユリアさん‥‥?」
 豪華な料理や酒を前にしても、ぶすっと脹れっ面のユリア・ヴァルに泉宮 紫乃が恐る恐る声をかける。
「怒ってますね‥‥」
 と、紫乃の横に腰かける尾花朔も気が気ではない。
「‥‥まったくあいつ。今度会ったら覚えときなさい」
「ユ、ユリアさん、お酒美味しいですよ?」
 と、怒り心頭のユリアを少しでも落ち着かせようと、紫乃が酒を進めた。
「‥‥いいわ。来ない奴の事なんて知らない」
「ひっ」
 しかし、ユリアは徳利と差し出した紫乃を無視し、目の前に腰かける二人の姿を真剣な眼差しで見つめる。
「いい、二人とも」
『は、はいっ!』
 ユリアの視線に、二人は声をはもらせ答えると居住まいを正す。
「恋は待ってちゃダメなのよ!」
 そんな二人に向け、ユリアはグッと拳を握り力説。
「紫ちゃん」
「は、はいっ!」
「控えめなのはいい所だけど、想いは伝えなくちゃ心に届かないわよ」
「え、えっと‥‥?」
「答えが怖いからって逃げてちゃダメ! しっかりね」
「は、はい‥‥」
 きつい視線の中にも熱い想いと、優しい心遣い。
 そんなユリアの言葉に、紫乃は少し頬を染めながらこくりと頷いた。
「と言う訳よ。朔君、わかった? って、あれ。いないじゃない」
 と、標的を朔へと切り替えたユリア。しかし、そこに朔の姿は無かった。

●厨房
「マテーリャさん、助けてっ!」
「はい?」
 ユリアの猛攻?から逃げてきた朔は、厨房で創作に励むマテーリャ・オスキュラの元へ駆けこんだ。
「少し匿ってくださいっ! お手伝いしますからっ」
「おや、またですか‥‥」
 必死の朔を、マテーリャは呆れる様に微笑みかける。
「な、なんだか見た事も無い様な料理ですね‥‥」
「ああ、これですか?」
 と、朔はマテーリャの目の前に置かれた大鍋に気付く。
そこにはぐつぐつと煮込まれる謎物体が。
「万国の料理が集う店。実に勉強になりますよ‥‥」
「そ、そうなんですか‥‥?」
「御祖父殿もそれはそれは色々な料理を作っていたものですが‥‥」
「その大鍋も料理なんですか‥‥?」
 厨房で次々と作られる料理に、昔の想いを馳せるマテーリャ。
 しかし、朔は目の前の大鍋が気が気でない。
「もちろんですよ‥‥。味見してみてください‥‥」
「い、いえ‥‥味見は‥‥」
「そう言わずにどうぞ。味は保証しますよ‥‥」
「‥‥わ、わかりました」
 匿ってもらってる手前、断るに断れず朔は、マテーリャの掬い取った謎物体を恐る恐る口に運ぶ。
「いかがです‥‥?」
「‥‥」
 問いかけるマテーリャに、答える者はいない。
 そこにはただ、匙を口に入れたまま固まる朔の姿のみ。
「ふむ‥‥言葉も出ませんか」
 そんな朔を満足気に見つめ、マテーリャは再び大鍋を掻きまわす作業に戻った。

●縁側
「‥‥何とも賑やかだ」
 店の喧騒を肴にちびちびとお猪口を傾ける雪斗が、小さく呟いた。
「まったくだな‥‥皆、年越しで浮かれているのか‥‥」
 雪斗の横で寄り添う様に、料理を摘む鞍馬 涼子。
「騒がしいのは嫌いだったね――。そうだ、少し歩こうか‥‥」
 そんな恋人の気持ちを察したのか、雪斗は立ち上がりりょうこの手を握った。
「え‥‥?」
「庭も広い‥‥いい店だね‥‥」
 涼子は雪斗に引かれるまま、店の庭へと歩み出した。

●舞台
「――『我らが前に 道は開ける』」
 秋霜夜の読み上げた歌に、観客から歓声が上がる。
「この歌は――からすさんです!」
 そして、秋霜夜は舞台横の小さな部屋の中を指差した。
「‥‥うん?」
 その指を追う様に観客が視線を部屋の中へと向けると、そこには酔い潰れた客を献身的に介抱するからすの姿。
「からすさん、このお歌を歌われた理由を教えてくださいっ!」
「‥‥特には無いけど」
 秋霜夜の問いかけにも、からすは表情も変えず淡々と答え。
「強いて言うなら‥‥私達は開拓者。今年は色々あったからね」
 と、小さく呟いた言葉。
「さぁ、来年はどの様な騒動が巻き起こるのやら」
 そして、からすはフッと口元を吊り上げた。

「からすの奴、相変わらずだな‥‥」
 歌を発表し終えたからすを、隣の部屋から琥龍 蒼羅が呆れた様に見つめる。
「そうかな?」
「うおっ!」
 と、突然掛けられた声に蒼羅は思わず茶をこぼしそうになった。
「いきなり現れるな‥‥」
「呼ばれた気がしたのでな」
 そこには、つい先程、歌を詠み終えたからすの姿があったのだから。
「忘年会だというのに、一人で茶か?」
「酒はあまり好きではない。知っているだろう?」
「そうだったか‥‥」
 と、からすはそんな蒼羅の横にちょこんと座ると。
「私にももらえるかな」
 マイ湯呑みを差し出し茶を要求する。
「ん‥‥」
 そんな態度にもなれたもの。蒼羅は自ら沸かした茶を湯呑みにそそぎいれた。
「今年一年、お疲れ」
「ああ、お疲れ様」
 そして二人は、静かに夜空を見上げながら茶を傾けた。

●座敷
「そーれーよーりーさー、ふしぎー!」
「うわっ!? リュミエール、もう酔ってるのっ!? って、うわっ!」
 いつの間にかふしぎの背後に忍び寄ったリュミエールは、何の違和感もなくふしぎの服の下に手を忍ばせ、しなだりかかる。
「わ〜わ〜‥‥おとなのじじょうなの〜!」
 もきゅもきゅと懸命に口を動かし、お稲荷さんを食べるプレシアは、二人の情事?を生温かく見つめる。
「はっはっはっ! やれ、リュミエール! そのまま籠絡してしまえ」
 服の中を弄られ、顔を真っ赤に慌てふためくふしぎを酒の肴に龍影は、今日何杯目かの盃をあおる。
「だっ!? どどど、どこ触ってるのっ!?」
「よいでわないかよいでわないか‥‥ぐふふふ‥‥」
「どきどき‥‥なの〜! わわわっ! そ、そんなことまで‥‥」
「ふむ、リュミエールもなかなかやるのようになったの」
「ちょっ!? 二人とも! みてないで助け――ひゃぁぁっ!!」
「うん? ここがよいのか、ううん?」
「そそそ、そんなところにまで〜!?」
「ほう、そこを責めるとは‥‥これは末恐ろしい」
 見る人が見れば、実に羨ましい光景が繰り広げられる座敷。

「‥‥おいしい」
 一方、ふしぎ争奪戦?の蚊帳の外。千景は結お手製のおはぎを一口口に含む。
「ありがとうございます。そう言っていただけると作ってきた甲斐がありますね」
 居住まいを正し、真剣におはぎと向きあう千景に、結は嬉しそうに声をかけた。
「‥‥こんなに美味しいおはぎは初めてです。皆にも食べさせてあげたいです‥‥」
 その味に感動したのか、創造主、結をまじまじと見つめる千景。
「はい、そのつもりで沢山作ってきましたから。夢の翼の宣伝も含め、後で配り歩こうかと思っています」
「私も手伝っていいですか?」
「はい、もちろんですよ。助かります」
 おはぎを中心に会話を弾ませる夢の翼広報担当者?たち。
「ボクも一つ頂いていいかな?」
 と、そんな二人の元へ、水鏡 絵梨乃が姿を見せた。
「これは絵梨乃さん、夢の翼印のおはぎでよければどうぞどうぞ」
 現れた絵梨乃に、結はおはぎを一つ差し出す。
「へぇ、美味しいね。っと、ふしぎは相変わらずモテモテの様だね」
「はい、天河さんも通常運転で安心します」
「そ、そうなんだ‥‥」
 もみくちゃにされるふしぎの姿を平然と見つめる二人に、絵梨乃は若干戸惑いながらも、その光景を楽しそうに見つめた。

●舞台
「続きまして――『歓を尽くすも まだ満ち足りぬ』! この歌は――鬼灯さんのお歌です!」
「はへ‥‥? 私?」
 秋霜夜に名を呼ばれ、酔ってうたた寝していた鬼灯 恵那はきょろきょろと辺りを見渡す。
「鬼灯さん、この意味は!」
「え、えっと‥‥ああ、お歌の事?」
 集まる視線に恵那は、ようやく事を理解したのか秋霜夜を見つめ。
「えっとね。この一年色々あったね。楽しい事も辛い事も」
 小さく語り始める。
「でもでも、まだ足りないよね?」
 と、突然の問いかけに、観客達は「え?」っと呆けた。
「皆、足りないって顔してるもの。だから、来年はもっともっと楽しんで、もっともっと満たされよう、って意味」
 そんな観客達に語りかけるように、そして理解を求める様に話しかける恵那。
「何を――とは言わないけどね」
 そんな恵那は、最後にぺろりと舌を出し言葉を締めくくった。

●座敷
 開拓者達でごった返す店内をきょろきょろと見渡しながら、店の中を巡る琉宇。
「‥‥あれれ? ギルドマスターさんは来てないんですか」
 しかし、いくら見渡しても目的の人物の姿は無い。
「この間も会えなかったし‥‥やっぱり忙しいのかなぁ」
 知り合いの無い会の雰囲気に、どこか悲しそうに琉宇は呟いた。
「あら、どうしたの?」
 と、そんな琉宇に彩が声をかけた。
「うんん、何でもないよ。ちょっと雰囲気に酔っちゃったんだ」
「それはいけないわね。少し離れで横になる?」
「大丈夫! ねね、それよりあなたギルドの人だよね?」
「ええ、そうだけど?」
「あ、じゃぁさ。お話聞かせてよ。折角来たんだからお土産話の一つも欲しいんだ」
「そんな事でいいなら、喜んで」
「やったっ!」
 琉宇の申し出に、彩はにこりと微笑みその頭をは出てやる。

 そして二人は、庭を望む縁側で夜空を見上げながらギルドの話に花を咲かせた。

●机席
「兄さま、どうかしましたか‥‥?」
「‥‥うん、大丈夫だから。そのままそのまま」
 頬を引きつらせながら盃を傾ける緋那岐に、柚乃はかくりと小首を傾げた。
「変な兄さま‥‥ね、八曜丸」
 と、どこか余所余所しい兄の姿に、柚乃は懐に抱いたもふら『八曜丸』を見下ろす。
「この店はペット同伴可能だったのか‥‥」
 八曜丸のもふもふの毛皮に頬を埋める妹の姿に、緋那岐は小さく呟いた。
「‥‥八曜丸はペットじゃないの!」
 しかし、その言葉に柚乃は普段見せない怒りを含んだ表情で、ぷぅっと頬を膨らせ兄を見つめる。
「兄さまはどうしていつも、八曜丸に辛く当るの‥‥?」
 一転、柚乃は悲しそうに視線を八曜丸に落とし、呟くように問いかけた。
「い、いや。辛くは当たってないよ。うん、辛くは‥‥」
 悲しそうな声を上げる妹に、緋那岐はおろおろと言葉をかける。
「‥‥じゃ、もふもふしてあげて」
 そんな兄の言葉を確かめる様に、柚乃は腕に抱いた八曜丸をズイッと兄に向け差し出した。
「待て、柚乃。話せばわかる‥‥! そして、そいつをどこかに‥‥!!」
 じりじりと詰め寄る妹に、緋那岐はじりじりと後ずさる。
「‥‥もふもふ、してあげて」
「柚乃! 落ちつけ! 酔ってるのかっ!?」
「‥‥八曜丸は、家族なの」
「わかった! わかったから、落ちつけ!!」
「‥‥」
「ぎゃあぁぁぁ!!」
 開拓者が集う会場に、一際大きな悲鳴が響いたのだった。

●舞台
「盛り上がってまいりましたっ!」
 歌会は次第に熱を帯び、観客達も次に読まれる歌を今か今かと待ちわびていた。
「続きましては――『未だ来ぬ年を 鬼と笑わん』! このお歌は――无さん!」
 と、秋霜夜が指差したのは、机席にてギルド員達にお礼参りの酌をしていた无であった。
「おや、私の歌が詠まれた様だね」
 呼びかけられた无は、観客から注ぐ視線に飄々と答える。
「无さん、このお歌の意味は!」
「歌の意味ねぇ‥‥そのままの意味なんだけどね」
 と、秋霜夜の問いかけにも无は素っ気なく答え。
「ま、去年は鬼と会えたからね。ことわざにもあるでしょ。『来年の話をすると鬼が笑う』って。ま、そう言う事だよ」
 と締めくくった。
「なるほど‥‥気を抜くな、と言う事ですね?」
「そこまで深くは考えてないんだけどね。ま、鬼と一緒に笑えるくらい楽しい一年にしよう。って意味にしておくよ」
 問いかけられた无は答え、壇上の秋霜夜に、ニヤリと微笑んだのだった。

●座敷
「うわっ!? こっちもこっちですごいな‥‥」
 墨の戦場と化した座敷へ、絵梨乃が現れた。
「あ、水鏡さん」
「うん? その声は‥‥フラウ?」
「はいっ」
 隅に塗れる4つの影。声をかけられねば誰だか分らなかっただろう。
「すごい事になってるな‥‥」
「あはは‥‥」
 絵梨乃の言葉に乾いた笑いを上げるフラウ。

 と、その時。

「絵梨乃ねーも、だばーー!!」
「うあっ!?」
 背後に迫ったリエットの急襲が絵梨乃を襲った。
「こ、こらっ。リエット!! 絵梨乃さん、大丈夫ですか‥‥?」
 墨を頭から掛けられた絵梨乃に、フラウは恐る恐る声をかける。
「‥‥ふふ、リエットやってくれたね?」
「ふふ‥‥やってくれたじぇ!」
「リエット!?」

 そして、この凄惨な芸術の祭典に、また一人新たな芸術家が加わった‥‥。

●庭
「今年は無闇に騒がしかった。最後くらいは静かにね‥‥」
 小さく聞こえる店の喧騒を、庭を歩く二人は静かに聞いていた。
「気を使ってくれているのか‥‥?」
「静かな方が好きなだけさ‥‥」
 耳元で問いかける涼子を、雪斗はじっと見つめ答える。
「そ、そうか‥‥」
「うん‥‥付き合ってくれてありがとう」
「え‥‥? そんなことは――ん――」
 雪斗の言葉に呆気にとられる涼子の言葉は、唇を塞ぐ形で途切れた。

 背を包む年の瀬の冷気。
 腹を温める恋人の体温。

「‥‥また来年も共にいよう」
「う、うん‥‥」
 再び見える恋人の顔。
 二人は、手をつないだまま年の瀬の一時を静かに過ごしたのだった。

●廊下
「‥‥」
 給仕が忙しなく行き交う廊下に、一人佇むモハメド・アルハムディ。
「やはり、彼女の周りは華がある」
 と、モハメドが見つめる先には、開拓者に囲まれ楽しそうに話しこむ梨佳の姿。
「その献身的な働きが認められた、と言う事であろう。嬉しい事だ」
 そんな梨佳の姿を我が事の様に、モハメドは薄く微笑んだ。
「‥‥感謝の一言をとも思ったが、折角楽しく話している所に、水を指すのは忍びない」
 と、そんな梨佳の姿に満足したのか、モハメドは部屋を後にする。
「今年は世話になった。ショクラン、ありがとう」
 そう、小さく呟いて。

●店の隅
「‥‥」
 店の喧騒を肴に獣兵衛は一人、食事と酒に舌鼓を打つ。
「隣よろしいですか?」
 と、そんな獣兵衛の元に、和奏が訪れた。
「‥‥あまり楽しい所ではないぞ?」
 現れた和奏に、獣兵衛は少し申し訳なさそうに、そう答える。
「構いません。人の多い所は苦手なもので‥‥」
 と、和奏は獣兵衛の前に空いた席に腰かけた。
「そうか‥‥では、苦手な者同士静かに杯でも傾けるか」
 目の前に座った和奏に、獣兵衛は徳利を差し出す。
「いいですね。ご相伴に預かります」
 和奏は丁寧に礼を述べ、獣兵衛の酌を受けた。
「‥‥皆、楽しそうでなによりじゃな」
「ええ‥‥皆さんの楽しそうな笑顔を見ているだけで、こちらも楽しくなってきます」
「だな‥‥」
 和奏の言葉に相槌を打った獣兵衛。
 二人はその後しばらく、無言で酒を酌み交わした。

●舞台
「それでは、最後のお歌です!」
 宴もたけなわ、数々読み上げられた開拓者達の歌も、ついに最後の一つになった。
「最後のお歌は――村雨さんのお歌で――」
「ひゃっほぉぉぉおお!! ようやっと俺の出番だぜ!!」
 秋霜夜の呼び出しが終わる前に立ち上がったのは、村雨 紫狼。
「む、村雨さん‥‥?」
 と、そんな紫狼の姿に、秋霜夜は思わず声を上げた。
「とーーぅ!!」
 しかし、そんな事などお構いなしに、紫狼は舞台へと躍り出ると――。
『みんな、お・ま・た・せ☆』
 見事な裏声咆哮で、ウインクをかました。
『あれ、みんなどうしたのかな? ノリがわるいよ☆』
 突然の出来事に、観客達は声も出ない。
 それもそのはず、その姿はひらひらフリルの獣耳スタイルなのだから。
『もぉ、そんなんじゃ楽しい忘年会が台無しになっちゃうんだから☆』
 そんな冷たい態度に、紫狼はぷんぷんと頬を膨らせた。
『でも負けないんだからっ。――聞いてください。新曲『KANPEKI☆』!』
 だが、紫狼は負けない。しゃもじをマイク代わりに、自慢の美声?を響かせる。
「村雨さん!? ここはそういう場じゃ――」
 と、止めに入る秋霜夜の言葉も紫狼の耳には届かない。

 舞台で繰り広げられる紫狼の独演会に、客席では悲鳴と嗚咽が充満した事は言うまでも無い――。

●座敷
「うわ‥‥なんやこの凄惨な現場は‥‥」
 墨に塗れる座敷の一角を、頬を引きつらせ夜刀神・しずめが見つめる。
「あら〜? そこにいるのは〜」
 と、そんなしずめを目敏く見つける真黒に染まった吉梨の眼鏡が光る。
「ふふ〜、夜刀神さんもご一緒したいんですね〜」
「あほか! そんなこと一言もゆぅてへん!!」
 にじり寄る真黒吉梨に、しずめはじりじりと後退。
「言葉ではそう言っても、体は正直なんですよ〜?」
「どこをどう見たら、そう捉えられんねんっ!?」
「ふふふ〜‥‥」
「あ、あかん‥‥目がすわっとる‥‥」
「それ〜」
「ひやぁぁ!!」
「むむ〜、避けるとは〜」
「はぁはぁ‥‥先にみつけられたんが運の尽き‥‥ゆぅんか!?」
「さぁ、皆さん、入団希望者ですよ〜」
 幾度となく攻撃をかわすしずめに、吉梨は援軍を要請。
「一年の終わりが、これかぁああぁ!!」
 吉梨率いる真黒集団の猛攻に、しずめの悲痛な絶叫が木霊したのだった――。

●店の隅
「‥‥ふぅ、ちと呑み過ぎたか。どれ、庭で一服でもしてこよう」
「気温も下がっています。防寒はしっかりとなさってくださいね‥‥」
「はは、この毛皮があればどうと言う事は無いさ」
 そして、席を立った獣兵衛はそのまま庭へと。
 残された和奏は、一人料理に舌鼓を打ちながら、宴会の喧騒を楽しんだ。

●寒風吹きすさぶ神楽の街角

 ごごごご――。

 新年を迎えるまであと数時間。
 除夜の鐘木霊す静かな街を暴走する一台の屋台がある。
「はっはっはっ! どけどけぇぇい!!」
 暴走屋台は、この寒空の元、とある場所へ急行していた。
「おい、蕎麦屋。そば一杯――」
「ええぇい、邪魔だ!!」
 屋台を引く喪越は群がる客を一蹴、目の前に現れたとある店に一直線に暴走する。
「ビンビン感じるぜ! 美女たちの気配がよ!!」
 店から漂う気配を敏感にキャッチする喪越は、ついに目的の酒場へと到着した。

 と同時、次々と店を出てくる開拓者達。
「あれ、喪越さん‥‥?」
 その光景に固まる喪越の姿を発見し、梨佳が小首を傾げ問いかける。
「梨佳セニョリータ。つかぬ事を尋ねるが‥‥まさか忘年会は‥‥」
「はい、今終わりましたっ」
 恐る恐る尋ねる喪越に、梨佳はにこりと微笑み答えた。
「なん‥‥だと‥‥?」

 こうして、喪越の一年は、今年も過ぎていったのだった――。