【遼華】一年の垢落とし
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/27 17:55



■オープニング本文

●心津
 天儀本土よりも南に位置する霧ヶ咲島にあっても、冬将軍は着実に接近しつつある。
 日増しに冷たくなる風は、真冷山脈より吹き下ろし、心津の大地を容赦なく凍えさせていた。
「遼華さん、すす払いは終わりましたか?」
 そんな心津の中央の山裾に位置する領主屋敷では、丁稚達が大忙しで年末の大行事に追われる。
「あ、はいっ! もうすぐ終わりますから、すぐに行きますねっ」
 丁稚の言葉に嫌な顔一つ見せず、領主代行遼華は笑顔を向けた。
「すみません。こんなことまで手伝っていただいて‥‥」
「いえいえっ! 掃除は好きですから、気にしないでくださいっ!」
 申し訳なさそうに首を垂れる丁稚に、遼華は殊更明るくそう答える。
「ありがとうございます。――あ」
「どうしました?」
 礼を述べ首を上げた丁稚は思わずハッと口を押さえた。
「あ、あの‥‥大変申し上げにくいんですが」
「はい? 私にできる事なら何でも言ってくださいねっ!」
「あ、ありがとうございます‥‥。えっとですね‥‥領主様の」
「叔父様の?」
「あ、はい‥‥領主様のお部屋の掃除をお願いしてもよろしいでしょうか‥‥?」
「そんな事でしたら、お安いご用ですっ! いつも散らかし放題ですからね、叔父様」
 再び申し訳なさそうに伺いを立てる丁稚に、遼華は苦笑いで答える。
「あ、ありがとうございます! もぉ、あそこだけがどうしても片付かなくて!」
「きっと叔父様が『いいよ、このままで』とか言ってるんでしょ?」
「え、ええ‥‥そうなんですよ」
 二人が思い浮かべるのは、やる気なさげに自室から窓の外を眺める領主の姿。
「任せてくださいっ! 私がビシッと言って聞かせますからっ!」
 ぺこぺこと何度も頭を下げる丁稚に、遼華はグッと拳を握り力強く答えたのだった。

●領主部屋
「お・じ・さ・ま!」
 領主である戒恩の部屋。
 部屋を訪れた遼華は、腰に手を当て仁王立ちで窓辺に腰かける戒恩に声をかけた。
「やぁ、遼華君。‥‥今日はどうしたんだい、埃まみれじゃないか」
 一方、戒恩はいつもと変わらぬやる気なさげな声で遼華の呼びかけに答える。
「当たり前ですっ! 今日は年越し前の大掃除の日なんですからっ!」
 はたきを片手に、ぷぅっと頬を膨らせる遼華。
「おぉ、もうそんな季節になったんだね。いやはや、時が経つのは早いねぇ」
「何呑気な事言ってるんですかっ! 叔父様もご自分の部屋くらい掃除してくださいっ!」
 にへらとだらしない笑みを浮かべる戒恩に、遼華は怒気を強め言い放った。
「掃除ねぇ。うん、掃除ならしてるよ。これがこの部屋の本来の姿だから」
 しかし、戒恩は自分の部屋を見渡し、満足気に何度も頷く。
 戒恩の部屋。そこは、まるで強盗でも押し入ったかのように物が散乱し、至る所に埃は降り積もる。
 整理整頓、清掃が行き届いているとは口が裂けても言える状態ではなかった。
「何が本来の姿ですかっ! どう見ても散らかってるだけじゃないですかっ!!」
「そうかぁ、遼華君にはこの部屋の合理性が解らないのか。いいかい、ほら――」
 と、そんな遼華に戒恩はすっと手を伸ばし一冊の本を取り上げる。
「簡単に欲しい本も手を伸ばすだけで取れてしまうんだよ? こんなに合理的な部屋は他にないと思うんだけどねぇ」
「整理整頓が出来ない人はみーんなそう言うんですっ!」
 言い訳がましい戒恩の言葉を、遼華はすっぱりと切り捨てた。
「そうか、遼華君にはこの機能美が解らないか‥‥」
 そんな遼華の言葉に、戒恩は愛おしそうに我が部屋を眺め、しゅんと肩を落す。
「わかりませんっ! そんないい訳している暇があったら――」
「あ、そうだそうだ、遼華君に一つお願いがあったんだ」
 と、突然戒恩が遼華の言葉をぶった切り、声を上げた。
「な、なんですか?」
 ポンと手を叩いた戒恩に、遼華は訝しげな表情を向けながら問いかける。
「今、大掃除をしてるって言っていたよね」
「そうですっ! この恰好を見て分かりませんかっ?」
 衣に襷をかけ、手にははたき。遼華は自分の姿を戒恩に見せつける様にどんと胸を張った。
「うんうん。遼華君は本当に働き者だ」
「そんなお世辞でごまかされませんからねっ!」
「おや、これは手厳しい」
 口をへの字に曲げる遼華を、戒恩は嬉しそうに見つめ。
「で、そんな働き者の遼華君に、蔵の掃除をお願いしたいんだよ」
「え‥‥? 蔵? そんなものありましたっけ?」
 と、突然の申し出に、遼華はきょとんと問いかけた。
「うん、屋敷の敷地の隅に竹藪があるよね」
「え、ええ‥‥」
「実はね、あの藪の中に結構立派な蔵があるんだよ」
「え‥‥? 蔵なんてあったんですか?」
「そうなんだよ。で、しばらくほったらかしだったから、そろそろ掃除してあげようあと思ってね」
「え、えっと‥‥そこを私に?」
「うん。まぁ、一人じゃ大変だろうから。そうだね、開拓者の皆を呼んでもいいよ」
「ちょっ、えっ!? たかが掃除に開拓者の皆さんを呼ぶなんて‥‥?」
 勝手に話を進める戒恩に、遼華は思わず声を上げた。
「うん‥‥ただの掃除なら、ここにいる人間だけでもできるんだけどね。ただの掃除なら、ね――」
 申し出に驚いた様に問いかけた遼華に、戒恩は突然表情を真剣な物に変え語り始める。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!? なんだかとっても嫌な予感がするんですけどっ!?」
「まぁ、話を聞きなさい。その蔵、私の前の代の領主が建てたものなんだけど――」
「え、ええ‥‥」
 まるで怪談話でも語る様に続ける戒恩の話に、遼華は思わず生唾を飲み込み聞き入った。


■参加者一覧
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
ミル ユーリア(ia1088
17歳・女・泰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰


■リプレイ本文

●心津屋敷
 家人達が忙しなく行き交う屋敷の喧騒を眺め、一行は中庭へと集っていた。
「掃除! 腕が鳴るわっ!」
 ぽきぽきと拳を鳴らし、ミル ユーリア(ia1088)が息巻く。
「随分張り切ってんな」
 そんなミルに御神村 茉織(ia5355)が苦笑交じりに声をかけた。
「もちろんっ! 塵一つの見逃さずに退治してくれるわっ!」
「すげぇ自信だな。掃除得意なのか?」
「うんん、ぜんぜん」
 と、答えるミルの言葉に、一同呆然。
「ミルさん、気合だけでは掃除という仕事はこなせなくてよ?」
 唖然とする一行をきょとんと見つめるミルに、嵩山 薫(ia1747)が諭す様に声をかけた。
「え? そうなの?」
「ええ。いい? 掃除と言うのは心の鍛錬でもあるのよ」
「心の鍛錬‥‥?」
 人差し指を突き立て、二人に淡々と語りかける薫に、茉織が問いかける。
「そう、心の鍛錬。そもそも掃除はただ汚れを落とせばいいというものではないの」
「なんで? 掃除ってキレイにすればいいんで――ぎゅあっ!?
 反論したミルの眉間に、鉄扇の一撃が突き刺さる。
「甘い。甘いわ、ミルさん。掃除を舐めてはいけない!」
 鉄扇を指揮棒替わりに、薫は続けた。
「身の回りの汚れは、心の汚れ。そして、その汚れを払ってこそ、真の主婦となれるのよ!」
「そもそも俺は主婦じゃ――ぐおっ!?」
 反論した茉織の眉間に、鉄扇の一撃が突き刺さる。
「おいおい、なんか趣旨変わってきてないか‥‥?」
 そんなやり取りを一ノ瀬・紅竜(ia1011)が心配そうに見つめる。
「そうかな? だって、並み居る敵をやっつけないと天井裏に辿りつけないんだから、これは戦いだよっ!」
 そんな紅竜の心配をよそに、天河 ふしぎ(ia1037)もやる気に満ちていた。
「いや、だから戦いじゃないだろう‥‥」
「いえ、一之瀬様。それは違いますわ」
 呆れる紅竜に出水 真由良(ia0990)が真剣な眼差しを向ける。
「な、何か間違ってたか‥‥?」
「ええ、巷の噂によれば当該する蔵は相当に古い物。中には何が潜んでいるのか分かりません」
「巷の噂になってるのか‥‥?」
「これは戦いなのです。そう、今だかつて見た事の無い未曾有の恐怖との!」
 紅竜のツッコミは華麗にスルー。ぐぐっと拳を握った真由良は、謎の使命感に燃えていた。
「さすが真由良! わかってるねっ!」
「ふふ。お褒めに預かり光栄ですわ」
 グッと拳を握り瞳を輝かせるふしぎに、真由良はにこりと微笑む。
「なんだこの言い知れぬ不安感は‥‥」
 ぼそりと呟いた紅竜の言葉は、誰の耳にも届かなかった‥‥?

「‥‥」
 緊張感があるのか無いのかよくわからないこの状況を、紬 柳斎(ia1231)が神妙な面持ちで見つめる。
「袖さん、どうかしたのかい?」
 どこか場違いな緊張感を発する柳斎に、神咲 六花(ia8361)はきょとんと問いかけた。
「い、いや。何でもない」
 そんな問いかけに、柳斎はどこか落ち着かない様子で返す。
「そう? ならいいんだけど。それにしても、大掃除かぁ。一体どんなものが隠れてるんだろうね」
「‥‥」
 まるで宝探しに赴く探検家の様に瞳を輝かせる六花を、柳斎は若干頬を引きつらせながら見つめた。
「‥‥やっぱり、変だよ? もしかして、怖いのかい?」
「なっ!? そそそ、そんな訳がある訳がなかろう!」
 そんな六花の何気ない問いかけに、柳斎は殊更ムキになって反論する。
「そもそも、たかが掃除。何を怖がる事があろうか!」
「そ、そう。それは頼もしい限りだね」
 すごい剣幕で捲し立てる柳斎に、六花は気押されながら答えた。
「皆さん、お待たせしましたっ!」
 と、そんな二人の元へ、遼華が姿を現す。

 遼華を加えた一行は、一路屋敷の隅で不気味な雰囲気を漂わせる竹林へと、歩を向けた。

●蔵
 生い茂る竹が日光を遮る薄暗い道を進むと、一行の前に、立派な佇まいの蔵が姿を現した。
「これか‥‥」
 と、紅竜が神妙に呟く。
「随分と立派な蔵ね」
 どこか感心するように、薫も呟いた。
「立派な分、気味の悪さも引き立つね」
 そして、ふしぎは蔵を包む雰囲気にごくりと唾を飲む。
「う、うむ。なんと禍々しい気か‥‥」
 柳斎もその雰囲気に気押されたのか、若干頬を引きつらせながら頷いた。
「まぁ、これじゃほっとかれるのは仕方ねぇよな」
「だね。普通なら近寄ろうとは思わないし」
 そして、茉織と六花が再び蔵を見上げた。
 薄暗い竹藪の中、時折零れる陽光に輝く漆喰の壁を。
「きっとお掃除のし甲斐がありますわ」
 そんな、緊張感漂う蔵に真由良のほんわかとした声が。
「そうだな、行こう。――いいな? 遼華」
「はいっ!」
 紅竜の問いかけに、遼華は力強く答えた。

 そして、一行は長く開かれる事の無かった蔵の扉を開けた。

●一階
 かつては整理整頓がなされ、その役目を全うしていたであろう倉庫部分の一階。
しかし、今はその面影は微塵も無い。
「一体どれだけ放置されてたんだ‥‥」
 積りに積った埃を掬い、紅竜が溜息混じりに呟いた。
「これはなかなかに手強い相手であるな‥‥」
 握った雑巾があまりにも陳腐に見えるほどの埃に、柳斎も呆れる様に呟く。
「前の領主様の持ち物だって話でしたけど‥‥」
 そんな二人に、遼華が申し訳なさそうに話しかけた。
「前の領主と言っても、10年ほど前の話だろ?」
「え、ええ。叔父様が心津に来られたのがちょうど10年前ですから‥‥それ以前と言う事になりますね」
 紅竜の問いかけに遼華が記憶を辿りつつ答える。
「どう見ても10年やそこらで溜まる埃の量ではないぞ?」
 そんな遼華の説明に、柳斎は改めて床に降り積もった埃を見た。
 歩けばくっきりと足跡が浮かぶほどの量が床一面、そして、崩れそうな様々な荷物の上へと降り積もっていた。
「先が思いやられるが‥‥やらない訳にはいかないな」
「ああ、その為に来たのだ」
 降り積もった埃を前に、二人は腕組みしながらもこくんと頷く。
「お願いしますっ!」
「まずはこのガラクタを全部外に出すか」
「ガラクタとは酷いいい様だが‥‥心得た」
 期待に満ちた遼華の瞳に答える様、二人は袖を捲りあげ目の前にそびえる箱の山に向かった。

●二階
 二階へと続く急な階段を登りきった先に広がる、一階と同じ広さを持つ蔵の二階。
「うへぇ、一階もひどかったが、ここもかわんねぇな‥‥」
 降り積もった埃は一階にと変わらない。茉織がウンザリと溜息をつく。
「いいじゃない。掃除のし甲斐があるわ」
 と、そんな茉織に袖を捲し上げ、薫がふんと鼻息荒く答えた。
「ええ、腕が鳴りますわね」
 薫の意気込みの同調する真由良。
「まぁ、やる気になってるのはいい事か――よっと」
 と、燃える二人を他所に、茉織は蔵の小窓を一気に開いた。
「寒ぃけど、これで少しは掃除もしやすいだろ」
「あら、気が利くわね。ありがと」
 そんな茉織の行動に、薫が感心したように礼を述べる。
「薫様、あまりぐずぐずはしていられませんわ。二の丸など早々に片付け、本丸へと攻め入りませんと」
「あら、そうだったわね。敵は本丸にあり、ね」
「はいっ」
「は? 何の話だ?」
 二人の謎な会話に、茉織は思わず問いかけた。
「ふふ、内緒です」
「後のお楽しみ、よ」
 しかし、二人は答えを濁す。
「‥‥まぁ、いいけどよ」
 そんな二人の返答に、若干うんざりしながらも茉織は早速と掃除の準備に取り掛かる。
「んじゃま、やりますか」
 茉織の言葉に頷く二人。
 熱く長い二の丸の合戦が、今幕を開けた‥‥?

●屋根裏
 二階から伸びる崩れそうな竹製の梯子を登った先に、陽の差す小窓すらない暗闇が広がる。
「ひあぁっ!?」
 そんな暗闇で、場違いに素っ頓狂な悲鳴が上がった。
「あ、ごめんごめん。まだ目が慣れなくて」
「き、気をつけるんだぞっ! 暗いか――きゃふぁぁっ!?」
「あ、ゴメン。ここ狭いのよね」
「き、気をつけろって言ったんだからなっ! もっと落ち着い――ぴあぁぉぁっ!?」
「あ、ごめんごめん。天井も低くいみたいだね」
「天井の高さがわかるのに、なんで僕の事は――きゃぁああぁっ!?」
「あ、ゴメン。ほんっと狭いわね、ここ」
「だだだ、だから気をつけ――ひょわぁぁっ!?」
「うん? 今のは僕じゃないよ?」
「え? あたしでもないわよ?」
「え‥‥? じゃ、一体誰が――ひぃぃあぁっ!?」
「‥‥ま、まさか、蔵の主!」
「ただの鼠か何かじゃないの?」
「ミル、それじゃ浪漫が無いよ」
「掃除に浪漫なんて関係ないじゃない」
「何事にも浪漫を求める生き物なんだよ、男って」
「へぇ、変な生き物ね?」
「ふ、二人とも! たたた、助けてよっ!!」
「うん、助けたいのは山々なんだけど。見えないんだよね」
「照らせばいいんでしょ? 誰か松明持ってないの?」
「‥‥」
「‥‥」
 暗闇の中、三人は確かにその眼を見つめ合った‥‥?

●一階

 がしゃんっ!

「わわっ!?」
 突然崩れた箱の山に、遼華は思わず飛び退る。
「遼華! 大丈夫か!!」
「は、はい‥‥怖かった‥‥」
 鼓動激しい胸を押さえほっと一息つく遼華の元へ、紅竜が駆けつけた。
「怪我はないようだな。よかった」
 埃にまみれた遼華の身体をまじまじと見つめ、紅竜は安堵のため息をつく。
「あ、ありがとうございます」
「あまり危険な場所に近づくな。俺もずっとついていてやれる訳じゃない」
「ご、ごめんなさい‥‥」
 危険な行為に真剣な怒りを向ける紅竜。
 そんな紅竜に、遼華はしゅんと肩を落とした。
「あまり責めてやるな。遼華さんも反省している」
 そんな二人の元へ、駆けつけた柳斎が真剣な表情の紅竜に苦笑交じりで話しかける。
「す、すまん。そのつもりはなかったんだ‥‥」
 柳斎の言葉に諭され、紅竜は肩を落とす遼華に謝罪した。
「‥‥武具か」
 そんな紅竜を満足気に見つめ、柳斎は視線を床に落とす。
 崩れた箱の中から現れた古武具の数々を、柳斎はどこか悲しげに見つめた。
「この島でもかつては戦争があったのであろうか‥‥」
 そう呟く柳斎は、床に転がる刀を一本拾い上げると、徐に鞘から抜き放つ。
「島の北に滅びた街もあった。以前は確かにあったんだろうな、戦いが‥‥うん?」
 そんな柳斎に声をかけた紅竜が、崩れた箱の先に何かを発見した。
「なんだ‥‥?」
 崩れた箱の奥。小さく開けた空間に隠される様に、それはあった。
「扉‥‥か?」
 紅竜の言葉に柳斎もその空間を覗きこむ。
 そこには、床に取り付けられた重厚な扉。
「こんな所に扉が?」
 と、扉を眺めつつ遼華が呟く。
「地下室、か。そんな話は聞いて無かったが‥‥」
「部屋があるならば掃除せねばなるまいな」
「なんだ、偉く乗り気だな」
「厳重に隠された扉の先。一之瀬さんは気にならぬのか?」
「いや、まぁ。気にはなるが‥‥」
「私も気になりますっ!」
「なれば、話は早かろう」
「‥‥わかった」
 と、紅竜が崩れた箱を乗り越え、扉の前に立つと。
「何が出るかわからんからな。気をつけろよ」
 取っ手に手をかけ、両手にグッと力を込めた。
「‥‥ダメだな。鍵でもかかっているのか?」
 しかし、扉は紅竜の膂力を持ってしてもピクリとも動かない。
「鍵か‥‥無い話ではないな」
「この蔵のどこかにあるんでしょうか?」
「かも知れぬな。よし、探そうぞ!」
「はいっ!」
「‥‥はぁ、やれやれ」

 そして、三人は掃除と言う名の鍵探しに、没頭していった。

●二階
「‥‥」
「‥‥」
「おーい‥‥」
「‥‥ふむふむ」
「‥‥なるほど」
「おーい‥‥」
「‥‥そうなっている訳ですか」
「‥‥へぇ、あれをこうすれば、そうなるのね」
「おーまーえーらー」
 部屋の隅にちょこんと座る真由良。そして、揺り椅子に優雅に腰掛ける薫。
 そんな二人に茉織はがくりと両肩を落し、呆れる様に声をかけた。
「‥‥ま、まさかそんな事が!」
「‥‥こんな方法があったなんて!」
 と、同時に驚愕の叫びを上げる二人の手には古びた本が握られていた。
「はぁ、ダメだなこりゃ‥‥しゃぁねぇ」
 古の書物に釘付けとなった二人を、諦めの表情で見つめる茉織は。
『えっ!?』
 音も無く二人の元に忍び寄り、すっと本を巻き上げた。
「休憩は終わりだ」
「いい所でしたのに」
 恨めしそうに見上げる真由良に、茉織は溜息をつきながらそう告げる。
「いったい何しに来たんだ‥‥読書に来たわけじゃねぇだろ?」
「ふぅ、これでわかったでしょ?」
 しかし、呆れる茉織に、薫はさも当然のように立ち上がり。
「いい? お掃除大原則ひとーつ! 『発掘した書物は読むべからず』よ!」
 ビシッと親指を突き立ていい笑顔で鉄の掟を語り出した。
「説得力が微塵もねぇよ‥‥」
 そんな薫に、茉織は再び深い溜息をついたのだった。

●屋根裏
「なんにも無いわね」
 わざわざ屋敷にまで取りに戻った松明が照らし出す屋根裏を一望し、ミルが呟いた。
「いや、どこかにいるはずだよ‥‥蔵の主がね!」
 きょろきょろと忙しなく辺りを見渡す六花。
「まぁ、足跡があるし、どこかにはいるのかもね」
 男の浪漫?を追い求める六花に、ミルは床に刻まれた小さな足後に目を落した。
「ふ、二人とも、あれを!」
 と、その時突然ふしぎが叫んだ。
「え‥‥? なんでこんな所に‥‥」
 息荒くふしぎが指差した先。
 松明の炎が届くか届かないかの距離で、ぼぅっと浮かび上がったモノ。その名を――。
「たいけんし君‥‥?」
 ミルが恐る恐る口にした。
「だよね! 薫! 薫! ここにたいけんし君がいるよっ!!」
 まるで屋根裏を護っているかのように佇む一体の木彫り人形に、ふしぎの興奮は最高潮。思わず屋根裏から二階へ顔を覗かせ、薫にご報告。
「お知り合いかい?」
 そんなふしぎの興奮に、六花はミルに人形の正体を問いかける。
「うーん、お知り合いって言うかなんて言うか」
 と、六花の問いかけにミルはどこか戸惑ったように答える。
「実はここだけの話なんだけど‥‥」
「う、うん‥‥」
 と、六花の耳元に口を近づけ――。
「カオルの不倫あ――いてぇぇえっ!?」
 た途端、床からの突然の衝撃に、ミルは華麗に宙へと舞った。

●屋根裏
 松明の光が闇を揺らす。
「何とも意味深な配置であるな‥‥」
 静寂を割って、柳斎が声を上げる。
「まさにお宝、とでも言いたげな雰囲気だね」
 と、六花。一行の目の前には、ほとんど何も無い空間にポツンと置かれた、大小二つの桐箱。
「アヤカシとか封印されてたりしてな」
 茉織が箱を指差し冗談交じりに呟く。
「それはそれで面白いかもしれませんわね」
 そんな茉織に、真由良がくすくすと小さく笑い答えた。
「このたいけんし君もどきは、この箱の番人なのかな‥‥?」
 と、ふしぎが箱を見守る様に立つ木像に視線を移した。
「こんな重い物を屋根裏に上げたんだから、なんらかしらの意味はあるんでしょうね」
 ふしぎの言葉に答える薫は、どこか見知ったその木像を複雑な気持ちで見つめる。
「して、どちらから開ける?」
 柳斎が皆を見渡し、問いかける。
「どっち? どっちでもいいじゃない。どうせどっちも開けるんだから」
 と、そんな柳斎に愚問とでも言いたげに、ミルが答えた。
「‥‥では、大きい方から開けるぞ。皆、準備はいいか?」
 ミルの言葉に反論が上がらぬのを確認し、紅竜は意を決したように箱に手をかける。

 そして――。

●屋敷

『きゃぁぁあぁぁっ!!』

 甲高い女性の悲鳴が屋敷まで届く。
「楽しそうだねぇ」
 窓から竹林へ視線を移し、戒恩はのんびりと呟いた。
「掘り出し物でも見つかればいいんだけどね」
 聞こえた悲鳴すら戒恩にとっては微笑ましい日常の風景なのだろうか。
 戒恩はのんびりと茶を啜り、再び書に目を落した。

●屋根裏
「ほいほい」
 ミルは箱の中に蠢く●●の●をちぎっては●●し、床に●●し続ける。
「とんだ歓迎ね」
 薫もまた箱の中に蠢く○○を自慢の拳で○○しつつ、○○していく。
「‥‥お前らよく平気だな」
 そんな二人の行動に、紅竜は頬を引くつかせながら恐る恐る呟いた。
「う、うん‥‥二人の強さの秘密を垣間見た気がするよ‥‥」
 茉織の言葉に、ふしぎも何度も首を振り同意する。
「まったく、数が多いわね」
「どうやら巣の様ね。でも、ここを殲滅すればこの蔵から撃退できるわ」
 箱の中に蠢く●○を、まるで石ころでも扱う様に顔色一つ変えずに黙々と●○し続ける二人。
「うちの実家じゃほとんど見なかったんだけど。やっぱり南にはいっぱいいるのね」
「そう言えば寒い地方にはあまりいないみたいね。羨ましいわ」
 などと、平然と会話を交わしながらも、二人はその手を休める事は無い。

「茉織さん‥‥一体何が起こってるんですか‥‥?」
 そんな二人の会話だけが耳に届いた。
「気にすんな。もうしばらくそうしてろ」
 そんな問いかけに、遼華の眼を手で塞いでいる茉織は優しく答える。
「え、えっと‥‥」
「大丈夫だ。あの二人に任せとけば、な」
 戸惑う遼華の頭を、茉織はそっと撫でつけたやった。

「柳斎様、大丈夫ですよ」
「うえぇぇん――。やだやだやだ、怖いよぉ‥‥」
 ぺたりと床に尻もちをつき、子供のように泣きじゃくる柳斎の背を、真由良が優しく撫でつける。
「まぁ、これが普通の反応だよね」
 そんな柳斎の様子に、六花はどこか感心するように呟いた。
「どなたにでも苦手な物はありますわ。六花様にはございませんか?」
 と、真由良は柳斎の背を撫でつつ、六花を見上げ問いかける。
「うーん、あるのかな? あった気もするなぁ」
 しかし、六花はとぼける様に答えをはぐらかした。
「そう言う事ですわ。ですから、あまり――あ」
 かくりと小首を傾げる六花を微笑ましく見つめていた真由良が、床を這う影を見つける。
「きゃぁぁああぁぁ!!!」
 再び蔵に木霊す、柳斎の悲鳴。
 柳斎は床から飛びあがると真由良にしがみついた。
「二人の攻勢を掻い潜るなんて、なかなかやるね!」
 黒い影を見つけた六花は、懐に手を入れると――。
「猫人形『ホームズ』!!」
 どこかドスの利いた声で高らかに猫人形を掲げる。
「さぁ、やってしまえホームズ!」
 そして、六花は取り出したホームズを床に置くと、床を這いまわる黒い影を指差した。

 ぎぎっと、鈍い音を上げ動き出す猫人形。

「まぁ、どういうカラクリでしょう?」
 独りでに動く猫人形を真由良は興味深く見つめる。
「ただの傀儡だよ。――いけ、猫パンチだ!!」
 六花の指令に猫人形の繰り出した一撃が、床を這う黒い影を粉砕した。

●屋根裏
 再び訪れた静寂。
 壮絶な?戦いを終え、一行は再び箱へと対峙していた。
「あ、ここね」
 ミルが大きな箱の中に開いた穴を指差した。
「腐って穴が開いていたようね。で、中の物が餌食になった」
 箱の中を覗き込む薫。そこに残っていたのは、見るも無残に食い散らかされた非常食と思われる残骸であった。
「さてと、残るは小さい方だけど」
 と、ミルが残った小さい箱の方へ視線を移した。
「‥‥俺が開ける」
「大丈夫? また出てくるかもしれないわよ?」
 再び箱の前へと踏み出した紅竜に、薫が問いかける。
「さっきは不覚を取ったがもう大丈夫だ」
 と、紅竜は薫の後ろ、遼華へ視線を移し答えた。
「‥‥そう、じゃお願いね」
 つられる様に後ろを振り向いた薫は、紅竜の決意を理解しにこりと微笑みかける。
「ああ‥‥」
 そして、再び決意を固めた紅竜は小さな箱に手をかけ。

 そして――。

●屋敷
「ふあぁぁぁ‥‥」
 午後の日差しが霧を晴らしたのか、屋敷を包む温かな陽光に、窓辺の戒恩は大欠伸。
「なんだか静かになったねぇ」
 そして、再び視線を竹藪えと移すと、そう呟いた。

●屋根裏
「‥‥鍵だ!!」
 ふしぎが瞳を輝かせ小さい箱の中を覗き込む。
 小さい箱の中には、これまた小さな鍵が一つ。
「鍵‥‥もしかして、一階の扉のか?」
 ふしぎの横から覗きこむ紅竜が、鍵を見つめた。
「一階の扉?」
「ああ、地下室‥‥なのか? 床に扉があった。鍵がかかってたから開かなかったが」
「地下室!!」
 紅竜の言葉に、ふしぎはより一層瞳を輝かせた。
「あのような辛辣な罠まで施し、厳重に保管されている鍵である‥‥あの扉の先には、何かあるのかもしれぬな」
 と、呟く柳斎。最早先程までの乙女な本性は微塵も見受けられない。
「結局アヤカシなどではなかった様ですね」
 屋根裏に置かれた意味深な箱。そのどちらも危険な物ではなかった。
 真由良は、ほっと浅く息を吸い込む。
「行こう! きっと伝説の大空賊とか、古の第海賊とかのお宝が眠ってるはずだよっ!!」
「‥‥いやいや、こんな田舎にそんな大層なもんが眠ってるはず無いだろ‥‥?」
 今までにないほど目を輝かせ鼻息荒く語るふしぎに、茉織は苦笑交じりに呟いた。
「何を言ってるの! こんなに厳重に保管されてるんだよ!! きっと‥‥きっと‥‥きっと、すごいお宝に違いないんだからなっ!!」
 最早、誰もこの冒険少年の妄想は止められない。
「いいんじゃないかな? 今回の依頼はこの蔵の大掃除だし。部屋があるならそこも掃除しないと」
「そうですわね。早く終わらせませんと日が暮れてしまいます。まだ本丸が残っていると言いますのに」
 六花の言葉にうんうんと頷く真由良。
「本丸?」
「さぁ、行きましょう。決戦前の総仕上げですわ」
 六花の問いかけは華麗にスルー。真由良は息巻くふしぎの背を押し、階段へと向かう。

 そして、一行は鍵を握りしめたふしぎを先頭に、急な階段を一階を目指し降りて行った。

●地下室

 ぎぃぃぃぃぃ‥‥。

 床に据えられた重厚な鉄扉は、蝶番を錆で軋ませながらゆっくりと開いた。
「真っ暗ね‥‥」
 何年開かれていなかったのだろう。
 中から漏れる空気は冷たく、どこか神聖な雰囲気さえ感じさせる。
「‥‥ごくり」
 先頭を行くふしぎが地の底へと続く闇を眺め、唾を飲み込んだ。
「‥‥え?」
 闇に浮かぶ無数の光。
 松明に照らし出される闇の底は、まるで夜空に輝く星々の様な数多の光に支配されていた。
「な、なに‥‥?」
 そんな光景に、ふしぎが思わず声を上げた。
「宝石‥‥なんていいもんじゃないだろうなっ! 来るぞっ!!」
 茉織が叫びを上げる。
 闇の底に瞬く光は、一行へ向け迫りくる。
「ね、鼠!?」
 それは数えきれないほどの鼠の群れ。
 鼠は怒涛となり、地下へと続く階段を一気に駆け上がってくる。
「ふっ‥‥」
 と、襲い来る鼠の群れの前に立ち塞がったのは、柳斎であった。
「先程の汚名、この場で晴らしてくれようぞ!!」
 そして、柳斎は高らかに鬨の声を上げると、腰の刀をすらりと抜き放った。
「せいやぁぁ!!」
 気合一閃。怒涛の鼠の波を柳斎は

「うわぁ‥‥」
「凄まじいわね‥‥」
「やりすぎじゃないか‥‥?」
「これだけのお墓、どこに作りましょう」
「よっぽど鬱憤たまってなのね‥‥」
 鬼神と化した柳斎の刀技を一歩引き見つめる一行。

「それでお終いか! その程度では拙者を倒す事など出来ぬぞ!!」
 そんな一行の呟きを知ってか知らずか、柳斎は襲い来る鼠達をばっさばっさと切り裂いていった。

●地下室
 外の寒気とは違う、冷たい空気が一行を包む。
「案外狭いのですね」
 松明の光に照らし出される石造りの地下室を眺め、真由良が呟いた。
「まだ何かいるかもしれん、気をつけて進もう」
 と、そんな真由良に、どこか満足気な表情で柳斎が声をかける。
「ただの鼠の巣でした、なんてオチじゃないだろうな?」
「そんな事無いよ! きっと、すっごいお宝が眠ってるはずなんだからなっ!!」
 鼠退治で疲れたのか、茉織がこぼす愚痴にふしぎは猛反論。
「アヤカシでも出てくれば張り合いが出るのにね」
「ただの掃除にアヤカシなんて出てきたら、面倒じゃない‥‥」
 張り合いのない敵?につまらなさそうに呟く薫に、ミルは呆れた様に呟いた。
「倉庫、と言う訳でもなさそうですね」
 部屋を見渡していた真由良が再び呟いた。
 部屋は重厚な石壁に覆われている。しかし、そこに置かれた物は小さな壺やら数本の農具。とても宝とは思えない代物ばかりであった。
「鼠が食っちまったんじゃねぇか?」
「食糧庫と言う訳でもなさそうであるが‥‥何か鼠どもを惹きつけるものがあるのやもしれんな」
 茉織の言葉に、柳斎はうーんと考え込み再び部屋に視線を向ける。

 がさっ――。

「っ! 何かいる!!」
 部屋の隅で起こったほんの小さな物音。
 ふしぎは研ぎ澄ました聴覚でその音を拾うと、皆に向け声を張り上げた。

●一階
「遼華、今年一年お疲れ様」
「え?」
 一階に残った紅竜が、遼華にそっと呟いた。
「俺達が出会って、丁度一年。色々とあったからな」
 見上げる遼華に、少し照れたように紅竜は話し続ける。
「っと、僕も忘れてもらっちゃ困るよ?」
 そんな二人だけの空間に、少し呆れた様に声を割りこませたのは六花であった。
「僕も遼華と出合ったのは、あの逃亡劇の時だからね。そう言えば、紅竜ともその時からの付き合いだね」
 遼華を見下ろす4つの瞳。
 六花と紅竜は共に、遼華との初めての出会いを振りかえる。
「ああ、あの時はこんな事になるなんて予想もしてなかったけどな」
 脳裏に浮かぶ一年前の出来事。
「あ、それはそうと。お嬢、体は大丈夫かい?」
「え? はい、何ともないですよっ! 掃除くらいでへこたれていられませんっ!」
 六花の問いかけに、グッと拳を握り見せつける様に元気に振る舞う遼華。
「う、えっと‥‥そう言うんじゃな――」
「そうか、領主代行の仕事も体が資本だろうからな。風邪とか引くなよ?」
 予想と違う答えに六花は再び遼華に問いかけようとした所に、紅竜が割って入った。
「はいっ!」
 紅竜の言葉に元気良く頷く遼華。
「‥‥」
 そんな遼華に、紅竜は懐から取り出したある物を差し出した。
「え‥‥?」
「誕生日、おめでとう」
 そう言って差し出された物は首飾りであった。
「あ、紅竜。抜け駆けはずるいな。お嬢、僕からも」
 と、紅竜に負けじと六花が差し出したのは、小さな猫の人形。
「お、おい‥‥それさっき使ってた‥‥」
 それは、先程黒い影と激闘演じていた猫人形と同じモノ。
「大丈夫、ホームズとは別だよ」
 焦る紅竜に六花は悪戯な笑みを浮かべた。
「猫好きだったかな?」
「はいっ!」
 差し出された猫人形を嬉しそうに受け取る遼華。
「ありがとうございますっ! 大切にしますねっ!」
 渡された大切な品を抱きしめ、遼華は見下ろす優しげな眼に向け、満面の笑みを浮かべたのだった。

●地下室
「‥‥」
 一行は目の前の光景を唖然と見つめる。
『おいおい、何タダで眺めてんだ。参拝料取るぞ』
 敵意とは違うどこか小馬鹿にした様な口調。
「お、お前、何者だ‥‥?」
『はぁ? 見てわからねぇのか? これだから田舎もんは‥‥』
 茉織の言葉に、更に機嫌を悪くしたのか、謎の声は呆れる様に答えた。
『つーかさ、名前聞くなら、そっちから名乗るってのが筋ってもんだろうが』
 松明に映し出される、それ。

 暗闇の中にあっても神々しく輝いて見える――かもしれない、純白の毛並み。
 大きく円ら――かもしれない、琥珀色の瞳。
 気品ある佇まい――かもしれない、短い手足。そして、足枷。

 その足枷以外、誰がどう見ても、もふら様であった。
「うわ‥‥口悪ぅ‥‥」
『あぁっ? てめぇ今なんつった?』
 ぼそりと呟いたミルの囁きも、声の主は聞き洩らさない。
「まぁ、こんな所に繋がれて‥‥可哀想に」
 と、そんなもふらの迫力?に、頬を惹きつかせ所在なさげに佇む一行を他所に、真由良がもふらに駆け寄った。
『うん? ねぇちゃん、何やってんだ』
「今外してあげますから、少し我慢してくださいね」
 真由良はもふらの脇にしゃがみ込むと、足枷を外しにかかる。
「ま、真由良っ!?」
 そんな真由良の暴挙?に、ふしぎが思わず声を上げた。

 カチンっ‥‥。

『あ‥‥』
 見守る一行の声がはもった。
「これで大丈夫ですわ」
『お? すまねぇなねぇちゃん。おめぇいい女だな』
 にこりと微笑む達成感に満ちた真由良に、もふらはその円らな瞳を向け。
『なんなら俺の女にしてやってもいいぜ?』
 と、のたまった。
「まぁ、お誘いは嬉しいのですけど‥‥わたくし、毛深い人はちょっと‥‥」
『おいおい、そりゃ偏見ってもんだぜ? この毛並みの奥に潜む――』
 見つめ合う一人と一匹。

「なんだ、この俗なもふら‥‥」
 愛くるしい姿に似合わぬ言葉づかいに、頬を引くつかせる茉織。
「封印されていた理由がわかる気がするわね‥‥」
 呆れる様に深く溜息をつく薫。
「いっそ斬ってしまうか‥‥?」
 腰の刀の柄に手をかける柳斎。
「いやいや、仮にも神様だし‥‥」
 そんな柳斎を、一応止めるミル。
「これがお宝‥‥?」
 お宝の正体に愕然と膝を折るふしぎ。

 一人と一匹のやり取りを、残りの5人は呆然と眺めた。

「拍子抜けだわね。もう一度封印してしまいましょ」
 と、呆れる薫は一人すたすたと階段を戻る。
「うんうん、これは世に出さない方がいいわ」
 と、ミルももふらに背を向けた。
『おいおい、そうは問屋がおろさねぇぜ? お前らが解放したんだ、責任とれよ』
「ぎゃぁぁっ!」
 とは、ミルの叫び。
 その短い手足でどうやって瞬間移動したのか、もふらはミルの足にガブリと噛みついた。
「まぁ、元気なもふら様ですね」
 と、そんな光景にも真由良は嬉しそうに微笑む。
「ミルさん、人間諦めが肝心よ?」
「イタイイタイッ! って、なんであたしなのよっ!? このっ、離れろぉ!!」
 諭す様に呟く薫の言葉にも、ミルは激闘を繰り広げながらも猛抗議。

「このままじゃ埒があかねぇ。とりあえず、戒恩に聞いてみるか‥‥?」
「であるな‥‥。一応、心津の所有物?であるのだからな‥‥」
 激闘?と繰り広げる女性陣を呆れた様に眺め、茉織と柳斎は溜息混じりに呟いた。



 謎のもふらを加えた?一行は、蔵の掃除を終え屋敷へと戻る。
 そう、最後に残った難攻不落の本丸。『戒恩の部屋』を目指して――。