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■オープニング本文 ●沢繭 「おっ」 飛行船の舳先に立ち、眼下に広がる景色に目を凝らしていた『黎明・A・ロウラン』が声を上げた。 「なに?」 その後ろで船員達に指示を飛ばしていた副長レダが何事かと黎明の傍に歩み寄る。 「ほら、そこ」 そんなレダに、黎明は眼下に見える地上を指差した。 「へぇ、お祭り?」 「みたいだね」 そこには上空からでもわかる程、盛大な賑わいが見てとれる。 「あれは確か――沢繭って街だったかしら」 「ほうほう――よし!」 「ちょっと、まさか‥‥」 眼下の賑わいに触発されたのか、黎明は突然伝声管を握ると。 「嘉田、降下だ! 目標、沢繭の街!」 伝声管へ向け指令を飛ばした。 『了解。浮遊宝珠出力落とします』 即座に返ってくる返事。 「あのねぇ、黎明。私達はこれから都に報告に行かなくちゃいけないの。わかってるわよね?」 童の様に瞳を輝かせる黎明に、レダは諭すように語りかけた。 「おぉ、もちろんだよっ!」 「なら寄り道してる暇なんて、無いと思うんだけど?」 「だーじょうぶ、大丈夫。二、三日遅れてもどうってことないってっ」 「あのね‥‥それでいつも怒られてるでしょ‥‥」 「いいっていいって! 責任は俺が持つ!」 「‥‥そう言って、持った例はないけどね‥‥」 意気揚々と語る黎明に対し、またいつもの事かとレダは嘆息する。 『風宝珠停止。降下開始します』 再び伝声管から伝わる声。 「さぁ、お前達、久しぶりの休暇だー!」 甲板に向け叫ぶ黎明が雄叫びを上げた。 そして、空賊『崑崙』の母船『セレイナ』は、白銀の船体をゆっくりと速度を落とし地上へ向かったのだった。 ●沢繭 「ここが沢繭ですか〜」 賑わう大通りを歩く『十河 吉梨』が、きょろきょろと辺りを伺う。 年に一回の大収穫祭に沸く沢繭の住民たちの楽しげな雰囲気に、吉梨の顔も自然と綻んだ。 「っとっと、観光してる場合じゃなかったです〜!」 周りの雰囲気に流されそうになる頭を振り、吉梨は正面に見える大きな建物を見やる。 「何もこんな所まで出張しなくてもいいと思うんですけど〜‥‥」 そして、手に持つ一枚の書に視線を落した。 「ふ〜、せっかくなら休暇で来たかったですね〜‥‥」 そして、溜息混じりの吉梨は街の中央、領主屋敷へと足を向けた。 ●屋敷 「ふぅ」 領主屋敷の長い廊下を歩きながら、凝った肩を揉みほぐす街の執政官『最上 頼重』。 「今年も盛り上がっているな」 屋敷の塀越しに聞こえてくる町民達の楽しげな声に、頼重は満足気に頷いた。 「よーりーしーげー!!」 「ぐぅほぉっ!?」 しかし、そんな平穏は鳩尾にピンポイントで突き刺さった蹴りによって、呆気なく打ち砕かれる。 「なにをのんびり寝ておるのじゃ!」 もんどりうって引っくり返った頼重の頬を踏みつけ、領主『袖端 振々』が怒りの声を上げた。 「ぁ、ぁんぇしょぉ‥‥?」 頬を踏まれる頼重は、眼だけを動かし必死に視線を上げる。 「え、えっと〜‥‥大丈夫ですか〜?」 と、そこに現れた吉梨。心配そうに踏まれた頼重を見つめていた。 「ほぁ? おひゃふひゃまぇす?」 「客ではない! 吉梨なのじゃ!」 「ひひりはん? ぁぁ、ひゃるどほ」 「ふ、振姫様、喋りにくそうですので、足を退けて上げられては〜?」 「うぬ? それもそうじゃな!」 苦笑いの吉梨の言葉に、振々はようやく頼重から足を退けた。 ● 「ふぅ‥‥で、ギルド職員さんがこの屋敷に何の御用ですかな?」 応接室に通された吉梨に、コキコキと肩を鳴らし頼重が問いかける。 「えっとですね――」 「これじゃ!!」 話始めた吉梨を制し、振々がどんと机の上に一通の書を叩きつけた。 「うん? これは、文ですかな?」 叩きつけられた書に視線を落した頼重が、振々へ問いかける。 「うむ! 字がきたなくて読めぬのじゃ!」 「そ、そうですか‥‥」 無い胸を張って主張する振々に、頼重はやれやれと書を手に取る。 「いちだいじなのじゃ!」 「はいはい、今読みますから少し待ってくださ――うわ、ほんとにきたいない字ですね‥‥」 せかす振々を宥め、頼重は書に視線を落した。 「えっと、なになに‥‥」 そこには――。 『前略 袖端 振々様 朝夕毎に涼しくなり、すごしやすい季節がやってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。 この度は突然の便りで驚かれた事かと思います。ようやく自由な時間が取れるようになってまいりました。 つきましては、かねてより噂に聞いておりました御領で開かれる収穫祭に参加させていただきたく、このような形でのお知らせとなりました。 今まで挨拶が遅れましたこと、重ね重ね申し訳ございません。 よろしければ来週の末日、御領へお伺いしたく思っております。 収穫祭に最中、お忙しいとは存じますが、どうかよろしくお願いいたします。 では、用件のみですが、これで失礼いたします。 秋の夜風の冷たさに負けず、どうかご自愛くださいませ。 草々 怪盗 ポンジ 』 「‥‥ふむ、字は汚いですがなかなか丁寧な文面ですな。で、なんですか、これ?」 至って普通な文面に、頼重は吉梨に問いかけた。 「えっとですね〜、武天で噂の――」 「はんこうよこく、なのじゃ!!」 「は、はぁ‥‥?」 またもや吉梨の言葉を遮り言い切った振々に、頼重は何の事かわからず生返事。 「しゅうかくさいが危機なのじゃ!!」 そんな頼重に業を煮やしたのか、振々は小さな足をどっかと机に乗せ、ぐぐっと拳を握った。 「えっと、この方はですね〜、武天で噂の義賊を名乗る怪盗さんなのです〜」 「ほうほう、怪盗とはこれまた珍しい」 対ポンジに闘志を燃やす振々の横で、吉梨は笑顔を絶やさず説明を続けた。 ● 「で、その怪盗さんが沢繭にお越しになると?」 「なのじゃ!」 一通り説明を終えた吉梨は満足そうに再び席に着いた。代わりに、再び復活の振々。 「この文面を読む限り、害はなさそうですが?」 「あるのじゃ!」 「そうでしょうか?」 「そうなのじゃ!!」 「は、はぁ‥‥」 どうしても怪盗と対決したいのか、振々は頑として自分の意見を曲げない。 「やっても無銭飲位だと思うのですけど〜、一応何度かギルドの依頼にも上がった方ですので〜」 「ほぅ、それでギルド員の方がお見えになった訳ですな」 「そうなのです〜。用心には用心をということで、臨時のギルド支部を置かせていただければと〜」 「ええ、そのくらいでしたらこの屋敷をお使いくだされ」 「ご協力、感謝いたします〜。何も無ければいいのですけどね〜」 頼重の快諾に、吉梨はぺこりと首を垂れた。 「まぁ、なにも無ければ無しで、折角ですから収穫祭を楽しんでいってくだされ」 「はい〜、ありがとうございます〜!」 そんな頼重の労いの言葉に、吉梨はキラキラと瞳を輝かせた。 一方の振々は――。 「ふっふっ! 来るがよいのじゃ! 振がせいばいしてやるのじゃ!!」 一人打倒ポンジに、真っ赤な燃えていた――。 |
■参加者一覧 / 梢・飛鈴(ia0034) / 北條 黯羽(ia0072) / 井伊 貴政(ia0213) / 犬神・彼方(ia0218) / 貉(ia0585) / 柚乃(ia0638) / 白拍子青楼(ia0730) / 海神 江流(ia0800) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 水津(ia2177) / ルオウ(ia2445) / 秋桜(ia2482) / 水月(ia2566) / フェルル=グライフ(ia4572) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 景倉 恭冶(ia6030) / からす(ia6525) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 神咲 六花(ia8361) / 和奏(ia8807) / カジャ・ハイダル(ia9018) / ラヴィ・ダリエ(ia9738) / 霧先 時雨(ia9845) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / レイラン(ia9966) / ユリア・ソル(ia9996) / アレン・シュタイナー(ib0038) / エルディン・バウアー(ib0066) / マテーリャ・オスキュラ(ib0070) / ラシュディア(ib0112) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 十野間 月与(ib0343) / ニクス・ソル(ib0444) / グリムバルド(ib0608) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / ケロリーナ(ib2037) / 蓮 神音(ib2662) / 朱鳳院 龍影(ib3148) / 月影 照(ib3253) / ディディエ ベルトラン(ib3404) / 十野間 修(ib3415) / 月影 輝(ib3475) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / 色 愛(ib3722) / 夜刀神・しずめ(ib5200) / とある 黒子(ib5243) |
■リプレイ本文 ●屋敷 「‥‥ふむ、よろしいでしょう」 「了承いただけて幸いです」 執務室に訪れたとある 黒子の話に頼重は頷いた。 「では、何か用意しておきましょう」 「お心遣い感謝します。それでは、準備がありますので」 「ええ、がんばってくださいな」 黒子は頼重に一礼。出口へと足を向ける。 「お姉、ご愁傷さま――」 外へ出た黒子が、空に向け呟いたのだった。 ●露店 「美味しい。おじさん、これってやっぱりゴマが隠し味?」 「お、よくわかるね」 店先に出された料理を一口口にしただけで、隠し味を言い当てた明王院 月与に店主は目を見張る。 「さすがですね。やはり料理人の血が騒ぎますか」 そんな様子に、十野間 修が後ろから嬉しそう言葉をかけた。 「そう言う訳じゃないけど‥‥やっぱり他の人の料理は色々と勉強になるよ?」 と、そんな修の言葉に、すっと腕を取った月与はじっと修を見上げる。 「そうですね。色々な味が味わえる方が俺も嬉しいです」 「え? それって‥‥?」 「さぁ、行きましょうか。次の店も美味しそうですよ」 絡まされた腕をギュッと抱え、修は次の店を目指す。 優雅に歩む二人は、次の店を目指し大通りへ消えた。 ●弐音寺 盛大な拍手と共に、一人の舞手が舞台を降りる。 「あ、お兄様っ」 舞手である白拍子青楼は、迎えたアレン・シュタイナーに飛びついた。 「楽しんでいただけましたか?」 「うむ、青楼の舞はいつ見ても美しいな」 「う、嬉しいですわっ!」 見上げるアレンの優しげな瞳に、青楼は幸せそうに胸に顔をうずめた。 「はは、青楼はいつまでたっても子供だな。ほら、皆が見ているぞ?」 胸にある青楼の髪を撫でつけ、耳元で囁くアレン。 「‥‥っ! わたくしとした事が‥‥」 そんなアレンの囁きに、青楼は頬を真っ赤に染め、バッと身を離した。 「さぁ、行こうか。少し腹が減った」 「は、はいっ! 今日は腕によりをかけて作ってまいりましたのっ!」 そして二人は手を固く結び、弐音寺の階段を下っていった。 ●屋敷 「ジルベールさまー、どこですかー」 人混みの中をか細い声を上げながら、彷徨うラヴィ。 「もぉ、一体どこに行ってしまったのでしょう」 一向に見つからぬ相手に、ラヴィはぷぅと頬を膨らせた。 「迷子になるなんて、いい大人がみっともないです‥‥」 と、強気な言葉を口にするラヴィであったが、その声は少し震えている。 「‥‥ジルベールさまー」 再び歩き出したラヴィ。彼の人と出会える日は来るのだろうか。 ●大通り 「はやくっ! 売り切れてしまいますよっ!」 人で賑わう大通りを、嬉しそうに駆けるフェルル=グライフ。 「あんまりはしゃいでっと、転ぶぞ」 そんな楽しげなフェルルを酒々井 統真は嬉しそうに見つめる。 「わわっ!?」 と、突然フェルルがこけた。 「おいおい、言わんこっちゃない‥‥って、大丈夫か?」 「あたた‥‥えへへ、大丈夫ですっ!」 駆け寄った統真を見上げるフェルル。 「なんもない所で、よく転べる――って、鼻緒切れてるじゃねぇか」 「あ、ほんとですねっ」 「ったく‥‥ほらよ」 「え‥‥?」 突然屈みこみ背を向けた統真に、フェルルはきょとんと呆ける。 「そのままじゃ歩けねぇだろ。いいから乗れって」 「え、えっと‥‥ありがとう」 統真のぶっきら棒な優しさに、フェルルはくすりと微笑み、広い背中へ身を預ける。 「統真さんの背中、おっきいですね‥‥」 「お、男なんだから当たり前だろっ!?」 背中越しに聞こえてくる嬉しそうな声に統真は思わず声を上げた。 ●約束の場所 「‥‥」 人気のない街の外れ。 そこに一人立ちつくす色 愛は、苛立ちを隠しきれずにいた。 「‥‥きませんわね」 いくら待てど現れない待ち人。 「私の誘いを断るなんて、いい度胸ですわ」 とうに過ぎた待ち合わせ時間。 愛は怒りに拳を込め、街へと繰り出した。 ●屋敷 賑わう店々から少し離れ礼野 真夢紀が縁側に腰掛けていた。 「賑やかですね。やっぱりお祭りの空気は好きです」 買い込んだ品々を脇に置き、空を見上げる。 「お姉様、ちぃ姉様。本日は沢繭という街にやってまいりました」 誰に語るでもなく、空の青を見つめた。 「そうそう、色々珍しい食べ物があったんですよ」 ふと手元の袋を手繰り寄せた。 「鮎の甘露煮に鰻のかば焼き。他にも自慢の地酒もあります。落ち着いたらお送りしますね。喜んでいただけると嬉しいのですけれど」 そう呟くと、真夢紀はにこりと微笑んだ。 ●大通り 「理穴の料理も捨てた物ではないねぇ」 漂う香ばしい匂いにつられ、暖簾をくぐった井伊 貴政が料理に舌鼓を打つ。 「あら、貴方は」 と、そんな貴政の背後から声がかかった。 「っと、これはレダさん、こんな所で会うとは‥‥やはり運命?」 振り向いた貴政。そこにはレダの姿があった。 「相変わらずお上手ね。で、今日はお一人?」 貴政の殺し文句にレダはやや苦笑いで返し、問いかける。 「いえ、貴女が来るのを待っていたのです。仕入れた食材でセレイナの皆さんに料理でも振る舞おうと思って」 答える貴政は足元に転がる食材の袋を指差した。 「残ってる人もいるでしょう? 折角の祭りですからね。せめて気分だけでも」 「それはありがたいけれど‥‥貴方はいいの?」 「ええ、皆にも久しぶりに会いたいですしね。と、言う訳で早速参りましょうか」 「え‥‥?」 と、突然貴政はレダの腕をとると、意気揚々とセレイナへ向け店を後にしたのだった。 ●街角 「ん? なんか懐かしいのがいるな」 「はぁ、なんで出会うんだよ、ったく‥‥」 街角でばったりと遭遇した二人。貉とポンジは久々の再会を果たしていた。 「まぁ、出会ったんなら仕方ないな――」 「うん?」 実にやる気なさげに呟く貉に、ポンジは小首を傾げる。 「遺言はあるか?」 「ん、なんだ?」 懐から札の束を取り出した貉は、じりじりとポンジへ距離を詰めた。 「成仏しろよ、バ怪盗!」 そして、雨の如く降り注ぐ札のポンジに向け放った。 「うおっ!?」 一足飛びに飛びのいたポンジ。危機を察したのかそのまま逃げにかかる。 「んなろ! 待ちやがれ!!」 そんなポンジを全力で追う貉。 ポンジ大捕り物帳。今ここに開幕。 ●屋敷 「こ、これは!? 幻の信楽焼!」 店頭に出された巨大な置物に目を輝かせるジルベール。 「こ、こちらは、古代泰国の螺鈿細工! こんなとこでお目にするやなんて‥‥」 目にするもの全てが彼には宝であった。 「なぁ、ラヴィ。どや、これ。滅多にお目にかかれへん逸品や――って、ラヴィ?」 嬉しそうに振り返ったジルベールが、きょろきょろと辺りを伺う。 「ま、まさか‥‥迷子!?」 ジルベールはようやく気付く。そこに連れ立った少女の姿が無い事に。 ●郊外 「皆、これがセレイナだよっ!」 ドーンと鎮座する白銀の船体を、天河 ふしぎが自慢げに紹介した。 「へぇ、これが隊長の‥‥」 船体を見上げ、月影 輝が感嘆の溜息を洩らす。 「あ、いや‥‥僕の船ってわけじゃないんだけど‥‥」 「‥‥なんだ、違うんですね。結構がっかりです」 と、まったく表情を変えることなく輝は落胆の溜息を洩らした。 「ちょっと、輝! 仮にもふしぎ殿とゆかりのある船ですよっ!」 そんな妹を叱りつける姉の月影 照が。 「いくらこんなポン――」 船をぺしぺしと叩きながら、固まった。 「ポン?」 途切れた言葉にふしぎは小首を傾げる。 「え‥‥? ポン? ポンなんていいました? おっかしいなぁ、アハハ」 乾いた笑いと引きつる頬で全力の笑顔を作りつつ、照はポリポリと頭を掻いた。 「ポンコツではなく、骨董品と呼ぶ方が的確でわかりやすいですね。瓦版記者としては」 ぼそりと、的確なフォローが姉の元へ。 「おおぅぃいい!? なに言ってんのあんたぁぁっ!? 人が必死こいてやんわりとオブラートに包みつつ、事無きを得ようと画策してんのにぃぃ!!」 そんな妹の胸倉を掴み、がくがくと揺さぶる照。 「うむ、なんじゃ、照。心の声がだだ漏れじゃな」 と、そんな二人に朱鳳院 龍影の鋭いツッコミ。 「やれやれ、困った姉を持つと大変です」 「あんたがぶっちゃけやがるからでしょうがぁあぁ!!」 がくがくと揺すられながらも輝は淡々と呟いた。 「おーおー、随分と賑やかだねぇ」 と、そんな様子を甲板から黎明見下ろしていた。 「あ! 黎明! 久しぶりっ! 今日は仲間を連れて来たんだ!」 顔を覗かせた黎明にふしぎは嬉しそうに返す。 「前に言ってた奴等だね。へぇ、美人さんぞろいだ」 にこやかに言葉を交わす二人。 「ふむ‥‥まるで恋する乙女の様ですね」 「あんたの眼は節あ――いや、これはいいネタになるかもしれないわ‥‥」 そんな二人の会話に輝と照は、瞳を怪しく光らせた。 「ねぇ、たいちょぉー! おーなーかーすいたー!!」 そんな和やかのムード?の外で、ぷぅと頬を膨らませつまらなさそうに駄々をこねるプレシア・ベルティーニ。 「あ、うん。プレシアごめんね。黎明、僕達は祭りの方へ行ってくるね!」 「おー、楽しんきなー」 大きく手を振るふしぎに、手を振り返す黎明。 「やった! いこいこー! たいちょーのおごり!」 「ふむ、それは聞き捨てなりませんね」 「え? え? そんな話になってたの? そうなら早く言ってくださいよっ!」 「美味い酒があるといいんじゃがのぉ」 奢りと聞いてこれから団員達が色めき立つ。 「ちょ、ちょっと!? なんで、僕の奢り!?」 決定した衝撃の事実に、ふしぎも衝撃。 「たーいちょ! はやくいこー! 沢庵はまってくれないんだよ〜!」 なんとなく色々と勘違いしている気がしないでもないプレシアがふしぎの背を押し、街へ向かう。 空賊団『夢の翼』。今日も絶好調であった――。 ●大通り 「見事見つけることができたら、お姉ちゃんお手製の飴玉をプレゼントしちゃいますからっ」 輪を作る子供にお手製のビラを配りつつ、にこりと笑顔を向ける秋桜。 「任せとけ! すぐにとっつかまえてやるからな!」 そんな秋桜に、小さな男の子はグッと握り拳を作り歯の欠けた笑顔を向けた。 「ええ、頼りにしていますよっ」 そんな男の子の頭を優しく撫でつけた秋桜は、全力で街へと消えた子供達を見つめる。 「ふぅ‥‥こんなものですね。後は果報は寝て待て、ということでしょうかね」 そして、秋桜は露店の店先に腰かけ茶を啜る。 と、その時。 喧騒を攫う様に流れる弦の音。 「――」 瞳を閉じる琉宇の指先から奏でられる楽は、この祭りに相応しい賑やかなものであった。 「――」 そして、そんな琉宇の背後には――。 『演奏が良かったらポンジさんに貼ってね』 と書かれた張り紙だらけの大看板が、これでもかと存在を主張していた。 「ん、これを張ればいいのか?」 と、琉宇の演奏に耳を傾けていた観客達は、次々と張り紙を剥がして行く。 そして、琉宇の演奏が終わる頃には、綺麗に張り紙は消えうせていた――。 「ふぅ、楽しみ楽しみ」 と、演奏を終えた琉宇が露店の店先に腰かけ、茶を啜る。 「なかなかの演奏でしたね」 「あ、これはどうも」 そう、隣に秋桜がいたのに――。 「ふふふ」 「あはは」 微笑み合う二人。見える人には見える、激しい火花を散らせながら――。 ●町外れ 「あーん」 「ん‥‥あーん」 黯羽が差し出した甘栗を大きく口を開け受け取る彼方。 喧騒の中心から外れ、北條 黯羽と犬神・彼方が道を歩いていた。 「いいのか? 折角の祭りなのに」 「うぅん? なぁんだ、行って欲しいのぉか?」 寄り添うように歩く二人は、賑わう中心街から街の外へと歩みを進める。 「そう言う訳じゃないが‥‥」 「なぁら、いいじゃねぇか。たまにはこうやってぇ歩くってのもぉさ」 「‥‥熱でもあるんじゃないだろうな?」 「んぅ? 計ってぇ見るかぁ?」 と、怪訝な表情を向ける妻に、彼方は悪戯な笑みを浮かべ額を近づけた。 ぺちんっ。 「いってぇ‥‥」 「‥‥調子に乗るな」 と、黯羽は近づく額をぺちんと平手打ち。 「うんうん、いいねぇ。その照れたぁ顔も」 「‥‥って、なんで今日はそんなに積極的なんだよ」 照れる黯羽の顔を満足そうに見つめる彼方に、黯羽は問いかける。 「うぅん? まぁ、なんだぁ、依頼中は冷たくしちまってぇるからなぁ」 「それは仕方ない事だろ。俺だって‥‥その、別に拒んでる訳じゃ」 じっと瞳を見つめてくる彼方の視線から逃れるように黯羽がすっと視線を落した。 「わかってぇるさ。黯羽の優しさぁはな」 そんな黯羽の肩を彼方がグッと引き寄せる。 「さぁいこぉ。まだまだ祭りはぁ始まったばぁかりだ」 「‥‥ああ、そうだな。存分に楽しもうか」 そして、二人は再び歩き出す。交えた腕をきつく絡ませて――。 ●広場 「ふふふ‥‥ついに見つけましたわ」 肩で息を切らしながら、愛がついにポンジを発見した。 「約束のツケ、きっちりとはら――きゃっ!?」 逃げるポンジへ向かおうかとした、その時。 「うん? 人違いアルか」 梢・飛鈴が投げ放った投げ縄が愛の身体をからめ捕る。 「何ですか!?」 「すまないアルな。っと、あっちが本物アルか」 抗議の声を上げる愛を背に、飛鈴は軽やかに民家の屋根へと。 「ちょ、ちょっとぉ!?」 「おや、愛。こんな所で会うとは奇遇だね」 地に伏す愛に海神 江流が優しげに声をかけた。 「いい所に参りましたわ。どうかこの縄を――って、なにを見ておいでですの?」 じーっと見つめる江流に、愛が問いかける。 「あ、いや。君の仇はとらないと、と思ってね」 と、動けぬ愛に江流が手を伸ばす。 「‥‥へ?」 「へぇ、随分と良くできている」 手に取った愛の仮面をまじまじと見つめる江流。 「なるほど、こういう趣向も悪くないね」 と呟いた江流は、仮面をすっと顔に当てると立ち上がり愛に背を向けた。 「任せといて。必ず捕まえるから」 「ちょっと!? それより縄をっ!?」 そして、愛の悲鳴を他所に、江流は街の喧騒へと消えていった。 ●大通り 「随分と買い込んでしまいましたね〜」 身体の倍はある大荷物を背負い、ディディエ・ベルトランが大通りを行く。 「さすが森の国〜。珈琲にあうデザートが沢山出来そうです〜」 時折フラフラと足元をおぼつかせながらも、背に感じる味覚の重さに至極満足顔。 どんっ! 「おおっと、申し訳ありません〜」 しかし、ここは大通り。道を行く人々でごった返している。 ディディエは肩をぶつけた男に、ぺこりと頭を――。 どんっ! 垂れつつも、次の人にぶつか――。 どんっ! りつつも、次の人へと荷物をぶつ――。 どんっ! 「申し訳あり――」 どんっ! 「あぁ‥‥、ほんとにごめ――」 どんっ! 「ああぁぁぁぁっ―――」 そして、ディディエは押し寄せる人波にその身を攫われたのであった。 がんばれディディエ。皆が君の珈琲を待ってるぞ! ●屋敷 「ようやく着きましたの‥‥」 街でも最も目立つ建物を、何故か服を泥で汚しケロリーナが見上げ涙する。 「まさかこんな大冒険になるとは、予想だにしていなかったですの‥‥」 霞む視界にケロリーナの脳裏には、越えてきた数々の苦難が蘇った。 「おや? 貴女は」 「あっ! 頼重おじさまっ!」 ついに見つけた見知った顔に、ケロリーナは思わず飛びつくのをグッと堪え。 「ご無沙汰していましたのっ。振々ちゃんは御在宅ですの?」 スカートの端を上品に摘み上げ、優雅に一礼。 「ああ、おりま――ぐおっ!?」 「どくのじゃ!!」 ケロリーナを屋敷へと迎え入れようとした頼重を襲った、強烈な飛び蹴り。 「ひゃっ!? 振々ちゃん‥‥?」 そこには、頼重を足蹴に仁王立ちする振々があった。 「む? なんじゃケロリーナではないか! ちょうどよいのじゃ、ついて参れっ!」 振々はケロリーナの存在に気付くと、その腕をとる。 「え、え? わ、わたくしは振々ちゃんとお話を‥‥」 「話ならあとできいてやるのじゃ! いちだいじなのじゃ!」 迷走する状況下で、懸命に目的を果たそうとするケロリーナを振々が一蹴。 「えぇぇぇっ!?」 ケロリーナは振々に腕を引かれるまま、街へと消えていった。 ●大通り 寒風吹き荒れる大通り。そこに一人の男が降り立った。 「ふっ‥‥ついに俺のホームへ迷い込みやがったか」 辺りに響く喧騒をバックに、ゆるりと歩を進める喪越。 「警戒が緩む隙を狙ってきたつもりだろうが、この俺を忘れてもらっちゃぁ困るぜ! って、ええっ!?」 カッコよく独り言を決めた喪越の目に飛び込んできたもの。それは――。 「ば、ばかな‥‥まさかの天女降臨!?」 美しく浴衣を身にまとったレダの姿。 「さらに、この匂い?!」 そして、露店から漂ってくる旨そうな匂いであった。 「ぐっ‥‥落ちつけ、俺。自分の目的を思い出すんだ!」 しかし、今の喪越はそんな誘惑すらも跳ねのける謎の気迫に満ちていた。 「この程度の罠、俺に通用すると思うなよっ! ――れっださぁぁぁん!!」 喪越は迷うことなくレダへ突撃。 最早、喪越の脳みそには本来の目的の事など、雀の涙ほど――は残っているのかもしれない。 ●弐音寺 境内に流れる柔らかな歌声。 「揺れる黄金の波、駆け抜けて――」 誰もがその柔らかな歌声に、瞳を閉じ聞き入っていた。 「沢山の恵み、沢山の実り――」 紡ぐ言葉が楽に乗り、情景を観客の脳裏に描く。 「少しの背延び、お日様に届きますように」 温かな余韻を残し、アルーシュ・リトナは歌を終えた。 惜しみなく送られる拍手に、アルーシュはぺこりと頭を下げ舞台を降りた。 「いい歌だった」 迎えたのはグリムバルト。舞台を降りるアルーシュに手を差し伸べる。 「グリムに聞かれるのは、やっぱり少し恥しいですね」 アルーシュは少しはにかみながらも、差し出された手を取った。 「うん? なんでだ? いい歌だったぞ?」 「な、何でもないんですっ」 「うん? 変な奴だな」 「変でもいいんですっ! 行きましょう!」 小首を傾げるグリムバルトの手を引き、アルーシュはいそいそと階段を降りる。 「そうだな。次は俺の番だ」 引かれる腕を嬉しそうに見つめるグリムバルトは。 「行こうぜ。祭りは始まったばかりだ」 アルーシュを追いぬき、逆にその腕を引き街へと弐音寺の階段を駆け降りたのだった。 ●屋敷 「ラヴィ!」 「ジルベールさま!」 懸命に駆けよってくるラヴィを胸で抱きとめたジルベール。 「どこいっとったんや、心配したんやで?」 「それはこっちの台詞ですっ! どうせ、ガラ――いえ、お皿やら壺やらに目を取られていたのでしょう?」 心底ほっとした声で語りかけてくるジルベールに、ラヴィはぷぅと頬を膨らせる。 「あ、いや、その‥‥」 「もう、知りませんっ!」 「‥‥これを探しとったんや」 「え?」 と、胸の中で拗ねるラヴィの髪に、すっと櫛を差し込んだ。 「これって‥‥」 「よぉ似合っとるよ。やっぱし俺の一番の宝物はラヴィやしな」 「ジルベールさま‥‥っ」 優しく髪を撫でるジルベールに、ラヴィは今一度その胸に顔をうずめたのだった。 ●弐音寺 「修君、ほっぺについてるよ」 様々な店を回り、休憩と登った境内の奥で、月与と修は一休みしていた。 「これはすみません」 差し出された月与の手に、嫌がる事もなく身をゆだねる修。 「はい、取れたよ」 そんな修を月夜は嬉しそうに見つめた。 「‥‥まだ何かついていますか?」 じっと見つめてくる月与に、修は悪戯っぽくそう尋ねる。 「‥‥え? あ、ごめん! なんにもつい――っ!?」 そんな修の言葉に、慌てて視線を外した月与の身体を、力強い抱擁が包んだ。 「色々な味覚を味わいましたが、一番美味しかったのは――」 抱きしめた月与の耳元でそっと囁く修。 「月与さん、貴女ですね」 そして、その耳元へそっと唇を当てたのだった。 ●露店 「ここでこれを加えて‥‥」 露店の一つを占拠し、マテーリャ・オスキュラが大釜を掻き混ぜる。 「お、おい‥‥大丈夫なのか?」 「何も問題はありませんよ。先程手に入れた文献を元に再現しているだけですから」 そんな様子を心配そうに覗き込む店主に、マテーリャは古びた本を指差した。 「――なるほど、ここでトカゲの尻尾ですか」 「そ、そんな物入れるのか!?」 「大丈夫です。文献通りですから」 店主の心配をよそに、マテーリャは蠢く尻尾を何の戸惑いもなく釜へと投入。 「後は煮えるのを待つだけですね。完成が楽しみです」 マテーリャは満足気に釜を掻き混ぜる。 その後、完成した料理は一部マニアの間で爆発的ヒットを飛ばした――かもしれない。 ●大通り 「さぁさぁ、ジルベリア渡来の名品ばかりですよ!」 人でごった返す大通り。 その一角でも一際目立つ屋台がここにあった。 「おや、そこのお嬢さん。こちらなどお似合いですよ」 珍しそうに屋台を覗きこむ少女に、神の慈悲の如き優しげな笑みを向けるエルディン・バウアー。そして、掲げた看板には、大きく『もふら屋』と書かれていた。 「ふむ、売れませんね‥‥。これほどもふら愛に溢れているというのに‥‥」 しかし、店の奇抜さに通行人は遠巻きに眺めるだけ。それもそのはず、店主までももふらの着ぐるみに身を包み、一種異様な雰囲気を醸し出していたのだから。 「あ、これこのお店可愛いです〜」 と、悩める店主の元へ希望の天使が舞い降りる。 「な、なんだか怪しくないですか〜‥‥?」 「そうですか〜? ほら、これなんてとても可愛いですよ〜?」 「そ、そうでしょうか〜‥‥」 そこには、仕事帰りの吉梨を連れたアーニャ・ベルマンの姿があった。 「これはこれは、見目麗しきお譲様方、いらっしゃいませ」 現れた二人をエルディンは大手を広げ迎える。 「これなどお勧めですよ。今でしたらもふハグのおまけ付きです」 「あ、えっと‥‥ハグはご遠慮しておきます。そう言うのは彼氏だけにしないと。いませんけどね〜」 と、返すアーニャは凄くいい笑顔。 「あ、いや‥‥そうですか。アハハ‥‥」 聖母の笑顔にエルディン真っ青。広げた手が所在なさげに宙を漂った。 「ほら、八曜丸。お友達が沢山ですよっ」 そんな三人を他所に柚乃がもふらの八曜丸と共に、並べられた商品を物色中。 「あ、これなんて八曜丸そっくり‥‥」 柚乃は山と積まれた商品を手に八曜丸へ差し出すが、まるで興味を示さない。 「これはお目が高い!」 と、そんな柚乃にエルディンの魔手が。 「やっぱりもふら様って良いですよね。ええ、ヒトなんかよりもずっと」 にこりと笑顔を向ける柚乃。実にいい笑顔で。 「ええ、とても――って、えぇ!?」 「では、八曜丸、参りましょうか。次はご飯ですよ」 と、柚乃は八曜丸を連れ立ち、店を後にする。 固まったエルディンを残して――。 ●弐音寺 「見えないわね‥‥もぉ!」 集まった人々で舞台前は大混雑。 霧先 時雨は最後尾から人垣越しに芸を見ようと飛び跳ねる。 「仕方ないな‥‥ほれ」 「ひゃっ!?」 突然腰にまわされた手に、時雨は素っ頓狂な悲鳴を上げた。 「どうだ、見えるか?」 時雨の身体を軽々と肩に乗せたのは、同伴者であるカジャ・ハイダルであった。 「み、見えるけど‥‥そ、その、ありがと」 「なに、気にするな‥‥ふむ、これはなかなか」 顔の真横に広がる魅惑の白肌に、カジャは思わず呟いた。 「え‥‥!? ど、どこ見てるの!?」 「芸を見ているんだが? それとも、別の所を見た方がいいか?」 「‥‥っ!? ば、馬鹿っ!」 ニッと口元を上げ見上げてくるカジャに、時雨は思わず視線をそらす。 「あ、あえてそうしてるのよ‥‥」 「うん? 何か言ったか?」 「何でもないわよ! この鈍感!」 「おいおい‥‥何の事だ?」 「何でもないって言ってるでしょ!」 「はぁ、やれやれ。今日のお姫様はご機嫌斜めだな」 一人肩の上でむくれる時雨に、カジャが嬉しそうに苦笑い。 と、その時、芸を終える拍手が辺りに響いた。 「あ‥‥終わっちゃった」 目を離した隙に、芸は終了。 「ふむ、色々と残念だが――っと」 「あ‥‥?」 芸の終了と共に、カジャは時雨を地面へと降ろす。 「行こう。次は市だ」 そして、きょとんと呆ける時雨の腕を引き、街へと向かうのだった。 ●屋敷 「えー! 振ちゃん居ないの?」 「ああ、先程出て行かれた」 振々不在の知らせに、ぷんぷんと頬を膨らせるユリア・ヴェル。 「もぉ、折角ニクスを紹介しようと思ったのに!」 「居ないものは仕方ないだろう」 いきなり狂った予定に不満げなユリアを、ニクスは苦笑いで見つめた。 「なにそれ? 紹介されるのが嬉しくないの?」 「い、いや、そういうつもりで言ったのではない‥‥」 そんなニクスの態度が気に触ったのか、ユリアはズイッとニクスに詰め寄る。 「じゃぁ、どういう意味よ?」 「別に深い意味はない」 「意味はない〜? へぇ、ま、いいわ。――でもね」 「で、でも?」 「今日は全部ニクスの奢りねっ」 「‥‥お、おい!?」 そして、ユリアはニクスの腕を引き、軽い足取りで露店へと向かった。 ●港 「淡水魚も捨てたもんやないな‥‥」 炊き出しをゲットし、舌鼓を打つ夜刀神・しずめがその味に感想を漏らす。 「これが無料で振る舞われるゆぅことは‥‥ここの領主、やりよるかもしれん」 鮎の塩焼きを満足気に眺めながら踵を返した、その時――。 「じゃまじゃぁ!」 背後から聞こえる怒鳴り声。 どんっ! 「あ‥‥」 突然の衝撃に、しずめは手にしていた鮎を思わず落とした。 「う、うちの鮎が‥‥」 すっかり泥化粧した鮎を、呆然と見つめるしずめ。 「むむ! どこにいったのじゃ!」 と、前方からは先程の声。 「‥‥ええ度胸や」 その声に見上げるしずめの目に映るのは、振々の姿であった。 「食いもんの恨み、おもい知らせたる‥‥!」 小さくなる金髪の背後を、しずめはゆらりと追った――。 ●大通り 「え? 今の人」 人混みから一瞬見えた人影に、レイランは立ち止まる。 「なんでこんな所にいるの‥‥!」 顔が見えたのは一瞬。しかし、確かにあの人であった。 レイランの足は、考えるよりも早く駆け始める。ついに見つけた、あの人の元へ。 「さってと、吉梨とも挨拶済ませたことだし、いっちょやってやるかっ! って、どこ行った?」 辺りを見渡すルオウ。しかし、どこを見ても奴の姿はない。 「って、なんだこれっ!!??」 と、思ったのも束の間、ルオウは目の前の光景に悲鳴を上げた。 そこには、似顔絵にそっくりな仮面をつけた一団が闊歩していたのだ。 「な、何の冗談なんだよ‥‥」 ルオウは、そのあまりに異様な空間を、ただ呆然と見つめる。 一方、少し離れた場所。 「へぇ、祭りの一環でねぇ」 「ああ、ここの領主も面白い事を考えるものだ」 と、男達は徐に顔に布を当てる。 その様子を竜哉は満足そうに見つめた。 「と、とにかく‥‥全部とっ捕まえてやる! 間違ってたら謝るまでだ!」 巷に溢れるポンジ達。ルオウは、意を決し人混みへと飛び込む。 「ルオウ大捕り物帳開幕だっ!!」 「あ、あの! 以前ジルベリアに居ませんでしたかっ!?」 ついに辿り着いた竜哉に、レイランは息荒く問いかける。 「‥‥誰か知らないが、人違いだ」 しかし、竜哉はそう言い放つと、レイランに背を向けた。 「そ、そんなはずはないの‥‥!」 「‥‥何度も言うが俺の名は竜哉。お前など知らない」 「そ、そんな‥‥」 竜哉の言葉に、レイランは肩を落とす。 「‥‥いずれ会える事もあるだろう」 「‥‥え」 そんな言葉にハッと顔を上げたレイラン。 しかし、そこにはすでに竜哉の姿はなかった――。 ●街角 「お目当ての人はいたかい?」 「あ、六花おにーさん」 街角からきょろきょろと大通りを伺う石動 神音に、神咲 六花が声をかけた。 「それらしい人がいっぱいいすぎて‥‥」 「ふふ、仮にも怪盗を自称するんだ。幻術もお手の物かもね」 しゅんと肩を落とす神音に、六花は優しく言葉をかける。 「それよりもさ。そろそろ僕の相手もしてほしいな」 「え? あ、うんっ! もちろんだよっ!」 少し困った様な六花の誘いに、神音は笑顔で大きく頷いた。 「じゃ、今日はよろしくね」 「うんっ!」 そして、二人は賑わう街へと姿を消した。 ●町外れ 「‥‥」 「まぁ、こういう事もたまにはある」 広げた弁当を見つめ肩を落とす青楼に、アレンがそっと声をかける。 そこには見事に消し炭となった料理の数々が詰められていた。 「こんな事もあろうかと思ってな」 と、アレンが徐に木箱を取り出した。 「‥‥これは?」 「サンドイッチと言ってな。ジルベリアの軽食だ」 「これをわたくしの為に‥‥?」 「ああ、青楼にばかり作らせるのは気が引きるからな。たまには俺が馳走しよう」 と、アレンはサンドイッチを一つ掴み、青楼の口元へ。 「さぁ、食べてみてくれ。味は悪くないと思う」 「は、はいっ!」 アレンの差し出した物を嬉しそうに受け取る青楼。 「また作ってやる。いつでもな」 「お、お兄様っ!」 その言葉に、青楼はギュッとアレンに抱きついたのだった。 ●街角 「私の眼鏡を盗もうなどと、不届き千万にも程があります‥‥」 人気のない路地の角からそっと顔を覗かせる水津がぼそりと呟いた。 「‥‥代わりにこれを」 と、水津が取り出したのは、器用に眼鏡型に切りぬかれた数々の札。 「‥‥もう眼鏡なんて盗もうと思えないくらいにしてあげます」 ニヤリと口元を歪ませる水津は、札を握りしめ街中へと躍り出た。 ●大通り 「さて、随分買ったな」 袋に入った戦利品を確認し、ラシュディアが満足気に頷いた。 「これなど、きっと驚くだろうな、あいつ」 その一つを取り出し、その贈り先である妹の顔を思い浮かべ、ニヤリと口元を吊り上げる。 「それにしてもエルディンの奴、こんなものまで作るとは‥‥」 手にしたもふらの人形は、割れば割る程もふらが出てくるという珍品であった。 「博愛というか‥‥すでにマニアの域だぞ‥‥」 呆れながらも、ラシュディアは友の作った品を嬉しそうに眺める。 「ふっ‥‥あいつの呆れる顔が目に浮かぶな」 くすくすと含み笑いのラシュディアは、再び珍品を求め露店を彷徨うのであった。 ●露店 「変な仮面付けた奴見なかったか!」 「あちらへ行ったよ」 怒鳴るルオウに、からすはあらぬ方向を指差す。 「くそっ!」 舌打ちしながら、ルオウはカラスの指差した方向へ一目散に駆けだした。 「さて――」 そんなルオウの背を目で追いながら、露店の店先へと腰かける。 「そこの! 怪盗とやらを見ておらぬか!」 「‥‥今日はよく声をかけられる日だね」 一服しようと茶に手を伸ばしたカラスの元へ現れたのは振々。 「ふむ‥‥あちらで見ましたよ」 「ほう! じょうほう感謝するのじゃ!」 「いえいえ、がんばってくださいね」 先程指した方角とは真逆の方向。 からすが指差した方向へ振々は一目散に駆けだした。 「折角でしたら、領主が捕まえる方がいいでしょう」 そして、からすはようやく茶を一啜り、この捕り物劇を一人観察するのであった。 ●露店 「はぁ。この一時がなんとも言えませんね」 幸せそうに茶を啜り、甘味に手を伸ばす和奏が呟く。 「やはり祭りとはいいものですね。開拓者になれたことを感謝せねば」 と、この賑やかな空気に感慨に耽る和奏。その時――。 「おや? ぽんずさま?」 ふと顔を上げた和奏の目が捉えたものは、集団に追い立てられ逃げ惑うポンジの姿であった。 「ふむ。今日も絶好調の様ですね」 祭りを彩る大捕り物を、和奏はまるで神輿でも眺める様に見つめる。 「ふむ? ぽんずさまが現れるという事は‥‥ここの領主さまにも何かよからぬ噂が?」 と、思い出したように思考に耽る和奏。 「‥‥まぁ、自分には関係ありませんね」 そして再び、この賑やかな祭りを楽しむ様に、茶を一口、口に含んだのだった。 ●大通り 「‥‥」 もぐもぐと懸命に咀嚼する水月が、口に広がる優しい甘さにほっこりと表情を緩ませる。 「どうだい、うまいだろ?」 「‥‥」 店主の問いかけに水月が、コクコクと一生懸命首を縦に振った。 その時。 「逮捕だ! ぽーーーんじ!!」 「おっと、そうはいかねぇ!」 喧騒を劈く叫び声が水月に届く。 「‥‥!」 驚く店主を他所に、水月はすっと立ち上がると、追われる者を目掛け一目散に駆けだした。 ●露店 「‥‥ラズィーズ、美味しい。水の恵みとはかくも素晴らしい」 鮎の串焼きを一口。モハメド・アルハムディは、感嘆の声を漏らした。 「気に入ったかい? 見た所、異邦の人みたいだけど?」 黙々と鮎を骨に変えてゆくモハメドを女店主も嬉しそうに見つめる。 「アーニー、私の氏族は遠い異国の出身なのです」 「へぇ、通りで。あ、そうだ。うちの味を気に入ってくれたお礼と言っては何だけど――」 と、女店主が机の下から取り出した小さな巾着。 「これは?」 「氷砂糖さ。口直しにどうぞ」 「ショクラン、ありがとう」 モハメドは受け取った袋から、氷砂糖を一粒摘み取り、口へ放り込む。 「‥‥ラズィーズ、美味しい。素朴な甘さがなんとも言えない」 「そうかい。それはよかったよ」 質素な甘味にも素直に感激するモハメドを、女店主は嬉しそうに見つめたのだった。 ●弐音寺 「ふぅ、大満足よっ」 「はは‥‥それはよかった」 ホクホク顔のユリアとは対照的に、極薄になった財布を涙目で見つめるニクス。 「最後がこの舞台っていう事も含めてねっ」 と、目の前で繰り広げられる華やかな舞台を満足そうに見つめるユリア。 「――ユリア」 そんなユリアの名をニクスが呼んだ。 「ん? どうし――っ!」 振り向いたユリアが、思わず目を見開き固まる。 「‥‥これから先も君と共にあると誓おう」 すっとユリアから顔を離したニクスが、生真面目な顔でそう告げた。 「もぉ‥‥馬鹿」 唇に残る温かな感触を指で確かめながら、ユリアはそっと微笑んだのだった。 ●大通り 「おいしぃ!」 「うん、美味しいものが沢山あっていいね」 熱いたこ焼きを頬張り、目を輝かせる神音を六花は嬉しそうに見つめた。 「あ、ほら」 と、突然六花が神音の頬へ手を伸ばすと。 「はふっ?」 「青いのがついてるよ」 くすくすと笑う六花は、神音の頬に付いた青のりを指ですくい取った。 「ありがとうっ! 六花おにーさん! なんだかほんとのおにーさまができたみたいっ‥‥!」 「うん、僕も本当の妹が出来たみたいで嬉しいよ」 「えへへ‥‥」 にこやかに微笑み合う二人。 それはまるで本物の兄弟の様であった。 ●路地 「ふっふっふ。もう逃げ道はないアルぞ」 じりじりとポンジを追い詰める飛鈴。 「他人の眼鏡に手を出そうなどと、眼鏡好きの風上にも置けませんね‥‥」 隣では水津も距離を詰める。 「俺をここまで追い詰めるとはな‥‥」 と、二人に詰め寄られ額に汗しながらもポンジは強がりを口にする。 張り詰めた空気が路地裏に漂う。 「だめなのっ!」 そこに突然飛び込んできた白い影。 小さな体を精一杯広げ、ポンジを庇うように立ち塞がったのは水月であった。 「‥‥退いた方がいいアルよ。怪我しないうちに」 「‥‥そうです。眼鏡の恨みは海より深いのです」 しかし、ポンジを追い詰めた二人は止まらない。じりじりと水月との距離を詰めていく。 「団長さんは、なんにも悪い事してないのーっ!」 一方の水月も二人の迫力に引けを取らない気迫を見せた。 と、その時。 「いたのじゃ!」 その声は二人の後ろから。 「なにアルか?」 振り返った飛鈴。そこにはこちらへ目掛け突進してくる振々の姿があった。 「振のかちなのじゃ!!」 「また邪魔ものですか‥‥」 ポンジを前に、今三つ巴の大乱闘が始まった。 「‥‥皆さん、怪盗がいませんよ」 ポンジ争奪戦が繰り返される路地裏。水津がふと声を上げた。 「む。逃げたアルか」 その声にきょろきょろと辺りを見渡す飛鈴。そこにはすでにポンジの姿はなかった。 「‥‥恐れをなして逃げましたか」 「うーん、もう飽きたアルな」 興味を失ったのか、飛鈴と水津は顔を見合わせると肩の力を抜きその場を去る。 「‥‥団長さん、お元気で」 残った水月は、消えた団長さんに向け、ぺこりと首を垂れたのだった。 ●弐音寺 夕陽に沈む沢繭の街。 「色々ありましたけど、楽しかったですっ」 「ああ、楽しかったな」 眼下に広がる街の賑わいを見下ろし、フェルルと統真は丘の斜面に腰をおろしていた。 「また、一緒にお祭りに来てもらえますか‥‥?」 「お前が迷惑じゃ無けりゃ‥‥な」 「はいっ」 照れながらもしっかりとそう言葉にした統真に、フェルルはそっと肩を寄せたのだった。 「お二人ともいい雰囲気‥‥」 そんな二人を少し離れた場所から見つめるアルーシュ。 「こりゃ、負けてられんな」 そして、グリムバルトであった。 「なぁ、ルゥ」 と、グリムバルトは友人達を嬉しそうに見つめるアルーシュの耳元でそっと囁く。 「え?」 振り向いたアルーシュ。 「――っ!?」 「へへっ、いただきっと」 そこには、にかっと豪快な笑みを浮かべるグリムバルトの顔が。 そして、頬に残る温かな感触が。 「これからもよろしくな」 「は、はい‥‥」 夕暮れが二人を包む。 こうして、波乱に満ちた沢繭での収穫祭は、楽しげな余韻を残しここの終了したのだった。 |