十二支親子漂流記
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/02 17:46



■オープニング本文

●大海原
「父さん、このままじゃ‥‥!」
「黙って引け!」
 手綱を握る手に力を込める。
 いつもは穏やかな海が、牙を剥く。
 頼る者の無い小さな漁船は、波に、風に、そして水飛沫に翻弄される。
 大海の自然は、その猛威をまざまざと見せつけていた。

「うわぁぁぁーーーん!!」
「火辻、僕につかまっているんだよ」
 泣きわめく弟の背を抱きしめ、深達が船縁にギュッとしがみつく。

「父さん、帆が‥‥!」
「ちぃぃ!!」
 帆が裏を打つ。
 荒れ狂う風に晒され、怒涛の波に木の葉の如く翻弄される小舟の上は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

●漁村
「ねぇ、おさかなまだぁ?」
 取乃の無邪気な視線が麒麟を見上げる。
「もう少し待っててね。すぐにお父さんがおっきいお魚持って帰ってくるから」
 見つめる円らな瞳に笑顔で答える麒麟。
 しかし、その表情に余裕はない。
「う、うえぇぇぇーーーん!!」
 そんな麒麟の感情を敏感に感じ取ったのか、麒麟の胸に抱かれる末娘の祈が大声を上げて泣き出した。
「あー、よしよし。静かにしてね」
 愛おしい我が子を見つめる母の愛。
 麒麟は胸でぐずる祈を、揺すり宥める。
「おかぁさん、おなかすいたよぉ」
 再び引かれる手。
 小さな手で懸命に母の手を引く取乃だ。
「ごめんね。お父さん

●大海原
「っ!? ――当真、危ないっ!!」

 べきっ――!!

「父さん!?」
「ぐっ‥‥!」
 強風に煽られ、鈍い軋み音と共に根元からぽきりと折れた主帆が黄龍を襲った。
「父さん!!」
 倒れた主帆と甲板に足を挟まれる黄龍の元に子供達が駆け寄る。
「おとうさん‥‥?」
 柱の下敷きとなり、必死にはい出ようと試みる黄龍を、火辻が心配そうに見つめた。
「ぐっ‥‥大丈夫だ。これしきどうってことない」
 そんな火辻に、黄龍は気丈にも笑顔を作る。
「いたいの‥‥?」
 しかし、黄龍の苦痛は幼い火辻でさえ感じられるほど、酷いものだった。
「――当真、この柱を退かすよ」
「う、うん!」
 火辻の後ろで、じっと黄龍の姿を見つめていた最も年長である深達が、当真に声をかけた。
「父さん、少し痛いかもしれないけど我慢してね‥‥!」
 そして、甲板と主帆の僅かな隙間に手を差し込む深達と当真。
「行くよ――!」
「はいっ!」
 兄の掛け声と共に、一気に込められる力。
 幼くとも志体持ちである。その気力を込めた膂力は、見事に主帆を持ちあげた。

●漁村
「母さん! 船が帰ってきたよ!」
 そんな時、いつも元気な三男坊音良が港から麒麟達の元へ駆け戻ってきた。
「ほっ‥‥そう、父さんに早く帰ってくるように、って伝えてくれる?」
 全速で駆けて尚、息一つ切らさない三男坊の頭を撫でつけ、麒麟が問いかける。
「うんと、父さんの船なかったよ?」
「え‥‥?」
 嫌な予感が胸の奥から這いずり出してくる。
「それでねそれでね! なんか大人の人がいっぱい港に集まってるの!」
 前歯の一本抜けた笑顔で、自分が見聞きした事象を嬉々として話して聞かせる音良。
「音良! 取乃と祈お願!!」
 そんな潮の言葉に、麒麟の顔色が変わった。
 麒麟は胸に抱く潮と、手を取っていた取乃を潮に託し、港へ向け一目散に駆けだした。

●大海原
「火辻、氷を出せる?」
 黄龍の苦痛に釣られる様に涙目となった火辻に、深達が優しく声をかける。
「うぇ‥‥?」
「氷。父さんを治さなきゃ」
「う、うん!」
 深達の力強い言葉に、火辻も精一杯頷いた。
「えっと、こおりこおり‥‥!」
 火辻の持つ符が蒼の練気を纏う。
「こちこちきーーん!!」
 そして放たれる練気は、船縁を越え海へと降り注ぐ。
 瞬間、そこにはまるで流氷の様な氷の塊が浮かんでいた。

「すごいよ、火辻。よくやったね」
「え、えへへ」
 深達に頭を撫でられる火辻は、照れたように笑う。
「当真! 氷を削って父さんに!」
「う、うん!」
 深達の声に水練達者な当真が氷塊目掛け、海へと飛び込んだ。

「取ってきたよ!」
 慣れた手つきで海から船へと上がった当真。
 その手には、削られた流氷の一部が握られていた。
「父さん、これを当てて」
 氷を受け取った深達は、丁寧に布にくるむと黄龍の患部に宛がう。
「まったく‥‥また母さんの符を勝手に持ち出しやがって‥‥」
 と、患部に当てられた氷を見やり、黄龍がどこか嬉しそうに呟いたのだった。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
八十島・千景(ib5000
14歳・女・サ


■リプレイ本文

●海上
 すでに陸地が視界から姿を消して久しい。
 ただ藍と青の世界だけがそこに広がっていた。
「しっかり掴まっとけよ!」
 船を操る船頭が、枯れた声を張り上げる。
「わわっ!」
 万木・朱璃(ia0029)が、押し寄せる波に必死に船縁へと掴まる。
 ここは外洋。陸地に近い海域と違い、穏やかな海であってもその波の一つ一つはとてつもなく巨大だ。
「いくら仕事だと言っても、これは流石に堪えますね‥‥」
 右に左に流される身体を、なんとか主帆に抱き着かせ八十島・千景(ib5000)が呟いた。
「子供達もこの波に晒されているのでしょうか‥‥」
 と、揺れる甲板の上で器用に体の重心を移動させ立ちつくす御樹青嵐(ia1669)が、遠くに霞む蒼の世界を見つめる。
「遭難して5日。いくら志体持ちとはいえ、そこは子供達の体力ですわ。一刻の猶予もありませんね」
 船縁に掴まりじっと耐えていたが出水 真由良(ia0990)、青嵐の言葉に答えた。
「何よりも、陸でお待ちになっておられる奥様と兄弟達の為にも」
 青嵐の言葉に、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)が決意を改めるように頷く。
「みんな、目的の海域が見えてきたよ!!」
 そんな一行に、帆綱を握り舳先に立つ天河 ふしぎ(ia1037)が、声をかける。
 その視線の先には、変わらぬ蒼の世界。
「お前ら、海獣が出たら頼むぞ!」
 そんなふしぎの言葉に、舵を握る船頭が不安げな声を上げた。
「ご心配には及びません! 私達はアヤカシをも倒す開拓者です。ですから、船頭さんは舵取りに集中してくださいねっ!」
 船頭の不安を拭う様に、朱璃は優しくも力強い声で答える。
「海獣‥‥こんなに船頭様が怯えるなんて、一体何なんなのでしょうか」
「良き漁場だと聞きました。という事は、餌が豊富にある。アヤカシ、という可能性も考えておかねばなりませんね」
 船頭に聞こえぬよう小さな声で言葉を交わす、真由良と千景。
「何が来たって平気なんだからなっ! 僕達は開拓者。ほら、朱璃も言ってたしねっ!」
 正体もわからぬ影に、不安げに言葉を交わす二人向け、ふしぎが明るい声で言葉をかけた。
「わたくしも、まだまだ未熟者ではありますが精一杯お役に立ってみせますわっ!」
 そんなふしぎの言葉に同調するように、マルカが真白い手の平をギュッと握りしめる。
「親子の絆をこんな所で断たせる訳にはいきませんからね」
 と、静かに呟いた青嵐は、再び彼方に霞む蒼の世界へと視線を向けた。

 一行を乗せた船は、大きくうねる大海を進む。
 そこに待つ、小さな遭難者を救うために――。

●遭難海域
「これは凄い‥‥」
 目の前に広がる光景に青嵐が思わず息を飲んだ。
 そこには先程から変わらぬ蒼の世界。一つ違う事と言えば、到達した一行を出迎えたのトビウオの大軍であった。
「こんなにも沢山の魚の群れ初めて見ましたわ‥‥」
 陸の生活では絶対に見ることのできない自然の営みの一端に、マルカは目をキラキラと輝かせる。
「魚の鱗が太陽の光を反射させて、とても幻想的ですね‥‥」
「うん、綺麗だよね。って、千景って意外とロマンチストなんだね。もっととっつきにくい人かと思ってたよっ」
 青い大海に跳ねる魚達の乱舞に千景が思わず漏らした言葉に、ふしぎが嬉しそうに顔を覗き込む。
「っ!? そ、そんな事はありませんっ! 何かの聞き違いですっ!」
 ふしぎの笑顔に、頬を引きつらせる千景。しかし、その顔は燃えるように真っ赤に染まっていた。
「とても美味しいですわ」
 と、そんな観客達を他所に、真由良が幸せそうな溜息をつきもぐもぐと口を動かす。
「当然ですよっ! 何せ鮮度が違いますからっ!」
 そんな真由良に向かうのは、衣に襷をかけ包丁を握る朱璃のものであった。
「はい、もう一匹飛び込んできましたよ」
 と、そんな朱璃に青嵐がトビウオを手渡す。
「ありがとうございますっ! 早速さばいちゃいますねっ!」
 青嵐の差し出したトビウオを嬉しそうに受け取った朱璃は、包丁を一振り。
「あっ! 僕も欲しいっ!」
 突然の御馳走にふしぎも思わず飛びつく。
「あ、あの‥‥わたくしも頂いてよろしいでしょうか?」
 そんなふしぎを追って、マルカも恐る恐る朱璃に尋ねた。
「もちろんですよっ! 皆さんで召しあがってくださいっ! ――食材が勝手に飛び込んでくるなんて‥‥この海は料理人天国ですっ!」
 続々と飛び込んでくる魚達を、慣れた手つきで三枚におろして行く朱璃。
「千景様? 召しあがられないのですか?」
「え‥‥?」
「とても美味しいですよ」
 ポカンとその光景を見つめていた千景に、真由良がにこりと微笑む。
「は、はい、頂きます‥‥」
 差し出された小皿に乗った美しい切り身に恐る恐る箸を伸ばす千景を、真由良は嬉しそうに見つめた。

 束の間の平穏。
 一行は先に待ち構える苦難に備え、しっかりと腹ごしらえをすましたのだった。


「旗を上げろっ! みんな、行くよっ!」
 持ち込んだ大旗を掲げ、ふしぎが皆に向け声をかけた。
 腹ごしらえを終えた一行は、ふしぎの言葉にこくりと頷いた。
「では、早速――」
 と、先んじて手に握っていた符に練力を巡らせた真由良が、雲低い秋の空に向け、その符を放り投げた。
「『眼』は多い方がいいでしょう」
 と、瘴気を集め身を結ぶ真由良の式を眺め、青嵐もまた符を中空へと放り投げた。

「はぁ‥‥やはり駄目ですのね‥‥」
「すまねぇな」
 しょぼんと肩を落とすマルカに、申し訳なさそうに船頭が謝る。
「いえっ、そうとは存ぜずご無理を申しました‥‥っ」
 そんな船頭にマルカは慌てて両手を振った。
「マルカさん、どうでした?」
「えっと、やはり船上では火を焚けないそうですわ‥‥」
「そうですか‥‥狼煙でも上げられれば、目印になるかと思ったのですけど‥‥」
 とぼとぼと船頭の元から舳先へと向かう二人。
「‥‥持って来ていて、正解でしたね」
 そんな二人の落胆を前に、背を向ける千景は何やら作業中。
「千景様? それは何ですの?」
 屈みこむ千景の姿に気付いたマルカが、ふと問いかけた。
「天空の眼ですよ」
 と、マルカの問いかけに千景は、ニヤリと口元を吊り上げ答える。
「天空の‥‥?」
 そんな千景の言葉遊びに、朱璃もまたかくりと小首を傾げた。
「ただの凧ですよ。船上で火を使うのはご法度かと思いましたので、変わりの目印として」
 そんな二人をくすりと笑い、千景は手に持つ物を差し出す。
「なるほどっ! 千景さん、冴えてますねっ!」
「ええ! 凧とは気がつきませんでしたわ!」
「そ、それ程の事ではありません‥‥」
 千景の悪戯にも純粋に感動する二人の笑顔に、今度は千景が気押された。
「で、では、早速上げますから少し下がっていてください」
「はいっ!」「はいですのっ!」
 そして、千景は二人を下がらせると、組み上げた凧を秋風に乗せ、天高く舞い上がらせた。


「青嵐様、何か見えましたか?」
「‥‥いえ、海と空、それに雲ばかりですね」
 二人が人魂の眼を介して感じ取れるその情景は、船上で見つめるその世界の姿となんら変わるものではない。
「本物の鳥の様に遠くまで見渡すことができればいいのですけど‥‥」
「確かにそうですが、これも決して無駄ではありませんよ。この水面から見える世界と、上空から見える世界はまるで違うのですから」
 弱気な言葉を漏らす真由良に、青嵐は殊更明るくそう話した。
「そうですわね。見つける立場の人間が諦めては、遭難されたあの子達に申し訳が立ちません」
「ええ、その通りです。さぁ、今一度」
「はい」
 二人は、今日何度目かになる式の鳥を生み出す。
 そして、再び天高くへ舞い上がらせた。


 海域はとてつもなく広い。
 変わらぬ蒼の世界を一行を乗せた船はゆっくりと漂っていた。
「‥‥」
 舳先では瞳を閉じ耳に神経を集中させるふしぎ。
「波の音‥‥風の音‥‥」
 しかし、聴こえてくるのはずっと変わらぬ自然が作る音だけであった。
「どこかに‥‥どこかに居る筈なんだ‥‥!」
 瞳を閉じたまま、ふしぎはグッと歯を食いしばる。
「あまり無理はしないでください。ここで練力が切れてしまっては、待ち構える苦難に対応できなくなってしまう」
「う、うん、ごめん‥‥でもっ!」
 瞳を開き声をかけた青嵐を見つめるふしぎが、グッと悔しさに表情を顰めた。
「気持ちは分かります。私もこんな所で親子の絆を断たせるつもりはありません」
 と、答える青嵐の言葉は力強い。
「そうだね、僕達がしっかりしなくちゃねっ」
 青嵐の言葉に深く頷くふしぎ。

 その時。

「っ! 今何か見えた様な‥‥」
 水平線へじっと眼を凝らしていた真由良の視界の何かを捉えた。
「え? どこどこ!」
 と、そんな真由良の声に、ふしぎがきょろきょろと辺りを見渡す。
 真由良の瞳に映ったもの。それは式の眼を通してではなく、自らの瞳が捉えたものであった。
「あっ! あそこです!」
「ほんとだ!」
 再び上がった目印を、今度はふしぎもしかと目にする。
「あれは‥‥火輪?」
 それは小さな小さな赤いリング。
 海の彼方に懸命に上がる様を真由良が見つめた。
「急ごうっ! きっとこちらの合図に気付いたんだっ!」
「ですわね。――船頭様」
「おうよ! 任せときなっ!」
 真由良に声をかけられ、船頭は舵を握る手にギュッと力を込め直す。
「うんっ! 皆、待ってて‥‥すぐに助けるからっ!!」
 そして、船は今にも途絶えそうな心細い目印へ向け、舳先を向けた。


 帆を失い広い大海に彷徨う船。
 船上では子供達が気力を振り絞り、迎えの船へ向け大きく手を振っていた。
「皆、もう大丈夫だからね!!」
 ふしぎが舳先に立ち一際大きな声を上げた。
「今縄を投げます。受け取ってください」
「はいっ!」
 荒縄を構える千景の言葉に当真が力強く答える。
 そして、千景は力の限り縄を親子の乗る船へと投げ放った。


「当真君、早くこちらへ」
「は、はいっ!」
 差し出された真由良の手を握り、一行の乗りこむ船へと乗り移る当真。
「偉いぞっ! よく船を持たせてくれたねっ! それでこそ男の子なんだからなっ!」
 乗り移った当真の頭をぐしぐしと乱暴に撫でつけ、ふしぎは笑顔を向けた。
「はいっ! お姉さん達、助けに来てくれてありがとうございますっ!」
「気にしないでください。貴方達が無事で何よりですわ」
 ぺこりと礼儀正しく首を垂れる当真の姿を、優しい笑顔で見つめる真由良。
「‥‥」
「ふしぎ様?」
 一方のふしぎはというと――。
「ぼぼぼ、僕は男だぁぁぁっっ!!」
 当真の純粋な言葉に半ベソかきながら絶叫したのだった。

「こんなに小さいのに‥‥よく頑張りましたわ」
 次に乗り移った火辻をぎゅっと抱きしめ、マルカが呟く。
 その瞳にうっすらと涙を浮かべ。
「おねぇちゃん、ないてるの‥‥?」
「え‥‥? ああ、いけませんわ。笑顔で迎えようと心に決めていましたのに」
 と、火辻の言葉に目元を拭うマルカ。
「よしよし。もうだいじょぶなの」
 そんなマルカの頭を火辻が小さな手で優しく撫でつける。
「‥‥はい、だいじょぶですわ」
 マルカは火辻の純粋な優しさに、涙も忘れ再びその身をギュッと抱きしめたのだった。

「はぅ‥‥助かった、の?」
「よく5日も耐えましたね。もう大丈夫ですよ」
 放心状態で船へと引き上げられた深達に千景が言葉をかける。
「う、うん! お姉ちゃんありがとうっ!」
 と、深達は表情こそ変えないが優しい瞳で見下ろす千景の胸へと飛び込んだ。
「お、おねっ‥‥!?」
 自分の胸へぐりぐりと顔を押し付けてくる深達の純粋な感謝の表現と言葉に、千景は所在なさげに手を空中に泳がせる。
「ふふ、そうしてると、ほんとの御兄弟みたいですね」
 そんな様子を朱璃が微笑ましく見つめた。
「そ、そんな事はないです! 私はただこの子を励ましたいと思っただけで、ですね‥‥」
「しー! 大きな声を出したら、ほら――」
「え‥‥?」
 と、朱璃が指差したのは、千景の胸で安心しきった様に寝息を立て眠る深達。
「しばらくお姉ちゃんでいてあげてくださいね」
「は、はい‥‥」
 にこりと微笑んだ朱璃に、千景は胸で眠る一時の弟の背を優しく撫でつけたのだった。


 子供達を助け上げ、残るは黄龍となった。――その時。

「で、出やがった‥‥!」
 船頭が恐怖と焦りの滲む悲痛な叫びを上げた。
「あ、あれが‥‥」
 その声につられる様に真由良が視線を送ったその先。
 そこには巨大な、まさに島と言っていいほど巨大な黒い物体が波間から姿を覗かせていた。
「波が来るぞ! 捕まれ!!」
 再び発せられた船頭の叫び。
「出たなっ! 僕がせいば――わわっ!?」
 現れた巨体に果敢にも挑もうと舳先に立ったふしぎであったが、打ち寄せる巨大な波に思わずたたらを踏んだ。
「大丈夫だからね。お姉ちゃんに掴まっててっ!」
 翻弄される船。
 甲板で助け出された子供達を朱璃がギュッと懐に抱いた。
「ぼやぼやしてると船が沈むぞ! その子達だけでも助けてやってくれっ!」
 大きなうねりが船を軽々と揺らす。足を負傷し動けぬ黄龍が、一行の乗る船に向け叫んだ。
「何を仰っているのです! 貴方も共に行くのです。それとも何ですか? ご家族を悲しませる趣味でもおありなので?」
 と、答える青嵐の口調は皮肉混じりながらも真摯に相手を想うものであった。
「そうですの! 親を失う悲しみ‥‥そんな思いをこのお子様方にさせる訳には参りませんわっ!」
 波のうねりに必死で抗いながらも、マルカが黄龍に向け思いの丈をぶつける。
 そんな二人の言葉に同意する様に深く頷く一行。
「‥‥ったく、まいるな。こんな若造達に説教垂れられるとは」
 そんな一行の言葉に、黄龍は自嘲的な笑みを浮かべる。
「すまねぇ。助けてくれるか?」
「ええ、その為にわざわざ海を越えてきたのです」
 差し出された手を青嵐は力強く握り返した。


「行くぞ!」
 巧みな舵捌きを見せる船頭。
 船はまるで波に乗る様に舳先を反転させた。

 ぷしゃぁぁ!!

 突如打ち上げられる盛大な潮吹き。
 天から降り注ぐ蒼天の雨。それは――。
「鯨‥‥?」
 ふしぎが呟いた。
 巨大な海獣。それは今まで見た事もない様な巨大で雄々しい巨鯨の姿であった。
「海獣って、鯨の事でしたのね‥‥」
 次第に遠ざかる巨鯨の姿をうっとりと眺めマルカが呟く。
「こんなにも大きな鯨は初めて見ました‥‥」
 隣では朱璃も自然が生み出す絶景に目を輝かせていた。
「さながら、この海の主、といった貫禄ですわね」
「ええ、まさにその名が相応しい」
 真由良と青嵐。二人もまた、雄大な自然の営みの一端を静かに見つめる。
「よかった‥‥攻撃しないで」
 と呟くふしぎも、優雅に大海に浮かぶ巨鯨の姿に目を奪われていた。
「皆さん、あれを!」
 とその時、千景が突然空を指す。

 そこには、再び海へと消えゆく巨鯨が残した一条の虹が、蒼天を彩る様に輝いていたのだった。