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■オープニング本文 ●心津 屋敷の戸が開かれた。 「やぁ、いま帰ったよ」 そこにはまるで今散歩から帰ってきた様にくつろぐ、戒恩の姿。 「お、おかえりなさいませ」 そんな戒恩を女中が、驚いた様に迎えた。 「うん? どうしたんだい? 顔色が優れないけど」 いつもと違う出迎えに戒恩は小首を傾げる。 「領主殿!!」 そんな時、屋敷の奥から床板を踏み抜かんばかりの勢いで、穏が駆け出てきた。 「やぁ、穏君。留守番ごくろ――」 出迎える穏ににへらとだらしない笑みを向ける戒恩。 「何を呑気な事を!!」 しかし、穏は一目散に戒恩の前へ向かうと、その胸倉を掴み上げた。 「‥‥何があった」 穏のやり切れない気迫を察した戒恩は、声色を真剣なものへ変え尋ねる。 「代行殿‥‥代行殿が攫われた」 掴み上げた胸元を下ろそうともせず、穏は吐き出す様に言葉を紡いだ。 「‥‥詳しく話してくれるかい?」 穏の震える肩に両手を添え、戒恩が小さく呟く。 「田丸麿様が生きておいでであった‥‥と、先の開拓者が申した‥‥」 「田丸麿‥‥かつての君達の主だったね」 「‥‥悦はかつての主の元へ、代行殿を手土産に‥‥下った」 「‥‥」 絞り出すような穏の言葉を、戒恩はただ静かに聞き続けた。 ●砂浜 岩と岩に囲まれた小さな入り江。 そこに、一隻の小型船が疲れた体を癒す様に停泊していた。 「なんだと!?」 突然の大声。 「ば、ばかな‥‥」 手に持つ一枚の書を見つめ、悦がわなわなと肩を震わせた。 「どうした」 そんな悦に背後から声がかかる。 「た、田丸麿様‥‥」 振り向いた悦。 その眼の前にはかつての主、田丸麿が立っていた。 「どうしたと聞いているんだよ」 「はっ!」 声色は変わらない。しかし、言い知れぬ殺気を発する田丸麿に向け、悦は思わず膝を折り礼を尽くしていた。 「放っておりました斥候からの報告がまいりました」 「で?」 「‥‥田丸麿様のお家、越中家が取り潰されたとの事」 一瞬言葉を躊躇った悦であったが、書に記されていた内容を簡潔に伝える。 「‥‥ふーん。それで?」 しかし、悦の報告にも田丸麿はまるで関心を示さない。 「ほ、報告は以上で‥‥」 「あの叔父の事だ。つまらない野心に自分自身を焼かれたんだろ? 気にする事はないよ」 淡々と語る声が、より一層その凄みを際立たせた。 「しかし‥‥」 「僕は二度同じ事を言うのが嫌いだ。知ってるだろう?」 「はっ!」 悦はいつの間に汗をかいていた手を握り締める。 「で、どうするんだい?」 「この島の北にかつての都であった場所があります。そこへ一先ず‥‥」 「‥‥」 膝を折り視線を地面に向ける悦。 そんな悦を冷ややかな眼で見つめる田丸麿。 「わかった、いいよ」 「はっ! ありがとうございます!」 やる気なさげに答えた田丸麿の言葉に、悦は大声で応えた。 ●小型船 潮と木の匂いが鼻をつく。 小刻みに揺れる床が身体を際限なく揺する。 「‥‥」 幾度泣いただろう。 「‥‥」 もう数えきれないくらいの涙が、床板に吸い込まれた。 「‥‥」 光も見えぬこの船倉。 「‥‥た――」 上げた叫びは幾度だったろう。 「――たす――」 ひり付く喉が悲鳴を上げる。 もうこれ以上喋るなと、血の訴えをよこす。 「――たす‥‥けて――」 何百何千と紡いだ言葉。 今は小さく発するのが精一杯。 「‥‥」 見える光は甲板の隙間から差し込む小さな木漏れ日だけ。 その光に縋りつく様に遼華は天を見上げたのだった――。 ●実果月港 「バカ野郎っ!! お前がいながら何やってるんだ!!」 港中に響き渡る怒声。 桔梗丸の甲板で、道は穏の胸倉を掴み上げた。 「すまぬ‥‥」 「すまぬじゃすまされねぇ!!」 掴み上げる拳にさらに力を加えた道。その形相は悪鬼羅刹かと見紛うものであった。 「‥‥けっ!」 道は舌打と共にただ謝罪の身を口にし、弁明すらよこさない穏を突き飛ばす。 「桔梗丸出航だ! 野郎共、急げよ!!」 そして、くるりと体を返した道は、水夫達へ檄を飛ばした。 「道、落ち着け。相手は――」 「田丸麿の坊っちゃんだろ! ったく性懲りも無く生き延びやがって!」 諭すように語りかける穏の言葉を遮り、道がどなり散らす。 「ならばわかっていよう。あの方の力量を」 「『あの方』なんて言うんじゃねぇ!! あいつはもう敵だ!」 後ろに佇む穏の言葉に、振り返る事無く答える道。 「お前まで倒れれば――」 「わかってるって言ってるだろ!! 神楽だよ!!」 「‥‥行ってくれるのか?」 「あいつ等の力を借りなけりゃなんねぇのは癪だけどよ!」 「‥‥すまん、頼む」 「‥‥抜錨! 出航するぞ!!」 桟橋に残る穏へ一度も顔を向ける事無く、道は桔梗丸を駆り、一路神楽の街へとその舳先を向けた。 ●雁龍 「なかなか、趣のある街だね」 「すでに滅びて久しい街だとか」 見渡す限りの廃墟。 かつて都がおかれた街は、石積みの建物跡だけがその面影を残していた。 「遼華君、どうだい?」 振り向いた田丸麿。 そこには焦点の定まらぬ虚ろな瞳でじっと前を見つめる遼華の姿があった。 「‥‥」 「そう、気に入ってくれたんだね」 何も言葉を発せぬ遼華に、田丸麿は満面の笑みで頷いた。 「一先ずここに身を潜め、本土から来る家臣たちを待ちましょう」 「ああ、任せるよ」 遼華へ向けた笑顔とはまるで正反対の表情。田丸麿は無関心に悦の提案に頷いた。 「ぐっ!」 その時、突然田丸麿が呻き膝を折る。 「田丸麿様!?」 肘から先の無い右腕を左手で握りつぶさんばかりに握りしめる田丸麿に、悦が悲痛な声を上げた。 「ぐっ‥‥はぁはぁ‥‥なんでもない! 触るな!!」 「しかし!!」 詰め寄る悦を制し、田丸麿が声を荒げる。 「はぁはぁ‥‥‥‥ふぅ」 呼吸を落ちつける様に一度深呼吸をした田丸麿が、すくりと立ちあがった。 「さぁ、行こうか」 そして、まるで何もなかったかのように遼華に笑顔を向けると、街の中央へ向け歩き出した。 ●心津 「それは確かか!?」 旅装を纏った男に飛びかからんばかりに迫った穏。 「近隣の村の住人からの報告ですので、可能性としか言えませんが‥‥」 「よりにも寄って島の北側とは‥‥」 男の報告に穏は希望と絶望が入り混じった複雑な表情で呟いた。 「それでも無いよりはましだよ。穏君、準備を」 と、そんな穏の後ろから、戒恩が声をかける。 「しかし、領主殿。島の北は高嶺家の領地ではありませんぞ‥‥?」 「構わないよ。何かあったら私が責任を持つから」 不安げに問いかけてくる穏に、戒恩は毅然と答えた。 「‥‥わかりました。早速道へ風信を打ちます」 「そうしてくれるかな」 戒恩の言葉にこくりと頷いた穏は、早足で屋敷にある風信機を目指しその場を去った。 「遼華君は無事なんだろうね?」 残った戒恩が男に問いかける。 「生きては、いたそうです‥‥」 「‥‥わかった、ありがとう」 苦々しく呟く男の言葉に、戒恩は表情を和らげ、殊更柔らかく答えたのだった。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
六道・せせり(ib3080)
10歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●雁龍 霧ヶ咲島。その名の通り霧が咲く島。 一年の半分を霧に覆われるこの島にあって、島北部もまた例外ではなかった。 「――嫌な霧ですね。まるで私達を拒んでいる様」 辺りを覆う濃い霧に、万木・朱璃(ia0029)が小さく声を上げた。 「まったく‥‥まるで僕の心の様だよ」 「あら、随分と詩人ね」 霧を睨みつるアルティア・L・ナイン(ia1273)に、嵩山 薫(ia1747)が感心したように答える。 「でも、その気持ちよくわかるよ。僕も、同じだから‥‥」 続くのは天河 ふしぎ(ia1037)の言葉。ギュッと拳を握りしめ吐き出す様に呟いた。 「しかしまぁ、あのセニョリータがねぇ‥‥」 そんな一行の最後尾、喪越(ia1670)がふと呟く。 「あの頃は、こんな事になるなんてまるで予想していなかったわね」 と、薫が答えた。共に遼華と出合ったのは一年前の事になる。 「二人とも、思い出に耽っている時ではないよ」 昔を懐かしむ二人に、神咲 六花(ia8361)がやや強い口調で声をかけた。 その時。 「見えたよ」 一人、前を歩いていた五十君 晴臣(ib1730)が声を上げる。 「いよいよだね‥‥! 遼華、待ってて!」 晴臣の声に合わせるように、ふしぎが巨刀の柄に手を添える。 「んじゃま、あのボンボンにお灸をすえに行くとしますかね」 と、おどけた様に話す喪越。しかし、その視線は今までにないくらいに真剣なものであった。 「――果たしてこの霧はどちらに勝機をもたらすのかな」 霧間にうっすらと見えてきた雁龍の正門を見つめ、晴臣が呟く。 そして、一行は遼華、そして仇敵田丸麿が待つ雁龍の街へと足を踏み入れた――。 ●川 濃い霧に川のせせらぎだけが響く。 「一之瀬の兄はん、うまい事やってくれたみたいやな」 川から街へと続く水路の岸壁を器用に飛び越えながら六道・せせり(ib3080)が呟いた。 そこには両岸を結ぶように張られた何本もの縄。 「足止めくらいには、なってくれるやろ」 縄を横目に見ながら、せせりは街中へと足を進めた。 「まともに当たっても勝ち目ないんやったら、搦め手から攻めるゆぅんが常道や」 向かうは濃い霧にうっすらと小高い丘が浮かぶ。 「間違いなさそうやな」 手に持つ地図ににある、廃寺。 「ほな、行くで――」 一人別動するせせりは霧、そして無数に生い茂る背の低い木々に身を顰め、歩みを始めた。 ● 湿気を帯びた室内には、形容しがたい不快な臭いが鼻につく。 薄暗い部屋を照らす篝火が、地面に3つの影を落としていた。 「田丸麿様――」 影が恭しく主人の名を呼ぶ。 「なに?」 その声に答える影、田丸麿は面倒臭そうに呼びかけに答えた。 「どうやら、追手につかれた様です」 「それがどうしたの?」 「‥‥いえ、然したる問題も無く」 「ならいいよ。ねぇ、遼華君」 と、悦との会話を早々に打ち切った田丸麿は、精悍な表情で作る笑みを遼華に向けた。 「‥‥」 しかし、答える声はない。 遼華はただ、じっと篝火の炎を虚ろに見つめる。 「鼠が入り込んだみたいだけど、心配はいらないよ。僕がずっと傍にいるからね」 「‥‥」 「うん、そうだよね。遼華君もそう思うよね」 なんの感情も表わさない遼華に、田丸麿は至極満足そうに頷き、更に表情を緩める。 「少し様子を見て参ります。田丸麿様はごゆるりと――」 言い切るよりも早く、悦が部屋より消える。 「さぁ、遼華君。さっきの続きをしようか」 悦が消えた部屋で、田丸麿が徐に遼華に近づき。 「‥‥」 その手を取り部屋の奥へと消えた。 ●大通り かつての大通り。 その広い道沿い家屋であった物が崩れ、所々道を塞いでいた。 「こりゃ、隠れる場所には困らねぇな」 大きな身体を巧みに忍ばせ、物陰を行く喪越が呟く。 「この瓦礫。そして、この霧。隠密行動に持ってこいだね。これは案外、すんなりと達成できるかもしれない?」 答えた晴臣。しかし、その言葉とは裏腹に慎重に歩みを進めていた。 「そうだと、どれほどいいか。できれば、彼等とはやり合いたくはないから‥‥」 晴臣の言葉に六花が、肩を落とし呟く。 「そうも言っていられないでしょうね。あの人、随分と遼華さんにご執心みたいだし。鉢合わせしたらまず戦闘でしょうね」 「あ、やっぱり?」 「ええ、残念ながら」 おどけるように問いかける晴臣に、薫もにこりと微笑みかけた。 その時。 「皆、これを見て!」 地面に膝を折っていたふしぎが地面を指差す。 「足跡‥‥、あっちに続いてる」 と、ふしぎが指差す先には。 「確か廃寺、ですね」 古い地図を思い出し朱璃が答えた。 「‥‥罠、という可能性は?」 「あるだろうね。でも、僕は行く」 廃寺へと続く足跡を怪訝そうに見つめる晴臣が口にした言葉に、アルティアが答える。 「お、おい。アルティア!」 見つけた手掛かりに、アルティアは迷うことなくその道標を追う。 そんなアルティアを晴臣が必死に呼び止めるが。 「そう言うこった。今回ばかりは躊躇してられねぇんでな」 ポンと肩に置かれた手は喪越のもの。 喪越もまた、アルティアの後を追う様に歩を進め始めた。 「遼華、すぐに行くから‥‥!」 そして、ふしぎもまた続く。 「若いっていいわね。まっすぐで」 薫もつられる様に歩きだした。 「六花君!」 「うん、行こう」 残る六花と朱璃も皆の背を追った。 「気持ちはわかるよ‥‥」 と、残された晴臣が歩を進める一行の背を見つめ呟く。 「だけどね。無茶と無謀は違うんだよ?」 誰にも届かない小さな声で、そう呟いたのだった。 ●廃寺 なだらかな階段が真っ直ぐに伸びる廃寺の前。 一行は階段の周りに生える木立に身を潜ませ、上方を伺っていた。 「一先ず、ここまで来れたわね」 霞む階段の上を木立から覗き、薫が呟く。 「まったくの無警戒ってわけじゃないんだろうけど」 階段を挟み薫の反対側で、アルティアが辺りを伺う。 「ここまであっさりだと、逆に怖いですね‥‥」 ごくりと唾を飲み込み、朱璃が呟いた。 「十分に注意しとけよ。どっから弓が飛んでくるともわからねぇ」 皆が階段の上を注視する中、喪越は辺りの警戒に当たる。 「――誰か来る!」 その耳にのみ届く、小さな足音にふしぎが叫んだ。 「堂々と階段を下りてくるとはね‥‥」 ふしぎの視線を追い、晴臣も山頂を睨みつけた。 「この余裕‥‥もしかして、田丸麿‥‥!」 と、六花がぐっと歯を食いしばり階段を見上げる。 その時。 「お迎えごくろぉさん」 ふとかけられた少女の声。 「‥‥せ、せせり君?」 その場違いな声に、呆気に取られる朱璃が恐る恐る名を呼んだ。 「やぁやぁ」 ひらひらと手を振りながら階段を降りてくるのは、別動していたせせりであった。 「ふむ、六道セニョリータが降りて来たってぇ事は、どうやらはずれっぽいな」 「ご名答。人どころか鼠一匹おらへんわ。唯の廃墟や」 ふむと頷く喪越に、つまらなさそうにせせりが呟く。 「という事は‥‥」 と、薫がくるりと身を翻す。 「敵は、本丸にあり。って事だね」 続いてアルティアが、霧に霞む街の中央へと視線を向けた。 遼華の待つ、決戦の地へと――。 ●城門 霧は衰えることなく街を支配する。 一行は城門を伺う様に、瓦礫に身を隠していた。 「駄目だ。この霧では‥‥」 式を放った六花の五感に得られる情報は白い世界だけ。濃厚な霧の世界は、式の感覚をも麻痺させていた。 「ふしぎ。何か聞こえる?」 「‥‥ごめん。何も聞こえない‥‥田丸麿達の声も、遼華の声も‥‥」 問いかける晴臣に、ふしぎは悔しそうに唇を噛む。 「行きましょう」 と、薫が声を上げ立ち上がった。 「こうしていても遼華さんは救えないわ。私が先陣を切るから、皆は続いて」 「僕も行く」 短くそう呟いたアルティアは、薫に並ぶ。 「――わかったわ。行きましょう」 薫はしばらく横に並んだアルティアを見つめ呟き、門へと視線を向けた。 「僕も――」 「おっと、前衛ばかりじゃ勝てねぇぜ」 先鋒を買って出た二人に続き声を上げたふしぎを、喪越が止める。 「まともにやり合っても、返り討ちにあうのがオチだ」 「でもっ!」 「しつこい奴は嫌われる、なんだろ?」 「‥‥」 「ほれ、あいつ。真っ先に飛び出して行きたいのを我慢してるんだぜ?」 と、喪越が指差したのは入念に突撃の用意を進める六花の姿。 「‥‥わかったよ」 そんな六花の姿に、ふしぎは拳を握り頷いた。 「んで、他の奴はどうすんだ?」 と、残る3人に向け喪越が問いかけた。 「私は後方から支援を!」 ギュッと杖を握り朱璃が答える。 「僕は突撃の後に続くよ。仲良く一網打尽と言う事態は避けたいからね」 「あ、うちも後衛で」 そして、晴臣に続きせせりが声を上げた。 「相手は強敵なんやろ? 悪いけどうちは役不足や」 「そ、そんな事無いよ! 一緒に戦おう!」 と、そんなせせりをふしぎが必死に否定。 「ええねんええねん。自分の非力は自分が一番よぉ知っとる。うちにはうちのできる事をさせてもらうわ」 「で、でも!」 「‥‥わかったわ、三人とも。背中は任せる」 なおも食い下がろうとするふしぎの肩に手を置き、薫が三人に笑顔を向ける。 「ああ、不意打ちなんてさせないよ」 力強く帰ってきた晴臣の言葉に、薫は満足気に頷いた。 「ほんじゃま、行きますか!」 そんなやり取りを眺めていた喪越が、改めて一行へと声をかける。 「待ってくださいっ!」 と、門へと向かう一行を呼び止めた朱璃。 「何が待っているか分かりません」 振り向いた皆に力強い視線を向けた朱璃は、杖を構え。 「彼の者達に、戦神の加護を――」 一行へ向け大きく振るった。 「加護結界!」 降り注ぐ温かな光。 光の粒子は一行の身体に舞落ちると、まるで粉雪の様にすっと溶けて消えた。 「助かるよ」 ふぅと息を整える朱璃に向け六花が優しく微笑む。 「ほんじゃま、改めて行きますか!」 改めて一行を見渡した喪越の声に、皆が深く頷いた。 一行は入念な下準備を終え、敵の本拠地へ向け足を進めた――。 ●城跡 瘴気にも似た重苦しい空気。 噂に聞いた荒枡氏の亡霊が地獄の淵から手招きしているようにさえ感じる。 「本当に嫌な空気――」 朽ち果てた城門をくぐり抜け、薫が呟いた。 「まさに、悪の根城と言うに相応しいね」 冗談めかして呟くアルティア。しかし、その額からは一筋の汗が垂れ落ちる。 「ようこそ」 『っ!?』 突然掛けられた声に、一行に緊張が走った。 「そんなに身構えなくてもいいよ」 そんな声と共に霧を割って現れる人影。 越中 田丸麿。その人であった。 「そんな‥‥何も聞こえなかったのにっ!」 突然現れた田丸麿の姿に、ふしぎが苦々しく呟く。 「ああ、ごめん。聴こえるように歩いた方がよかったかな?」 そんなふしぎをあざ笑うかのように、田丸麿は厭らしい笑みを浮かべた。 「よぉ、色男さん。ちょーっと見ない間に、その愛の無い顔になっちまったじゃねぇの」 そんな田丸麿の前へ、喪越が歩み出る。 「うん? 君は?」 「おやおや、覚えてないとは」 「そう言われてもね」 「忘れたのはヒトとしての形だけじゃないってか?」 「安い挑発だね。まぁ、いいか。どうせ、皆すぐに――死ぬんだから」 突然開かれた戦端。 今、戦い幕が上がった。 ● 「あの頃からは想像もできないわね。これが本性とでも言うの‥‥」 薫がそう呟いた。 目の前にはだらりと両腕を垂れ下げ、まるで無関心にこちらを見つめる田丸麿。 しかし、その身から発せられる殺気が容赦なく薫達を包む。 「ほんとにしつこいね、君達。いつもは温厚な僕でもいい加減、怒るよ?」 その口調は、まるで言いつけを聴かない弟妹に困る兄の様。 田丸麿はやれやれと両腕を上げ、首を横に振った。 「怒っているのは僕達の方だ! 早く遼華を返せ!」 そんな田丸麿の態度に、ふしぎがキレた。 「遼華! 聴こえているだろ! もう少しの辛抱だよ、すぐ行くからねっ!」 そして、霧の向うにあるであろう本丸に向け、大声で叫んだ。 「大声を張り上げるなんてみっともないよ。遼華君が怯えるじゃないか」 「やっぱりそこにいるんだねっ!」 「うーん、誘導尋問とは人が悪いね」 必死に呼びかけるふしぎとは対照的に、田丸麿の声には余裕すら感じる。 「許さない‥‥」 まるで他人事のように呟く田丸麿。 ふしぎは低く呟き。 「絶対に許さないっ!!」 巨刀を引き抜いた。 「なんだ、結局やるんだね」 「あたりまえだ!!」 「――ふしぎ君、落ち着いて。頭に血を上らせたら敵の思うつぼですよ」 息荒く田丸麿を見つめるふしぎの背に、朱璃がそっと手を当てる。 「相手は挑発しているだけです。こちらの動きを探りながら」 「‥‥くっ」 小さくふしぎにだけ聞こえるように囁く朱璃の声に、湧き立つ怒りを何とか抑え、その場に踏みとどまった。 「どうしたの? こないのかい?」 尚も続く挑発。田丸麿はまるで降参とでも言いたげに、両手を天高く上げた。 「おぉぉおお!!」 その時、白銀の影が動いた。 「アルティアさん、待ちなさい!」 薫の言葉はアルティアの耳に届かない。 二刀を構え、大地を蹴り一気に田丸麿との距離を詰める。 キーン――。 「うん、すごい気迫だね」 辺りに響く金属音。 しかし、アルティアの瞬撃を田丸麿は軽く受け止めた。 「まだ終わりじゃないわよ!」 刹那、手を塞がれた田丸麿に向け薫が駆け寄る。 「あまり余所見しない方がいいよ?」 「それはこちらの台詞――」 ヒュン――! 「ぐっ‥‥!」 「アルティアさん!」 何処からともなく繰り出された攻撃に、大きく後ろに飛びのいたアルティアと薫。 膝を折るアルティアの肩には、深々と矢が刺さっていた。 「どこから‥‥!」 苦痛に歪むアルティアを庇う様に立ち塞がった六花が、辺りを伺う。 「ほら、言ったのに」 「悦君‥‥やっぱりいるんですねっ!」 今この場にいる射手など一人しかいない。 朱璃は、吐き出す様に呟く。 「この視界で、どうやって正確な射撃を‥‥!」 咄嗟に鋭敏な聴覚を働かせるふしぎ。 しかし、その耳に届く音はこの場にある9人の息遣いのみであった。 「‥‥火花や」 そんな時、せせりがふと呟く。 「まさか‥‥」 剣と刀が交錯する一瞬に発生する僅かな光の筋。 「この視界で、正確に的を射ぬける力量‥‥。あの弓の兄はんをなめたらあかんみたいやな」 矢が飛んできた方向。城跡をキッと睨みつけせせりが呟いた。 「早くしないかい? 遼華君を待たせてるんだ」 悦の援護射撃に動揺する一行に、刀をだらんと下げた田丸麿がさも退屈そうに声をかける。 「せっかちな男は嫌われるわよ?」 そんな田丸麿に向け、薫が話しかけた――。 ● 「いつの間にか、影の技を覚えたみたいだけれど」 アルティア、そして後衛達を庇う様に田丸麿へ向かう薫。 (この正確な射撃。あの無人島で凡暗っぷりを晒した一員とは思えないわね) 「それもこれもにわか仕込みの技ね」 時を稼ぐように田丸麿へ向け、薫は言葉を可決ずける。 (爪を隠す鷹であったか、或いは碌でもない方法で力を得たか‥‥) 話しかける一方、薫は冷静に魔弾の射手への対策を練り上げていく。 「いかに技を多く覚えても、それを用いる為の術理無くして本物の『力』とは呼べないわ」 「なに‥‥?」 薫の紡ぐ言葉は、相手の興味と憎悪の狭間を絶妙に行き来する。 田丸麿は、薫の言葉にじっと耳を傾けた。 (ともかく射線を辿れさえすれば――) と、薫がすっと瓦礫の山へと視線を送る。 (――ふふ、杞憂の様ね) そこにはじっと身を伏し、機会を伺う晴臣の姿。 「要はただの張り子だという事よ。先達たちが築き上げた技はその程度ではないわ。少しは身の程を知ることね」 一度深く瞳を閉じた薫は、正面の敵に向かい言い放つ。 「‥‥言いたい事はそれだけかい?」 「さぁ、再開しましょう。貴方の為にもね――」 そして、薫は田丸麿へ向け一直線に駆けだした。 ● (落ち着いた。ありがとう) 自分に代わり前を行く薫に、アルティアは視線をに向ける。 (怒りで我を忘れる、か。僕には縁の無い物だと思っていたけど――) そこには渾身の力を持って田丸麿と相対す薫の姿。 (冷静に、されど熱くあれ――まさかここで父の教えを思い出すなんてね) と、アルティアは肩から垂れ落ちる自らの血をすくい取ると。 「死化粧、にはしたくないね!」 自らの左半面へと塗りつけた。 「アルティアの兄はん、すこし下がっとき。その間うち等が持ちこたえる」 負傷し膝を折るアルティアを庇う様に田丸麿との間に割って入るせせりの言葉。 「問題無いよ。これくらいで怯んではいられない」 しかし、アルティアが自らの肩に刺さった矢に手をかけ。 「ぅぐっ‥‥」 引き抜いた――。 「アルティア君!?」 肩口から流れ出る血に、朱璃が慌てて駆け寄る。 「待っててください。すぐに治しますから!」 「いい、これぐらいどうってことないから。練力は大切に、ね」 しかし、駆け寄った朱璃をアルティアは無事な方の手で制した。 「よく言ったわ。それでこそ男の子よ」 そんなアルティアに、田丸麿から一旦距離を取った薫が、まるで子供を褒める親の様に声をかける。 「それ、褒められてるのかな?」 「ええ、大絶賛」 アルティアに視線を落とすことなく、にこりと微笑む薫。 「薫君に絶賛されるとはね。いつもだったら飛び跳ねて喜んでるかもしれないよ」 「あら、今してくれてもいいのよ?」 「はは。悪いけど、今は遠慮しておくよ」 と、アルティアが立ち上がった。 「そう、残念ね」 二人の視線は目の前の一点に。 呼吸を整えるように軽口を叩き合う二人は、再び目の前の巨大な壁へと足を向けた。 ● 「‥‥」 剣と剣がぶつかる瞬間、辺りの霧を僅かに吹き飛ばし視界が開ける。 と、同時に剣撃の火花を目印に飛んでくる矢。 それを晴臣は後方からじっとその様子を伺っていた。 キンっ――。 「ぐっ‥‥!」 誰が矢を受けたか。 ここからでは確認が取れないが、矢を受けた者の苦痛の声が聞こえる。 「まだだ‥‥」 味方が傷を負った。 しかし、晴臣は動かない。 ガキンっ! 「きゃ!」 再び響く悲鳴。 「‥‥見えた!」 剣撃に晴れる霧の合間。晴臣はついに矢の軌道を捉えた。 「空の勇者達――御魂宿り、再び天空を舞え――!」 静かに、しかし力強い言葉が符に注ぎ込まれる。 「皆、狙いはわかっているね。矢よりも早く空を翔るんだ‥‥!」 肩に止まった一羽の白隼の胸を頬でそっと撫でつけ、晴臣が霧の先を指差した。 ● 「もうお終いかい?」 「ヒトを捨てるってのは、こんなにも強くなれるもんか、おい?」 肩で息をする喪越が呟いた。 「まったく、どこでどう道を踏み誤ったのかしらね」 と、気丈にも呟く薫も、幾度となく斬り結んだ拳から血を滴らす。 田丸麿の神速の斬撃、そして、霧の中から来る正確無比な援護射撃。 一行は、田丸麿から距離を取り体勢を立て直していた。 「まだですよ、皆さん!」 その声は最後尾から。 じっと戦況を見つめていた朱璃が、声を上げる。 「天儀に漂いし精霊の皆よ――」 そして、杖を傷付いた一行へ向けると。 「大いなる加護と癒しを、今この場に――!」 杖の先から迸る温かな光。 「眩閃なる癒しの雨!!」 一行へ向け、温かい癒しの雨を降り注がせた。 「霧が‥‥」 朱璃の癒し受けながら空を見上げた六花が呟いた。 「遅いゆぅねん‥‥!」 ようやく顔を見せた、秋の太陽。 せせりは、その太陽を憎々しげに睨みつけた。 「みんな、あそこ!」 ふしぎが叫び、本丸の天を指差す。 そこには、天高く舞う白き隼の群れ。 しかし、白隼たちは、次々と矢の餌食となっていた。 「まったく‥‥」 今までどんな攻撃にも一歩もその場を動く事のなかった田丸麿が動いた。 狙いは、真横。悦の姿を捉えた晴臣だ。 「余計な事をしないでくれるかな?」 今までの不動の構えからは想像もできないほどの速度。 田丸麿は風よりも早く晴臣へと迫る。 その時。 「そうはさせない!」 「ぐっ‥‥!」 ふしぎが時を越える。 晴臣に狙いをつけた田丸麿へ、その身をぶつけ軌道を変えた。 「せせり!」 「わかっとる!」 体勢を崩す田丸麿の隙をつき、ふしぎがすでに練力を練り上げるせせりへと声を飛ばす。 「天津御霊国津御身八百万精霊等共爾‥‥」 最後尾から現れたせせり。その手には黒く渦巻く怨嗟の声を孕む符が握られていた。 「お前が殺してきた死者達の無念、喰らってみぃ!」 放たれた符は、地を這い田丸麿に迫る。 「ぐっ‥‥!」 冥府より呼び起された死者の腕が刃となり田丸麿の足を捉えた。 「‥‥こんな事で僕が止められるとでも思っているの?」 斬撃に足を切り刻まれる田丸麿。 しかし、その余裕はまるで消えない。 「思ってへん。せやけどな――」 「背中がお留守だぜ!!」 喪越の巨体が田丸麿に向かい駆ける。 「‥‥そんなに死にたいの?」 ただ闇雲に突っ込んでくる喪越に、田丸麿は面倒臭そうに呟いた。 「その余裕なお言葉! 一度でいいから言ってみたいもんだぜ!」 「君には一生無理だろうね」 喪越の言葉が癪に障ったのか、田丸麿は一転刀を構え喪越を迎え撃つ。 「そうはさせないよっ!」 そんな田丸麿の刀を制したのはふしぎ。 「邪魔を‥‥!」 下げた刀に巨刀を覆いかぶされ、田丸麿がふしぎを睨む。 「なーいすふぉろー!」 そんな二人の姿に喪越がニヤリと口元を吊り上げ、ガバッと身に纏う衣を広げた。 「‥‥っ!?」 その声にふしぎから喪越へと視線を向けた田丸麿が、一瞬固まった。 それは喪越に対してではない。広げられた衣の内側にびっしりと縫つけられた焙烙玉にだった。 「玉砕覚悟? つまらない冗談だ‥‥!」 「くっ‥‥!」 田丸麿が大きく刀を振るう。 その勢いに競り合っていたはずのふしぎは、大きく飛ばされた。 「遅いっての!」 言って、喪越が上着を脱ぎ去り。 「俺からの気持ち。受け取りなっ!」 田丸麿へ向け投げつけた。 「‥‥つまらない真似を」 足を取られる田丸麿に焙烙玉を避ける手段はない。 ザンッ! 田丸麿は大きく刀を振るい、喪越の衣ごと焙烙玉を切り刻む。 「無駄だったようだ――っ!?」 「はぁい、お・ま・た・せ!」 その声は懐から。距離は零。 喪越は手に持つ符を田丸麿の腹に当て、吠える。 「自殺はよくないね‥‥!」 しかし、そこは田丸麿の間合い。 「相討ち上等! 喰らいな! 俺様のとっておきだ!!」 居合を抜く田丸麿の姿を見てもなお、喪越は止まらない。 腹に当てた喪越の手から、禍々しいまでの瘴気が田丸麿へ向け爆ぜた。 「ぐあぁぁぁっ!!」 田丸麿は悲鳴にも似た叫びと共に、大量の血を吐き、がくんと膝を折った。 ●城内 「こんな所に隠れていたとはね」 「‥‥久しいな」 天井が崩れ落ち壁だけが残る本丸の二階。 晴臣の放った白隼を全て撃ち落とした悦が、声にくるりと振り向いた。 「君とはじっくりと話をしたいところだけど‥‥。お嬢は何処だ」 「知らん――と言えば諦めるのか?」 悦は弓を構え直し、矢を番える。 「諦める訳ない」 じりじりと距離を詰める六花。しかし、今だ二人の距離は弓術師の間合いであった。 「この距離で私とやろうと――」 ぴ――――!! 突然辺りに響く、甲高い呼子笛の音。 「っ!?」 突然の音に、悦の注意が一瞬それた。 「殺しはしないよ。君には生きて償う義務がある!」 その隙を六花は見逃さない。一足飛びに悦の懐へ。 「あの人との約束‥‥今果たす!」 走る六花は拳をギュッと握りしめ、その怒りを悦の頬へ叩きこんだ。 「君も結構無茶なことするんだね」 柱から顔を覗かせた晴臣が、驚いた様に呟く。 「はは‥‥人を殴ったのは初めてかもしれないな」 答える六花は苦笑い。 「昔からの因縁、だっけ?」 「因縁‥‥うん、そうかもしれないね」 床に転がる悦を見下ろし六花が呟いた。 ●城跡 「弓術師は倒したよ!」 本丸の二階から聞こえる晴臣の叫び。 「よしっ!」 友の言葉にアルティアが、グッと拳を握る。 「ぐっ‥‥許さないよ、君達‥‥」 足を縛られ、吐血して尚、その狂気は増すばかり。 田丸麿は一行へと憎悪の視線を向けた。 「喪越さん、焙烙玉はまだ残ってる?」 「お客さん、お目が高い! 本日最後の一個になりやす!」 薫の問いかけに、喪越がニヤリと口元を吊り上げ、焙烙玉を取り出す。 「ふしぎさん」 「わかってる。囮は任せておいて!」 続いて声を掛けられたふしぎが、田丸麿を睨みつけ答えた。 「練力が尽きてもかまいません!」 その後ろで改めて決意を固める朱璃が呟く。 「皆さん、ありがとう」 そんな頼もしい仲間の言葉に、薫が少しだけ表情を緩めた。 「なんでもええけど、はよして欲しい所やな‥‥。もう練力もそんなに残ってへんで‥‥」 「‥‥ええ」 小さな体で額から汗し苦しそうに呟くせせりに、薫が深く頷いた。 「アルティアさん!」 「‥‥うん」 静かに頷くアルティア。 「皆さん、最後の仕上げよ。出し惜しみなしでね!」 『おうっ!』 そして、一行は再び田丸麿へその切っ先を向けた――。 ● 「――思い込んだら、試練の道を」 喪越、大きく振りかぶって――。 「行くが漢の――ど根性ぉぉぉ!!」 投げました。 どごぉぉぉん!! 轟音が土煙を土煙を巻き上げ、視界を遮る。 「もう回復は期待しないでくださいね‥‥!」 巻き上がった盛大な土煙に向け、朱璃が杖をかざし。 「天儀の精霊達、その力の一端を貸せ――」 膨れ上がる膨大な精霊力を杖の先へと集結させる。 「終わりにしてあげます! 『収束陽光精霊砲』!!」 朱璃の方向と共に戦場を駆け抜ける一条の光線が、立ちこめる土煙を貫き田丸麿へと穿たれた。 「まだ聞こえるよ、お前の鼓動がっ!!」 迸る閃光にも負けぬ足で、ふしぎが田丸麿に迫る。 「もらったっ!!」 そして、水平に走らせる巨刀を田丸麿へと叩きこんだ。 キンッ――。 「なっ!?」 手に残る感覚に、ふしぎは驚愕の声を上げる。 「‥‥その光は一度見たからね」 眩い閃光が過ぎ去ったそこに、今だ立ち尽くす田丸麿の姿。 交えた刀がガチガチと音を鳴らし、鍔迫り合いが続く。 「ならば、これはならどうだ!」 その声は上空から。 「見え見えだよ」 大きく跳躍したアルティアに反応し、視線を向けた田丸麿がもう終わりとばかりに、巨刀ごとふしぎを弾き飛ばした。 「わざわざ斬られぬ飛んでくるとはね」 そして、田丸麿は再び刀を鞘へと戻し、アルティアの迎撃態勢に移る。 「斬ってくれてもかまわないよ。あの子を返してくれるならね!」 しかし、アルティアは止まらない。 一直線へと目標目掛け空を降る。 「自己犠牲も程ほどにね」 と、突然の声はアルティアの背後から。 「止めは譲ってあげるわ。その二つ名、体現してみなさい!」 突如中空に現れた薫が蹴りを向けたのはアルティアへであった。 「言われるまでもなく!」 そして、その蹴りにアルティアが乗る。 「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」 薫の渾身の襲撃の勢いを借り、アルティアの身体が紫電と化す。 「なっ‥‥!」 神速の抜刀をも凌駕する、紫電の蹴撃。 アルティアの蹴りは、田丸麿に刀を抜かせるよりも早く、その身に突き刺さった。 ●蔵 ――田丸麿は倒れ、悦は囚われた。 一行は傷付いた身体を押し城内を探る。 「‥‥いたっ!」 重厚な扉に閉ざされた蔵の戸を開いたふしぎが大声を上げた。 「りょう‥‥か? 遼華‥‥!」 しかし、ついに見つけた遼華は、力無く床に倒れ伏している。 「おいおい、こんな結末だれも望んじゃいねぇぞ‥‥!」 駆けだしたふしぎの後を追う様に、喪越も倉の中へと踏み入った。 力無く倒れる遼華を囲む一行。 「大丈夫! 生きてます!」 遼華の胸に耳を当てた朱璃が嬉しそうに声を上げた。 ダンっ――。 「皆!」 その時、蔵に晴臣が駆けこんでくる。 「晴臣くん、少し静かに――」 「そんな場合か! あいつ等がいない!」 「え‥‥?」 落ちつけようと声をかけたアルティアが固まった。 「くっ‥‥なんやあのシノビ集団‥‥聞ぃてへんで‥‥」 そして、晴臣の後を追う様に倉へと姿を現したせせりの肩には、深々と苦無が刺さっていた。 「シノビ集団‥‥まさか!?」 「六花さん、心当たりがあるの?」 せせりの言葉にガバッと顔を上げた六花に、薫が問いかける。 「‥‥影の五番隊」 呟く六花。その言葉に怒りと焦りを滲ませて。 「あのボンボンの私兵って奴か? 確か四番まで――」 と、六花の声に喪越が答えた。その時――。 「う‥‥うぅん‥‥」 「遼華君!」 呻き声と共に微かに瞳を開いた遼華に、朱璃が必死に声をかける。 「ようやくお姫様のお目覚めね」 遼華が発した言葉に、薫もほっと胸を撫で下ろした。 「よかった‥‥」 朱璃に抱かれる遼華の手を取り、ふしぎが嬉しそうに呟いた。 「とにかく、場所を移そう。その五番隊がいつ来るかもわからない」 と、アルティアが朱璃に代わり遼華を抱き上げる。 「そうね。一先ず街を出ましょう」 薫もすっと立ちあがり遼華を護る様に傍に付いた。 「‥‥ここは?」 薄暗い蔵の中を見渡し、遼華が小さく呟く。 「何も心配はいらないよ。もう、何も心配しなくていいんだ」 今だ意識の覚醒しきらない遼華に、六花が優しく声をかけ、懐から笛を取り出した。 「心安らぐように――」 そして、笛を口元へと。 紡がれる音は、蔵に木霊す悲しくも優しい音色。 「‥‥」 その音色に耳を傾けていた遼華が、六花へと視線を向け呟く。 「‥‥あなたは、誰?」 と。 「え‥‥?」 虚ろな瞳で見上げる遼華の言葉に、六花は思わず笛の音を止めた。 遼華の救出には成功した。 しかし、それは大きな代償を伴うもの。そして、今だ潰えぬ因縁は果てしなく続く。 この虚しき因果を断ち斬るその日は、一体いつになるのか――。 |